Fate GO/Elshaddai   作:キョウキ

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 遅れてしまい、申し訳ありません。六話目です。
 イーノックさんがかっこよく武器を使うところが書きたくなっただけのお話です。実際カッコよく書けたかどうかは分かりません。ご容赦を。

 それでは、始まります。


第六話 指は鳴る

「おい!起きろ、イーノック!」

 

 ルシフェルの声にハッと目が覚める。薄暗い部屋。窓から差し込む陽の光に照らされ、床に積もった埃がキラキラと舞う。その幻想的な幕の向こうに、穢れたアーチを振り上げたエゼキエルの使役獣・・・エゼキ・Aが立っていた。イーノックは転がりながらアーチによる攻撃を避けると、すぐさまガーレを装備し、楔形の弾丸を放った。

 

 三発のガーレ弾がそれぞれエゼキ・Aの腕、足、頭を吹き飛ばし、浄化して煙に帰した。イーノックはガーレのコントロール装置を素早く浄化し、空き家を出ようとする。しかし、新たな刺客が扉を蹴り開けて中に入ってくる。今度は使役獣ではなく、ヒトだ。この時代の兵士と同じ鎧を身に纏い、穢れたアーチをその手に持っている。

 

「天からの遣い、イーノック!エゼキエル様の命により、その命をいただきに来た!」

「っ・・・・」

 

 朝の柔らかな日差しが差し込む中、イーノックは雪のように舞う埃に包まれながら、その敵を強く睨んだ。兵士は臆することなく、太刀を振るうようにしてアーチで切りかかった。イーノックは軽いステップでその攻撃を躱し、蹴りで兵士を扉まで吹き飛ばした。

 

 扉は衝撃に耐えることができずに、兵士と共に外へ吹っ飛んでいく。すると、別の兵士が数人、出口を塞ぐようにして現れ、手にした弓をつがえる。イーノックは応戦することをやめ、ガーレ弾でえぐるようにして壁を破壊し大穴を開けると、そこにスライディングをして空き家から脱出した。

 

 兵士たちがイーノックを追おうとするが、ガーレにより機動力を強化したイーノックは、滑るように水平に飛びながら距離を取り、屋根の上に逃れていた。兵士の中の一人が未練がましく矢を放つが、当たるはずもなく。イーノックは颯爽と、その胸の内に僅かな焦燥を抱えながら駆けて行った。

 

(((既に信奉者を作っているとは・・・。このことをすぐに藤丸たちに教えておかなくては!)))

 

 彼らは恐らく、自分が何処にいるのかという事をダ・ヴィンチを通して知っているはずだ。となると、まず間違いなくこちらに向かってくるだろう。昨晩は自分が迎えに行くことを考えていたが、もし互いに行違うことになれば面倒だ。

 

(((それに、エゼキエルの存在もある・・・。私がここに来たという事がバレたとあっては、彼らと共に行動することは避けるべきか?)))

 

 イーノックはチラリと背後を振り向くと、やはりと言うべきか。使役獣たちが追いかけてきている。その数は三体。ガーレを装備したエゼキ・Gが二体、エゼキ・Aが一体。下の通りでは兵士たちが互い互いに呼びかけながら、イーノックのことを追っている。

 

「待て、魔女の使徒!」

 

 聞き慣れない言葉に反応し、イーノックの意識が一瞬使役獣たちから通りの兵士に向けられたとき、ガツンとイーノックは後頭部に激しい痛みと衝撃を覚えた。バランスを崩し、家屋と家屋の隙間を飛び越えることができずに落下する。不意の衝撃に対応することができず、背中から落ちる。その時、穢れたガーレ弾が軌跡を描いて操作者の元へ戻るところを見た。

 

 しまった。すぐに起き上がろうと地面に手をついたが、首を一本の矢が貫いた。視界が回る。体から力が抜ける。それから、無数の足音がしたかと思えば、兵士たちが槍を構えて突進をしてきた。数人がかりで押さえつけられ、何本も槍を突き刺される。顔。脚。鎧の隙間から胴体へ。

 

「お前を殺せば、エゼキエル様は魔女を殺してくれると言った!」

「魔女の使徒め!串刺しだ!串刺しにするんだ!」

 

 なんとかガーレを操作して窮地を抜けようとしたが、意識が朦朧としてきたために制御することができず、イーノックが天に伸ばした腕がポトリと落ちると同時に、ガーレに宿っていた緑色の光も薄れて消えた。

 

「まったく、あともう少しくらい、自分の力で何とかしてもらいたかったんだがな」

 

 誰にも見られることのない、黒衣の天使は、小さくため息をつきながら指を鳴らした。

 

 パチン

 

▽△▽▽▽△▽△△

 

「待て、魔女の使徒!」

 

 聞き慣れない言葉に反応して、イーノックの意識が一瞬使役獣たちから通りの兵士に向けられる。エゼキ・Gはこれ幸いと、ガーレを操作してその中の一発をイーノックの後頭部に向けて放った。しかし、残念なことに、イーノックはそのことを既に知っている。

 

 正確に言えば、魂が覚えている。私はイーノックがしゃがみこんでガーレ弾を回避し、自分のガーレを用いて素早く飛翔するところを見届けてから彼の元へ移動した。

 

「危ない所だったな、イーノック」

「?、ああ」

 

 イーノックは知らない。まだ自分は一度も死んだことは無く、間一髪で死線を潜り抜けたと認識している。タワー解放時の決戦の折、セムヤザの触腕に全身を貫かれそうになり、肉体の半分を失いはしたがギリギリで生きていた。

その際に、不完全ではあるが契約の天使として覚醒。セタと時間逆行を利用した肉体の再生能力を手に入れていた。

 

(((とは言っても、セタによる支援が無ければ『ただの人間』であるばことは、少し困ったことだがね)))

 

 故に、イーノックがわずかなミスや不注意によって命を落とした時、私の時間操作の力が役に立つ。普通、時を巻き戻したとして、人は同じ過ちを繰り返す。何百回も、何千回も。その過ちを十万、百万と繰り返した末に、人は新たな運命を切り開くことができる。それは天使も同じで、それほどまでに運命と言うものを覆すのは至難の業なのだ。

 

 しかし、イーノックは違う。死ぬ前の・・・時を戻す前の記憶を受け継ぐことは無いが、魂が経験を積むことによって、危機を間一髪で脱することができる。その回数も、常人ならば数えきれないほど繰り返さなければならないところを、ほんの数回で済むほどにイーノックの魂は特別なのだ。

 

(((いまはまだ不完全だが、いずれ私が神の任を継いだ時、信頼できる右腕となるだろう)))

 

 そんなことを考えながら、私はイーノックのことを見つめた。イーノックは私の方に振り向くことは無く、デバイスを起動し、背後からの攻撃を避けつつ屋根の上を進んでいく。

 

「ダ・ヴィンチさん、藤丸さんの現在地とこの街を出るルートを!」

「待って・・・よし、送った!藤丸君たちは今、そっちに向かって行ってる。ルートは、この通りに行けば無事にザザ」

 

 浮かび上がるホログラムと音声に横殴りのノイズが走る。それと同時に、異様な「黒い」気配をイーノックは感じた。その額に大粒の汗が浮き出る。脚が止まる。背後から追ってきているはずの使役獣は、既に姿を消している。撤退したのか__否、恐らくは逃げたのだろう。

 

「ふむ。その姿、話に聞いていた天からの遣いとお見受けする」

 

 影をそのまま人型に作り上げたような男が、そこに立っていた。黒の豪奢な服に身を包み、乳白色の透けるような髪を風になびかせている。陽の光を遮る物のない屋根の上だというのに、その男の周りだけが妙に歪み、淀んで見える。その手には杭に似た銀色の槍が握られている。

 

 使役獣は皆、この男から逃げたのだ。私には分かった。

 

 

「余はバーサーク・ランサー。真名は、言う必要はあるまい」

 

 瞬間、イーノックがガーレ弾を並べてガードするのとほぼ同時に、男はその槍を心臓に向けて突き刺しにかかった。槍と防壁がぶつかり合い、チリチリと一瞬、空気が焼けつくような緊張が走る。

 

「ッ・・・エゼキエルの手のものか!」

「いや、また別件だ。魔女の使徒よ、本物に会った感想を聞かせてくれんかね?」

 

 押し込むようにして槍に力を籠める。イーノックはガーレ弾の刃を全て男に向けて、一つの一撃として放つ。男はその攻撃を察知してすぐさま後方へ逃れるが、イーノックは追撃することなくその場から素早く離れる。平時ならば追いつかれたかもしれないが、ガーレを装備している以上、その機動力に迫るものはほとんど存在しない。

 

「逃げるのか。それでよいのか。余を放っておくという事は、この街の全ての人間を見捨てることになるが」

 

 男が挑発する。しかし、イーノックは乗らない。見捨てる。見殺し。そう言った言葉は、既に幾度も浴びせられ、慣れているからだ。私は男の顔を見てみた。すると、その顔は蹂躙や殺戮への悦びに満ちた外道のそれではなく、失望、もしくは落胆ともとれる表情をしていた。

 

 

「悪いが、終わりたいというのならば他を当たってくれ」

 

 そう耳元で囁いてやり(聞こえてはいないがな)、指を鳴らしてイーノックを追おうとしたその時、太陽の光が阻まれ、辺りが一瞬にして暗くなった。積乱雲だろうか。そう思い、空を見上げた。さすがの私も、肝が冷えたよ。

 

 そこには、恐ろしいほどに巨大な黒龍が翼を広げていた。

 

▽△▽

 

 いきなりオルレアンに乗り込むのは不可能である。故に、近隣の街や農村で聞き込み調査を行うべきだと判断したジャンヌ・ダルクは、藤丸とマシュを連れてラ・シャリテまでの道を進んでいた。既に遠目には街の外観がぼんやりとではあるが確認できている。マシュは藤丸を抱えると、ジャンヌと共にサーヴァントとしての最高速度でラ・シャリテにたどり着いた。

 

 ジャンヌは竜の魔女の存在もあって、その顔を布で隠しながらラ・シャリテで行動することになるのだが、兵士に怪しまれることも無く__というよりかは、ヴォークルールの避難民と思われたのかあまり詮索されることはなかった。通りには人が溢れ、少しでも中心部へと向かおうと、まるで川のように人の群れが動いている。

 

 時折、「魔女の使徒」を追う兵士の一団が路地と露路の間を駆け、屋根によじ登ろうとしているところを幾度か見た。

 

「魔女の使徒・・・この街には既に、竜の魔女の手先が入り込んでいるというのですか・・・」

「どうでしょうか・・・。その割には、住人の方々も落ち着いていますし、何かの手違いでは」

 

 その時、藤丸のデバイスが電子音を響かせ、慌てた表情のロマンの姿を空中に投影した。近くを歩いていた避難民の男が、声を上げて腰を抜かす。「幽霊か!?」

 

「あの、ドクター。今ここでデバイスを動かすのは」

「早くその場所を離れるんだ!サーヴァント反応が五騎、巨大な魔力反応が一つ、その街へ向かって行っている!サーヴァントに関しては、既に一騎、街の中へ侵入しているぞ!」

 

 なんだって!藤丸は思わず大声でそう叫んだが、それは突如として陽光を遮った影と大きな羽ばたきの音でかき消された。全身から汗が流れ落ちる。膝が笑う。藤丸はほとんど、真上を向くようにして空を仰いだ。そこに空はなかった。

 

 緑に光る裂傷を胸に刻んだ黒龍が、その喉元に火炎を装填している。勇者殺しの代名詞である、ドラゴンの息だ。それが今、自分たちに向けて放たれようとしている・・・?

 

「マシュ!」

 

 宝具展開__。そう言おうとしたが、火球の落下の方が速かった。竜の息は町の中心部に着弾すると、一つ瞬きをする間に二倍に膨れ上がり、刹那、あらゆるものが灰燼へと還っていった。藤丸は熱波と衝撃で飛んできた瓦礫に体を貫かれながら、その眼を閉じた。

 

 閉じる瞬間、竜に向けて跳び、手を伸ばすも届かないイーノックの姿を見た。

 

 指が鳴る。

 

▽△▽▽▽◁◁ 

      ◁

 

「藤丸さん!」

 

 その声の方向を見てみると、イーノックさんが息を切らしながら俺たちの方へと駆けてくるところだった。辺りは陽の光で輝くばかりに照らされており、先程までの薄暗さは__。

 

「あれ?」

「?、どうかしましたか、先輩」

 

(((なんか、恐ろしいことがあったような・・・いや、これから起こるような・・・)))

 

 マシュの心配をよそに、俺は首筋を撫で、そこで初めてマシュの問いかけに反応した。

 

「あぁ、いや。なんでもないんだ。それより、イーノックさん、ご無事で何よりです」

 

 そう言ってみせると、イーノックさんは困った様な表情を浮かべた。何でも、このラ・シャリテの街は既に堕天使を崇拝する人間達・・・マーター達がいるらしく、さらに言えばその堕天使の使役獣までうろついているのだとか。イーノックさんはそれ等の襲撃を受け、逃れ、最後にはランサーと名乗るサーヴァントと戦闘を行ったと説明した。

 

「何とか戦闘からは離脱できたが、いつ追いすがってくるか分からない。それに、私の存在が堕天使にバレたとあっては、共に行動することは危険でしょう」

「いえ、仮にそうであったとしても、最終的には竜の魔女も堕天使も相手どらなければならないんですから。そう、気にしないでください。それに、イーノックさん達が一緒に行動してくれるのならば、とても」

 

 そこで、思わず言葉を切ってしまった。続く言葉が見つからないのではない。準備はできているのに、言えないのだ。何故か。・・・分からない。具体的に説明することはどうしてもできないのだが、虫の知らせ、だろうか。胸を焼くような不安感と恐怖が満たした。

 

「・・・来る」

 

 その時、電子音がデバイスから鳴り響いた。ロマンの声。五騎のサーヴァント反応。巨大な魔力反応が一つ。羽ばたき。翳り。上を見上げる。

 

 ・・・どういうことだろうか。俺は、これを、知っている(、、、、、)

 

 いや、記憶には無い。だが、記録にはある。そうとしか表現できない、奇妙な感覚がわだかまるようにして藤丸の心に横たわっていた。鼓動をするようにして、竜の胸に刻まれた裂傷が緑色に波打つ。このままではいけない。そう思った時、最初に動いたのはイーノックさんだった。

 

 窓の淵に手をかけ、屋根によじ登り、最も高い建物である鐘楼へ向かっているようだった。俺は一瞬、呆気にとられ何も考えられずにいたが、電流が走るようにして、これから何をすべきなのかを瞬時に理解した。

 

「マシュ、ジャンヌ。あの鐘楼へ向かってくれ!すぐに!」

「!・・・はい、了解しました!」

 

 再びマシュに抱えられ、まるで意志持つスーパーボールになったかのように、壁を蹴っては垂直に跳躍し、瞬く間に鐘楼の最上階に降り立った。そこには今まさに、黒龍に向けて跳ぼうとするイーノックさんの姿があった。その傍らには褐色の曲がった刃と、手甲を巨大化させたような武器が転がっている。

 

 瞬間、イーノックさんが足に力を入れる。背負ったリングがエメラルドに輝き、翼のように展開した楔の群れが軌跡を描いて飛翔していく。

 

 駄目だ。あれでは届かない。そう思った瞬間には、既にマシュに指示を行っていた。

 

「マシュ、冬木でやった通りに、盾をイーノックさんの足元へ!」

「は、はい!イーノックさん、お使いください!」

 

 黒龍が火炎を装填し始める。ここからの宝具展開は間に合わない。というよりかは、展開したとしても押し負ける。ならば、それ以前に止める以外に道はない。

 

▽△▽

 

 推進力を失い、落下が始まったその時、虚空にマシュの盾がテーブルのように水平に固定される。イーノックはガーレ弾で鐘楼に置いておいた穢れたアーチとベイルを空中に弾き飛ばし、マシュの盾を踏みつけて再加速。そこでイーノックはガーレを捨て、空中でアーチをキャッチして浄化すると、そのアーチによる滞空能力を用いて黒龍にさらに接近。

 

 次の瞬間、先程まで交戦していたランサーがイーノックの姿を認め、襲い掛かってきたが、それを藤丸の指示で周囲を警戒していたジャンヌが阻止する。

 

「ありがとう、藤丸__」

 

 

 黒龍は・・・邪竜はこの時初めて自分の目の前に滞空する存在に気が付いた。己にとっては矮小な者。取るに足らない者。それが、ほんの数秒前までの、邪竜から見たイーノックの評価であった。

 

▽△▽

 

 アーチを捨て、自由落下してくるベイルを引っ掴んで浄化を行う。それと同時に、己の中にある「力の守護天使」の能力を解き放った。その瞬間、ランプから出でる魔神のように、赤い体に白い翼を備えた、厳めしい顔の天使・・・ウリエルが拳を構えて邪竜を見据える。

 

『力を貸そう』

 

▽△▽

 

 ここで殺さなくては。邪竜が口を開く。硫黄と溶けた鉄の匂いと共に、熱気が立ち上る。

 ここで焼き殺さなくては、いずれ大きな障害となる。そうなったならばすでに手遅れ。己が魔女のためにも__。

 

 ああ、装填が遅い。魔力が、火力が足りない。このままでは。

 

▽△▽

 

 __一撃で構わなかった。

 ゼウスの雷霆を思わせる黄色の高エネルギーが、ウリエルの炎と共鳴してまばゆく輝く。その輝きの前には、いかなる存在であっても動きを止めるしかない。握りしめたベイルが、下から上へ、すくいあげるように邪竜のあごの下・・・逆鱗を捉えた。

 

 雷が落ちるような音と共に、邪竜のあごが上を向く。装填された火球は、地上ではなく遥か上空へと打ちあがり、大きな爆発と共に完全に燃焼した。

 

 邪竜による攻撃が失敗に終わったことをランサーは瞬時に判断したらしく、ジャンヌの旗による刺突を回避し、溶けるようにしてその場から消えた。

 

 イーノックは先程空中に放り投げていたアーチを再び掴むとその滞空能力で緩やかに着地、すぐさま邪竜の姿を確認した。

 

 

 邪竜はゆっくりとかちあげられた頭を元の位置に戻し、再び火球を装填しようとしたが、逆鱗に攻撃を加えられたゆえか。上手くいかず、忌々し気に藤丸たちを一人一人、顔を覚えるようにして睨むと大きな翼をはためかせて何処かへと飛んでいった。

 

 何が起こったか分からず、しんとするラ・シャリテの街の中で、鐘楼にいる彼らだけが歓声を上げた。

 

▽△▽

 

 これで疑念は確信に変わった。そしてその確信は怒りに転じ、怒りは憎悪に置き換わった。

 あれこそ、神の炎。かつて、自分自身を焼き尽くした、まごうことなき聖火。それを操る者が、ファフニールを退けてみせた。

 

「・・・・・」

 

 少女は最早、何も言わなかった。沈黙が彼女の怒りを表していた。空に揺蕩う火の粉はまるで雪のように舞い落ち、それら全てが火種となって街を燃やし始める。しかし、何の感情も沸いてこなかった。今までは黒に塗りつぶしたキャンバスに、悦びや怒りと言った感情が下塗りされた絵の具のように浮き出ていたものだが、今はただただ白い紙の中央に、ポトリと殺意が転がるだけ。

 

 と、そこにランサーが陰から這い出るようにして少女の前に姿を現した。

 

「・・・揃ったわね。それじゃあ、行きます」

 

 少女は、ただひたすらに殺すことを決めていた。すぐに向かう。街の方は他のサーヴァントに任せてもいい。だが、あの男だけは必ず殺さねばならない。例え自分一人だけだとしても、それだけは絶対に。

 

 

 神、__ている。・・・で、__ないと。

 

 

 耳鳴りがする。頭の中に虫でも入れられたかのように、どうしようもない苛立ちが火炎となって足元をのたうち回る。一歩踏み出すごとに、自分が踏みしめた草と土が白く燃える。

 

「__私からのオーダーはただ一つ。殺すこと」

 

 それを号令に、四騎の狂化英霊が街に向けてその身を躍らせた。

 

▽△▽

 

「・・・ああ、イーノック」

 

 時を同じくして、オルレアンとはまた違った意味で異世界と化したパリにて、老婆はため息をつきながら自身の手を見つめていた。その後ろでは、彼女の「子供たち」が身を寄せ合い、互いにじゃれるようにして戯れている。

 

 作られた自然に覆われ、天候も一定のパターンを繰り返すだけのレプリカ。

 これを見て、あの子はどう思うかしら。憐れむ?憤る?呆れる?・・・分かりはしない。

 

 ただ分かっていることは、一つだけ。

 今回も、彼が敵であるという事。

 

「・・・なら、遠慮はしなくてもいいわね」

 

 老婆はその顔を三角形のヘルメットに覆い隠し、紫色の大きな単眼をギョロリと動かしてラ・シャリテの方角を睨んだ。数秒後、そこに老婆の姿はなく、雷雲と風を纏いながら空を飛んでいた。

 

 イーノックに会いに行くために。




・イーノック:プロフィール2

 『従う者』。原初の罪人であるカインの子供として生を受け、それから65歳になった時に妻との間にメトシェラという子供を設けた。その後、死についての記述はなく、「神が連れて行った(召し上げられた)」という表現がされており、それ以降は登場することは無く消息も不明。

 カルデアに現れたイーノックを、創世記に登場するエノクと同一の存在と見るか。はたまた伝承に基づき、霊基を得たサーヴァントとして見るか。

「まぁ、どっちだって構わないだろう?どちらにせよ、アイツはアイツで変わることはないよ」

 黒衣の天使はそう語っている。

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