【月光の神】ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 作:クックダッセ
腕を斬った。
黒幻の刃が食い込み、たしかに斬り裂いたはずなのに、次の瞬間にはもう再生している。
なら足を狙った。
膝を断ち、転倒させる。
それでも黒い影はすぐに立ち上がる。
肉が繋がるみたいに、何事もなかったかのように。
止まらない。
止まってくれない。
腕や足を斬るだけでも、こっちの精神がどんどん削られていく。
人じゃない。
そんなの、頭では分かってる。
目の前にいるこいつは試練のために作られた偽物だ。
そう理解しているのに───
精霊の力なんだろうか。
ここまで理不尽だと、逆に笑えてきそうだった。
『どうした、ベル。英雄になるんだろう? 悪を斬るんだ。簡単なことじゃないか』
簡単なわけ、ないだろ……!
人を斬るんだぞ!?
僕は心の中で叫ぶ。
でも、叫んだところで現実は変わらない。
この先、冒険者を続けていけば、きっと悪人と向き合うこともある。
人を傷つける人間。
誰かを踏みにじる人間。
理屈も通じない、どうしようもない相手。
きっと、いる。
その時、僕は斬れるのか。
守りたい誰かのために。
本当に必要になった時、剣を振れるのか。
それを、今、問われている。
「───!!」
押される。
黒い影の剣が大きく振りかぶられた。
真上から、僕の頭を叩き割るみたいに振り下ろされる。
僕はとっさに黒幻を掲げて受け止めた。
火花が散る。
腕が軋む。
重い!重すぎる!!
ただ受け止めるだけで、こんなにも怖いのか!!!
『ベル。お前が思うほど、英雄の道は軽くない』
黒い人影の声が、剣越しに響く。
『それはひどく茨の道だ。何かを犠牲にして進むこともある。百を助けるために、一を切り捨てる選択もある』
「ッッッ!!!」
鍔迫り合いの中で、その言葉が頭の中に何度も反響する。
百を助けるために、一を切り捨てる。
それが英雄?
そんなの───冗談じゃない。
みんなを守るのが英雄だ。
誰かを見捨てて進むのが正しいなんて、そんなの、僕が憧れた英雄じゃない。
綺麗ごとかもしれない。
偽善かもしれない。
無茶だって笑われるかもしれない。
それでも。
それでも僕は、その偽善を現実にできる英雄になりたいんだ。
「そんな選択……僕が目指してる英雄じゃない!!」
気づけば叫んでいた。
その瞬間、押し負けていた僕の手に力が戻る。
折れかけていた膝が、ぐっと踏ん張る。
沈み込んでいた身体が起き上がる。
黒幻に力を込めて、目の前の影を弾き飛ばした。
金属音が響く。
黒い影が大きくのけぞる。
胸が熱かった。
そうだ。
僕の中で答えは、もう出ていたんだ。
神様やレフィーヤと過ごすうちに。
いや、それよりもっと前から。
お祖父ちゃんに聞かされてきた!
お義母さんからも散々言われた!!
『これはお前の物語だ』
黄金色に輝く小麦畑を、お祖父ちゃんと歩いたあの日。
『何を言われようと、ベルはベルだ。何者でもない』
お義母さんと寝床で話したあの日。
その言葉が、胸の奥から浮かび上がってくる。
誰かが決めた英雄じゃない。
僕がどうなりたいのか。
どんな理想を追いたいのか。
それを決めるのは、僕だ。
「がっぁ……!!!」
次の瞬間、僕は自分でも思っていなかった行動を取っていた。
『……どうして武器を捨てた』
黒い影の声が、わずかに揺れる。
僕は黒幻を手放していた。
そして、両手を広げる。
目の前の“悪”を、止めるために。
黒い影は一瞬も躊躇わなかった。
剣が、僕の腹を貫いた。
「が……ッ……!」
熱い。
口の中に鉄の味が広がった。
喀血したんだと遅れて理解する。
当然だ。
だって今、僕の体の中には剣が刺さっているんだから。
痛い。
ものすごく痛い。
膝が笑う。
視界が揺れる。
それでも、僕は倒れなかった。
きっと、僕を刺した“悪”の方が戸惑っている。
殺意も敵意も向けられなかった。
抵抗されるどころか、受け止められた。
もし顔があったなら、今きっと呆然としていたと思う。
やがて黒い影は、刺した剣を手放し、膝をついた。
「……さっき、あなたが言っていた問いと同じです」
『……』
「喋れる
息が苦しい。
でも、言わなきゃいけないと思った。
「僕は諦めない。悪人すら仲間にしてしまうような、そんな理想を僕は追い続ける」
まだ僕は英雄じゃない。
だからこそ、どんな英雄になるのかを、自分で決めることができる。
英雄に憧れた人間の可能性は、きっと無限大なんだ。
その時だった。
目の前の“悪”が、ふっと光の粒になって崩れ始めた。
僕が斬ったわけじゃない。
精霊が何かしたわけでもない。
ただ静かに、役目を終えたみたいに、空へ消えていく。
ほんの一瞬だけ、表情なんて見えないはずなのに───笑ったように見えた。
僕の腹に刺さっていた剣も、同じように光の粒になって消えていく。
でも傷口は消えなかった。
「うっ……」
僕は腰に差していた
じゅわっと染みるみたいな痛みが走って、思わず息を呑んだ。
でもこれで、少しはましになる。
『お前は何を目指している?』
黒い人影が、静かに聞いてくる。
「英雄」
僕は迷わず答える。
「僕は、英雄になりたい」
黒い顔で表情は見えない。
でも、その人影はゆっくり笑った気がした。
そして、僕をまっすぐ見つめる。
『では最後の問いだ、ベル』
さっきまで剣戟の音が鳴っていた暗闇の世界に、静かな沈黙が広がる。
不思議と、悪い気分じゃなかった。
僕がやりたいこと。
これから目指すもの。
やらなくちゃいけないこと。
それが、もうはっきりしていたから。
『英雄とは?』
その問いを投げたのは、
僕は、もう迷わない。
「理想家」
言い切る。
『ふむ……その心は?』
「理想を追い続けることが、僕の求め続ける英雄だからです」
胸の奥から、言葉が自然に出てくる。
「何かに妥協して、納得して、誰かを切り捨てるような僕にはなりたくない。まだ弱くて、何もできないくらいだけど───」
『「僕は英雄になりたい」』
声が、重なった。
その瞬間、黒く塗り潰されていた顔が、少しずつ剥がれていく。
精霊じゃない。
青年でもない。
あれは───英雄。
そこにいたのは、僕がずっと憧れてきた存在だった。
たくさんの人に振り回されて、騙されて。
お姫様が攫われて。
なし崩しみたいに助けに行ってしまう、どこかおかしくて、それでも誰より眩しい英雄。
「アルゴノゥトさん……」
思わず、その名が漏れる。
すると目の前の彼は、どこか困ったように、それでいて楽しそうに笑った。
「今はベル・クラネル。だろ?私?」
その一言で、僕は確信した。
途中から、なんとなく気づいていた。
彼が精霊なんかじゃないことを。
そしてこれは、きっと僕自身の話なんだってことを。
神様が言っていた。
人は死んだら、百年後か、千年後か、あるいは一万年後か。
いつかまた生まれ変わると。
その時には記憶なんて全部なくなってしまうとも言われたけど。
だから、きっとこの話も忘れてしまう。
目が覚めたら、夢みたいに薄れていくのかもしれない。
それでも。
彼が紡いできた軌跡を、僕は忘れたくなかった。
「私は英雄になる
アルゴノゥトさんが、ぽつりと零す。
「喜劇に終わらせるくらいしか、私はできなかった。悔しかった。英雄になりたかった」
その声は静かだった。
でも、その中には長い時間沈めてきた痛みがあった。
「でもね、ベル。君は英雄になれるよ」
「アルゴノゥトさん……」
黒い世界が、崩れ始める。
空間そのものがひび割れるみたいに、光の粒となって零れ落ちていく。
同じように、アルゴノゥトさんの身体も少しずつ消え始めていた。
彼は僕が手放した『アルテミスの剣』を拾い上げる。
「話は終わりだ。ベル。英雄が理想家と名乗るなら───理想を追い続けろ」
その声は、今度はまっすぐだった。
「挫けてもいい。倒れてもいい。けど、諦めるな」
差し出された剣を、僕は両手で受け取る。
手放さないように。
忘れないように。
ぐっと力を込めて握りしめた。
「アルゴノゥトさん。あなたと話せて、よかった」
「ああ、
そう言って、彼は笑った。
次の瞬間、黒い世界が完全に砕け散る。
それと同時に、アルゴノゥトさんの姿もまた、静かに消えた。
気がつくと、目の前には精霊のルナさんが立っていた。
すぐそばには神様もいる。
二人とも、ずっと僕を見守っていてくれたみたいだった。
「あれ……?」
僕は小さく瞬く。
僕はいったい、誰と話していたんだろう。
すごく大切な話をしていた気がする。
胸の奥に、熱いものが残っている。
でも、その輪郭だけが、どうしてもうまく掴めない。
それでも、ちゃんと覚えていた。
僕がやるべきことを。
僕が目指すものを。
英雄になろう。
理想の英雄に。
******
アルテミスとルナの両者にとっても、それは想定外の結末だった。
たしかに、ベルへ与えた試練は“英雄とは何か”を問うものだった。
だが本来、あれほど深く、あれほど苛烈に、魂の根幹へ踏み込むはずではなかった。
舞台はもっと単純なものだったはずだ。
ダンジョンを模した幻想の中で、選択と覚悟を試す。
精霊の試練としては、それで十分だった。
しかし途中で、何者かが介入した。
試練の深部に入り込み、ベルの魂へ直接語りかけるように。
精霊の仕組みそのものを書き換えるように。
ルナは一度、その侵入者を排除しようとした。
試練は試練であり、外から乱されるべきものではない。
だが、その正体に気づいた時、彼女は手を止めた。
それは異物ではあった。
けれど害ではなかった。
むしろ、あの白髪の少年にとっては、精霊が用意したどんな問いよりも、ずっと深く、ずっと必要な邂逅だった。
生まれ変わりし英雄。
その在り方を感じ取った時、ルナは静かに見守ることを選んだ。
きっとその方が、ベル・クラネルは成長できる。
そう確信したからだ。
そして今、彼女は認めている。
ベル・クラネルはもう、ただ英雄に憧れるだけの少年ではない。
目指す少年になったのだ、と。
遠い夢を仰ぎ見るだけではなく、その理想へ向かって自分の足で進むことを選んだ。
挫けても、傷ついても、それでも諦めずに理想を追い続けると決めた。
その変化は、精霊の目から見ても眩しかった。
だからこそルナは思う。
この少年の力になりたい、と。
その歩む先を、少しでも照らしたいと。
心の底から、そう願っていた。
そして、アルテミスもまた、はっきりと自覚していた。
真っ直ぐで。
白く澄んだ魂を携え。
誰に対しても優しくあろうとする、あまりに危うく、あまりに愛おしい少年。
ベル・クラネルに恋しているのだと。
その想いはもう、見間違えようもないほど胸の中で形を成していた。
「ベル、試練突破おめでとう。本当に……この試練で成長したと思うわ」
ルナが微笑みながら、ベルにそう問いかける。
静かな祝福の声に、ベルはまだどこか夢の名残を帯びた顔で瞬きをした。
「ありがとうございます」
その返答は、以前よりもずっと落ち着いていた。
強がりではない。
答えに辿り着いた者だけが持つ、不思議な静けさがそこにはあった。
ルナはゆっくりとベルの前へ進み出た。
そして、そっとその胸に手を当てる。
その瞬間、淡い光が溢れ出した。
青白く、柔らかく、けれど神秘に満ちた輝き。
祠の中に満ちていた精霊の光が、まるで呼応するように脈打ち始める。
ベルの眼前には幻想的な景色が広がっていた。
光の粒が水面の波紋のように幾重にも揺れ、祠の空間そのものが祝福の息吹を帯びていく。
やがてルナの姿はその光に包まれていった。
夜を思わせた黒髪も、露草色の瞳も、黒いドレスも、ひとつずつ輪郭を失っていく。
そして最後には、真っ白な人魂のような光へと姿を変えた。
その灯火は、ためらいもなくベルの胸の中へ吸い込まれていく。
最後の瞬間、ルナは確かに微笑んでいた。
『頑張ってね。ずっと見てるから。
そう呟いた気がした。
「ベル!!」
「か、神しゃま!?」
試練が終わった次の瞬間だった。
アルテミスが、勢いよくベルへ抱きついた。
不意打ちもいいところだった。
抱き寄せられたベルの顔は、そのままアルテミスの胸元へ埋まる。
柔らかな感触と温もりに、少年の顔は一瞬で真っ赤になった。
何が起きたのか理解するより先に、頭が真っ白になる。
「なっ、なっ!何してるんですか!!アルテミス様!はしたないですよ!!」
すかさずレフィーヤが声を上げた。
慌てて二人の間へ割って入り、むりやりアルテミスを引き剥がした。
ベルはされるがまま、完全に硬直していた。
アルテミスはアルテミスで名残惜しそうにし、少しだけ頬を膨らませていた。
だがすぐに気を取り直し、主神として二人のステイタス更新を始めた。
まずはレフィーヤ。
レフィーヤ・ウィリディス
Lv.2
力 : B 800→B 823 耐久 : D 694→C 712 器用 : C 782→B 804 敏捷 : B 801→B 834 魔力 : B 832→B 854
《魔法》
【アルクス・レイ】
・単射魔法。
・標準対象を自動追尾。
【トニトルス】
・
・雷魔法
・詠唱式【
《スキル》
【
・魔法効果超上昇
「これまた随分と……」
アルテミスは思わず息を漏らす。
彼女は急激な成長を遂げていた。
ただステイタスが上昇しただけじゃない。
過去を見つめ、自分の痛みを認め、その上で前を向いた。
その精神の成熟が、こうして恩恵に明確な形で現れている。
やはり追い詰められ、乗り越えた先にあるものは大きい。
子どもたちの成長は、いつだって驚くほど早い。
アルテミスはどこか誇らしげに微笑んだ。
「よし、次はベルだ!」
そしてベルのステイタス更新を始める。
ベル・クラネル
Lv.1
力 : B 724→S 902 耐久 : C 648→A 878 器用 : C 697→S 900 敏捷 : A 809→S 976 魔力 : G 290→ F 344
《魔法》
【オリオン・ボルト】
・破邪の一撃。
・誓いによって威力上昇。
・誓いによって消費魔力上昇。
【フォティノス】
・
・光魔法。
・詠唱式【
《スキル》
【
・早熟する。
・
・夢見の丈により効果向上。
「うわっ」
アルテミスの第一声だった。