短めです。次の話では藤丸君たちと合流するでしょう。
渦が掻き消え、嵐の最中のような突風が吹きぬけた。イーノックはほとんど前のみりになり、転がりそうになりながら瑞々しい青草の上に着地した。暖かな日の光が辺りに降り注ぎ、爽やかな風が吹く。どうやら無事着いたようだな。イーノックは二秒ほど放心していたが、すぐにアーチを展開して辺りを警戒した。
「安心しろイーノック。この近くには敵はいないようだ」
イーノックは黙って頷き、アーチを閉じて藤丸たちを探した。しかし、どこにもいない。辺りは遮る物のない丘陵が広がるのみ。それどころか民家らしきものも見当たらない。イーノックは左腕に装着された機械を起動しようとし、何度かボタンを間違えてからやっとプロジェクターを浮かび上がらせた。
「はーい、無事に特異点に着けたようだね。うん、バイタル値にも異常なし。その筋肉に見合う素敵なステータスだ」
そこに現れたのは誰もが見とれる絶世の美女。まぁ私は除くがね。彼女の名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。確か時間旅行の中でチラリと見たときは男のハズだったが、そんなことはどうでもいいだろう。兎に角、このレオナルドがこちらのナビゲーター役だ。ロマニは藤丸たちを担当している。
「ダ・ヴィンチさ・・・ちゃん。藤丸さん達の姿が見えないのですが」
「藤丸君たちなら、今はドンレミ村の跡地の近くにいる。君達が今いる場所は、ラ・シャリテの近くかな。ところで、空を見てくれ。何かないかい?」
私とイーノックはレオナルドの言う通りに空を仰いだ。
天使の輪、と表現してみようか。そこにあったのは太陽を丸く囲む光の輪だった。陽光を反射して輝く雲のように、鼓動するようにして緩やかに明滅している。その大きさと言ったら、セタの一つや二つ程度すっぽりと収まるだろう。
「光の輪だな。かなりデカいようだが、あれは何だ?」
「分からない、というのが現状の答えかな。衛星軌道上に展開した何らかの魔術式か、はたまた天使が作り出した戯れのナニカか・・・心当たりあるかい?」
「いや、ないな」
そっけなく答えてやると、レオナルドは頬をわざとらしく膨らませてむくれてみせる。それに対し、私もわざとらしくその様を鼻で笑ってやった。すると、そのことが彼女の対抗心を高めたのか、「神の叡智くらいこの天才がいくらでも作ってやる」と言い残し、通信を切ってしまった。
イーノックは迷惑そうに私のことを見ると、プイとそっぽを向いて歩き出してしまった。それでいい。私は指を鳴らし、瞬間移動でイーノックから少し離れた場所に立った。その時、私は奇妙なものをそこで見つけた。
地面にほぼ全体が焼け焦げた一枚の木の板が無造作に転がっていた。見ると、これだけではなく周囲にいくつも木の板が散らばっている。しかも、それら全ては一様に所々が焼けており、ほとんど炭化したようなものもあった。土に埋もれ、草に隠れている。
「イーノック、こっちに何かあるぞ」
私がそう言うと、イーノックは何の言葉も返さずに、しかし少しずつ進路をこちらに寄せて近づいてきた。ちなみに、イーノックが私のことを無視するのは、さっきの通信で機嫌を損ねてしまったからではない。私は普段は他の人間には姿を見られないように姿を消している。それは、堕天使も例外ではなく私の姿を捉えることはできない。
故に、イーノックは私に話しかけてはいけない。それは、初めて二人で堕天使達を捕えに行った365年の旅から続く、私の頼み事だ。堕天使に私が協力していることを悟られない。それを順守したからこそ、私は何度でも時を巻き戻すことができた。
(((仮にバレたら、アイツらはイーノックを殺さずに生け捕りか、封印することに切り替えてくるからな)))
焼け焦げた木の板を手に取り、思索にふけるイーノックを見ながらそう心の中で呟いた。さて、またもう少し先でイーノックを待つとするかな。指を鳴らし、瞬間移動しようとしたその時、イーノックの白い鎧にポツと水滴が落ちた。雨か。私は空を見上げた。
すると、不自然な速度で雨雲が出現し、舞台の幕を閉じるかのように太陽を覆い隠した。それから一拍間が空き、
イーノックは時折、デバイスに表示されたラ・シャリテに向かうルートを見つつ、横殴りの雨の中を進んだ。雨の勢いは時間と共に増してきているようで、大岩が転がる様な雷の音まで鳴り出した。
「イーノック、雷に撃たれて死にたくなかったら急ぐんだな」
そう言おうとしたのだが唐突に雨が止み、雷の音も治まったため、言えずじまいとなってしまった。まぁ、雨が上がった今となってはどうでもいいことだが。イーノックは天候の急激な変化に若干戸惑いつつも、歩みを止めることなく先を急いだ。そして、地面から突き出るようにして埋まっている石に躓き、転びそうになった。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫だ。それより、これは・・・」
雨が上がり、雲の隙間から洩れる光が幻想的に辺りを照らす。濡れた草原がキラキラと輝く。本来ならファタジー感溢れる美しい光景となるはずなのだが。
「成程。この特異点にいるのはエゼキエルか」
先程の急激な天候の変化。そして、今目の前にあるこれらを見て私は確信した。
そこにあったのは小さな村だった。しかし、様子がおかしい。そう、それは確かに村なのだが、その村の中に
イーノックはもちろんのこと、私もこの模造品の植物には見覚えがあった。背徳の塔、タワーの第一階層。エゼキエルの世界で見た、
イーノックはマントの中でアーチを取り出し、胸に抱えながら村へと近づいた。そして、木の幹に巻き込まれるようにして建っている家のドアを開け、中を覗き込んだ。私も扉をすり抜けて中を見てみる。赤い。
「・・・・・・」
イーノックは何も言わず、ただその眉間に深い皴を刻み、短く祈った。もうそこに魂はなかった。恐らく、消滅したか冥界に連れていかれたのだろう。イーノックはこの村に生存者がいる希望を捨て、先を急ぐことにした。私はまた瞬間移動をし、イーノックを待つことにする。
(((しかし、妙だ。さっきの家、あの植物で破壊されたというよりは、もともと壊れた家に木が生えたようだったが。しかし、エゼキエルがわざわざ村を襲う理由が見当たらない)))
それに、あの場所に散らばっていた木の板をこの村の物だとすると、恐らくこれらは人の手により破壊されたのではないだろう。何かもっと大きなもの。それが、家の建材を吹き飛ばしたのだろう。
そう考え、指を鳴らしてラ・シャリテの街を目視できるところまで瞬間移動した。日は既に落ち始め、もうしばらく経てばこの辺りは夕闇に包まれ始めるだろう。私はイーノックが近くに来るまでの間、携帯をいじってしばらく待つことにした。
▽△▽
それからイーノックは歩き続け、陽が沈みかけた頃。ようやくラ・シャリテに辿り着いた。しかし、もうすぐ夜が来るというのにも関わらず、松明には火は灯っていない。しかし、ちゃんと人はいるようだ。壁を通り抜けて覗いた寝室には、赤ん坊を寝かしつけている女性がいた。
「どうやら、さっきの村のように破壊されてはいないようだな。しかし、こんなに暗かったら宿も何も見当たらないな。イーノック、野宿の準備をしておくんだ」
「待つんだルシフェル。・・・どうやらこの街、既に落とされていたようだ」
イーノックが指を指す方向を見てみると、円柱状の頭部を持つ奇妙な生物が、何体か群れを成して歩いていた。あれには私も見覚えがある。エゼキエルの使役獣たちだ。その手には褐色に穢れたアーチやガーレを持っている。使役獣たちはまるで巡回するようにしてそこら中を歩き回り、窓から家の様子を覗き込んだりしている。
「夜警か。お前を警戒しているのかもな」
「・・・・・・」
そう冗談めかして言ってやったが、イーノックは答えずに音も無く素早く移動し、マントでアーチの光を隠しながら使役獣に近づいて行った。そして、完全に背後を取り、首を一文字に跳ね飛ばして浄化した。断末魔を上げる暇も与えず、イーノックは闇夜に紛れて次々に使役獣たちを暗殺していく。そして、最期の一匹の首をへし折り、その背中に装着されたガーレを奪うと、浄化して背負い装備した。
「さて、これで安心して休めるな」
「そうだな。・・・あそこに空き家がある。今夜だけだ。使わせてもらおう」
やれやれ、随分図太くなったな。イーノックは空き家の窓から侵入し、マントを毛布代わりに横たわった。
「明日はどうするんだ?」
「ここを出て彼らと合流する。どうやらここからほど近いヴォークルールという場所にいると教えられた」
「成程。それじゃあしばらく休んでいるといい。残念ながら特異点では干渉はできないが、敵が近くに来たら教えてやるよ」
「助かる」
そう言うとイーノックはものの数秒で眠りについた。
次にイーノックが目を覚ましたのは早朝。ヴォークルールからの避難民が大勢押し寄せた時だった。そして、藤丸と合流したのはそれから約三時間後。巨大な竜がその影を街に落とした時だった。