うう……。俺がシエルさんに勝とうなんて無理な話だ……。
まあ、流石に出来ないことは言ってこないだろう。言ってこない……よね?
とりあえず、今は目の前のグリフォンだ。
話ができるなら、対話を試みるに越したことはない。
まずは情報収集だな。ここがどこか、それと人間がいるのかも聞いておこう。
と、その前に治療だ。群れの長みたいなことも言ってたし、治さないとマズイことになりそうだ。
確か、まだヒポクテ草と魔素水が残ってたな。なら完全回復薬が作れる。
俺はささっと完全回復薬を一リットル位作って、グリフォンの体にぶっかけた。
完全回復薬がかかった瞬間、グリフォンの全身にあった痛々しい打撲婚がきれいさっぱりなくなって、それまで険しかった表情も少し和らいだ。
「……ヒトノ、クスリ、タカイ……」
「ん? ああ、そのことは気にしなくていいよ」
痛みが引いて余裕ができたのか、俺に申し訳なさそうに頭を下げた後、回復薬の心配をし始めた。
っていうか、やっぱり俺のこと人だと思ってたみたいだな。
うーん、このまま人だと思わせておいても問題はないけど、なんか反応がかわいいからイジってみたいな。
よし、正体をバラそう。
俺は擬態をといて、元の流線型のスライムボディに戻った。
それを見て、グリフォンが目を文字通り丸くしている。さっきまで結構鋭い目をしてたから、ちょっとおかしい。
そんな事をしてグリフォンの反応を楽しんでいると、グリフォンが意外なことをつぶやいた。
「ナッ……オマエ、アノ、ニンゲンノ、スライム……イヤ、アノ、スライム、チガウ……?」
なんと、人間がいることが思わぬタイミングで発覚した。
それにこのグリフォンが出会った人間は、スライムを連れていたらしい。反応からして、俺によく似た姿なのだろうか。
結構知能は高そうだし、他にも色々知ってそうだ。
「少し聞きたいことがあるんだけど、質問してもいいかな」
「……カマワナイ」
「お前が会ったその人間ってさ、どっちのほうに行ったんだ? 俺ちょっと人間の街に行きたいんだけど……」
「……アノ、ニンゲン、フェンリルサマ、ノッテ、アッチ、イッタ」
ここに来た人間の行先を訪ねると、少し考えるそぶりを見せて、俺から見て右斜め前を指した。
どれだけ正確かは分からないが、とりあえずその方向に進めば街が見えてくるだろう。
それより、今フェンリルっていわなかったか? 戦った直後もフェンリルがどうこう言ってたけど……。
もしかしたらその人間、街だとかなり目立ってるかもな。
「それで、ここからだとどのくらいかかりそうかな?」
「フェンリルサマ、ハシッテ、ミッカ、イッタ」
ふむ。この世界のフェンリルがどのくらいの力を持つかは分からないが、フェンリルの足で三日ってことは、結構距離があるな。
急ぐ旅でもないし、五日から一週間くらいかけて、ゆっくり行くとしよう。
「行先の地名はわかるのか? あとここの地名も」
「……ワカラナイ」
ダメ元で地名も聞いてみたけど、そりゃ知らないよな。
むしろ知っているほうが珍しい。
まあそれでも、聞きたかったことは聞けたので、別れを告げて街の方へ向かおうとする。
すると、グリフォンから不安げな声がかけられた。
「うん、色々ありがとう、助かったよ。それじゃ、またな」
「……オマエ、オレタチノ、ナワバリ、トオル?」
「ああ、もしかしてお前らの縄張り突っ切る感じなのか? だとしたらそうなっちゃうけど……やっぱやめといたほうがいいか?」
縄張りを突っ切るのは彼らにしても気分がよくないだろう。
少し遠回りになるが、迂回していった方がいいかもしれない。
ただ、もしかしたら今回だけは容認してくれるかもしれないと、確認をとってみる。
すると、目の前のグリフォンはしばし黙り込み、しばらくして頷いた。
「……オマエ、ツヨイ、ダカラ、ツギカラ、オマエ、オソワナイ。ムレノ、ナカマ、イイキカセル」
「本当にいいのか?」
「カマワナイ」
「そうか、ありがとう」
なんだか彼らには迷惑をかけてばかりだな。いきなり縄張りに入って、それで長であろう目の前の奴をボコボコにして、あまつさえ縄張りを半ば強制的に通れるようにして……。
いかん。なんだか自分が悪漢のように思えてきた。今度会ったとき何かできることがあればしてあげよう。
「じゃあ、またな」
今度こそ別れの時だ。
俺はグリフォンに声をかけて、その場を立ち去る。
グリフォンは軽く頭を下げて、見えなくなるまで俺たちのことを見送ってくれた。
●
――アノスライム、ツヨイ、チカクノ、ニンゲン、ツヨイ、フェンリルサマ、アブナイ――
グリフォンは、快活な笑みを浮かべながら立ち去る少女――擬態したスライムである――と、その仲間を見送りながら、危機感を感じていた。
彼は以前、とある人間と行動を共にしていたフェンリルに、一度勝負を挑んでいた。
その時は完膚なきまでに叩きのめされたが、一応傷を負わせることはできたのだ。
それに、それからも鍛錬は怠っていないので、今はその時より強い。
だがしかし、あのスライムの強さは尋常ではなかった。
傷一つ負わせることができなかったのだ。
さらに初めて対峙した時のあのオーラ、あれだけでもあのスライムが隔絶した力を有していることが嫌でも分かる。
そしてその後ろに控えていた男、彼もまた異常であった。
顔に強烈な蹴りを入れたにもかかわらず、ダメージが一切通っていなかった。
近くを漂っていた小人やウサギの耳と尻尾を備えた女からは危機感を感じなかった。ウサギ耳の女を守るようにしていた狼も、警戒心は働いたがフェンリルにはまだ及ばないだろう。
だが、あのスライムと長身の男、あれは異常だ。
敵対すれば一瞬で群れが滅ぼされる。
彼らは人間のことを知りたがっていた。何が目的かは分からないが、かなり悪い状況にあるのは確かだろう。
それに、一対一であればまだしも、あの二人――もしくは一人と一体――が同時に襲い掛かれば、フェンリルが負ける可能性すらある。
――ハヤク、フェンリルサマ、ヤツラノコト、ツタエル――
グリフォンはすぐに群れの仲間を呼び、例のスライムと男から絶対に不興を買わないよう、厳しく言いつける。
そして、今どこにいるかもわからないフェンリルの元へ、警告するために飛び立っていった。