微百合成分?あり
さて、心を入れ替えたとはいえ勿論時間をかけなければ自分の考えは一ミリたりとも変化しないことは明白だ。ノエルにも誰にもこの事は話していないが、セリカには「どこか雰囲気が変わりましたわね。何だかいつもより楽しそうに見えますわ」と言われた。
ディフェンスにも「あれ?シア大将閣下、何か変わりましたか?少し前と雰囲気が違いますが······」と、二人ともどこか私が変化したことを見抜いていた。
ノエルは相も変わらず努力家で、才能は並みだが人一倍の努力で入隊当初とは見違える程に成長していた。初めの頃のように怪我をつくって帰ってくることも滅多になくなったし、たまに訓練を見に行ってみても他の訓練生を圧倒しているノエルの姿が見られた。
ゼファー先生は誰にも平等に接しているが、勿論その個人の成績によって微妙に訓練メニューを変えている。
そりゃ、海軍の中にも頭脳派は数多く居るし、誰も彼もが脳筋スタイルではない。というかそんなのはごく一部だ。ガープさんが脳筋筆頭だと思うが······
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「よぉし、集まったなお前ら」
海軍の訓練学校のグラウンドのお立ち台にゼファーが堂々と立って、グラウンドに集まった訓練生に向けて話す。
その中には勿論のことノエルも居た。
「今回集まって貰ったのは次の練習航海の説明をするためだ。いつもなら説明しないが、今回特別に説明するのはいつもの練習航海といくつか違う点があるからだ。だから良く聞いておけよ」
少し間を置いてゼファーは続ける。
「今回いつもと違う点はだな、いつもは俺が監督する立場なんだが······今回は俺は別の優先するべき仕事が入っているため悪いが同行はできん。その代わりに、俺の代行が務まる奴は呼んでおいた。お前らも知ってるだろうが、今回代行でお前らを監督するのはシア大将だ」
その言葉で訓練生達がどよめく。特にノエルは自分のお母さんが今回の監督だと知って嬉しそうだったが。
まあ、他の訓練生の驚きは分からないでもなかった。シア大将と言えば既に海軍の英雄ガープ中将とも並ぶ知名度はある。実力はこの際兎も角とする。
「おい、お前らうるさいぞ」
ゼファーが一言そう言うだけで喧騒としていた場は一瞬にして静まり返る。
「よし、そう言うことだからシア大将に迷惑のないようにな。今日はこれで解散だ。練習航海に備えておけよ」
それだけ言い残してゼファーがこの場を立ち去り、訓練生も後に続いて散っていった。
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「すまねぇな、いきなり練習航海の監督何か頼んで」
海軍本部の一室ではゼファーとシアが話をして居た。あのあと、ゼファーはすぐに本部に向かい、こうして態々シアに会いに来ていたのだ。
「いえ、他でもないゼファー先生の頼みでしたら断るまでもないですよ。丁度私も暫く暇になりそうでしたし」
「暇になりそうっつってもお前は大将だろう。ただでさえ書類が大量にあるんじゃないか?」
「いえ、そうなんですけども、何か暫く部下が手分けしてやってくれるみたいで····私もそれは自分の仕事だと言ったんですけど、働きすぎですって言われたんですよ!?」
「はっ、そんなことは俺の知ったことじゃねぇが····部下がそう言うんだったらそうなんじゃねぇか?」
「そんなに働きすぎてることなんてないと思うんですけどね。だからちょっと暇だったのでゼファー先生の頼みを聞いたんですよ」
「そうか。何はともあれ助かった。お前なら適任だろう」
「お気になさらず」
「悪いがそろそろ行かなければな。それじゃあまたゆっくり話そうか」
「ええ、それでは」
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「お母さん!!」
家に帰ってきたらノエルに抱き付かれた。まあいつものことだけどね。
「ノエル、どうしたの?」
「お母さんが今回の練習航海の監督なんだってね!」
「その通りだよ。それがどうかした?」
「私、お母さんと一緒に訓練できるのが嬉しい!確かに、ゼファー教官の訓練も厳しくてもやりがいはあるけど、やっぱりお母さんと訓練するのは楽しみ!」
「そう······私もノエルがどれだけ成長できたのか楽しみね。私もゼファー先生並みに厳しいから覚悟していること。分かった?」
「はい!」
「よし、それじゃあ夕飯にしましょうか。今日は私が作るからノエルは先に待っててね。すぐ作るから」
「うん」
そう言って私は一人で台所に向かう。
数十分後······
「お待たせ」
ちゃぶ台の上には私が作った料理が並んでいた。この世界の人は大体どの人も大喰らいなので、私たちもその例に漏れず、前世の少なくとも二倍以上は食べるようになった。
食費は基本的にどの家庭の家計にも上位にはランクインしてくるものだ。
海賊もその例に漏れず、である。
「やっぱりお母さんの料理はいつも美味しい♪」
「そう言ってくれると作った甲斐があったものだ」
ノエルはいつも私の作った料理を美味しいと言いながら食べてくれる。これが際限なく私に幸せをもたらす。
ごくごく平凡の私の料理を美味しいと言ってくれるのだから。
その夜、既に風呂にも入って布団を敷いて寝静まった頃。不意に私の隣でモゾモゾ動く物体を感じた。
「誰だ?······って、ノエルか。どうしたんだ、こんな夜中に」
気になって隣を振り向いてみれば、至近距離にノエルの顔があった。お互いの吐息が感じられる程の距離だ。
「ううん、何でもない。ただ、お母さんと一緒に寝たくなっちゃって······」
「ハハハ、可愛い娘だ」
全く、本当に可愛い子だな。もう16歳と言うのに、こんなに私に甘えてくるなんて。
「それじゃあ、お休み」
そう言ってノエルの頬にキスを落として、そっと優しく頭を撫でてやるとノエルは気持ち良さそうに身動ぎしたあと、早くも眠りに再び就いた。