「幣原!」
「女に手上げんのかてめぇはぁ!」
シグが激昂する。その表情は結季奈が見たこともないほどに歪んでおり、相当な怒りが感じ取れた。シグは勢いのまま日向を投げ飛ばし、そのまま覆いかぶさるように組み伏せる。
「ったくお前らはどいつもこいつも……」
「落ちぶれたもんだな。最近のヒーローってのはここまでひでぇのかよ」
トーマのそれとは違い、シグは組み伏せたまま日向の胸倉をつかみ、静かに凄みを利かせる本気の殺意が感じ取れるものだった。ヴィランであり、本人もそれを自称するだけあって冗談などではない恐ろしさが伝わってくる。
「……あんたは悪役だったっけな。知ってるぜお前の出典。お前がどういうイコンだっていうのかも」
日向はシグにされるがままにしながらも不敵に笑う。二人は既に車から離れており、会話の内容は車内の三人に届いてないが、緊張した空気が伝わってくる。
「重なって見えたんだろ?あの子と……お前の」
言い終わる前に日向の顔面に拳が振り下ろされる。もはやシグは言葉を発さず怒り心頭に発しているのが容易に感じ取れた。
立て続けに第二撃。しかしそれは横から伸びてきた日向の手に阻まれ、拳が止められたことを理解すると同時にシグの体が宙を舞う。
「うっ……!?」
「あっ……!」
受身を取ったシグが立ち上がろうとすると頭に一点の圧迫感を感じた。日向の人差し指が押し当てられている。ただそれだけだが、日向の指となればそれは銃を押し当てられていることに等しい。
「シデハラ!」
「先輩!」
「静かにしてろお前ら……!」
シグが搾り出すように言う。いつもの面倒臭そうな声色だったが、両手を上げ、渋面をしている姿からはいつもと違う印象を受ける。
「別にあの子に興味はねぇ。重要なのは後ろの子だ」
「……そうかよ」
「擬態を解け」
日向がシグの耳元で囁く。シグはその言葉にゆっくりと顔を上げた。
「馬鹿言うなよ。俺はあいつと違うんだ。ここで正体晒せってか」
「ま、そういうこと」
「……断る」
「そうかい」
淡々としたやりとりの後、日向が指を少し離す。そのまま指先が帯電し始め、少しずつスパークが散っていく。やはり人間の〝ふり〟をしている状態のシグではイコンには勝てないのか。改変が起こってから二度目のピンチに結季奈は再び背筋が凍るのを感じた。
シグなら。彼が原典通りのイコンなら日向とは充分に戦えるはずだ。いや、圧倒することだってできるかもしれない。それほどシグは強力なイコンであるはずだ。ならもうなりふり構っている場合では無いはず。結季奈はそう思い、車から身を乗り出した。
「……シ……!」
「そこまでよおませさん」
シグに向けた結季奈の言葉を遮るように不意に頭上から声がする。反射的に顔を上げると、ちょうど目の前に大きな靴底が映りこんできた。
「くっ!」
日向がとっさに回避行動を取る。すると先ほどまで日向が立っていた場所に一人の巨漢が降り立った。解放されたシグは素早くその場を離れ、車に戻ってくる。
「ちッ!仲間か」
「違うわ。ワタシは通りすがりの小粋なお姉さん!またの名を!スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥパァァァァァァァァァァァ……センッ!チュリオン!」
センチュリオンはポーズを取りながら名乗り口上を決める。少し前に会った時のようなシャツ姿ではなく、独特なヒーロースーツを纏い、かつて漫画で見たとおりのポージングを取る姿に結季奈は目の前のセンチュリオンが本物だと理解する。
「その子はイコンじゃないわよ坊や。そこの子達を守る為に一人アナタに立ち向かったイケメンよ。かっこいいじゃなぁい」
センチュリオンはそう言いシグにウインクして見せるが、シグはものすごく嫌そうな顔をして車に乗り込んだ。
「ワオ、センチュリオンみたいな人ネー!」
「みたいって言うか本人なんだけど……」
「ん?何か言ったユキナ?」
「行かせるかよ!」
突然の乱入者にやや冷静さを欠いた日向が叫び、両腕から一気に電撃を放った。先ほど帯電していた分、相当な大技であるのににも関わらずにほとんど予備動作無しで放たれた。凄まじい爆音と閃光、同時に衝撃が走り、車体が大きく揺れる。
そのせいで結季奈が車体から放り出された。シグに言葉をかけるために身を乗り出した時にシートベルトを外してしまっており、そのせいで車内に留まれなかったのだ。
「シット!ユキナ!」
すぐさまメアリもシートベルトを外し車外の結季奈に走り寄る。
「馬鹿!降りるな!」
シグが叫ぶがもう遅い。日向は続けざまにもう一度激しい電撃を放った。車外に出ていた結季奈やメアリはもちろん、シグやセンチュリオンでさえもそのあまりにも激しい閃光に一時視界を奪われてしまう。
「くっ……そ!」
「行きなさい!イケメンの坊や!」
しかし閃光と爆音の中、センチュリオンの叫びが響く。それを聞いたシグは反射的にアクセルを踏み込み、その場を脱した。
車のエンジン音が遠くなっていくのと同時に視界が戻ってくる。目を開けるとシグの車の姿はなく、未だ目を押さえているセンチュリオンと、そのすぐ前に立つ日向の姿が映った。
「ッ!センチュリオン!」
結季奈が反射的に叫んだ。
「えっ?何かしら?」
その声に反応したセンチュリオンが振り向く。その時腕に日向が触れ、大きく後方に吹き飛んでいった。
「……いや……ごめんなんでもない」
「あらそ。さて……どうしてくれようかしらこの子……ってどこ行ったのよ」
「ここだ……アホみてぇな力しやがって」
少し前の崩れた店の瓦礫から日向が姿を現す。
「はぁくっそ……もう駄目だ、頭きた。お前ら一人も生かして帰さねぇからなぁ!」
「あらやだ。とてもヒーローのセリフとは思えないわぁ」
日向が叫ぶと唐突にその場に黒い影が形を持つように出現した。まるで地面から湧いてでたかのように人間の子ども程のサイズの異形が十、二十と数を増していく。
「な……何これ!あいつにこんな力はないはずだよ!?」
「恐らく、誰かに貰った力でしょうねぇ。んう、困ったわねちょっと数が多いわ」
センチュリオンが結季奈とメアリを後ろ手に庇いながら少し焦ったような顔をする。センチュリオンのパワーならばどうということはない相手だろうが、今のこの状況では──結季奈とメアリを守りながら、となると少しやっかいなことになりそうだ。
「ね……ねぇ、私のことは構わなくていいから……」
結季奈が恐る恐る口を開く。が、言い終わる前にセンチュリオンの人差し指が沈黙を示す形で口を塞ぐ。
「そういうわけにはいかないのよ。ワタシはあのイケメンの代わりを引き継いだんだからね。そんなことしたら申し訳が立たないわ。安心して。私はスーパーセンチュリオン!……負けないわ」
「ヒューッ!かっこいいヨー!」
「でしょ?姉さんって呼んでもいいのよ」
センチュリオンはそう言いながら不敵に笑って見せる。そして二人を自分の背後に立たせ、
「かかって」
息を吸い、
「こいやあああぁぁあああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁ!」
叫んだ。同時に影が大挙してセンチュリオンに飛びかかる。センチュリオンはそれら一つ一つに拳を打ち込み、豪快にねじ伏せていった。頭上から飛びかかるものは張り倒し、足元から遅いかかるものは蹴り上げ、遥か彼方へ吹き飛ばす。
「ほらほらぁ!こんなのまだ序の口よぉ!」
それでいて背後の二人を守ることも忘れない。まるで背中に目がついているかのように後ろから忍び寄る影にも丁寧に手刀を叩き込む。
しかし流石に数が多い。結季奈らにとっての安全圏はじわりじわりと半径を縮めていった。しかもこの状況で日向はまだ手を出していない。そう思い顔を上げると影の隙間から両腕に見たこともない程帯電させている日向が見えた。
「ヤバい!日向が!」
「何ですって……!?」
そこでセンチュリオンも顔を上げ、日向の姿を目視した。そうして即座に結季奈とメアリを抱きかかえ、日向に背を向けその場にうずくまる。
「ちょっ……!」
「むさくてごめんなさいね、ちょっと頑張れる!?」
「姉さん!」
もう遅いと言わんばかりに日向が笑う。そして腕を振り下ろし、溜まりに溜まった一撃を──
不発に終わらせる。
「見掛け倒しだな」
予想していた爆音が聞こえてこないことに違和感を覚えたセンチュリオンが耳をすますと日向の背後から声がした。素早く立ち上がり状況を確認すると、腕を振り下ろしたままの日向の腹部を刀が突き破り伸びている。
忠雪だ。日向の背後に忠雪が立ち、刀を突き立てている。数日前結季奈に襲いかかった時と同じ濃厚な殺意を放ち、人斬りの顔をした忠雪がそこにいた。