眞魚教の求導師・牧野慶さんに、村の呪いやその原因となった出来事、そして、一三〇〇年以上生き続けている女の存在について話した安野さん。村人を導く求導師という立場にありながら、小心者でいまいち責任感に欠ける牧野さんに対し、安野さんは、彼のやる気を引き出す必殺の一言を浴びせかけた。結果、求導師様はついに村を救う(と言うより八尾比沙子さんを救う)ために立ち上がったのだった。
しかし、人の性格とはそう簡単に変わるものではない。
村を救うためにはまず神に花嫁を奉げる儀式をやめる必要があり、そのためには村の有力者・神代家を説得する必要があるのだが、彼にそれが可能なのかと言えば、正直言って大いに疑問であった。やる気を出しても行動が伴わなければ意味が無い。そこで、村の有力者の一人であり、求導師様にとって双子の弟でもある宮田医院の院長・宮田司郎先生に協力を要請することにした。宮田医院は、表向きは村で唯一の病院で村人から頼りにされる存在であるが、裏では、神代家や教会に逆らう者を拉致監禁したり、現世に現れた屍人を捕獲・処分したり、必要に応じて拷問や人体実験ならぬ屍人体実験をしたりといった非合法行為を行う、いわば村のダークサイドを担っているそうだ。
「宮田さんは、私のことを疎ましく思ってるはずなんだ」
宮田先生の帰りを待つ間、求導師様は自分と宮田先生の関係について少しずつ語り始めた。「私たちは、元々は『吉村』という名字で、当時
「間違いなく後者ですよ」と、安野さんが言う。「より正確に言うならば、吉村一家は二十七年前の災害時、一度異界に飲み込まれています。しかし、現世では教会と病院の跡継ぎが必要だったため、いわゆる『因果律』によって現世に引き戻されました。その際、お二人を発見したのは、前求導師様の牧野怜治さんと、その妹で宮田医院の嫁・
求導師様は苦笑いを浮かべた。「君は本当に何でも知ってるんだな」
「長年の調査の結果です」
「君の言う通りだよ。私が教会、彼が病院というのは、偶然なんだ。なのに、立場ははっきりとした違いがある。教会は表の存在で、病院は裏の存在。ほんの些細なめぐりあわせで、二人の運命が決定づけられてしまったんだ。でも、私は見ての通り、人の上に立つような器には無い。それに対し、宮田さんは度胸も行動力もある。それでも立場は教会の方が上。彼にしてみれば、私なんて目障りな存在でしかないはずだよ。もし、二十七年前に私と彼が逆に引き取られていたら、うまく行ったかもしれないのに」
「それは無いでしょう」と、安野さんは言い切る。「お二人は一卵性双生児、元々ひとつの存在がふたつに分かれたものです。遺伝子レベルまで同じなのに、ここまで性格に違いが出てしまったのは、やはり、育ての親の教育方針の違いでしょう。求導師様の母親代わりである比沙子さんは、とにかく自分の思い通りに動いてくれる求導師を必要としていました。故に、こんなマザコン求導師ができあがってしまったワケです。対して、宮田先生の母親である涼子さんは、宮田家の跡取りを立派に育てなければならないという極度のプレッシャーから、かなり歪んだ愛情を注いで育てました。結果として、度胸も行動力もあるけど性格が少々危うい宮田先生ができあがったワケです。仮に兄弟が逆に引き取られていたとしても、育ての親が同じなら、結果は同じだと思いますよ?」
「……そうかもしれないね」
求導師様は自嘲気味に笑った。
「――さて」と、安野さんは話題を変えるように胸の前で手を打った。「ここであたし、ちょっと訳の判らない話をしますが、いいですか?」
あたしは求導師様と顔を見合わせた後、言った。「あんたの言うことはここまで八割くらい訳が判らないから、今さら断る必要もないと思うけど?」
「そうですか。では遠慮なく」
安野さんはコホンと咳ばらいをした後、話し始めた。「さっきは盛大にスルーされましたが、二十七年前、一度異界に取り込まれた吉村兄弟が現世に戻って来られたのは、『因果律』によるものです。この『因果律』というのは、村を支配するルールのようなものです」
「村を支配するルール?」
「はい。この村は、数十年に一度、神に花嫁を奉げる儀式を行わなければなりません。これは、神様がかけた呪いによって決められたことです。そして、儀式を行うためには絶対に『必要な物』がいくつかあるんです。求導師及び宮田医院の院長は、その『必要な物』に含まれているんですよ。しかし、二十七年前の儀式の失敗により、求導師・牧野怜治さんは代替わりを迫られ、宮田医院の跡取りである涼子さんの一人息子も亡くなりました。怜治さんに子供はいませんし、宮田医院の嫁である涼子さんはもう子供を産めない身体。お互い、後継者がいなかったのです。でも、求導師と宮田医院の院長はこの先も必要。そこで『因果律』によって後継者に選ばれたのが、吉村兄弟だったわけです」
安野さんの言う通り、この話はあたしには何のことだかよく判らない。しかし、隣の求導師様は、真剣な表情でうんうんと頷いている。さすがヘタレだが頭はいいだけのことはあり、話を理解しているようだ。
「ここで、ひとつ大きな疑問があります」
安野さんは人差し指を立てた後、ゆっくりと言った。「なぜ、吉村兄弟だったのでしょうか?」
なぜ吉村兄弟だったか? そう言われてもあたしにはよく判らないので、求導師様を見た。求導師様も首をかしげている。
安野さんは続ける。「後継者にふさわしい人なら、他にもいたと思うんですよ。親戚筋の人とか、希望者を募るとか。あるいは、怜治さんや宮田父が頑張って子づくりに励んでもいいわけです。宮田家の正妻である涼子さんには申し訳ないことを言いますが、後妻や愛人の息子でも後継者としては何ら問題ないワケです。なのに、選ばれたのは教会や病院には縁もゆかりもない吉村さん宅の双子の兄弟だった。これは、なぜでしょうか?」
「それは……たまたま私たちが
「そうかもしれません。お二人が選ばれたことに、別に深い意味は無いのかもしれない。でも、そこに大きな意味があったとしたら――」
と、言いかけて、安野さんは玄関の方を見た。「……おっと、宮田先生が戻られたようですね。閑話休題です」
閑話休題――無駄話は置いといて、という意味だ。つまり、いまの話はどうでもいいということか。
玄関を見ると、ギギッと音を立てながら扉が開いて、白衣の人物と上下赤ジャージの女の子が入って来た。宮田先生と、女の子の方は安野さんが救助を頼んだ知子ちゃんかな。
「お帰りなさいませ、ご主人様」安野さんがメイドみたいな言い方で迎える。確かに宮田先生はこの病院の主人になるんだろうが。
「先生、お帰りなさい」と、実はずっとそばにいた理沙さんも駆け寄って迎えた。「お姉ちゃんには、会えましたか?」
「ああ。会うには会えたんだが……」宮田先生は続きを言い淀んだ。まあ、あたしたちは安野さんからいろいろ聞いているから、大体のことは想像がつくんだけれども。
「先生、大丈夫です」理沙さんは決意のこもった目で言う。「お姉ちゃんがすでに屍人になっているという話は、安野さんから聞きました。もう、覚悟はできています」
「安心してください」と、安野さん。「なぜ美奈さんが屍人さんになったのか、までは、話していません。それは、宮田先生が話さなければならないことでしょうから」
宮田先生は苦笑いを浮かべると、話し始めた。「安野君だったか。君の言う通り、美奈は海送りをしていたよ。十八時頃、海の向こうからサイレンが鳴ると同時に、美奈が海から上がって来た。その姿に生前の面影はほとんどなく、顔のいたるところに海洋生物がくっついたような姿だった」
「頭脳屍人さんですね。宮田先生ならご存知だと思いますが、人型の屍人さんが進化した姿です」
「なんとか彼女を救いたかったのだが、問答無用とばかりに襲い掛かってきたので、仕方なく迎撃した。他にも多くの屍人がいたから、そのまま脱出するしかなかった」
「知子ちゃんもいますからね。賢明な判断だと思います。まあ、安心してください。屍人さんはすぐに復活しますし、美奈さんはいわゆる奇行種なので、宮田先生や理沙さんを執念深く追いかけ、それ以外には見向きもしないでしょう。二十二時半くらいに、またここにやって来ますよ」
「そうか。君がなぜそんなことまで知っているのかは気になるが、今はそれよりも――」
宮田先生は、視線を安野さんから求導師様に移した。「牧野さん。御無事で何より。
どことなく皮肉のこもった口調で言う宮田先生。どうやら、求導師様が知子ちゃんを見捨てて逃げて来たことが判っているようだ。
「宮田さんも、無事で良かった」そう言った後、求導師様は知子ちゃんを見る。「知子ちゃんも、無事で良かった。すまなかった。君を見捨てて逃げるようなことになってしまった」
「そんな! とんでもないです!」知子ちゃんは両手を振って否定する。「あたしの方こそ、求導師様の言うことを聞かないで勝手に行動してごめんなさい。あたしのせいで求導師様が怪我したりしなくて、ホントに良かったです」
おおっと。どうやら知子ちゃん、自分が見捨てられたことに気付いていないようだ。なんと純粋な娘だろう。
宮田先生は何か言いたそうな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。
「ところで、ここに、お父さんとお母さん、来てませんか?」知子ちゃんは待合室を見回した。知子ちゃんのお父さんとお母さん? それらしい人は来ていないな。
「お二人なら、今は教会にいます」安野さんが答えた。「教会と押し入れはこの異界で最も安全な場所なので、そこにいる限りは大丈夫です。知子ちゃんが『お願い開けて!』って言わない限り、外に出ることも無いでしょう。明日、合流する予定なので、安心してください」
「え……っと……あなたは?」
「知子ちゃん憧れの東京の女子大生・安野依子です。こちらは元スーパーアイドルで現おちぶれたタレントでゆくゆくは世界的アクション女優となるなぽりんさん」
「変な紹介すんな」と、あたし。
「知子ちゃん、疲れたでしょうから、奥で休んでてください。理沙さん、申し訳ないですが、知子ちゃんを見ててあげてくれますか? 東京がいかに恐ろしい場所か、ゆっくりじっくり教えてあげてください」
理沙さんは苦笑いをしながら、知子ちゃんと一緒に奥の部屋へ行った。
「――さて、本題に入りましょう」安野さんは宮田先生を見る。「宮田先生は、屍人さんについては詳しいでしょうが、この世界のことや、村の呪い、村の起源については、あまり詳しくはないでしょう。その辺のお話を、求導師様がしてくれます」
「牧野さんが?」驚きと不審感が混ざった顔で求導師様を見る宮田先生。
安野さんはさらに言う。「教会と病院、兄と弟、男と男として、積もる話もあるでしょう。どうぞ、恒例の診察室で、お二人だけでお話し下さい。あたしたちはここで待機してますから」
安野さんに言われるままに、二人は診察室へ向かう。
「おっと、忘れる所でした」安野さんはポーチをごそごそとし、ネイルハンマーを取り出した。「これ、お返しします。大変役にたちました。ありがとうございました」
そう言えば安野さん、あのハンマーを使って霊安室の棺桶の蓋を開けてたな。ひょっとして、そのために借りたのかな。
「代わりに、拳銃は返してください」安野さんは右手を出した。「今の求導師様と宮田先生なら、『さよなら、兄さん』とはならないと思いますが、念のため」
宮田先生はさらに不審そうな顔で安野さんを見たが、特に何も言わず、ネイルハンマーと拳銃を交換し、二人で診察室へ入った。
「いいの? 二人っきりにさせて」あたしは首を傾けた。
「はい。あの二人の関係はかなり複雑ですからね。第三者が口出ししない方が無難です」
そうなのか。とは言え、何を話しているのかは気になるな。
「安心してください。幻視をすれば、二人の会話は、ここからでも聞けます」
…………。
あ、そうか。
と、いうことで、あたしたちは二人の様子を幻視で見守ることにした
「――知子ちゃんを保護していただいて、本当に、ありがとうございました」
診察室に入った求導師様は、椅子に座りながらお礼を言った。「知子ちゃんと二人で逃げていたのですが、銃を持った屍人に襲われ、はぐれてしまいましてね。私の力では、どうしようもなかった」
「仕方がないですよ。牧野さんは、こういうことには慣れてないでしょうから」皮肉っぽい口調で言いながら、宮田先生も席に着く。「それで――この世界や、村の呪い・起源について話していただけるとか?」
「はい。実は――」
求導師様は、この異界や屍人のシステム、一三〇〇年前の出来事、そして、八尾比沙子さんの正体について、ゆっくりじっくり宮田先生に話した。
話を聞いた宮田先生。常にクールな彼も驚きを隠せない表情だ。「そんな……とても信じられないような話だ」
「判ります。私も、安野さんから聞いた時にはとても信じられなかった。ですが、これらは全て、真実だと思います」
「ええ、そうですね。突拍子もない話ですが、確かに辻褄は合っている。それで牧野さん。これから、どうするおつもりですか?」
「まずは、神に花嫁を奉げる儀式を中止します。現在、神代家当主代行の淳様が、逃亡中の美耶子様を探しているはずです。淳様は美耶子様を捕え次第、儀式を再開しようとするでしょう。これをやめさせるために、淳様を……神代家を説得したいのです」
「神代家を説得? そんなことができるのですか?」
「……難しいと思います。この村で神代は絶対的な存在。いかに教会と言えど、逆らうことはできません。ですから宮田さんの力をお借りしたいのです」
「私の?」
「はい。私と一緒に、神代家を説得していただけないでしょうか?」
協力をお願いされた宮田先生は、「ふうむ」と唸った後しばらく考えていたが、やがて。
「牧野さん。申し訳ありませんが、お力にはなれません」
淡々とした声で断る。
「な……なぜです……?」
断られると思っていなかったのだろうか、求導師様はうろたえた声で言った。
宮田先生は小さく苦笑いをすると、「私を買いかぶりすぎですよ」と言って、さらに続けた。「私には、神代家を説得する力なんて無いです。病院は、ただ神代の命令に従うだけの存在ですからね」
「それは、教会も同じです。だからこそ、お互い力を合わせて――」
「いえ、説得自体が無理だと言っているわけではありません。あくまでも『私には説得する力がない』というだけです。私がいなくとも、牧野さんだけで大丈夫ですよ」
「そんな……そんなことは、ありません」
「教会と病院は決定的に違います。牧野さんは多くの村人から慕われているが、私は村人から恐れられている。むしろ、疎まれていると言ってもいい。牧野さんに味方する村人は多いですが、私に味方してくれる村人は皆無でしょう。私の村での影響力なんて、そんなものですよ。むしろ、この村は私なんていない方がうまく行くかもしれない」
「いえ、決してそんなことは……」
「牧野さん。本当のことを言うと、私は昨日、村から
「村から……去る……?」
「ええ。ずっと前から思っていたんですよ。私は、この村に必要なのか? と。私は医者なのに、村人を苦しめ、怯えさせている。子供の頃は、父の跡を継いで医者になることが嬉しかった。宮田医院は村で唯一の病院、村の人が病気になったり、怪我をしたとき、治療をする。医者は、村人の健康を守り、生活を守る仕事です。そんな仕事ができることを――村人の役に立てることが、何よりも嬉しかった。でも、宮田医院の仕事はそれだけじゃなかった。病院で村人の治療をする一方で、裏では、村人を傷つけるようなことをしている。それが、たまらなく嫌だったんです。それでも、これも村のためと自分に言い聞かせ、これまで続けてしました。でも、もう限界だった。だから、神に花嫁を奉げる儀式が行われたら、村から去ろうと思っていたんですよ。美奈と一緒にね」
「美奈さんと……?」
「ええ。彼女は、宮田医院の表と裏に苦しむ私を理解してくれた。村から去る決意をした私とも、ずっとそばにいてくれると約束してくれたのです。だから二人で、村から去ろうとした」
「宮田さん、それはまさか、心中ということですか?」
牧野さんの言葉に、宮田先生は小さく頷いた。
心中――つまり宮田先生は、理沙さんの姉・美奈さんと恋人同士であり、宮田医院の裏の仕事に苦悩したあげく二人で死のうとしていたわけか。安野さんは美奈さんが屍人になった理由について口を閉ざし続けていたけど、そういうことだったんだな。
宮田先生は続ける。「――しかし、ちょっとした手違いがあり、美奈一人を先に逝かせてしまった。美奈は屍人となって村を彷徨い始めた。私は、化物になった彼女をどうにかして救わなければと思った。それが自分に与えられた最後の使命だと思ったんです」
感情の起伏も無く、淡々とした口調で話す宮田先生。恋人があんな化物になれば、なんとか助けたいと思うのは当然のことだろう。
しかし、屍人はすでに死んでしまった存在、元の姿に戻すことはできない。それは死者を生き返らせるようなもので、どんな優秀な医者にも不可能だ。だからと言って、完全に殺すこともできない。屍人の身体は完全に不死であり、どんなに痛めつけても、時間が経てばよみがえる。安野さんの話では、たとえ頭を潰そうが心臓を潰そうがバラバラにしようがミンチ肉にしようが溶鉱炉に親指を立てた姿で放り込もうが、肉片のひとかけらでもあれば蘇るそうだ。
つまり、医者の宮田司郎としても、拷問や暗殺術を心得た村のダークサイド宮田司郎としても、屍人になった美奈さんを救うことは不可能なのである。
「――でも、私が何かする必要はなかった」宮田先生は自嘲気味に笑う。「牧野さんの仰ることが本当なら、屍人は海送り・海還りを繰り返せば常世に行けるんですからね。ならば、私がこの村でやるべきことは、もう何もありません。私は、美奈のところに行かせてもらいますよ。彼女は、私が来るのを待っていますから」
そう言って、宮田先生は立ち上がった。
美奈さんを救うことはできない。美奈さんはもう、人には戻れない。死んだ人は、二度と戻って来ないのだから。
だが、人が屍人になるのは、極めて簡単だ。
美奈さんのところへ行く――それはつまり、自分も死んで屍人になるということだ。
宮田先生は、美奈さんのところへ向かうために、診察室から出ようとした。
だが、その手がドアノブに触れる前に。
「――そんなことはさせない!!」
求導師様の声が、診察室中に――いや、幻視無しでこの待合室まで聞こえるほどに――響いた。
宮田先生が振り返ると、求導師様は椅子をひっくり返さんばかりの勢いで立ち上がり、これまでの温厚な姿からは想像もできないほどの怒りに満ちた表情で見ていた。
そして、同じくこれまでの姿からは想像もできないほどの大声で、叫ぶ。
「宮田さん。やはり私とあなたは双子だ。あなたは私と同じ――自分の責務から逃げることばかり考えている!」
「私が……牧野さんと同じ……?」
「ええ。私も幼い頃は父を尊敬していた。求導師として村人から慕われる父のようになりたかった。でも、父は儀式の失敗を理由に、自ら命を絶った。まだ子供だった私は何も知らなかった。村人から慕われていると思っていた父は、実は儀式の失敗を理由に、村人から疎まれていたのです。父の死にざまを見て以来、私はずっと怯えていた。父のようになりたくなかった。儀式が来るのが……儀式に失敗するのが怖かった。父のようになるのが怖かった! 私も、何もかも捨てて逃げ出したかった!! でも、そんなことをしても何の解決にもならない! 自分だけ逃げても、残された人々は苦しみ続ける。自分自身も、逃げ出したことを後悔するだけだ! 宮田さん! あなたは、村人に尽くしたかったんでしょう? 今ここで村から去ったら、あなたは何一つ成し遂げていないことになる! あなたのここまでの人生が全て無駄だったことになる! そんなことは、絶対にさせない!!」
「…………」
宮田先生が黙り込んだのを見て、求導師様はふと我に返ったような顔になった。「あ……いえ……失礼しました。私などに、こんなことを言う資格は無いですよね」
宮田先生は、フフッと破顔して言う。「いえ、そんなことはないですよ。まあ、あなたがそんな熱く語ることに驚きはしましたがね」
「いや、お恥ずかしい」
求導師様はどこか照れくさそうな声で言い、椅子に座り直した。宮田先生も席に戻る。
求導師様はもう一度真面目な顔に戻り、続けた。「宮田さん。私たちはお互い、とても未熟な存在だ。それも当然かもしれない。私たちは双子――元々ひとつだったものが、ふたつに分かれてしまったのだから。それぞれの足りない所を、お互い補っていかなければいけないのかもしれません」
求導師様は、まっすぐに宮田先生を見つめ。
「私は、この村を……村人たちを救いたい。宮田さん。どうか未熟な私に、力を貸してください」
深く……深く、頭を下げた。
「――グッジョブ」
安野さんが言ったので、あたしは幻視をやめてそっちを見た。安野さんは隣で親指を立てていた。
「ん? どういう意味?」と、あたしは訊く。
「宮田先生は、同じ双子でありながら自分よりも上の立場である求導師様に、毎度毎度頭を下げていることに虚しさを感じていたんですよ。それが今、恐らく人生で初めて求導師様から頭を下げられ、お願いされたんです。この攻撃は効きますよ」
つまりこれは、宮田先生をやる気にさせるとっておきの一言ということか。
あたしは再び幻視する。
求導師様は、まだ頭を下げたままだ。
宮田先生は戸惑った様子で求導師様を見ていたが、やがて、「――頭を上げてください、牧野さん」と言った。
求導師様が頭を上げると、ここまでずっとしかめっ面か苦笑いの表情だった宮田先生の顔に、初めて、本当の笑顔が浮かんでいた。
「牧野さんにそこまでお願いされては、断るなんてできませんね。判りました。私でよろしければ、お力になりましょう」
「あ……ありがとうございます、宮田さん」求導師様は、もう一度頭を下げた。
「しかし、驚きましたよ。こう言っては失礼ですが、昨日までの牧野さんとはまるで別人だ。この一日で、一体何があったんですか?」
宮田先生の口調には、さっきまでのどこか皮肉めいた様子はもう感じられない。心が通じ合った――なんとなく、そう思う。
「いや、お恥ずかしい話ですが」と求導師様は頭を掻きながら言う。「あの安野さんという女性に教えられたんですよ。私がこの村でただ一人の求導師で、村を救わなければならない立場であることを」
牧野さんはその後、「……あ、いや……」と言って、しばらく黙って何かを考えていたが、やがて続けた。「宮田さんには、本当のことを言っておきます。実は、私は安野さんから『村を救ってください』とお願いされても、無理だと思ったんです。私にはそんな力は無い、と、諦めていました。でも、一三〇〇年前に起こった出来事を聞かされて――八尾さんが、一三〇〇年もの間苦しんでいると聞かされて、心が動いたんです。村ではなく八尾さんを救えと言われて、その気になったんですよ。こんなことを言うと、軽蔑されるかもしれませんが」
「いえ、そんなことはありませんよ。むしろ、いかにも牧野さんらしい理由で安心しました」
「本当に、申し訳ない」
「きっかけなんて、何だって構わないと思います。それに、私も八尾さんにはお世話になりましたからね。あの方が苦しんでいるのなら、ぜひ救わなければならない。それに、八尾さんを救うことが村を救うことに繋がるのは、恐らく間違いのないことでしょう」
「宮田さんにそう言ってもらえると、ありがたいです」
すると、今度は宮田さんがしばらく黙って何かを考えていたが、やがて言った。「では私も、牧野さんには、本当のことを言っておきます。牧野さんもすでにお気づきだと思いますが、私はあなたのことを疎ましく思っていました。元は双子の兄弟なのに、あなたが教会に引き取られ、私が病院に引き取られた――たったこれだけの理由で、なぜこんなに差がついてしまったのか、なぜ、牧野さんのような人が、村人から求導師として慕われ、敬われるのか、とね。私の方が求導師にふさわしいのに、と、身の程知らずなことを考えたりもしました。でも、あなたはようやく求導師の自覚に目覚めた。思えば私は、ずっとこの時が来るのを待っていたのかもしれません」
「宮田さん……」
「牧野さん。私はあなたが思うほどの力はありません。私もまだまだ未熟です。あなたの力が必要だ。お互い力を合わせ、村を救いましょう」
宮田さんは、求導師様に右手を差し出した。
「ええ、必ず」
求導師様は、宮田先生の手をガッチリと握り返した。
よし、これで必要条件達成だ――と思っていたら。
ビクン! と身体が震え、一瞬だけ、病院の入口から待合室を見る映像が見えた。これは、屍人に見つかった合図、つまり、病院の玄関に屍人が現れたのだ! しまった! 隙を突かれた!
(終了条件CAFE:牧野慶と宮田司郎を和解させる