SIREN(サイレン)/小説/終章   作:ドラ麦茶

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第十一話 美浜奈保子 大字粗戸/水鏡 第三日/〇時〇四分四十四秒

「――お前らみたいなのがいる限り、俺は、何度でも現れる!」

 

 

 

 比沙子さんが真の実を奉げ、神様が完全復活した。これで村の呪いが解けると思ったら、突然、神様が宇理炎の炎に包まれた。なんと、焔薙と宇理炎で武装した須田恭也君が、神様を攻撃しはじめたのだ!

 

 ……うん? 待てよ?

 

 あたしは美耶子ちゃんの方を見た。そのそばには、恭也君がいる。

 

 視線を戻す。焔薙と宇理炎を持った恭也君がいる。

 

 ――恭也君が、二人!?

 

 なんだこれは!? まったく意味が判らん!

 

 恭也君は宇理炎をしまうと、両手で焔薙を構え、神様の方へ向かって走った。その刃からは、青いオーラのようなものが立ち上っている。ヤバイ! 殺る気だ! ワケわからん状況だけど、とにかく阻止せねば!

 

「やめといた方がいいですよ?」安野さんがあっけらかんとした声で言う。「アイツが現れた時点で、もう何をやってもムダです。焔薙や宇理炎を持ってる相手と戦うのは、さすがのなぽりんさんでも危険すぎますし」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? アイツ、どう見ても神様を殺そうとしてるじゃん! 止めなきゃ!!」

 

 あたしは恭也君の前に立ちはだかった。

 

「――邪魔するな!」

 

 一気に間合いを詰めてきた恭也君が、刀を振るう。

 

 ――(はや)っ!

 

 上半身を逸らし、何とかかわしたものの、とてつもなく鋭い一閃だった。あたしはアクションの稽古で剣道や居合の師範に教わったことがあるけれど、彼等にも負けないほどの剣筋だ。とてもただの高校生とは思えない。

 

 恭也君はさらに刀を振るって来る。あたしは身を引きながらかわす。とても反撃できる隙が無い。

 

 そこへ、宮田先生が走って来た。恭也君へ向け、必殺のネイルハンマーを振り下ろす。その一撃も鋭い。そう、彼は幼い頃から宮田家の跡取りとして格闘術を教え込まれた戦闘マシンなのだ!

 

 しかし、そんな宮田先生の一撃も、恭也君に受け止められる。

 

 あたしはその隙を突き、身を沈めながら身体を回転させ、地を這うような後ろ回し蹴りで恭也君の足を払った。いわゆる水面蹴り。恭也君は尻餅をついて倒れる。そこに、宮田先生が馬乗りになり、ハンマーを振り上げた。

 

 ――ぐしゃり。

 

 と、嫌な音がして。

 

 恭也君の身体は、動かなくなった。

 

 宮田先生は立ち上がり、大きく息を吐いた。「すまないな。とても手加減できる状態じゃなかった」

 

「仕方ないです」あたしは宮田先生に言う。「相手は完全に殺る気でしたからね。こちらも本気になるしかないでしょう。それよりも――」

 

 水鏡を振り返るあたし。宇理炎の炎に燃やされた神様が地面に倒れている。お腹がわずかに上下していた。まだ生きている。さすがに神様だけあって、宇理炎の炎一発では死なないらしい。

 

 あたしは安野さんを見た。「ちょっと! 安野さん! これは一体どういうことなの!?」

 

 安野さんは、「後ろ後ろ」というような表情で、あたしの背後を指さす。あん? 後ろ? 一体何があるっていうんだ? 振り返ったら。

 

 恭也君が立ち上がり、こちらへ向かって走っていた。潰したはずの頭がある。復活した!? それにしたって早すぎだろ! 屍人だってこんなに早く復活しないぞ!? それに、恭也君は血の涙も流してなければ顔色もすこぶる健康的だ。屍人になったわけではない。なのに、なぜよみがえったんだ!? もう、意味が判らん!!

 

 あたしは再び身構えるが。

 

 恭也君は、凄まじい跳躍力であたしの頭上を飛び越えた。

 

 着地し、そのまま走る。

 

 あたしは追いかけるが、恭也君の方が速い。とても追いつけない。

 

 恭也君は、比沙子さんの頭上も飛び越えると。

 

 咆哮と共に、神様に刀を振り下ろした。

 

 その鋭い一閃が、神様の首を斬り落とす。

 

 神様の首が、地面に転がった。

 

「――いやああぁぁ!!」

 

 比沙子さんの悲痛な叫び声。その声と共に、比沙子さん黒髪から、急激に色が失われていく。

 

 神様の首を斬り落とした恭也君は、不敵な笑みと共に消えた。比喩ではない。本当に、煙のようにその場からいなくなってしまったのだ。

 

 比沙子さんが、フラフラと夢遊病者のような足取りで歩き。

 

「首を……届けなければ……」

 

 神様の首へ、手を伸ばす。

 

 だが、その目の前で、神様の首は、また炎に包まれた。

 

 今度は宇理炎の炎ではない。赤い、憎しみのような炎。

 

「――それ、拾っちゃダメです」

 

 安野さんが、神様の首に手のひらを向けていた。彼女が炎を放ったのだろうか。

 

 炎は燃え続け、やがて、神様の首を燃やし尽くした。

 

 安野さんが水鏡の上に立ち、みんなを見た。「みなさん、一旦落ち着きましょう。大丈夫です。これは、想定の範囲内です」

 

「想定の範囲内ってどういうこと!? あんた、こうなることを知ってたの!?」あたしは叫ぶ。

 

「まあ、なるだろうな~、と、思ってただけです。確信があったわけじゃありません。なので、言いませんでした。驚かせてしまったのなら、謝ります」

 

「謝って済む問題じゃないでしょ! てか、あれはなんなの!? 何で恭也君は、神様をぶっ殺して行ったのよ!?」

 

「ですから、落ち着いてください。あれは、恭也君であって恭也君ではありません。通りすがりの異界ジェノサイダー・SDKです」

 

「異界ジェノサイダー?」

 

「そうです。それについて説明するには、まずあたしの正体を明かす必要があるんですが……」

 

「あんたの正体?」

 

「はい。実はですね。あたしは、この世界の安野依子ではありません。未来の世界からやって来た、いわば、タイムトラベラーなんです!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……それで?」

 

「……リアクションが薄いですね」

 

「まあ、今までのあんたの行動から、なんとなくそうだろうなとは思ってたから」

 

「そうだったとしても、女優さんなんですから驚くお芝居くらいしてください。サプライズの仕掛け甲斐が無いですから」

 

「ええー? あなた、未来からやってきたのー? 全然気づかなかったー(棒読み)」

 

「そんな演技力じゃ、アクション女優としてのブレイクは遠いですねぇ。いいですか? アクション女優というのは、ただアクションができれば良いというものではありません。女優と名がつく以上、演技力や話題性も伴わないと――」

 

「そんなことはどうでもいいから、早く説明しろ」

 

「はい。えーっとですね。あたしが元いた世界では、この時間、美耶子ちゃんは神様に奉げられ、神様がよみがえってしまったんです。でも、美耶子ちゃんは恭也君と血を分け合っており、花嫁としては不完全な状態でした。なので、神様は中途半端な姿でよみがえってしまったんです。さらに、神様に拒否された美耶子ちゃんは、常世に招かれることも無く、歴代の娘さん同様、肉体は滅びて魂のみが生き続ける状態になってしまいました。そして、恭也君に憑りついちゃったんです」

 

「恭也君に憑りついた?」

 

「はい。恭也君に憑りついた美耶子ちゃんは、神様や、村や、屍人さんたちを、全部消して、と、恭也君にささやきかけました。それを真に受けた恭也君は、比沙子さんが自らを実として奉げ蘇らせた神様を、宇理炎で焼き、焔薙で首を斬り落としちゃったんです。さらに、異界中を回って屍人さんたちを虐殺して行きました。それだけじゃ飽き足らず、異界を飛び出し、別の次元に行って、そこでも屍人さんを大量虐殺したのです」

 

「別の次元?」

 

「ええ。実は、異界はこの羽生蛇村だけじゃなく、日本中のいたるところに――ひょっとしたら世界中のいたるところにも――存在してるんです。有名なのが××県の離島・夜見島でしょうか。ここでも、多くの屍人さんが虐殺されました。彼は、そういった異界を渡り歩き、屍人さんを虐殺しまくってるんです。これが、異界ジェノサイダー・SDKです。あたしの推測では、彼は比沙子さん以上に呪われてます」

 

「比沙子さん以上に呪われてる?」

 

「はい。比沙子さんは、一三〇〇年前に神様を食べたがゆえに、不死者となり、永遠に贖罪し続ける罰を与えられました。神様からかりそめの命を奪っただけの比沙子さんでさえ、これほど悪質な呪いを受けたんです。神様を完全に殺してしまったSDKは、もっとずっと悪質な呪いを受けていると考えるのが自然です。おそらく彼は、永遠に異界を渡り歩き、永遠に屍人を殺し続ける呪いを受けているのではないかと」

 

「それは、なんともかわいそうだね」

 

「そうなんですけど、あたしは、もうアイツに同情するのはやめました。なんせ、アイツのおかげで、あたしもヒドイ目に遭ってますから」

 

「と、言うと?」

 

「実はあたし、この村の呪いを解こうとしたのは、これが初めてではありません。もう、何度も挑戦しているんです。何度も今回と同じことを繰り返して、神様を完全復活させようとしました。でも、うまく行きそうになると、必ずアイツが現れて、首を斬り落としていくんです。失敗するたびに時間をさかのぼり、何度も何度も何度も試したんですが、何度も何度も何度もアイツが邪魔をするんです」

 

「恭也君と美耶子ちゃんに個人的な恨みがあるって言ってたのは、それね?」

 

「その通りです。もう、何度繰り返しても、絶対に失敗する。では、なぜ失敗するのか? あたしは考えました。考えて考えて考えて、それで、あたしが得た結論がですね」

 

「はい」

 

「誰が何をしようと、この村の呪いは、絶対に解けないんです」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……はい?」

 

「誰が何をしようと、この村の呪いは、絶対に解けないんです。実を奉げても、比沙子さんを罰しても、神様を殺しても、神様をよみがえらせても、真の実を奉げて贖罪しても、全てムダなんです。この村の呪いは、絶対確実完璧に解けないようになっているんですよ」

 

「……じゃあ、ダメじゃん」

 

「そうです。ダメなんです」

 

「じゃあ、なんで呪いを解くなんて言ったの」

 

「はい? あたし、呪いを解くなんて言ってないですよ?」

 

「いや、村を救うって言ったでしょ」

 

「はい。村を救うとは言いました」

 

「じゃあ、呪いを解かなきゃいけないんじゃない?」

 

「いえ、呪いは解けません。あたし、恐らく今なぽりんさんが考えているよりもはるかにたくさん挑戦して、失敗してるんです。そういう結論にならざるを得ません」

 

「なら、どうやって村を救うの?」

 

「はい。神様が死んだことで、今ごろ常世は半壊しています。その結果、これが使えるようになりました」

 

 安野さんは、足元の水鏡を指さした。そこには、直径一・五メートルほどの円盤のような石の台座が浮かんでいる。

 

「うつぼ船です。判りやすく言えば、タイムマシンですね。これに乗れば、時間をさかのぼることはもちろん、その気になれば次元だって越えられます。かつてあたしがいた世界では、比沙子さんはこのうつぼ船に乗り、神様の首を八月四日の朝六時にデリバリーしたんです」

 

「あの、うつぼぶねーさんってヤツ?」

 

「そうです。あれは、未来からやって来た比沙子さんなんですよ」

 

 そう言えば、今の白髪と化した比沙子さんは、あのうつぼぶねーさんそっくりだな。

 

「八月四日の朝六時の世界では、本来は美耶子ちゃんによって破壊された首が届いたことで、儀式を再開できるようになりました。でも、結局は失敗して、神様は恭也君に首を落とされます。比沙子さんはうつぼ船に乗って首を届ける。儀式が再開される……以下、永久ループです。いわゆるひとつの『虚母ろ主の輪(うろぼろすのわ)』ですね。これに飲み込まれたら最後、永久に抜け出せません。なので、首を拾って過去に届けるのは、比沙子さんにとっても、この村にとっても、最悪のバットエンドなんです」

 

「じゃあ、そのうつぼ船、どう使うの?」

 

「はい。届けるのは首じゃなくて、別の物です」

 

「別の物?」

 

「村の呪いを解くことはできません。でも、タイムマシンがあるから、呪いの原因を断つことはできます。この村が呪われたのは、一三〇〇年前の大飢饉によって、比沙子さんが神様を食べてしまったからです。だったら、村が呪われないようにするためには、比沙子さんが神様を食べなければいいんです」

 

 安野さんは比沙子さんを見た。

 

 比沙子さんは首を振った。「それは無理です。あのときの私のお腹には子供がいました。私は空から堕ちて来たのは神だと判っていたのに、生き残るために食べた。食べるしかなかったのです。私は、あのときの選択が間違っていたとは思いません。何度時間が戻ろうとも、私は、我が子のために、神の肉を食らうでしょう」

 

「もちろんです。その件について、比沙子さんを責めるつもりはありません。生きるためには当然のことでしょう。だから、神様を食べなくても済むように、一三〇〇年前に食糧を届けるんです」

 

 食糧を届ける? それなら確かに、神様を食べる必要は無くなるな。

 

 しかし、比沙子さんの表情は暗いままだ。「……それも難しいでしょう。あのときの日照りは、五ヶ月近く続きました。私が神の身体に手を付けた後も、一ヶ月以上雨が降らなかったのです。すでに不死の呪いを受けていたため耐えることができましたが、呪いを受けなければ、耐えることはできなかったでしょう」

 

「はい。なので、一ヶ月生きるだけの食糧を、いえ、何なら、飢饉が始まる頃までさかのぼって、村人全員が生き残れるだけの食糧を届けるんです」

 

「しかし、それだと膨大な量の食糧が必要です。そんな食糧が、どこにあると言うのですか?」

 

「あるんですよ、それが」

 

 安野さんは、村人の方を振り返った。「ある意味で、村の呪いを上回る絶望の品……しかし、それこそが、この村の希望だったんです。これを作った人は村の歴史上最大の戦犯と陰口を叩かれていたんですが、それがまったくの逆で、その人こそ、この村の真の救世主だったんです」

 

 村の救世主……求導師様をも上回る、村を救うための救世主が、この中にいる……?

 

 ゴクリ、と、全員が息を飲み、安野さんの言葉を待つ。

 

 安野さんは、じっくりたっぷり間を取り、そして、ゆっくりと語った。

 

「この村の真の救世主、それは……前田隆信(たかのぶ)さんです!」

 

 ま……前田隆信さん――!?

 

 …………。

 

 ……って、誰だよそれ。

 

 

 

(終了条件D26A:羽生蛇村の呪いは絶対に解けないことを証明する 達成(エピソードクリア)

 

 

 

 

 

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