両者の距離は、およそ10メートルほど開いている。
俺も一方通行も、詰めようと思えばすぐに詰められる程度の距離だ。
しかし、相手は触れるだけで敵を殺すことが出来る化け物。
迂闊に近づくことは出来ない。
一方通行も動かない。
余裕をかましているのだろう。
「オイオイどうしたァ?あんだけ大口叩いといてさっきから1歩も動いてねェじゃねェか」
無闇に突っ込むのはまずいが一方通行に一方的に攻撃させるのはもっとまずい。
どうせずっとこのままって訳にもいかねえし、行くしかねえ!
俺は一気に駆け出した。
運動エネルギーを操作して、一方通行に一気に接近する。
一応、反射の攻略法は聞いている。
一方通行に向かうベクトルはすべて、能力範囲に触れた瞬間操作される。
普通にぶん殴ったってダメージを与えるどころか、こっちの骨が折れてしまう。
彼に挑んだ大半の奴らが、勝手に自滅していったそうだ。
しかしそこまで聞けば、誰でもこんな方法を思いつくんじゃないだろうか?
難しいことじゃない。
単純な話、パンチが当たる直前に腕を引いてしまえばいいんだ。
前提として、一方通行の能力を完璧に知り尽くし、反射のタイミングを正確に把握していないと到底出来ないことではあるが。
打ち出した拳が一方通行の体に当たる瞬間、俺は一気に腕を引いた。
「そこだッ!」
「なにィ」
今まで味わったことのない妙な感覚。
「ッつ、」
一瞬、骨の奥に鈍い痛みが走った。
どうやら上手くいかなかったらしい。
いや、腕はまだ動くし、折れてないだけ成功と言えるかのか。
「ちったァ考えたよォだが、そン簡単に攻略出来るほど、学園都市第1位ってのは甘くねェんだよォ!」
一方通行が地面を踏みつけると、その足を中心に小さな爆発が起きた。
周囲に飛散した砂利は、ショットガンのように俺の体へと襲いかかる。
気づいた時にはもう遅い。
避けられないと悟った俺は、咄嗟に両腕で顔を庇った。
「ぐおぉっ」
小石と思って侮っていたのが災いか。
一方通行の能力でベクトルを操作された小石の威力は想像以上で、俺は勢いよく後ろに吹き飛ばされてしまった。
どんな攻撃も防げる防御力に、凄まじい攻撃力。
まったく羨ましい限りだぜ。
「ザコばっか相手にして勘違いしちまったかァ?俺とお前じゃァこんなもンなんだよ」
「てめぇ……。そんなに強いってのになんでレベル6になりてえんだ?超電磁砲のクローンなんて殺さなくても、もう十分じゃねえか!」
強さを求める気持ちは同じ男として分からなくもない。
すでに誰にもたどり着けない場所にいるこいつが、こんなことまでしてレベル6になりたがる理由ってのはなんだ?
こいつにはそこまでしてでも強くならねえといけない理由でもあるのか?
「まァ、自分で言うのもなンだが確かに俺はレベル5の中でも突き抜けた強さも持っている」
「だったら……」
「けどよォ、周りの連中はその事実をどうやって知ったと思う?」
「そんなもん、学園都市第1位って肩書きだけで十分分かるだろ」
「そーだと良いんだけどさァ」
「どーゆうことだ?」
「世の中にはバカなやつらがいてよォ。度胸試しくらいの気持ちで面白がってケンカ売ってくるやつらがいンだ」
強いやつには強いやつの苦労があるってことか。
「でもそんなの無視すりゃいいじゃねえか?お前ならとくに何もしなくても相手が勝手に自滅してくれるだろ」
「それじゃァダメなンだよ。全然ダメだ。結局、俺の強さってのはその程度ってことなンだよ。俺が目指してんのはその先、戦おうと思うことが馬鹿らしいと思えるほどの、歯向かうことが許されないほどの絶対的な強さ。そこまでいってようやく俺の目指す最強になれんだ」
一方通行は赤い瞳を輝かせながら、己の野望を語った。
「こっちから聞いてこんなこと言うのもなんだが、くだらねえ」
心の奥から愉快そうに笑っていた一方通行の顔が、ぴくりと引きつった。
「あァ?」
「くだらねえって言ってんだよ」
要するに自分が舐められてるのが許せねえからこいつは2万人の命を奪って強くなろうとしてるってことか。
くだらねえ。
どれだけあの3人が苦しんでたと思ってやがる。
御坂さんなんて、自分の命を捨てようとするほど追い詰められてたってのに。
あいつらが命を賭けて守ろうとしたものがこんな理由で殺されていたなんて。
俺は聞くんじゃなかったと後悔した。
怒りで我を忘れそうだった。
「もともとお前は許さねえつもりだったけどよォ。怒りでどうにかなっちまいそうだぜ」
「はァ?お前に許して貰う気なンてねえよバカが。だいたいなんでそんなにお前がキレてンのか俺には分からねェ」
落ち着け、と自分に言い聞かせた。
一方通行のベクトル反射を攻略するためには精密な判断力と反射神経を要する。
怒りで我を忘れてしまってはただでさえゼロに近い確率がさらに低くなってしまう。
「なァ知ってるか?あいつらたったの18万で作れちまうんだぜ?」
「ッ!」
気がついたら俺は走り出していた。
まるでガラクタのようにあいつらを語るこいつが許せなかった。
ここでキレるのはまずいことは分かっている。
自分で自分の首を締めているようなものだ。
今ならまだ間に合う、1度立ち止まって落ち着け。
そうやって頭のなかで怒りを抑えようとしても、脚は止まらない。
「あいつらの価値はそんなもんじゃねえんだよ!」
「良いぜェ、殴らせてやる」
俺の拳が一方通行の顔面を捉えた瞬間。
俺の右腕にはとんでもない激痛が走った。
「ぐああァァがァ!」
さっきの一撃は運が良かったのか、それとも怒りのせいで精彩を欠いたのか、俺の右腕は普通では考えられない方向に折れ曲がっていた。
「あーあァ、やっちまった。その腕でまだ戦うか?」
「……次は、捉えるさ」
右腕が使えなくたって左腕、左腕がなくたってまだ2本の足がある。
今ので頭も冷えた。
チャンスはあと3回、こっからが勝負だ。
「いいねェヒーローくン」
一方通行の体が低く沈む。
まるで砲弾のように、一方通行は俺へと駆け出した。
すぐそこまで近づいてくる死の象徴のような少年に、不気味な緊張が一気に全身を駆け巡った。
御坂さんの雷撃に比べれば劣るが、それでも凄まじいスピード。
触れればそれだけでゲームオーバーの両手が目前まで迫る。
俺はこれをすんでのところで何とか回避した。
しかし、一方通行の腕は逃がしはしないとばかりに、俺を追う。
何か変だ。
一方通行の攻撃が当たらない。
もちろん俺は全力で回避に徹している。
それにしたっておかしい。
この速度で次々と攻撃されているんだ。
当たらないにしても、もう少し苦労するかと思っていた。
それなのに、苦労するどころか一方通行の動きをちゃんと確認して避けられるほどの余裕さえある。
なんつーか、こいつの動き……。
「なんだァ!ちょこまかと逃げ回ってンじゃねェよクソがッ!」
まるで喧嘩慣れしてねえような……、まさか!?
「そういう事か」
こいつ、今まで能力に頼りきりで殴り合いの喧嘩なんてしたことがねえんだ。
何もしなくても勝てるんだし、そりゃそうか。
改めて見てみると足運びはめちゃくちゃだし、1発1発の隙がデカい。
こいつには能力があるからそんなに気にならねえが、一般人が本当のケンカでこんなことしたら相手がよっぽど弱くねえ限り絶対負ける。
学園都市第1位。
けど、それは一方通行の能力の話であって、一方通行自身の強さではない。
その小さな違いが、きっと勝機になるはずだ。
「はァ、はァ……。なんで当たらねェンだ!チクショウ!」
嵐のような攻撃が止んだ。
その隙に俺はバックステップで距離を取る。
反射は全ての攻撃の跳ね返す。
つまり、一方通行はまともに殴られたこともねえはずだ。
たった1発。
痛みに免疫のないあの細い体に拳を叩き込んでやればそれで終わりだ。
何かないか。
あいつに大きな隙を作る何か。
「学園都市第1位は、そこらの雑魚に攻撃を当てることも出来ねえのか?」
「なんだ挑発のつもりかァ?何考えてるか知らねェが、そんなことしてもお前は俺には勝てねェよ」
この一瞬で周囲を見回したが、これといった物はない。
早くしねえとあいつらが来ちまう。
俺は勢いよく地面を踏みつけた。
操作された運動エネルギーで勢いよく巻き上げられた砂利たちが一方通行に襲いかかる。
「おいおいモノマネかァ。そンなンじゃあ第1位には勝てねェぞォッ!」
物凄い勢いで突進してくる一方通行。
それを俺は、上空へと飛び出すことで回避した。
「危っね!」
「身体強化系の能力かァ?面白ェ能力だが無駄だァ!」
「やべぇな」
あまりの迫力に判断を急いでしまった。
あらゆるベクトルを操作することが出来るなら多分空中でも自由に動けるだろう。
地面まで約10メートル。
落下するまでの間は無防備になってしまう。
「オラァッ!」
一方通行は僅かに身を沈めると、思い切り地面を蹴って飛び上がった。
貧相な体からは想像出来ない跳躍力で、一気に俺まで到達した。
まるで自分の巣にも迷い込んだ虫を蹂躙する蜘蛛のように、ゆっくりと一方通行の両手が伸びていく。
「チェックメイトだ」
このままでは死ぬ。
体に溜め込んだエネルギーを別のエネルギーに変換して体外に放出出来るこの能力でどうにかするしかない。
その時ふと、最近読んだ漫画の一コマを思い出した。
とある漫画のキャラクターが空気そのものを蹴ることで足場とする、という人間離れした技だ。
自分でも正直馬鹿げてると思うが、もしそれが可能なら、本来身動きが取れないこの状況から脱することが出来る。
俺の能力なら、可能性は0ではない。
俺は、能力を限界まで使って前方の空気を蹴り上げた。
「勝手に勝った気になってんじゃねえよ!」
轟!という爆音と共に、一方通行の姿がどんどん離れていく。
「よっしゃあ!成功だ!」
これで何とか目前の死期からは逃げ出すことが出来た。
……が。
止まれねぇ!
後方には積み上げられたコンテナ。
このままだと背中から叩きつけられてしまう。
少しでも勢いを落とせるように、咄嗟に後方へと足を蹴り出した。
「がはぁっ……」
だいぶ速度を落とすことは出来たが、それでも衝撃は中々のものだった。
振動が右手に響いて、地獄のような痛みにのたうち回りたくなる。
「うおぉ……」
「ハハハハッ!あいつ空気を蹴って移動しやがった!」
何とか生き延びているが、防戦一方。
このまま逃げに徹しても、不利な状況は変わらない。
そこで、おかしな感覚に気を取られた。
左の手には、コンテナの硬い感覚の他に何か、サラサラとした粉末状のものを触っている感覚があった。
確認すると、左の手のひらは真っ白に染まっていた。
どうやらコンテナの中身は小麦粉だったらしい。
これは……。
もし、このコンテナの他にも同じような中身のものがあるとしたら、一方通行の動きを一時的に止められるかもしれない。
俺はコンテナから飛び降り、6つ積み上げられているうちの一番下のコンテナを全力で殴った。
一番下のコンテナは見事にぐしゃぐしゃになって吹っ飛んでいった。
まるでだるま落としを失敗した時のように、今まで支えられていた上段のコンテナが、周りのコンテナの塔を巻き込んで次々と崩壊していく。
「おもしれェ。おもしれェよお前!今度は一体何をしようってンだァ!?」
頭上から降ってくるコンテナに気をつけながら、状況を確認していく。
「すぐに分かるさ」
コンテナが降ってくる場所をある程度確認してから俺は急いでその場を離れた。
コンテナの動きが止まると、コンテナの中身が飛び出して目の前にはひたすら白い景色が広がっている。
粉塵爆発という言葉を聞いたことがあるだろうか?
ガソリンなどの可燃性気体の発火、爆発に近い。
まあ簡単に説明すると、物質は微細になればなるほど単位体積あたりの表面積が大きくなり、その物質が燃える時に酸素が提供されやすくなる。
酸素が提供されやすくなるってことは、高速で燃焼が可能になるってことで、その燃焼がどんどん伝播していって爆発が起きるってわけだ。
今夜は無風。
あとは着火源を用意してやれば、辺り一面ドカンだ。
俺はシャツの袖をちぎり、体外に放出した熱エネルギーでそれを引火させた。
俺は、爆発に巻き込まれないほどの距離を取ったことを確認して、それを思い切り粉塵に向かって投げ込んだ。
直後、小麦粉が撒き散らされていた空間そのものが爆弾と化した。
巻き起こされた爆風に吹き飛ばされそうになるが、何とか能力を使って踏みとどまる。
今だ!
俺は爆発の直前、一方通行が立っていた場所に目掛けて全力で駆け出した。
もちろん、この爆発で一方通行を倒すつもりだった訳では無い。
あの化け物なら、この爆発の中心に立っていようと、笑っていられるだろう。
しかし、粉塵爆発の恐ろしさは他にもある。
それは、空気中の酸素を燃料にして燃焼するということだ。
たとえ一方通行でも人間である以上は、酸素を奪ってしまえば酸欠くらい起こすだろう。
もちろんそれはこっちも同じだが、ある程度距離を取っていた分いくらかマシなはずだ。
爆発に中心地であったであろう場所で一方通行は膝をついていた。
絶好のチャンス。
この距離なら、一方通行が復活するよりも先に拳を叩き込める!
「うおぉぉッ!」
能力を使った渾身の左ストレートが、一方通行の顔面に深々と突き刺さった。
今回もお読みいただきありがとうございます!
前回からだいぶお時間が空いてしまい申し訳ありません!