機動戦士ガンダム外伝 - Zeitalter des Schrof -   作:びわ之樹

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第1話 岩礁の雛鳥

 窓外に広がる漆黒の海を、無数の岩塊が流れてゆく。

 遠きは遅く、近きは飛ぶように。この船の何倍もあるような岩山がぬいと姿を見せては後ろへと過ぎてゆくその様は、さながら朧に見聞いた地球の『川下り』の様を想像させた。リゾート目的の観光コロニーでもなければ、コロニー生まれにとって川という存在はほど遠く、せいぜい旧世紀の記録写真でしかうかがい知れないものではあるが。

 景勝(けいしょう)と呼ぶには殺風景に過ぎる、鉄と岩を縫う宙の川。その中にぽつりぽつりと漂う、蜂の巣となり()し折れた戦闘機の残骸が視界の端に引っかかり、少女――アネット・クレージュは不意に肌が粟立つのを感じた。

 

「おい、あれ見ろよ。『サラミス』の残骸だぜ。あっちには戦闘機だ」

「『トリアーエズ』かな?」

「ばぁか、あの形は『セイバーフィッシュ』だろ。きっと『ザク』にやられたんだぜ。ざまぁ見ろ、連邦め」

 

 同じ物を見つけたのだろう、船の客室に連なる座席から、次々と賑やかな声が上がる。いずれも年のころは10代半ばからせいぜい後半、外の景色を騒がしく見やる姿はあたかも修学旅行の一行にも似ているが、そのいずれもが濃緑色の制服に身を包み、襟元に『ジオン公国突撃機動軍』を示す金色のバッジを輝かせる姿が一線を画している。

 戦場に向かう中で気が昂ったのか、『ジーク・ジオン!』と口にする少年。その通路向かいで、気にする素振りもなく話し耽る二人の少女。騒がしさを帯びた客室の中で、しかしその最後尾の二席――アネットと、その隣に座る大人の女性だけは、まるで幕の内にあるように静寂に沈んでいる。

 

「どうしました、アネット?巡洋艦や戦闘機の残骸なんて、今更珍しくもないでしょうに」

「違うの。見慣れたCGモデルとは違って…あれには、人の恐怖と怨念が染み付いている。…そんな気がして」

 

 伸ばした後ろ髪をアップに纏めた、オレンジみを帯びた蜂蜜のような色の金髪。直射の陽光を知らない、血色が透けるような白い肌。そして鮮やかなその色調とは裏腹に、奥底に淀みと怯えを宿した青い瞳。

 傍らに座るスーツの女性にそう告げて、少女は窓の外に流れる光景を食い入るように見つめ続けた。

 

 ふう。

 漏れる微かな溜め息は、スーツの女性。淡い茶色の髪をシニヨンに結い、細長い眼鏡越しに少女を見やるその色は、どこか冷徹な気配を帯びている。『マルファ・キーロヴナ・イオーノヴァ』と記された名札を下げたその姿は、この客室にあって一人軍属という雰囲気から外れていた。

 

「大丈夫、じきに慣れますよ。殺すのも。殺されるのを見るのにも」

「………そう」

 

 にべもなく言い放つスーツの女性――マルファに、少女は俯き視線を落とす。何かを確かめるように視線の先へと広げた掌は、薄く、小さく、白い。

 

 ぴくり。

 その時、少女の掌が微かに揺れた。五感の外で何かを感じたかのように、少女は顔を窓へと押し付けるように近づけ、視線を斜め前へと向けた。

 岩塊の隙間、ちらりと見える青い光。それは小刻みに閃き、瞬くごとに輝きを増しながら船の下へと近づいてくる。間隙を縫い飛ぶその様は、機動兵器の噴出炎と見て違いない。それは瞬く間に近づき、船の横で反転して、やがてその姿に気づいた少年少女たちの歓声に包まれた。

 

 丸みを帯びた頭部と、その前頭頂に聳える角。人型を模しながら、どこか古の剣闘士を思わせる胸部と腰の装甲。そして両肩を覆う円い防具と、左腕に携えられた身体に匹敵するほど大きな盾。

 MS-05『ザクⅠ』――学生出身らしい他の少年らならばいざ知らず、半ば強制的に覚えこまされた知識と機体のフォルムを照合したアネットの脳裏には瞬時にその名が過ぎった。もっとも眼前の機体は従来のカラーリングより明度の高い黄緑色に塗装され、携えている盾も通常のものより遥かに大型という違いがあるようだが。

 

 歓声に包まれながら、『ザクⅠ』は右腕を伸ばしてゆっくり船へと近づいてくる。

 わずかの後、天井にごぅん、と響く重い音。音源の位置を踏まえれば、それは『ザクⅠ』のマニピュレーターが船に触れたことを告げるものだった。

 

《失礼、通信封鎖中につき直接接触させて貰った。こちらは突撃機動軍第61遊撃艦隊所属『ヴィーゼル1』。貴艦の所属および艦名を問う》

《当方は第405輸送艦隊所属『ナーストレンド』。丁度いい、貴艦隊へ補充機材および人員を輸送に来た所だ》

《待ちかねたぜ。了解した。我が艦隊は現在遊撃任務中につきデブリ帯に潜伏中である。当方が誘導する、追随されたし》

 

 船と『ザクⅠ』との接触回線が開いたらしく、艦内スピーカーを介して流れるのはパイロットと思しき男性の声。その声が、そして機体が離れた一拍後には体がゆっくりとしたベクトルを感じ取り、この船が回答を始めたことを物語っていた。

 先ほどより一層濃くなったデブリの中、ゆっくりと進んでいく船。数分ほどを経て、客室正面の大型ディスプレイが映し出したのは、コロニーの残骸に隠れて息を殺すいくつかの艦船の姿だった。濃緑に染まり旧世紀の帆船然とした中央の艦は中でもひときわ大きく、遠目にも三連装の主砲を屹立させている様が見て取れる。

 

 軍艦。殺し殺されることを生業とする人々が拠る、鋼鉄の城塞。そして、()()()()()()()()()()()がいるべき、本来の場所。

 存在を誇示する艦の威容と、自らに与えられた力と役割。それらを改めて感じ取ったのか、少女は唇を噛み締め、握った掌を胸の上へと押しあてた。

 

「見えてきましたね。あれが、あなたの新しい家。第61遊撃艦隊旗艦、チベ級重巡洋艦『クロンシュタット』です。あの様子では、すぐにでも実戦が待っているでしょうね」

「…実戦……」

 

 今だ実感の湧かない響きを確かめるように、アネットはその言葉を呟く。その様を見、口角を上げたマルファは、そっとアネットの耳元へと唇を寄せた。労わる、慈しむ――そんな感情からかけ離れた、見定めるような冷たい微笑を浮かべながら。

 

「せいぜい頑張って殺して、殺されてください。あなたの働きは、そのまま『機関』の後進…ニュータイプの力になるのですから」

 

 湿りと艶を帯びた声が、少女の心へ呪いのように浸み込んでゆく。

 

 私の力の意味。そして、代償たる過去の傷。その報いが、今ここにいることなのだと告げるように。

 

 時に宇宙世紀0079年9月26日、かつてサイド2と呼ばれたコロニー群の成れの果て。

 岩塊と怨念が漂うその宙域で、ジオンの紋章を刻んだ輸送艦は、濃緑色の軍艦へゆっくりと接舷していった。

 

******

 

「ジオン公国軍志願兵団第1陣52名、只今を以て着任します!」

 

 空間に一団のリーダーと思しき少年の声が響き渡り、掲げた腕と合わせた踵が一斉に鳴る。

 正面に大型ディスプレイと一段高い演台が設けられたその一角は、普段は軍艦の格納庫に連なる休憩所兼詰所として使われる部屋らしく、部屋の片隅に雑多に寄せられた長机や椅子がその様子を朧に物語っていた。長方形の部屋の中央に52人からの少年兵が並び、前に艦隊司令らと思しき幹部連が、側面や後方には主要な艦隊のスタッフが立ち並ぶその様はいかにも狭苦しい。

 もっとも、艦の側としてはやむを得ない事情もあったのだろう。本来であれば広い空間を有する艦の格納庫が最適だったのだろうが、当の格納庫はといえば今も窓の外に見える通り、ひっきりなしに機材や人が行き交う補給作業の真っ最中のように見受けられる。補給作業中は艦が無防備となることを踏まえれば、そちらを優先せざるを得ないのも致し方のないことだろう。

 

 偶然学徒兵を送る輸送便に同乗こそしたものの、『機関』の出身たる自分は、基本的に彼ら学徒兵と出自が異なる。学徒兵たちの列から離れた壁際でマルファと並びながら、アネットは彼らを傍目に見て、どこか怯むような、鬱屈するような思いを禁じえなかった。

 希望に満ちた、彼らの目。彼らには、ジオンを護るという誇りと希望がある。そしてその背景には守るべき国があり、両親や恋人、友人らが、守るものがあるのに違いない。…そう、私と違って――。

 

「アネット、艦隊司令さまの訓示です。こんなことで揉めるのも面倒ですから、せめて聞くふりだけでもしておいて下さいね?」

「!…ご、ごめんなさい…」

「…ふふ、それにしても少年たちの士気といい、なんて勇ましいこと。――いったいこの場の何人が、この補充の意味を理解しているのでしょうね」

 

 ちくりと刺すようなマルファの声に、知らず知らずに下げていた頭を持ち上げる。マルファが言う通り、壇上には立派な髭を蓄えた佐官が一同を眺め回し、声を張り上げて着任挨拶という名の演説を始める所であった。勇ましいその言葉は、今回の派遣が純粋の本国の高い士気の発露と信じて疑っていないようにも見える。

 事の本質に気づき、敢えて見て見ぬふりをしているのか。それとも、その本質を本当に理解していないのか。人心の機微に、まして軍人という生き物の価値観に疎いアネットには判断が付かなかった。

 

 あまりにも高まったジオン国民の士気をなだめる為の、志願学徒兵を選抜して構成された志願兵団――言うなれば、愛国心の安全弁として設けられたガス抜きの意味を持つ派兵。

 表向きはそのような理由付けが喧伝されていたが、事前にマルファから聞いていた内容によれば、その解釈は適切ではない。

 

 マルファ曰くその真の意味とは、今後の本格的な徴兵強化、ならびに学徒兵派遣に向けたデータ収集なのだという。

 一週間戦争、ルウム戦役、そして地球降下作戦。名実ともに大勝利を重ねて来たジオン公国ではあったのだが、相手方たる地球連邦はあまりにも大きく、決定的な勝利とはなりえないままに戦争は膠着の気配を見せ始めていた。

 資源は小惑星や地上の採掘である程度補えるとしても、元々地球連邦と比べて劣る人口ばかりはどうしようもない。戦争の長期化は兵力の不足に、ひいては戦局そのものに繋がることは、もはや火を見るより明らかな事だった。

 その現実を把握していた総帥府は、戦争が長期化する予兆を見せていた第二次降下作戦の前後から、ルウム戦役などで消耗した兵力を補うために学徒動員の検討を開始。軍歴を積んでいない16歳以上の学童を対象とし、量産した機動兵器とともに前線に派遣して戦力を補うことを計画したのである。

 

 もっとも、現実はそう単純ではない。

 旧世紀にいくらか例はあったとはいえ、時代が宇宙世紀に移ってから後は公的に学童が徴兵された例は無い。したがって指導機関や指導法、配属兵科の選定といったノウハウは、ジオンはおろか地球連邦すら持っておらず、まさに白紙の状態から開始せざるを得なかったのである。

 そこで、総帥府はあらかじめ厳格な条件を設けた上で少数の従軍志願者を公募。これを志願兵団第1陣として組織し、彼らを対象に後の本格派遣に向けたノウハウ収集を図ったのである。

 

 技術や研修期間が短い未熟な学徒兵に、どのような指導を施せばよいのか。適した兵科は、配備する兵器に求められる要素とは。彼らは言うなれば、それらを探求するために教育されたモルモットに当たる存在であった。この度の派遣で得られた知見を基に、ジオン本国では今後、本格的な学徒動員が検討されていくのに違いないだろう。

 

 目の前で微動だにせず、目を輝かせながら話を聞いている少年たちの姿。

 改めてそちらに目を向けて、アネットは哀れさと憐憫と、微かな共感の情を抱いた。モルモットという点では、私だって同じである。ただ、今ここにいる意味を私は知っていて、彼らは知らされていない。その違いが、彼我の間に横たわっているだけだった。

 

「――であるからして、戦局の打開には熱く(たか)き志を持つ諸君の力が不可欠と言えるだろう!諸君らの貢献と活躍に期待する!」

「訓示は以上である。各課担当者は事前に配布した名簿に従い、各課配属者の統括に当たるよう」

 

 演台から一段降りた端、副長と思しき細身の男性が声を上げると同時に、部屋の後方に屯していた軍服たちが一斉に動き始める。

 『整備課、整備課配属はこっちに集まれー。とっとと来ないと置いてくぞー』、『糧食課はこちらでーす』、『通信課3名ー。ヘレナ伍長、リィレン兵長、アカネ兵長は直ちに集合せよー』。入り乱れる各課の声に戸惑う学徒兵のざわめきが合わさり、部屋は瞬く間に喧騒に包まれてゆく。右往左往する人数と声の波に幻惑されてか、マルファは困ったように眉尻を下げてきょろきょろと周囲を窺い始めた。

 そのさざめきの中の、一つ。『き、機動兵器課!MS中隊配属者はこちらでーす!すみませーん!MS中隊こちらでーす!』と半ば助けを求めるような青年の声を、アネットの鋭敏な聴覚は明確に聞き分けた。惑うマルファの手を握り、アネットは人の波を縫いながら、声のする方へと歩を進めていく。

 

 人をかき分け、ようやく至った先。その一角に集う学徒兵の制服を纏う3人の男女と、それを前にする眼鏡姿の青年士官が目に入った。青年士官は書類を束ねたバインダーを手に、困ったように後頭部を掻いている。

 

「…あの、すみません。遅くなりました。機動兵器課はこちらですか?」

「え?…ああ、お待ちしていました。件の配属者の方ですね。…よし、これで全員と」

「アネット・クレージュ曹長です。よろしくお願いします」

「MS中隊第2小隊長、カシム・タカツキ少尉です。細かい自己紹介はまた後程。中隊長殿を呼んできますので、みなさん少々お待ち下さい」

 

 黒髪にのっぺりとしたアジア系らしい顔立ち、浅黒い肌の色。カシムと名乗ったその青年はぺこりと一礼すると、部屋の外に当たる格納庫の方へと踵を返していった。本業たる軍人、それも上官である少尉でありながら、こちらが恐縮するほどに低いその物腰が印象的であった。

 他の課への配属者はめいめいその部署へと連れて行かれたのか、気づけば部屋は先ほどの喧騒が嘘のように静まりつつある。

 

 間を持て余し、下を向くアネットの視線。それを許さないとばかりにアネットの手を取り、覗き込むように体を屈めてみせたのは、同じくMS隊への配属者と思しき学徒兵の少女の姿だった。視線は思わず前を向き、残る二人――まだあどけなさの残る少年と、背が高い青年にもおのずと視線が交わってゆく。

 

「アネットっていうのね、あなた!よろしく、アネット。私たちの同期にはいなかったけど、どこの研修所だったの?」

「え…あ、えっと…」

 

 最初の一言から機密事項へ無造作に触れられ、泳ぐアネットの目が傍らのマルファへと向く。言葉にしないまま、唇を閉じて首を左右に振る様は『まだ喋っては駄目』の意。すなわち、このコミュニケーション能力の権化のような少女に対し、独力で何とか誤魔化せということであった。

 しかし何と答えたものか、言い淀んだアネットは目を泳がせ、口元をもごもごさせるのに終始する。その様を別の意味に解釈したのか、少女は弾けるようににぱ、と笑んで先に言葉を紡いでみせた。

 

「あ、つい前のめりになっちゃった…ごめんなさい。私はアルマ。アルマ・クーニッツ兵長!アル、でいいよ!」

「アールーマ。その初手から零距離コミュニケーションいい加減止めろっての。困ってるだろ。…それにお前聞き流してたかもしれないが、彼女、お前より階級上だからな」

「え?そうだったっけ?」

「あ…えっと、その。そ、曹長です。一応…」

「ほら見ろ。あ、俺はルッツ・マウアー兵長って言うんだ…じゃない、言います。よろしく!」

 

 ぐいぐいと押し出して来る自己紹介がいい加減目についたのか、少女――アルマの同期らしい少年がたしなめるように声をかける。襟の階級章にはアルマと同じ兵長のものが刺繍されており、およそ10代半ばと思しき年のころから判断しても、おそらくは研修所も同じ同期生なのだろう。階級を強調するその一方で、訂正した敬語もすぐに崩れ始めているあたり、実際のところ深くは考えていないらしく見受けられる。

 

「うそ!アネットって曹長だったの!?すごーい、同じくらいの年なのに。何で?…あ、そうだ。アネットは何歳なの?」

「じ、16歳…。そ、それにその、階級は気にせず、敬語じゃなくていいから…」

「ホント!?私やルッツと同い年!ブリーフィングが終わったらまた後で…」

「そこまでだ、アルマ兵長。忌々しい事だが、軍隊という所は年齢より階級が重視される。…失礼しました、アネット曹長。私はランドルフ・フィッシャー伍長と申します。我々は軍歴も短いので、軍の規律に精通しておりません。たびたびこのようにご迷惑をおかけしますが、ご容赦を」

 

 ぱっちりと目を開き、アルマは驚いた様子でアネットの顔や階級章をまじまじと凝視する。畳みかけられる人懐こい視線に対し、逃れるように泳ぐ目、紅潮する頬。その間を断ち切るようにぴしゃりを言い放ったのは、残る一人である長身の青年だった。制服こそアルマらと同じもののその相貌に幼さはほとんど残っておらず、10代後半から20代くらいの姿に見受けられる。一人だけ階級が高いのも、おそらくは年長ゆえという判断なのだろう。

 細い眼と丁寧な物腰、そして裏に見え隠れする皮肉。言葉とは裏腹な友好的とは言いがたい気配を感じ、アネットは軽く会釈をしただけで、ランドルフから目を逸らしてしまった。

 

「ふふ、若人同士自己紹介なんてして、微笑ましいこと。ですが皆さん、一旦ここまでのようです。我らがMS中隊の皆さんがおいでになったようですよ?」

 

 なおも話しかけようとするアルマを制するように、廊下へ耳を澄ましていたマルファが口を開く。アルマとランドルフの圧に思わず失念していたが、意識を凝らせば確かに格納庫側の廊下から複数の声が聞こえてくる。どうやら、先ほどのカシム少尉と、中隊長に当たる人が戻ってきたらしい。

 数秒の後、しゅうん、と開く電動ドア。その陰から姿を見せたのは、眼鏡をかけたカシム少尉と、見知らぬ色黒禿頭の男性の姿。

 

「お待たせしました。すみません、着任ブリーフィングに適した場所が確保できなかったとのことで、取り急ぎMS格納庫のキャットウォークで顔合わせを行うとのことです。恐れ入りますが、そちらまでご足労頂けませんでしょうか」

「…ここではいけないのですか?」

「ここは着任式が終わったらとっとと開けろと指示されてんだ。つべこべ言わずついてこい、モヤシ共」

「な…!…これだから軍隊は。人権意識の欠片も無い…!」

「リヒャド曹長!まだ彼らは慣れていないんですから…。失礼しました、行きましょう」

 

 相変わらず恐縮するような腰の低さを見せるカシム少尉と対照的に、禿頭の男性は抗弁したランドルフに刺すような言葉を浴びせかける。初対面での暴言に階級も忘れ腹を立てたのか、瓜実顔を紅潮させ呻くように呟くランドルフ。それすらもふん、という鼻息で振り払いながら、禿頭の男性は踵を返して先行していった。一抹の不安を表情に過らせながら、アネットとマルファも続いてゆく。

 

 扉をくぐり、格納庫の端に設けられた階段を通じて二階へ。どうやら先ほどのスペースとは別にキャットウォークの端がパイロット達のたまり場になっているらしく、遠目には整備兵らしき姿と合わせ、何人かの男性が屯している様も見て取れた。

 ――なるほど。

 不意に背後で声を漏らしたのは、最後尾を歩くマルファ。これまでの様子で何かを察したらしく、背をかがめて声を潜めながら、アネットの耳元へ唇を近づけた。

 

「受け入れを二つ返事で受け入れたのを妙だと思いましたが、なるほど確かに、ここは複雑な部隊のようですね」

「複雑?」

「ええ。部隊規模の割に、配備機は補給が行き届いていない様子が見受けられます。人員もそう…先ほどの禿頭の方は宇宙攻撃軍のエンブレムを付けておいででしたし、カシム少尉は襟に海兵隊を示すバッジがありました。…さながら魔女の巨釜。ふふ、愉快そうでよろしいことです」

「………」

 

 考えも出自も雑多なものを放り込んで一つ所とした、魔女の巨釜。

 マルファのその表現が適当かどうか定かではないが、階段を上り格納庫の全貌が明らかになるにつれ、アネットもまた奇妙な点に気が付いた。

 

 配備機は、殆どがMS-06『ザクⅡ』の系統機。マルファの言う通り機体の装甲は至る所が損傷し、中には肩部のスパイクアーマーがまるまる外れている機体すらある。先ほど輸送艦を出迎えた若草色の『ザクⅠ』も格納庫の手前側に駐機しているが、見渡す限りでは唯一のMS-05タイプであるらしい。頭部の動力パイプなど造形が一部異なる辺りから判断するに、おそらく改修型のQ型らしいことが窺い知れる。左肩に描かれた部隊エンブレムと思しき『盾を構えたイタチ(ヴィーゼル)』だけが、どこか武骨さに似合わぬ印象を与えていた。

 

 奇妙な点とは、それぞれの機体が例外なく手持ち式の『盾』を装備している点だった。MS-07『グフ』タイプの機体は左下腕をガードする盾を標準装備としているが、大きさはその比ではない。小さなものでも上半身全体、大きなものでは全長にほぼ匹敵するサイズのものすらあり、各機めいめいにそれらを携える様子は一種異様な圧迫感を醸し出していた。よくよく見ればそれらの表面や断面は平滑ではない上に形状もまちまちであり、沈没した艦船やコロニーの残骸から切り出してきた鉄板を、そのまま小型の手持ち式シールドに打ち付けて固定しているらしいことが見て取れる。当然制式の装備ではなく、現場で作成した急造品であることは言うまでもない。

 

 装備の不足を補うためというには、些か厳重に過ぎる装備。

 その背後に忍ぶ意味を解する間もなく、アネットとマルファは3人の学徒兵とともにキャットウォークの末端へと辿り着いた。

 

 左手側には艦内へ通じる通路、正面奥には何らかの機械を操作するための基盤と大型のモニター。

 それらの前に、丸椅子に座るのは濃緑の制服の前をはだけ、肩から着流した一人の青年。こちらの姿を見て察したのか、屯していた整備兵たちは一礼し、手すりを乗り越えてそれぞれの持ち場へと戻っていく。先行していたカシム少尉は中心の青年に何事かを耳打ちし、禿頭の男ともどもくるりと向き直った。都合この3名が、現在のMS部隊のメンバーらしい。

 

「ランドルフ伍長、以下3名。第61遊撃艦隊MS中隊に着任致しました」

 

 年長のランドルフが踵を合わせて敬礼し、斜め後ろに並んだ二人もそれに倣う。

 間、一拍。

 色の濃い茶髪を所々ぼさぼさに伸ばし、垂れた目尻を向けた中央の青年は、物憂げに答礼を示して口を開いた。

 

「第61遊撃艦隊MS中隊長、ファブリス・ナヴァール少佐だ。ま、気ィ張らずによろしく頼むわ。で、そっちの後ろのは?」

 

 青年の言葉を合図に、軍人たちの目が一斉にアネットへと向かう。素性については先刻承知なのだろう、探るような目を向けられながら、アネットはとっさに視線を落とした。『機関』の白衣たちに比べればまだ容赦のある視線ではあるが、視線を浴びて注目されるのはあまり好きではない。

 向けられた視線と疑問。それに応えるようにずいと一歩進み出たのは、傍らのマルファの方だった。

 

「対艦戦闘のエースとして名高いファブリス少佐のお目にかかり、光栄に思います。『フラナガン機関』より出向いたしました、マルファ・キーロヴナ・イオーノヴァ上級専門技術員と申します。この度は()()()()の実戦試験にご協力いただき、改めて感謝申し上げますわ。…さ、アネット」

「同じく『フラナガン機関』より派遣されました、アネット・クレージュ曹長です。お世話になります」

 

 なるべく誰とも視線を交わさず、焦点を無限遠に合わせて挨拶を紡ぐアネット。ぺこりと頭を下げた向こうで、隊長たるファブリスはぴくり、と片眉を上げて、わずかに細まった目を二人へ――正確にはマルファへと向けた。幾分厳を宿したその目の意味は、アネットには杳として分からぬまま。

 

「……エースとは呼んでくれんでくれ。気が疼いて気分が悪くなる。ま、ほどほどにな」

「横から失礼します。試製兵装というのは、あの大型の携行装備のことでしょうか?」

 

 苦虫を噛み潰すような表情を浮かべる少佐の傍らで、カシム少尉が手すりの向こうを指差す。

その指が指す先には、輸送艦『ナーストレンド』から搬入されたばかりの新品のMSが鎮座した姿。黒と紫のツートンで塗装され、十字のモノアイスリットを持つその機体は、同時に搬入された学徒兵用のMS-06F2『ザクⅡF2型』を上回るマッシブな体型で威容を放っている。機体の右側にはMSの全長ほどもある武装も並び、その威容をさらに彩っていた。

 

 MS-09R『リックドム』――宇宙用主力MSとして新たに生産され、傍らに並ぶ試製ビームバズーカともども、フラナガン機関よりせめてもの(はなむけ)としてアネットに与えられた機体。『リックドム』自体は次期主力機として配備が始まっている以上、中尉が指した『デカブツ』というのはビームバズーカの方を指してのことだろう。それを察したらしいマルファは、微笑とともに無言で以て中尉に応じて見せた。

 

 ――嘘、である。

 少なくともアネットは、マルファの言葉の真意を知っていた。

 マルファが言う『試製兵装』とは、すなわちニュータイプ能力の実証者として先行配備された、自分のことに相違ないのである。ララァ・スンやマリオン・ウェルチ、その他多くの被験者と比べ遥かに劣るニュータイプである自分が、実戦の場で活躍しうるのか。なにより、その能力は実戦を経て強化しうるのか。フラナガン機関が自分を放出した理由とはつまりそれであり、いうなれば『不良品』を使って限界まで兵器の性能を探る実証試験そのものに他ならない。『リックドム』とともに配備された試製ビームバズーカについても、制式採用の目途が立たなくなった廃材を体よく押し付けたのに過ぎないのであろう。

 

 ニュータイプの力を活かし、敵を殺すこと。

 そして殺される間際までニュータイプとして戦い、能力拡張の限界を確かめること。

 私に課せられた役割とはつまり、こうして配備された兵器と何ら変わりがない。

 

 わずかに俯いたまま、アネットは自らの務めを今一度胸中に噛みしめる。

 兵器として使い潰される――それもまた、仕方がない。

それこそが、力の代償なのだから。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()報いなのだから。

 

「ふん、お前みたいなガキが『リックドム』のパイロットね。他の補充もガキばかりとは、突撃機動軍も心細くなったもんだ」

「…!クッ…!」

「文句がありそうな面だな、色白ノッポ。…ああ、自己紹介が遅れたな。俺は第3小隊長、リヒャド・シーグローヴ曹長だ。文句があるなら面と向かって来い。全力で応えてやる。どうだ?」

 

 空気を吹き飛ばすように、大きく鼻息を吐いたのは先ほど先導していた色黒禿頭の男性。リヒャドと名乗ったその男性の一睨みに直面し、不快そうな表情を示したランドルフはそれきり俯いて押し黙った。それでも暴言に耐えかねたように、強く握られた拳はぶるぶると震えている。

 

 学徒兵と曹長の間に漂った、険悪な空気。

 それを取り持つように、横合いから口を開いたのは眼鏡姿の青年――カシム少尉だった。

 

「あー…その、すみません。リヒャド曹長はこう、その、率直な方ですので。曹長も、もう少し言葉を選んで下さい。皆が委縮しちゃいますよ」

「カシム、お前は甘すぎるんだよ。新兵相手はこれくらいが丁度いい。甘やかせば、それだけこいつらの死も近づくんだからな」

「そこまでだ、お前ら。…ゴホン。とりあえずここにいる3人と、今は出撃してる残り2人。締めて5人が、今の中隊のメンバーだ。お前たち4人は、それぞれ2人ずつカシムとリヒャドの下に就いてもらう。で、肝心の振り分けだが…どうしたもんかな」

「ふむ。自分は特に案はありませんが…演習を重ねて適性を見てから判断しては?」

 

 ――リヒャド曹長の隊は嫌だ。

 そんな心の声が、制帽を被る3人の心から漏れ聞こえた気がした。まるで映画か何かで見る、こてこての軍曹像を体現したかのようなその姿は、確かに新兵を怯えさせて余りある。特に計画を考えていないファブリス少佐、案を上げたカシム少尉とは対照的に、当のリヒャド曹長は顎に手を当てて黙ったままなのがなんとも恐ろしい。

 

 裁定を待つような、じりじりする数十秒の後。口を開いたリヒャド曹長が切り出したのは、着任早々のアネット達を地獄に叩き落すかのような提案であった。

 

「よし。お前ら、突然だがこれより体力テストを行う!その成績いかんで配属を決める!!…でどうですか、隊長」

「はぁ!?」

「理不尽…いや、非論理的だ!何でですか!」

「あ、いいぞ。ほどほどにな」

「!?」

 

 ――何故に?

 予想だにしなかった提案に、アネットの脳裏はその言葉を紡いだきり停止する。ルッツ兵長とランドルフ伍長も予想外という点では同様だったようで、早速に抗弁の言葉を向けていた。アルマはきょとんとした面持ちで、アネット同様に思考が止まってしまっているように見える。

あっさりと提案を認めたファブリス少佐、やれやれと諦めたような面持ちで顔を抱えたカシム少尉。それぞれの姿が、諦念とともに退路をあっさりと埋めてゆく。

 

「決まりだな新兵ども!早速だ、ジムまで駆け足でついてこい!ニュータイプ、お前もだ!」

「えっ…!………マルファ?」

「………」

 

 にっこり。

 助けを求めるように伸ばした視線に、マルファは笑顔で以て応える。言うまでもなく、それは先と同様の意――敢えて言葉にするならば、『がんばれ』とでも記すべき無慈悲な一言であった。

 

 項垂れるランドルフ伍長、文句は言いつつまんざらでもない様子で制服の腕をまくるルッツ兵長。ようやく逃れえないと悟ったように、アルマは髪を整えてから、制帽を深く被り直している。アネットと目が合った瞬間、アルマは先と同じ笑顔を見せて、アネットの顔を覗き込みながら言った。

 

「ねぇ、アネット」

「…な、なに?」

「倒れそうになったら助けてね!」

 

 胸に積もった暗い思いが、着任に至る苦労と疲労が、いよいよ深く重なってゆく。

 マルファの無慈悲な笑顔に見送られながら、禿頭の曹長に先導された新兵たちはさながら野火に追い立てられる兎のごとく、艦内へ続く長い廊下へと駆けだしていった。

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