「忠雪……!」
「あらやだテディ!ありがと助かったわ!あとでキスしたげる」
「てめっ……!」
「そーれっ!」
同時に間の抜けた声がしたかと思うと、あたりに溢れていた影とほぼ同数の中華風の人形がなだれ込んできた。一つ一つが影に取り付き、組み伏せたり懸命にパンチを打ち込んだりして対応していく。
「ユーリィ!あなたもいるのね!?」
「えへへー、ちょっと頑張っちゃったよー」
宇琳が物陰から姿を現す。手が出ない程の長い袖口がキラキラと光り、透明な糸の存在が感じ取れた。
「数が多いなら人形師にお任せ!この子達の相手は宇琳がするよー!」
自身満々と言わんばかりに宇琳が胸を張り、同時に忠雪が日向の背から刀を勢い良く引き抜いた。その衝撃に日向は口と傷口から一気に血を吐き、その場に倒れこむ。
「立て。死んだふりが通用する相手じゃないぞ」
「そうだなぁ」
が、忠雪の言葉には倒れこんだまま不敵に言う。ふと目を落とすと既に傷口の出血が止まっていた。
その瞬間、日向が爆発する。突然のことに一瞬反応が遅れた忠雪は爆発に巻き込まれ、閃光の中に姿を消した。
「た……忠雪!」
爆風の中、結季奈が反射的にそう叫ぶ。どうやら爆発に対応できなかったのは忠雪だけではなかったらしく、結季奈は感覚的に自分が宙に浮いている、すなわち爆風に吹き飛ばされていることを理解した。
「うっ!」
衝撃。どうやら着地に失敗したらしい。目を開けるとそこにはアスファルト。地面に倒れこんでいるのが理解できた。そのままなんとか体を起こすと、自分が何かの影の下にいることに気づく。振り返ると──日向。
「う……うわっ」
「何してる逃げろ!」
不意にどこからともなく月姫の声がした。慌てて辺りを見回すと傍にトランシーバーが落ちている。恐らくイコンの誰かの持ち物だ。
「せ……先生!」
「そいつは今の自爆技で相当なダメージを負ってる!五巻三章のシーンを思い出せ!日向はその技を使うとしばらく満足には動けない!」
月姫はトランシーバー越しにそう叫ぶ。瞬間、結季奈の脳裏に日向の原典であるライトノベルのワンシーンが浮かんだ。強敵に追い詰められ、まさに今のセンチュリオン達のように仲間を逃がそうとして、さっきの自爆技を使ったシーンだ。
記憶が正しければこの技は日向にも相当なダメージがいく。今の日向なら結季奈の足でも逃げられるはずだ。結季奈はすぐにトランシーバーを手に立ち上がった。日向の向こうに目をやると、センチュリオンがメアリを抱きかかえたまま親指を立てていた。
「メアリのことは心配するな。あいつらがついてる!それより皇居まで走れ!あそこに一人向かわせてる!……早く!三分もすればあいつは回復したはずだぞ!」
「えっ、あ……はい!……待ってなんでそんなに知って」
瞬間、結季奈の手でトランシーバーが爆ぜた。見ると日向が結季奈に指を向けている。
「……待ちやがれ」
「……!」
もう細かいことを気にしている場合ではない。結季奈は踵を返し全速力で来た道を引き返す。目指すは九段下、皇居だ。ここからならば歩いて十五分はかかる距離。さらに与えられた時間は三分。三分でできるだけ日向から距離を離す。
結季奈の心臓が高鳴る。全力で走っていることと、命がかかっているという恐怖心から体が異常に興奮していた。
「ちッ……!」
日向が手を伸ばす。その指先は先ほどに比べればかなり微弱だが帯電しており、結季奈に電撃を喰らわせる気だ。
次の瞬間指先から電撃が放たれる。しかし直前で何かに腕の向きが変えられ、結季奈ではなく通りに面したラーメン屋に飛び込み外に置かれたメニュー表を爆発四散させた。見ると、腕に人形が二体ぶら下がっている。
「くそが……!」
悪態をつき人形を乱暴に地面に叩きつけると結季奈の後を追い始める。全力で走る結季奈に比べればその速度はかなり鈍足であり、見る見るうちに結季奈は遠くなっていく。
「はぁ……はぁ……っ!……俎橋!」
しばらく走ると大きな橋が見えてきた。神保町と九段の境にある川にかけられた橋だ。結季奈が神保町へ入る為にいつも渡るその橋は非常事態であるのにも関わらず、呑気にいつものどっしりとした姿をさらしている。この橋を越えれば皇居はすぐそこだ。そこで結季奈は坂を上らなければいけないことに気づき、小さく舌打ちをする。
その時だった。不意に背後に気配を感じる。振り返ると日向がすぐそこまで迫っていた。既に三分は過ぎており、シグとカーチェイスを繰り広げた時ほどではないにしろ、それなりの速度で走ってきている。
「あっ!?」
そんな日向の姿に気をとられ、結季奈の足がもつれた。俎橋を渡り終えたあたりで結季奈は派手に転がり、近くに設置されていたポストに強かに背を打ってしまう。
「痛った……」
背をさすりながら立ち上がり、それでも皇居を目指す。しかし今の転倒でかなり距離を詰められてしまい、日向がすぐ傍に迫っていた。
「来ないで!」
「やなこった」
既に日向は充分に回復しており、結季奈に向け手を伸ばした。その指先には電撃を放つ為の電気が蓄えられ、放たれるのを今か今かと待っている。
「っ……!」
「伏せて!」
唐突に別の声。振り返ったままの結季奈の背後から聞こえたその言葉に結季奈は反射的に反応し、半ば転ぶようにその場に伏せた。
同時に轟音が響き、日向が転ぶ。呆気に取られた結季奈が前を向くと、皇居の方向から坂道になっている道路を──馬が下ってきていた。
「結季奈!」
その手綱を握っていたのはトーマだった。片手に煙を吐く散弾銃を握り、真っ直ぐにこちらを見据えている。
結季奈と目があったトーマは彼女の無事を確認すると手元で散弾銃を回転させ、次弾を装填する。そのまま日向に向け、引き金を引いた。轟音。銃身を通って散弾が日向に飛来する。
「くっ……!」
「大丈夫?さぁ乗って!」
トーマは結季奈の傍で馬を立ち止まらせると手を伸ばし、結季奈を引っ張り上げる。そのまま手綱を引いてきた道を引き返し始めた。
「さて……ここからどうしようか」
「……ひょっとしてノープラン?」
結季奈がまさかと言いたげにトーマに聞くと、トーマは返事の代わりに気まずそうに笑った。
「嘘でしょ」