「う………っっっ‼」
「~~~ォエ、ッガハ! ッエ………ハッ…ハッ…」
「う、ううう。うううううぅ…。ああああ、あああああ、あう、うあぁ、うううっ 」
ヴァルデルヴァル滞在三日目、キノはいつもと変わらぬ目覚めで朝を迎え、訓練を行いシャワーを浴び、古くなった携帯食料を朝食として食べた。
朝と昼の間ぐらいに、眠っていたエルメスを起こしそろそろ開館する歴史博物館へ行くことにした。
「キノ、乗っていかないのかい」
「エルメスのエンジン音でまだ眠っている人たちを起こしてしまうかもしれないからね」
そう言ってキノはエルメスを押して、歴史博物館へ向かった。
歴史博物館の玄関前には、キノの予想通り戦勝パーティーで騒いで酔って眠ってしまったらしい若い兵士が酒瓶を抱えて寝転がっていた。
「………やぁ、キノさん エルメスくん」
「…おはようございます」
「隈ができてるけど、もしかして眠ってないの? 」
クラークが歴史博物館の正面の噴水に腰かけていた。彼はだれから見ても分かるほど憔悴しきった様子だった。
「あぁ、うん、ちょっとね。私も歴史博物館に入ろうと思っていたんだ。一緒にどうかな」
「わかりました」
キノとエルメスとクラークがちょうど開いた歴史博物館にゆっくりと入ると、館長が出迎えてくれた。
入場料は『戦勝記念』で無料だった。
「昨日の『戦争』はごらんになりましたか? 」
館長が開口一番に聞いてきた。
すぐにエルメスが、
「うん、見たよ。ミイラさんの謎は解けた」
クラークが少しためらい言葉を飲み込み、
「………はい」
とだけ言った。
館長は発言を促すようにキノを見た。
「あれがあなたたちの戦争ですか? ボクにはタタタ人の虐殺か処刑にしか見えませんでした」
キノは表情も、口調も普段とは全く変わらずに言った。キノは咎めていないし、呆れてもいなかった。ただ聞いていた。
館長はキノの言葉と口調に少しひるんだ様子のクラークを無視して、
「そうですね。昨日の体験だけでは、そう見えるかもしれません。でも、あれがわたし達の『戦争』なのです」
「ご存知の通り、この国と隣国の間で戦争は絶えませんでした」
館長は展示物のモニター作動スイッチを入れた。現代史と書いてある。
モニターに映像が映し出される。『戦場の二分』とタイトルがついていた。
茶色い画面にゆっくりと形と色が現れる。
映像は乱れ音も悪く、劣悪な環境で記録された映像であることが分かった。
「私は昔の戦争をよく覚えています」
荒野の塹壕を何人もの兵士が怯えた表情で進み、パースエイダーを必死に握りしめている。やがてひゅるるる と音が聞こえ、兵士たちが一斉に伏せる。モニターから一瞬音が消えて、画面が揺れて埃が舞い立つ。
上官らしき男が叫び、兵士たちが一斉に塹壕から出て突撃を行っていく。音が戻り、画面もその兵士たちを追っていく。
「長年、飽きもせず起こる戦争で、何人もの人が死にました」
走る兵士たちの姿、叫ぶ兵士たちの声。ぶんっ という音とともに何か黒くて速いものが飛んできて、一人の兵士に当たった。当たった彼は身長が半分になった。
「今 上半身を亡くしたのは私の夫です」
画面が急に乱れて音が消え、真っ暗になって砂嵐を起こして画面が消えた。
モニターは止まった。
館長はキノたちの方を向いて、
「私は昔の戦争をよく覚えています」
と繰り返した。
「昔のことをよく覚えています。
私には家族がいました。夫と四人の息子たち。かけがえのない宝でした。夫を失ってから、私は息子たちを一人前に育てるために生きてきました。
「しかし第百六十九戦争が始まって、あの子たちは父親の敵を討つんだと言って、次々に防衛軍に志願していきました。
「最初に次男のソトスが狙撃されて死にました。次の日に、三男のダトスが地雷を踏んでバラバラになって死にました。
「長男のウトスは仲間を助けるために前線に残り、味方の砲撃で敵兵ごと吹き飛んで死にました。
「最後に残った末っ子のヨトスは、兄たちの分まで頑張ると、そして私にきっと生きて帰るからと言って出かけて、二度と帰ってきませんでした。当時あの子は九歳でした」
淡々と話す館長の口調や表情は先ほどのキノのそれによく似た雰囲気のものだった。
「その時の、やはりどちらが勝ったかわからない戦争は終わりました。でもすぐに次の戦争が始まるのでしょう。私には、これ以上無意味な戦争を繰り返す意味が分かりませんでした。決着がつかない戦争をどうして何度も何度も繰り返すのか。
私は家族をいっぺんに失い、名誉国民になりました。そしてその地位を利用し、みんなに訴えました。『戦争はもうやめよう』、と」
「………」
「それで戦争は終わったの? 」
「いいえ。むろんそんなことで戦争はなくなりません。そんなことで戦争がなくなるのなら、すでに無くなっていなければおかしいのですから。
私は、必死に考えました。現実的に、戦争の代わりになるものはないかと。そして戦争の代わりとなる一つの提案をしたのです」
「それが………昨日の」
「―――タタタ人の襲撃、ですか」
「そうです。ただ戦争を止めようと主張するだけでは何も変わりません。人間は元々、競争心や敵愾心、残忍さを持ち合わせているのですから、それをうまく発散することのできる方法でなければ。
『タタタ人を敵兵に見立て、より多く殺すことのできた方をその戦争の戦勝国とする』これが私の考えたアイデアでした」
「私がこのアイデアを発表した時、偶然にも向こうの国で、まったく同じことを思いついた女性がいました」
次の展示物は二人の女性が写った写真で、片方は今と比べて痩せているものの、確かに館長だった。
「15年前に私たちが初めて会ったとき、家族の写真を見せあいました。その時見せてもらった彼女の子どもたちは、私の子どもたちと同じでみんな可愛くて素敵な彼女の宝物だとすぐに分かりました。
そして全員が戦死していました」
「私と彼女の考えは、試験的ながら実行に移されました。それが今から15年前のことです」
「…反対意見は出なかったんですか」
クラークが聞くと、館長はすぐに答えた。
「『戦争』それ自体の反対意見は出ませんでした。しいていえば武器や弾薬の無駄ではないかと一部で言われた程度でした」
「実行に移され、効果が実証されることになりました。それから二つの国は協定を結んで、殺傷能力の強すぎる兵器を棄てていきました。タタタ人を全滅させてしまっては何にもなりませんからね。おかげで国防費は大幅に削減できました」
「そして、これが最も重要なことですが、その時以来、二国間に国民が死ぬような戦争は一度も起きていません。」
館長が次のモニターのスイッチを入れた。
画面にはキノたちが見たこの国の今の風景が映し出されていた。
「削減された国防費を他に回すことで国は発展し、人口も増えました。私と同じ経験を、今の若い母親たちがすることは二度とないでしょう」
館長はキノたちに向き直りとうとうと語った。
「彼女たちは子どもを産み、幸せに育てていく、そしていつの日か、我が子の手により埋葬されていくのです。生まれた人間が生まれた順番に死んでいく。それこそが平和であり、この国の今なのです」
モニターの映像が終了し、館長がスイッチを切った。
「これで歴史博物館のツアーは全て終わりました。お疲れさまでした」
「質問してもよろしいですか」
キノが聞いた。
「どうぞ」
「殺されるタタタ人はどうなりますか? 彼らにも生活があって、家族があると思うんですけど」
「ええ、その通りです。しかし平和というのはなにかの犠牲の上に成り立っているのです。昔はそれがわたし達の子どもでした。幼い兵士たちが、地獄のような線上で戦い、死んで国を守っていてくれたのです」
「………」
「………」
「でも今は違います。タタタ人は私たちに抵抗できません。ですから誰も彼らとは戦わなくていいのです。誰も殺されることはなく、子どもたちは戦場で死ななくてよくなりました。それはとても素晴らしいことなのです」
館長は先ほどから一言も発さないクラークの方を向いた。
「クラークさんが言いたかったような、タタタ人の犠牲を認めないようになれば、両国は再び戦争を行うようになるでしょう。昔の戦争を行えば、犠牲者の数はタタタ人のそれとはまったく比べ物にならないでしょう」
繰り返すように、念を押すように、感情のこもらない平坦な声で館長は言った。
「平和には犠牲が必要なのです。タタタ人が死ぬことでわたしたちの平和が保たれるのなら、それはとても歓迎すべきことなのです。それに…」
「…それに? 」
「他に代替案がありますか? あるなら教えてください」
キノはそれに何も答えなかった。答えたのはクラークだった。
「代替案なら、ありますよ。ヴァルデルヴァルとレルスミアが滅べばいいんです。戦争をする国が滅んで、家族も子どももみんな死んでしまえば悲しみも何もなくなりますよ」
「………」
「そりゃあいいね。それなら解決だ。現実的じゃないという点に目を瞑ればだけど」
エルメスの軽口に反応するものはだれもいなかった。
ツアーを終え、歴史博物館を出たキノはそのままエルメスにまたがり出国する用意をした。
「お話ありがとうございました」
「いいえ」
玄関前で出迎えに来てくれた館長に対し、キノはしばらく考えてから感想を言った。
「館長さん、僕にはわかりません。今のあなた方が間違っているのか、それとも昔の人々が正しかったのか」
「………」
館長は噴水で遊ぶ子どもたちを眩しそうに見つめた後、キノに近づいて易しい口調で、
「あなたが、もう少し年をとれば、今の私の気持ちが分かりますよ」
「そうでしょうか」
「あなたが、あなたの子どもを宿して、その子のぬくもりを自分の中に感じた時に、きっと」
キノと呼ばれた少女は何も答えなかった。
「あら、どうしましたか? 」
「…………館長さん、あなたさっき言いましたよね。『タタタ人は私たちに対抗できない』って。もしも、どこかの国がタタタ人を憐れんで『戦争』を止めろと言ってきたらどうするんですか? 」
「そのようなことはありえませんよ。周囲の国々で私たちの国と比肩する国力を持った国はありませんし、他国にそんなことを言わせるような価値を、タタタ人は持っていませんから」
「そうですか。わかりました。もういいです」
「もう、覚悟は決まりました」
国を出たキノとエルメスは荒野の一本道を走っていた。
数時間走り続け、エルメスが唐突に言った。
「そりゃあ、あの館長さんも家族を殺されて可哀想なんだけど、やっぱりあんな平和はごめんだねキノ」
キノはエルメスの声には答えず、ただエルメスに乗って進んでいた。
「何か落ちてるよキノ」
「ん? 」
スピードを緩めて停車させる。
「旅人の持ち物だ。こんなにたくさん…」
「キノ」
エルメスの呼びかけに、キノはエルメスから降りてスタンドをかけた。
「ボクに何か用事ですか」
キノがよく通る声で言うと、ぞろぞろと人が林の中から出てきた。
彼らはタタタ人のようだった。長い棒や斧のような武器で武装し、物々しい雰囲気でキノを見ていた。
棒を持ったタタタ人の若者が一人、前に出てキノに向かって言った。
「あなたにはこれから我々の村へついてきてもらい、そこでみんなの前で八つ裂きになって、死んでもらいます」
「どうしてですか? 」
「我々の復讐のためです」
「ボクは、あの国の住民じゃないですよ」
「………それは十分わかっております、旅の方。
我々はあの国を憎んでいます。
我々を何の意味もなく殺戮し、死体を手の届かない所へ持っていく。
…我々は愛する人を埋葬することもできない」
「………」
「しかし我々の武器は彼らに届かず、戦っても勝てません。そこでだれでもいいから、この場合はたまたま通りかかったあなたを、いたぶりながら殺して、復讐心をほんの少しだけでも満足させなけらばならないのです。
「あなたが悪いのではありません。運が悪かっただけです」
そう言って、若者は少しずつ近づいてきた。
それに対しキノはまるで気負った様子もなく、普段と何一つ変わらないよく通る声で、
「あなた方のお気持ちは分かりました。
でも、ボクはここで死にたくはありません。
あなた方のことは忘れません。
では、これで失礼します」
それだけ言うとエルメスの方を振り向き、若者たちに背を向けた。
タタタ人の集団がキノの背中に武器を振り上げ、振り下ろした。
「ふぬあ! 」
キノは鮮やかに回避し、右腿に手をやる。
後ろに回っていたタタタ人がキノの小さな頭めがけて棒を打ち下ろそうとするが、それより早く、右腿のホルスターから引き抜いた『カノン』を抜いて、撃った。
「――待った! 」
轟音とともに、銃弾が発射され、しかしその銃弾は対象を撃ち抜くことはなく地面に落ちた。
キノは驚いた表情で固まり、また棒を振り下ろしたタタタ人の若者も驚愕に思わず口を開いていた。
「ふう、間に合ってよかった」
キノと若者の間にいるのはクラークだった。
彼は銃弾と殴打を喰らったというのに全くの無傷で、何ともないというように軽く言葉を発した。
若者はばたばたと後退し「誰だ! 」と叫んだ。
キノはさっと後ろに下がり、クラークを見つめた。
「初めまして、タタタ人の皆様。私はクラーク、あなたたちに話があってきた」
「さっきぶりだね、クラークさん」
「ああ、さっきぶりだねエルメスくん。それにキノさん」
「話とは何でしょうか、旅の方」
「うん、単刀直入に言おう。君たちを虐殺した国の人間を血祭りにあげに行かないか? 」
「な」
「わーお」
「………」
キノはそっとエルメスのハンドルに手を掛けた。
「何を言っている。………我々には」
「別にいかないならそれでもいい。その時は私が勝手にレルスミアを皆殺しにするだけだ」
クラークはそう言うと腰に下げていた袋をタタタ人の集団のもとに放った。
コロコロと転がった袋から転がり出たそれは館長の生首だった。
「ひぃっ! 」
タタタ人たちから悲鳴が上がる。
その首は恐怖と苦痛に歪み、切断面はまるで獣に千切られたようにぐちゃぐちゃだった。
「ヴァルデルヴァル――
建物もすべて破壊して、隠れているものもX線眼で見透かし潰して息の根を止めました。
その首の持ち主は、
どうぞ、好きなようにしてください。クラークはそう言って笑った。
「私はこれから、もう一つの国、レルスミアを滅ぼしに行きます。これはあなたたちのためではありません。ただ、私が滅ぼしてやりたいと思ったからです。だから、あなたたちが付いていきたくないならそれでもいいですし、ついていって仇を討ちたいというなら、それを止めることもしません」
タタタ人は怯えながら、相談をすると言って集まっていった。
「キノさん」
「はい」
「そう言うわけで、レルスミアにはいかないでもらうと助かる。
というか、行く必要がないというか」
「わかりました」
「それにしてもクラークさん、実はすごかったんだね! そんな力を持っていたなんて。ねぇ、さっきはどうやってキノたちの間に割り込んだの? 」
「ただ空を飛んで、超スピードで間に入っただけだよ。銃弾も棒も、問題にはならないと分かっていたしね」
すこしして、タタタ人たちはその場にいないものも含めて数十名が付いていきたいと言った。愛する者を殺された、その恨みを晴らしたい、と。
「じゃあ、さようならだキノさん、エルメスくん。三日にも満たない付き合いだったけど、楽しかったよ」
「はい、さようなら。お元気で」
「さよならー」
「さて、それじゃあ皆さん、ぶっ殺しに行きましょうか」
それから数日後、レルスミアという国が滅んだ。
国防軍の武器保管庫から全ての武器が持ち出され、軍隊は抵抗もできずに粉砕された。
タタタ人の襲撃により、市民軍人区別なく多くの人命が失われ、国民すべてが捕虜となった。
捕虜となったレルスミア国民はタタタ人の各集落に連れていかれ、拷問され、八つ裂きにされた。
こうして15年にわたりタタタ人を虐殺し続けたヴェルデルヴァル・レルスミアの両国は崩壊し、滅亡したのだった。
そして、タタタ人もまた滅ぶことになる。
勝手に畏れて、勝手に崇めて、勝手に疎んで、刃を向けた。その報いだった。
「………」
クラークは食糧を抱えてレルスミアから奪ったホヴィーに乗り込み、タタタ人の集落から飛び立った。
クラークは数日前の出来事を思い出しため息をつく。
別に、彼らのためにやったことではなかった。単純に自分がそれを許せなかったから力を振るっただけだった。それでも、刃を向けられるとは思っていなかった。
自分は彼らになんの危害も与えてはいなかったのに。
そう思って、前の世界での句楽兼人のことを想起する。
「ああ、そうか。彼らには、私が猛獣か何かに見えていたのか」
クラークは掘り出したマニュアルに従いホヴィーを発進させた。
彼はどこに行くのだろうか。それは誰にもわからない。
ほぼ皆殺しエンド。
正直、予想できた結末だっただろうな、ごめんなさい読者様 と思っているけど、アンケートの結果も善人か悪人なら悪人でお願いしますだったし…。
善人だったら、誰も殺さずにタタタ人を守るため両国の軍隊と戦う(武器だけ壊す)エンディングになっていました。 シズと陸がやってきて、心がすさんだヴァルデルヴァル国と庇護されるタタタ人、守ることに疲れたクラークと話す…なんてのもあったりして。
次の世界はとりあえず思いつきませんので、「句楽兼次の一生」のあとがきに置いた募集箱にリクエストくれたら書きます。→
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ヒロアカの続きはまだちょっと考え中。ラストあれ書き換えるかもしれない。やっぱデリヘル社長はないわー。冷静になったらドン引きだわー。