生存者が皆、無事現世に戻って数日後。
現世では、比沙子さんの葬儀が行われることになった――。
刈割地区の
マナ字架をあしらった墓石が建てられ、その前に掘られた穴に棺が納められている。もちろん、棺の中に比沙子さんはいない。なので、比沙子さんがいつもかぶっていた求導女のベールが納められている。求導師様が異界で拾って、ずっと持ち歩いていたらしい。
墓石の横では、求導師様が壇上に上がり、集まった村人に向け、今回の事件のあらましが説明されている。今回の事件――いや、今回だけではない。二十七年前の事件や、そのさらに前の事件……羽生蛇村一三〇〇年の間に起こっていたことの詳細だ。それはつまり、比沙子さんの人生そのものの説明でもある。そして、それらの出来事にどういう意味があったのか。比沙子さんは我々に何を残したのか――比沙子さんの人生を熱く語る求導師様。その言葉が、村人の胸に染みこんでいく。村人は皆、比沙子さんの人生を想い、涙を流していた。
求導師様のお話が終わると、比沙子さんの棺にみんなで一本一本花を添え、祈りを奉げていく。あたしも花を添えた。
比沙子さんの墓碑には、彼女の最期の言葉が刻み込まれている。
『ありがとう。そして、どうか幸せな人生を』
それは、比沙子さんからあたしたちへ送られた言葉であり、同時に、あたしたちから比沙子さんへ送る言葉だ。
あたしは、比沙子さんが旅立った先での幸せを祈った。
花を添えたあたしは広場から離れた。比沙子さんとの別れを惜しむ人の列は絶えることなく続いている。小さな村とはいえ一二〇〇人ほどの人が暮らしており、その村人がほとんど集まっているのだ。それだけ比沙子さんが慕われていたということだ。しかもこの葬儀は、同時に異界でも行われている。裏の求導師様となった宮田先生が取り仕切っていることだろう。
広場から少し離れた場所で、安野さんが一人でぼーっと立ってたので、あたしは声をかけた。
「安野さん、ここにいたんだ」
「ああ、なぽりんさん」あたしに気付いた安野さんは、ぺこりと頭を下げた。「今回の件では、大変お世話になりました。すべてうまく行ったのは、なぽりんさんのおかげです。本当に、ありがとうございました」
「どうしたのよ? 改まって」あたしはくすりと笑う。「お礼を言うのはあたしの方よ。あなたのおかげで、無事現世に戻れたわ。おかげで、大きなオーディションも受けられるし」
あたしはケータイを取り出し、安野さんにそう言った。
異界から現世に戻ってすぐ、ケータイにマネージャーからのメールが入っていることに気が付いた。香港でとあるアクションスターが新作映画を撮影するらしく、ヒロイン役を探しており、そのオーディションを受けてみないか、というのだ。そのアクションスターというのが、かつてはハリウッドでも活躍していた世界的アクションスターで、なんと、彼から直々にオーディションを受けてみないかと誘いが来たそうなのだ。どうやら、以前あたしが出演したVシネマ『ヒットマン女豹』を見て、あたしのアクションを評価したらしい。世界的アクションスターから直々にオーディションの誘いを受けるなんて、とんでもなく光栄なことである。もちろん、出演のオファーではなくオーディションだから、まだ共演が決まったわけではない。世界的アクションスターの新作映画だけあって、世界中から希望者が殺到するだろう。そんな中で受かるのは奇跡に等しいけれど、せっかくの大チャンスだ。これまでのあたしの全てを賭けてチャレンジしてみるつもりだ。こんな大きなチャンスをゲットできたのも、全て安野さんのおかげだ。安野さんがいなかったら、恐らくあたしは異界で野垂れ死んでいただろう。本当は関係者以外にこんな話をするのはご法度だけど、安野さんは特別だ。
「そうだ。安野さん、せっかくだから、メルアド交換しようよ?」あたしはケータイを開いた。
「え? あたしとですか? 別にいいですけど」安野さんはポーチからケータイを取り出した。「でも、いいんですか? 芸能人が、一般人とメルアド交換なんかして」
「なに言ってるの。別に構わないわよ。あたしだって、芸能人以外のお友達は沢山いるし」
あたしたちはお互いのメルアドを交換した。
あたしはパチンとケータイを閉じた。「さて、あたしはそろそろ東京に戻るけど、安野さんはどうするの? 安野さんも東京だよね? 良かったら、途中まで一緒にどう?」
「いえ、せっかくですが、あたしは行くところがあるので」
「行くところ? どこに行くの?」
と、あたしが首を傾けたとき。
突然地面が光ったと思うと、空に向かって柱のように伸び始めた。それはどこか、海龍が天に昇って行く姿を思わせる。
これは、
――などと警戒していたら、光の中から現れたのは。
「……おお! なぽりんではないですか! お久しぶりです」
安野さんの恩師・竹内多聞先生ことTMNさんだった。お久しぶり? TMNさんは今回の事件ではいまいち影が薄かったけれど、大体一緒に行動していた。今日の葬儀だって顔を合わせている。なのに、お久しぶりとはどういうことだろう?
「ああ、失礼。混乱させてしまいましたね」TMNさんはすまなさそうな顔で笑う。「私は、この次元のTMNではないんですよ。異なる次元からやって来たTMNです。もちろん、どのTMNも、なぽりんを愛する心に変わりはありませんが」
…………。
……あ、そうか。
この世界には多くの次元があり、安野さんは、少し未来の次元から村を救うためにやって来た安野さんだった。TMNさんはそれを迎えに来たのだろう。
安野さんがTMNさんを睨んだ。「先生。今、なぽりんさんとお別れの挨拶をしてるんです。愛を語るのはまた今度にして、ちょっとあっちに行っててくれませんか」
安野さんにぐいっと押され、TMNさんはしぶしぶ向こうへ行った。
「……と、まあ、そういうことですね」安野さんが振り返って笑う。「この次元でのあたしの役目は終わりました。なので、もう去らないといけません」
「そっか……それは、寂しいわね。でもまあ、仕方ないわね。未来に帰っても、元気でね」
あたしはなるべく明るい声で言う。安野さんとの別れに、涙はふさわしくない。笑顔で送り出してあげよう。
と、思ったのだが。
「いえ。あたし、未来に帰るわけではありません。どちらかと言えば、過去にさかのぼります」
安野さんの言葉に、あたしは目をぱちぱちさせる。「え? 過去に? なんでまた?」
「この次元の羽生蛇村は一応のハッピーエンドとなりましたが、別の次元では、まだどうあがいても絶望な状態にあります。そこに行って、また同じように村を救います」
「そうなんだ。安野さんも大変だね」
「はい」
「で、それが終わったら、未来に帰るの?」
「いえ。それが終わったら、また別の次元の村を救いに行きます」
「…………」
「…………」
「……それが終わったら?」
「またまた別の次元に行って、その村を救います」
「……それが終わったら?」
「またまたまた別の次元に行って、その村を救います」
「…………」
「…………」
「……それって、いつ終わるの?」
「さあ? むしろ、こっちが訊きたいくらいです。これ、いつ終わるんでしょうか?」
「知らないわよ。てか、何でそんなことになってるの?」
「仕方ないんですよ」安野さんは大きくため息をついた。「あたしが元いた次元で、『神様が恭也君に首を落とされ、その首を比沙子さんが拾い、うつぼ船に乗って過去に届けた』、っていう話は、少し前にしたと思います」
「儀式が行われ、首が無くて失敗して、首が届いて儀式が再開され、首を落とされ、その首を過去に届けて儀式が再開され……以下、永久ループ、ってやつね」
「はい。いわゆる『虚母ろ主の輪』です。これに飲み込まれたが最後、永久に同じことを繰り返すことになります。つまり、今でも次元のどこかで比沙子さんが過去に首を届けているので、その次元では、新たな絶望がリアルタイムで誕生してるんですよ。なので、その次元をひとつひとつ訪ね歩いて、それぞれを解決していかなきゃいけないんです」
「でもさ、比沙子さんが首を届けて、あなたがそれを救って、でも、また比沙子さんが首を届けて、またあなたがそれを救って……それじゃ、永久に終わらないんじゃない? それって、あなたも虚母ろ主の輪に飲み込まれているんじゃないの?」
「そうかもしれません。まあ、仕方ないです。実は、あたしも神様の肉を食べたんです」
「え!? 神様の肉を、食べた!?」
「そうです。あたしが元いた世界――恭也君が神様の首を落として、比沙子さんが永遠に首を届ける世界で、あたしと先生は、体内に美耶子ちゃんの血が入ってしまったので、異界から脱出できなくなってしまいました。で、現世に戻る方法を探るうちに、神様の肉を食べるという方法に行きついたんです。神様の肉を食べれば、比沙子さんと同じく神様と同体。異界も現世も、自由に行き来できますから」
「あなたが手のひらから炎を発したり、比沙子さんにしか見えないはずの神代家の娘の魂が見えたのは、それが理由なのね。でも、それだと……」
「はい。あたしも先生も、比沙子さん同様、呪われています。なので、永遠に終わることのない贖罪を繰り返すしかないんです。まあ、神様に花嫁を奉げる儀式をしてもムダだというのは判っていたので、次元を超えて村を救うことにしたんです」
「それが、安野さんの贖罪――」
「はい。もっとも、あたしはこれを贖罪だとは思っていません。あくまでも、修行の一環だと思っています」
「修行?」
「そうです。いつかあたしが、村に呪いをかけた神様よりも上位の者――村にこんな悪質な呪いをかけた張本人に会ったら、そいつを倒すだけの力を得るための修業です」
神よりも上位の者――そんな存在がいるのだろうか? しかし、神が死んでもこの村の呪いが解けていないことを考えると、呪いをかけたのは神ではないと考えるのは自然かもしれない。
「――安野」TMNさんが呼んだ。「そろそろ行くぞ」
「はいはーい。いま行きまーす」安野さんは手を上げて応えると、笑顔であたしを見た。「では、なぽりんさん。今回は、本当にお世話になりました。もう会うことはないと思いますが、この次元にはこの次元のあたしがいますので、お会いすることがあればよろしくお伝えください。まあ、向こうはなぽりんさんのことは知らないと思いますけどね。では――」
安野さんはスキップしながらTMNさんのところへ向かうと、振り返り、もう一度満面の笑みで手を振って、そして、光の中へ消えた。
どうあがいても絶望な状況だろうに、安野さんはどこまでも笑顔だった。
(終了条件FFFF:羽生蛇村を65535回救う