無限の剣製……?   作:流れ水

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 ちょっぴり残酷かもしれない。


第7話

「終了。おめでとうございます。今、ここにいる皆様が一次試験合格者です。皆様はこれからここビスカ森林公園にて、二次試験を行うことになります。二次試験での皆様の健闘をお祈りします」

 

 サトツは一次試験の終了と、二次試験の始まりを告げ、森の中にその姿を消した。

 

 ——ガオオオオ ガルルルル

 サトツが言葉を終え、一分もしないうちに、まるで大型猛獣のような唸り声が聞こえてくる二次試験会場の扉がゆっくり開き始め、受験者達の身に緊張が走った。

 

 だが、扉の中に居たのは、足を組んでソファーに座る細身の変な髪型の女性と、その後ろで床に座っている女性の倍近くの身長を誇る巨漢の二人のみ。

 試験会場に猛獣の類はおらず、その唸り声は巨漢の腹から聞こえていた。

 

 予想外の光景、事実に困惑する受験者達。

 中で猛獣が待ち構えていると身構えていたら、その実中に居たのは女性と巨大な男でしたという事実に困惑する場を置いて、変な髪型の女性は立ち上がり、楽しそうな声音で口を開く。

 

「もう腹ペコのようね~」

「聞いての通り、もうペコペコだよー、メンチ~」

 

 グルルルル、メンチの言葉に返事をするように、巨漢のお腹が鳴り響く。

 

「そんな訳で、二次試験は——料理よッ‼」

「りょ、料理⁉」

「ちょっと待て。俺たちはハンター試験を受けに来てんだぜ」

  

 予想外の試験についていけず、ついハンゾーが声をあげ、それに追従する形で体格の良い男性が非難を浴びせるが、メンチは動じない。

 

「そうよぉ~。あたしたちを満足させる料理を作る。それが二次試験の課題よ」

 

 むしろ、体格の良い男性を煽るようにメンチは課題を告げた。

 

「まず、俺の指定する料理を作って貰い——」「そこで合格した者だけがあたしの指定する料理を作れるって訳」

 

 更に重ねるように、巨漢とメンチが試験の内容を補足した。

 

「何で料理なんだよ!」

「なぜなら……あたしたちが、美食ハンターだから」

 

 何処からか飛んできた問いに、メンチは誇るように言い放った。

 

「ぷっ……ぷははははは」「あははは」

 

 受験者の間で湧き起こる嘲笑の嵐。

 その嘲笑に紛れ、体格の良い男性が挑発するように言う。

 

「それで、一体どんな料理を作れば良いんだい」

「ブハラ!」

 

 怒りの滲んだ声でメンチは巨漢、ブハラの名を呼んだ。

 ゆっくりとした足取りで地響きとともに立ち上がる巨漢、ブハラは冷静に受験生達に口を開く。

 

「俺が指定するメニューは豚だよ」

「豚⁉……豚⁉」

 

 困惑する声を置いてブハラは言葉を続ける。

 

「このビスカの森に居る豚なら種類は自由。その豚をここにある調理器具を使って料理して、俺が美味しいって言ったら合格だよ」

「美味しいと言っても味だけじゃ駄目。料理を舐めないでねえ」

「分かった、分かった」

 

 メンチが注意するが体格の良い男性はその言葉を受け流し、笑っていた。

 

「スタート!」

 

 ブハラがその腹を張り手で叩き、腹太鼓を鳴らす。

 その音を合図に、受験生達は駆け出した。

   

 ある程度森に出たところでサクラは地を蹴り、比較的高い木に向かい跳躍。

 そのまま重力に抗うように木の側面を地を蹴り昇り、木の頂に着地し、上から森を眺め、豚を探す。

 

 ……見つけた。

 サクラは発見した豚の群れに向かい、木の側面を蹴り上げ、飛ぶように移動。

 更に、木の側面を蹴り上げ、加速。

 

 蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた豚とすれ違うように着地。

 

 ——リンッ

 乾いた音が森に鳴り響き、豚の喉に切れ込みが入り、その傷口から血液が溢れでた。

 倒れ、もがき苦しみ、豚は足をばたつかせるが、やがて痙攣するように動きを止め、豚の首からドロリと垂れる鮮血が地面を紅く染めあげていく。

 血抜き。一思いに首を切断するのではなく、暫く生きているように切断することで、大量出血死によって豚を殺害、体内で血液が凝固するのを防いだのだ。

 

 そこでようやく思考を停止させ、動きを止めていた他の豚達がサクラに背を向けて逃げ出していく。

 

 そんな豚達を見送り、サクラは今だに心臓を動かし、痙攣を繰り返す豚を持ち上げ、試験会場に歩き始めた。  

 まだ誰も帰ってきていない試験場。

 その調理台の一つに豚を乗せたサクラは、具現化した盾を変化させて即席で作りあげた鍋で、沸かしたお湯を硬い毛皮にかけ、お湯で取りやすくなった毛を素手でむしり取っていく。

 

 大体の毛の処理が終わったところで、サクラは切れ味が鋭いだけの刀を具現化。

 残った細かい毛を素早く切り落とし、足の関節と首を両断。

 そして、内臓に刃が入らないように喉元から尻まで切り裂き、ペニスと睾丸を切断。

 股を切り開き、その周辺をお湯で洗い、抜き手で横隔膜から脊椎まで一気に手を突っ込み、腸を掴んで尻に引っ張ることで、内臓を一気に引きずり出す。

 内臓を取り終えた豚の腹を切り開き、お湯で血を洗い流す。

 そうして、空白が出来た腹に森で見つけたハーブを詰め、塩と胡椒で味付けをしてから丸焼き用の調理器具の炎によって好みの焼き加減に焼き上げていく間に、内臓を処理。丸焼きの炎で大雑把に焼き上げていく。

 鼻をつく甘い、脂の焼けた肉の香りに自然とサクラのお腹が鳴り、焼き上げたばかりの豚のハツを口に入れた。

 コリコリとした肉の感触、新鮮だからこそ口に広がる肉の甘味と柔らかさ。

 そこら辺の高級で食べる豚よりも遥かに美味しい豚そのものの味にサクラの口元は綻んだ。

 

 まだまだ食べ足りないが、もうすぐ豚の丸焼きが焼き上がる。

 サクラは我慢して、料理に集中し、焼けたばかりの肉を皿に乗せてブハラの下へ運んだ。

 

「あら、美味しそうじゃない。……見た目と香りは」

 

 ブハラに運んだ皿の豚の丸焼き。その肉の身をメンチは横からフォークで削るように取りあげ、口に入れた。

 

「うーん……焼き加減が微妙ね。少し焼き過ぎかしら。肉の処理が良いだけに焼き加減がねえ」

 

 そう文句を言うメンチにサクラは眉をひそめるが、その横でブハラが皿の上の豚の丸焼きを一気に頬張った。

 

「ん~~!美味いぃぃ!」

 

 心底美味しそうに言うブハラに、胸に湧きあがっていた不快な気持ちが消え去り、サクラの眉の険が取れた。

 バタバタと遠くから聞こえてくる足音、揺れる地面。

 森から豚の死体を担ぎあげた受験生達が試験場に帰ってきた。

 舞い上がる土埃が、丸焼きを焼き上げる合間に作りあげていた豚の内臓料理と処理したばかりの豚の内臓を汚していく。

 

 ……不快。

 胸に湧き上がる苛立ちが死者の憎悪と殺意に染め上げられたサクラのオーラに乗せられ、周囲に明確な圧力となって広がっていく。

 

「お、おい、何かあったのか」

「……料理が土埃で汚れた」

 

 恐る恐る聞いてくるハンゾーに、サクラは怒りを滲ませた。

 更に、高まる圧力と受験生達の緊張感。

 若干一名が、そんなサクラに殺意を向けながら嗤っていたのだが、この時のサクラにとって、そんな事はどうでも良かった。

 

 しかし、これはもはや、どうにもならないこと。

 一度深呼吸をして感情を落ち着かせたサクラは、地面にあぐらをかいて座り込み、埃にまみれた内臓料理を口に運んだ。

 そんなサクラの様子にハンゾーは一息安堵を漏らし、自分の豚の丸焼きの下に戻っていった。

 

 

「はぁー。誰も彼も全然駄目ね。料理ってもんを分かってないわ。ちょっと貰って良い?」

 

 フラリと横にやってきたメンチが、返答を聞く前にサクラの食べていた砂埃付きの内臓料理を指で摘まんだ。

 普段ならそのメンチの行動に眉をひそめただろう。

 けれど、サクラの作った料理の量は、豚の内臓は丸々一頭分のもの。

 肉の量が多すぎて食べあぐねていたサクラにとって、メンチの行動は救済に等しかった。

 

「うーん、やっぱり微妙ね」

 

 メンチは文句を言いつつ、まだ生の内臓を丸焼き用の炎で炙り、塩を軽く降って口に入れた。

 

「んー、……まあまあね」

 

 色々と文句をいいながらもなんだかんだで肉を摘まむメンチに、サクラはいつの間にか視線の色が変わっていた。

 

「あたしが焼いたの、食べてみる?」

「……ん」

 

 向けていた視線を勘違いしたのか、食べるか聞いてくるメンチに、サクラは頷いた。

 皿に乗せられる肉を、素手で摘まみ、口に運んだ。

 口の中で弾ける豚の脂の甘味にサクラは驚いた。

 

「…美味しい」

「そっ」

 

 サクラの心からの感想に、メンチは素っ気なく返事を返すが、その雰囲気は不機嫌そうなものから大分変わっていた。

 

「そろそろ、か」

 

 次々と受験生達が運ぶ豚の丸焼きを食べていくブハラを見て、横に座っていたメンチが立ち上がる。

 

「この皿、貰っていくわね」

 

 もうほとんど残っていない豚の内臓。

 その残りをメンチは手早く丸焼き用の炎で焼き上げ、皿に乗せて運んで行き、テーブルの上に乗せ、ばちで銅鑼を鳴らした。

 

「しゅ~りょ~。豚の丸焼き70頭完食!豚の丸焼き料理審査、71名通過ー‼

 

 という訳で、二次試験後半。あたしのメニューは――スシよ!!」

「すし…?」「すしって何だ?」「さあ……」

 

 聞き覚えのない料理に、ざわつく受験生達。

 

「知らないのも無理ないわ。小さな島国の民族料理だからねえ」

 

 顔を背けたメンチは小声で小さく呟き、受験生達に向き直った。

 

「ヒントをあげるわ!この中を見てご覧なさーい」

 

 メンチは背後の倉庫に手を向け、受験生達を倉庫の中のキッチンに誘導する。

 

「ここで料理を作るのよ。最低限、必要な道具と材料は揃えてあるし、寿司に必要不可欠なご飯はこちらで用意してあげたわ」

 

 受験生達がキッチンを確保していく中、メンチは説明を続ける。

 

「そして、最大のヒント‼寿司は寿司でも握り寿司しか認めないわよ。

 

 それじゃあスタートよ。あたしが満腹になったところで試験は終了。その間に、何個作ってきても良いわよ~!」

「……握り寿司」「どうやって作るんだ?」

 

 受験生達が悩む中、ジャポンでよく握り寿司を食べていたサクラは、森に向かって歩みを進めた。

 

 

 川。それも比較的澄んだ綺麗な川で、サクラは元気に泳いでいる脂の乗った魚を素手で捕まえ、具現化した包丁でエラから入れて中の骨を一気に断ち切り、尾を切断して血抜きを行った。

 活〆。こうすることで、魚の鮮度の劣化速度を遅らせ、刺身の食感で最も良い、身が活きている時間を長く保つことが出来るのだ。

 

 そうして、何となく美味しそうな魚を手早く素手で捕まえ、試験会場に戻っていると、魚だ、魚と叫び、試験会場から飛び出してきた受験生達と遭遇した。

 

 だが、受験生達がサクラを視界に収める瞬間、明確に歩みが遅くなり、早歩きの速度で横を通り過ぎていく。

 

 若干一名。頬を吊り上げるようなとてもイイ笑顔を浮かべた奇術師が、サクラを煽るように横をバタバタと走っていったが……サクラは無視した。  

 何かを期待するような視線を背後から感じたが……サクラは無視した。

 殺意溢れる期待に満ちた気配が一気にしょぼくれたものに変わるが……

 

 ——サクラは、無視した。

 

「サクラは握り寿司に魚を使うこと、知ってたんだね」

「なんだ、それなら教えてくれても良かったじゃん」

 

 サクラの植物のツルで吊るした魚に、無邪気に反応するゴンに対し、少し棘のある物言いをしてくるキルア。

 

「…なぜ……?ライバルに塩を送る必要はない」

「うーん。それもそうか」

 

 それで、キルアは納得したのだろう。

 特にそれ以上言葉もなく、キルアとゴンは森の中に入っていった。  

 

 試験会場に魚を持って帰ったサクラは、包丁で身を熟練の手つきでさばき、試食していく。

 紫と黄色の縞々模様だった魚は淡白。カレイみたいな見た目の魚は脂が甘い。鯉みたいなのは食感が良い……。

 

 一通り試食を終えてから、お酢とご飯の配分を調整。

 ご飯の味と合うものを幾つか選別し、口に入れたらほどける程度の硬さに握り込み、試食。 

 

 少し、魚の香りが強いかもしれない。

 レモンを絞った水で魚の身を軽くそそぐ事で魚の生臭さを消し、そのままご飯と一緒に握り込んだ。

 

 これでどうだろう?

 出来た寿司を口に運び、試食。

 魚の生臭さはなく、魚特有の旨味と調和のとれたお酢とご飯が口の中に広がった。

 

 ……完成……したけど、メンチは美味しいと言うだろうか?

 メンチが焼き上げた肉の味を思い出し、サクラの心に暗い不安が落ちる。

 しかし、これ以上美味しそうなものを作れそうにないサクラは、不安に包まれながらも、メンチの下に寿司を運んだ。運ぶしかなかった。

 

「おー、きたきたッ」

 

 嬉しそうにメンチは言い、サクラの持ってきた寿司達にパクついていく。

 

「この魚にはちょっとお酢が濃いわね。これはまあまあね。これは……」

 

 最初の頃なら苛ついていたかもしれないが、今は素直にその言葉を聞き入れていた。

 メンチの料理の腕、技量を知ったからだろう。

 

「全体的に刺身としては良かったけど、その分寿司としては欠けてる感じだったわね。

 

 ま、合格」

「……え?」

「合格よ、ごうかくッ!」

 

 ポカンとするサクラにメンチはニッコリ笑って言う。

 

「これは数少ない情報から寿司を推測する試験。ある程度の味と形が出来ていたら合格なのよ」

  

 …合格…?……合格。

 その言葉がようやく頭に滑り込んだサクラは、自分のキッチンに戻った残りの魚の切り身を、合格の実感もないまま食べ始めた。  

 

 

 さばいた魚を食べているその途中、ハンゾーが寿司の作り方を大声で口走り、寿司を作りあげた受験生達がメンチに殺到、メンチが味で合格を判定することに試験内容を変更するなどという出来事が起こったが、合格判定を貰ったサクラは、それらを他人事のように見ていた。

 当然のことながら、味で判定し始めたメンチの要求に受験生達が応えられる訳がなく——

 

「お腹いっぱいになっちゃった」

 

 合格が出ないままメンチは自身が満腹になったことを告げた。

 

「という訳で、試験終了ッ‼」

「は……?」「……え?」

「だから、合格者は1名。終了よ」

 

 メンチの言葉に受験生達の間で理解できないといった声があげるが、メンチは無慈悲に追撃の言葉を言い放った。

 その判定に納得出来なかったメンチを非難していた体格の良い男性がキッチンを破壊し、メンチに詰め寄って掴みかかろうとしたが、横合いからブハラにぶん殴られ、十メートル以上吹き飛び、気絶した。

 

「他に文句あるやつは、いる?」

 

 文句はあっても目の前で見せつけられた圧倒的暴力に受験生達は言い出せない。

 

「ちっと、その判定、厳し過ぎやせんかのお」

 

 その沈黙を破ったのは、空から響いた声だった。その瞬間、ちょうど上空を飛んでいた飛行船から飛び出す人影。

 

 その人影を目にした時から、サクラの全身の感覚は凍え、冷たくなっていった。

 

 ……人。

 それも今まで会った中でもトップレベルでヤバい化物。

 

 地に落ちてくる度に朧気だった人影が明確になり、それが和服を着た白髪のちょんまげと長い白ひげを生やした爺さんに見えてから数秒の間もなく、地面にクレーターを作り、着地した。

 

 その痩躯を包む滑らかな纏。

 立っているだけだというのに、その佇まいには隙一つ見出せない。 

 

 その力量……サクラの記憶・経験の中にある中でもトップクラスの力を持つ英雄、人型をしているだけの化物と比較しても、同等かそれ以上としか読み取れず……見ているだけで全身を駆け抜ける何とも言えない悪寒が走っていた。

 まるで気がつかないうちに、寄生していた寄生植物が全身の筋骨を中から絡め取っていたかのような寒気に、サクラの全身の細胞が反応。

 

 堅で莫大なオーラに身を包んだその時には、上から地に押し潰すように受けた圧倒的な衝撃がサクラの肉体を蹂躙。

 脳に刻まれている先人達の記憶・経験が、肉体を操作、上からの力をそのまま地面に受け流すが、断続的な重圧に力を流し切れず、限界まで行使された全身の筋肉が一本一本引き千切れ、骨は圧壊、瀕死の重症に至り、サクラの纏う黒いコートの強化再生能力が自動発動。

 上空から押し潰してくる力を、莫大なオーラを消費した再生能力で対抗。

 全身を破砕され、肉と骨を圧壊されながらも、何とかその力を受けきり——

 

 サクラの脳が何かの攻撃を受けたと認識した時には既に、サクラの地にめり込んだ足を中心に十メートル以上のクレーターが出来上がり、全身から血が流れ、オーラの大部分が消耗されて動けなくなっていた。

 

 その時、腰に差していた刀【小烏丸】が、大鴉へ勝手に具現化。

 サクラの前に仁王立ちになり、何かからサクラを守るように黒い翼を交差させ、武の構えを取ったかと思うと、サクラの体内の時間、知覚が圧縮された。 

 

 急速に遅くなっていく時間。

 あらゆる色が消え去り、灰色と黒で構成される世界の中で、サクラは老人の背後に現れた巨大な観音の像と大気を歪ませながら、やってくる陽炎のような何かを視界に捉えた。

 

 何かを受け止め、技量をもって地に力を受け流す大鴉。

 

 ……手?

 何時の間にか、現れていた老人の背後に現れていた観音像。

 その観音像から伸びた数十の手の一つを大鴉が受け止めている事を、サクラが認識出来た時には、大鴉の全身は割れかけのガラスのようにひび割れていた。 

 

「ご無沙汰しています、ネテロ…会長……?」

「あ……」

 

 左手で右拳を包むようにして、メンチは包拳礼の姿勢をするが、突如目の前で巻き起こされた不可視の攻防に、表情をポカンとしたものに変えた。

 それに対し、虚空に観音を消失させ、やっちまったとでも言うように頭に手を当てるネテロ。

 

 そんな二人を前に、サクラの身体は力もなく、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 

 

 白いベッドの上で目覚めたサクラの意識を襲ったのは骨の髄まで包み込んだ異様な疲労感だった。

 ここは……?

 状況がよく分からず、刺されていた手首の点滴を引き抜き、起き上がると、すぐ傍で椅子に座り込み、真顔でこちらを見ているサトツと視線が合った。 

 

「おはようございます」

「おはよう…?…ここって……試験は…?」

「ここはハンター協会が管理する施設の一室であります。ハンター試験については既に1日前に終了致しました」

 

 終了……。

 その言葉に、サクラの胸の中が暗い想いに沈んだ。 

 

「目覚めたかの~?」

「ネテロ会長」

 

 下駄を鳴らして入ってきたちょんまげ爺さんの名前を、サトツが呼んだ。

 その瞬間、条件反射の領域で堅を行い、サクラは全身をオーラで強化。

 憎悪、怒り、殺意に塗れた負のオーラがサクラの肉体から迸った。

 

「最悪サトツに伝言を頼もうと思うておったんじゃが、ちょうど良かったわい」

 

 大気を鳴動させる圧力に、サトツは臨戦態勢の姿勢をとる。

 しかし、前に進み出たネテロがそのサトツの行動を手で制した。

 

「いやはや、前はこのオーラの質に驚いてしもうての、つい反射的に攻撃してしもうたんじゃわい。すまんかったの」

 

 そんな事を言いながらも余裕綽綽といった様子でこちらに歩いてくるネテロに、サクラの額から頬を伝い、冷たい汗が流れた。

 

「流石に謝罪の一言で済ますのは悪いと思うてな、今日はこれを渡すために来たんじゃよ」

 

 ネテロの手から放り投げるように渡されたハンターライセンスに、サクラはキョトンと瞳を瞬かせた。 

 

「……それはよろしいのですか?」

「良いんじゃね?今回の原因わしじゃし、わしが負傷させなければこ奴、十中八九試験に受かってたじゃろ」

「それは…そうですが…」

 

 言葉を詰まらせるサトツにネテロは澱みもなく言葉を続ける。

 

「では、しっかり渡したからの」

 

 そう言うと、ネテロは着物の裾を靡かせて部屋から去っていった。 

 

 サトツと二人、部屋に取り残されたサクラは、パタリと倒れるようにその身を布団に預け、そのまま心地好い夢の中に沈み込んだ……。

 

 

 




ジョーカー(ネテロ会長)によって流れるようにハンター試験終了。
 豚の解体(豚というよりは猪の解体方法)と魚の活〆が印象に残る話でした。


 農家の場合、豚に電気ショックを当ててから、急所をついて大量出血死させるところもあるようです。
 電気ショックですから、激痛が伴っている可能性ありです。
 また、電気ショックで気絶出来るとは限りません。
 豚によっては犬よりも高い知能を有するものも居るようです。
 
 そう考えると、サクラの行った豚の血抜き処理もそれほど残酷ではないのかもしれません。


 ネテロ会長
 純粋に身体能力と技量が高く、予備動作もなく攻撃出来る使い手のため、サクラにとってひたすら相性が悪い相手。
 近接距離から突発的な戦闘を始めた場合、作中の描写にあるように、ワンチャンすらなく圧倒的な力と速度と質量で叩き潰される。



【黒のコート】(バブレバヤーン) 特質系 死者の念
 英雄ロスタムが使ったという虎の毛皮に似た手触りの真っ黒なコート。
 損傷した肉体の細胞を強化し、再生する。

 制約
 瀕死の重症であること
 生への想い、欲求

 オーラと生への欲求や想いを糧に発動する。
 消費オーラの調整は出来ず、再生を途中で止めることは不可能。
 肉体の再生にオーラが足りなくとも、オーラが枯渇するまで止まらない。
 ロスタムが使っていた時は、自分の意志で発動させなければならならず、オーラ消費の燃費も更に悪かった。
 
 

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