SIREN(サイレン)/小説/終章   作:ドラ麦茶

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第十五話 美浜奈保子 都内/イベント会場 後年/十二時〇〇分〇〇秒

 神が死に、八尾比沙子と安野依子が旅立って、数年後――。

 

 

 

 

 

 

「――プレゼントはこちらでお預かりしまーす。握手はお一人八秒とさせていただいておりますので、時間厳守でお願いしまーす」

 

 

 

 会場内に誘導スタッフの声が響く。ステージ上のあたしの前には、ファンの方の長い列ができでいる。その列はステージの上だけでなく、ステージの下まで続き、客席の間を蛇のようにクネクネと曲がってさらに続いていた。

 

 ここは都内のイベントホール。久しぶりの握手会だ。座席数が千席を超える広いホール内は、集まってくれたファンの方の声に満ちている。握手を終えた人の喜びの声、これから握手をする人の期待の声、そこに、スタッフの声も混ざり合う。この、ざわざわとした空気。懐かしい感じだ。あたしがアイドルグループを卒業して以来だから、十一年ぶりになる。いや、握手会自体は、アイドル卒業後も何度か行ったことはある。しかし、すっかり落ちぶれてからの握手会だから、地方の小さなショッピングモールや遊技場などでの営業が主で、しかもほとんど人が集まることはなかった。

 

 今日は、香港映画デビューしたあたしの凱旋帰国トークショー&握手会である。そう。あたしは見事、世界的アクションスターと共演を果たしたのである!

 

 もっとも。

 

 残念ながら、ヒロインのオーディションには落選してしまった。ヒロインは、あたしよりも若く、美人で、アクションも超上手い金髪美女が務めた。アジア系の女性ではなく欧米系の美女というのが監督たちのイメージに合ったらしい。

 

 しかし、落選はしたものの、そのオーディションでそれなりに評価されたあたしは、主人公と戦う悪の組織の女幹部役を頂くことができた。あたしがアクション女優を目指すきっかけとなった『ヒットマン女豹』と同じようなキャスティングだけど、日本のマイナーなVシネマと世界的アクションスターが主演の映画では、話は全然違う。映画は、アジア圏はもちろん世界中で上映され、あたしのアクションと演技(と恐らく美貌)は、各国で高く評価された。また、落ちぶれた元アイドルが海外でアクション一本で勝負するとあって、映画の撮影には日本の密着型ドキュメンタリー番組が同行。映画の上映と合わせて放送され、これが大反響。あたしは一躍時の人となったのだ。

 

 今日のイベントには千人を超える人が集まってくれた。全盛期のアイドル時代を上回る人数だ。いや、むしろ今があたしの全盛期と言えるのかもしれない。明日以降も、各地でトークショーや握手会が予定され、他にもテレビ出演や雑誌の取材などでスケジュールはいっぱいだ。映画やドラマの出演オファーなども続々と入っている。本当にありがたい限りだ。あたしは、集まってくれたファンの方一人一人としっかり握手を交わしながら、短いながらも心のこもったお話をしていった。

 

 

 

 

 

 

「――それでは、以上で美浜奈保子トークショー&握手会を終了させていただきます。皆さま、もう一度、盛大な拍手をお贈りください」

 

 休憩をはさみ約六時間に及んだトークショー&握手会が終わった。会場は割れんばかりの拍手に包まれる。あたしは笑顔で手を振り、ステージ裏に下がった。

 

「美浜さん、お疲れ様でした」

 

 ステージ裏でマネージャーが迎えてくれる。オーディションを受けた頃は、事務所の他の不人気タレント大勢との掛け持ちだったマネージャーも、今ではあたし専属のマネージャーが就いてくれている。

 

「この後は、十八時から事務所で打ち合わせになってます」と、マネージャーが次のスケジュールを教えてくれる。

 

「十八時か。すぐに行かなきゃ間に合わないわね。わかった。ありがとう」

 

 あたしは会場スタッフへの挨拶を素早く済ませると、衣装を変える間もなく会場を後にする。ホント、アイドル時代並の忙しさだ。

 

 会場の裏口から外に出て車に乗ろうとしたとき。

 

「――ですから、うちは出待ち禁止なんです。帰ってください」

 

 警備員さんの声がした。ファンの人が出待ちしていたようである。

 

 出待ちとは、今回のようなイベント会場やテレビ局の出入口で、目的のタレントが出て来るのを待つ行為である。そういうのを認めている場所もあるけど、近隣への迷惑行為が多いため、最近はほとんどの場所で禁止されている。それでも、こっそりと出待ちをするファンの人は少なくない。こういう場合の対応は難しい。せっかく待っていてくれたのだからちょっとくらい、という気持ちも無いわけではないが、対応するのは厳禁である。ルールを護らない人が得をすることなどあってはならないのだ。だからと言って冷たくあしらうのも気が引ける。ここは、気付かないふりをしてささっと車に乗り込み、去った方が無難だろう。あたしは、腕時計を見ながらいかにも急いでますよ感を出し、小走りで車へ向かった。

 

 ――と。

 

「仕方ないじゃないですか、抽選に外れて会場に入れなかったんですから。プレゼントを渡すくらい、大目に見てくださいよ。これを渡さないと、あたし、先生に単位貰えないかもしれないんですよ?」

 

 どこかで聞いたような声に、思わず立ち止まってしまう。

 

 声がした方を見ると。

 

 肩まで伸びた髪を頭の上でお団子にした髪型、ボーダーのシャツの上にロングカーデガン、ジーンズのパンツ、運動靴、そして、トレードマークとも言える黒縁の眼鏡をかけた女の人が、警備員さんと押し問答になっていた。

 

「安野さん!?」

 

 思わず声を上げるあたし。

 

 警備員さんが振り返る。「あ、えっと、美浜さんのお知り合いの方ですか?」

 

「あ、はい。そうです。すみません。ちょっとだけ、いいですか?」

 

「うーん、まあ、お知り合いなら仕方ないですが、でも、原則出待ちは禁止なんで、手短にお願いしますよ」

 

 警備員さんは、しぶしぶという表情で守衛室に戻った。

 

「安野さん、なんでここにいるの?」と、あたしは声をかけたが。

 

「……えっと、なぜ、あたしの名前を知っているのでしょう?」安野さんは戸惑った表情で答えた。「ひょっとして、うちの先生、あたしのことまで何か喋ってますか?」

 

 今度はあたしの方が戸惑ってしまう。「え? 安野さん、何を言って……」

 

「えーっと。とりあえず、ごあいさつさせていただきます。あたし、安野依子といいまして、大学生をやってます。いきなり失礼なことを言うようですが、あたしはただのアニオタで、正直なぽりんさんのことはあまり知らないんですけど、実は、私の大学の講師が、なぽりんさんの大ファンらしくて、『今回のイベントにはぜひ参加しなければ!』と鼻息が荒かったんですが、非常に重要な学会と重なってしまい、来られなかったんです。なので、あたしが代わりに、プレゼントとお手紙を届ける羽目になりました。断ったんですが、『行かないと単位をやらん』、などと言いはじめまして。まったく、困ったヤツですよ。と、いうワケですので、これ、どうぞ」

 

 あたしは安野さんから綺麗に包装されたプレゼントと『愛するなぽりんへ』と書かれたTMNさんの手紙を受け取った。

 

 …………。

 

 あ、そうか。

 

 あたしが知っている安野さんは、この次元の安野さんではなく、別の次元から来た安野さんだ。この次元にはこの次元の安野さんがいる。当然、あたしと面識はない。仕方がないと言えば仕方ないけど、あれだけ仲良くなったのに、他人の関係に戻ってしまったのは、やっぱりさみしい。

 

 だから、あたしは。

 

「久しぶりね、安野さん」

 

 今までと同じように話しかけた。

 

「はい? えーっと、どこかで会ったことありましたっけ?」安野さんは困った顔になる。

 

「あたしは安野さんと何度も会ってますけど、安野さんがあたしと会ったことがないと言うのなら、たぶん、今日初めて会うんだと思います」

 

「…………」

 

「…………」

 

「え?」

 

「え?」

 

「なぽりんさんは、あたしと会ったことがあるんですか?」

 

「はい」

 

「でも、今日初めて会うんですか?」

 

「はい」

 

「……ちょっとなに言ってるかわからないです」

 

「だから、あたし的には何度も安野さんと会ってるんですが、安野さん的には、今日初めて会うということですよ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「え?」

 

「え?」

 

「なぽりんさん的には、あたしに何度も会っている」

 

「はい」

 

「でも、あたし的には、今日初めて会う」

 

「はい」

 

「だいぶ矛盾してますが、大丈夫ですか?」

 

「安野さん的には矛盾してますけど、あたし的には矛盾してないです」

 

 その後も何度もかみ合わないやり取りをし、安野さんを十分困らせるあたし。

 

「……そうですか。全然判りませんけど、判りました。とりあえずプレゼントはお渡ししましたので、これで失礼させていただきます。いえ、お見送りは結構。では」

 

 安野さんは逃げるように去って行った。

 

 あたしは安野さんの背中を見つめる。残念ながら、彼女はあたしの知る安野さんではない。でも、会えて良かった。あたしは小さくため息をつくと、マネージャーが待つ車へ戻ろうとした。

 

 プルプル、と、ケータイが振動した。メールが届いたようだ。ケータイを開き、メールボックスを見ると。

 

 

 

《from:安野依子

 

 世界デビューおめでとう!!

 

 映画観たよ! とーってもかっこよかった!!

 

 次は主演映画を観たいな! ガンバレ!!》

 

 

 

 安野さんからのメールだった。

 

 あたしと安野さんは、以前、メールアドレスを交換した。しかし、それはあくまで、別の次元の安野さんだ。もちろんこの次元の安野さんもケータイくらい持ってるだろうから、アドレスは同じだろう。でも、向こうからあたしにメールが届くはずはない。この次元の安野さんは、あたしのアドレスを知らないのだから。

 

 はっとして振り返ると。

 

 ケータイを持った安野さんが、ペロッと舌を出した。

 

 そして、角を曲がる。

 

 あたしはTMNさんのプレゼントを投げ捨てんばかりに走って後を追ったけど、角を曲がった先に、もう、安野さんの姿は無かった。

 

「美浜さーん。そろそろ出ないと、次のお仕事に遅れちゃいます」

 

 車からマネージャーが呼ぶ声。

 

 あたしはしばらく安野さんが消えた場所を見つめ、立ち尽くしていたが。

 

「……バカ」

 

 戻ってTMNさんのプレゼントを拾い、車に乗り込んだ。

 

 

 

(終了条件0001:安野依子と再会する 達成(エピソードクリア)

 

 

 

 

 

 

 次の仕事場に向かう車の中で、あたしはケータイを見る。安野さんに返信を打とうとして気が付いた。画面に表示されていたのはさっきの三行だけだったが、下にスクロールできるようになっていた。続きがあるようだ。あたしはメールをスクロールさせた。

 

 

 

 

 

 

《追伸・みんなの近況を書いておきますね。

 

 

 

 この次元の安野依子は大学院に進み、竹内先生と一緒に研究を続けています。先生が発表する学説は相変わらず荒唐無稽で、学会ではかなり浮いた存在ですが、それでもそれなりに楽しくやってますので、安心してください。

 

 

 

 求導師様は村で求導師を続けています。前のような頼りなさは、もう全然感じられないですね。村では相変わらず眞魚教が信仰されています。一三〇〇年前に比沙子さんが生き延びることができたのはやはり神様のおかげですし、その結果いまも村が存在していることは事実なので、これまで通り神様を讃え、感謝し、崇めていくことになったようです。ただ、以前のような閉鎖的な雰囲気は無くなりつつありますね。前は眞魚教の信者でなければ仲間外れにされたりしましたが、最近は他の宗教への理解が深まっています。特に、蛭ノ塚にある蛭子神社へ参拝する人が多くなったようです。なんと、求導師様自ら蛭子神社への参拝を推奨し、自身も積極的に足を運んでいるそうです。これはとんでもない変化ですよ? 恐らく村の歴史に残る宗教改革になると思います。これからどうなるのか、楽しみですね。

 

 

 

 宮田先生は、異界で求導師兼医者として暮らしています。もっとも、屍人さんはケガをしても自然治癒するので、医者としての出番はないんですけどね。美奈さんと結婚し、二人の子供にも恵まれ、みんなで仲良く暮らしています。とても幸せそうでしたよ。もうすぐ三人目・四人目も生まれるそうです。また双子に恵まれるなんて、なんだかスゴイですね。

 

 

 

 理沙さんは現世に戻った後、村で働いてお金を貯め、もう一度大学に通い始めたそうです。呪い影響で強烈な帰郷心があるんですけど、強い意志があれば呪いにも逆らうことができるので、なんとか頑張ってるみたいです。あまり無理はしないよう言っておきましたけど、まあ、今回は大丈夫でしょう。きっと、夢を叶えられると思います。

 

 

 

 美耶子ちゃんは、知子ちゃんと一緒に村のふもとの高校に通ってます。友達もたくさんできたみたいですね。一方で、村を彷徨っている神代の娘の魂を救う活動も続けています。一部村人からは『求導女様』と呼ばれてるそうです。本人は嫌がってますが、ご存知の通りツンデレなので、本心はまんざらでもなさそうですね。

 

 

 

 恭也君は異界から戻った後、医者を目指すため、予定通り羽生蛇村に引っ越しました。御両親を説得するのはワリと大変だったみたいですけどね。宮田先生のお母さん・涼子さんの指導もあってか、高校卒業後、無事医大へ進学できたみたいです。

 

 

 

 春海ちゃんは村の中学校に通ってます。以前と違い、笑顔が絶えない子になりました。夢は教師だそうです。ガンバってほしいですね。

 

 

 

 高遠先生は諸事情により異界に残ってましたが、一年後、無事現世に戻って来ました。異界で何をしていたのかは話してくれませんでしたけどね。まあ、だいたい察しはつきましたけど。現世に戻った後は、春海ちゃんへの病的なまでの執着心は無くなりました。子離れならぬ春海ちゃん離れできてよかったです。いまも小学校で教師を続けてます。優しい玲子先生として、相変わらず子供たちから慕われてましたよ。

 

 

 

 名越校長は異界の小学校で校長先生を続けています。屍人さんの子供は成長が早く、約三年で大人になるんですよ。でも、そこで成長は止まるようです。どういう仕組みなんでしょうかね? 今度機会があったら研究してみます。

 

 

 

 志村晃さんは、異界で息子の晃一さんと一緒に暮らしていましたが、残念ながら一年前に亡くなったそうです。七十二歳ですから、ちょっと早い気もします。やはり、異界の空気はご老体には厳しかったのかもしれません。もちろん屍人さんとしてよみがえり、その後も普通に暮らしてますけどね。

 

 

 

 先代の美耶子さんは今も異界にいます。相変わらずミイラみたいな姿をしてますけど、三十年も続けているので、なんかもう慣れちゃったみたいですね。車いすで移動できますし、思念を飛ばして他の人と会話できますし、簡単な幻視も行えるので、あんまり不自由は無いみたいです。

 

 

 

 亜矢子ちゃんと淳さんは、現世に戻った後、予定通り淳さんが婿入りし、神代家の当主となりました。二人とも以前のようなトゲトゲしさ無くなり、神代家はこれまでと違い親しみやすくなったそうです。現在は村の観光事業に力を入れているみたいですね。

 

 

 

 知子ちゃんは美耶子ちゃんと一緒にふもとの高校に通ってます。バレー部はやめて、現在はテニス部に所属してるみたいです。どうやら憧れの先輩がいるらしくて、それが目当てらしいですね。動機は不純ですけど、結構いい成績残してるみたいですよ。先輩ともイイ感じらしいです。アオハルかよ。

 

 

 

 前田夫妻は家族仲良く暮らしています。隆信さんは村人から『真の求導師』と呼ばれ、かなりバズってましたね。この人気に便乗して羽生蛇蕎麦の缶詰を追加発注して一山当てようとしたんですが、やっぱり売れなかったようです。ちなみに今回の缶詰は三隅錫を使用したものではないので、賞味期限は三年だそうです。もうすぐ賞味期限切れなので大ピンチだ、って嘆いてました。なぽりんさん、良かったらCMキャラになって、助けてあげてください。

 

 

 

 ……と、そんなところです。なぽりんさんの近況も、皆さんに報告しておきました。ま、世界的スターですから、あたしが報告するまでもなく、みんな知ってましたけどね。

 

 

 

 それでは、追伸の方が長くなっちゃいましたが、またどこかでお会いしましょう!!

 

 

 

 

安野依子》

 

 

 

 

 

 

 ……そっか。みんな、がんばってるんだな。よかったよかった。

 

 あたしは、安野さんのメールに対し、《ありがとう》と、文字を打つ。

 

 …………。

 

 しかし、送信ボタンは押さず、そのままケータイを閉じた。

 

 よっしゃ! 次の仕事、頑張るぞ!! 気合を入れるあたし。アクション女優として一応成功はしたけど、あたしの夢はこれで終わりじゃない。目指すは主演女優。あたしが主人公の作品を、ぜひ世に残したい。

 

 そう。

 

 あたしの夢は、まだまだ始まったばかりなのだ。

 

 

 

 

 

 

 こうして。

 

 

 

 あたしたちは、次の人生へと進み、歩み始めた――。

 

 

 

(終了条件----:ループから抜け出し、次の人生へ進む 達成(エピソードクリア)

 

 

 

 

 

 

(SIREN(サイレン)/小説/終章 終わり)

 

 

 

 

 

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