「ちょっとー?まだ描き終わってないんだけどー?」
藤丸とルシフェルが互いを見つめ合う中、キャンバスの前に立っている美女がルシフェルに声をかけた。ルシフェルは手をヒラヒラと動かし、「もう少し待っててくれ」と興味なさげに言った後、今度は藤丸ではなくロマンを見た。
「ロマニ、少し彼と話がしたい。いいだろう?」
「うーん、いいですけど、とりあえずはこちらの用件を伝えておきたいんで後にしてくれませんか?」
戸惑う藤丸を尻目に、ロマンとルシフェルは会話を続ける。イーノックは藤丸がどうしたらいいか分からない状態であると察知し、助けに向かおうとするが、ルシフェルがそれを手で制した。イーノックは数秒、椅子から立ち上がりかけた状態の姿勢で静止し、そして座った。
「・・・分かった。話が終わるころに、また来るとするよ」
先に折れたのはルシフェル。指を鳴らし、その場から消えた。ロマニは短くため息をつき、藤丸に向き直った。その表情は暗い。
「君に・・・伝えておかなくちゃならないことがある。良いニュースと、悪いニュースの二つなんだが、とりあえずは悪いニュースを先に知らせておこうと思う」
そして、ロマンは語った。今、自分たちが絶体絶命の窮地に立たされていることを。
▽△▽
カルデア職員の七割が爆発に巻き込まれて死亡したこと。カルデアの施設の約半数が崩壊していること。外部との連絡が一切取れなくなっていること。人理崩壊。人類史の焼却。特異点。
「復旧したシバで過去の地球をスキャンしたところ、七つの特異点が発見された。アジアに二つ。ヨーロッパに三つ。大西洋に一つ。北アメリカに一つの合計七つ。・・・冬木だけが原因ではなかった。レフは、聖杯の力を用いて、そう、いわば人類史の
故に、人類の滅亡が確定してしまった。
そのことを聞いた藤丸は、まるで理解できないといった表情をしている。当然だ。昨日今日で勝手に連れてこられただけの少年。燃える街へと放りだされ、前へ進むことを強要された少年。だが、既に彼は「普通」ではなくなっている。カルデアに来た時点で。マスターとなった時点で。生還した時点で。
だが、ロマンは藤丸が思ってもいなかったことを言い出した。
「・・・今現在、レイシフトを行えるのは君とイーノックだけだ。そして君はまだ子供だ。イーノックは生身でもシャドウサーヴァントと戦えて、それを圧するほどの力の持ち主だ。サーヴァントとしてはルシフェルがついている。君がこれ以上頑張る必要はない。・・・だが、ボクは言わなければならない」
残酷なことだが、どうか、ボクらに協力してほしい。ボクらが人類の未来を取り戻すために、君には戦場へ行ってもらいたい。命の保証はない。生きて帰ったとしても、その度に腕や足を失うかもしれない。あの冬木で味わった以上の恐怖と困難を乗り越えて、世界を救う。
マスター適正者、48番。藤丸立香。その覚悟はあるか?
「これは君への命令ではない。ただの頼み事だ。だから、断ってもらってもボクらは君を責めない。だから、」
「・・・夢を・・・見たんです。俺の知ってる街が、燃えてて・・・家族が、焼けてる夢を。でも、夢じゃなかったんですよね・・・」
藤丸は絞り出すようにして言葉を発した。ロマンは唾を飲み込み、押し黙る。マシュも、藤丸を励ましフォローするための言葉を探していたが、今は他ただ沈痛な表情で藤丸のことを見守ることしかできない。無事な帰還を祝伏していたスタッフたちも言葉を失った。
藤丸は顔を上げ、ロマンの目を射抜くように見据えた。ロマンは驚愕した。その眼は、表情は。覚悟をした者だけが持つ者だったからだ。決意した勇者の目。恐怖に震える無力な者の目。希望を信じる目。絶望を確信した目。それら全てを混ぜ合わせ、兼ね備えた「英雄」の目をしていた。
この時、彼は後戻りが出来なくなった。
「俺は・・・あの夢を、ちゃんと夢にしたい。ただの、怖いだけの幻想にしたい。人理がどうとか、人類史だとか。まだ分からないことばかりだ・・・だけど、俺はそんな終わりは嫌だ。指をくわえて誰かの帰りを祈るだけだなんて嫌だ。だから、俺は背負います」
それが、俺にできることなら!
その言葉を聞いたロマンは、悲しげに目を閉じた後、口元に笑みを作ってから目を開けた。そして高らかに叫んだ。
「生き残ったカルデア全職員に告ぐ!これよりこのロマニ・アーキマンが正式に司令官の任に就く!目的は人類史の保護及び奪還、原因と思われる聖杯の回収。これから、ボクたちは数多の神話に挑む。無数の英雄と出会う。人類を守るために、人類史に牙をむく!だが、生き残るには、未来を取り戻すにはこれしかない!魔術世界における最高位の使命を以て、我々は未来を取り戻す!」
ロマンのその宣言に呼応するように、スタッフたちは藤丸とマシュ、イーノックとロマンに拍手を送った。そして、ロマンは藤丸に頭を下げ、ただ一言。泣きそうな声で「ありがとう」と言った。
「・・・さて、終わったかな?それじゃあ、今度は私の番だ」
いつの間にか瞬間移動していたルシフェルが滑るように藤丸に近づいた。藤丸は突然現れた黒服の男に驚き、一瞬離れようとする。しかし、その肩を手でつかまれ引き寄せられた。
「すまないね。
▽△▽
まずは、改めて自己紹介からしよう。
私の名はルシフェル。イーノックのサポートを行っている天使だよ。今は、イーノックがマスターとして登録されてしまっている故か、ルーラー・・・だったか。まぁサーヴァント(仮)のようなものだと思ってくれ。ちなみに、君達の世界の作品だと私はよく堕天使として描かれてるようだが、今も現役の天使だよ。
さて、本題に移ろう。私はあくまでも付き添いなのだが、私達はイーノックと共に七人の堕天使を捕らえるためにカルデアへやってきた。何でも、彼らは上手く特異点の中に入り込んだようなのでね。天界からは特異点には入れない。だから、ここのシステムを利用させてもらう。
聖杯には興味はない。あくまでも私達の目的は堕天使の捕縛だ。だが、人理焼却は天界にとっても一大事だ。人が減れば信仰が減る。天使とは人の信じる心に寄り添った存在だからね。存在自体が危うくなるのさ。だから、天界の意地のためにもカルデアを全力でサポートすることになった。特異点には人が減ったことによる力不足で行くことはできないが、多くの天使がここを守護する。
「・・・まぁ、こんなものか。天界とカルデア、目的は違うが、目指すべき場所は同じだ。ともに協力し合おうじゃないか。もっと詳しく知りたかったらアークエンジェルの連中に聞いてくれ。誰かしら親切に教えてくれるだろうさ」
ルシフェルは言い終わった後、瞬時に管制室の中央へ戻り、、先程と同じポーズを取って被写体となった。キャンバスの前の美女は筆を取って描こうとしたが、藤丸の視線に気づき手を振った。
「私のことは、まぁ、あとでどうせレイシフトする時に会うし。その時に説明するよ。おったまげて腰を抜かすナイスリアクションを期待している」
それだけ言うと、すぐさまキャンバスを睨み、何かを描いては破り捨て、破り捨ててはルシフェルをじっと見つめ、また描くを繰り返した。ロマンはその様子を見て小さくため息をつくと、
「とりあえず、人理の定礎値が一番安定している場所からレイシフトをしようと思う」
「それってどこですか?」
「えーと・・・ここだね。フランス・・・正確には、フランスにあるオルレアンという地が、次の特異点の舞台だ」
藤丸は手が白くなる程強く握りしめ、脳裏に焼けた冬木氏と嗤うレフの姿を鮮明に思い浮かべた。湧き上がってくるのは怒り。そして、何よりも生きたいという衝動。
「レイシフトまではまだ時間がある。今はよく体を休めておくんだ。マシュ、頼めるかな」
「はい。先輩をお部屋までお連れします」
マシュは勢いよく立ち上がり、藤丸に寄り添うようにして管制室を後にした。
イーノックは首から下げたペンダントの蓋を開き、自分の妻と子の姿を写真の中に見ていた。
あと少し、天界への避難が遅ければ彼女らも焼かれていた。
その事実が、イーノックを静かに憤らせた。許しは与える。しかし、必ず捕縛する。決意を胸に、イーノックもマシュを追うようにして席を立ち、管制室から出て行った。