初めて会うのに何度も会っているかのように話しかけてくる奇妙な女・安野依子さんと、ボケているのか正気なのかイマイチ不明な老人・志村晃さんの二人と一緒に山を下りることにしたあたし。不思議なことに、あたし一人のときは十時間以上も迷っていたというのに、先導する安野さんについて行くと、三十分ほどで別の場所に出た。いまにも崩れ落ちそうな古いビルや小屋、いくつもの洞窟、そして、各洞窟や建物を繋ぐようにトロッコのレールが敷かれている場所だ。安野さんの説明によると、『
あたしは『ダークネスJAPAN』の撮影時には、事前にネット等でロケ地の下調べをするようにしており、この羽生蛇村についても数日にわたって調べていた。『三隅鉱山』は、かつては
などと思って鉱山内を歩いていると、とんでもないことが起こった。どす黒い顔をして血の涙を流すゾンビみたいな化物が、ハンマーやシャベル、ヒドイヤツは猟銃を使って、次々と襲いかかってきたのだ。安野さんが言うには、彼らは『
三時間ほどで、比良境地区の宮田医院にたどり着いた。あたしが事前に調べた情報では、宮田医院は羽生蛇村唯一の病院で、四階建ての小洒落たビルであるはずだけど、目の前にある宮田医院は二階建て、しかも、小洒落たどころか今にも崩れ落ちそうな廃墟同然の建物だった。まあ、廃墟マニアとか廃墟萌えする人は少なからずいるから、こういう建物を小洒落たという場合もあるかもしれないけど、普通に考えればこれは別の建物である。安野さんいわく、ここも二十七年前の宮田医院らしい。相変わらず何を言っているのかは判らないが、ここまで化け物と戦い続けてかなり疲れていたので、とりあえずそれ以上は聞かずに中で休むことにした。
正面玄関から中に入ると待合室だった。いくつもの椅子が並び、奥に受け付けカウンターがある。カウンターの横にはさらに奥へと続く廊下があり、診察室と思われるドアや階段が見えた。あたしは適当な椅子にどさりと腰を下ろした。ああ、やっと一息つける。
「……で、安野さん」
「はい」
「一息ついたところで、説明をして頂けるでしょうか?」
「なにから説明しましょう?」
「ここが二十七年前の羽生蛇村というのはどういうことなのかと、あの屍人とかいう化物についてと、目を閉じると見える幻覚についてです」
「判りました。でもその前に、先客がいますので、挨拶しておきましょう」
「先客?」
あたしが首をかしげると、がちゃり、と、診察室のドアが開いた。屍人か? 思わず身構えるあたし。志村さんも銃を構えた。
「安心してください。屍人さんではないです」安野さんが、あたしたちと、そして相手にも聞こえるように言った。
診察室から現れたのは白衣を着た若い男だった。右手には、片面が釘抜きになったカナヅチ、いわゆるネイルハンマーを持っている。目から血の涙は流しておらず、顔色も良い。確かに屍人ではなさそうだ。
「……宮田の若造か」そう言って、志村さんは銃を下ろした。
「これは志村さん。御無事で何よりです」宮田と呼ばれた男もネイルハンマーを下ろした。どうやらこの病院の医者らしい。
医者先生はあたしと安野さんを見た。「こちらの方は?」
「お久しぶりです、宮田先生。その節は、お世話になりました」安野さんが頭を下げた。知り合いのような振る舞いだが、コイツのお久しぶりはアテにならない。
思った通り、医者先生は怪訝そうな表情になる。「……どこかで会ったことがあるかな?」
「はい。あたしが蛇ノ首谷で瀕死の重傷を負った時、わざわざ病院まで運んで治療してくれました。あれ以来、風邪ひとつひくことのない超健康体になってしまい、だいぶ困ってます。まあ、死ぬよりはマシですけど」
「失礼。何を言っているのか判らないのだが」
「でしょうね。気にしないでください。改めまして。あたし、東京で大学生をしている安野依子と申します」
安野さんは、あたしに手のひらを向けた。「こちらは、テレビ番組の撮影でたまたま村に訪れ、怪異に巻き込まれた美浜奈保子さん」
続いて安野さんは、あたしの方を見て医者先生に手のひらを向ける。「なぽりんさん。こちらはこの病院の院長・
奥に隠れてる? まだ誰かいるのかな? 見ると、診察室から女の人がひょっこりと顔を出した。
「……先生、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫なのは大丈夫だが……理沙さんは、彼女と知り合いかな?」
理沙さんと呼ばれた人は安野さんをじっと見た後、首を横に振った。「いえ、初めて会うと思います。でも、なんであたしがデザイナーの勉強をしてたこと、知ってるんですか?」
「まあ、いろいろと調べましたから」安野さんはごまかすように言った。「ところで、
「お姉ちゃんのことも知ってるんですか?」
「ええ。十一時前に、一度ここに来たでしょ?」
「はい。窓の外にいたような気がするんですけど、ちょっと目を離した隙に、いなくなってしまって」
「お二人に会いに来たんですけど、大事な用があるので、すぐに帰ったんだと思います」
そう言った後、安野さんは腕時計を見た。「この時間なら、
「本当ですか!?」
「はい。でも、海送り中なので、会うことはできませんけど」
「海送り?」と、宮田先生が首をかしげた。「美奈さんが、なぜ海送りの儀式を?」
海送り――村に来る前にインターネットで調べた情報にそんなのがあったように思う。確か、旧暦の大晦日、黒装束に身を包んだ人が集まり、日付が変わる直前に海に見立てた眞魚川に身を沈め、一年の穢れを祓うという、村に古くから伝わる儀式のひとつだ。
「美奈さんがやっているのはイベント的なヤツではなく、本物の海送りです」安野さんは、相変わらず要領を得ないことを言う。「十八時前には海還りで岸に上がってきますので、宮田先生、会いに行ってみてはいかがです?」
海還りというのは、日付が変わって穢れを祓い終えた村人が岸に上がる行為である。穢れを祓い終えた人たちは常世の恩恵を受けたとされ、村人からもてなしを受けるのだ。
海送り・海還りともに、村で行われている冬の恒例行事だ。今は真夏なので、儀式を行う時期ではない。
宮田先生と理沙さんは顔を見合わる。はっきり言って安野さんの言うことは訳が判らないのだが、お姉さんが一人でいるとなると、放っておくわけにはいかないだろう。
宮田先生が安野さんを見た。「本当に、美奈がいるんだな?」
「はい、います」
「判った。行ってみよう」
「先生――」と、理沙さんが言った。「あたしも一緒に行きます」
先生は首を振った。「いや、危険だから、理沙さんはここにいた方がいい」
「そうですね」と、安野さんも同意する。「この病院は、二十二時くらいまでは安全ですので、ここに残っていた方がいいです。宮田先生も、一人の方が行動しやすいでしょうから」
「でも……」
宮田先生は理沙さんの肩に手を置いた。「大丈夫。美奈さんは、必ず私が助ける」
理沙さんは迷っていたが、やがて頷いた。
宮田先生は志村さんを見た。「志村さん。申し訳ないが、理沙さんを頼みます」
志村さんは無言で頷いた。
「あ、先生。ちょっと待ってください」
出て行こうとする宮田先生を、安野さんが止める。「あたしも武器が欲しいので、そのネイルハンマー、借りてもいいですか?」
「これを?」
「はい。ここは安全なんですけど、まあ、念のために。代わりに、もっといい物を差し上げます」
そう言って安野さんはウエストポーチをごそごそし、なんと拳銃を取り出した。
「……そんなもの、どこで手に入れたんだ?」勘ぐるような表情の宮田先生。
「三隅鉱山の小屋の中で拾いました。弾も沢山あります」
そう言えば安野さん、鉱山から南へ向かう途中、ボロ小屋に立ち寄ったっけな。何をしてたのかと思ったら、あんなものを調達してたのか。っていうか、なんで鉱山に拳銃があるんだよ。
「あたしたちより先生の方が有効に使えるでしょうし、ね?」
どことなく訳知り顔で言う安野さん。なぜ病院の先生が拳銃を有効に使えるのだろう? よく判らないが、宮田先生は小さく苦笑いし、ネイルハンマーと拳銃を交換した。
「ありがとうございます。誰の物か判らなくなると困るので、名前を書いておきましょう」
そう言うと、安野さんはポーチからマジックペンを取り出し、ネイルハンマーの柄の部分に『宮田司郎』と書き込んだ。
「勝手に名前を書くな。それは道端で拾った物だ。私が借りパクする人間だと思われるだろ」怒る宮田先生。
「ま、いいじゃないですか。ところで、ついでと言ってはなんなんですが、蛭ノ塚に行った際に、お願いしたいことがいくつかあるんですけど」
「なんだ?」
「うちの大学の講師がその辺をうろうろしてると思いますので、見かけたら、『安野依子が病院で待ってる』と伝えてください。これが写真です」
安野さんは、ウエストポーチの中から写真を取り出し、宮田先生に渡した。「
その名前を聞いて、志村さんが、一瞬はっとした表情になった。
しかし、特に何も言わなかった。
「それと、もうひとつ」安野さんが続ける「
「知子ちゃんが? 判った。行ってみよう」
「なる早でお願いします。手遅れになると『お母さん開けて!』ってなって苦情が殺到してCMが打ち切りになりますので」
「何を言ってるのか判らんが判った」
宮田先生は病院を出て行った。
「では、なぽりんさんの質問にお答えしましょう」宮田先生を見送った後、安野さんが言った。
「お願いします」
「ただし、あたし個人としてはこの説明はもう何度もしているので、今回は手抜きをさせてください」
「はい? 手抜き?」
「そうです」安野さんはまたまたポーチをごそごそし、今度は小型のテープレコーダーを取り出した。「これは以前、
「まあ、説明していただけるのなら何でもいいです」
「ご理解ありがとうございます。ではどうぞ」
安野さんはテープレコーダーの再生ボタンを押した。
《では、この世界について、ご説明させていただきます》
《よろしくお願いします》
《ただし、これからする話は、あくまでも、あたしが独自に調査し、提唱している説にすぎません。証明はされていませんので、真相とは異なる可能性もあります。要するに、まだ仮説の段階です。その点は、ご了承ください》
《判りました》
《まず、宮崎さんや元あたしがいた場所、生きている人間が暮らしている世界を、『現世』と言います》
《はい》
《そして、人間が死んだら行く場所――宗教によって呼び方は様々ですが、一般的に、天国や地獄やあの世と呼ばれている場所――を、羽生蛇村では、『常世』と、呼んでいます》
《はい》
《ただし、羽生蛇村の人は、死んだらすぐに常世に行けるわけではありません。死んだ後、常世に行くための準備をしなければいけないんです。その、準備をするための場所、それが、この『異界』です》
《死んだ後にあの世に行くための準備をするんですか? なんだか、めんどくさそうですね》
《そうなんですよ。こんなことになったのにも、深い理由がありまして》
《どんな理由でしょうか?》
《この地に神様が降臨したのは、今から一三〇〇年ほど昔の天武十二年なんですが、間の悪い事に、その年、村は過去経験したことがないほどの大飢饉に見舞われてまして、村人みんな、ものすごおぉぉく、お腹が空いていたんですよ》
《あらら》
《さらに不運なことが重なりました。この地に降臨した神様は、どことなーく、魚っぽいフォルムをしていたんです。どういうことになったか、ご想像がつくでしょう?》
《え? まさか、お腹を空かせた村人が、神様を食べちゃったんですか?》
《その通りです》
《それは、ずいぶんと罰当りなことをしましたね》
《そうなんです。でも、彼らのことを責めないでください。物に溢れた現代人には想像が難しいかもしれないですが、飢饉というのは、本当に苦しいのです。人は、死ぬ寸前までお腹が空くと、なんでも食べるんですよ。例えそれが、神様であっても。あたしに言わせれば、死ぬほどお腹が空いている人間の所へ魚っぽい格好してやって来る神様側にも問題があると思います》
《まあ、仰ることは判ります》
《しかし、いつの世も神様というのは身勝手なものです。下賤の身である人間に食べられたことで、プライドが大きく傷つけられたのでしょう。激怒した神様は、一人を残して村人全員をぶっ殺し、残った一人――女の人なんですが――に、永遠に死ねない呪いをかけたのです》
《永遠に死ねない呪い……それは、不老不死ってことですか?》
《そうです。人によっては嬉しくて小躍りしたくなる特殊能力ですが、それも、初めのうちだけでしょう。周りの人間が年老いて死んでいくのに、自分だけ死ねないのは、寂しいものです。人生は目標があるからこそ輝ける。しかし、何百年もの間、生きる目標を持ち続けることは、人間には難しいでしょう。目標も無く生き続けてしまうのは、想像以上に苦しいことだと思います》
《まあ、そうかもしれませんね》
《はい。で、その、不死の呪いを受けた女の人なんですけど、この呪いの恐ろしい所は、呪いは本人だけでなく、その子供、孫、さらにその子供、さらにさらにその先の子孫にまで、及んでしまったということです》
《え? 待ってください。神様を食べた時、その女の人以外の村人は、全員死んじゃったんですよね?》
《そうです》
《と、いうことは、今、羽生蛇村に住んでいる人はその女の人の子孫で、全員、不死の呪いを受けているということですか?》
《長い年月の間に村の外から来た人もいますから一概にそうとも言えませんが、まあ、ほとんどが女の子孫と言っていいでしょう》
《村人全員が不死なんて、それはまた、とんでもなく悪質な呪いですね》
《そうです。でも、さすがに神様も、それはやりすぎたと思ったのでしょう。神の身体を食べた女と、その直系の子孫以外の村人には、常世に行くチャンスを与えたんです。それが、屍人システムです》
《屍人システム?》
《はい。羽生蛇村の人が死ぬと――実際には不死ですので、現世を去るとでも言いましょうか――この『異界』に連れて来られます。この異界では、六時間おきに神様がサイレンを鳴らしています。そのサイレンを聞いた人は、無性に、南にある赤い海に飛び込んで泳ぎたくなるんです》
《はあ、赤い海、ですか》
《そうです。この異界にある水は全て神様の血が混じっていて、それで赤い色をしてるんです。で、その赤い水を体内に一定量取り入れると、人は屍人さんになります。赤い海に入りたくなるのは、神様の血を体内に取り入れるためです。この、赤い海に入ることを『海送り』と言います。羽生蛇村の言い伝えによると、常世へ向かうために現世の穢れを払う行為とされています。この、穢れをはらう行為は、一回で終わることはまず無いです。ほとんどの場合、まだ常世に来る資格なしとされ、追い返されます。これを、『海還り』と呼びます》
《なんとなく判ってきました。その、『海送り』と『海還り』を繰り返して、村人は現世の穢れを祓い、常世へ旅立つことができるんですね?》
《そういうことです。ちょっと話は逸れましたが、要するにこの『異界』は、『現世』を去った村人が、『常世』へ行くための準備をする場所なんです》
《ナルホド。判りました。……え? ちょっと待ってください。じゃあ、あたしがこの異界にいるということは、あたしは死んじゃったってことですか?》
《いえ、そうではありません。ときどき、生きたまま異界に来てしまうケースがあるんです》
《そうなんですか》
《その代表的な例が、儀式の失敗です。羽生蛇村では、数十年に一度の割合で、神様に花嫁を捧げる儀式を行っているんですが、その儀式に失敗すると、神様は大激怒して、村ごと異界に取りこんじゃうんです》
安野さんは停止ボタンを押した。「――以上です。簡単に説明し直すと、ここは『現世』と『あの世』の境目にある『異界』という世界で、屍人は不死の呪いを受けた村人があの世へ行くための準備段階の姿、というわけです。あと、テープ内では、目を閉じると見える幻覚についての説明がありませんので捕捉させていただきますと、これは『幻視』という特殊能力で、他者の視界と聴力をジャックすることができます」
安野さんの説明に、言葉を失うあたし。正直、どう受け止めていいのか判らない。にわかには信じられない話だが、実際屍人や幻視の能力を目の当たりにしているので、信じない訳にはいかない。
「……え、ちょっと待ってください」
そう言ったのは、一緒に話を聞いてきた理沙さんだ。「安野さん、さっき、お姉ちゃんは海送りをしている、って言いましたよね? それって、お姉ちゃんは、もう死んだってことですか……?」
「残念ながら、そういうことになります」
「そんな……どうしてお姉ちゃんが……」
「なぜ死んだのかは、あたしの口からは言えません。でも、美奈さんを救う方法は考えてあります」
「本当ですか?」
「はい。なので、とりあえず今は安心してください」
「判りました。信じます」
「ところで――」と、あたしは手を挙げた。「さっきの話にあった、一三〇〇年前に神様を食べて村が呪われる原因を作った女の人というのは、誰なんでしょうか? 不老不死になったってことは、今も生きてるってことですよね?」
「そういうことになります。まあ、その説明は後程。先に、志村さんの用事を済ませましょう」
そう言えば、この宮田医院には志村さんの息子さんがいるんだったな。確か、晃一さんとか。
「――では行きましょう」
安野さんは廊下の奥の階段へ進む。そのまま階段を使うのかと思いきや。
「ちょっと待ってくださいね」
と言って、トイレに入った。用でも足すのかと思ったら、用具入れからバケツを取り出し、水道から赤い水を汲んで出てきた。
「……そんなもの、どうするんですか」
「これから必要になるんです。さ、こっちです」
安野さんは階段を下りて行った。相変わらず、あの
地下には倉庫とボイラー室、そして、一番奥に霊安室があった。安野さんはまっすぐ奥へ向かい、霊安室へ入った。中には、ぽつんとひとつ棺桶が置かれてあった。板を組み合わせただけの地味なもので、蓋が五寸釘で打たれて閉じられていた。霊安室だから棺桶があっても不思議ではないけど、ここにあるからにはまだ葬儀は行われていないはずだ。なぜすでに閉じられているのだろう? まさか、あの中に志村さんの息子さんがいるのだろうか?
安野さんはバケツを置くと、さっき宮田先生に貸してもらったネイルハンマーを取り出し、釘を一本一本抜きはじめた。全ての釘を抜き終わり、蓋をはずす。中には、ビニールシートでぐるぐる巻きにされた遺体があった。なぜか、胸の部分に木の杭が打ちこまれている。
志村さんが棺桶のそばに立った。「……これが……晃一なのか……」
「はい」と言って、安野さんは話し始める。「二十七年前、晃一さんは神代家の秘祭を止めるべく、教会から御神体を盗み出し、神の花嫁である先代の神代
安野さんはそこで一旦話を区切り、遺体に打ちこまれた杭を持った。「引っこ抜きますので、手伝ってくれますか?」
安野さんと志村さんの二人が杭を持ち、力を合わせて引っこ抜いた。すると、遺体がびくんと大きく痙攣した。
「これは……!?」驚きの表情の志村さん。
「はい。赤い水の影響により、こんな状態でもまだ生きてます。まあ、せいぜい痙攣するくらいが関の山でしょうけど」
安野さんはポーチからカッターナイフを取り出すと、巻きつけてあるビニールシートを縦に切り裂き、広げた。安野さんを除く全員が息を飲む。中には、すでに骨と皮だけのミイラ状態になった遺体があった。ここまで何度となく動く死体と戦ってきたが、それでも、目を覆いたくなるような姿だ。
「こんな姿に……」志村さんは、じっと晃一さんの姿を見つめ、語りかけるように言う。「愚かな。だから、神代家と教会に関わるなと言ったのに。こんな最期を迎えて、お前は満足だったのか? 晃一……」
悔しさをにじませた声。息子がこんな姿になってしまった親の心境は、あたしなんかには想像もつかない。
その横で。
「はいはーい。ちょっと下がっててください」
安野さんが、赤い水を汲んだバケツを持ち出し、棺桶の中に流し入れた。
「ちょっとあんた、何してんの!?」
安野さんは棺桶に蓋をかぶせた。「このまま、三分待ちます」
三分待つ? 一体、何のつもりだろう?
安野さんは腕時計を見て時間を計りはじめた。訳が判らないが、そのまましばらく待つ。
そして、三分後
「――もういいですね」
安野さんは棺桶の蓋を取った。
中のミイラは、まるで乾燥わかめを水で戻したみたいに、ふっくら肉付きのいい若者の姿になっていた。ぱちっと目を開け、むくりと起きあがった。
「これは、一体……?」戸惑う志村さん。
「屍人さん化の兆候が出るほど赤い水を摂取してしまうと、もう死ぬことはできません。しかし、屍人さん化するにもギリギリ量が足りないので、結果、あんなミイラみたいな姿になって生き続けてしまうんです。なので、赤い水をたっぷり摂取させて、屍人さん化させたのです。屍人さんの持つ治癒能力はこの異界でも最強レベルなので、どんな状態でも数分あれば蘇ります」
そう言われると、よみがえった晃一さんは、肉付きは良いものの顔色はかなり悪い。血の涙こそ流してはいないが、目は真っ赤だ。
「屍人さん化しても、しばらくは人間の意識が残っています。お話することもできますので、何か話したいことがあるなら、今のうちにどうぞ」
安野さんに促され、志村さんは小さく笑った。「……晃一。久しぶりだな」
「親父……なのか……?」目を白黒させる晃一さん。「随分と老けたな……いったい、何があったんだ
志村さんは、晃一さんが家を飛び出してからのいきさつを話した。二十七年前、神代家の秘祭は失敗し、村が異界に飲み込まれたこと。そして、二〇〇三年の今日、再び秘祭は失敗し、志村さんも異界に飲み込まれたこと。
「そんな……また、村に災いが訪れたなんて……」晃一さんは、悔しそうな顔で唇を噛んでいたが、やがてはっとした表情で顔を上げた。「彼女は……美耶子は、どうなったんだ?」
志村さんは答えない。代わりに、安野さんが言う。「先代の美耶子さんなら、この病院の、別の場所にいます。会いたいですか?」
「もちろんだ。会わせてくれ」
「判りました。でも、覚悟しておいてくださいね」安野さんの表情が、ちょっと厳しくなった。
「覚悟? 何の覚悟だ」
「真実を受け止める覚悟です。――行きましょう」
安野さんは霊安室を出て行った。あたしたちは後を追う。
あたしたちは一階に上がると中庭に出た。中央に院長と思われる大きな石像がある。その前に立つ安野さん。何をするのかと見ていたら、「よいしょ」と、石像を押した。ものすごく重そうなものなのに、ズルズルとスライドしはじめる。石像の下には地下へ続く階段があった。
「宮田医院の秘密の地下室です。秘密の割には中庭のど真ん中にあって病室から丸見えなんですけど、気にせずどうぞ」
安野さんが階段を下りたので、あたしたちも続く。下りた先は、薄暗い廊下が続き、鉄格子のはまった狭い部屋がいくつも並んでいる。まるで牢獄のような場所だ。
「特殊病棟です」安野さんが説明する。「村では昔から『悪い事をすると特別な病院に閉じ込められる』と言われてますが、それがここです。志村さんの従兄弟の貴文さんも、ここに閉じ込められていたと思われます。現在は行方不明ですが、恐らく海送り海還りを繰り返して、とっくに常世に旅立ったはずです」
安野さんはそのまま奥へと進む。最も奥まった場所に両開きの鉄扉があった。扉を開ける。中は、いくつものベッドが並んだ広い部屋だ。壁も床も全てタイル張りになっており、いたるところに大量の血が飛び散っている。
「いわゆるひとつの拷問部屋です」安野さんはさらりとした口調で言う。「宮田医院は、代々、神代家や教会に逆らうものを捕えて閉じ込め、必要に応じて拷問したり、あるいは現世に現れた屍人を捕まえて生体実験したりと、そう言った、いわば村の暗部を担ってきた存在です」
志村さんも晃一さんも、表情に嫌悪感が現れてはいるものの、あまり驚いてはいないようだ。どうやらある程度は知っていたらしい。対して、理沙さんは大きなショックを受けたようで、顔が青ざめ今にも失神しそうだ。
「大丈夫ですか? 理沙さん」安野さんが心配そうに訊く。「辛いようなら、外で待ってても構いませんよ? 特に理沙さんは、この部屋には、いや~な記憶があるでしょうから」
「いえ……そんな記憶ないですけど」理沙さんは少しためらっていたが、やがて決意を込めるように大きく頷いた。「大丈夫です。これは、村にとってすごく重要なことなんですよね? だったら、最後まで見届けます」
「そうですか。では、話を続けます」
安野さんは部屋の奥へ進んだ。
部屋の奥には鉄製の椅子があり、そこに、骨と皮だけのミイラのような遺体が座っていた。目と口に布が巻きつけられ、首、腰、両足、左腕が、ベルトで固定されてある。唯一拘束されていない右手には、土偶のような人形が二体握られていた。どうやらこの椅子はただの椅子ではなく、拘束具のようだ。
晃一さんが息を飲んだ。「まさか……これが美耶子!?」
「そうです」安野さんが頷く。「二十七年前、晃一さんを拘束した先代美耶子さんは、その後も一人で病院に隠れていたんですが、結局、
澄子さん? 誰だろう? あたしはもちろん、理沙さんも誰だか判らない様子だ。しかし、晃一さんと志村さんは、誰のことか判っているようである。
「クソ!」と、晃一さんが悪態をついた。「それで、澄子は……あの女はどうしてるんだ?」
「いま、異界にいます」安野さんが答える。「この時間なら、行方不明になった知子ちゃんを探してる頃ですね」
「あの女、ぬけぬけとまた善人ぶっているのか……」
「あのー、話の途中に申し訳ないんだけど……」と、あたしは恐る恐る口を挟む。「さっきから話に出てくる澄子さんって、どちら様?」
「澄子は、この村が呪われた原因を作った張本人だ」晃一さんが吐き捨てるように言った。
呪われた原因? それってまさか……。
「ご想像の通りです」安野さんが頷いた。「一三〇〇年前、この地に降臨した神様の肉を食べ、永遠に生きる呪いをかけられた女の人、それが、澄子さんです。まあ、長く生きてますので、名前は何度も変わってますが」
「名を変え、姿を変え、あらゆる時代に存在し、村を陰から支配してるんだ」晃一さんは忌々しげな表情で唇をかんだ後、志村さんを見た。「親父、手を貸してくれ。あの女をなんとかしないと、村がまた危険にさらされる」
「……どうするつもりだ」
「この手で息の根を止めてやりたいところだが、それができないとなれば、とっ捕まえて地中深く埋めてやるさ」
物騒なことを言う晃一さん。
その、晃一さんの頬を、志村さんが、ぱあん、と、叩いた。
突然のことに目を白黒する晃一さん。「……何をする!」
「まだそんなことを言っているのか、晃一」志村さんは、怖い声で言う。「村を救う英雄にでもなったつもりか? お前は、自分が何をしたか判っているのか?」
「なんだと?」
「二十七年前、お前が御神体を盗み、神代の娘を連れ去った。そのおかげで神代の儀式は失敗し、村を災いが襲い、その結果、三十人以上の村人が犠牲になったんだぞ」
「な……あの災いは、俺のせいだって言うのか!?」
「いろいろ意見はあると思いますが、その点は、否定できない事実ですね」安野さんが口を挟む。「御神体が盗まれず、美耶子さんも逃げ出さなければ、儀式は滞りなく行われ、村に災いが訪れることはなかったはずです。今年の災いも同じです。今年儀式が失敗したのは、当代の美耶子ちゃんが、事前にご神体を壊しちゃったからです。確かに、この村が呪われる原因を作ったのは澄子さんです。でも、村に災いが訪れるのは澄子さんのせいではありません。儀式を邪魔する人がいるからです。むしろ、澄子さんは村の災いを回避しようとしてるんですよ」
「しかし……いくら村を災いから守るためとはいえ、一人の少女を犠牲にして良いわけはない!」
「では、一人の少女を守るために、多くの村人は犠牲にしても良いと?」
「それは……」
言葉を継げない晃一さん。難しい問題だ。正直、どちらが正しいとは言えない。ならば、せめて被害を少なくする方を選ぶのは、仕方がないように思う。だが、もしその一人が自分だったら、と考えると、晃一さんの言うことも理解できる。
「もうひとつ、重要なことがあります」安野さんが人差し指を立てた。「神代の娘は、不完全な不死だということです。身体は死にますが、精神は生き続けるのです。この先代の美耶子さんも、こんなミイラのような姿になっても生きているのです。しかも、神代の娘は屍人さんになることもできません。なので、さっきの晃一さんのように、赤い水を浴びせて蘇らせることは不可能なんです。やがて身体は完全に朽ち果てますが、精神は残り続けます。永遠の苦しみが続くわけです。でも、その苦しみから逃れる方法があるんです。そのひとつが、神の花嫁となること」
「……そんな」
「神の花嫁となれば、神代の娘はこの世から消えます。神に許され、常世に旅立つことができるんです。神に花嫁を捧げる儀式は、災いを回避すると同時に、神代の娘を救うことにもなるんです」
「でも……でも! だからと言って、十歳やそこらの少女を、生贄に奉げるような真似をしていいというのか!?」
「もちろん、それが正しい行為だとは言えません。神の花嫁になれば若くして死ぬ、しかし、花嫁にならなければ永遠に苦しむ。どちらが正しいか、ハッキリ言って、答えなんてないと思います。でも、これだけは言えます」
「……なんだ」
「澄子さんは、その答えの無い問題に一三〇〇年以上も苦悩し、それでも続けて来た……続けるしかなかったんです」
「――――」
晃一さんは言葉を失った。
一三〇〇年――それは、せいぜい数十年しか生きていない人間には想像もつかないほど、途方もなく長い時間だ。普通の人間には安易に踏み込むことができない領域かもしれない。
安野さんはさらに話す。「この村にかけられた呪いは極めて複雑です。呪いの原因を作ったのは間違いなく澄子さんですが、だからと言って、澄子さん一人を悪者にして罰を与えればすむ、というような簡単な問題ではないんです。実際、村の長い歴史の中で、澄子さんは何度も囚われ、拷問されたり地中に埋められたり監禁されたりしました。その度に、村でなんらかの災いが発生しています。澄子さんを処分しても、村が良い方向に向かうことは、絶対にありません」
晃一さんはガックリと膝をつき、首をうなだれた。かなり大きなショックを受けたようである。まあ、自分の軽率な行動のせいで多くの村人が犠牲になったと言われたんじゃ、落ち込むのも無理はない。
「……まあ、そう気を落とさないでください」安野さんが続ける。「別に、晃一さんが悪いわけではありません。儀式が失敗したのは御神体を盗んだり花嫁を逃がしたりしたのが原因ですが、そもそもそれを指示したのは、他でもない澄子さんなんですから」
晃一さんが顔を上げた。「そうだ。俺は、あの女に言われて、御神体を盗み、美耶子と一緒に逃げたんだ」
「え? ちょっと待って?」と、あたし。「その澄子さんって人、神に花嫁を捧げる儀式をやりたいんだよね?」
「そうです」安野さんが頷く。
「でも、儀式を邪魔するようなこともしてるの?」
「そうです」
「……何なのそれ? わけわかんないんだけど」
「仕方がありません。澄子さんは、長く生き過ぎたせいで、いろんな人格が生まれているんです」
「多重人格ってやつ?」
「そうですね。なので、儀式をやろうとする一方で、儀式を邪魔しようともする。恐らく、自分でも何をやろうとしているのか判らないんですよ。あるいは、そういった支離滅裂な行動を繰り返し、永遠に救われることのない状況こそが、澄子さんに掛けられた呪いだ、という見方もできます」
……なんかそれ、ずいぶん悪質な感じがする。そんな呪いをかけるなんて、この村の神様とやらも人が悪いな。
安野さんは晃一さんに視線を戻した。「晃一さん。あなたがやったことは方法としては間違っていましたが、何かしないといけないと思ったことは間違いではありません。今の状況を続けても、澄子さんも、村の人も、この村自体も、決して救われることはないんです。志村さんも、何もできないと決めつけて、逃げてはいけません」
「では、どうすればいい?」志村さんは言った。
「今、神代家と教会は、儀式を再開するため、逃亡した当代の美耶子ちゃんを探しています。すでに今回の儀式は失敗していますので、再開の必要はありません。それどころか、再開するとちょっとまずいことになるので、まずはこれを止めましょう。神代家と教会に事情を話し、儀式をやめるように説得します」
「連中が、わしの言うことに耳を傾けるとは思えんが」
「そうですね。なので、うってつけの人を用意しています。もう少ししたら来ると思いますので、待ちましょう」
うってつけの人? 誰が来るのだろう。そう言えばさっき、宮田先生に言伝を頼んでたな。安野さんの大学の講師だっけ? その人かな。
「さて、待ってる間に――」安野さんは、拘束されているミイラの隣に立った。「美耶子さーん? 話は聞いてましたよね? あたしたち、なんとか村を正しい方向に導きますので、もうちょっと待っててください」
ミイラに話しかける安野さん。そう言えば、あんな姿でも生きてるんだっけ。
「全部終わったら解放しますので、もう少し我慢してください。変な思念とか飛ばしたりしないでくださいね。話がややこしくなりますから」
思念? 何を言っているのだろう。相変わらず、あの娘の言うことはよく判らない。
「それから、その人形、あたしが預かってもいいですか? 他の人が間違って使うと、ちょっと危ないので。安心してください。ちゃんと、村を救うために使いますから」
安野さんの言葉に応えるように、ミイラが動いた。唯一拘束されていない右手を、ゆっくりと動かす。そして、その手に握られている二体の土人形を差し出した。
「ありがとうございます」
安野さんは人形を受け取った。
「……その人形、何なの?」あたしは訊いてみる。
「最重要アイテムです。これを誰に託すかで、エンディングが大きく変わります」
「エンディング?」
「はい。まあ、楽しみにしててください」
安野さんは含んだ笑みを浮かべ、人形をポーチにしまった。
「それと……」安野さんは晃一さんを見た。「申し訳ないですが、晃一さんとは、ここでいったんお別れです」
「なぜだ? 俺も、村を救うために協力させてくれ」
「残念ながらこれ以上は危険です。こうしている間にも、晃一さんの屍人化は進んでいます。人としての自我が失われると、生きている人間は襲われる可能性があります」
晃一さんは納得できない様子だったが、屍人化を止められない以上、納得してもらうしかない。志村さんにも説得され、しぶしぶ了承してもらった。
「それで、どうしますか?」と、安野さんが晃一さんに訊く。「外に出てもいいんですが、それだと他の生存者を襲ったり、逆に生存者に襲われたりしますし、海送りをするとさらに屍人化が進んじゃいます。なので、あたしとしては、この部屋で待っててもらうのがベストだと思うのですが、いかがでしょう?」
この部屋には美耶子さんがいる。晃一さんは安野さんの意見に従ってくれた。
「ありがとうございます。サイレンが鳴ったら海を見に行きたくなると思いますが、『この部屋にいたい!』という強い意志があれば誘惑に逆らうことができますので、頑張ってください。準備が整ったら迎えに来ます」
あたしたちは晃一さんと美耶子さんを残して部屋を出た。
「さて、そろそろ来ると思うんですが」
そう言った後、安野さんは精神集中するように目を閉じた。幻視の能力を使っているのだろう。しばらく周囲の様子を窺った後、「あ、来たみたいですね」と言って目を開けた。あたしも幻視をする。正面玄関から誰か入って来たようだ。拳銃を構え、慎重に進んでいる。
「うちの大学の講師で、竹内多聞と言います」と、安野さん。
その名を聞いて、志村さんが、「それは、竹内
「そうです」と安野さんが頷く。「御存じないなぽりんさんや理沙さんのために説明すると、竹内臣人さんは、二十七年前まで村に住んでいた郷土史家で、当時村では一目置かれた人でした。村や眞魚教の歴史について詳しく知っており、神様や澄子さんの正体についても、かなりの部分まで調べていたのではないかと思われる、非常に優秀な方です。その息子の多聞先生は、父親と違い、しょーもない学説を唱えては学会から白眼視されているキモいドルオタですが、まあ、それなりに名の知れた存在でもあります。彼に事情を話してみましょう。きっと、力になってくれます」
と、言うことなので、あたしたちは秘密の地下室を後にし、中庭から病棟へ戻った。待合室に行くと、ネクタイをはずしたラフなスーツ姿の中年男性がいた。あれが竹内さんだろう。
「お疲れ様です、先生」安野さんが声をかける。
「安野! 医者から、お前がここで待っていると聞いた時はまさかと思ったが、本当だったのか。なぜここにいる? 昨日、東京に帰ったんじゃなかったのか?」
「そうですね。
「……何を言ってるんだ?」
「いえ、こっちの話です。それより、先生に会わせたい人がいるんです」
「会わせたい人?」
「はい。先生にとって、すごく懐かしい人だと思いますよ?」
安野さんは、志村さんに手のひらを向けた。
竹内さんはしばらく不審そうな目を向けていたが、やがてはっとした表情になり。
…………。
なぜか、あたしのところに駆け寄ってきた。
「――お久しぶりです、なぽりん。まさか、このような場所であなたと再会するとは」
お久しぶり? 安野さんの連れだから同じようなことを言うのかな、と一瞬思ったけど、そういえばこの人、なんか見たことあるような? 誰だっけ?
安野さんが冷たい目で見ていた。「そっちじゃねーよ、こっちだハゲ」
「な……貴様! 講師に向かってなんだその口のきき方は! 私はハゲではない! 断じてハゲではないぞ!!」
「そうやってムキになって否定するから、いつまでも疑惑が消えないんですよ」
「ぐぬぬ……貴様、なぽりんの前で恥をかかせおって……東京に戻ったら、覚えていろよ」
「よく言いますよ。東京に戻るどころか、全部投げ出して家でママに甘えるクセに」
「なんの話だ。私はそんなマザコンではない」
「いいですから。先生に会わせたいのはなぽりんさんじゃなくて、こっちの方です」
安野さんは、改めて志村さんに手のひらを向けた。
だが、竹内さんは志村さんを見て、
安野さんは大袈裟にため息をつき、志村さんを見た。「志村さん。例の写真を見せてあげてください」
「例の写真?」
「竹内家と一緒に撮った写真、持ってますよね? それを見せれば、さすがに思い出すはずです」
志村さんは懐を探ると、古びた写真を取り出し、竹内さんに渡した。
竹内さんはしばらく写真を見つめ、やがてはっとした顔になる。「まさか……志村さんか!?」
「やっと思い出しましたか」安野さんは、改めてため息をついた。「そうです。先生が村にいた頃、家族ぐるみで親交があった志村晃さんです。今から重要な話をしますので、なぽりんさんのことはひとまず置いといて、ちゃんと聞いておいてください」
と、いうことで、安野さんと志村さんは、この異界のことや、一三〇〇年以上生きているという澄子さんのことについて話した。
「……まさか……とても信じられん」話を聞いた竹内さんは、驚きの顔で言う。「しかし、確かに今の話だと、私の調査結果や、父の自伝書の内容とも一致する」
「実際に澄子さんに会ってみれば判りますよ」と、安野さん。「先生が子供だった頃と、全く同じ若いままですから」
「……判った。貴様が言うだけなら信じなかったが、志村さんも同じことを言うなら、信じよう。それで、これからどうするのだ?」
「まずは協力者を増やします。もうすぐここに眞魚教の求導師・
「あの若造か……」志村さんが唸るように言った。「あの男は、あまりアテにならんぞ? 神代家や、あの女の言いなりだ」
「そうですね。牧野さんは、一見求導師の職務を立派に果たしているように見えて、実は育ての親である
ずいぶんな言われようだな。そんな人を、どうやって味方に引き込むのだろう?
「ま、見ててください。あのヘタレをやる気にさせる、とっておきの一言を用意していますので」
安野さんは自信満々の顔でそう言った。今だこの娘への不信感は拭えないが、不思議と、これまでの彼女の言動により正しい方向へ進んでいるような気もする。理由は判らないが、少なくとも今のあたしたちよりは現状を理解しているのは間違いない。ここは、信じてみるしかないだろう。
と、言うことで、あたしたちは牧野慶さんとやらを待つことにした。
(終了条件DEAD:志村晃と竹内多聞を再会させる