ロリっ子神綺様は幻想郷が気になるようです。 作:リヴィ(Live)
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一方、幻想郷。
のどかな畑と緑豊かな自然が大半を占める古き良き昔の日本を思い出す風景は、まさに幻想そのもの。現代では忘れ去られた本来あるべき姿。
ここには様々な人種が集う。人間はもちろん、妖精、妖怪、吸血鬼、天狗───中には、かつて外の世界にて名を轟かせた妖怪も多数存在する。
だがこの幻想郷に集う者達の共通の特徴が存在する。性格ではない。迫害では無い。では、何か?
答えは、『存在を忘れ去られた者』であるという事だ。忘れ去られた者達の楽園。人間の力が進み、妖怪という存在が消えかかる危機を払拭するために、この幻想郷は造られた。
一つの世界としては小規模ではあるが、他の世界と比べれば比較的平和な世界であり、殺伐とした雰囲気はない。
そんな幻想郷の、霧の湖と呼ばれる場所に存在する血のように紅い館──紅魔館にて、魔法使い達は集まっていた。
「いやー、紅魔館は本の宝物庫だな!持ち帰りたいぐらいだ!」
「既に貴女は持ち帰って……いや盗んでるわよね?」
「あれは借りてるだけだぜ」
紅魔館の地下には、『大図書館』と呼ばれる膨大な本の数が保管されている場所があり、そこには子供が読む絵本はもちろん、小説、歴史書の原本まである本の虫にはたまらない場所である。
そしてその大半を占めるのは魔法使い達が好む『魔導書』だ。この大図書館の十分の八割は魔導書であり、霊術、妖術、魔術など、ここにない魔導書は存在しないほど膨大な魔導書が保管されている。
だから、だろうか。よくその魔導書を盗む輩がいる──といっても、隣にいるのだが。
「珍しいわね、貴女から話があるなんて」
「ちょっと気になることがあってな。同じ魔法使いなら先輩のアリスに聞いた方が早いと思って」
「魔理沙が私を先輩呼ばわりって…まぁ間違ってはいないけれど」
ニシシ、と笑うのは長い金髪に魔女帽子を被り、まさに魔法使いと呼ぶにふさわしい服装をした少女、霧雨 魔理沙。
その姿を見てはぁ、と溜息をつきつつも満更でもない表情をするのは、金短髪にカチューシャをし、洋風の色鮮やかな服に身を包んだ女性、アリス・マーガトロイド。
二人は幻想郷の中でもトップクラスに強い魔法使い達であり、中でもアリスは魔法使いの中の魔法使いといえるほどの才能と知識、技量を持つ。
魔理沙はまだ魔法を初めて十年経つか経たないかの、熟練の魔法使いからしたらヒヨっ子同然ではあるが、持ち前の前向きな思考と努力家な一面でそこらの妖怪など相手にならないほどの実力者となった天才魔法使いである。
そんな二人がこの大図書館で話がある、というのは、とても珍しいことではなかったが、魔理沙から話がある、と話題を出してきたのは初めてであった。
「それで、何よ?」
「あぁ、魔界について教えてもらおうと思ってな」
「…魔界ぃ?」
魔理沙のその質問に、アリスはつい声を歪ませた。
「ここから盗………持ち帰った魔導書を読んでて、何個か魔界から流れてきた魔法が何個かあったんだ。それでな」
「なんで私に…」
「?アリスは魔界出身だろ?」
「ちょ!?」
魔理沙からの思わぬ爆弾発言に、思わず声を上げるアリス。
『アリス・マーガトロイドは魔界出身の魔法使いである』──これは誰にも言っていないことであり、この幻想郷でアリスが魔界出身であるというのは、管理者──八雲 紫のみしか知らないはず。
なのに何故魔理沙がそれを知っているのか……それは意外にも、身近なものからだった。
「なんで知ってるのよ!?」
「酒飲んだ時にペロッと喋ってたぜ?『魔界出身』ってな」
「…私のバカぁ…」
酒に酔って口を滑らせる。よくあることではあるが、今回に限ってそれが痛恨の一撃であった。
アリスにとっては知られなくない事実だった。別に、魔理沙がアリスが魔界出身だから差別するような人ではないのは知っている。それはいいのだ。もっと別の理由──アリス自身が行動しずらくなるのが嫌だったのだ。
「で、どうなんだ」
「…………………………………えぇ、そうよ」
「…なんか悪いな」
「もういいわ。知られたからには話すわよ」
まぁ、魔理沙なら大丈夫だろう───。
長い葛藤の末、話すことに決めたアリス。といっても、話すことに決めたのは魔理沙との人間関係や性格があるのが大きい。
同じ魔法使いとして仲良くしてくれた魔理沙は、アリスにとって唯一の友人と呼べる存在だった。前向きな姿勢と、素直ではないが根は優しいその性格に、アリスは何度も励まされたのだから。
だからこそだ。魔理沙がアリスにとって信用に足る人物だからこそ、話すのである。
「面白そうなお話ね、私も混ぜて頂戴」
「魔界の話、気になるわ」
──と、魔理沙ならと思った時だった。
割り込んできた声は二つ。一つは幼い子供のような声だが、落ち着きがある声。一人は気だるげな声ではあるが、興味津々な声。
アリスははっ、となり声の聞こえたほうへ向くと、そこにはこの館の主、レミリア・スカーレットと、この大図書館の管理者、パチュリー・ノーレッジがいた。
恐らくは魔界の話する、というのを聞いていたのだろう。盗み聞きは感心しないがそれ以上に──
「…こうなると思ったわ……はぁ……」
「その……悪いな…ごめん…」
「「?」」
魔理沙だから、と思った矢先に他人に知られるなんて、とアリスは頭を抱えていた。
「…まぁいいわ…言いふらさないなら」
「えぇ、そのぐらいの条件なら大丈夫よ」
「レミリアが言うとなんか説得力あるな」
「貴女のような泥棒魔法使いとは違い、私は誇り高き吸血鬼だもの」
「一言多いぜ」
バラさなければ問題ない…アリスの条件を一番最初に呑み込んだのはレミリアだった。
基本吸血鬼というのは傲慢な種族で、自己利益のみを考え、他者を蹂躙し、目的のためなら手段をも選ばない冷酷な一面が目立つ典型的な妖怪だ。証拠隠滅の為に仲間や同胞を殺すことも珍しいことではない。
その点で見ると、レミリアはとても珍しい部類に入る。レミリアは一見傲慢そうで他者を見下す典型的吸血鬼のように思えるが、内面は己が仲間や家族と思った相手には対等に接し、決して約束を違えず、命を賭してでも守ろうとする。特に妹のフランドール・スカーレットに対する愛情はその究極といってもいい。
そんなレミリアが『他者には言いふらさない』という条件を呑み込んだ以上、これ以上情報が広がることは無いだろう……と、アリスは思っていた。
「で、どんなとこなんだ?」
「その名の通り、魔族達が住まう異界よ。空気も幻想郷と比べてかなり濁っているし、何より瘴気が濃すぎて並の人間じゃすぐ死ぬわ」
「そう言えば、吸血鬼も魔界の悪魔達から流れて来た者達だって聞いたことあるわ。かの有名な串刺し公から以前から吸血鬼も存在していたし」
幻想郷やそれ以外の世界に存在する悪魔や魔族も、その先祖達は魔界から流れて来た者達が大半だ。吸血鬼もその一種だとレミリアが言う。吸血鬼意外にも、表の歴史に名を残した悪魔達は少なからず魔界との関係はあるのだろう。
「歴史はどのくらいなのかしら?」
「そうね…月の民がまだ地上にいた頃より遙か昔に出来たとされるわ。だから魔法の発明は魔界の方が何億年も先よ」
「…そうなると、何億年もの歴史を誇るのね…」
「それに、魔界は今も尚拡張を続けている。無限に広がる世界よ」
「…何億年の歴史と無限大の世界か……そりゃ魔法も魔界で生まれるわけだぜ」
元々月に住まう月の民達は、地上に住んでいたという。妖怪達の穢れを克服し、完璧な存在なろうとして、数億年前に月に住み着いたという。
だが、それよりも以前──月の民達が地上にさえ存在しなかった頃に生まれたとされる魔界は、何十億をも存在しているという。しかも、今も尚拡張を続け、無限大の大地を広げながら。
その話を聞くと、魔理沙は感心した表情をしていた。その顔は魔法使いと言うよりも、珍しき話を聞いて心躍る少女のようなものに近かった。
「でもそんな魔界も、ある一人の神によって統括されているわ。魔界が生まれた頃から、ずっとね」
「……なんか、ヤバそうね、そいつ」
「明らかに化け物だろ…」
「気になるわね…」
創世当時から今に至るまでずっと魔界を統括し続けている神の存在を口にすると、魔理沙、レミリア、パチュリーがそれぞれ引きつったような表情をしていた。
「その人の名は『神綺』。魔界を全てを生み出し、育む、魔界唯一の神にして、魔界を創造した最強の魔界神よ」
「…なぁ、龍神なんかよりもやばくないか?そいつ」
「そうね。あの有名なサタンとかアバドンも神綺の前には手も足も出ない。下手をしたあの地獄の女神よりもやばいかも」
「…絶っっ対に関わりたくない相手ね…」
「そんな神のいる世界にアリスは生きてきたのね…同じ魔法使いとして驚きだわ…」
「パチュリー、さりげなく私をあんな脳筋共と一緒にしないで?」
神綺。
魔界の全てを生み出し、育み、見守る魔界唯一の神にして、魔界を創造した最強の神。かの有名な悪魔の王、サタンよりもその神格は遥かに格上とされ、最強と名高い悪魔達が口を揃えて称える神。
無限に広がる魔界を統括する政治力、悪魔の王すら従える圧倒的カリスマ、そして、その魔界を創造したという規格外すぎる力。それらの要素は普通の魔法使いである魔理沙や魔理沙以上の力を持つパチュリー、そして、幻想郷でも五本指に入るであろうレミリアさえも顔を青くするものだった。
「たぶん、貴女達が創造してる様なゴリラじゃないわよ。外見は本当に子供のそれだし、わりとのほほんとして無邪気すぎるし…姿も相まって従者が母親に見えるわ」
「…つまり貫禄ないのね、その神様」
「あるにはあるのだけど…いやないのかなアレ…」
「どうしようパチュリー、前口と今の言葉でどんな神様かわからなくなっちまったぜ」
「安心して魔理沙、私もよ」
アリスの言う神綺の人物像を聞くと、皆よくわからない顔をし始めた。それはそうだろう。だって、『悪魔の王が平伏す最強の魔界神』が『子供姿で従者が母親に見えるほどだらしない』という全く結びつくことの無い二つのワードが結びついているのだ。むしろこれで想像出来るのならそいつは魔界人だろう。
「…というか、詳しいのね。魔界の最高神だからてっきり一般の魔界人だったアリスじゃそこまでわからないんじゃないかって思ったのだけれど…」
「……私が『一般の魔界人』だとは一言も言ってないわ」
「もしかして、その神様の家来だったとか?」
「家来なんてものじゃないわ───私はね」
妙に魔界の最高神に詳しかったアリスに疑問を覚えたパチュリーを筆頭に、皆がアリスの魔界での立場を連想し始めた。
そして、アリスが口にした答えは──
「私はね、神綺が自ら造った魔界人の一人よ」
「「「………は?」」」
皆、固まった。
◆
「…ここが幻想郷ねぇ……とても綺麗…魔界より空気がおいしいわ!」
「…私も初めて来ましたが…美しい場所ですね」
そして一方、幻想郷に到来した神綺と夢子は、見渡す限りの自然に息を呑み、目を輝かせていた。
魔界にはない光景だ、と神綺は言った。魔界は赤黒い空に、真っ赤に輝く紅い月に、それらに照らされた不気味な都。自然なんてものはこれっぽっちもないし、血気盛んな魔族の長年の殺し合いと魔族が放つ瘴気で空気は穢れている。だからこそ、その最深部で生きていた二人にとっては新鮮そのものだった。
「綺麗、綺麗よ!綺麗だけど………
「……っ」
神綺がそう振り向きながら言うと、その視線の先はグパッと開かれ、そこから美しい女性が二人現れた。
一人は日傘を持ち、長い金髪に中華を意識したような服装を身に纏う女性。
一人は、その人ほどではないが短い金髪で、頭に角か何かを隠すための布切れを巻き、中華風衣装に、背後に目立つ九つの尻尾。
「ごきげんよう、八雲 紫さん。こうして合うのは、幻想郷創造時の会談以来かしら?」
「…えぇ。お久しぶりです。神綺様」
八雲 紫。この幻想郷創造者の一人にして、最古参の妖怪。妖怪の賢者と恐れられる最強の妖怪。幻想郷最高管理者である紫は、目の前の神綺に冷や汗を垂らしつつも、真剣に、瞳を真っ直ぐ見つめる。その瞳の奥に、警戒心が見えるのを神綺は感じていた。
「そう身構えなくてもいいわ。別に幻想郷をこうしようとは思ってないし、観光よ観光」
「…その言葉には、嘘偽りはないようですね」
「貴様…」
「抑えなさい夢子ちゃん、立場上仕方ないことよ」
「はっ」
紫の疑いの目に、神綺の従者である夢子は身構えた。それに応えて紫の従者である九尾も身構えたが、神綺はすぐ様それを抑えるように言うと、夢子はその腰に差された長剣から手を離した。
「疑うのはいいわ。でも、敵意がないこちらをそんなに敵視しなくてもいいんじゃない?」
「……貴女ほどの存在の幻想入りは、仕方ないことだと思いますが」
「フフ、それもそうね、聞いた私がバカだったわ。ごめんなさいね」
「…承知の上ならば」
「ええ、わかってるわ。どうぞお好きになさって?郷に入っては郷に従えとは、貴女達の諺でしょう?」
己は何もしない、監視でもなんでも好きにしろと言わんばかりに神綺は手を広げて無防備な姿を取った。その意味を汲み取った従者の夢子もまた、剣を地におき、膝をついて紫達に頭を垂れる。
神綺とて、魔界とは比べ物にならないほど、こんな美しい世界を戦いで汚すのは不本意であった。
───本音を言えば今すぐにでも己が手に収めたい。この美しい世界を、一秒でも長く眺めていたい。愛する娘達とこの世界で生きてみたい。
しかしそれは神綺という神ではなく、八雲 紫という妖怪が治めているからこそ、この大地は
「…分かりました。下位の式神を監視役として付けさせて頂くこと、お許しください」
「あら、それだけでいいの?そこの九尾の妖狐さんの方が安心なんじゃない?」
「はい。しかし万が一、貴女方が異常事態を起こすようなことがあれば──全力で排除させていただきます」
「あらあら、恐ろしいこと。それでこそ、妖怪の賢者とよばれる者よね」
紫にとってこの世界とは己の命よりも大切な宝そのもの。この世界に住む住民もまた彼女の宝。それらを汚すような真似は、たとえ魔界の神であっても許さない。
その点、神綺は紫の気持ちに共感できていた。己が彼女と同じ立場ならば、同じことを思うに決まっていると、確信できるからだ。
妖怪と神。決して相容れない存在であっても、世界の主が持つ心は同じ。故に、神綺は紫の行動を理解できるし、共感もできる。紫の行動になんの疑いも、不満もあるはずがない。
「忠告はしました。では、この幻想郷の世界を堪能なさいませ」
「えぇ、堪能させてもらうわね」
忠告を受け取った神綺は、特に何も思うことなくニコリと笑った。その表情を見た紫は一瞬目を見開いたが、しかし直ぐに表情を強張らせて、スキマを開きその場をあとにした。
紫が去ったことを確認した神綺は───
「はぁああ~~!!もう疲れた!!早く娘達の所に行きましょ!!」
「せっかくいい感じの魔界神感でてたのに今ので台無しですよ神綺様」
「知らない!真面目モード疲れる!早く行きましょ!あ~早く娘達の肌に触りたい!!撫で撫でしたい!!膝枕されたいぃ~!!」
「…まるで子供ですね神綺様……まぁいつもの事ですが…」
真面目の雰囲気をとき、いつもより子供のような人格に戻ってしまった神綺に、夢子は溜め息をつかざるを得ない。
いつもああいうカリスマを出してくれれば世話も楽なのだが、と夢子は心の中で思っていた。
「ピピッ!私の娘センサーが反応してらっしゃる!待っててね愛する娘達!今ママが向かうからね!!」
「わかりましたから落ち着いてください神綺様──って、早っ!?お待ちください一人では危険ですから!!」
──本当にこんな調子で大丈夫だろうか。
夢子の嫌な予感が、近いうちに的中することになることは、まだ誰も知らない。