気が付けばゴミ山の中で私は生きていた。
ただ、生きるだけの惰性のような人生を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたのは何時だろうか。
慣れ切り、何の感情も抱いていなかったゴミを汚いと思うようになったのは何時からだろうか。
たぶん、前世の知識と記憶を思い出した時からだろう。
その時からきっと私はここでの生活に耐えられなくなった。
私は絶対にこんなところで死なない。死にたくない。
もっと良い生活を送りたい。
前世のように何かに縛られるのではなく、今世では自由に生きたい。
その為には力がいる。
暴力、権力、金。
その中のどれかを手に入れる必要があるのだが、今日生きることすら苦心しているサクラには夢のまた夢だろう。
「…お腹空いた」
サクラはぼそりと言葉を零す。
しかし、この流星街において、無償で食べ物を分けてくれる聖人など存在するはずがない。
どれだけ飢えていようと、自身の手でゴミをかき分け、食料を見つけ出すしかなかった。
流星街で食料を手に入れる方法は主に3つ。
1つ目は、持っている者から奪うこと。
主に狙われる対象は力の弱い子供。
しかし、奪われるだけでは子供もこの流星街では生き残れない。
狙われやすい力の弱い者達は徒党を組み、襲いくる暴力に集団の暴力で対抗するのが流星街の常識である。
よく狙われる子供に対して流星街の老人が襲われる事は滅多に無い。
流星街という無法地帯で老人になるまで生き残っているという事実そのものが驚異に値する事だからである。
暴力の経験や知識が豊富であり、何処に繋がっているのか分からないほど横繋がりが深い老人を襲うなど流星街では自殺行為と言っても過言では無いだろう。
2つ目は、自分で食料を見つけ出すこと。
流星街の空に浮かぶ飛行船から落ちてくるゴミの中からまだ食べられる食料を見つけ出すか、ゴミの中を走るネズミやゴキブリを捕まえて自分の食料にする事であるが、これには問題が存在する。
徒党も組んでいないか弱いサクラが食料を見つけ出しても、すぐに食べなければ誰かに奪われてしまうのだ。
徒党を組もうにも、何か特技がある訳でもなく、身体が特別強い訳でも無い足手まといのサクラを徒党に入れる理由が無いのだ。
3つ目は、食料を持っている存在と交渉をすること。
物々交換が主になっている流星街では交渉を行うことで食料が手に入る。
けれど、交渉を行う為には、相手に交渉を行うに値する実力があると思わせなければならない。
そうでなければ、交渉を行う以前に相手の暴力で物々交換の物品を奪われてしまうからだ。
暴力。それこそが流星街を支配している力なのだ。
今までサクラが生きているのは単純に運が良かったから。
何とかゴミの中から食料を見つけ出し、食い繋いでいくことが出来たから。
けれど、その幸運が何時までも続くとは限らない。
明日にでも大人の憂さ晴らし等というちょっとした理由で嬲り殺しにされる可能性も十分有り得るのが、流星街の世界。
早急に力を身に付けなければ、明日を生きていけるかも分からないような世界こそがサクラが今生きている日常である。
普通なら絶望するしかなさそうだが、前世を思い出したサクラには暴力を手に入れられそうな希望があった。
ほんの一筋の、今にも消えてしまいそうな希望だが、それでもサクラは希望を持って生きていた。
流星街。
前世で読んだHUNTER×HUNTERという漫画でそんな名前が出てきたのをサクラは思い出した。
なら……もし、ここがHUNTER×HUNTERの世界だとすれば、『念』が存在しているはずだ。
前世の知識を元にすれば本当に『念』という暴力が手に入るのかまだ分からない。
そもそもここがHUNTER×HUNTERの世界であるという保証は何処にも存在しないのだから。
それでも、彼女、サクラ・ハバキリはその僅かな希望にすがりつく
食料を探す合間の休憩に、悪臭を放つゴミ山の上で座禅するようになってから3日目。
お腹を鳴らしながら、ひたすら自身の身体に意識を集中していると、唐突に自身の身体から流れ出すあやふやな流れを感じた。
これだッ‼
身体のオーラの流れを体感しながら、垂れ流されているオーラ量を増加させる。
明確に感じるようになり、身体から流れ出すオーラを身体に押しとどめようとして、サクラはそれが出来ない事に気が付いた。
どんどん減っていく体力、肉体に募っていく疲労感に背中に冷たい汗が流れる。
ヤバいッ……⁉いや、落ち着け、落ち着け私ッ‼
知識はあるんだ。対処法は知ってるんだ。
だから、落ち着いて…落ち着いて…想像しろ。
血液のように全身を巡っているオーラを想像。
そして、頭から肩、手、足に循環しているオーラの流れがゆっくり止まり、身体の周りで揺らめているのを思い浮かべる
時間にして2分。
何とかオーラを身体に押しとどめる事に成功した。
「はあ……焦った……」
文字通り身を削る緊張感から解放されたサクラは大の字でゴミ山に寝転がった。
全身を包む疲労感と眠気に支配されながらも身体にオーラを押しとどめるイメージを浮かべ続ける。
「やった……」
サクラは手に入れたのだ。
『念』という力を。
その実感に自然と頬が緩み、いつ振りかも分からない笑顔が零れ出る。
でもまだまだ拙い『纏』と『練』もどきみたいなのが出来るようになっただけ。
念能力者としての道を歩み始めたばかりなのだ。
調子に乗ってはいけない。
それでも、今は喜びに浸っても構わないだろう。
生命エネルギーを消費した影響か盛大にお腹が鳴る。
それをきっかけに元々ずっと我慢していた飢えが限界を超え、せっかく浸っていた喜びの情が飢えにかき消されていく。
小柄なお陰か余りご飯を食べなくても、生きてはいけるが、そろそろ限界かもしれない。
「食べ物……」
飢えで思考がぼんやりする中、サクラはゴミ山をかき分けて食料を探し始めた。
2時間近くゴミ山を探して見つけられたのはカビの生えた食べかけのフランスパン一つだけ。
カビを取れば食べられるかな。
見つけたフランスパンはすぐにカビを取り除き、その場で口に放り込んで食べていく。
「おい、嬢ちゃん良いもんもってんなあ。それよこせや」
背後からかけられた野太い声に振り返ったサクラが見たのはサクラよりも遥かに巨大で筋肉質な大人だった。
そんな声など無視してサクラはフランスパンを食べるが、筋肉質な男が苛立たしげに叫ぶ。
「おい、聞いてんのか、クソガキ‼」
筋肉質な足が動き、サクラの腹に突き刺さった。
周囲の風景が流れ、ゴミ山に身体が衝突するが、いつもほどの全身を駆け抜ける衝撃は来なかった。
のたうち回り呼吸が出来ないほどの激痛もやって来ない。
手加減無しで蹴られたというのに、ただ痛いの範囲で済んだ事実に、サクラは念の力を実感した。
今なら、今ならこの男を殺せるのではないか。
そんな淡い思いが心の中に湧き上がるも、サクラは殺意を抑え込んだ。
まだ、駄目だ。
まだ念を修得してまだ一日目。
例え、あの男を殺せても、あの男の徒党に逆襲されれば、今のサクラはなすすべもなく殺られてしまうだろう。
一時の衝動に駆られて行動しても、後が大変になる。
ああ、でも、徒党を独りで皆殺しに出来るようになったら、殺そう。
仄暗い決意を胸に、サクラは食料を奪っていった男を恨みがましく見つめた。
翌日、修得したばかりの念を使い、絶で気配を消して街並みを歩いてみるが、誰一人としてサクラの存在を気にしない、気付かない。
これは面白い。
途中で空腹を我慢できず、露天商からカラカラになった菓子パンに手を出すが、サクラがその場を去るまで露天商は盗まれたことに気付かず、最後までサクラの存在に目も向けなかった。
これなら、これから飢える事は無さそうだ。
サクラは菓子パンに齧り付き、ニンマリ微笑んだ。
念を修得してから5日目。
ゴミ山の上で仁王立ちになったサクラは肩の力を緩め、体内に流れるオーラにのみ意識を集中させる。
身体の細胞の一つ一つからエネルギーを集め、体内に貯め——貯めたエネルギーを一気に解き放つ。
「練‼」
体内から放出されたエネルギーが、普段よりも身体機能を大幅に強化。
その状態を維持する事を心がけるが、まだまだサクラには厳しそうだ。
オーラを練り上げ、維持する技術ならしっかり行えている。
なら、何が問題なのかというとサクラの肉体面だろう。
念は肉体エネルギーを元にしている。
しかし、長年の栄養失調により、サクラの肉体は腕は枯れ木のように細く、今にも折れそうなほど脆い。
こんな身体では、しっかりとした念の修行すら行えない。
すぐに体内の貯蔵オーラが切れてしまうからだ。
これからは肉体の基礎から強化していかなければならない。
『練』の修行で汗だくになり、体力も大幅に消費したサクラは誰にも見つからないように、『絶』で気配を消してゴミ山に隠していたすえた香りのする唐揚げとねちゃねちゃした腐ったご飯が特徴の唐揚げ弁当を食べる。
サクラは大抵なにを食べても腹を下さない。少しでも食べたものを栄養にしようと、身体が流星街のそれに順応しているからである。
これは大体の流星街の住人に共通している体質であり、ここで暮らしていれば嫌でも勝手に身に付く人間の力である。
前世の記憶を思い出す前なら、この食事をご馳走だと思って楽しめただろう。
けれど、前世の記憶を思い出さなければ、流星街の大人達から食料を盗むなんて真似は絶対に出来なかった。
そんな世の中の上手くいかない関係に苦い想いが芽生える。
仕方ないことは分かっている。
贅沢を言っている事は理解している。
それでも——
もっと美味しいものが食べたい。こんなもの食べたくない。
心中で不満を吐きながら、サクラは唐揚げ弁当を頬張った。
それから数日後。
昨夜は雨が降り注ぎ、サクラが着ていたワンピースはびしょ濡れになった。
雨風を防げる場所は流星街でも強い力を持つグループが占領している。
家を持つ。それだけでも、流星街では力が必要であり、流星街でも最下層に属しているサクラに雨を防ぐ手段は無かった。
しかし、この程度の事は今更である。
早朝。泥水でグズグズになった地面で目覚めたサクラは、ゴミ山から見つけてきたペットボトルの欠片に溜まった水を見て、小さく笑みを浮かべた。
これでようやく私の系統が分かる。
まだ寝ぼけ混じりの思考を泥水で顔を洗って、クリアにすると、そこら辺生えている雑草でも特に青々しいものの葉をちぎり、ペットボトルの水に浮かべ、サクラはペットボトルに両手を掲げて目を閉じた。
練‼
ペットボトルに向かいオーラを流し込んだ。
……⁉
「……何で⁉」
おかしい……⁉
変わらない、何も変わらない。
試しに練を中断して、水を少し舐めてみるが味に変化は無い。
半場泣きそうになりながら、サクラは何か変わったところは無いか、ペットボトルの水、葉を観察する。
この葉っぱの先、少し鉄色に変色してはいないだろうか。
もしかして……‼
サクラは新しい青々しい葉を持って来て、再び練をする。
今度はさっきよりも強く、長くじっくりと……変化がしっかり現れるように。
練をしていると葉の先が緑から鉄色に変色していく。
「やっぱり‼」
この反応は、特質系だ。
自分の系統が分かり、サクラは興奮した。
しばらく経ち、心中が落ち着いたサクラは念の知識を思い出していく。
えっと………確か、発の修行はこの変化がもっと顕著に現れるようにしていくんだっけ。
サクラは掘り起こした記憶を基にペットボトルにかけていた練を維持。
そのまま、変化がより激しくなるように修行を重ねていく。
そうして、修行を始めて何時間か過ぎた頃。
コツコツと聞こえてきた足音がこちらに近づいてくるのを感じ取ったサクラは、即座に戦闘態勢を取る。
ゴミ山から丸太のように太い腕にサンドバッグを握っている、腹がでっぷりと出た男が出てくる。
「なーにしてんだ~、水遊びなんかしてる暇があるなら、俺とちょ~っと遊ばない」
「うるさい、黙れ」
その言葉に男は嘲るような視線を向けてくるが、修行を邪魔された苛立ちを隠せないサクラは冷たく男を見つめ返した。
「あー、何だって~?」
そのニヤニヤとした笑顔、こちらを見下した視線が気に入らない。
ああ、もう良いや。
……殺そう。
サクラは地面を蹴り、距離を詰め、跳躍。
「はぇ——ッ」
驚愕に染まった男の顔面に思いっ切り拳を振り下ろし、殴り飛ばした。
拳から伝わってくる砕ける骨の音と潰れる顔面の感触。
男は衝撃で吹き飛び、勢い良く何度も地面をバウントして、ゴミ山から突き出ていた鉄骨に胸から突っ込んだ。
胸から鉄骨が飛び出し、手足はぐちゃぐちゃにへし折れている。
「ぎゃあああああああああ⁉」
……死んだ。サクラがそう思った男はどうやら生きていたらしく、懸命に手足をジタバタと動かし、自分の胸から突き出た鉄骨に目を剥いて叫び始めた。
「……本当にうるさい」
耳に突き刺さる奇声にうんざりしながら、サクラは力任せにその顔面を殴り飛ばし、その脳天を砕いた。
ようやくうるさいのが居なくなったゴミ山の上で、サクラはこちらを観察していた視線達に殺気を放つと、すぐさま観察していた視線達が消え、遠くにあった気配が散っていく。
「はあ……」
ようやく一息つけたサクラは殴った拍子に飛んで行った男のサンドバッグを見つけ出し、中身を物色した。
中のもののほとんどが長持ちする缶詰めと乾パンだった。
運が良い。
サクラは水の入ったペットボトルを全てサンドバッグに入れ、ゴミ山に隠し、男の死体を余り目に入らない位置にあるゴミ山に放り捨てた。
後は勝手に流星街の住人が死体を持って行って肉に加工するか、臓器を売りさばくだろう。
臓器を売りさばく伝も、人肉を進んで食べたいとの思いも無いサクラからすればどうでも良いこと。
夜となり辺りが暗くなる前にサクラは基礎体力を鍛える筋トレを始めた。
一か月。
ひたすら肉体と念の基礎を鍛え上げる事に費やしたサクラは発の開発に手こずっていた。
イメージはある。
剣と鋼だ。
念はサクラにとって剣であり、鋼の鎧。
そこから自然と連想された能力を開発する発に決めた。
問題はどういう制約と誓約を結ぶか、だ。
重そうな冷蔵庫を背中に置いた高負荷の腕立て伏せをしながらじっくり吟味してゆき、ようやく自分の発の詳細を決めた。
これなら、汎用性は抜群。
敵に能力がバレても戦力は低下しない。
ほとんど他人任せのような能力だが、自分の考えた能力こそが最強だとは決して思えないサクラにはそこが良かった。
イメージすべきは「剣」を構成するあらゆる要素を内包している空間。それが心の中にあるということ。
現実では無く、心、精神、魂という非常に曖昧な場所に念空間を具現化する。
座禅を行い、サクラは夢現のような深い闇の中に意識を沈めた。
食べても、寝ていても、筋トレする間もずっとイメージを維持する。
イメージを維持する事は纏の修行で慣れている。問題無い。
ひたすらイメージを維持していると段々、夢にまで見るようになって来る。
いや、夢の中はイメージよりも曖昧で滅茶苦茶なのだが、明晰夢のようにその夢の中で修正を繰り返していく。
夢の中でのイメージが段々と像を結ぶようになるにつれて、現実で心を落ち着けて自分に意識を向けるだけで心のイメージが思い浮かぶようになり、修正出来るようになった。
そして、ようやくイメージの空間に満足した時、何時の間にかサクラの発は完成していた。
何時完成したのか、サクラ自身にも分からないが、発を使えるようになったタイミングは覚えている。
ある日、お腹が減ったサクラは、顔にかかるうっとうしい黒髪をはらうと、絶で気配を消し、適当な食料を持っている雑魚を探した。
決めた。
あの男にしよう。
山刀を持ち、少しおどおどして視線を四方八方に向けるあの男に。
手頃な石を持ち、一瞬で絶から練に切り替え、軽く手加減をして石を投げた。
風を切り、豪速球で向かった石は、男の後頭部に直撃。
男は血を垂れ流し、地面に倒れ伏す。
突然男が倒れ、男を獲物に定めていた略奪者達が色めきだち、廃墟のビルから飛び出してくるが、サクラの存在に気付いたのだろう。
呆然と棒立ちになる浮浪者染みた男達に、サクラはオーラに殺気を込めて頬笑むと、男達は凄まじい速度で廃墟に散り、姿を消した。
男から食料を奪った後、ふと、サクラは心の砂漠のようなイメージ空間の中に目の前にあるものと同じ形状の山刀があることに気付いた。
そこでようやくサクラは自分の発が完成している事に気が付いたのだった。
発の完成を自覚したサクラが次に取った行動は発の能力の確認。
イメージ空間の中で砂漠に突き刺さった山刀に触ると、山刀の重さ、構造材質、作成された目的や意図、製造技術、蓄積年数、どういう想いでどのように扱われてきたのか、という工程を踏み、明確なイメージでオーラを用いて山刀を具現化していく。
そうして、全ての工程を踏んだ後、気が付けば山刀は掌の中で具現化されていた。
「出来た……‼」
その具現化された山刀の姿に、サクラは満面の笑みで笑った。
ようやく完成したという達成感、具現化の予想以上の精神的疲労感に包まれながら、ゴミ山に戻ったサクラは久しぶりに何も考えず眠りについた。
これが、サクラが発を完成させた日の記憶だった。
【無限の剣製……?】 特質系 具現化系×操作系の複合
心の中に「剣」を構成するあらゆる要素を内包している念空間を具現化する。
一度視認した武具の構造や本質を読み取り、心の念空間で複製、ストックする。
ストックした武具の記憶、構造を読み取る。
ストックされている武具を具現化する。
具現化した武具の構造、動きを操作する。
心の中の念空間を現実に具現化する。
制約
念空間にストックされている武具を具現化する際、その武具の具体的なイメージを頭の中で思い描かなければならない。
イメージが欠けた分、具現化する武具の能力は低下する。
念空間にストックされている武具以外を具現化出来ない。
剣以外の武具を具現化する際、オーラ消費量が倍以上増加する。
手元以外で具現化した武具の構造、動きを操作出来ない。
現実に具現化した念空間は、具現化した直後から時間経過と共に崩壊していく。(オーラを更に消費する事で崩壊速度を遅らせる事は可能)