【月光の神】ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 作:クックダッセ
村が燃えていた。
ごうごうと、耳の奥を削るような音を立てて燃えていた。
どこを見ても赤だった。
ついさっきまで、柔らかな緑に抱かれていたはずの村は、もうその輪郭すら保っていない。木々も家々も、見慣れた道も柵も、すべてが炎に呑まれ、赤黒い光の中で形を失っていた。
匂いがした。
木が焼ける匂いだけではない。
もっと重く、もっと粘つくような、知らないはずなのに本能だけが理解してしまう匂い。
人が燃える匂いだった。
その事実を理解した瞬間、胃の奥がひっくり返る。
喉が痙攣し、レフィーヤはその場に膝をついて嗚咽した。
さっきまで隣を歩いていた友達がいた。
よく遊びに行くと果物をくれたおじさんがいた。
名前を呼べば振り向いてくれるはずの人たちが、もうそこにはいなかった。
炎の中で崩れ、黒くなり、声もなく燃えている。
レフィーヤは、見ていることしかできなかった。
レフィーヤが生を受けてから、八年が経っていた。
その日、彼女は村外れの場所へ遊びに出ていた。
ほんの少し、家から離れていただけだった。
それだけで、帰ってきた時には世界が変わっていた。
炎龍が現れたのだ。
炎龍は、別に最上級の怪物ではない。
オラリオの冒険者であれば、レベル3程度の者でも単独で討伐できる相手だろう。
だが、それは神の恩恵を受けた者の話だ。
恩恵を持たぬ村人たちにとって、怪物との戦いは常に連携が前提だった。
大抵のモンスターなら、たとえ奇襲を受けたとしても、この村の結束と経験があれば撃退できる。
それだけの知恵も、勇気も、積み重ねも、この村にはあった。
けれど、炎龍は違った。
一瞬だった。
木の上で見張りをしていた者が異変に気づき、声を張り上げるより早く、その身体は炎に包まれていた。
叫びは警告になる前に絶叫へ変わり、絶叫はすぐに途切れた。
連携のない妖精など、あまりにも脆い。
燃やされた者がいた。
鋭い爪で引き裂かれた者がいた。
逃げようとして、背中から喰い破られた者もいた。
村外れから戻ってきたレフィーヤの目に映ったのは、そういう光景だった。
世界が変わっていた。
いや、正確には、世界から色が奪われていた。
緑も、茶も、空の青も、すべてが炎の赤に塗り潰されていた。
現実を、受け入れられなかった。
「は、ははははははっっ」
乾いた笑いが漏れた。
どうして笑っているのだろう、とレフィーヤは思った。
こんな状況なのに。
膝をつき、身体を震わせながら、どうして自分は笑っているのだろう。
気が触れてしまったのかもしれない。
あるいは、あまりにも現実離れした光景を前にして、心が正しい反応の仕方を見失ってしまったのかもしれない。
笑っている自分が気持ち悪かった。
まるで、自分だけがこの惨劇を喜んでいるみたいで。
けれど、頬を伝うものは熱かった。
口元に落ちたそれは、しょっぱかった。
泣いているのだと、そこでようやく気づいた。
まだ死んでいない獲物を見つけたのだろう。
炎を纏った巨体が、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
そのたびに地面が震え、焼けた空気が肌を刺した。
死んだほうが楽なのだろうか。
そんな考えが、心のどこかをよぎっていた。
だから身体は動かない。
心も、命令を聞いてくれない。
『ゴオオオオオオオオオオッッ!!』
「レフィーヤ!!」
「え?」
炎龍が飛びかかる、その寸前だった。
誰かが、レフィーヤの身体を強く突き飛ばした。
視界がぐるりと回る。
地面に叩きつけられ、息が詰まる。
次の瞬間、ぐしゃり、と嫌な音がした。
肉が潰れる音。
骨が砕ける音。
聞きたくなかった音が、あまりにも鮮明に耳へ届く。
血だらけの身体が宙を舞い、少し遅れて地面へ落ちた。
誰だろう、と朧げな目で見つめる。
理解は、数拍遅れてやってきた。
父だった。
一番身近にいた人だった。
仕事から帰るたび、ごつごつした大きな手で頭を撫でてくれた父だった。
レフィーヤがいつか結婚する時は、絶対に自分へ紹介しろと笑っていた父だった。
孫の顔が見たい、と冗談めかしてぼやいていた父だった。
「お父さん!!」
喉が裂けるほどの声が出た。
「レフィーヤ!!走りなさい!!」
父のもとへ駆け寄ろうとした、その時。
今度は、聞き慣れた別の声が飛んだ。
母だった。
「どこへ?」と、レフィーヤは尋ねた。
自分でも驚くほど、幼い問いだった。
けれど、あの瞬間の彼女には、本当にわからなかったのだ。
母は険しい顔で告げた。
「外に馬を止めてあるわ。それに乗って、ラキアへ向かいなさい。私の知り合いがいるの。きっと彼なら、あなたを引き受けてくれるわ」
「なら、お母さんも早く。お父さんを背負って、馬に乗ろうよ」
その言葉に、母は唇を噛みしめた。
血が滲むほど、強く。
けれど次の瞬間には、その険しさを押し隠し、ゆっくりと微笑んだ。
「レフィーヤ。前にも言ったでしょう。父さんと母さんは、ここで一生暮らしていくって。だから、母さんはいけないよ」
「私一人で行くってこと?」
「ええ」
母の声は静かだった。
静かであることが、かえって残酷だと思ってしまった。
「レフィーヤはいい子でしょ? なんでも私のお願いを聞いてくれた。これが、私の最後のお願い。生きて」
「いやだよ……」
「レフィーヤ……」
「いや……」
「レフィーヤ……」
「そんなお願い……」
「お母さんの最後のお願いなのよ、レフィーヤ」
その言葉は、祈りだった。
命令ではなく、懇願だった。
母が娘に残せる、最後の灯火だった。
「…………それが最後のお願いなんだね、お母さん」
「ええ」
「うん、わかった」
「いい子ね、レフィーヤは」
その言葉を最後に、レフィーヤは駆け出した。
何も持たずに。
何ひとつ、持ち出せないまま。
どうしてあの願いを聞いたのか、今でもわからない。
けれど、たぶん逃げ出したかったのだ。
最後まで見てしまったら、自分の心は二度と立ち直れないと、本能が知っていたのだろう。
だから母は、生きる理由を与えてくれた。
呪いにも似た、けれど確かに前へ進むための理由を。
ならば、ならば、自分は生きなければならない。
ラキアへ行って、少し成長して。
それからオラリオへ行くのもいいかもしれない。
冒険者になって、強くなって、また村へ戻ってくる。
これだけ強くなったよ、と皆に自慢して、褒めてもらう。
もし好きな人ができたなら、真っ先に父へ紹介して、母は「あらあら」とでも言いながら、じっとその人を見つめるのだろう。
そんな想像を、必死に頭の中へ並べた。
そうでもしなければ、足が止まってしまいそうだったから。
村の外へ向かう途中、ふと後ろを振り返る。
夜空の中を、炎龍が飛び去っていくのが見えた。
その口元からは、何か手足のようなものがはみ出している。
「あれは確か……お母さんのブレスレットだっけ?」
大きくなったらあげる、と言ってくれていたものだった。
それすら、炎龍に奪われてしまった。
レフィーヤは無表情のまま、村の外に止めてあった馬へ乗る。
四度目くらいの騎乗だったが、不思議なほど身体はうまく動いた。
恐怖が、迷いを削ぎ落としていたのかもしれない。
しばらく走ったあと、喉の渇きに耐えきれず、泉のほとりで馬を止めた。
水を飲もうと身を屈め、水面を覗き込む。
そこに映っていたのは、目の腐った妖精の少女だった。
「気持ち悪い」
思わずそう呟き、足元の石を拾って水面へ投げつける。
波紋が広がり、像は一度崩れた。
けれど、しばらくするとまた元に戻る。
汚い妖精が、そこにいた。
「ねえ、そこにいる妖精さん。なんであなたは逃げてきたの?」
水面の自分へ問いかける。
「お母さんとお父さんと、村の人たちを置いて逃げてきたの?」
返事はない。
あるはずもない。
「……ねえ?……ねえ?……答えてよ!!!」
その瞬間、張り詰めていたものが切れた。
レフィーヤはその場に崩れ落ち、声を荒げて泣いた。
泣き声は森の静けさに吸い込まれ、誰にも届かないまま、ただ夜の中へ溶けていった。
******
「そうか、彼女が生きろと言われたからここにきたのか」
こくり、とレフィーヤは頷いた。
母の知り合いとは、一人の妖精の男だった。
ラキアの中心部に家を構える、鍛冶職人。
その家は外観からして立派で、幼いレフィーヤにも、ただ者ではないとわかった。
母に言われた通り、ラキアの人々へ彼の名を告げ、ふらふらと彷徨いながら辿り着いた。
ラキアへ着いてから、彼と出会うまでに二時間ほどかかっただろうか。
その二時間が長かったのか短かったのか、当時のレフィーヤにはもう判別がつかなかった。
「そうか。大変だったな」
男は静かに言った。
「はい、こんな私ですけど、よろしくお願いします」
「私がこれから面倒を見ることになるが、それでもいいか?」
「はい。こんな私ですけど、よろしくお願いします」
男は最初、ただ可哀想な子だと思った。
けれど話を聞くうちに、その認識は変わっていった。
この子は、一日で家族と故郷を失った。
それでもなお、母に“生きて”と願われたから、その願いを果たそうとしてここまで来た。
絶望に呑まれてもおかしくない年齢だ。
むしろ、壊れてしまって当然だった。
それでも彼女は、ここへ辿り着いた。
ならば、哀れむより先に、称えるべきなのだろう。
この小さな命が、まだ前へ進もうとしていることを。
「私はね、レフィーヤ。君に、生きる目的を持ってほしい」
「私は、お母さんに生きてと言われたから、私は生きるんです」
その返答は、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも危うかった。
男はゆっくり首を振る。
「違うよ。それは君の意思ではない」
「え……?」
「答えを与えてもらったに過ぎない。まだそれは、ただの過程なんだよ」
「過程、ですか?」
「ああ」
男は頷いた。
「君のお母さんは、君に生きる目的をくれるための過程に過ぎない。だから、これから探していくんだ。ゆっくりでいい。足掻いて、苦しんで、悩め。きっと君の心のどこかに、まだ生きる理由が眠っている。そうでなくては、体も、心も、ここまで動かない」
そう言って、男はレフィーヤの手を握った。
その手は温かかった。
まるで、凍えきった心の奥へ、小さな火を灯すように。
レフィーヤの瞳に、ほんのわずかに光が戻る。
まだ自分は残っているのだと。
まだレフィーヤは、生きているのだと。
そう肯定してくれる人が、ここにいたからだ。
「冒険者になるでもいい。私の鍛冶師としての技術を継ぐでもいい。どこかの王子様と結婚するでも、なんでもいい」
男は少しだけ笑った。
「今は泣いてもいい、だって君は女の子なんだから」
「見つけるんだ。いや、探せ、レフィーヤ。その答えは、君の心の中にある」
そして彼は、ゆっくりと彼女を抱きしめた。
腐った目をして、絶望に沈み、壊れかけている少女を、壊れないように。
「今は泣いてもいい。だって君は、女の子なんだから」
耳元で囁かれたその言葉に、レフィーヤの中で最後まで堪えていたものが決壊した。
彼の大きな背中へ、ぎゅっと手を回す。
「私、私、逃げちゃったんです!! お母さんとお父さんと、村の人を置いて! 私だけ助かった……なんで私だけなの? なんで……なんで!!」
男はと静かに相槌を打ちながら、泣きじゃくる彼女を抱きしめ続けた。
責めることも、否定することもせず、ただその痛みが言葉になるのを待つように。
やがて泣き止んだ頃、男はそっと身体を離した。
それから洗面台の上に置かれていた手鏡を取り、レフィーヤへ差し出す。
そこに映っていたのは、少しだけ目に光を宿した少女だった。
もう、完全には腐っていなかった。
*******
レフィーヤはラキアを治める主神から恩恵を刻まれ、その日から剣の稽古を始めた。
義父が鍛冶師であったことも理由のひとつだが、それだけではない。
彼はかつて、オラリオで冒険者をしていた。
けれど、自分には剣の才がないと悟り、その道を退いたのだという。
剣を捨てたのではない。ただ、自分の手に馴染む生き方が別にあると知った。
そして、レフィーヤには才能があった。
「君なら、いい剣士になれる」
そう言われた時、レフィーヤは少しだけ驚いた。
自分の中に、まだ何か見出されるものが残っていたのかと。
けれど、その言葉は不思議と胸の奥へ沈み、静かな熱となって残った。
それから彼女は、剣を振り続けた。
朝の冷えた空気の中で。
昼の乾いた陽射しの下で。
夕暮れに腕が上がらなくなるまで。
剣を振るたび、何かに近づいていく気がした。
まだ名前のない何か。
けれど確かに、自分の中に眠っている答えの輪郭へ。
もちろん、故郷で学んでいた魔法の鍛錬も怠らなかった。
剣だけでは足りない。魔法だけでも足りない。
自分にできることをひとつずつ積み上げていくことが、今のレフィーヤにとっては、生きることそのものだった。
そして四年目。
レフィーヤは念願のランクアップを果たした。
その報せを受けた時、彼女は飛び上がるほど喜んだわけではなかった。
むしろ、胸の奥で静かに何かがひとつ定まったような感覚のほうが近かった。
ああ、自分はちゃんと前へ進んでいるのだ、と。
失ったものの上に立ちながら、それでもなお歩いているのだと、初めて少しだけ信じられた。
さらに三年が過ぎたある朝。
レフィーヤは、ついに義父へある決意を告げることにした。
「お義父さん、お話があるんです」
朝食の支度をしていた彼へ、レフィーヤは声をかけた。
食卓に座るその姿勢は、いつになく真っ直ぐだった。
指先は膝の上で揃えられ、眼差しには迷いよりも決意が宿っている。
「うん?なんだい?可愛いレフィーヤのためならなんでもしちゃうぞ!何がほしいんだい?お菓子かい?それとも玩具かい?なんでも買ってあげちゃうぞ!」
「お義父さん、私を好きなのはわかりましたから!!ちょっと落ち着いてください!!」
顔を赤くして叫ぶと、彼はようやく振り返った。
そして、レフィーヤの真剣な表情を見た瞬間、ふざけた調子をすっと引っ込める。
ゆっくりと食卓につき、向かい合うように腰を下ろした。
「それで?話ってなんだい?」
「はい、お義父さんは私の生きる理由を見つけてほしいと言ってくれました」
「うん、確かに言ったね」
「はい、それで決めました。私はオラリオに行きます」
彼はくすりと笑い、レフィーヤの目をまっすぐ見た。
その笑みは穏やかだったが、どこか試すようでもあった。
「それがオラリオに行く理由かい?」
レフィーヤは、首を横に振る。
一度目を閉じ、深く息を吸う。
胸の奥に沈めていた本心を、今度こそ言葉にするために。
「あの炎龍は、私の亡き故郷へ棲みついていると聞きました」
声は震えていなかった。
もう、あの日の少女ではない。
「あのモンスターを、一人で倒すこと。それが、私の生きる理由です」
しばしの沈黙が落ちた。
彼女の言葉が、彼の中で静かに受け止められていくための時間だった。
「そうか」
やがて彼は、ゆっくりと頷いた。
「君の生きる理由を聞けて、満足だよ」
そう言って立ち上がると、彼は奥の工房へ入っていった。
しばらくして戻ってきた彼の腕には、大きく古びた木箱が抱えられていた。
年季の入った箱だった。
木目は深く沈み、金具には長い時間の色が染みついている。
それだけで、この箱がただの収納ではなく、何かを守り続けてきた器なのだとわかった。
彼はそれを床へ置き、レフィーヤを手招きする。
レフィーヤも食卓を離れ、彼の正面へ座った。
箱が開かれる。
その中にあったのは、白銀の剣だった。
レフィーヤは思わず息を呑む。
古びた木箱の中から現れたそれは、まるで時間だけが触れられずに残された光のようだった。
柄には金の装飾が施され、窓から差し込む朝の光を受けて、刃は宝石のように白く反射している。
美しい、という言葉だけでは足りない。
それは武器であると同時に、長い年月を越えて受け継がれてきた意志そのものに見えた。
「これを持って行きなさい」
「え!?これはだって代々お義父さんから伝わるものだって、大事なものなんですよね?」
「ああ。私の命よりも大事なものだ。風邪をひいた日も、腕を痛めた日も、これだけは欠かさず手入れしてきたさ」
「だったらなおさら!?」
レフィーヤの声が裏返る。
そんなものを、自分が受け取っていいはずがない。
そう思った。
けれど彼は、穏やかに首を振った。
「けどねレフィーヤ君は一つ勘違いしてる」
意味がわからず、レフィーヤは彼の顔を見る。
彼は優しい笑みを浮かべたまま、静かに言った。
「命よりも大事なものが、もうひとつ増えたんだよ」
その言葉は、あまりにもまっすぐだった。
「おと……う、さん……」
声がうまく出ない。
喉の奥が詰まり、視界が滲む。
けれど、言葉にならなくても伝わっているとわかった。
彼には、ちゃんと届いている。
「レフィーヤ。行ってきなさい。そして炎龍を倒したあと、私に聞かせてくれ。次に君が何をやりたいのかを」
彼の目が、光っているように見えた。
けれどそれは、きっと自分の涙が視界を歪めているせいなのだろうと、レフィーヤは思った。
差し出された剣を、両手で受け取る。
ずしりとした重みが腕に伝わる。
それは武器の重さだけではなかった。
託された時間の重みであり、愛情の重みであり、これから先を生きろという願いの重みだった。
レフィーヤは深々と頭を下げた。
*******
「忘れ物してないかい?」
旅立ちの朝、彼はいつもと変わらぬ調子でそう尋ねた。
「うん! 大丈夫です! このレフィーヤ・ウィリディスに限って、忘れ物なんてありませんから!」
胸を張って答えると、彼は満足そうに何度も頷く。
「うんうん。レフィーヤはそうでなくっちゃ!」
そのやり取りが、少しだけ嬉しくて、少しだけ苦しかった。
いつも通りでいてくれるからこそ、これが別れの朝なのだと余計にわかってしまう。
「……お義父さん。今までありがとうございました」
そう言うと、彼はすぐに首を横へ振った。
「違うよ。そんな言葉は許さないよ」
「え?」
「またね、レフィーヤ」
その一言に、胸の奥が強く揺れた。
別れではない。
終わりでもない。
これは、次に会うための旅立ちなのだと、彼はそう言ってくれている。
「ッ!!! ……またね! お義父さん!!」
涙を堪えながら、レフィーヤは笑った。
「あっ、ちょっと待った、レフィーヤ」
「え? なんですか? 忘れ物でもありました?」
「うん。ほら、これ」
彼が持ってきたのは、七年前のあの手鏡だった。
差し出された鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは、レフィーヤ自身だった。
七年前、この鏡に映っていたのは、目が淀み、今にも死んでしまいそうな顔をした少女だった。
けれど今、そこにいるのは違う。
山吹色の髪をひとつに束ね、まっすぐ前を見据えるエルフ。
瞳には確かな意志が宿り、その顔には、もうあの頃の濁りはない。
「いい顔になった」
彼はそう言って、静かに笑った。
その言葉は、どんな褒美よりも深く胸に沁みた。
そしてレフィーヤは、オラリオへ向けて一歩を踏み出す。
もう、あの頃のように絶望の中で立ち尽くす少女ではない。
誰かに理由を与えられなければ生きられなかった少女でもない。
自分で選び、自分で歩き、自分で答えを探しに行く。
それが彼女だ。
正真正銘、レフィーヤ・ウィリディスという一人の冒険者が、その時たしかに生まれたのだった。