SIREN(サイレン)/小説/終章   作:ドラ麦茶

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第五話 美浜奈保子 宮田医院/待合室 初日/二十時五十一分〇五秒

 眞魚教の求導師・牧野慶さんと、宮田医院の院長・宮田司郎さん――双子でありながら、運命のいたずらにより全く異なる環境で育った二人。自分たち課せられた責務に悩み、相手を恐れ、あるいは妬み、心がすれ違ったまま育った兄弟。しかし、お互い腹を割って話し合ったことで、長年のわだかまりは、ついに消滅した。

 

 二人が診察室で話し合う様子を幻視で覗き見していたあたしと安野さん。その様子に夢中になり、すっかり油断していた。ビクンと身体が震え、一瞬だけ、病院の玄関から待合室にいるあたしたちの姿が見える。それは屍人に見つかった合図だ。この病院に屍人がやってきたのだ! あたしは幻視をやめ、玄関の方を見た。

 

 ――え? 何?

 

 驚くあたし。中に入って来た屍人は、これまで見た屍人とは見た目が大きく異なっていた。犬のように四つん這いで走って来る屍人と、クモのように壁や天井を這って来る屍人、さらには、背中に生えた(はね)でハエのように宙を飛んでいる屍人もいる。どうやらさっき安野さんが言った進化型屍人のようだ。それが多数。マズイ。隙を突かれた上に数が多く、ハエ型の屍人にいたっては銃まで持っている。志村さんはいま奥の部屋にいてこちらに銃は無い。あたしは身構えるが、はたして素手で迎撃できるか? 無理でもやるしかない!

 

 ……と思っていたら、安野さんが、バッ!! と、手を上げ、あたしの動きを制した。

 

 そして。

 

「むわああいっとりえくだすうせあさすうりい! うおああとぅあきぎいいつぅあいぇへれべふぃぃじべれへはあうおああうぃくぃぬんあぁじぎひぃん!!」

 

 突然気が触れたかのか、意味不明なことを口走る安野さん。そんな復活の呪文みたいなことを言ってふざけている場合じゃない! と、思ったら。

 

 突然、屍人たちの動きがぴたりと止まった。

 

 そして。

 

「こぉごすうりぃううぅほごふぉぼをえれがとむだ?」

 

 奥のハエ型の屍人が、安野さんと同じような喋り方で応えた。

 

 それに対し、安野さんはさらに「やうぁうあおうたふぃぢぎたひじびわぱぁぱくいけぇむおんんうおにぎりちえぅるふぁもすひきれますいぇんばぁら、きじひぃんすたひぎふぃんふぎぇんはじゃっかゅをあぱがぁはんづす!!」と返す。

 

 その後も、安野さんと屍人はあうあうぎゃうぎゃうと何度もやり取りをする。それを黙って見ていたら、なんと、ハエ型屍人はその場を離れ、中に入って来た犬型屍人とクモ型屍人も、ぞろぞろと引き上げ始めたではないか。

 

 やがて屍人たちはみんな去り、待合室はあたしと安野さんだけになった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……安野さん」

 

「はい」

 

「今のは、何でしょうか?」

 

「アレは、犬屍人さんと蜘蛛屍人さんと羽根屍人さんです。いずれも、人型の屍人さん――半屍人さんと言いますが――が、海送り海還りをして、進化した姿です」

 

「いえ、屍人の呼び名ではありません。どうも今、安野さんと屍人が会話していたように見えたんですが」

 

「その通りです。今のは、屍人さんとカンバセーションしてたんです」

 

「…………」

 

「…………」

 

「屍人って、話ができるんですか?」

 

「はい。屍人さんは知能が低下していますが、独自の言葉を持ち、それでコミュニケーションを取っています。屍人さんの言葉は、いわゆる換字暗号のようなもので、例えば、『あ』なら『うおああ』、『い』なら『すぅりいぃ』、という風に言い替えるだけでいいんです。慣れればすぐに話せるようになりますので、教えましょうか? いまなら専用テキスト三十三冊に三十三分の授業付き、さらには、一日三分三十三秒聞き流すだけでOKなスピ○ドラーニングセットもお付けします」

 

「でも、お高いんでしょう?」

 

「そんなことはありません。専用テキストと授業料、ラーニングセットで、税抜三十三万三千円。ですが、ちょっと待ってください。今から三十三分以内にお申し込みの方に限り、なんと三百三十三円引きの特別価格でご提供させていただきます」

 

「三十三万三千円から三百三十三円引き? それで屍人とお話しできるようになるなんて、すごくお買い得じゃないですか!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「なぽりんさんも、なかなかノリが良くなってきましたね」

 

「そんなことはどうでもいいの。それより、屍人と何を話したの?」

 

「はい。私たちは敵ではないことを伝え、責任者と話がしたいと伝えました」

 

「責任者?」

 

「ええ。羽根屍人さんたちは、半屍人さんよりもさらに知能が低下し、頭脳屍人(ブレイン)さんと呼ばれる屍人さんに操られているんです。なので、責任者である頭脳屍人さんを連れて来るように言ったんです」

 

「で、その頭脳屍人を呼んで、どうするの?」

 

「休戦協定を結びます」

 

「休戦協定? 戦いをやめるってこと?」

 

「そうです。一三〇〇年続いた人間と屍人の争いに、終止符を打つんです」

 

「……ずいぶん壮大な話だけど、そんなことが可能なの? 人間にしてみれば、相手の方から襲って来るんだから、迎撃しないわけにはいかないと思うんだけど」

 

「大丈夫です。そもそも屍人さんがあたしたちを襲うのは、別に取って食おうとしているわけではありません。あれは、彼らなりの救済措置なんですよ」

 

「救済措置?」

 

「はい。我々生きている人間から見れば、屍人さんはどう見ても化け物ですが、屍人さん側から見れば、我々生きている人間が化物に見えるんです」

 

「まあ、そうなるわね」

 

「もし、自分の仲間が化物になったら、なんとかして助けたいと思うのが人情です。しかし、我々人間が屍人さんに対してできることはありません。屍人さんになった人を、生きている人間に戻すことは不可能だからです。それは、死んだ人をよみがえらせるようなものですからね」

 

「確かに」

 

「しかし、屍人さんの立場からすれば、生きている人間に対してできることがあります。それが、ぶっ殺すことです。人間は、死ねば屍人さんになるんですからね。つまり、屍人さんがあたしたちを襲うのは、化物であるあたしたちを助けようとしているんですよ」

 

「それはまた、随分ありがた迷惑な話ね」

 

「そうなんですよ。なので、その辺の事情を説明して、屍人さんに、生きている人間を襲わせないようにさせます。もちろん、この先あたしたちも屍人さんを倒すことはできなくなりますが」

 

「そんなことが可能なら、なぜもっと早くやらなかったの?」

 

「一人一人説得するのは時間がかかって面倒ですからね。頭脳屍人さんが現れるのを待ってたんですよ。頭脳屍人さんなら、一人説得するだけでその部下も従いますから、大幅に手間が省けるんです」

 

「でも、説得に応じてくれるかな? あたしたち、ここまで結構な数の屍人を倒しちゃったから、恨まれてたりしない?」

 

「大丈夫ですよ。屍人さんはどんなに痛めつけてもよみがえりますし、おバカなのですぐに忘れます。こんな小汚い異界が美しい楽園に見えるようなので、人間とは感覚が完全に逆になっているんじゃないかって説もあります。そうなると痛みも快感になるはずなので、むしろ喜んでるかもしれません」

 

「ならいいけど……あ、でも、その頭脳屍人っていう人は、頭がいいんでしょ?」

 

「そうですね。頭脳屍人さんは、人間並みかそれ以上の知能を持っています。自分よりも弱そうな人間を狙ったり、逆に強そうな人間からは逃げたりしますし、屍人さんの言葉だけでなく、人間の言葉も喋ります。非常に執念深い面もありますし、人間に痛めつけられたりしたら、絶対忘れないでしょうね」

 

「じゃあ、ダメじゃん」

 

「大丈夫です。今から来る頭脳屍人さんを説得するのは、あたしじゃありません。うってつけの人がいますので」

 

 うってつけの人? だれだろう?

 

 きぃ、と、診察室の扉が開いて、求導師様と宮田先生が出てきた。

 

「騒がしいようだが、何かあったのか?」宮田先生が訊く。

 

「大したことではありません。ちょっと、屍人さんの群れに襲撃されただけです」

 

「……一大事じゃないか。それで、その屍人の群れはどこに?」

 

「安心してください。一旦お帰り願いました。もう少ししたら、責任者が来ます。そこで、宮田先生にまたまたお願いがあります」

 

「なんだ」

 

「その責任者というのは頭脳屍人さんなので、人間の言葉で話すことができます。なので、ここまでのことを全て話し、屍人さんたちに、生きている人間を襲わないよう、説得してください。もちろん、あたしたちもこれ以上屍人さんたちとは戦いません」

 

「屍人を説得? そんなことが可能なのか?」

 

「はい。あたし自身過去に試しているので、問題ありません。その時はちょっと時間がかかりましたが、いまから来る屍人さんは、宮田先生がよくご存知の方ですので、さほど時間はかからないでしょう」

 

「私が知っている屍人? それはもしや……」

 

 ギギギ、と、またまた玄関が開いた。見ると、ナース服にキャップ姿で、額からこぶのようなものがいくつも垂れ下がった醜い姿の屍人が入って来た。あれが頭脳屍人か。生理的に受け付けない外見だな。

 

「美奈……」

 

 と、宮田先生が言ったので、あたしは思わずのけぞって驚く。げ? あれが先生の恋人で理沙さんの双子の姉の美奈さんなのか。生理的に受け付けないとか言ってゴメンなさい。でも、本音だからしょうがない。理沙さんが見たら、卒倒するんじゃないか?

 

「宮田先生、後は任せました」と、安野さん。「あたしたちは席を外します。安心してください。今度は幻視で覗いたりしませんので、どうぞごゆっくり……と言いたいところですが、ちょっと時間が押してますので、できるだけ早めにお願いします。では、なぽりんさん、求導師様、後は若いお二人に任せて、失礼しましょう」

 

 あたしたちは安野さんに促され、宮田先生と美奈さん屍人を待合室に残し、診察室へ入った。

 

「今回は、ホントに覗き見しないの?」あたしは安野さんに訊いた。

 

「はい。恋人同士の語らいを覗き見するのは野暮ってモンですし、それに、またあのシーンを書くのはいえ見るのはこっぱずかしいので、もう勘弁してほしいです」

 

「はい?」

 

「いえ、こちらの話です。では、ちょっと待ちましょう」

 

 と、いうことで、あたしたちは覗き見せずしばらく待った。

 

 十分後。

 

「そろそろいいですかね? 行ってみましょう」

 

 安野さんが廊下に出たので、あたしたちも続く。

 

 待合室では、宮田先生と美奈さん屍人が、なんと抱き合っていた。宮田先生、あの気持ち悪い姿の美奈さんを抱きしめるか。安野さんの話では、美奈さんからは宮田先生が化物に見えているはずだし……なんと言うか、愛の力は偉大だ。

 

「フッ……当然ではないか。私だって、万が一なぽりんが屍人になったとしても、決してこの愛が変わることはない」

 

 と、どこからやってきたのかTMNさんが言った。

 

「ウソつけ。犬屍人さんになったなぽりんさんに気付かなかったくせに」安野さんが軽蔑した目でTMNさんを見る。

 

「なんの話だ? 私はそんな薄情者ではないし、そもそも、私がいる限り、決してなぽりんを屍人にさせはしない」

 

「はいはい。ま、うちの先生はほっといてですね――」安野さんは宮田先生の方へ行った。「お取込み中失礼します。宮田先生、美奈さんの説得に成功したようですね」

 

「ああ。これも君のおかげだな」宮田先生は照れくさそうに笑った。「君の話を聞いていなければ、私は、美奈と話し合おうなどとは思わなかった」

 

「そうでもないですよ? そもそも屍人と最初にコミュニケーションを試みたのは、あたしじゃなくて宮田先生ですから」

 

「……どういうことだ?」

 

「いつもの通り気にしないでください。それでは、ここでのことは大体うまく行ったので、次のステップに進みましょう」

 

 次のステップ……。そうだ。屍人と和解したとはいえ、それは根本的な解決ではない。あたしたちは、この村の呪いを解き、そして、元の世界に戻らなければならないのだ。

 

 あたしたちは奥の部屋に控えていた志村さんや理沙さんたちを呼び、全員で待合室に集まった。理沙さんは美奈さんの姿を見て大きなショックを受けていたが、安野さんいわく時間が押しているらしいのでここでは省略する。

 

「ここからは、別行動になります」

 

 そう言って、安野さんはまず求導師様と宮田先生を見た。「お二人には、予定通り神代家の説得をお願いします。実は神代の家も異界に飲み込まれていますので、西ヶ原へ行ってください。そこに、娘婿で当主代行の淳さんが、宝刀・焔薙(ほむらなぎ)を取りに帰ってきますから」

 

「判った、行ってみよう」

 

「ご存知かもしれませんが、淳さんは高飛車で高圧的な態度を取りますが、それは自分の弱さを隠すため虚勢を張っているだけです。案外ヘタレなので、宮田先生がちょっと拷問すれば、簡単に屈服すると思います」

 

「いや、さすがにそれは……」

 

「まあ、方法はお任せします。お二人なら、必ず成功すると信じていますので」

 

 次に安野さんは、美奈さん屍人を見た。「美奈さんは外に出て、とにかく全ての屍人さんたちに事情を説明し、これ以上生きている人間を襲わないように説得してください。狭い村ですし、部下の屍人さんも使えば、朝までには終わると思います」

 

「判ったわ」

 

「その際、ここから刈割(かるわり)へ向かう道にいる屍人さんたちを優先して説得してください。あたしとなぽりんさんは、日付が変わるまでに刈割へ行かなければいけないのです。三十分後に出発しますので、それまでに、できる限りお願いします」

 

「判った。やってみる」

 

 続いて安野さんはあたしを見る。「いま言った通り、あたしたちは、美奈さんが道中の安全を確保するのを待って、刈割へ向かいます」

 

「刈割って、眞魚教の教会がある場所だよね? そこに行って、何をするの?」

 

「小学校教師の高遠(たかとお)玲子(れいこ)先生と、その教え子の四方田(よもだ)春海(はるみ)ちゃんが隠れているので保護します。日付が変わる前に行かないとどっかーんなので、走りますよ?」

 

 時計を見る。現在二十一時三十分。猶予は二時間半、三十分後に出発と言っていたから、実質二時間か。ここから刈割までどれくらいの時間がかかるのかは判らないが、まあ、安野さんが言うのだから、まだ間に合うのだろう。

 

「判った。任せて」

 

「余所者のあたしたちだけで行っても警戒されるでしょうから、誰か村の人にも同行してほしいのですが、知子ちゃん、来てくれますね?」

 

「はい。教会にはお父さんお母さんがいますし、春海ちゃんを助けるためなら、喜んで」

 

 あたしたちが待合室でいろいろやっている間に、知子ちゃんは理沙さんから事情を説明されたのだろう。決意のこもった目で頷いた。

 

「残りの方は、いったんここで待機しててください。美奈さんを説得したので、もうここに屍人さんは来ないと思いますが、別の屍人さんが来る可能性もあるので、警戒は怠らないでください。志村さん、先生、頼みますよ?」

 

 志村さんとTMNさんは頷いた。

 

 最後に、安野さんは全員に向かって言う。「そして、これが最も重要なことなんですが――明日の朝九時に、全員、教会に集合してください」

 

「全員?」

 

「はい。求導師様と宮田先生は説得した神代家の人たちを、美奈さんは説得した屍人さんたちも連れて来てください。この村の行く末を左右する、極めて重大な話なので、人間や屍人さんに関わらず、とにかくこの異界にいる全ての方に声をかけてください」

 

 人間も屍人も全員集合――なんだかこれは、とんでもないことが始まりそうだな。

 

「――それでは行きましょう!」

 

 安野さんの声で、全員それぞれの任務へ就いた。

 

 

 

(終了条件CABE:屍人を説得し、人間を襲わせないようにする 達成(エピソードクリア)

 

 

 

 

 

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