「平和な国」―Mother's Love―
荒野の一本道を一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばない物だけを指す)が走っていた。
モトラドはデコボコだらけのその道を、かなりのスピードで走っていた。後ろには長い土煙がもうもうと立っていて、もし運転手が振り向いても、今来たところは何にも見えないだろう。
運転手は大地と同じ色の長いコートを着ていて、余った裾を両腿に巻いてとめている。頭には飛行棒に似た帽子をかぶり、両脇の耳あての先を顎で結んでいる。
所々剥げた銀色フレームのゴーグルをして、埃よけにバンダナで顔を覆っていた。そのため表情は見えないが、かなり痩せた人間だった。
その運転手が何かに気づいた。
そしてゆっくりとモトラドのスピードを落とす。
モトラドが停止したことで土埃が少なくなりよく見えるようになった。なんでもなさそうに荒野の大穴を埋め尽くすようなかたまりを見た。
「ありゃなんだい、キノ」
モトラドが聞いた。
「人間の死体を知らないのかい、エルメス」
運転手が答える。
それは茶色のごちゃごちゃした何かで、一見枯れ木の集まりにも見えた。しかし穴に差し込む日の光に照らされて、伸びた手足や丸い頭の形が見て取れた。
五体バラバラなものが多かったが、それらは全て乾燥した気候のため干乾び、天然のミイラとして穴の中に転がっていた。
「そうじゃなくてさ、なんでこんなところにたくさんのミイラさん達が転がっているのかを聞いたんだ」
「墓場………にしては乱暴か」
わからないな、とモトラドからキノと呼ばれた運転手はぶっきらぼうに答えた。
するとエルメスと呼ばれたモトラドは、ははぁわかったぞと言って、訳知り顔で話し始めた。
「墓場ならもっとちゃんと埋葬するだろうね。きっとこれは食糧庫なんだよ」
「食糧庫? 穴の中に? 」
「そうさ。肉を乾燥させて日持ちするようにして、その後は暗くて涼しい場所に保存しておくんだ。それでお腹がすいたらここに来て食べる。今から行く国の住人さ。キノのかばんに入っているジャンキーと一緒だよ」
「………ジャーキー? 」
「そうそれ」
「そこで可哀想なキノは、捕まって食べられてしまう! 旅は終わり! あー、もっと走りたかった! 」
エルメスがそう言い切ると、しばらくしてからキノが言った。
「エルメス、すごーく退屈してるだろ」
「………うん」
「だったらもう少し我慢してくれ、つぎの国まではもう少しのはずだから」
キノはそう言って、エルメスを出発させた。死体の詰まった穴はしばらく続いた。
穴がなくなってしばらく、緑が見られるようになったころ。
「キノー、もうすぐだって言ったよねー」
「もうすぐ、もうすぐ」
太陽は空高く上り、そろそろ昇った太陽が降りてくるころ。
「キノ、人だよ。きっと食人族だ」
「…とりあえず近づいてみるよ」
道の先でこちらに向かって手を振る青年の姿があった。
近くまで行くと、キノはエルメスのスピードを抑えて青年の近くに停止させた。
「こんにちは」
「どうもね」
不思議なことに青年は荷物をほとんど何も持ってはいなかった。身なりはしっかりしていて服に汚れや傷は見られない。荷物と呼べるものは肩から掛けているカバンぐらいのもので、それもペラペラで軽そうで水や食料が入っている様子はなかった。
(………バイクが喋った…? )
青年はエルメスを凝視しています。それに構わずキノが質問を投げかけます。
「この先の国の人でしょうか」
「国? この先に国があるのか」
青年はすこし考えて言いました。
「…えっと、実は色々あって食べ物や荷物を全て失くしてしまったんだ。その国まで同行させてもらっても構わないだろうか」
それを聞いたキノは首を左右に振り、
「残念ですが」
「二人乗りはちょっと無理かな。かといって歩きだといつまでかかるか…キノ曰く もうすぐ らしいけど」
「エルメス。…そういうわけなので」
「ああ、いや。乗せてもらう必要はないんだ。これでも走りには自信がある。エルメス…くんのスピードにもついていけると思う」
青年は自分の足を叩いて自信ありげに言った。
キノの目には青年の服装は運動に向いているようには見えなかったが、付いてくるだけというならと了承した。
「ありがとう。お礼といってなんだけど、よかったらこれを」
「これは? 」
「なになにー」
青年は銀色の紙に包まれた長方形のものをキノに手渡しました。
「お菓子だよ。こうして紙をとって食べる。区分的にはキャンディ…なのかな。うん、おいしい」
紙をとって出てきた緑と白のを青年は口にした。
「ありがとうございます。あとでいただきますね」
キノはそう言ってポケットにしまい、エルメスにまたがりました。
「あ、うん」
「じゃあ行くよー。ついてこれるならついてこーい! 」
エルメスの陽気な声とともにキノは出発。
「………ああ、ついていくとも」
しばらくして、国の壁が見えてきました。
さらにしばらく走って、高い壁に空いた穴、国のモンがもうすぐそこに見えるところまでやってきた。
「キノ、どう? ついてきてる」
「うん、信じられないけどついてきているよ」
キノがエルメスのミラーで後ろを見ると、つかず離れず先ほどの青年が追ってきている。
「休憩もなしにこの速さのモトラドに追いすがるなんて、信じられないね。正直人間離れしてるよ」
「そうだね」
「キノがポケットにしまったお菓子に、とんでもない秘密があるのかもよ。食べないの? 」
「食べないよ。…ちょっともったいない気はするけど」
何が入っているかわからないし。
そう言ってキノはエルメスの速度を落としていった。
門番の兵士が手を振っている。
「ようこそ、ヴェルデルヴァルへ、旅人さん達」
入国管理の男性が朗らかに挨拶をした。
「ボクはキノ。こっちは相棒のエルメス。観光と休養で入国させてください」
「おや、そちらのかたはお連れではないのですか? 」
「ええ、はい。同行させてもらっただけでして…。
私はくら…―――クラーク。クラークです。キノさんのようにこの国に滞在したいのですが、その、色々あって、お金も失ってしまいまして…」
俯いてクラークと名乗った青年がそう言うと、
「それはそれは…クラークさんは後で色々考えましょう。では、キノさん。滞在は何日でしょうか」
キノは三日です、明後日には出発しますと答えると。男性は書類にそれを書き留め、終わりましたお通りください と言った。
「すごく簡単ですね」
「はい、この国は今は平和ですから。
あっ、そうだキノさん。なにかパースエイダー(注・銃器のこと)はお持ちですか? 」
「ええ」
男性が聞くと、キノはコートを脱いで、エルメスにかけた。
キノは右腿につったホルスターと腰の後ろから合わせて二丁のパースエイダーを取り出して机の上に置いた。
「ほおお…」
「もしかして、持ち込み禁止ですか? 」
「いや、失礼しました。これほどのものをお持ちとは、さぞ腕前もよろしいことでしょう。
感服いたしました。護身用でしたらそのまま持ち込んでくださって結構です。でもきっと必要ないです」
キノはパースエイダーをホルスターにしまい、コートを纏った。
「この国は安全です。国民も平和に穏やかに暮らすのが好きなんです。キノさんもきっと気に入ると思いますよ」
門が開き、キノがエルメスを押して国に入ると、そこには大勢の人だかりがあった。
「よく来てくれた! 」
「大歓迎だ! 」
「早く早く! 」
二人に群がり笑顔で歓迎する老若男女。キノはたじろぎ、エルメスは「ああ、やっぱり食べられるんだ」とキノにだけ聞こえる声の大きさで言った。
その後、キノは大歓迎の住人に、値段があまり高くなく、エルメスを止めて置けるシャワー付きのホテルを紹介してもらい、そこにチェックイン。
旅の埃を落とし、エルメスに水をぶっかけて洗い、キノ自身もシャワーを浴びた。
下着を新しいものに替えて食堂に。見たことのない魚が出たが、大変美味だった。
「…ここが歴史博物館か」
アーチをいくつも組み合わせた民木菟風な建物の入り口の前にキノとエルメスはいた。
「キノさん、エルメスくん」
声をかけてきたのは入国審査の場で別れた青年だった。
「どうも」
「入国できたんだね。というかお金なかったんじゃないの? 」
エルメスが尋ねると、クラーク青年は頭を掻いて答えた。
「お金はなかったんだけど、知識があったからね。私の持っている知識と引きかえに、宿泊費や食費を免除してもらうことになったのさ」
「すごーい。いったいどんな知識なの? 」
「高齢化社会と介護制度なんかについての知識をね。
それはさておき、ここにいるってことはキノさんも? 」
「はい。会う人全てにここを薦められて」
キノの言葉にやっぱり と頷くと、
「私もです。ここの見学を薦められて、無料券もいただけました」
「え…」
「じゃあ行きましょうか」
「………」
「キノ」
「なんだいエルメス」
「あの人、無料券だってさ」
「そうみたいだね」
「キノが貰ったのって、割引券だったっけ」
「そうだよ」
「………」
「………」
「どうするの、キノ」
「せっかくだから、行くよ。なんだかとても損な気分だけどね」
キノがチケットを買って入ると、クラークと一人の女性が待っていた。
白髪の老婦人だが、スリムなスタイルで、背筋も曲がってはなかった。優しく聡明なまなざしをした彼女はよく通る声で言った。
「ようこそ、我が歴史博物館へ。わたしが館長です」
「こんにちは館長さん。ボクはキノ。こっちは相棒のエルメス」
キノが紹介すると、どうもこんにちは、とエルメスも言った。
≪――この荒れ果てた土地に人が住み始めたころ、ほんの数十人の小さな集落にすぎませんでした≫
≪ 私たちの祖先は土地を開墾し水路を引き、街を大きく発展させていきました≫
≪ 商工業はさらに発展し、それにつれて城壁も拡大していきました。現代における我が国発展の基礎が、この時代に形作られたのです≫
官庁が先導し、それにエルメスを押すキノが続き、最後尾にクラークが続く列になって一行は博物館を見学した。
展示物はよくできていて、この荒れ地に初めて人が住み着いたときから、街が大きくなる過程を精巧な模型で再現し、それらが当時の品々とともにガイドの機会音声で説明されていた。
途中わかりにくい固有名詞などは館長さんが丁寧に捕捉し、キノたちは熱心に展示を楽しんだ。
「何もない所に国を開くのは大変な苦労だったと思います」
補足とともに館長が言った。
「私達の国はその先祖の努力によって成り立っているんですよ。…でも、国が大きくなるのはよいことばかりではないんです」
「国が大きくなれば、どうしても他国との接触を持たなければなりません。中には不幸な出会いもあるのです」
「ここからは『近代史』のコーナーです」
急に展示物のトーンが変わった。
今までは人々の生活習慣などが主だったのが、武器や線上の様子など、戦争関連の展示ばかりになった。
コーナー入り口の説明文は『隣国との戦争の始まり・殺戮の歴史』で始まっていた。
「隣国レルスミアとの最初の戦争は今から192年前に起きました。両国の間に広がる、丘陵地帯の領有権をめぐる争いがもとでした。
「それは本当なら、外交手段で解決できる問題だったのかもしれません。でも………
「人種、言語、宗教から生活習慣、その他全てが違う民族が隣り合わせになると、お互いを敵視するのは簡単だったのです。
「戦争はますますエスカレートし、それに伴って新しい兵器が次々と開発され、たくさんの人たちが死んでいったのでした。
「…両国は思い出したように戦争を仕掛けては国力が疲弊し、どちらが勝ったか負けたかわからないまま、休戦するということを繰り返してきました。
「今から15年前まで」
「なるほど…だからか」
クラークが何か納得したように言った。
「なに? 」
エルメスが尋ねると、
「いや、私の知識を高く評価してくれたのはそのためなのかと思ってね。戦争で若くして死ぬものが多かったから、高齢化社会というものになじみがなかったのかとね」
「ええ、そうですね。15年前と比べると、この国は人が戦争で死ぬことはなくなりましたし、平均年齢も上がっています。私が子どもだった頃は、親を戦争でなくした孤児もずいぶんいましたから」
「15年前と、おっしゃいましたね」
キノが聞いた。
「ええ」
「今、この国は豊かでとても安定しているように見えます。隣国との争いごとはなくなったんですか? 」
「―今はもう殺し合いはしておりません」
館長は表情を変えることなく言い切った。
「急に平和になった15年前に何があったんですか? 」
夕暮れが館長の瞳を照らし、キノの顔を見つめていた。キノもしばらく館長を見つめる。
しばらくの沈黙の後、、館長が微笑みながら言った。
「それは次のコーナーで説明するのですが、残念ですね 今日はもう時間がありません。キノさん達はいつまで滞在されるのですか? 」
「明後日出発です。それまでならいつでも」
「私は一ヶ月ぐらいでしょうか」
「それでしたら明日、15年前の平和の答えをお見せすることができます。私たちがいかにして平和を作り出し、それを維持しているかを、直に見学なさってください」
「何を見学するの? 」
エルメスが聞くと、館長が答えた。
「『戦争』です」
句楽兼次、クラーク・ケンジさんになる。
↓
→この句楽さんは年齢19、介護の資格取得のため大学に通っていたころの肉体で転生転移しました。
肩掛けかばんには教科書と筆箱とその他(ハイチュウ)など。
転生ものでありがちな「いきなり見知らぬ土地に放りり出される」を経験し、混乱していた時に、バイクのエンジン音が聞こえたので道で手を振って、キノ・エルメスと出会う…というわけす。
次回、戦争/虐殺。
キノがいないパターンも書いてみたいなぁと思う。