「もう時間も遅いですし、俺の家に行きましょうか! せっかくですから泊まっていってください」
ムコーダさんのその声を聞いて辺りを見渡せば、もう日も傾いて空が紅く塗り替えられている。
もうそろそろ門も閉められてしまうだろう。
フラメア達を見れば、瞼が半ば閉じかけていてかなり疲れている様子。
思い出せばこの一週間、ちゃんとした寝床で寝た日が一度もない。
魔物の国の盟主とはいえ、この世界では一文無しであることに変わりはない。それにムコーダさんと話したい事もあるし、何より彼の善意を断るのは申し訳ない。
「お前らはそれでいいか?」
「あっ、はい! 大丈夫です!」
「我も構わぬぞ。そこの
「我も問題ありません、主よ」
「……はぁー仕方ないわね! アタシも我慢してあげるわよ!」
「ラミリスは家の外な」
「ムコーダ様の御宅が非常に楽しみなのであります!」
俺の連れも問題なさそうだ。
俺はムコーダさんに頷き返して、カレーリナの街へ戻ろうとした、その時。
ムコーダさんのバッグがもぞもぞと動いた。
何かと思って見ていると、中から俺と同じ澄んだ水色のスライムが出てくる。確か、スイという名前だった。
スイはバッグから半身を乗り出して、きょろきょろと辺りを見渡す。そして俺達の方を向いて……
――ビュッビュッビュッ!
俺達に向かって急に液体を飛ばしてきた。
「うおっ!? 何だこりゃ……」
《かなり強力な酸性の液体です。生身の人間が触れれば瞬時に焼け爛れる程ですね》
「うえっ……ヤッバ……」
何となく溶解液みたいなものだとは思ったけど、そんなえげつないのかコレ……。
ムコーダさんが『スイはうちのアイドルなんですよ~』なんて言ってたから正直舐めてたわ。訂正する。ヤバい。
「ちょ、ちょっとスイ! いきなり攻撃しちゃダメだろ!」
……
「この人は悪い人じゃないから! 攻撃ダメ!」
……
「だあぁーーーっ! もう! ダメだってば!」
ムコーダさんが頑張ってスイを説得しているが、全然弾幕が収まらない。
盗聴はしていないのでスイが何を言っているかは分からないが、大方『あの人悪い人って言ってたー』とかそんなところだろう。
まだ生まれて間もないなんて言ってた割に、随分とアグレッシブだなあの子。
まあ、こっちが大人しくしていれば……
「貴様、我が主に不意打ちとは何たる無礼……! この罪、その身を以て償え!」
あああぁーーーーーっ! ランガさん!? 何やっちゃってくれてんの!?
物凄い形相でスイに喧嘩売りにいったぞあいつ。体の大きさも本来のそれに戻っている。これ絶対このまま限界までヒートアップしちゃうやつじゃないの?
「ランガ戻って来い! 俺が何とかするから!」
「なりません主よ! ここは我が食い止めて見せます!」
ランガの方は完全に頭に血が上ってるな……。
スイの方もムコーダさんのバッグから飛び出してランガに突っ込んでいく。
「ま、待てスイ! それ以上もめ事を起こさないでくれ!」
「ランガ、待て!」
ムコーダさんと俺の必死の説得も虚しく、ランガとスイの大喧嘩が始まった。
ランガの周囲をスイが縦横無尽に動き回り、あらゆる角度から絶えず酸弾をぶちまける。ランガも毛をチリチリと言わせながら紙一重でそれをよけて、着地時の隙をついて噛みつこうとするが、掠る程度で終わってしまう。
スイの方はまだ少し余裕があるのか、酸弾に紛れて突進したりもしている。ランガの方は一方的になりつつある戦況に苛立っているのか、牙を剥き出しにして唸りながら、スイ目掛けて鋭い爪を振り下ろしている。
ランガが少し押されているが、それも仕方ないのかもしれない。こんなところで全力を出したら確実にカレーリナ出禁になる。その判断が出来ているだけまだましなのかな……?
っていうか、さっきからスイの酸弾の流れ弾があちこちに飛んでて怖い。着弾したところはじゅって音と共に白い煙を上げて、後には半径二十センチ程度のクレーターが出来ている。
しかも段々頻度が上がってきた。早く止めないと。
被弾覚悟でランガを止めに飛び出そうとした。その時、
『スイよ、その辺りで止めておけ。取り返しのつかない事になる前にな』
……
『ああ、その事なのだがな……この者共には害はない。いたって安全だ』
……
『これに懲りたら話は聞くようにしておけ』
フェルさんが説得に入った。素直に聞くのかと思ったが、思いのほかすぐに攻撃がやんだ。
やっぱり強者の言葉っていうか、なにか説得力があるのかな。……いや、ムコーダさんを侮辱しているわけじゃないよ?
どうやらフェルさんの説得が効いたようで、スイの動きがピタッと止まり、次いで携帯のバイブ宜しくプルプルと小刻みに震える。……あ、なんか水が流れた。
ランガもずっと唸っているが、フェルの手前迂闊に動けないのだろう。暴走した自覚もあるらしく、尻尾が少し垂れていた。
「ランガ」
「……はっ」
「言いたいことはあるがとりあえず影に戻れ。話は街に戻ってからだ」
「申し訳ありません、我が主よ……」
顔をうなだれて、俺の影に戻っていく。
さすがに今回はお咎めなしはダメだな。どうしようか。
「ふう……まあ、大事にならなくてよかったよ。ムコーダさんも大丈夫?」
「フェルが結界張ってくれたからね」
「そりゃよかった。んじゃ、街に戻るか……あれ?」
とりあえず一件落着したので、街に戻ろうとフラメア達に声をかける。が、すでに俺の後ろにはいなかった。
「あいつらはどこいった……?」
『ん? お主の連れならもうすでに街に戻っておるぞ』
俺が独り言を呟くと、フェルさんがそれに反応して、何でもない事のように答えをくれた。
……嫌な予感がする。