機動戦士ガンダム外伝 - Zeitalter des Schrof -   作:びわ之樹

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第3話 濫觴(らんしょう)の兆

《そっち持ったな、大丈夫か?指挟むなよ》

《大丈夫だ。いっせーの、で下ろそう。い、っせー、の…》

《せ、と…。ふー…MSでの作業がこんなに大変だなんて》

 

 ガガウル級の半分にも迫る岩塊の上に、3機の『ザクⅡ』が輪を描くように集っている。

 輪の中心には、『ザク』の身長の2倍ほどにもなる大きな黒い柱。柱の天頂にはソーラーパネルが、柱の基部にはパラボラアンテナと半円型レドームに保護されたカメラが並び、基部から延びる3本の脚を3機の『ザク』がそれぞれ支えている。

 人型の機械だけに、3機のMSが力を合わせて重量物を設置する様はどこか人間臭い。よいしょ、と言うかのように腰を落として設営を行うその様を見て、少女――アネットは思わず吹き出しそうになり、慌てて口元を掌で覆った。肉体労働に励む3機の『ザクⅡF2型』から少し離れた『リックドム』は、その積載量(ペイロード)を活かして両腕に同様の装備をぶら下げている。

 

「ごめんなさい、みなさんに重労働をお任せしてしまって…。あと2か所、もう少しです」

《大丈夫、アネットは気にしないで。これはこれで面白いし》

《…しかし、戦闘用のMSでこんないじましい動きをする必要があるのか…?》

 

 ランドルフ伍長の呟きが、暗礁の彼方へ消えてゆく。アネットもちょっぴり同感と同情を覚えながら、一作業機械と化した『ザク』の姿を俯瞰した。伍長の言う通り、本来このような敷設作業は作業艇や作業用MSが担うべき仕事であるのだが、今回の場合は已むに已まれぬ事情があったのである。

 

 1週間戦争とその後の攻防戦によるサイド2崩壊から、すでに8か月。元来のサイドの規模に加え、コロニーや両軍兵器の残骸が広範囲に拡散したことから、宇宙世紀0079年9月末現在のサイド2跡は暗礁宙域の名にふさわしく極めて見通しが悪い宙域となっていた。字義通りの意味で視界が効かないのはもちろんのこと、往来する両軍の艦艇が不定期にミノフスキー粒子を散布することもあり、サイド2宙域は電子の目すら通用しない混沌の巷と化していたのである。

 

 宇宙では至近といっていい距離でなお、遮蔽物とミノフスキー粒子に目を眩まされる悪条件。ただでさえ不慮の遭遇が起こりやすい所に、現在のサイド2跡にはもう一つの要素が加わっていた。

 

 サイド2はラグランジュ4――すなわち数か所ある地球と月の引力均衡点の一つに付随する形となっている。必然的に相対距離の差こそ生じるものの、大雑把に評してしまえば月と地球の中間に位置すると言えるだろう。開戦初頭の一週間戦争において大半のコロニーが壊滅し、その影響で全体的な位置には若干の変異こそ生じたものの、おおまかな相対位置としてはそのような解釈で間違ってはいない。

 翻って、目下の戦況である。

 一時の攻勢から弱まりこそしたものの、地球上における戦況は概ねジオン側の優位で推移している。特に豊富な資源を有する黒海沿岸部やアフリカ、北米をジオン側が押さえていることのメリットは極めて大きく、HLVや往還船で地上の資源を輸送することで、ジオンは連邦より遥かに劣る資源リソースを補っていたのである。

 

 しかし、利は翻れば弱点にもなる。資源獲得とジャブロー制圧のために戦力の多くを地球上へと送り出した今、宇宙におけるジオン軍の戦力は往時から低下していた。

 戦力低下を回復するためにルナツーに逼塞し体力の涵養に専念していた連邦宇宙軍は、その現状を判断して9月上旬頃を境に攻勢へと転換。衛星軌道上や輸送ルート上を小規模の艦隊で奇襲するという遊撃戦術を展開し、ジオン輸送ルートの遮断に乗り出し始めたのである。

 奇襲と寸断、そして潜伏。ジオン輸送ルート上を遊弋する連邦艦隊にとって、サイド2跡の暗礁宙域は潜伏地としてうってつけの場所であった。数多の岩礫とミノフスキー粒子による攪乱で身を隠しやすいのはもちろんのこと、暗礁宙域は地球と月の間に位置する関係上、衛星軌道上を発したジオン輸送艦隊がサイド3やグラナダへ至るのに避けられないルートにも当たるのである。被害が増え始めるにつけ、ジオン側もまた当然の帰結として連邦艦狩りに戦力を張り付けざるを得なくなった。

 

 いかに大人しい犬であれ、好餌を間に置かれれば争わずにはいられない道理である。

 小回りの利く巡洋艦と艦載機で奇襲を仕掛ける連邦軍、それらを狩るべく戦力を配するジオン軍。かくしてハッテの名を残した古戦場は今再び、大小の海戦が繰り返される騒乱の巷と化したという訳であった。

 

 当然ながら、暗礁宙域に潜む第61遊撃艦隊がその例から漏れる訳もない。連邦艦隊が遊弋している以上、ほとんど丸腰の工作隊は送り込める筈もなく、前線における設営作業は必然的に現地の部隊が行う羽目になる。

 そこで『視界不良下におけるMS作業演習』という名目にかこつけて、アネット達はこうした雑用作業に従事することとなったのである。

 

《とりあえず、これで残り二つと。アネット、次は?》

「ええと…。現方位から見て月の方向へ距離3100です。データリンクで座標を送りますので、一緒に移動しましょう」

 

 十字スリット上のモノアイを上方へ動かした『リックドム』が、次の設置目標である大型の岩塊を見定める。

 操縦桿手前のキーボードを叩き、正面ディスプレイに『近距離データ送信完了』の表示を確かめてから、アネットはフットペダルをゆっくりと踏んで『リックドム』を目標目指して進め始めた。

 今回の設置物は、監視領域拡大のために用意された固定式のレーダーポッドである。暗礁宙域内の目ぼしい地点に複数設置することで、さながら網を敷くように侵入する連邦軍を察知するのがその主眼であった。いち早く情報を掴んだ者が勝利するのは、今も昔も変わりがない。

 

 目指す岩塊に取り付き、先ほどと同様に3機の『ザク』がレーダーポッドの脚を抱えてゆっくりと腰を下ろしてゆく。

 設置位置固定。主脚部調整よし。アルマ達が作業プロセスを口にしつつ進めていたその時、不意にふふ、と嘲るような吐息が通信回線に混じった。

 護衛の任務の傍らで『ザク』の様子をずっと見ていたのだろう、声の主を示す大きなモノアイは、3機のはるか頭上で鈍く光っている。

 

《あー、痛ましい。肉体作業に駆り出される『ザク』、それを駆るのは操縦桿を握って数週間の少年少女か。『ジオンに兵無し』の言葉、ホント偽り無かったねぇ》

《うるせえぞルナリアン。もう一言でもふざけた事を喋ってみろ、そのどてっ腹に一蹴り叩き込んでやるからな》

《へぇ、一発で許してくれるんだ。リヒャド曹長殿はお優しいですなぁ》

 

 頭上を飛び交う口論に所在のない気分を味わいながら、少年少女はため息を堪えて操縦桿を握り直す。無事レーダーポッドが接地し本体を岩塊へと固定した後も、二人のやりとりは終息することなくしばらく続いていた。喧嘩腰のリヒャド曹長と、その舌鋒をひらりといなすもう一方の青年――ランディ軍曹の様は、まるで闘牛を紙一重に躱し続けている闘牛士のようにも見える。

 

 ランディ・イングリス軍曹は、ファブリス中隊の当初メンバー5人の中で、これまで共に出撃する機会の無かった最後のメンバーである。他のメンバーから詳しいことは聞いていなかったのだが、今日こうして任務に同道し人となりを知る中で、アネットはその人柄に些か面食らっていた。

 

 そもそも同じスペースノイドの中でも、月面都市の出身者を指す『ルナリアン』という呼び方には含みがある。『両端を持すスペースノイドの裏切り者』『八方美人の半端者』…ルナリアンに向けられる世評といえば、時としてそうした侮蔑的な響きを帯びているのが常であった。宇宙移民としては月面への移住が先行していたという事実が、ルナリアンにそうした『スペースノイドとは違う』という特権意識を、あるいはスペースノイドに劣等感からくる僻みを植え付けたのかもしれない。

 実際、グラナダは開戦初頭にジオン軍によって制圧されたものの、フォン・ブラウンは中立を保ったままであり、エアーズもジオン軍管理下にあるものの反ジオンの傾向は強いと漏れ聞いている。由来は今となってはもはや定かではないが、コロニー出身のスペースノイドと月出身のルナリアンとの間には、隙間風が通るようなぎくしゃくした雰囲気が漂っているというのが正直な所だった。

 

 ランディ軍曹は、そのルナリアンである。ジオン軍に所属してこそいるもののその理想に心酔している訳では無く、むしろどこか批判的に、斜に構えている向きすらあった。偏見を向けるスペースノイドの軍隊に身を投じ、その中でなお皮肉を吐き続ける軍曹の心の在り様は、おそらく当の本人にしか理解できないのだろう。アネットとしてもその思いは知る由もないが、このような人もいるのだ、という単純な事実が大きな驚きであった。

 

《いつまでやってるんだ、あの二人…》

《まぁ、とにかくこっちでできることはやっちゃいましょ。次は…》

「現在位置から見て地球の方向に2200ですね。最後の一つです」

 

 今だ言い争いを続ける2機を背に、若人4人は次の地点へと舵を切る。よほどに口論は白熱してきたのか、後方警戒モニターの中ではどこからか出て来たリヒャド曹長の機体がランディ軍曹に詰め寄っている様も見て取れる。

 この部隊の大半の例に漏れず、両者の機体も一般的なMS-06F2『ザクⅡF2型』である。リヒャド曹長の機体は肩に『斧を持ったイタチ』のエンブレムが刻まれており、腰の両側にヒートホークを提げている方だと伺い知れた。一方のランディ軍曹機は他の面々の機体とやや異なり、頭部がカシム少尉の機体と同じMS-06E『強行偵察型ザクⅡ』のものに換装され、大型の対艦ライフルを装備している。部隊のトレードマークである大型盾は右肩に固定されており、一般的な『ザクⅡ』とはまた異なる雰囲気を醸し出していた。

 これまで見て来た面々と併せて、『ザクⅡF2型』が6機、『ザクⅠQ型』と『強行偵察型ザクⅡ』、そして『リックドム』が1機ずつ。以上が、ファブリスMS中隊の全容ということなのだろう。これらの他に作業用のMS-05W『ザク・ワーカー』1機とムサイ級軽巡洋艦『カルメル』の艦載機であるゴブル戦闘攻撃機4機が、艦隊には付随していることになる。

 

 ベテランパイロットの面々や、同期と言っていい学徒兵らを差し置いて、最新鋭となる『リックドム』を駆るのは自分だけ。

 そんな現実を前に、アネットが後ろめたさを感じていないと言えば嘘になる。本来であれば、このような機体はエースパイロットのファブリス少佐やベテランのリヒャド曹長達が使うべきなのだ。パイロットとしては勿論、ニュータイプとしても未熟な自分では、この機体の本来の性能は活かせない。内奥から滲み出すその実感は、じわりじわりと染みとなって、失望と罪悪感を己の心に刻み付けて行く。

 

 『せいぜい頑張って殺して、殺されて下さい』。

 胸の奥から、マルファの声が蘇る。

 ――ああ。『機関』でもさんざん言われた通り、確かに私は欠陥品なのだろう。『あの時』にいぎたなく一人生き残り、その代償として得たのが、何の役にも立たない力だったのだから。戦う意味も生きる意義も分からないまま、流されるままに武器を取っているのだから。課せられたその命は、きっとその罰なのだ。

 

 負い目が暗い思いを生み、暗澹の渦は記憶の皹を蘇らせ、アネットは思いの底へ沈んでゆく。重くなった胸から吐き出す溜め息は、しかし一層に胸中を暗くかき乱して止まない。

 

 暗夜の水底に転がる、記憶の棘。知らず、アネットは暗い湖面を覗き込むように、意識を過去へと近づける。

 

 それは、油断だったのか。それとも、暗礁宙域に漂う無念の魂に魅入られた瞬間だったのか。

 物思いに沈むあまり、アネットはアルマ達があと一息でレーダーポッドの設置を終えるのに、そしてリヒャド曹長とランディ軍曹の口論が不自然に途切れたのに気付くのが一拍遅くなった。

 

《……おい》

《今、何か光っ…》

 

 は、と我に返り、アネットは操縦桿を握り直す。咄嗟に目を奔らせたものの、水平方向に動きのある光芒は見て取れない。

 ――油断。

 脳裏に過ぎったその二文字は、直後に殺到する声によって現実となった。

 

《…!上だ!直上6機!》

《散開しろガキ共!レーダーなんざほっぽり出せ!》

 

 ランディ軍曹の声に、アネットは咄嗟に上を見やる。

 連なる光は、確かに6。しかしその棘のような気配は、アネットの方を向いてはいない。

 バーニアの炎が瞳に映る。正面ディスプレイがRB-79『ボール』の表示を刻む。

 上方、砲火複数。

 着弾予測――岩塊上のレーダーポッド。

 アルマ達が立つ位置。

 

「……!みんな!!」

 

 『リックドム』を3人の上面へ突進させ、咄嗟に重装甲の機体を盾とする。

 爆発、振動。ディスプレイが束の間ノイズを奔らせ、爆圧で制御を失った機体が木の葉のように回転する。閉ざされた視界と横方向に重なるGの中で、アネットは数瞬機位を見失った。

 

「う、く…」

 

 機体後部に受ける、軽い衝撃。

 朧ながら我に返り、アネットは固く閉じていた目を見開く。どうやら至近距離の爆発の衝撃で吹き飛ばされ、漂っていたところをコロニー片のデブリに衝突したらしい。

 頭を振るって意識を取り戻し、正面左右のディスプレイと計器盤へと目を走らせる。推進系、機関系、ともに正常。センサー類異常なし。ぶつけたらしい背部推進器にも、特に目立った損傷はないようだった。

 しかし、どこまで飛ばされたのか。センサーで周囲の反応を探るも、リヒャド曹長達はおろか敵機の姿さえも容易に見て取ることはできない。機体間のリンクが解除されたためか、ディスプレイ上部の通信モニターにもパイロット達の顔を確かめることはできなかった。

 

 現在位置を確かめるべく、上へ、左右へと流す視界。その端にちらりと映ったものを確かめた時、アネットの胸はぎょっと跳ね上がった。

 

 濃緑の巨人――『ザクⅡF2型』。力なく漂うその姿は、パイロットの制御を受けているようには到底見えない。装備と塗装パターンからするに、リヒャド曹長やランディ軍曹の機体ではないようだった。――すなわち。

 

 胸に、悪い予感が兆す。

 まさか、私のせいで、()()

 

 固い唾を呑み込み、フットペダルを緩く踏んで、忍ぶように機体を滑らせる。

 恐怖とわずかな期待を込めて、伸ばすのは『リックドム』の左腕。恐る恐る伸びたそれは縋るように指を伸ばし、『ザクⅡ』の肩に触れた。

 

 ディスプレイと耳に走るノイズは数瞬。

 砂嵐の後に漏れ聞こえてきたのは、聞き知った少女の声。砂嵐が晴れた通信ディスプレイの中には、シートの上で三角座りになってうずくまるアルマの姿があった。

 

「…あ、アルマ兵長…?」

《…もうやだ…こわい…帰りたい…。サイド3に帰りたいよ…。誰か…誰かぁ…》

「アルマ兵長!」

《ふぇっ!?》

 

 跳ね上がった語尾とともに、通信モニターの中で跳ね起きるアルマ。目を腫らし、涙と鼻水で顔こそぐしゃぐしゃになっているものの、見たところ大きな怪我は無いように見受けられる。

 ――よかった。

 凝り固まった息をほぅと吐き、確かめるように声を紡ぎ続けた。

 

「よかった、無事だったんですね。怪我は大丈夫ですか?頭痛や吐き気は…」

《アネット!良かった、よかったぁ…!助けに来てくれたの!?》

「あ…いえ、その…。厳密には違うというか、私も爆風で吹き飛ばされただけというか…」

《どっちでも、来てくれて嬉しいよー!ひとりぼっちで心細かったんだから…。…ランドルフさんとルッツは無事かな…》

 

 『ザクⅡ』ごと抱きついて来そうなアルマを、アネットは両手を振りながら慌てて制する。心細さを物語るアルマの言葉に、アネットも糸を手繰るように周囲の宙へと目を遣った。ざっと見渡した限りでは、肉眼でもセンサー上でも、他の機影は確認できない。どうやら先ほどの中心位置から、爆風でよほどに離れてしまったようだった。

 

 地球を中心とした周回軌道にある以上、現在位置を探るのに絶対的な座標は当てにならない。公転する地球と、その周囲を周回する月との引力均衡点にある以上、宇宙空間における位置は絶えず変化するためである。したがって、現座標を示すのは地球と月、ルナツーや各ラグランジュポイントを座標の基準とした相対位置で図るのが、宇宙における基本だった。

 航法装置、現在位置確定を開始。

 操縦桿手前のキーボードを叩き、アネットは正面コンソールの表示を操作する。天測も当てにならない以上、できるのは電波情報と光学センサーを併用した測距法に頼る他ない。とはいえ、岩礁とミノフスキー粒子の影響で視界が劣悪なこの宙域では、どこまで通用するかどうか。

 

 現在位置、測定中。数十秒を要するその表示が消えた後に現れたのは、『受信情報不足:特定失敗』の無慈悲な文字列だった。

 

「あちらにはリヒャド曹長やランディ軍曹も付いていますから、きっと大丈夫ですよ。…それより、問題はこちらです。現在位置が分からない以上、電波を発信しつつ宙域に留まるか、目星をつけて進むかですが…」

《あ…そっか。電波を発信すると敵を呼んじゃうかもしれないんだ》

「その通りです。先ほどの『ボール』のこともありますし。かといって不用意に飛び出ても、発見されるリスクが高まるだけですし…。……うーん…」

 

 背にアルマの『ザクⅡ』を隠すように庇いながら、アネットは改めてモノアイを走らせる。

 背にはコロニーのミラーの残骸。上方にきらきらと時折瞬く光は、リヒャド曹長たちが交戦しているのか、それともミラー片の瞬きか。唯一の手掛かりである以上その光の下へ向かいたい所だが、アネットには不用意に動けない事情があった。

 

 今回はレーダーポッドの運搬役に徹していたため、アネットの『リックドム』にはほとんど兵装を携行していなかったのである。部隊共通の大型盾はもちろんのこと、試製ビームバズーカやマシンガンすら携行しておらず、現在の装備といえば背中に背負ったヒートサーベル1本と、胸部固定装備である拡散ビーム砲しかない。アルマの『ザクⅡF2型』も見たところ装備を落としてしまったらしく、腰のグレネード2つの他は腰横に下げたヒートホーク一振りしか携行していないようだった。

 翻って、先ほどの姿を見る限り敵機は『ボール』が最低でも6機。装甲の厚い『リックドム』ならまだしも、ほとんど丸裸の『ザクⅡ』も連れて暗礁を突破するのはリスクが高いと言わざるを得ない。

 

 こんな時、ニュータイプとしての力が使えたら。

 ――私が、もっとまともなニュータイプだったのなら。

 

 心の皹から頭をもたげた暗澹が、再び胸へと手をかける。こんな自傷にも似た行為で、時間を浪費する訳にはいかないというのに。

 

 ぴくり。

 ぴぴ、と不意に鳴った電子音がアネットの聴覚を揺すったのはその時だった。

 方位、現在地から見て右手側。ラグランジュ4中心部の対極、サイド6方面。数は分からないが、複数の熱源がゆっくりと接近してきている。その速度から見て『ボール』等の機動兵器の類ではなく、艦艇のもの。反応は幾分不安定ながら、発する熱量は友軍のチベ級重巡洋艦をも上回っている。ジオン側にこれほどの熱量を発する艦はグワジン級戦艦の他に無いが、貴重な戦艦をこんな戦域に投入する筈もない。

 つまり。

 

「…アルマ兵長。ゆっくりと下がって、左手のコロニー片に身を隠して下さい」

《え?アネット、どうしたの?…ま、まさか…!》

「大丈夫。慌てず、ゆっくりと。まだ気づかれてはいません」

 

 目立たないように背部スラスターのみを吹かし、AMBACを駆使して機体を身近なコロニー片の影へと滑り込ませる。アルマの『ザクⅡ』を引っ張り上げて影に隠し、アネットは『リックドム』の頭部だけを影から覗かせて、遥か眼下を見やった。接触回線ゆえに傍受される心配は無いのだが、傍らのアルマは緊張した面持ちで口を結んでいる。アネットも、知らず掌に汗が滲むのを抑えられなかった。

 

 じりじりするような長い時間を経て、白と灰を基調とした艦隊がゆっくりと眼下を過ぎってゆく。

 艦数は、6。先行する4隻は台形状に展開し、その底辺の中ほどには大型の艦影が見て取れる。最後尾には箱型の艦が連なり、概観すれば先端を欠いた矢印のような隊形を取っていた。直線を旨とした武骨な姿は、曲線を基調とするジオン軍の艦艇とは似ても似つかない。

 

「連邦軍…!」

 

 息を殺しながら、アネットは吐息を押し潰すように呟く。

 先行の4隻は、サイズと艦の形状から見てサラミス級巡洋艦と見て間違いない。最後尾の箱型の艦も、連邦軍の主力補給艦であるコロンブス級に違いなかった。

 問題は、中核に位置する1隻である。艦橋の形状こそマゼラン級戦艦に似ているものの、全体的なサイズは一回り大きい。艦の両舷にはデッキらしきものが増設されており、さながら旧世紀の強襲揚陸艦を思わせる威容を醸し出していた。

 音を忍ばせながら、アネットはキーボードを叩きデータベースを照会する。

 画像データ、熱量情報、側面の艦番号。――照合完了。

 入力を終え返って来たのは、『トラファルガー級空母』と記された艦種名。そして、艦番号から推定されたと思われる『カルタヘナ・デ・インディアス』の文字列だった。

 

「…!」

《え?何?一体何だったの?》

 

 きょとんとした様子のアルマをよそに、アネットの心に違和感が過ぎる。

 このところサイド2宙域に侵入する連邦艦隊が多いとは聞いていたが、その多くは輸送艦隊の護衛艦か、ジオンの輸送艦狩りを目論む少数艦隊だった筈である。しかし、今眼下を通過してゆく艦隊は明らかにそのいずれにも当てはまらない、ひとかどの機動部隊と称していい規模のものだった。位置を考えれば、もしかすると先ほどの『ボール』はあの艦隊の艦載機ではなかったのだろうか?

 

 戦術論に関しては半人前の域を出ない以上、その目的は憶測すら図ることはできない。ただアネットの心にはその違和感がしこりとなり、不快な異物感となって残っていた。

 

《ねぇ、アネット…》

「あ…いえ、何でもありません。とりあえず、あの艦隊をやり過ごしてから照明で合図を上げましょう。『ボール』の航続距離は短いはずですから、タイミングを見計らえば…」

《ううん、そのことじゃなくて。…あの光、何かな?》

 

 コクピットのアルマが指差すは、直上の方向。

 え、と声を漏らす間もなく、釣られるようにアネットはその方向を見上げて凍り付いた。

 頭上にはちら、ちらと断続的に光る焔が複数、輪を描くように飛んでいる様が見える。

 バーニア炎。合して4つを数えるそれは徐々に近づき、既にセンサーで反応を拾える距離まで近づいて来ていた。

 正面ディスプレイに表示された敵影に、捕捉を示す四角いシーカーが重なる。

 識別反応、連邦軍機。機種、RB-79『ボール』。

 ――先ほどの敵機。

 

「…逃げて、アルマ!」

《え…?…きゃあぁぁ!?》

 

 冷えた感覚を引き裂くように、殺到する砲火が爆炎となって背後のコロニー片を粉砕する。

 操縦桿、前。フットペダル全力。

 咄嗟にアネットは『リックドム』の左手でアルマ機の腕を掴み、障害物の影目掛けてバーニアを吹かし離脱を図った。後方に擦過した砲撃は、まるでこちらの軌跡を縫い付けるようにデブリへ炸裂の炎を咲かせている。ちらりと眼下へ目を遣れば、先頭のサラミス級の艦首に光が爆ぜ、搭載している『ボール』を射出する様も見て取れた。どうやらこちらを偵察機と判断し、全力で追撃に当たる積りらしい。

 

《も…もうやだあぁぁ!止めて、来ないでー!!》

「落ち着いて、アルマ兵長!…大丈夫、私が守りますから!」

 

 通信用モニターの中には、頭を抱えて涙を流すアルマの姿。

 気休めにしかならない言葉をかけながら、アネットは奥歯を噛み、左右のモニターへと忙しなく目を走らせる。

 後方には4機。

 頭上を迂回する機影が6。

 おそらくあの4機はリヒャド曹長達に追い払われ、母艦へ帰還する途上だったのだろう。折悪く、こちらは帰還する攻撃隊と発艦した迎撃隊に挟み討たれる形となってしまったのだ。戦況は、極めて不利と言っていい。

 

 しかし。

 操縦桿に力を籠める。

 下腹部に息を溜め、口から大きく吐き出す。

 目をぎゅ、と閉じ、2秒。見開いた瞳の先は、先ほどより幾分澄んで見える。

 

 ――しかし、それなら。

 殺して、殺されるのが私の役割なら。せめてその埒外にいるアルマ兵長だけでも救わなければ。

 脳が澄み、体の軸が冷たくなる感覚が体を浸す。

 正面、大型の岩塊。

 直上、砲火6連。

 その進路と着弾のタイミングを見計らい、アネットは常に似合わぬ裂帛の声を上げた。

 

「アルマ兵長、歯を食いしばって!」

 

 声にならないアルマの呻き声を返答と見なし、操縦桿を倒してフットペダルを踏み込む。

 接触、あと2秒。姿勢制御。

 岩塊に衝突する直前、アネットは機体の膝を折って両脚部バーニアを前方目掛けて吹かし、速度を殺して岩塊に接地する。

 着弾。岩塊を包む、朦漠たる爆炎と砂礫の幕。

 この瞬間、アネットは、そして直上から襲った6機の『ボール』は、つかの間彼我の位置を見失った。

 

 操縦桿、手前。バーニア全力。

 瞬間、アネットの『リックドム』は脚部を折り曲げるや、下半身のバネとバーニアの噴射を以て『ボール』の方向へと岩塊を蹴り飛んだ。左腕にアルマの『ザクⅡ』を掴んだまま、アネットは空いた右腕で背部のヒートサーベルを引き抜いて左側へ刀身を引き絞る。

 爆炎を引き裂く、十字の頭部。その先に映し出されたのは、虚を突かれ硬直した、連装砲を戴いた中央の『ボール』。

 

「ど、い、てぇぇぇ!!」

 

 横薙ぎに振り抜いた白刃は、確かな手応えを伝えてその()()へと至ってゆく。

 赤熱した刃は巨眼を思わせる『ボール』の中央を中ほどから斬り飛ばし、その影を爆発の焔へと沈めていった。

 

「このまま突破します!」

《お゛、う、むむむうぅぅ!!》

 

 喘ぐアルマの様子を伺う余裕も無く、アネットは背部バーニアを吹かして全力での離脱を図る。後方では残った『ボール』5機がそれぞれに反転し、砲身を翻してこちらの背を狙う様が見て取れた。

 

 身を潰すようなG、胸を圧する緊張。

 胃を押すような吐き気を堪えながら、アネットは意識を集中させる。脳裏に浮かぶは、彼我の位置。それらは微かながら、ちくちくと針の先で刺すようにアネットの背を狙っている。

 ()、ふたつ。その先端を避けるように操縦桿を倒すと、一拍後には軌跡に沿って火線が奔ってゆく。続いて直線1、斜め前方を狙ってさらに1。軌跡の間を縫うように、『ザクⅡ』と手を携えた『リックドム』は弧を描きながら、ぽっかり空いた包囲の外へと疾駆した。

 その正面に咲いた、爆発の花に塞がれるまで。

 

「!?しまっ…!」

 

 傍らを抜けた流れ弾が正面の残骸に命中し、まき散らされた破片が針路を塞ぐ。予期せぬ妨害に集中は途切れ、靄がかった脳裏をあざ笑うように、複数の火線がさらに擦過し爆炎を刻んでいった。

 速度を殺され、アネットはヒートサーベルを構えながら後方を振り返る。

 至近には、『ボール』5機。そのうちの1機は既にアルマの『ザクⅡ』へと照準を定め、まさに引き金を引き絞らんと構えている。

 

 漏れる息。歯を食いしばり、固く閉じる目。

 ――爆発。

 

 覚悟した一瞬にしては、それは予想ほどに強くは無い。

 おそるおそる、アネットは目を開ける。そこには中央に風穴を開け、まさに爆散する『ボール』の姿が目に入った。

 

「え…!?」

《やれやれ…どこまで道草食いに行ってたんだ、君ら!》

 

 惑うように揺らいだ傍らの『ボール』に、さらに1発が直撃し微塵に打ち砕いてゆく。異変を察知し旋回しようとした別の1機は、アネットの傍らを抜けた大きな機影に蹴り飛ばされ、デブリに衝突したきり動かなくなった。

 後方、友軍機の反応2。頭上、正面には各1。

 頭上で対艦ライフルを両腕で構え、大型のモノアイで照準を覗き込んでいるのはランディ軍曹の『ザクⅡF2型』。

 そして、真正面から吶喊し『ボール』を蹴り飛ばしたあの機体は。

 

《てめえら、見せモンじゃねえぞ!とっとと消えやがれ!!》

 

 リヒャド曹長の『ザクⅡ』。肩部に斧持ちのイタチを刻んだその機体は、携えたマシンガンを乱射しながら、残る2機を追撃にかかってゆく。

 ――逃げ、きれた。

 リヒャド曹長達の救援という現実をようやく呑み込み、アネットはぐったりとシートに体を沈めこんだ。今更ながら額には汗が吹き出し、頭頂に刺すような頭痛も感じる。極度の緊張に加え、先ほどの集中の代償かもしれなかった。

 

《アルマ!アネット!大丈夫か!?》

「ルッツ兵長…。ご心配をおかけしました。私は大丈夫です。アルマ兵長も…」

 

 背後にルッツの『ザクⅡF2型』が近づき、接触回線で通信を向ける。汗を拭いつつ無事を告げ、アルマへと言葉を向けたところで、アネットはアルマの通信モニターがノイズで見えなくなっているのに気が付いた。まさか、先ほどの戦闘で負傷したのか。

 

「アルマ兵長?大丈夫ですか!?」

《…うん…。大丈夫、だけど…今はちょっと、見ないで欲しいな…》

「え…も、もしかして、どこか負傷を?」

《違うの。その……さっきの機動で、コクピットの中で…。……吐いちゃって……》

「――あ」

 

 どんよりとしたアルマの声に、アネットは今更ながらはたと行き当たる。『リックドム』の加速によるGで声を出せなかったものとばかり思っていたが、先の戦闘中の声にならない喘ぎは、つまりアルマが――やってしまっていた音だったのではないか。

 

 先とは別の意味で、背筋に嫌な汗が過ぎる。こみ上げる申し訳ない気持ちに、アネットは察したようにアルマへの言を噤んだ。

 

《?アルマ伍長がどうかしたかい?》

《え…おい、アルマ。どこか怪我でもしたのか!?》

「あ!いえ、いえっ!違うんです、アルマ兵長は、その…」

 

 異変を察知したランディ軍曹やルッツ兵長が声をかけ、アネットは慌てて口を開いた。アルマの『ザクⅡ』の手を引いて後ろに隠し、一歩じりりと下がってゆく。接触回線で通信モニターが開いてしまえば、いろいろな意味でアルマの尊厳に関わってしまう。

 

「……女の譲れない一線で!……ということで、あの、どうか一つ…」

《は?》

 

 察しきれないルッツの声が、間が抜けたように回線を揺らす。

 彼方には、爆炎一つ。ぶつ切りの光軸が奔り、もう一つ命の華を咲かせてゆく。追撃を仕掛けたリヒャド曹長が残存機を仕留め、勝ち鬨を上げた証に違いなかった。




《各員、不慮の遭遇戦にもかかわらずご苦労だった。
 アネット曹長の『リックドム』から画像データを抽出し、分析に成功した。今後の対応を協議する。各課チームリーダーおよびMS中隊の士官級以上はただちにブリーフィングルームへ集合せよ》
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