最近は年末も近いという事で、中々文章を書く機会がありませんでした。言い訳です。ご容赦を。
次の投稿が遅れてしまうかどうかは分かりませんが、暇さえできればすぐに投稿したいと思います。
それでは、どうぞ。
__まさか。イーノックに向けて賞賛を送る藤丸を見て、私は確かにそう思った。
イーノックが巨竜を退けた「一回目」、ガーレによる加速を用いても巨竜にその手は届かず、火球の熱風と衝撃波によってイーノックの肉体はバラバラになり、この世から消滅した。それと同時に、この街に来ていた藤丸も、マシュも、その傍らにいたサーヴァントも。街の住民も使役獣も、その全てが灰に還った。
しかし、イーノックが確かに死んだ瞬間、私は指を鳴らした。神から私に唯一許された権能、時を統べる力。それによって時を巻き戻し、イーノックは再び「一回目」に臨んだわけだ。しかし、作戦は変わらず。他にも武器は用意したが、基本的にはガーレを用いての突貫。やれやれ、一体何度挑戦することになるのやら。そう思い、イーノックが跳躍したのとほぼ同時だった。藤丸達が私達の元にやって来たのは。
私はその時、なるべくイーノックにはバレないようにしていたが、心底から驚いた。何故なら、最初の「一回目」を経て、経験を積むことができるのは私が知る中でイーノックだけだったのだ。藤丸がここに来ることはない。来たとしても、何百何千とイーノックが経験を得た後だ。
しかも、藤丸の行動はそれだけで終わらなかった。マシュに指示を出し足場を提供、妨害に来たサーヴァントの足止め。全てが的確だった。恐らく、藤丸の力がなかったとしてもイーノックは巨竜を倒しただろうが、ここまで速く事を為すことはできなかっただろう。
(((まさか・・・この子供・・・イーノックと
レイシフトへの適性を持つ48人のマスター。その中でも、藤丸は飛びぬけて異様な能力を隠し持っているという話を、私は密かに聞いていた。レイシフト適性、驚異の100%。それは、仮に存在を投射するコフィンが無かったとしても特異点に赴ける才能・・・いや、もはや異能と言うべきか。過去に赴き、
これは私の推察だが、恐らくこのレイシフトを確定させる力が彼に「経験」を与えたのだろう。イーノックと同じく本人はこの才能に気づいてはいない。これから先も、気づくことは無いだろう。それに、今はこんな考察に時間をかけている暇はない。その考えを肯定するかのように、街のあちこちから悲鳴と破砕音が響き始めた。
藤丸たちもそれを聞いて熱狂から一転、怖れを含んだ深刻な表情を浮かべた。鐘楼から見える街のあちこちから火の手が上がり、空が分厚い灰色の雲で覆われ始める。火の粉が揺れるように落ち、消え、あるいは業火の火種となって燃え盛る。冥界ではなく地獄があるとしたら、こういった光景の場所なのかもしれないな。
その時、遥か彼方から、私でも身震いを起こすほどの殺気が放たれた。そしてすぐに、マシュが藤丸を。そして乙女のサーヴァント__ジャンヌと言うらしい__がイーノックを抱え、すぐにその場を離れた。私も指を鳴らし、街の側にある草原に移動したが、一瞬。憎悪と怒りに濁った、穢れの影を見た気がした。
▽△▽
__恐ろしい。その感情は、マシュにとって初めて抱くものではなかった。
本で得た知識ばかりではあるが、蛇を目前にしたカエルの死への恐怖。得体の知れないモノや理解の及ばないモノへの恐れ。自然に対する敬意に似た畏れ。・・・人の悪意を知った時の、驚きもまた恐怖だろう。
そして、デミ・サーヴァントとして特異点Fに赴いたときには、自らの存在が消滅することよりも、自分が敬愛する人々が亡くなることを最も恐ろしく感じていた。それは、今も変わらない。
しかし、今さっき抱いた感情は__それらとは一線を画すものであった。
その殺意には、躊躇いが無かった。黒でもなく、白でもなく、透明な。澄み切った殺害への意志。それ以外にはまるで無い、得体の知れない底なし沼のような気配。
マシュはそれから真っ先に、藤丸を遠のけようとした。屋根瓦を蹴り、火炎を盾で防ぎ、街を出て森へ至ろうとした。しかし、殺意は常に背後にあり、その距離が開くことがないまま、ついにラ・シャリテを脱出した。
続いて、イーノックを抱えたジャンヌが業火を旗で振り払い、草原に着地した。二人ともに目立った怪我はなく、顔に少しばかり煤が付着していた。藤丸はマシュに降ろされ、ふらつきながら立ち上がって、燃えるラ・シャリテを見た。まだ悲鳴が響いている。まだ、あそこに、何百人も__。
「しっかりしろ、藤丸」
ほとんど無意識に、ラ・シャリテへ戻ろうと足を動かしていた藤丸の前に、ルシフェルが立ちはだかった。しかし、ルシフェル自体、天使という特殊な存在故か特異点では物理的干渉を行えない。藤丸が無視して歩き続ければ、ただの幻影としてルシフェルを通り過ぎることができる。
だが、藤丸は足を止めた。それが正しいことだと分かっていたからだ。ダ・ヴィンチに言われ、よく理解できている。今もこうして、ルシフェルに止められる気持ちも分かっている。藤丸は自分の首を掴むようにして、そのどうしようもない感情を押さえつけた。それを見たルシフェルは微笑み、そしてすぐに元の真顔に戻った。
「気づいてくれ藤丸君!敵がすぐそこまで来ている!」
藤丸のデバイスから、ロマンの叫ぶような声が響いた。
「なんて、こと。まさかこんなことが起こるなんて」
感情のまるで籠っていない、音のような声に全員が反応した。そこにいる者を、全員が目撃した。
骨のような色をした髪。黒い鎧。掲げる旗には竜の紋章。その表情には凍えるような薄ら笑いが張り付いている。しかし、その顔は聖女ジャンヌ・ダルクと同じだった。片や驚愕に目を見開き、片や凶相を浮かべている。しかし、誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。__「どちらもジャンヌ・ダルクである」と。
「ああ、だめ。だめよ。こんなの笑うしかないじゃない。まずいわ、やばいわ。誰か私の頭に水をかけて頂戴。でないと、笑いすぎておかしくなりそうなの」
『ジャンヌ・ダルク』が歩みを進める。それに合わせて、「ジャンヌ・ダルク」がじりじりと後退する。『ジャンヌ・ダルク』が笑みを浮かべる。「ジャンヌ・ダルク」の頬を一筋の汗が流れ落ちる。
「初めましてかしら、ちっぽけな
そうだ、連れてきてなかったわ。『ジャンヌ』は「ジャンヌ」に向けて、しばらく楽しそうに語った後、唐突に視線をイーノック達の方へと向けた。
「何故?といった顔ですね。何故、ジャンヌが二人いるのか。いや、そもそもお前は本当にジャンヌ・ダルクなのか。フランスを滅ぼすのはどうしてか。分かります。ええ、分かりますとも。あなた達のくだらない懸念と疑念が手に取るように分かります。そうですね、答えてあげましょう。一つずつ丁寧に」
私はジャンヌ・ダルク。蘇った救国の聖女です。そちらにいる弱々しい小娘は、まぁ私の残り滓のようなものです。どちらかが本物かと問われれば、当然私という事になります。さて、フランスを滅ぼす理由、でしたね?
「簡単なことです。裏切られた。侮辱された。殺された。だから滅ぼすのです。分かりやすいでしょう?どうしようもなく身勝手な人類種という悪の種を刈り取り、フランスという人類史の汚点を塗りつぶす。要は救済です。救国です。私は慈悲深く、このフランスを
その時、まるで天から降ってきたかのように四騎のサーヴァントが新たに表れた。仮面をつけた女。十字を模した杖を持つ女。槍を構える青白い男。細剣を握った剣士。藤丸とルシフェル以外の三人が、戦闘態勢に入るが、一線級のサーヴァントに取り囲まれたこの状態。三人が三人ともに勝機を見出そうと注意深く観察したが、付け入るスキはなく。また攻撃もしかけられないでいた。
「さて、問答はもう終わりです。さよなら、田舎娘。そして神の遣い____!?」
『ジャンヌ』は言葉を続けようとしたが、突如として辺りを覆い始めた暗雲にその顔を歪めた。続いて、シトシトと雨が降り始め、辺りをしとどに濡らし始める。そこに、音もなく、ゆっくりと降り立つ、一人の老婆の姿があった。
「お前は・・・‼」
今まで沈黙を守ってきたイーノックが、そこで初めて声を出した。
「久しぶりね、イーノック」
慈愛に満ちた声。優し気な眼差し。老婆の表情は、この剣呑な雰囲気からは随分浮いたもので、まるで食事時を思わせる程に穏やかなものだった。一方、それとは対照的に、奥歯を砕くほどに噛みしめる『ジャンヌ』が、老婆を強く睨みつけていた。その瞳には、殺意以上に警戒と怖れがあった。
「イーノック。私達は一度、あなたに捕らえられ・・・そして今、外に出て自分たちの思う世界を作り出している。それを邪魔されたくないの。分かるでしょう?」
物わかりの悪い生徒へ、教師が優しく指導するように。エゼキエルは慈しみに満ちた声でイーノックに語り掛けた。しかし、イーノックの顔は険しく、一切エゼキエルの言葉に耳を貸す気はなかった。
「エゼキエル・・・。もう一度、あの背徳の塔での過ちを繰り返そうというのならば、容赦はしない。さぁ、おとなしく罪を償うんだ」
「罪?罪・・・罪と言えば、イーノック。貴方も一つ、罪を償わなければならないわよね?」
その言葉を訝しみ、首を傾げるイーノック。次の瞬間、その眼前には既にエゼキエルの姿があった。
「ウーラ、ブーラ、フーラ。仇は私がとります」
ほとんど見えないような速度で拳が迫る。イーノックは回避は不可能と判断し、ガーレの弾を一発、頬と拳の間に挟み込み衝撃を和らげた。それを合図としたかのように、『ジャンヌ』と四騎のサーヴァントが一斉に藤丸たちに襲い掛かる。
その時、風で雲が揺らぎ、わずかに陽光が射しこんだ。雨に濡れた青草を照らすその光は、キラキラと輝いている。さらに、彼方まで届きそうな馬のいななきと蹄の音、弦楽器__ヴァイオリンによる演奏と歌声まで響き始め、そこにいる全員が戦闘を中断し、天を仰いだ。
「ヴィヴ・ラ・フラーンス!」
衝撃波による物理的な重圧に、音に乗せた魔術が場を包み始める。四騎のサーヴァント、『ジャンヌ・ダルク』、エゼキエル。藤丸達と敵対していた全ての存在に、五線譜を模した魔術による拘束がかけられていた。暗雲のもたらす影の中、雲の間から差し込む光を受けて、ガラスの馬車は暖かな光で周りを照らしながら藤丸たちに近づいた。
「さぁ、逃げますわよ!」
差し伸べられた細い腕に引かれ、藤丸たちは馬車の中へ入り、その場を悠々と離れていく。『ジャンヌ』とエゼキエルは他のサーヴァントよりも一足先に拘束を脱し、『ジャンヌ』は黒炎、エゼキエルは紫電を放って馬車に攻撃を仕掛けたが、寸でのところでレンジの外へ逃れていった。
▽△▽
ラ・シャリテより南東、ジュラの森。
9人を乗せたガラスの馬車は、森の中の開けた場所へ着地し、真っ先に降りたのは王冠を模した帽子を被った少女であった。それに続いて、少女が二人、男が一人。場を少し警戒し、敵影が無いかを確認してから藤丸たちを馬車から降ろした。
空は先程の薄暗い雨模様から一転して、白い雲が青い空によく映え、光の輪すらも美しく見える程の晴天。王冠帽子の少女は軽く伸びをして、気持ちがよさそうに軽く息を吐いた。
「いい天気ね!私、雨や曇りよりも晴れが好きだわ!」
先程の痛いほどの緊張から解放された故か、少女のリラックスした気楽な雰囲気とは対照的に、藤丸はまともに立つことができず、湿った草の上に尻餅をついていた。
「あ、あの・・・あなた達は、一体・・・?」
マシュとイーノックに立ち上がらせてもらいながら、藤丸は手持無沙汰に近くの切り株に座りこむ男に尋ねた。男はニコリ(人によってはニヤリとみえるかもしれない)と笑みを浮かべ、「見て分からないかな。僕たちはサーヴァントだ」と言った。
その言葉に一瞬、藤丸は警戒の色を見せるが、すぐに二人の少女の内の一人が「勿論、あっち側じゃなくて敵対してる側ね!」とフォローを入れた。そこに、頬を軽く膨らませた帽子の少女が近づき、
「自己紹介もせずお話なんて失礼です」
そう言って、にこやかに微笑んだ。緊張も、筋肉に滞る様な恐怖も和らぐような、清い雰囲気を彼女は持っていた。
「初めまして。私は"マリー・アントワネット"。クラスはライダーです」
森の中に、微かに煙のにおいが混じった風が吹きぬけ、藤丸はその少女の首に一本の黒い横線を見た気がした。