無限の剣製……?   作:流れ水

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警告。
今回の描写は残酷です。非常に残酷です。
残酷な描写が苦手な方は——東方に位置する国、ジャポン。までページをスクロールしてください。


第5話

 父が居て、母が居て、その二人と一緒に楽しげに笑う私が居た。

 いつもお腹を空かせていたけれど、子供の頃の私は幸せだった。

 家族と一緒に居る。

 それだけで、私は本当に幸せだったのだ。

 

 ある日、父が帰って来なくなった。

 そんな事は、流星街では、ありふれた話。

 

 クズが2つの荷物を捨てて逃げ出した。

 そう考えるのが普通なのかもしれない。

 

 でも、父は悪人ではあったけれど、クズでは無かった。

 望んで悪に手を染めるような人間では無かった。

 サクラにとって父は気弱で、母をいつも気遣う、優しい人間だったのだ。

 

 探した。

 隠れ住んでいた廃虚の一室から抜け出し、サクラは父を探して外を渡り歩いた。

 

 探した。

 父親のことを聞いた大人達に気紛れに暴力を振るわれ、殴られた。

 苦悶の表情を浮かべる度に、楽しげに笑う大人達。

 痛みの悲鳴をあげる度に、増える暴力の嵐。

 そして、悲鳴すらあげられないほどボロボロになって、ようやくサクラはつまらなさそうな顔をした大人達の暴力から解放された。

 どれだけ暴力を振るわれても、悲鳴をあげてはいけない、苦悶の表情を浮かべてはいけない。その2つの事をサクラは身をもって学ぶことになった。

 

 探した。

 独り、解放され、重い身体を引きずるように歩き始めるサクラの姿を、通路の隅でナニカの肉を焼いていた中年の男性が気持ち悪い目で見ていたが、サクラに何か反応する余裕はなかった。

 

 そうして、探して、探して、探し続けて、サクラは一つの骨と皮の塊を見つけた。

 腸や内臓、肉のほとんどを切り取られ、ゴミのように裏路地に放り出された骨と皮を。

 首を切断され、脳を取り除かれた頭を。

 

「……おとう、さん……?」

 

 その頬っぺを切り取られた見覚えのある顔を、変わり果てた父親を、サクラは見つけてしまった。

 

 信じられない。

 いや、信じたくない。

 そのサクラの想いこそが、まるで悪夢のような光景を、これは悪夢であるとすり替える。

 父親が死んだという事実を認められず、目の前に突き付けられた現実から逃避したサクラは、その父親だった肉塊から背を向けて駆け出した。

 

「——ハッ——ハッ——」 

 

 家に帰れば、いつも通りの日常が待っていると信じて。  

 父が居て、母が居て、私が居る楽しい日常に帰れると信じて。

 本当はそんな事もう有り得ないと分かっているのに、サクラはその現実から逃げ出すが如く、足を動かし、駆けていく。

 殴られた場所の痛みは何時の間にか消えていた。

 

 うるさいばかりの心臓の慟哭と吐息だけがサクラの耳を通り抜けていく。

 

 そして、そして、そして……家に帰ったサクラが眼にしたのは、廃虚の前の通路で、顔面がパンパンに腫れあがり、刃物で切り刻まれて全身から血を垂れ流して柱に貼り付けられた母の姿と、長く腸のように伸びた赤い紐をネックレスのように首に飾られ、その先でぶらぶらと垂れ下がる、首つり状態のもうすぐこの世に産まれてくるはずの幼い命だった。

 

 夢……?

 サクラの思考に走るノイズ、赤く、紅く染まる視界。

 消えていく身体の感覚。

 

 

 気が付けば、サクラはゴミ山の上で呆然と立っていた。

 何を食べても味がしない。

 何をしても夢の中にでも居るように現実味が湧かない。

 それでも、お腹の空腹だけがサクラが生きている事を伝えていた。

 

「……お腹減った」

 

 ぼそりと、喉元から漏れる言葉。

 どうして生きているのか?

 サクラには自分でも分からなかった。

 

 

 

 ——東方に位置する国、ジャポン。 

 シルバとの戦闘から、数年経った現在。

 古風な木造建築の一軒家でサクラは立派なニートになっていた。

 ヴィットーリオから戸籍を貰ってからは、気軽に国外への移動が可能になり、マフィアからの危険な依頼を受けなくとも天空闘技場に行けば簡単にお金が手に入るようになったからである。

 

 いまだにヴィットーリオとの繋がりはあるが、交流があるだけであり、一度も依頼されたことはない。不思議なことに。 

 

 勿論、念の修行は今でもしている。

 

 オーラの量は増加中。オーラの質は昔より大分禍々しくなってしまった気もするが、その大部分はサクラの発の影響である。

 狙った効果では無いのだが、どうやら【無限の剣製】の副作用として心の念空間に念で具現化された武具をストックする度に肉体のオーラ量は少しずつ増加、変化するらしい。

 特に死者の念で具現化された武具をストックした時のオーラの質の変化は顕著に思える。

 

 念は精神が大きく影響する能力。

 おそらく、他者のオーラや念で作成された刀剣を精神の中で複製する【無限の剣製】がサクラのオーラにまで影響を与えているのだろう。

 

 

 ジャポンには死者の念で具現化を維持したままの妖刀が普通に美術館などで飾られている。

 その為、サクラは旅行感覚で簡単にストックを増やす事が出来た。

 死者の念に関する武具のストックを増やすにつれてサクラのオーラはより禍々しさを増したのだが、その程度のデメリット、別に肉体に害がある訳でもあるまいし、得られるメリットに比べれば特に気にする必要は無いだろう。

 

 

 屋敷の庭で座禅をしたサクラは自身の心の念空間に意識を移動させた。

 砂漠。何処までも続く地平線の見えない砂漠には1000以上の刀剣が墓標のように突き立てられていた。

 空から顔を出す深紅の太陽が地を照らし、発散する高温が大気を熱している。

 

 その中の刀剣に意識を集中させれば、自動的に脳内にそれがどんな刀剣なのかイメージとして映し出されるのだ。

 

 今日の修行にはどれを使おうか。

 サクラは、天空からまるで太陽のように砂漠を俯瞰し、刀剣を眺める。

 

 …これにしよう。

 一振りの刀に意識を傾けた瞬間、サクラの脳内に刀の記憶が濁流のように駆け巡る。

 サクラは情報の嵐を的確に整理、現実に半分残した意識がその刀をオーラで物質化した。

 

 具現化したのは柄長70㎝、刃長1.45m、総長2.275mの大太刀である。

 銘は柳生の大太刀。

 この刀に刻まれている柳生宗厳の技量、経験を肉体にトレース、上段に刀を構える。

 柄を握る人差し指と中指の力を緩め、小指だけに力を込めるイメージで刀を、ゆっくりと振り下ろした。

 

 肉体の動作、筋肉の動きを確認、修正。

 踏み込み時の膝の力をほんの少し緩め、足の小指を浮かせた。 

 

 刀を振るう。より強く、より効率的に刀を振るう。

 

 今の肉体の動かし方で本気で刀を振るえば、衝撃波が庭を蹂躙するだろうが、それでは駄目。

 刀を振るう時に、衝撃波が生まれるという事は、それだけ刀に乗った運動力を大気に分散させている証。 

 全ての運動力が刀に乗り切っていれば、衝撃波は生まれないはずなのだが……これがなかなか難しいのだ。 

 

「おーい、師匠居るか~?」 

  

 門の扉を開けて、刀を片手に持ったちょんまげ姿のおじさんとピンク髪をポニーでまとめた美少女が敷地に入って来た。

 

「おー、居た居た」

「入って良いって、言ってない。……それで……何?」

「久しぶりに修行を付けて貰おうと思ってよ」

 

 2年前訪ねてきた時には既にちょんまげ姿のおじさんと化していたノブナガは悪びれも無く言う。まさか、ノブナガが幻影旅団のノブナガとは、ちょんまげおじさんとなるまで全く気付けなかった。

 サクラと別れた数年の間に一体何があったのだろう。

 不思議に思いはするが、サクラはその変化の理由を聞こうと思わなかった。

 

「貴方は、誰?」

 

 サクラはピンク髪をポニーでまとめた美少女に尋ねる。

 既視感はあるのだが、サクラにはその美少女が誰なのか分からなかった。

   

「こいつは幻影旅団の一員でな、マチって言うんだ。千切れた手腕とかを繋ぐ技術は一級品だから、連絡先を交換しといても損はしないと思うぜ」

 

 横から口を挟んだノブナガに、サクラはお前には聞いて無いと一睨みして、マチに視線を移す。

 

「自己紹介はノブナガの奴がしたから省くとして、あたしはノブナガみたいに頼み事があって此処に来た訳じゃないよ。仕事のついでにノブナガの師匠って奴を一目見たくて付いてきただけだ」

「そう…」

 

 マチに噓をついている気配は無い。

 家に上がらせるくらいは構わないかな。

 

「久しぶりのお客さん。お茶でも淹れる?」

「いや、いらないよ。特に喉も乾いて無いからね」

「俺もいらないかな。そんなことよりも、師匠、久しぶりに会ったんだ。手合わせしようぜ」

「ノブナガには聞いてない」

 

 横から口を挟んできたノブナガにサクラはピシャリと告げる。

 

「…刀」

「はいよ」

 

 サクラが手を出し、刀を寄越せとジェスチャーすると、ノブナガは気軽に自身の愛刀を手渡す。

 

 風貌は変わっても、こういう無防備なところは相変わらず変わらないんだな。

 

 手渡された刀の鯉口を切り、刃を視認、複製。

 刀をノブナガに返す。

 そして、念空間の中から、生物を斬らず物質のみを切断する刀、『怨斬』の記憶を読み込み、ノブナガの刀の情報を元に具現化。 

 ノブナガの刀と寸分違わない刀をノブナガに投げ渡し、自分は柳生の大太刀と同形状の刀を具現化した。

 

 

 

「……行くぜ」

「……」

 

 わざわざ開戦を言葉に出してから腰を落とし、居合いの構えを取るノブナガに、サクラは上段に構え、相対した。 

 

「……⁉」

 

 緊張感に空間が張り詰める中、サクラはノブナガの格段に上昇した技量に瞠目する。

 ノブナガの呼吸が読めないのだ。

 

 筋肉の原動力は酸素であり、呼吸である。

 呼吸によって取り込む酸素の量が少なければ、当然筋肉の出力も低下する。

 全ての攻撃において、呼吸と攻撃は密接に関わっているものであり、切り離せないものの一つと言える。

 

 それは逆説的に、呼吸さえ読めれば攻撃のタイミングを察知出来るということ。

 深く呼吸をすれば、次で攻撃がくる等と大凡の予測を立てることが可能なのだ。

 故に、呼吸を読める、読めないでは、戦闘的有利が大分変わってくるのである。 

 

 

 居合いには、相対する敵との間合いと剣筋を不明にし、真正面からの奇襲を可能にする効果がある。

 しかし、間合いを不明にする効果はサクラの念能力を前には無意味。

 問題はサクラが刀の間合いを完璧に把握している事を理解した上で、ノブナガは踏み出した右足を地に擦り、1㎜1㎜ずつ亀のような歩みで間合いを詰めていること。 

 

 ノブナガは少しずつ移動しながらも、自身の肉体を緻密に操作。

 体重、姿勢を全く崩さないまま、何時でも最高の抜刀を放てる状態を維持している。 

 隙を突き、上段から両断する事はほぼ不可能。

 仮にサクラが上段からの斬撃を放てば、即座にノブナガのカウンター、抜刀術が炸裂。

 そのノブナガの一撃で、サクラの上段斬りの勢いは消され、鍔迫り合いに移行されて押し切られてしまうだろう。

 幾ら技量が上とはいえ特質系のサクラが、強化系のノブナガに鍔迫り合いに移行されてしまえば、力尽くで押し切る事は不可能なのだ。

 

 ノブナガの狙いは恐らく鍔迫り合いに持ち込むこと。

 間合いを詰める事で無理矢理でも上段の斬撃を引き出そうとしていると、サクラは予測した。

 

 よって、サクラは構えを変える。

 腰を落とし、鞘無のまま居合いの構えを取り、刀の腹に掌を押し付けて鞘の代わりの機能をさせる。 

 

 サクラの見つめるノブナガの顔は能面のように変わらない。

 その顔からは焦りも、驚愕も読み取れないが——間合いを詰めるノブナガの足は停止した。

 

 暗く染まった何も読み取れない二人の瞳がぶつかる中、ゆっくりとノブナガが再び距離を詰め始めた。

 読みを間違えたか、などと動揺はしない。

 サクラの間合いにノブナガの足が侵入するが、それでもサクラはジッと好機を待つ。

 

 ノブナガの頭から汗の雫がでこをつたい、眉を通って流れていく。 

 雫が向かう先にあるのは、ノブナガの瞳。

  

 目蓋を流れ、ノブナガのまつ毛に汗の雫が触れようとしたその瞬間——ノブナガの手が動いた。

 引いた左足を軸に、抜刀。

 左手で鞘を捻り、鯉口で剣筋を低空からの左上への切り上げから横一文字に剣筋を変更した。 

 

 そのノブナガの抜刀術に少し遅れるように、サクラは抜刀。

 自身の掌を発射台に、刃を滑らせ、加速。

 掌をレールにして、ノブナガの剣筋の変更に合わせるようにサクラは剣筋を変更する。

 

 鏡合わせのように放たれた二人の斬撃線は、綺麗に重なり合い、刃筋と刃筋を正面から衝突させた。

 

 衝撃で鳴動する大気。

 思わぬ幸運にノブナガは強引に刀を振り抜こうとするが、残念ながらそれではサクラの思惑通り。

 ノブナガの行動に心中でほくそ笑みながらサクラは刃筋がぶつかり合った際の衝撃を利用。

 激突時に生じた衝撃を使い、手首で刃の向きをほんの数ミリ変える事で、刀の腹と腹を擦り合わせるようにして最小限の力でノブナガの斬撃を受け流しながら、ノブナガの刀に込められた力の流れに加重を加え、暴走させた。 

「……なっ⁉」

「——ッ‼」

 

 暴走する刀の動きに上体の重心を崩して前のめりに体勢を傾けるノブナガに、サクラは振り抜いた刀を次の技にスムーズに移行。

 返しの一閃でノブナガの首を切断しようとした、その瞬間。

 

 横合いから迫り、身体に絡み付こうとしてくるオーラの糸の気配にノブナガへの攻撃を中断した。

 

 驚愕に空白に染まるサクラの思考とは対照的に、肉体は骨にまで刻まれた技と経験による直感に沿い、回避を開始。

 刀に集約させようとした運動力を足に移行。

 地を蹴り、後方に爆発的に加速したサクラは、地面を滑るような足さばきと細やかな肉体制御でオーラの糸をすり抜けるように回避した。

 

「……何のつもり?」

 

 危機を逃れ、思考に理解が追いついたサクラはオーラの糸の主であるマチを睨みつけるが、マチは逆に殺意満点の視線で睨み返してくる。

 

「何のつもりってあんたが———」

「マチッッ‼何で勝負の邪魔しやがったッ‼返答次第じゃてめえ、叩き切るぞ‼」

 

 憤怒が滲むマチの声を叩き潰す勢いで、横合いから更なる怒りを交えたノブナガの怒声がマチを怒鳴りつける。

 

「ノブナガ、あんた、あたしに助けられといて良くそんな口を聞けたもんだね」

「はああああ⁉お前何言ってんだ」

「あんたこそ何言ってんの。もしかして死にたかったの?そうなら、さっさと言ってよあたしが殺してやるから」

 

 そこでようやくサクラは、マチが勘違いしている事に気が付いた。

 

「…マチ……」

「なんだいッ‼」

 

 凄まじい表情で睨み付けてくるマチに、サクラは冷静に告げる。

 

「この刀は生き物を切れない」

 

 刀の刃筋を掌に這わせる、刀の刃はそのまま掌をすり抜ける様子を見せ、サクラは言葉を続ける。

 

「触れたり腹を掴んだりは出来るけど、刃に生物が触れると自動で透過する」

 

 マチの怒りの顔が、疑問符で埋め尽くされていき、あれほど強烈だった殺意が風船がしぼむように消失した。

 

「あの、もしかしてあたしの心配って要らない心配だった?」

 

 サクラが無言で頷くと、マチの赤かった顔が面白いように青くなっていく。

 

「マチ……お前、そんな勘違いをしていたのかよ。はあ……ったくよお……」

 

 ノブナガもマチの行動が仲間を思っての事に気付き、怒るに怒れず深く溜息を吐く。 

 

「えっと………ごめんなさい……?」

 

 なんとなくサクラは謝るが、ノブナガが苦笑いして口を開く。

 

「師匠が謝ることねえぜ。勝手に勘違いしたマチが悪いんだ」

「ああ、今回ばかりはあたしが悪い。迷惑かけたね。お詫びと言っちゃなんだけど、手足切断とかの怪我を負ったら此処に連絡して欲しい。一回無料で仕事を請け負うよ」

 

 本当に申し訳なさそうにマチは名刺を手渡してくる。

 別にお咎め無しで構わないのだが、受け取らなければそれはそれで何かややこしくなりそうだ。

 サクラは名刺を受け取り、ポケットに仕舞った。

 

「次は邪魔するなよ」

 

 棘を刺すようにマチに言うノブナガ。

 

「はいはい、分かってるよ。ただ……こういう事は事前に説明しておいて欲しかったね」

「それは……すまんな。次から気を付ける」 

 

 苛立たし気だったノブナガもマチの言葉に一理あると思ったのだろう。

 自身にも非があったことを認め、素直に謝った。

 

 

 

 数度の模擬戦を終えた後。

 

「腹減ったなぁ。師匠、飯くれ、飯‼刺身の盛り合わせを作ってくれ。そうだ、マチも食ってけよ。師匠の刺身めっちゃ美味いんだぜ」

 

 サクラは図々しくも平然とした顔でマチを誘うノブナガの頭を、後ろから容赦なく蹴り飛ばした。

 

「痛ったああああ、何すんだよ」

「図々し過ぎ」

 

 抗議の声をあげるノブナガにサクラは端的に告げる。

 

「別に良いじゃねえか。この前も作ってくれたんだしよ」

「この前の時は実験も兼ねて料理をしただけ」

「えー……⁉」

 

 不満気に言うノブナガにサクラは冷たい視線を向けながら、サクラは口を開いた。

 

「お前は別として、マチなら別に歓迎するけど。家を滅茶苦茶にしなさそうだし」

「そりゃねえだろ」 

 

 ノブナガの抗議、視界に入るノブナガの存在そのものを無視。

 サクラはマチにのみ視線を向ける。

 

「あー……さっきの事もあるし、流石に悪いかな」

「別にさっきの事は特に気にしてないから、ね」

 

 サクラは具現化していた刀を消し、家の引き戸を開けて、マチを家に招待する。

 そんなサクラの強引な行動、やらかした事に対する罪悪感もあってかマチは苦笑しながら家をあがった。

 マチの後ろに張り付くように付いて入って来たノブナガをサクラは睨み付けるが、今度はノブナガが知らん顔。

 そんなサクラとノブナガの関係をマチが微笑ましげに見ていたことを二人は最後まで気がつかなかった。

 

 

 熟練の包丁捌きで、手際よく解体した魚の身を一つの芸術品のようにお皿に盛り付けていく。

 

「まだか~?もう腹減って死にそうなんだが……。お、もう出来てるじゃねえか」

 

 盛り付けたばかりのお皿に手を付けようとするノブナガの手を跳ね除ける。

 

「駄目、席で待っとく」

 

 サクラは指でリビングに帰れと指示する。

 

「もう邪魔しねえから。何か手伝うことねえか?」

 

 先にそれを言えと思いつつ、サクラはノブナガに口を開く。

 

「じゃあ、ご飯をよそって、テーブルに持って行って」

「はいよ」

 

 ご飯をよそい、テーブルに茶碗を運んでいくノブナガ。

 その後を続くようにサクラも盛り付けた皿を手に乗せてテーブルまで運んだ。

 

 

 

「おいマチ。これはそうやって食べるんじゃねえよ。これに付けて食べるんだ」

 

 マグロの刺身を何も付けないまま食べようとするマチに、ノブナガが得意顔で醬油に刺身をつける。

 

「これにかい?」

「そうだ」

 

 箸初心者だというのに、マチは器用に箸を操り、マグロに醬油をつけて口に運んだ。

 

「美味いね」

「そうだろ、そうだろ」

 

 サクラの料理の感想をぼそりと呟くマチに、ノブナガが嬉しそうに言う。

 いや、何でお前が得意顔をしたり、嬉しそうにするかな。

 マチに言おうとした言葉を全てノブナガにとられてしまったサクラは不満気な表情をちらつかせながらも、口には出さず、無言で刺身を食べた。

 

「昔に比べたら師匠も丸くなったよな。オーラの方はえらく禍々しくなってるが」

 

 確かに昔のように誰でも彼でも殺すような事はなくなったかもしれない。

 けれど、それは丸くなったというよりは——

 

「今の私は色々と満たされてるからそう感じるだけ。飢えたらすぐに昔に戻ると思う」

「そういうもんかね」

 

 何気なく聞いただけなのだろう。

 ノブナガはサクラの答えにそれほど興味を持った様子も無く箸を進めた。

 

 

 しかし——改めてノブナガの言葉を考えてみるに、最近は力ばかり求めている気がする。

 それは、シルバとの戦闘の力不足が原因だ。

 

 でも、そもそも、私はどうして力を求めていたのだろう。

 もっと美味しいご飯を食べたくて、もっと楽しい人生を送りたくて、もっと自由に生きたくて、()()()()()()()()()()()、力を求めていたはずなのに……。

 

 それなのに、どうして私は、前世の焼き直しでもするようにジャポンで暮らし、その生活に満足し切って、目的も忘れてただ力を求めているのだろうか。

 

「ふふっ」

 

 何時しか目的すら忘れていた自分が愚かしくて、サクラはクスリと笑う。

 

 突然笑い出したサクラを、怪訝そうに見つめるノブナガとマチ。

 そんな二人の顔が無性に可笑しくて、サクラはニンマリと笑みを深めた。

 

 

 

 

「ノブナガ、シャルナークに電話を繋いで欲しい」

 

 サクラはソファーで寝転んでいるノブナガに声をかけた。

 

「何で師匠がシャルナークのやつと電話したいんだ?」 

 

 ノブナガはテレビから視線を外し、顔をあげ、不思議そうにこちらを見る。 

 

「ハンターだから、次のハンター試験会場の場所も分かると思って」

 

 家に連れて来たシャルナークをハンターだとノブナガが紹介していたことを、サクラは何となく覚えていた。

 それに、サクラは情報屋を信用しきることは出来なかった。

 

「あー、確かにあいつならすぐに調べられるだろうな。良し、後で俺から聞いといてやるよ」

「……ありがとう」

 

 素直に礼を言ったサクラを、ノブナガは鳩が豆鉄砲を食ったようなポカンとした顔で見つめる。

 

「……その顔はけっこう失礼」

「あ、いや、えっとだな……」

  

 サクラは弁明しようにも言葉が上手く出てこないノブナガを冷たく一瞥して、部屋を去っていった。

 

 

 




 ここまで人気が出るとは思いませんでした。
 自分の為に書いて、ひっそり投稿してみて、それで満足して終わると考えていたので、少し驚きです。

 短編ですから、けっこう大雑把に話しを展開しています。

 また、短編だったので、ここまでしか話しを書いていませんでした。

これからのストーリー展開について質問です。下記の中で自分が読みたいストーリーを選択して下さい。

  • 原作より一年前のハンター試験。
  • 原作のハンター試験。
  • 作者が勝手に決めれば良いよ。

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