Fate GO/Elshaddai   作:キョウキ

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 遅れてしまいましたね。申し訳ありません。
 どうにか投稿することができました。
 次の投稿がいつになるかは、また分かりません。ご容赦を。
 
 それでは、九話目、始まります。


第九話 祈り

 __一体、どれほどの間彼にすがって泣いていたか、彼女には分からなかった。白いローブが涙で湿って、それがやがて乾いても彼から離れることが彼女にはできなかった。ローブを纏った彼もまた、彼女を引き離そうとすることは無く、そっと抱き寄せ、彼女が自主的に顔を上げるのをただ待った。彼は・・・ミカエルは、彼女に慰めの言葉をそっと囁き、目だけを動かして天界の様子を見てみた。

 

 がらんとした、静かで広大な白い地平。陽の光が穏やかに降り注ぎ、柱や建物に当たってできる影は薄い。静粛で安心に満ちた光の世界。しかし、本来はいるべきはずの天使の数が少なかった。否、ほとんどいなくなったと言ってもいい。

 

(((人理焼却に伴い、人の数が減ったことで信仰の力が減ってしまった・・・急遽応急処置(、、、、)が間に合ったとはいえ、喪った天使達の数はもはや私でも把握しきれない)))

 

 イーノックは、無事だろうか。時折「神」を通して、ルシフェルからの報告が彼の耳に届くことはあったが、基本的にそれ以外では彼はイーノック達の動向を知れてはいなかった。グリゴリ天使達が用いていた物見の泉も、雪山にあるカルデアの様子は映すが特異点のことまでは映せなかった。

 

 加えて、かつての旅でイーノックを導き守護したアークエンジェルも、此度の脱獄事件における混乱した天界の統治とミカエルの治療により天界から離れられなくなり、何とかウリエルをイーノックに憑りつかせておくことはできたが、それ以上のことはできなかった。

 

(((頼む、兄さん・・・今は兄さんのサポートだけが頼りだ・・・)))

 

 目を閉じ、強く念じるようにして祈っていると、彼女が緩慢な動作でミカエルのローブで顔を拭き、鼻を啜りながら顔を上げた。ミカエルは祈祷を止めて、彼女の顔を見て優し気に笑った。

 

「気分は落ち着きましたか?」

「・・・・・・」

 

 彼女は・・・オルガマリーは、コクリと小さく頷いた。泣くことで気持ちの整理がついたのか、幾分か落ち着きを取り戻していたがまだ言葉を発することができないようで、ミカエルの問いにも首を縦に振るか横に振るかでしか答えることができないでいるようだった。

 

 ミカエルはあまり踏み込んだことは聞かず、寄り添う形でオルガマリーの様子を見ることにした。本来ならば、これはミカエルのような位の高い天使がやるべきことではないのだが、右腕の喪失と信仰力の減少により力を失った状態であるため、少しでも天界の役に立とうと、彼はカルデアで死亡した職員も含めて天界に来た魂全ての相手をし、慰めていた。本人はこの程度のことしかできないことを内心悔やんでいたが、それでも唐突に、無慈悲に命を奪われた恐怖を消し去ってくれたことを、全ての魂は感謝していた。

 

「・・・少し、飲み物でも飲みませんか?私が何かご馳走しますよ」

「・・・あの・・・ここは・・・」

 

 どこなのでしょう?オルガマリーは今にも消えそうな声音でミカエルに聞いた。しかし、ミカエルはその質問に答えない。「ここは天界で、貴方は既に亡くなっている」。いつかは教えなければいけないことだが、もう少し間を置いた後でもいいだろう。ミカエルはそう考え、再び微笑んで見せた。

 

「私とお茶をしてくれれば、教えてあげますよ。・・・さあ、こちらへ」

 

 オルガマリーは促されるまま、フラフラと歩き始めた。ミカエルはオルガマリーにどんな飲み物や甘味が好きかを聞きつつ、彼女にはバレないように天を仰いだ。そこには、天使であるミカエルでさえゾッとするような、巨大な存在が音もなく浮遊していた。

 

 島のようでもあり、城のようでもある巨大なモノ。その名は「セタ」。天使ではなく、神でもなく、亡者や英霊の類ではない、言い表すならば世界そのもの。タワーにて覚醒した、イーノックが操ることのできる大砲。

 

 

(((応急処置・・・セタを炉心(、、)に、信仰が不足した天使達全員を賄うエネルギーに変換するとは・・・)))

 

 このことはまだ当のイーノックには伝えていない、「神」が独自の判断で行ったものである。先程、神からルシフェルにこのことを伝えはしたが、ルシフェルから「イーノックにそのことを伝えても意味は無いだろう」「聞いてきたら教えてやる」と返答があった。

 

(((まったく、兄さんは・・・300年以上ヒトであるイーノックと共にいるのに、なんであんなに淡泊でいられるんだ・・・!)))

 

 顔には表さず、心の中で叫んだミカエルは、もう一度彼らの無事を祈ることにした。

 

▽△▽

 

 軽やかなステップを踏み、イーノックがタラスクの大木のような腕を躱して素早くアーチで切りつける。しかし、完全浄化されたアーチを以てしてもタラスクの甲殻を割ることはできず、僅かに傷をいれるのみに留まった。弾かれて隙を見せたイーノックに、高速で爪が迫る。間一髪でアマデウスの五線譜による拘束が速度を緩めたことで、剛腕による攻撃はイーノックには当たらなかったが、直撃した地面と木々は容易く彼方まで吹き飛んでいった。

 

(((なんて馬鹿力だ・・・!まともに戦うのは無理だろう)))

 

 そう判断したイーノックは、わざとタラスクの攻撃を誘い、振り下ろされた腕に飛び乗ってそのまま駆け上がった。すぐに振り落とそうとタラスクは暴れはじめるが、寸でのところで跳躍。狙いは竜の使役者である、聖女マルタ。しかし、そんなことは既にお見通しと言わんばかりに、マルタは既に杖を掲げていた。

 

 ルシフェルは指を鳴らそうとするが、ジャンヌが旗を薙ぎ払うようにしてマルタを攻撃したため、イーノックへの攻撃は未遂に終わった。ここぞとばかりにイーノックはアーチの浮遊能力で背後に回ると、ジャンヌとの挟撃でマルタを仕留めようとした。だが、それをタラスクが許すはずもなく、地面ごと二人は吹き飛ばされ、振出しに戻る形になってしまった。

 

「くっ・・・しまった、前に出すぎたか・・・」

「イーノックさんは少し休んでいてください!アマデウスさん、イーノックさんの守護をお願いします!」

「キャスターだからなのか、それともあの狂った聖女が強すぎるのか・・・妙に攻撃を痛く感じるよ」

 

 アマデウスはマルタによる杖での打擲をヴァイオリンによる音楽魔術で相殺すると、その場をマシュに任せて素早く後ろへ退いた。マシュとマルタはそのまま杖と盾を激しくぶつけ合い、一時鍔迫り合いのような膠着状態に陥ったが、ジャンヌとタラスクの攻撃により双方離脱した。

 

 互いに一歩も譲らず、守り合うことで互角の戦いを繰り広げていたが、このままでは到底勝てないことを藤丸たちは理解しており、マルタもまた、この程度では私に勝つことはできないと確信していた。

 

「そんなことでは・・・そんなことでは!あの竜の魔女を打倒するなんて、夢のまた夢よ!」

 

 憤り、声を荒げるマルタ。その威圧感はまるで周りの木々すらも委縮させるようで、基本的に霊体であるサーヴァントですら肌がビリビリと痺れるような感覚を味わった。

 

 怖気づかずに余裕を崩さなかったのはただ一人。

 

 その男は電話をしながら彼らの様子を見ていた。

 

▽△▽

 

「やぁ、君か。調子はどうだって?・・・うーん、あまり戦況はよくないかな。仕方のないこととはいえ、やはりセタを使えないのは痛い。どうにかできないのか?・・・いや、言ってみただけだよ。無理なのは百も承知だ。それと、あいつらのための牢獄についてだが、もう代わりはあるのか?」

 

 ルシフェルは、戦の最中にあるとは思えないほどに涼し気に会話を交わす。時折、イーノックの様子を窺がっては指を鳴らす準備をするが、他のメンバーが的確にインターラプトやサポートを行っているため、ルシフェルが指を鳴らす時はまだ来ていなかった。

 

 ルシフェルは電話で神からの返事を聞き、口の端を僅かに上げた。

 

「・・・ほう、それは・・・中々面白そうじゃないか。ミカエルの右手には及ばないかもしれないが、ひとまず封印する程度のことはできるだろう。・・・ああ、戦局か・・・?」

 

 ルシフェルは宙へ浮かび、太陽のように光り輝くタラスクと、それに対して巨大な円形の陣を展開するマシュ、旗を大きく掲げるジャンヌ。そして、その二人の横で"宝具の同時展開"という負荷に耐えながら前を見据える藤丸の姿があった。

 

 ルシフェルは口の端を上げ、「すぐに終わる」と伝えると、電話を切った。

 

 それとほぼ同時に、タラスクの熱光と二人の宝具の煌めきが混ざり、辺りはそれに包まれて見えなくなった。

 

▽△▽

 

 祈った。どうか、この者が救われますようにと。祈った。どうか、あの者達が、逃げ切れますようにと。祈った。祈った。祈った。杖を掲げ、祈り続けた。祈りながら、血を啜った。祈りながら、肉を食んだ。

 

 傍らに佇む巨大な竜が、その恐ろしげな巨躯に似合わぬ切なげな声を私にかける。私は怒りも憎悪も全てを内包したそれを杖に乗せ、石畳に思い切り突き刺した。杖は折れることなく、憎悪は力と共に地面に逃げていった。だが、この、根本的な渇きは癒されることなく、手から滴り落ちる血の滴は、ぽたりぽたりと落ちる度に私にどうしようもない飢餓感を呼び起こした。

 

「ごめんね、タラスク・・・・・・次は、真っ当に召喚されたいものね」

 

 光が満ちる。彼女が迫る。旗が光明に微かに揺れた。救いが来たのだ。

 

 祈りは、確かに主に届いた。

 

▽△▽

 

「ここまでね・・・」

 

 マルタが息も絶え絶えに、自身を屠ったジャンヌ・ダルクに対して静かに語りかける。狂気に濁って曇っていた目は正気の輝きを取り戻し、その口調は穏やかなものであった。だが、もはや彼女は助からない、助けられないことはその場にいる全員が理解していることだった。

 

「__マルタ、貴女はもしや__」

「手を抜いた?んなわけないでしょ、バカ」

 

 微笑み、聖女らしからぬ口調で否定するマルタに、ジャンヌは若干驚いたような表情を見せたが、すぐに笑った。互いに、春の日差しのように柔らかな笑みだった。しかし、それも数秒。マルタは消滅する間際、リヨンと呼ばれた地へ行くこと。そこに、かの邪竜を滅ぼすことのできる「竜殺し」がいることを告げた。

 

「邪竜の名は"ファフニール"・・・竜殺しでなければ、あの邪竜は滅ぼせない・・・」

 

 マルタは最期にそれだけを呟くと、静かに目を閉じた。体が金色の光に分解され始め、やがて風に吹かれる花弁のように何処かへと消えていった。

 

「・・・聖女マルタですら、抗えないなんて・・・」

「サーヴァントであることに加え、狂化されてしまっていましたから」

「・・・強い、女性(ヒト)だったね」

 

 藤丸の言葉に、誰もが頷いた。川のせせらぎのように清らかであり、砕ける飛沫のように激しい、金剛石のような人。イーノックは浄化によって彼女の狂化を解けないか、ジャンヌとの挟撃の際に試してみたが、まるで鎖か植物のように霊基に食い込んだ狂気を戦闘中に引きはがすことはできなかった。彼はそのことを一瞬悔いたが、すぐに気持ちを切り替え、天に向かって十字を切った。

 

 その後、ワイバーンを狩りつくしたエリザベートと清姫が藤丸達に合流し、ひとまずここで野営をしようと準備を始めている時だった。

 

 

「・・・ん、何か来るな」

 

 アマデウスの声に反応し、全員が辺りを見回す。人影と言ったものは一切見えず、冷たい夜風が木の葉を揺らす音だけが辺りに響いている。アマデウスは目を閉じ、全神経を耳に集中させる。ロマンも辺りを探知しているが特に反応は無いらしく、全員の木が一瞬緩んだその時。

 

 洞穴に風が渦巻くような吐息を吐き出しながら、一頭の巨大な獣が一頭木々をなぎ倒して突進を仕掛けてきた。それがただの熊や猪の類であれば、マスターである藤丸にとっては脅威にもなるだろうが、サーヴァントにとっては取るに足らない相手。しかし、それは生物と呼ぶにはあまりにも悍ましく、その場にいる全員にとって十分に危険な存在であった。

 

「な、何・・・!?」

 

 エリザベートが怯えた声を出すが、無理もないこと。他者を威圧するような巨大な鉄仮面を身につけ、胴体も同様に鎧で覆っているその獣からは、魂すら穢すような瘴気があふれ出ていた。イーノックはその存在を目にした途端、脳裏にざらついた声と膝まで迫る穢れの泥がよぎった。

 

 獣は狙いをつけたかのように、逃げ惑うエリザベートや戦闘態勢に入るマシュを無視して、一直線にイーノックに向かっていった。マルタが従えていたタラスクに比べれば、その体躯もスピードもパワーもさほど脅威ではなかった。ただ、触れることをサーヴァント全員の霊基が躊躇した。

 

(((これは・・・この穢れは!この力は!)))

「冥王、ベリアルの・・・!」

 

 ステップとジャンプ、浮遊能力まで駆使して間一髪で獣の突進を避けたが、背後から物音がしたと思った瞬間、背骨を折られかねない衝撃がイーノックを襲った。吹きとばされ動けなくなるイーノック。突進を直撃させたのは、もう一頭の同じように仮面と鎧を身に纏った獣。

 

 イーノックにはその獣たちに見覚えがあった。エゼキエルが特別寵愛を向けていた家畜の豚が、ベリアルの力によって変性したものだ。冥界の底の底、深淵すら見上げることのできる「真冥界」に浮かぶ穢れがあの獣たちには入っていた。

 

 だからなのか、霊体であるサーヴァントは本能的に、その獣の存在を忌避していた。そのことをジャンヌを始めとしたサーヴァント達の反応から察すると、イーノックはよろよろと立ち上がってアーチを構え、言った。

 

「ここは私が。どうやら、私だけが狙いのようですので」

「そんな、イーノックさん・・・!」

「皆さんは周囲の警戒を。これだけではなく、堕天使の信奉者やサーヴァントが送り込まれる可能性があります!」

 

 イーノックは息を切らしながらも、右へ左へ、もしくは上へ動き続け、二等の獣を翻弄していた。サーヴァント達は全員、イーノックの助けに入りたいと考えていたが、獣と距離を詰める度に頭痛と低く歪んだ声が響き、体の動きが鈍った。

 

 悔やみながらも、イーノックの指示通りに辺りを警戒してイーノックを守護することを選んだ。しかし、その中でただ一人、アマデウスだけがこの場からの撤退を提案した。

 

「臆病者だなんて言わないでくれよ。何か、向こうから恐ろしい存在が迫りつつある・・・!」

「ドクター、サーヴァントの反応は!?」

「ここから北西の方角から、一騎のサーヴァント反応・・・クラスは、バーサーカー!?凄い速度だ!あと十分・・・いや、八分もあればそこに着く!」

 

 ロマンはアマデウスと同様に撤退を推奨した。藤丸は獣二頭を相手どるイーノックの様子を見た。獣たちはもはや憎悪という言葉では表せない、文字通りの黒い何かとなってイーノックを攻撃している。何度かイーノックは分が悪いとその場を離脱しようとするが、素早く回り込まれる。

 

 藤丸は、その場にいる皆を見渡した。全員が一様に怖れを表す中、マシュは他のサーヴァントに比べて嫌悪の念をあの獣に抱いている様子はなかった。

 

 

 マシュはこちらを見ている藤丸の視線に気づき、一秒ほど見つめ合った後に、無言で頷いた。

 

 

「イーノックさん、一人よりも二人・・・いや、三人で戦ったほうがいい!」

「な!?駄目です、私を置いて逃げるべきだ!」

「五分あれば、こんな怪物倒せます!マシュ!すまないが、力を貸してくれ!」

 

 瞳を閉じて深呼吸を行ったマシュは、閉じていた目を大きく見開き、盾を構えた。

 

「マシュ・キリエライト、戦闘を開始します__!」

 

▽△▽

 

 ここではない何処かにて、白亜の玉座に座った男は、宙を浮かぶ「 」を見上げた。

 棘と刃、歯車に覆われた巨大な銀色の球体。それはガシャガシャと喧しく音を立てながら歯車を回転させる。その声は誰が聞いてもこの世のものではないと断言できる程に恐ろしく、ざらつき、歪んでいた。

 

『何を為そうと、魔神を触媒に我を召喚したのだ。もはや趨勢は決まっているだろう』

「・・・・・」

 

 主である男は何も語らず、微睡むようにして天の輪を通して特異点の様子を見ていた。そこには、二等の獣を相手どるシールダーのサーヴァントと金髪の男、そして・・・マスターとなった少年。

 

「全ては順調。オルレアンの聖杯は奴らに奪われるだろう。だが、それでいい。・・・問題は、あの男だ。あの男がこれから先、何を見て何を思うか。それが最も重要だ」

 

 迷え。惑え。その果てに、望んだ答えが待っている。

 

 男は歪んだ笑みを浮かべ、その時が来るのを待つことにした。

 世界が変わる、その時を。


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