わたしのせかい   作:ラケットコワスター

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意外と私馬鹿だったんだなぁ

 ──カチリ。

 乾いた音が響いた。

 

「……弾切れ、だったか……」

「……」

 

 トーマが小さく呟く。目の前には、メアリーが座りこんでいた。

 

「……ちっ」

 

 メアリーが小さく舌打ちする。

 

「メアリ!」

 

 結季奈が叫び、メアリーへと走り寄る。

 

「あーあ、負けたよ。せっかくあと一歩まで行ったのに」

 

 そう言って振り返る。核があった場所には、なんでも無いかのように半壊した三省堂書店が建っていた。

 辺りを見渡してみると、建物は皆規則正しく立ち並び、空もまた明け方の白さを取り戻している。イコンのなりそこないの影達は消え去り、半壊した神保町は静まりかえっていた。

 

「ねぇ」

「言うなよ、何も」

 

 口を開いた結季奈の言葉をメアリーが遮る。そしてそのまま、地面に大の字に寝そべった。

 

「さ、殺れば?もう私抵抗しねーし、それ使えば全部終わるよ?」

 

 そう言われて、結季奈は手元のペンを見やった。

 メアリーの代わりに、主人公に選ばれた結季奈が手に入れたペン。それを使えば、全部、終わる。メアリーが作った幻想を、終わらせられる。

 

「……」

 

 結季奈が小さく頷いた。

 そしてそのまま、ペンをへし折った。

 

「は?」

「やんねーよ」

 

 そう言って結季奈がしゃがむ。そしてメアリーにデコピンを喰らわした。

 

「言ったでしょ?私はこの世界であったことを無かったことにしたくないって。あんたと一緒にいたことだって、私にとっては大事な思い出。消すわけないじゃん」

 

 結季奈の行動にメアリーはぽかんと口を開いている。

 

「あんた……どこまで私を……」

 

 メアリーが悔しそうに口を開く。が、言葉を途中まで紡いだあたりで突然表情を変えた。

 

「あ、そっか」

「?」

「私は理不尽を求めたんだった。私の力が通用しない、絶対的な理不尽」

 

 呟くように言うと、起き上がり、結季奈を視線を合わせた。

 

「とっくに叶ってたわ」

「え?」

「あんたは何度も私の邪魔をして、何度も私の計画を阻んだ。なーんだ。私にとっての理不尽はアンタだったんだ。あーあ!もっと早く気づいて楽しんどけばよかった!」

 

 メアリーはそう言うと、再び大の字に寝そべった。

 

「……意外と私馬鹿だったんだなぁ」

 

 今度は結季奈がぽかんとする番だった。しかしすぐに噴き出し、

 

「知ってた」

 

 楽しそうに、笑った。

 

「はは、そっか……ん?」

 

 ふと、メアリーが自分の指先に目をやる。見ると、指先が光を発し半透明になっていた。

 

「あー、そっか。負けたから還るのかぁ」

「!」

 

 その言葉を聞き、結季奈が身を乗り出す。

 

「……行っちゃうの」

「ま、そういうルールだし」

 

 メアリが寝そべったまま肩をすくめてみせる。

 

「……ねぇ、メアリ」

 

 少しの沈黙の後、メアリーに対して結季奈が口を開く。

 

「もし……また会えたら」

「ストップ」

 

 が、すかさずメアリーが遮る。

 

「言わないで。こんだけ好き勝手やって、そんな救われた最期は許されねーよ。これはケジメ。最後まで悪役でいさせてよ」

「……そっか。わかった」

 

 結季奈がそう言うと、メアリーも笑った。いつものように、二人の高校生の笑顔がそこに現れる。そしてそのまま、メアリーは音も無く、消えていった。

 

「……バイバイ。メアリ」

 

 バイバイ。そう返された気がした。メアリーが消えた後に残った残光を掬い取るように手を伸ばしたが、そこには何もなかった。

 

「終わった、ね」

「……うん」

 

 結季奈が振り返り、トーマと目が合う。安堵か達成感か、二人は遠慮がちに笑った。

 

「結季奈!」

 

 背後から声がする。トーマの肩越しに結季奈が目をやると、月姫らイコン達が息を切らしながら走ってきていた。

 

「皆……!おーい!」

 

 そんな彼らを、立ち上がり手を振って迎える。結季奈の元気そうな姿に一同は安心したような顔をし、少し速度を落とした。

 

「無事だったか!」

 

 開口一番、月姫は結季奈の身を案じた。問題ないよと結季奈がいたずらっぽく返すと、今度ははっきりと安堵のため息をついた。

 

「あいつは」

「……帰っていきました。あいつの居場所に」

「そう、か」

「先生。メアリは、幸せだったと思いますか」

 

 結季奈がぽつりと言う。質問というよりは、独り言に近かった。

 

「……さぁな」

 

 しかし律儀にも、月姫は返事を寄越した。

 

「〝メアリー・スーの考えていること〟など、理解できん」

「……そうですね」

 

 結季奈も答える。しかし実の所、心配はしていない。

 だって、メアリだもの。

 

「ん」

 

 ふと、月姫が声を発した。なんとなく結季奈が振り返ると、月姫が自分の指先を見つめている。そこからは、先程メアリーが発していた光が漏れ出ていた。

 

「え」

「そうか。まぁ、そうだな」

 

 月姫が納得したように息をつき、顔を上げる。見ると、他のイコン達も同じだった。

 

「待って……皆も消えちゃうの?」

 

 初めて結季奈の声が震える。その声を聞いて、イコン達は申し訳無さそうに笑うだけだった。

 

「待って……待ってよ!この世界は無くならないんでしょ……?ずっと、これからも今まで通りなんでしょ……!?」

「今まで通り、だからこそよ」

 

 センチュリオンが口を開いた。

 

「結季奈殿は、この世界を護ったんです。護ったどころか、この物語の外、つまり……過去と、この先の未来も、取り戻したんです」

 

 今度は忠雪が。

 

「宇琳達はホントはそこにいちゃいけないんだもん。帰らなきゃ」

 

 宇琳。

 

「そんな……」

「そんな顔すんじゃねえよ。始めからわかってたことだろが」

 

 今度はシグが面倒臭そうに言う。背後の気配を不自然な程無視しながら。

 

「……結季奈」

「嫌だよ」

 

 トーマが口を開いた。しかし結季奈がそれを遮る。

 

「メアリの夢は終わったんだ。夢からは醒めなきゃ」

「夢じゃないって最初に言ったのはトーマじゃん!」

 

 声を荒げてしまう。目頭が熱くなっているのを感じた。

 

「やだよ……メアリもいなくなっちゃったのに、皆もいなくなっちゃうの……?そんなの……あんまりだよ……嫌だよ……」

「……」

 

 結季奈はその場に座り込み、両手に顔を埋めて泣き出してしまった。

 

「結季奈」

 

 ふと、声がする。ゆっくりと結季奈が顔を上げると、月姫が視界に入った。その場にしゃがみ、結季奈と視線を合わせている。

 

「泣かないでくれ」

「……」

「皆、お前のことが大好きだ。大好きなんだ。だから……最後くらい、笑って見送ってくれ。お願いだ」

「……」

 

 結季奈は答えない。

 

「結季奈」

 

 もう一度、月姫が優しく結季奈の名を呼ぶ。

 

「……うん」

 

 少しの間の後、小さく結季奈が言葉を発した。そうして鼻を鳴らし目を拭うと、立ち上がり、無理矢理微笑んでみせた。

 

「そうだ。やっぱりお前はそれがいい」

 

 月姫がそう言い、手を伸ばす。握手を求めているのだ。

 恐る恐る結季奈がその手を取ると、その上に月姫のもう片方の手が優しく置かれた。

 

「……よく、頑張ってくれた。私にはきっとここまではできなかっただろうな」

「……ううん。先生がいたから、私もここまでやれたんですよ」

「そうか。嬉しいことを言ってくれるな。なぁ……結季奈」

「?」

「私は、〝かつてお前であったこと〟を誇りに思うよ」

 

 そう言って、月姫は優しく微笑んだ。そこには、確かに〝多摩川結季奈〟の笑顔があった。

 

「!」

「結季奈」

 

 月姫が手を放すと、今度は背後から声がした。振り返ると、宇琳が結季奈を見上げながらぴょんぴょんと跳ねている。

 

「宇琳……あんたもありがとね」

「宇琳帰りたくないよー……もっと結季奈と一緒にいたいよ!」

「うん……私も」

 

 宇琳もまた、今にも泣きそうな顔をしていた。しかし大きく鼻をすすり、なんとか表情を取り繕うと、結季奈同様に無理矢理笑って見せた。

 

「でも……しょうがないんだよね、そういうものだから……だから、結季奈……また会おうねー!」

「……うん。またね!」

 

 そう言って結季奈と宇琳が抱擁を交わす。初めて会った時に感じたなんとなく大人な香りは、相変わらずほんのりと漂っていた。

 

「結季奈殿」

 

 宇琳から手を放すと、代わって今度は忠雪が現れた。

 

「初めて会った時、ほんと驚いたよ」

 

 結季奈がいたずらっぽく言う。その言葉に忠雪は萎縮し、少し小さくなった。

 

「でもさ」

 

 そんな忠雪の腕を結季奈の両手が掴む。片腕には、古い傷跡が刻まれていた。

 

「何度も助けてくれたよね。ありがとう」

「……!いえ、当然のことです……!」

 

 そう言って謙遜する忠雪の表情は明るくなっていた。ちらと傷跡に目をやったが、もう申し訳なさそうな顔はしなかった。

 

「結季奈ちゃん」

 

 横から声。結季奈がそちらに笑顔を向けると、やはりセンチュリオンが立っていた。

 

「センチュリオン……あなたも、本当にありがとう」

「いいのよ。それがワタシの使命だから」

 

 そっと、優しく抱きしめられた。

 

「立派な人におなりなさい。大丈夫。結季奈ちゃんならなれるわ」

「……うん。頑張るよ。応援してて」

 

 にぱっ、とセンチュリオンが笑う。結季奈もまた、笑顔で返した。

 

「シグ!」

 

 センチュリオンが手を放し、次に結季奈はシグの名前を呼んだ。

 しかし返事が無い。不審に思ってあたりを見渡しても、あの仏頂面は視界に入って来なかった。

 

「……シグ?」

 

 

 

 

 

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