「――あたしはその女を許さない! 絶対に許すもんか!!」
神の花嫁・神代美耶子ちゃんは、憎しみを込めた目で比沙子さんを睨み(と言っても、美耶子ちゃんは生まれつき目が見えないらしいが)、呪うように叫んだ。
犯した罪を村人の前で告白した比沙子さん。村人はそんな比沙子さんを受け入れ、許した。これで比沙子さんの罪は洗い流された、と思ったら、一人、美耶子ちゃんだけが反対しているのである。
「美耶子ちゃーん、ちょーっと、空気読んでくださーい」安野さんが呆れたように言う。「村人みんなで比沙子さんを許そうとしてるんですよー? 一人だけ反対して、完全に浮いちゃってますよー」
「黙れ! 余所者が口出しするな!!」
問答無用で排除するような美耶子ちゃんの言い方に、安野さんの額に血管が浮かんだ。
「……ほほう。ここにいる誰よりもこの村に関わり深いあたしを、余所者扱いしますか」
いや、誰がどう見てもあんたは余所者でしょうが。
「それに――」と、安野さんは続ける。「余所者だと、なんで口出ししちゃいけないんですか? 異界に巻き込まれている時点で、みんな同じ被害者です。村人も余所者も、関係ないと思いますけどね? あたしにはあたしの意見がありますから、遠慮なく口出します」
「うるさい! お前に何が判る! あたしは生まれてすぐに牢獄みたいな部屋に囚われて、一歩も外に出してもらえなくて、ずっと一人だったんだぞ! 神の花嫁なんて訳の判らないものになることを、生まれながらに強制されてきたんだぞ! あたしたち神代の娘は、みんな、死ぬことができず暗い地の底で永遠に苦しんでいるんだぞ! そこのミイラみたいなヤツもそうだ! あれは先代の神の花嫁だろ! あたしたちがこんな苦しみを受けているのはその女のせいだ! あたしは、絶対に許さないからな!!」
「では、比沙子さんはどうすれば良かったんですか? 神の花嫁にならない限り、神代家の娘は永遠に苦しむことになるんです。そのチャンスを与えない方が良かったんでしょうか? 神に花嫁を奉げる儀式を行わないと、村を大きな災いが襲うんです。それが判っていて、儀式をやらない方が良かったんですか?」
「それは、その女が神を食べたせいだろ! 悪いのはその女だ!!」
「では、一三〇〇年前、神様を食べずに村が全滅すれば良かったんですか? 比沙子さんは、どうあがいても絶望の状況の中、考えられる最良の手を尽くして来たと思いますけどね?」
「黙れ! とにかくあたしは、絶対にその女を許さない!」
「許さなけりゃ、どうするんです? 今の状況を、この先もずっと続けますか? それとも、
「黙れ黙れ黙れ! とにかくあたしは認めない! 絶対に認めない!!」
「反論できないと『黙れ』とか『うるさい』という言葉に逃げるの、良くないですよ? それは、ただの議論の放棄です」
「ちょっと、やめなさいよ」見ていられなくなったあたしは、安野さんを止めた。「あの娘はあの娘で今まで苦しんで来たんだし、比沙子さんを許せないって気持ちになるのも判るわ。それを頭ごなしに論破したって、余計に心を閉ざすだけでしょ? それじゃ何の解決にもならないわよ」
「ま、そうなんですよね。失礼しました。あたしは、美耶子ちゃんと恭也君には個人的な恨みがあるので、つい言いすぎてしまいました」
「それ、前にも言ってたわね。何があったの?」
「まあ、そのうちなぽりんさんにも判りますよ」安野さんはごまかすように言って、美耶子ちゃんを見た。「美耶子ちゃん。ゴメンなさいね。つい大人気ないことを言っちゃいました」
安野さんは謝ったが、美耶子ちゃんはプイッと横を向いてしまった。まあ、安野さんの謝り方もイマイチ心がこもってない、いかにも上辺だけ、って感じだから仕方ないけど。
「さて、感情的になるのはこれくらいにして、もう少し理性的な話をしましょう」安野さんは、視線を美耶子ちゃんから村人みんなに移した。「あたしの個人的な恨みを一旦置いておくと、美耶子ちゃんが怒るのも仕方がないことだと思います。これまで生贄の儀式のために育てておいて、儀式を行う必要が無くなったから何も無かったみたいに仲良くするなんて、無理な話です。と、いうことで、まずは、比沙子さんや、淳さん、求導師様、宮田先生など、儀式に深い関わりある人は、美耶子ちゃんに公式に謝罪しましょう。まずは、何をおいてもそこからです」
安野さんのその意見に、比沙子さんや求導師様をはじめとしたほとんどの人たちは素直に応じたが、神代家長女の亜矢子ちゃんと当主代行の淳さんがかたくなに拒否した。二人とも見るからにプライドが高そうなので、謝罪とかに慣れてないのだろう。しかし、宮田先生がひと睨みすると、淳さんはなぜか急に怯えた表情になり、コロッと態度を変えて謝った。安野さんいわく、淳さんは高飛車で高圧的な態度を取るが、それは自分の弱さを隠すため虚勢を張っているだけにすぎず、実は案外ヘタレらしい。そして、宮田先生は拷問の達人。この辺が何か関係してそうだが、深くは追求しないでおこう。淳さんが謝罪したので、亜矢子ちゃんもしぶしぶ淳さんにならった。
謝罪された美耶子ちゃんの方はかなり戸惑った様子だったが、特に拒否するようなことはなかった。
「では、次の問題を片付けます」と、安野さん。「神代家の娘は、精神的に不死という、中途半端な永遠の命を持っちゃってます。ゆえに、そちらにいらっしゃる先代美耶子さんのように、ミイラのような姿になっても生き続けることになります。そして、最終的には肉体が滅びても精神だけは生き続けるという、だいぶ可哀相な状態になってしまうんです。さっき美耶子ちゃんがチラッと言いましたが、この村の地下に、歴代の神代家の娘さんの魂がひしめき合っているんですが……それらを、今から解放したいと思います」
安野さんはウエストポーチをごそごそし、土偶のような土人形を一体取り出した。宮田医院で先代の美耶子さんから受け取った土人形の一体で、身体に盾の紋様がある。安野さんが最重要アイテムと言っていたヤツだ。
「これは、
「それって、つまり――」と、あたし。「その宇理炎を使えば、神代家の娘の魂を、消滅させることができるの?」
「そういうことです。ただし、『自らの命を燃やす』という言い伝え通り、これを使った人は死にます。なので、比沙子さんのような身も心も不死の人や、美耶子ちゃんのような心のみが不死の人以外、絶対に使ってはいけません。なので――」
安野さんは視線を美耶子ちゃんに移すと、彼女の手を取り、宇理炎を握らせた。「これは、美耶子ちゃんに託します」
おおっと。安野さん、思い切ったことをするな。美耶子ちゃんは村の全てを恨んでおり、この場には異界にいる人(屍人含む)ほぼ全員が集まっている。いきなり宇理炎を使って皆殺しにする可能性だって、無いとは言えない。あたしは、じっと美耶子ちゃんの様子を窺う。もし少しでもおかしなそぶりを見せたら、すぐに取り押さえなければいけない。
美耶子ちゃんはしばらく宇理炎を見つめた後、安野さんを見て小さく頷いた(もちろん美耶子ちゃんは目が見えないので、なんとなくそんな感じの雰囲気だったってことだけど)。それは、さっきまでの恨みに満ちた目ではなく、自分のやるべきことに気が付いた、決意に満ちた目だった。
安野さんはにっこりと笑った。「では、魂を解放しに行きましょう。ちょうど、この教会からも地下道へ行けます。――ですよね? 求導師様?」
安野さんはイジワルそうな笑みを浮かべ、求導師様を見た。
求導師様は苦笑いを浮かべる。「――君は、本当に何でも知ってるんだな」
求導師様は礼拝堂奥に移動した。礼拝堂の奥には大きなマナ字架を掲げた祭壇がある。すごく重そうに見えるが、求導師様が祭壇を押すと、ズルズルと動きはじめた。そして、祭壇の下に、地下へと下りる階段が現れた。
求導師様が説明する。「この下は地下道になっていて、神代家や眞魚岩の中州など、いろんな場所に繋がっているんだ。かなり古い物で、少なくとも江戸時代以前より存在するらしい。今この地下道の存在を知るのは、おそらく教会だけだ。私も父から存在だけは知らされていたが、
「と、いうことは、こんな事態になった後は、下りてみたんですね?」
「え、ああ、まあ、そうだな」
「求導師様が武器も持たず危険な異界を無事に渡り歩くことができた秘密、というワケですね。まあ、それは置いといて――」安野さんは美耶子ちゃんに視線を戻した。「では、行きましょう。中は狭いので、関係者のみでお願いします。あたしと美耶子ちゃんと、見届け人として、比沙子さんと求導師様、お願いします」
四人は地下へ下りて行った。あたしは無関係者だから下りて行くわけにはいかないけど、どうなるのかは気になる。なので、幻視を使って覗き見させてもらおう。あたしは目を閉じ、安野さんの視点に合わせた。ごつごつとした岩の壁と天井と床がぼんやりと浮かび上がった。細い通路が真っ直ぐ奥まで続いている。幻視の能力は、他人の視界を見る他に、完全な闇でも視界を保てるという効果もある。なので、全く光が届かない地下でもある程度は見えるのだ。もちろん、あくまでもある程度であり、奥の方まではよく見えない。視界は一メートルにも満たないくらいだ。実際にその場にいないあたしにも、妙な息苦しさを感じてしまう。単に狭まっ苦しいというだけではない。なんと言うか、闇が身体にまとわりついて地の底へ引きずり込んでしまいそうな雰囲気が漂っているのだ。しかし、安野さんはそんな空気に臆することなく、どんどん進んで行った。
やがて。
……苦しい……。
……痛い……苦しい……。
……なぜ……このような目に遭わなければならぬ……。
……助けて……。
……憎い……。
……貴様が……憎い……。
どこからともなく、声が聞こえてきた。
苦しみの声、救いを求める声、恨みをぶつける声。
さまざまな声が、まるで身体にまとわりつくように聞こえる。
いや。
実際にまとわりついているのだ。
よーく見ると、周囲には、うっすらと、宙を漂う人の姿がいくつも見える。多くは女性だが、男性の姿もチラホラある。みんな恨めしそうな目でこちらを見て、恨みの言葉をぶつけている。これが、安野さんが言った歴代の神代の娘の魂だろうか。一三〇〇年の間に生まれた娘のうち、神の花嫁になれなかった娘が全員いるのだとしたら、いったい何人いるのだろう?
ある程度進んだところで、安野さんは美耶子ちゃんたちを振り返った。
「さて、求導師様には見えていないと思いますが、今、あたしたちの周りにはたくさんの亡者さんがいます。歴代の神代の娘だけでなく、何らかの事情によって神代の血が混じってしまった方々もいますので、その人数は数百人に上ると思います」
「そうなのかい? 確かに、うめき声みたいなのは聞こえるんだが……」求導師様が言った。
あたしは幻視の対象を安野さんから求導師様に移した。薄暗い通路に安野さんと美耶子ちゃんと比沙子さんがいる以外、人の姿は無い。声らしきものは聞こえるが、「……うう……」とか「……ああ……」とかいったうめき声レベルで、何を言っているのかまでは聞き取ることはできない。
比沙子さんを幻視してみると、安野さんと同じく、宙を漂ううっすらとした姿が見え、声ははっきりと判るレベルで聞こえた。
続いて美耶子ちゃんを幻視してみる。美耶子ちゃんは目が見えないので視界は真っ暗だが、声はハッキリと聞こえた。
安野さんが続ける。「亡者さんの声は、レベルは違えどワリといろんな人に聞こえますが、姿を見ることができるのは比沙子さんくらいです。これは、神様を食べた比沙子さんは神様と同体であり、比沙子さんの目はまさに神の目だからです」
…………。
じゃあ、なんで安野さんにも見えてるんだよ。
――というこちらのつぶやきは、当然向こうには届かない。安野さんはさらに続ける。「では、始めましょう――はーい。みなさんちゅーもーく。今から当代の美耶子ちゃんが、宇理炎を使って煉獄の炎を燃やしまーす。永遠の苦しみから解放されたい方は、こちらに集まってくださーい」
スーパーでタイムセールでも始めるかのような呼びかけ方だが、呼びかけに応じ、亡者たちがうじゃうじゃと集まって来た。
「では、美耶子ちゃんお願いします。巻き込まれると危険なので、あたしたちは後ろで待機してます」
安野さんたちは、美耶子ちゃんの後ろに下がった。
美耶子ちゃんはしばらく宇理炎を見つめるような仕草をした後、頭上に掲げた。
宇理炎がまぶしく光り、地面が、小さく揺れ始める。
そして。
美耶子ちゃんの前の地面から、青白い炎が噴き出した。
炎は柱となって天井まで燃え上がる。
それが、何本も、何本も、地面から燃え上がる。美耶子ちゃんから向こう側の通路は、あっという間に炎に包まれた。
炎が、亡者たちを包み込む。
美耶子ちゃんが放った命の炎が、亡者たちの命を燃やす。
亡者たちは――。
……救いの炎……。
……これで……ようやくここから……出られる……。
……ようやく……この苦しみが終わる……。
……ありがとう……。
恨みと呪いの言葉を捨て、喜びと感謝の言葉と共に、燃え尽きていった。
そして、炎が消えると。
さっきまで通路内を覆っていた息苦しい空気はウソのように無くなっていた。薄暗いのはそのままだが、実にさわやかな感じがする。まるで、見渡す限りの大草原で雲ひとつ無い青空を見上げているような爽快感。
「終わりましたね。美耶子ちゃん、お疲れ様でした」と、安野さん。「その宇理炎は、そのまま美耶子ちゃんが持っていてください。この先、また必要になると思いますので」
「……どういうことだ?」
「亡者さんは現世にもたくさんいます。なので、全て終わって現世に戻ったら、また救ってあげてください。それに、亜矢子ちゃんや、美耶子ちゃん自身にも、いずれ必要になるでしょうから」
「……そうか」
美耶子ちゃんは宇理炎をポケットにしまった。
……って、今の安野さんの言ったこと、おかしくないか? 全て終わったら呪いが解けるんだから、亜矢子ちゃんと美耶子ちゃんの中途半端な永遠の命は無くなるんじゃないのだろうか? だとしたら、もう宇理炎なんて必要ないだろうに。安野さん、何か勘違いしてるのかな。
もちろん、こちらのつぶやきは向こうには聞こえないので、安野さんが答えることはない。
「では、戻りましょうか」
安野さんたちは地下道を後にし、礼拝堂に戻って来た。
「では最後に、今後の美耶子ちゃんの処遇を決めたいと思います」
再び壇上に立った安野さんは、神代家当主代行の淳さんを見た。「これ以上美耶子ちゃんを監禁しておく必要はありませんので、今後は普通の女の娘として生活してもらうことになりますが、よろしいですね? 淳さん」
淳さんは戸惑った表情になる。「いや、当主様の意見を伺ってみないと、なんとも……」
「淳さん。あなたは当主代行。現当主様から儀式の全てを任されているはずです。つまり、今はあなたが神代家の当主です」
安野さんがそう言うと、淳さんは腕を組み、後ろに倒れるんじゃないかと心配になるくらい胸を張った。「そうだな。当主様に話を通す必要はない。今の私の決定は神代家の決定だ」
「では、そういうことでよろしいですね。はい。じゃあ決まりです」
おだてて調子にノッている間に都合のいいように決めてしまう。うむ。見事な手際だ。
「また美耶ちゃんと遊べるの? やったぁ!!」
この決定に真っ先に声を上げたのは、今までも密かに交流があったらしい春海ちゃんだ。春海ちゃんは飛びかからんばかりの勢いで美耶子ちゃんのところへ走って行った。
「良かったですね、春海ちゃん」安野さんは笑顔で頷くと、視線を知子ちゃんへ移した。「美耶子ちゃんは十四歳ですから、知子ちゃんと同級生です。ずっと監禁されててかなりの世間知らずなので、いろいろ教えてあげてください」
「判りました。あたしも、近所に同い年のお友達が欲しかったので、嬉しいです」
知子ちゃんも美耶子ちゃんの所に走って行って、「よろしくね」と、笑顔で言った。
その後も。
「――良かったな、美耶子」
恭也君が声をかける。
「――よろしくね、美耶子ちゃん」
理沙さんが声をかける。
さらに、高遠先生が、美奈さんが、仲が悪かったはずの亜矢子ちゃんが、頭からタコみたいな触手がたくさん生えた中年男の屍人が(後で聞いた話によると、小学校の校長先生らしい)、村のみんなが、美耶子ちゃんに声をかける。村のみんなが、美耶子ちゃんを取り囲む。
あたしは安野さんのそばに立った。「個人的な恨みがあると言いながら、うまくまとめたじゃない」
「まあ、仕方ないですね。村を良い方向に導くためには、美耶子ちゃんの心の闇を取り除くことが不可欠ですから」
大勢の村人に囲まれた美耶子ちゃんは、戸惑った表情をしている。しかし、やはりどこか嬉しそうにも見える。少なくとも、さっきまでの恨みに満ちた顔とは、全然違っていた。
安野さんは大きく頷いた。「完全に心を開くのにはまだまだ時間がかかるかもしれませんが、後は皆さんにお任せしましょう」
「そうね――」
あたしたちは、村人に囲まれた美耶子ちゃんを、じっと見つめた。
(終了条件BDAF:神代美耶子に村を好きになってもらう
「――さて、では、次のステップへ進みましょう」
安野さんは、比沙子さんを振り返った。「いよいよ、真の実を奉げ、神様を完全復活させます。よろしいですね?」
「ええ、もちろん」比沙子さんは頷いた。
「では、準備を始めましょう。真の実を奉げる場所は、眞魚川の中州――現世では、眞魚岩のある場所ですが、この異界では、水鏡がある場所です。決行は今夜〇時。それまでに、屍人さんたちは大急ぎで屋根で覆ってください。私たちは、必要な物を運びます。では、始めましょう」
安野さんの言葉で、みなそれぞれの行動を始める。いよいよ大詰めだ。気を引き締めていこう。