無限の剣製……?   作:流れ水

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第10話

 喉元で詰まり、胸を締め付けるような感覚。

 久しく忘れていた感情に、サクラは戸惑っていた。  

 

 寂しい。

 寂しいのだ。

 

 キルアの悪童染みた態度、無邪気で馬鹿みたいに真っ直ぐなゴンの笑顔、憎らしいノブナガの言葉、気遣うマチの視線、いつもニッコリ笑っているヴィットーリオとの会話を思い出すと、どうしようもない寂しさがサクラの心に襲い掛かるのである。

 

 数ヵ月。

 キルアとゴンと共に生活した数ヶ月は、確かに、サクラの内面に変化を与えていた。

 

 これまで、サクラは、余り人と関わって来なかった。

 仕事、戦闘、護衛、交渉などで人と関わる事はあったが、それらは全てビジネス。

 ギブアンドテイクの浅い関係。 

 

 ゴンとキルアに出会うまで、サクラが個人的な関わりを持っていたのは、ヴィットーリオとノブナガの二人くらいであり、その両名でさえも二ヵ月に一度出会うか出会わないか程度の関わりしか持っていなかった。

  

 孤独。

 

 サクラはずっと孤独だった。

 孤独に慣れ切り、何時しか孤独が当たり前のことになっていた。

 

 そして、それがサクラにとって当然のことだった。

 

 だから、サクラは今まで何も思わなかった。

 寂しいという感情なんて少しも抱かなかった。 

 

 ゴンとキルアに関わらなければ、サクラは寂しいという感情を忘れたままでいられたのかもしれない。

 

 あんなに近しい関係を築かなければ、師匠と弟子としてより距離を持って接していれば……。

 

 でも……もし、私に兄妹が産まれていたら……今頃、どんな関係だったのだろう。

 ふと、サクラは、考えてしまった。

 

 母の腹から垂れ下がる長い腸を首吊り縄のように首にかけられ、吊り下げられた赤子を思い出す。

 

 どうして……?

 何であんな事になったのだろう?

 

 その答えは既に出ている。

 

 力がなかった。

 運がなかった。

 

 ……それだけのこと。

 

 いつだって理不尽は襲い来る。

 その理不尽を追い払う力がなかった。

 

 だから、死んだ。

 

 だけど……もし、私が、母と赤子の未来を知っていたら、その未来()は、変えられたのだろうか?

 

 ああ、だからか。

 

 だから、サクラは、ネテロ会長に未来の情報を伝えようとしているのかもしれない。

 

 その有り得ない可能性を……。

 

 その結末とその先を……見てみたいから…。

 

 そっか…。

 

 心の中で納得し、一つの区切りをつけたサクラは小さく頷き、ヴィットーリオが待つホテルに足を進めた。

 ゴンやキルアに向けていた感情を別の問題にすり替えたことにも気付かないふりをして、サクラは一区切り付いたと自身を納得させた。

 

 

 ソファーに深く腰をかけ、手にしている一枚の紙切れを見て、ヴィットーリオはにやけた笑みをこぼしていた。

 その主の姿に、二人分の紅茶をテーブルの上においてくれた黒服のスーツを着た初老の白人男性は、何とも言えない困惑の雰囲気を漂わせていた。

 そのヴィットーリオの瞳は、テーブルを隔てソファーに座るサクラにも向けられている。

 だが、その瞳は虚空を映すのみ。サクラを映してはいなかった。

 

 夢心地でいるヴィットーリオに、サクラは用件を促すように視線を送る。

 しかし、自身の世界に浸っているヴィットーリオはサクラの視線に気が付かない。

 

 サクラは助けを求める視線を紅茶を淹れてくれた初老の白人男性に向けるが、素知らぬふり。

 初老の白人男性が微笑ましげな笑顔で頭を下げ、静かに部屋から出ていく後ろ姿を、サクラは恨めしそうに睨むしかなかった。

 

 何時まで待たされるのだろうか。

 サクラの苛立ちとオーラが呼応し、部屋にサクラの暗い気配が充満していく。

 その薄暗い気配に反応するようにヴィットーリオの虚ろな瞳に光が灯り、サクラの姿を捉えた。

 

「……うん?…ああ…来てたんだ。全然気付かなかったよ」 

 

 空虚な笑みを浮かべるヴィットーリオにサクラは心の鬱憤を吐くように溜息を吐き、意識を切り替えた。

 

「要件は?」

「最初から本題に入るの!?そこはほら、最近面白いことあったとかさ、そんなところから入るべきだと思うんだよね」

 

 チラリと見てくるヴィットーリオの視線をサクラは言葉で叩き斬る。

 

「……要件は?」

「うん……君が変わってない事は分かったよ」

 

 やれやれ、とヴィットーリオは首を振り、陽気そうに口を開いた。

 その動作が非常に癪に障る事を告げようかと思いながら、サクラはヴィットーリオの言葉に耳を傾けた。

 

「突然だけど、この世にはね、絶対に当たる占いというものが存在するんだよ」

「そう」

 

 念を知っているサクラからすればそれほど驚くことでもない。

 

「あれ、驚かないの?個人的には仰天する顔が見られると思っていたんだけど……」

「それで……」

 

 はあと溜息を吐くヴィットーリオの言葉を無視し、サクラは続きを促す。

 

「その占いの中での話だけど、なんと、私の死が占われちゃってるんだよねぇ」

 

 何が面白いのか、ヴィットーリオは表情を一転させ、楽しげに言う。

 

「だから、今回、君を護衛に出そうと思ってね」

「…報酬は?」

 

 ヴィットーリオは懐から取り出した一枚の紙切れを、サクラに提示した。

 

「私的にはもっと出したいんだけど、ポケットマネーからの依頼だから、その位が限界なんだよねぇ」

 

 紙切れに書かれた依頼の報酬額は60億。

 依頼を受けた時点で前金として20億の金額が支払われ、依頼者であるヴィットーリオが今月行われるオークション終了時まで生きていれば、依頼は終了、残りの報酬が支払われるようだ。

 更にその下に、例え依頼者であるヴィットーリオが死亡しようと、サクラに責任が問われない事や支払われた前金の20億に何の影響もない事が明記されていた。

 内容、金額から判断するに、それなりに危険な依頼という事だろう。

 

「さて、どうする?」

 

 依頼内容、報酬は良心的。

 内容に何か不備がある訳でもない。

 けれど——

 

「本当にこの依頼内容で構わないの?」

「勿論。これが私に出来る精一杯のことだからねえ。誠意を見せておかないとね。……あ、もしかして依頼内容の記載に気に入らないところがあった?報酬額は無理だけど、依頼内容であればある程度捻じ曲げれるから言って欲しいかな、なんて」

「別に訂正して欲しい場所はない」

 

 ヘラヘラと笑うヴィットーリオにサクラは、重く口を開いた。

 

「……引き受けようと思う」

「じゃあ、契約成立という事で」

 

 ヴィットーリオから軽く差し出されたサクラは、ペンを受け取り、もう一度依頼内容を確認し,依頼書に名前を署名した。

 

 

 自由に過ごして良いとヴィットーリオに言われ、専属ボディーガードから耳に装着する小型の無線を渡されたサクラは、数日、ホテルの中の設備や料理を満喫した後、ヴィットーリオの護衛としてヨークシンで開催されるオークション会場に来ていた。 

 

 にこやかな笑い声が響く会場。

 笑顔という仮面を被り、マフィア組織の幹部達が何気ない談笑で腹を探り合う中、サクラの周囲だけは穴が空いたかのように人気が無かった。

 

 周囲から聞こえてくる情報は、最近の麻薬取引状況、警察との協定の動き、どこのマフィア組織が勢力図を伸ばしてきているか、どこのマフィア組織が落ち目か等々、サクラからすれば余り興味のない話ばかり。

 会話しても苦痛でしかなかった。

 ……きっと、その筈である。

 

 それに……それは、護衛としては都合が良い。

 

 そう思い直し、会場のワインや食事から黒コートの下で隠を施した両腰の4本刀、護衛の役割に意識を傾けたサクラは、距離を置いた場所で眠たげな瞳で会話を交わしているヴィットーリオを中心に周囲の気配を観察。

 ヴィットーリオに危険な視線を送っている人間を把握。

 後で伝えられるように、その危険そうな人間の顔を順番に記憶していった。

 

「間もなくオークションが始まります。移動をお願いいたします」

「分かった」

 

 恐る恐る近付き、サクラの顔色を窺うように言葉を紡ぐ、ヴィットーリオの専属護衛にサクラは小さく頷き——専属護衛の丁寧な先導により、サクラは社交場からオークションが行われる本場へと移動した。

 

 

 世界各国の裏社会の幹部達が静かに席につき、壇上の幕から現れた2mを超える大柄な男性と小柄な東洋系の男性の言葉を待っている。

 

「……敵」

「へえ……」

 

 視線の先を辿ったヴィットーリオは歯を剝き出しにして笑った。

 おどろおどろしい情念が透けて見える笑みに、普段のサクラなら引いていただろうが、今は少しも気にならない。

 壇上を歩く二人が纏う巧妙に隠された悪意と殺意に、サクラは周囲に違和感を持たれないよう自然な動作で刀の柄に手を添え、何時でも抜刀出来る臨戦態勢に入る。

 

「えー……みなさまようこそお集まり頂きました」

 

 マイクを通した小柄な東洋系の男の言葉に、会場の者達が姿勢を正し、顔を壇上へ向けた。

 

「それではかた苦しいあいさつは抜きにして」

 

 東洋系の男の背後に黙して立っていた2mを超える大柄な男が、両手を突き出し、指先が外れた。

 銃口のようにぽっかり穴が空いた5指から伸びた鎖に繋げられたまるで玩具のように第一関節から外れた指先に、会場中の人間の思考が停止した。

 

「くたばりな‼」 

 

 壇上に立つ大柄な男の銃口のような指から念弾がマシンガンのように放たれた。

 何十人という人体をミンチに変え、会場の壁の向こうに消えていく念弾の嵐。

 余りの威力に、吹き飛び、破砕して飛び散った人体パーツが、血と臓物の雨となり、バラバラと会場に降り注いでいく。

 

 

 不味い。

 壇上の大柄な男に指先を向けられた瞬間、【小烏丸】の能力を発動、3mの大鴉をヴィットーリオと自分の即席の盾として具現化したサクラは、既に手を添えていた刀、【村雨】を抜刀。

 抜刀した勢いを利用し、クルリと刀を回転させ、逆手に持ち替え、床に突き立てた。

 

「——ッ!」

 

 サクラが流れるようにオーラを込めると同時に、【村雨】の刀身から放たれた無秩序な斬撃が床を切り刻み、崩壊する床と共に落下するサクラとヴィットーリオに対し、【小烏丸】は空中で翼を広げ、飛行。

 サクラを背中に乗せ、ヴィットーリオを嘴でつかみ取り、オークションの本場から一つ下の階層の狭い通路を低空飛行で駆け抜け、外に繋がる分厚いコンクリートの壁に向かい直進していく。

 

「おわああああああッ‼」  

 

 急激に変わる風景。

 近づく分厚い壁に、喜悦を滲ませ、悲鳴をあげるヴィットーリオ。

 その声を聞きながら、サクラは【小烏丸】の安定しない背中で泰然と刀を構え、まだ距離のある壁に向かい、横薙ぎの斬撃を放つ。

 【村雨】の刀身から放たれる、空気を震わせる暴力的な波。

 緻密に束ねられた衝撃波の斬撃が、壁を切り裂き、その力を周囲に拡散し、無秩序に広がる無数の衝撃波の斬撃が壁を粉々に切り刻み、瓦礫を粉砕。

 

 粉々に砕かれた粉塵が大気舞い散る中を黒翼が突っ切り、摩天楼のようにビルがそびえ立つヨークシンの空へ舞い上がった。その刹那、【小烏丸】を追い、ビルの窓ガラスを貫き、雨嵐のように飛来する念弾の嵐。

 それらの攻撃を迎撃すべく、サクラは【小烏丸】の背中から飛び降り、地表から百メートル以上離れた天空に身を躍らせた。

 

 【村雨】の刀身から放たれる衝撃波を推進力として利用する事で、空中で風に舞う木の葉のように舞いながら、サクラは念弾の挙動を正確に見切り、捉え、避けられないものだけを斬り裂いてゆく。

 一つ。たった一つの念弾でも、まともに当たれば、体勢を大きく崩し、次弾の弾幕が数の暴力に任せ、サクラの身体を木端微塵に消し飛ばすだろう。

 だが……いや、だからこそ、サクラは全く動揺を見せない。

 恐怖も絶望も圧縮された時間の彼方に置き去りにして、足場のない空中での体捌きをより高次元のものへと洗練させていく。

 

「——ッ!」

 

 迫りくる怒涛の念弾を打ち破るべく、サクラは【村雨】から衝撃波の斬撃を放ち念弾の豪雨を両断。

 衝撃波の斬撃が作りあげた即興の間隙に身を捻じ込ませ、さらに次の斬撃で間隙を作り出す事で念弾の豪雨を突破していく。

 そうして幾百、幾千、幾万もの念弾の雨を強引に駆け抜け、窓ガラスを突き破り、コンクリートの床を踏み砕きながら着地した怪物(サクラ)を見て、獣の毛皮の服を身に纏う、ライオンを彷彿とさせる風貌の巨漢——ウボォーギンは犬歯を剥き出しにして愉しそうに笑った。

 

 

「ようやく歯応えがありそうな奴が出て来たか」

 

 ウボォーギンは既に粗方の情報を聞き出したホテルの従業員の女の首を片手で絞め、力を込めた。

 パキリと乾いた音が響き、首から胴がもげ落ち、ウボォーギンの足元に地面に苦悶の表情を浮かべた女の首が転がった。

 言葉もなく感情すら見せず、ただ自堕落に刀を持つサクラの姿に、ウボォーギンの背筋に悪寒が走る。

 

「構えねえのか?」

「……必要ない」

 

 そう言うサクラを試すようにウボォーギンは床に落ちた女の首を無造作に蹴り上げた。

 技も何もなく、ただ純粋なウボォーギンの脚力によって砲弾の如く弾き飛ばされた首は、その形を崩壊させ、血や骨をまき散らしながらサクラに飛来するが、サクラの一閃と共に放たれた衝撃波に首や細かい骨は柔らかく軌道を逸らされ、ガラスをたたき割り、暗い空の向こうへその無惨な姿を消失させた。

 

 余りの速度に捉えきれず、ほとんど掠れて見えなかったサクラの斬撃に、ウボォーギンはヒューと口笛を吹いて、やるねえ、と余裕の笑みを零し、その巨躯から膨大なオーラを迸らせた。

 

 広がる知覚。より強靭に強化される身体能力。

 身を包む万能感に酔うウボォーギンに、サクラは何とも軽い足取りで歩み寄る。

 まるで雲の上を歩くような、ウボォーギンの隙に滑り込む玄妙な足さばきに、ウボォーギンの反応は一瞬遅れた。

 気が付いた時には、もうサクラの間合いで——肌が粟立つような寒気がウボォーギンの高揚感を磨り潰し、本能がその巨躯を背後に全力で跳び退かせた。

 そうしなければ、死ぬ。そう悟った本能が、驚いているウボォーギンの理性と思考を放棄。反射神経の為すがままに身を預け、今の状況において最適な行動を最速で為し、跳び退らせた。

 コンマ一秒前までウボォーギンがいた空間を、白光が縦一文字に駆け抜けたその刹那、ウボォーギンの全身を衝撃が蹂躙。

 視界が白光で染まった思うと、幾つもの壁や床をぶち抜き、分厚い柱に身をめり込ませた。

 

 閃光のような斬線が空を断ち切り、【村雨】の刀身に込められていた衝撃波の斬撃が周囲に拡散、そこから生まれた熱量が大気を焼き焦がし、周囲に展開。断裂、粉砕、焼滅の連鎖はとどまることなく大気を引き裂いてウボォーギンの巨躯を吞み込み、蹂躙した。

 そして、破壊の衝撃と光を泡のように広げ、弾け、その余波を周囲にまき散らし、ウボォーギンの巨躯を紙切れのように吹き飛ばしたのである。

 

 しかし、視界を白光で焼かれていたウボォーギンからすれば一体何が起こったのか、——まるで分からない。

 

「——ッ!ってえー!」

 

 身体の芯から響く今まで感じたことがない痛みに、ウボォーギンは眉をしかめた。

 油断した。憮然とした顔でウボォーギンは心の中で呟いた。

 回復したウボォーギンの眼に急速に大きさを増してゆく黒い影。

 ウボォーギン目掛け落下するサクラの姿に、ウボォーギンは、今まで5割程度に手加減していたオーラを全力で纏い、肉体を強化。

 めり込んでいた柱から抜け出し、その身の筋力で柱を力づくでへし折ると、一筋の彗星と化して強襲するサクラ目掛け、棒切れのようにぶん回した。

 

 旋風を巻き起こし、空間を薙ぎ飛ばすウボォーギンの攻撃に、サクラは【村雨】の衝撃波により軌道を変更するだけで対応、軽妙な足さばきで、ぶん回される石柱の上を駆け抜けた。

 石柱を伝い、距離を詰めるサクラの姿に、何か考えるよりも前に本能に導かれるままに動いた肉体が、ウボォーギンの脚が、柱を蹴り飛ばした。

 その刹那、柱を蹴り飛ばす直前に放たれたサクラの斬撃が、ウボォーギンの首元を掠め、首の薄皮に裂傷を走らせた。

 

 半歩。

 後、半歩サクラの足が踏み込んでいれば、

 もしくは、少しでも蹴りが遅れていれば、

 ……今頃、ウボォーギンの首は、地面に転がっていただろう。

 

 高速回転して吹き飛ぶ石柱の上から軽々と飛び降り、地に降り立つサクラ。

 その一つの動作でさえ、翼をはためかせるような優雅さで、

 

 ——その身には傷一つなかった。

 

 だというのに、ウボォーギンの口元は楽しそうに歪ませる。 

 

「はははははははッ‼」

 

 滾る心の闘志。

 その想いに呼応するが如く、ウボォーギンの身を包むオーラはより強く、より強大に変貌していく。

 

 ——ただ強く、何処までも強く。

 

 その言葉を体現するようにウボォーギンのオーラを滾らせた脚は容易く床を爆砕し、並の念能力者を軽く超越した速度でその巨躯を加速させる。

 

 ウボォーギンの急激な変化にサクラは目を見開くも、驚いている暇はない。

 その巨躯に似合わぬ残像を残す勢いで高速移動するウボォーギンはもはやサクラの眼前にまで距離を詰めていた。

 既に間合いに入っているその巨躯を迎撃するべくサクラは【村雨】に全力でオーラを叩き込み、斬撃を放つが——

 ウボォーギンの筋肉が脈動。

 勘と本能に身を任せた拳がサクラの斬撃と激突した。

 【村雨】の纏う衝撃波がウボォーギンの拳の威力を減衰させ、刀身から身を伝う衝撃をサクラは超人的な身体操作で地面に受け流す。

 

 サクラの身体から受け流されたエネルギーによって床や壁が連鎖的に破壊されていくビル。

 

 足場の崩壊により、サクラとウボォーギンの身体は宙を舞うことになるが、刃と拳の激突は止まらない。

 【村雨】の刀身から放たれた衝撃波によりロケット噴射の如く加速したサクラの剛刀がウボォーギンの突きや蹴りの連打を辛くも捌き——衝突の余波が下の階層の床や壁を破壊し、ビルそのものを震撼させながら崩落へと追い込んでゆく。

 

「さっきまでの余裕はどうしたッ‼もしかして、もう種切れなのか? なら——ッ!」

 

 肉体を震わせる振動、急激に鈍る動きにウボォーギンはようやく自身の肉体の異変に気が付いた。

 

 ——人体とはその殆どが水で作られている。故に、ある種の振動は人体に容易く波紋を生み、肉体を内側から破壊する。

 

 わざわざ真正面からウボォーギンの拳打を受け流していたのは、拳打を受け流す度にウボォーギンの肉体に波を生む衝撃波を直接打ち込んで行くため。 

 さらに、一度ウボォーギンの肉体に流し込んだ衝撃波は消えることなく、ウボォーギンの体内に留まり、次に打ち込まれた衝撃波とその力を相乗的に増幅させる事で、サクラはウボォーギンの強靭な肉体に異変を起こすレベルまでその波の力を昇華させたのである。

 

「ウオオオオオオォォォ——ッ!」

 

 肉体が内側から裂け、血しぶきをあげて隙を晒すその巨躯に、サクラが銀閃を閃かせたその瞬間、ウボォーギンは咆哮をあげ、自身の拳に膨大なオーラを収束。

 その拳で自身の胸を撃ち抜き、背後に自身の身体を飛ばす事でサクラの斬撃を回避すると同時に、体内を破壊しようとしていた衝撃波を強引に相殺。

 壁を幾つもぶち抜き、ボールのように回転しながら床を何度もバウンドし、外に繋がる分厚い扉に衝突、まるで蜘蛛の巣のようなひび割れを壁に作り、その勢いを停止させ、崩れゆく瓦礫の山の中にその姿を消した。

 

 自滅した……? ……いや、気配は健在…生きてる…。

 内心啞然としながら今にも崩れそうな床に着地したサクラの視線の先で、瓦礫の山が爆発する。

 飛び散る瓦礫の山から姿を現したウボォーギンはその口から垂れる血反吐を手の甲で鬱陶しげに拭い、壮絶な笑みを浮かべる。

 

「マジで死ぬかと思ったぜ」

 

 軽口を叩くウボォーギンを前に、サクラが両手に握りしめていた【村雨】の柄から左手を外し、左腰から【貧者の薔薇(ガンマレイ)】を抜刀した刹那——

 

 苦戦するウボォーギンを見かねたのだろう。

 ボロボロになり、いつ崩壊しても可笑しくない上階から指先が銃口のようになっている大男、フランクリンと細身の東洋系の男、フェイタン、首元にロザリオをかけた女、シズクがサクラを囲む位置取りでひび割れだらけの床に降り立った。

 

「随分ボロボロにされたね」

「大丈夫?」

 

 血塗れのウボォーギンにフェイタンは嘲笑うように言い、具現化した吸い込み口に鋭い牙がゾロリと生えた掃除機を片手にシズクは心配そうな視線をウボォーギンに向ける。

 

「問題ねえよ。この程度の傷なら半日もすれば治るだろ」

 

 余裕の笑みを浮かべながらもウボォーギンの視線は決してサクラから離れない。

 そして、それはフランクリンも同様。

 サクラから視線を外し、ウボォーギンに話しかける二人とは違い、フランクリンはその銃口のような両指をサクラに向けたまま、口を開こうとしなかった。

 

 ふと、自然な、慣れ切った動作でフランクリンの指先と腕に力が籠る。

 念弾の反動を受け止める為の反射的な筋肉の動き。

 念弾を発射する僅かな予備動作を明確に察知したサクラは、一閃と共に【村雨】の中で凝縮されていた衝撃波を解放した。

 放たれた斬撃、衝撃波が収束され形作られたそれは、刀身から解き放たれたとほぼ同時に、無数に分化。

 放射状に広がり、無秩序に空間を引き裂く衝撃波の斬撃に、攻撃に思考を傾けていたフランクリンは身構える事すら出来ず、斬撃の嵐に飲み込まれ、——赤い血飛沫が散った。

 

 フランクリンの動きを察知し、連携を取ろうとしていたシズクやフェイタンは、連携を初動から潰すサクラの動きに不意を打たれた。

 

 生じる刹那の隙。

 向けられていた殺意が嵐の前の凪のように搔き消え、彼らの動きの鋭さを僅かに鈍化させた一瞬、サクラは何気ない一歩でフェイタンとの距離を潰した。

 

 直後、動揺するフェイタンへ構えられた黄金光を纏う切っ先。

 

 フェイタンは重心を後方に傾け、何とか回避せんと試みるが……黄金の刃はフェイタンの腹を浅く刺し貫いた。

 流。オーラを集中し、突き刺さらんとする刃の動きを鈍らせ、貫通するよりも前に後方に退避する事で生命活動に必要な臓器を守ろうとしたのだろう。

 

 だが……それすら読み通りだとすれば?

 

 切っ先がフェイタンの腹を浅く刺し貫くやいなや、【貧者の薔薇(ガンマレイ)】の切っ先から放たれた黄金の閃光がフェイタンの腹を穿ち、貫通する。

 さらに捻られる柄、垂直に突き立てられていた刃を水平へ傾けられ、閃光が臓腑を抉り取り――横に薙ぎ払われる黄金の刃、付随する閃光がバックステップで後退するフェイタンの腹を一文字に焼き切った。

 傷口から滝のように溢れ出す鮮血。

 浸透する黄金の光は身体を循環する血液の流れに乗り、全身の細胞を泡のように破壊していく。

 急激に減少するオーラ。身を焼く激痛と致命的な負傷が、フェイタンに膝を突かせ、戦闘不可能な状態へ貶め――次瞬、背後から高速で飛来する念弾に、サクラは舞うように回避した。

 

 身体中を切り開かれながらも、臓腑だけは守り何とか生きていたフランクリンが、腹から飛び出そうになる内臓をズタボロの手で押さえ、フェイタンを助ける為に、片手を回避するサクラに向け、必死で念弾を放っていく中――、

 

「ハハハハハはは‼ 最高のタイミングだッ‼」

 

 ウボォーギンが天井を蹴り、縦回転して勢いをつけ、莫大なオーラを集中した豪脚を天から地に叩きつけるようにサクラに振り下ろした。

 

 タイミング、速度を考えても回避は不可能。

 念弾が放たれている限り、脚を鈍らせる受け流しや鍔迫り合いは悪手でしかなく、取れる対応も限られてくる。

 

「——ッ!」

 

 サクラはウボォーギンの蹴りを右刀、【村雨】で受け止めると同時に、身体を地上へ弾き飛ばし――相手の蹴りの力で、間合いを取ったサクラは隕石のように地に落下。

 幾つかの床を突き破り、深いクレーターを作り、脚を地面にめり込ませながら着地する。

 

 ぶらりと力なく、垂れ下がる右腕。

 ウボォーギンの剛力を柳のように受け流す為に自分で外した指、肘、肩の関節をサクラは筋を使い、一息で元の正確な位置に嵌め込むと、人差し指と小指で【貧者の薔薇(ガンマレイ)】の柄を軽く握りしめる。

 

 痺れる手足。

 呼吸する度に走る内臓の痛み。

 だが、敵が回復を待ってくれるはずがなく……濛々と舞う塵と砂埃の奥から突き刺さる複数の殺意にサクラは悠然と刀を構えた。 

 

 

 




【村雨】 具現化系
 村を切り裂き、雨のように降らせた事から村雨という銘が付いた物騒な刀。

 サクラがハンター資格を手に入れてから入手した刀身80㎝ほどの刀。
 刀身から剣気(衝撃波)を発生させる。
 発生させた衝撃波はある程度の操作する事やどっかの騎士王の魔力放出のように斬撃の速度や威力を向上させる事が可能。


 
 ヴィットーリオ
 護衛対象の為、真っ先に戦場から除外された悲しきドM。


 ウボォーギン
 脳筋。
 脳筋とは、全身の筋肉が脳の役割を果たす為、とても賢い人類として知られている。
 また、戦闘においても筋肉が勝手に判断して対応してくれるので、大幅に有利に働く。
 ――勿論、全て嘘である。

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