SIREN(サイレン)/小説/終章   作:ドラ麦茶

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第十話 美浜奈保子 大字粗戸/水鏡 第二日/二十三時三十三分三十三秒

 眞魚川の中州では、神様を迎える準備が急ピッチで進められていた。

 

 屍人たちは、どこから持ってきたのか大量の木の板やトタンなどを組み上げ、屋根を作っている。その規模たるや、中州どころか粗戸地域全体を覆う勢いだ。作業を始めてから半日程度でこれほどの規模の建造物を造る屍人。とんでもなくハイレベルな建築技術である。もっとも、見た目はガラクタの寄せ集めであり、どう見ても耐震基準を満たしていないのが欠点だ。ものすごい違法建築である。

 

「――人の名言を取らないでください」安野さんがなぜか頬を膨らませた。「異界最大の名所・屍人さんの巣です。神様は日光を嫌うので、屍人さんは日光が届かない場所を増やすため、異界のそこかしこを増築したり、窓に板を打ち付けたりするんですよ」

 

 確かに、異界ではいたるところでハンマー持ってトンカンしている屍人を見かけた。何してるんだろうと気になってはいたんだけど、神様を迎える準備だったのか。

 

 中州にはパイプオルガンが運び込まれ、大きなマナ字架を掲げた祭壇が組み上げられていた。祭壇の中には御神体が収められている。求導師様は、現世の儀式と同じ(てつ)を踏まないように、さっきから何度も何度も祭壇を開け、中の御神体が無事かを確認している。もう誰も破壊しないだろうし、もし破壊してもすぐに次のやつが届くらしいから、そこまで心配しなくてもいいのに。

 

 祭壇のそばにあるのは巨大な眞魚岩――ではなく、水鏡(みずかがみ)と呼ばれる平らな岩だ。一見すると、大きなすり鉢状の岩の中に水が湛えられているように見える。水面を覗き込むと自分の姿が鏡のように映るため、水鏡と呼ばれているのだ。しかし、実はこの岩には、水など張られていない。それは水面ではなく、岩の断面が鏡のように削られているのだ。伝承によると、一三〇〇年前、神様が降臨した時に生じた衝撃で削られたらしい。水鏡の表面からは赤い水が染み出し、小さな流れとなって眞魚川へ注がれている。

 

「この赤い水は、神様の血なんです」水鏡の周りに花を添えながら、安野さんが言う。「一三〇〇年前、比沙子さんに食べられた神様はかりそめの命を失い、常世へひきこもることになりました。水鏡は、異界と常世を繋ぐゲートのようなものなんです」

 

「つまり、この水鏡の向こうには神様がいて、どくどくと血を垂れ流してるってわけ?」

 

「そういうことです。その神様の血が眞魚川に流れ込んで赤い川になり、眞魚川から海へ流れ込んで赤い海になり、海の水が蒸発して赤い雲になり、雲が集まって赤い雨を降らせる……というワケですね」

 

「ところでさ、ちょっと前から気になっていたんだけど、真の実を奉げ、神様が完全復活したら、比沙子さんはどうなるの? 神様の血肉を返し終えちゃったから、死んじゃうの?」

 

「いえ、そういうワケではありません。神様をよみがえらせても、比沙子さんは死にません。詳しい理屈はあたしにも判ってないんですが、ふたつの説が考えられると思います」

 

「ふたつ?」

 

「はい。ひとつは、不死身タイムの一三〇〇年は神様の血肉によって得たボーナスタイムだ、という説。神様に返すのは、あくまでも一三〇〇年前に比沙子さんが食べた神様の血肉だけ。血肉を返し終えた比沙子さんは不死身ではなくなりますが、比沙子さん本人の寿命はまだ残っているので、死なないのです。比沙子さんが不死身になったとき何歳(いくつ)だったのかは今となっては不明ですが、まあ、何事も無ければあと四・五十年はイケるんじゃないでしょうか?」

 

「もうひとつは?」

 

「はい。もうひとつは、すでに永遠の命を持っているから何度でも実を奉げられるんじゃないか、って説です。実を奉げるというのは、ハッキリ言えば命を奉げることです。でも、比沙子さんは不死身なので、命はいくつでもあります。だから、実を奉げても死なないのではないか、と。美耶子ちゃんが何度も宇理炎を使えるのと同じ理屈ですね」

 

「そうなると、神様を復活させて許しを請い、呪いを解いてもらうしかないわけね」

 

「…………」

 

 安野さんは、なぜか急に黙り込んだ。

 

「どうした急に」

 

「あ、いえ。自分で言っときながらナンですけど、あたし自身この説には懐疑的です。この説だと、歴代の神の花嫁たちが消滅したことの説明が付きません。神代の娘も、中途半端とはいえ永遠の命を持っていますからね。比沙子さんが何度でも実を奉げられるのなら、神の花嫁も、何度でも実を奉げられるはずですから。まあ、ここらで閑話休題です。どうやら、()の花嫁さんがご到着のようです」

 

 見ると、神の花嫁用の黒いドレスとベールで着飾った比沙子さんが式場(?)に現れた。神様に真の実を返す儀式をどのように行うのかを事前に話し合った結果、やり慣れた神代家の秘祭スタイルで行うことに決まったのだ。

 

 もちろん、今から行う儀式は、今までのような生贄の儀式とは、全然違う。

 

 あたしたちは比沙子さんのところへ向かった。他の人たちも集まってくる。みんな、「綺麗ですよ、比沙子さん」「おめでとう、比沙子さん」と、祝福の言葉をかけた。比沙子さんも、「ありがとう、みんな」と、目に涙を溜めて応えた。まるで、本当の結婚式のような雰囲気だ。

 

 安野さんは時計を見た。二十三時五十分。いい時間だ。

 

「では、求導師様。そろそろ始めましょうか」

 

 安野さんの言葉で。

 

 羽生蛇村最後の、神の花嫁の儀式が始まった。

 

 

 

 

 

 

 水鏡の前に、二列に並んだ村人が向かい合う。

 

 高遠先生がパイプオルガンを弾き、それに合わせ、村人は手を叩きながら神を讃え、神を迎えるための歌を歌う。

 

 そして、村人の列の間を、比沙子さんが歩く。

 

 村のみんなに祝福されながら。

 

 村のみんなに感謝しながら。

 

 比沙子さんは、神を迎える水鏡に向かい、歩く。

 

 やがて歌が終わり、パイプオルガンの音色も終わる。

 

 比沙子さんは、静かに水鏡の上に立った。

 

 そして、みんなが見守る中、胸の前で手を組み。

 

「――神よ。一三〇〇年前、あなたから受けた御恩を、今、お返しいたします」

 

 感謝の言葉を奉げ。

 

「あなたを傷つけてしまったことを――そして、これまで、真の実を奉げなかった愚かな私を、どうかお許しください」

 

 贖罪の言葉を奉げ。

 

「神よ、どうぞ、実をお受け取りください」

 

 そして、祈りを奉げた。

 

 あたしたちも手を組み、祈りを奉げる。神よ。どうぞ、あたしたちの罪をお許しください。

 

 すると。

 

 ぼわ! っと、水鏡上の比沙子さんが、炎に包まれた。

 

 村人の中には小さく悲鳴を上げる人もいたが、大部分の人はそのまま祈りを奉げ続ける。事前に安野さんからみんなに説明されていた。あれは、神様に実を奉げるための炎なのだ。

 

 炎は、天井を焦がす勢いで燃え上がる。

 

 その炎の中に、黒い物が現れた。

 

 初めは小さな点だったが、少しずつ大きくなっていく。

 

 やがて、何も無い空間に大きな穴が現れた。

 

 その穴に飲み込まれるように、炎が消える。

 

 水鏡の上には、さっきまでと変わらぬ姿の比沙子さん。

 

 そして、その頭上に、異形の生物が浮かんでいた。

 

 人の背丈の三倍はありそうな大きさ。全体の印象は、巨大な昆虫である。お腹が極端に大きく膨らんだ胴体に、対になった六本の足があり、背中には翅が生えている。身体の大きさに対して頭は極端に小さい。あの未確認生物・グレイのような御神体が、そのままくっついている状態だ。あれが、神様――? 眞魚教を信仰する村のみんなには悪いけど、とても神様には見えない。どう見ても悪魔とかモンスターとかエイリアンの(たぐい)だ。

 

 もっとも、あたしの感覚で判断するのもナンセンスだろう。美しいから神、醜いから悪魔、などというのは、しょせん幻想に過ぎない。世の中には美しい悪魔も醜い神もいる。そもそも、人間側の美的感覚など、神様は知ったこっちゃないはずだ。

 

 比沙子さんは喜びに満ちた顔で神を迎えた。そう。あんな姿でも、神様は神様だ。

 

 神はよみがえり。

 

 一三〇〇年続いた比沙子さんの贖罪は、ようやく、終わりを迎えたのだ――。

 

 

 

 

 

 

(終了条件EB87:『真の実』を捧げ『神』を完全復活させる 達成(エピソードクリア)

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 と、思ったら……。

 

 いきなり、神様の身体が炎に包まれた!

 

 なんだ!? こんなことが起こるなんて、聞いてないぞ!? みんなも驚き、慌てふためく。

 

 いや、落ち着けあたし。あれは神様だ。比沙子さんと同じく、永遠の命を持っている。だから、炎に包まれたくらいでは死なないはずだ。

 

 しかし、神様が悲鳴を上げた。それは、本当に苦しいときの、悲痛な叫び。

 

 よく見ると、神様を包んでいる炎は、いかにも熱そうな真っ赤な炎ではなく、どこかで見たような青白い炎。あれは……宇理炎の炎か!?

 

 ――まさか、美耶子ちゃんが!?

 

 あり得ることだった。さっきは村を好きになりそうな様子だったけど、それはフェイクで、実はまだ村を恨んでいるってことは、十分考えられる。あたしは美耶子ちゃんを見た。しかし、美耶子ちゃんの手に宇理炎は握られていない。恭也君の隣で、みんなと同じく驚きと戸惑いの表情で神様を見つめている。

 

 じゃあ、もうひとつの宇理炎を持ってる安野さんか!? なんで安野さんが神様を燃やすのかは判らないけど、アイツの行動は最初から意味不明だった。十分あり得るぞ。

 

「……失敬な。あたしがそんなことするわけないでしょう」

 

 隣にいた安野さんが、あたしの心を読んだように言う。「あたしじゃないですよ。犯人は、アイツです」

 

 安野さんが指さした先には。

 

 

 

「――お前らみたいなのがいる限り、俺は、何度でも現れる!」

 

 

 

 右手に神代の宝刀・焔薙、左手に宇理炎を持ち、頭には大きなヘッドフォンをした、須田恭也君の姿があった――。

 

 

 

 

 

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