【月光の神】ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 作:クックダッセ
ベル・クラネル
Lv.1
力 : E 457→C 677 耐久 : D 500→C 624 器用 : E 448→D 536 敏捷 : C 601→B 721 魔力 : I 0→H 105
《魔法》
【オリオン・ボルト】
・破邪の一撃。
・誓いによって威力上昇。
・誓いによって消費魔力上昇。
《スキル》
【
・早熟する。
・
・夢見の丈により効果向上。
「このスキルは本当に……」
思わず漏れたアルテミスの呟きには、感嘆と呆れが半分ずつ混じっていた。
常識外れ。
その一言で片づけるには、あまりにも度が過ぎている。
ベル・クラネルという少年は、本当に英雄へ至る階段を、とんでもない速度で駆け上がっていた。
普通なら何年もかけて積み上げるはずの成長を、彼はわずかな日々のうちに飛び越えようとしている。
早熟───などという言葉では、生ぬるいほどに。
神であるアルテミスは、その異常さをよく理解していた。
成長が速すぎるということは、決して良いことばかりではない。
力が先に進みすぎれば、心が追いつかない。
技量が伴わなければ、強さは脆さにもなる。
経験が足りないまま高みへ押し上げられれば、いずれどこかで身体と精神に歪みが生まれる。
まだ冒険者になって間もない子どもだ。
本来なら、転び、悩み、少しずつ傷を覚えながら進んでいくはずの道を、ベルはほとんど駆け抜けるように進んでいる。
放っておけば、いつかどこかで破綻する。
アルテミスは、そう確信していた。
だが───それはベルが一人だった場合の話だ。
今は違う。
自分がいる。
レフィーヤもいる。
ベルが立ち止まりそうになれば支えてやれる。
迷えば手を引ける。
傷つけば、帰る場所になってやれる。
そしてきっと、それは一方通行ではない。
ベルもまた、自分たちが躓いた時には、必死に手を伸ばしてくれるだろう。
誰か一人が背負い込むものではなく、誰かが揺らいだ時に皆で支えるもの。
未熟でも、不格好でも、互いに寄りかかりながら前へ進んでいくものだ。
だからきっと、大丈夫だ。
アルテミスはそう信じた。
「レフィーヤ」
「は、はい」
名を呼ばれたレフィーヤが、ぴんと背を伸ばす。
アルテミスはステイタスの紙から顔を上げ、真っ直ぐに彼女を見た。
その眼差しにはまだ頼りなさがあったが、それ以上にアルテミスは彼女にも期待していた。
「お前はベルに負けるな。きっとベルはすぐにお前を超えてくる。だから負けるな、レフィーヤ」
その言葉に、レフィーヤはぎゅっと拳を握る。
超えてくる。
そんなことは、言われなくても分かっていた。
あの白髪の少年は、もう普通の物差しでは測れないところへ足を踏み込み始めている。
その成長速度を目の当たりにした今、いずれ追い抜かれる未来を想像できないほど鈍くはなかった。
けれど、悔しさはあっても、そこに後ろ向きな感情はなかった。
抜かれないようにしがみつくのではない。
ベルが進むのなら、自分も進む。
あの少年が必死に上を目指すのなら、自分もまた、その背を追い、肩を並べられるように強くなる。
そう思えたからだ。
レフィーヤの胸の中にもまた、小さく火が灯っていた。
「はいっ!!」
その返事には、迷いがなかった。
ベルとレフィーヤは顔を見合わせ、そして笑った。
どこか照れくさそうで、それでいて眩しい笑顔だった。
アルテミスもまた、そんな二人を見て微笑む。
ああ、幸せだ。
こんなにも真っ直ぐで、不器用で、けれど愛おしい眷属たちを持てたことが、たまらなく嬉しかった。
******
季節は変わらずとも、ベルたちの生活は余裕があった。
日が傾く頃までダンジョンへ潜り、無理をしすぎないところで切り上げ、地上へ戻る。
夕暮れのオラリオは、昼間の喧騒を少しだけ和らげていた。
石畳を染める橙色の光。
店じまいを始める露店の声。
どこかの酒場から漂ってくる焼いた肉と香辛料の匂い。
それらを横目に見ながら、ベルとレフィーヤは馴染みの帰り道を進む。
今日はアルテミスは休日だった。
ミアに頼まれた仕事もなく、部屋でのんびりしているらしい。
「ただいま帰りました、神様」
扉を開けてベルが声をかけると。
「ああ、おかえり、お前たち」
すぐにアルテミスの声が返ってきた。
その声音はいつも通り穏やかで、聞いた途端にベルたちの肩からふっと力が抜ける。
部屋の奥では、カチャカチャと小気味いい音が鳴っていた。
どうやら何かを準備しているらしい。
「今日は私がミアから教えてもらった料理を作ってみたんだ。いい感じにできたと思うから、食べてほしいんだが」
どこか恥じらうように言うアルテミスに、ベルはぱっと表情を明るくする。
「ほ、本当ですか!? すごいです、神様!」
すると、そのすぐ後ろでレフィーヤがぼそりと呟いた。
「アルテミス様って料理できたんですか? 意外ですね……」
ぴしり、と空気が止まった。
ベルの笑顔が固まる。
次の瞬間、ベルは心の中で『レフィーヤっ!!』と全力で叫んでいた。
恐る恐る、ベルはアルテミスのほうを見る。
アルテミス笑っていた、ただし目が死んでいたが。
「レフィーヤ……それはどういう意味だ?」
「───あっ!?」
レフィーヤの肩が跳ねる。
「い、いまの聞こえてました……?」
「…………レフィーヤ。今日はお前、夕飯抜きだ」
「すみませんでしたっ!!」
即座に、深々と頭を下げるレフィーヤ。
その勢いは見事なものだった。
いつもは強気な彼女が、ここまで綺麗に謝る姿はなかなか見られない。
ベルは目をぱちぱちと瞬かせる。
レフィーヤがこんなにも勢いよく、全力で謝罪する瞬間を目撃したのはベルは初めて見た。
しばしの沈黙のあと、ベルはどうにか場を和ませようと、おずおずと口を開く。
「え、えっと……神様の料理、僕はすごく楽しみです」
するとアルテミスはベルのほうを見て、ふっと表情を和らげた。
「……そうか。なら、ちゃんと味わって食べるように」
「はい!」
「ベル!? 私の分も少し残しておいてくださいね!?」
「お前は抜きだと言っただろう」
「そんなああああっ!?」
レフィーヤの悲鳴が、部屋の中に響く。
その様子を見ながら、ベルとアルテミスは思わず笑ってしまった。
つい数日前まで死線の只中にいたとは思えないほど、今この部屋には穏やかな空気が流れている。
だが、だからこそ尊いのだろう。
一緒に帰ってきて、同じ食卓を囲んで、くだらないやり取りで笑い合える。
そんな当たり前の時間こそ、命がけで守る価値のあるものなのだと、まだ幼い彼らは少しずつ知っていく。
小さな
******
食事が終わって、部屋の中に少しだけ落ち着いた空気が流れ始めたころだった。
温かい料理のおかげで、さっきまでの騒がしさもどこかやわらいでいて、レフィーヤもさっき夕飯抜きだって言われていたわりには、最終的にちゃんと食べさせてもらえたらしく、ほっとした顔をしていた。
僕も少し笑ってしまいながら、そろそろ神様にステイタス更新をお願いしようかな、と思って口を開きかける。
「ベル、レフィーヤ。私から少し提案があるんだが、聞いてくれないか?」
「え?」
僕が声をかけるより先に、神様のほうが話し始めた。
思わず背筋が伸びる。
神様の声はいつも通り穏やかだったけど、どこか少しだけ真面目な響きが混じっていたからだ。
「は、はい。提案って何でしょうか?」
レフィーヤが僕より先に返事をする。
僕も慌てて神様のほうを見た。
アルテミス様は少しだけ考えるように目を細めてから、静かに言った。
「私に類する、精霊の祠に行ってみないか?」
「「精霊の祠?」」
思わずレフィーヤと声が重なった。
精霊の祠。
その言葉自体は、僕も知っていた。
いくつもの英雄譚の中で聞いたことがある。
精霊は神様の使いで、神様たちがまだ下界へ降りてくる前に、その命を受けて地上へやって来た存在だって語られていた。
深い森の奥。
人の寄りつかない泉のほとり。
月の光しか差し込まない古い祠。
そういう神秘的な場所に住み着いて、時々、選ばれた誰かに力を与える。
そんなふうに語られることが多かった。
もちろん、僕だって子どものころは何度もそういう話に胸を躍らせた。
英雄譚の中で、英雄たちは精霊と出会って、不思議な力をもらったり、試練を越えたりしていたから。
だけど、それはほとんどが昔の話だ。
神様たちがまだ下界にいなかったころの物語。
今は違う。
今の下界には神様がいて、なにより僕たちには
わざわざ伝説みたいな精霊を探しに行くより、ダンジョンに潜って経験を積んだほうがずっと現実的だ。
だから今では、精霊を探しに行く人なんてほとんどいない。
見つからないまま、昔話の中だけに残った伝説───それが僕の中での精霊。
「ああ、そうだな……なんと説明した方がいいか」
神様は腕を組んで、少しだけむむむ、と考え込む。
それから、何か思いついたみたいに軽く手を打った。
「英雄譚の『アルゴノゥト』という童話を知っているか?」
「はい。有名な英雄譚ですから。英雄に憧れる少年の物語、ですよね」
『アルゴノゥト』道化の少年がなし崩し的に、ミノタウロスからお姫様を救う物語。
原初の英雄と言われていて、最も古い英雄譚として有名だ。
「それがどうかしたんですか?」
答えながら、僕の頭の中にはすぐにその物語が浮かんでいた。
『アルゴノゥト』。
道化の少年が、なし崩しの形で大冒険に巻き込まれて、最後には雄牛からお姫様を救う話。
最初は笑われてばかりで、ぜんぜん英雄らしくなくて、喜劇の物語。
始まりの英雄なんて言われている。
僕はアルゴノゥトよりもエピメテウスとかの方が好きだけど、お
「それがどうかしたんですか?」
僕がそう聞くと、神様は小さくうなずいた。
「『アルゴノゥト』を読んだなら分かるだろう。あの物語の中で、アルゴノゥトは精霊の祠を訪れ、精霊から力を授かったと書かれていたな?」
言われて、思い出す。
たしかにあった。
物語の途中、アルゴノゥトが旅の果てに辿り着いた、神秘的な祠。
そこで彼は、英雄になるための力を手に入れた。
「その祠のことだ」
神様がそう言った瞬間、僕の胸がどくんと鳴った。
まさか本当に、あの英雄譚に出てきたみたいな場所があるの……?
「その精霊の祠はどこにあるんですか?」
レフィーヤが小さく手を挙げながら聞く。
たぶん気持ちは僕も同じだった。
だって精霊から力をもらえるかもしれない場所なんて、そんなの気にならないはずがない。
でも同時に、そんな場所が本当にあるなら、どうして誰も探していないんだろう、とも思った。
いや、きっと昔は探した人もいたはずだ。
でも見つからなかった。
だからこそ伝説になったんだ。
「オラリオから少し離れた場所に、『フィーサナの森』という場所がある。そこに精霊の祠がある」
「フィーサナの森……」
聞いたことのない地名だった。
僕はもともと田舎育ちで、知っている場所なんてそんなに多くない。
故郷の村の近くと、おじいちゃんから何度も聞かされたオラリオの話。
それくらいだ。
だから、その森がどこにあって、どんな場所なのかなんて全然想像がつかなかった。
けれど、名前だけでちょっと胸が高鳴る。
深い森。精霊の祠。英雄譚。
そんな言葉が頭の中で結びつくだけで、なんだか冒険の匂いがした。
神様はそのまま話を続ける。
「数日前、ガネーシャに
「馬車……」
「明日出発するぞ」
「と、突然すぎませんか!?」
僕が言葉を繰り返すと、明日向かうという事実にレフィーヤが大きな声を出す。
まあ、大きな声も出てもおかしくない。
精霊の祠だ。
英雄譚に出てくるような場所だ。
しかもそこに行くのが───明日?
「だから、選んでほしい」
その一言で、部屋の空気が少し変わった。
「精霊の祠には、たくさんの危険があるはずだ。私に類する存在といっても、会えばすぐに力を貸してくれるわけではないだろう。きっとお前たちを試す試練がある。危険も伴う」
神様の声は静かだった。
だけど、その静けさの中にある重さはすぐに分かった。
これは、ただの遠出じゃない。
ちょっとした冒険気分で行けるような場所じゃない。
「それでも、精霊の祠に行くか?」
僕とレフィーヤは同じ考えだったのか、お互いに顔を見合わせて笑った。
「「行きます!!」」
声がぴったり重なった。
神様が少しだけ目を丸くして、それからふっと笑う。
危険があることは分かっている。
きっと簡単な旅じゃない。
神様も、わざわざ
大変なことが待っているんだと思う。
それでも、僕は行きたかった。
一歩でも早く、英雄に近づけるなら。
そして、僕が一番尊敬している神様に、胸を張って認めてもらえるような冒険者になれるなら。
「そうか。わかった。精霊の祠まで、ガネーシャの話では一週間で着くらしい。食料などの準備は済ませている」
「へ?」
思わず変な声が出た。
「あ、あの……神様は、僕たちが行くって言うって分かってたんですか?」
僕がおそるおそる聞くと、神様はきょとんとした顔をしたあと、さも当然みたいに言った。
「当たり前だろう? お前たちは私の眷属だ。お前たちが何と答えるかくらい、分かる」
本当に、この神様には敵わない。
僕たちのことをよく見ていて、よく分かっていて、しかも一歩先で待っているみたいに全部準備してしまう。
僕は、また一歩を踏み出すんだ。
強くなるために。
英雄に近づくために。
明日から始まる旅を思って、胸の奥が熱くなるのを、僕はどうしても止められなかった。