第一話 スタート
白く輝く吹雪が辺りを包む。場所は銀色の刃のように連なった山脈の上に立つ、巨大な建造物。
ここは、人理継続保証機関 カルデア。
人の営みを永遠に継続させるために設立された、国連承認の組織。
その内部のとある廊下に、一人の男子が転がっていた。
黒い髪。それなりに引き締まった体と、これまたそれなりの身長。歳は10代の中頃~後半ほど。
その眼は閉じられ、死んでると思われるほどにピクリとも動かない。
「フォウ、フォーウ」
そこに、一匹の白い体毛を持った獣が近づき、少年の頬を前足で叩くと、
「・・・・・・・・・んあ?」
と、意識を取り戻したようで、欠伸をしながらその場に座りこんだ。
彼の名前は
なにせ雪山に建つ国連承認組織の内部にいるのだ。それだけで普通ではないことが容易に察せるのだから。
事実、彼は普通ではない。
世界に希少な、「レイシフト」の適性を有する「マスター候補」の一人。
そんなただならぬ彼は今、呆けた顔で壁に描かれた紋章に見入っているようで、全く自分の価値と言うものに気づいている様子がなかった。
その彼に背後から近づく人影があった。
薄紫色の髪。発達の良い胸。その瞳は理知的で、美しかった。
彼女の名は「マシュ・キリエライト」。
藤丸とマシュ。
この二人が出会ったことで、この世界は回り出したと言えるだろう。
そう、本来ならば。
「あの、倒れていたようですが・・・・・・大丈夫ですか?」
彼女が声をかける前に、一人の男が彼に接触を果たした。
▽
蜂蜜色の髪、ターコイズブルーの瞳。服装はカルデアに所属する男性スタッフのそれと同じもので、右胸に装着してあるプラスチックの名札には「ハドラニエル」と書かれている。
声をかけられた少年・・・藤丸は、まだ頭が正常に働いていないのか、心配そうに彼の顔を覗き込むその男の顔を見つめていた。
(((・・・金髪で、碧眼で、褐色の肌・・・日本人じゃないな・・・)))
「大丈夫ですか?何か、水でも持ってきましょうか?」
「あ・・・あぁ、いや、大丈夫です・・・」
少年は多少よろめきながら立ち上がり、男を見上げた。その時、
「・・・質問、よろしいでしょうか?先輩」
先程からいたマシュが、藤丸に声をかけた。藤丸はマシュの方を向き、若干驚愕したような表情をしてから顔を少し赤らめた。どうやら彼女を見上げた位置から、中々の絶景が見えたようだ。
「マシュさん、彼を任せていてもよろしいですか?」
ハドラニエルはそうマシュに言うと、腕時計を見ながらそそくさとその場を離れていった。
それと入れ替わるように、全身を濃い緑色で統一した長髪の男がマシュと藤丸に近づいていった。
ハドラニエルはその男のことをチラリと見た後、すぐに中央管制室へと向かった。
▽△▽
その後、藤丸はマシュの魔術顧問「レフ・ライノール」。カルデアを担う若きトップ「オルガマリー」。カルデア医療部門のトップ「ロマニ・アーキマン」との出会いを経て、現在は自室にてDr.ロマン(ロマニの愛称)と会談、カルデアについての大まかな説明を受けていた。
「お喋りにつき合ってくれてありがとう、藤丸立香君。今度は僕の医務室においで。美味しいケーキをご馳走してあげ」
そこで、ロマンの言葉は途切れた。
室内の電灯が消えたかと思った次の瞬間、体が数十センチ浮くほどの衝撃が部屋を襲ったからだ。
「ド、ドクター!今の衝撃は一体・・・?」
「分からない・・・モニター!管制室を映してくれ」
ロマンが壁に備え付けられたモニターにそう呼びかけると、火炎と瓦礫に満ちた広い部屋が映し出された。
『緊急事態発生、緊急事態発生。中央発電所及び中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避して下さい。繰り返します。中央・・・・・・』
「ドクター、これは・・・・・・」
藤丸がまだ現状に理解が追い付かないままロマンの方を見ると、ロマンは身体を震わせて口を手の甲で押さえていた。嗚咽や悲鳴を抑えるように。
「ドクター・・・・・・」
「藤丸君、すぐに避難してくれ・・・僕は管制室に行く。至急避難してくれ・・・!」
ロマンはそれだけ言い残すと、全速力で部屋を飛び出していった。
「避難・・・避難しろって・・・」
まだ
そう思い、足元に座る獣・・・フォウ君と共に、その場に立ち尽くしていた。
その時、管制室という単語から一人の少女の姿が藤丸の脳裏に浮かんだ。
薄紫色の髪と瞳を持った、あの。
あの娘が、まだ管制室に。
『・・・中央管制室で火災が・・・』
『僕は管制室に行く』
「・・・・・・」
藤丸は、迷いなくロマンの後を追った。
▽△ ▽
管制室は熱気と瓦礫に包まれていた。
道中ロマンと合流した藤丸は、ロマンの忠告を受けることなく管制室であの娘を探し続けていた。瓦礫を押しのけ、周りを素早く見渡して探す。フォウ君もその小さく身軽な体を活かして、瓦礫から瓦礫へ飛び移って彼女を探すのを手伝っていた。
(((どうする・・・一体、どこに・・・)))
「フォウ!」
フォウ君の鳴き声に反応してそちらへ向くと、瓦礫の影から細い足が飛び出ているのに気が付く。
▽ ▽△▽▽
この傷では、もう・・・・・・。
「ご理解が早くて助かります・・・だから、藤丸さんも早く、逃げないと」
腹部にガラスの刃が深く突き刺さったまま、マシュは途切れ途切れの言葉で藤丸に伝えた。
藤丸がどうしたらいいか、手をこまねいているうちに辺りが炎に包まれ始めた。
爆ぜる音と何かが燃え上がる音と共に、無機質なアナウンスが流れてくる。
『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました』
▽ ▽ ▽△ ▽
『近未来、百年までの地球において』
『人類の《痕跡》は、発見できません』
『人類の《生存》は確認できません』
『人類の《未来》は保証できません』
▽△▽
話をしよう。あれは今から
▽△ ▽△△
火炎がさっきまで通ってきた出口を塞いだ。
もう逃げることはできない。頬を絶望と共に冷汗が伝った。
「すみません・・・わたしのせいで・・・」
「・・・そんなことないさ。きっと、なんとかなるよ・・・。
それより__名前、聞いていなかった」
▽△▽
彼には72通りの名前が
▽△△△▽△
『コフィン内、マスターのバイタル基準値に達していません』
『レイシフト定員に達していません』
アナウンスが流れ、全ての道はここで燃えて落ちる。
藤丸がそう思いかけた時、出口の向こうから高速で人影が管制室に飛び込んできた。
蜂蜜色の髪が爆風で揺れ、炎の赤が緑の瞳に反射する。
「早く、こっちへ!さもないと巻き込まれて」
『該当マスターを検索、検索、検索__発見しました』
『適応番号48、8、ハチ、はち888888880100010101010』
『適応番号48《藤丸立香》。及び適応番号00《》をマスターとして再設定します』
▽△▽
確か、最初に会った時は
▽△▽△▽△▽△▽△
「あの・・・・・・せん・・・ぱい・・・」
「・・・・・・うん」
『アンサモンプログラム、スタート。霊子変換を開始します』
「手を、握ってもらっていいですか_?」
それは、お伽話の一場面のようであった。
死に逝く姫君と、それを見守る慈悲深い勇者。
泡沫と化す人魚姫のように、今にも消え入りそうなほど美しい光景。
二人を救いださんと、手を伸ばす金髪の人影。
これは、自分一人の・・・・・・・・・。
『
ファースト・オーダー 実証を開始します』
▽△▽
確か、最初に会った時は。
そう、イーノック/Enoch。
あいつは最初からいう事を聞かなかった。
私の言う通りにしていればな。
まぁ、いいやつだったよ。
▽△▽
A.D.2004
人理定礎値 C
特異点F
炎上汚染都市 冬木/炎上浄化義人 イーノック
副題:古の旅人