その幻想は、思ったよりも早く崩されました。
視界が一瞬真っ暗になった、そのすぐ後。
藤丸の周りを映像のように辺りの景色が突風と共に流れていった。
「・・・・・・っ!!ぐぅぅうぅぅうぅっ!!」
藤丸は割れたアスファルトに膝をつき、必死に自分が風に飛ばされないように耐えた。まるで台風の最中に放り込まれたかのような風圧。短い黒髪がバサバサと激しく揺れた。
・・・そのまま、一分弱が経過。
「フォウ・・・」
しばらくしてフォウ君の鳴き声がどこからかしたため、藤丸は顔を上げた。
ちょうど自分がフォウ君を風から守る盾となるように、フォウ君は藤丸の体の下から這い出てきた。
「・・・フォウ、くん」
藤丸はフォウ君を抱きかかえながら、辺りを見回した。
瓦礫、焼けた看板、赤く染まった空。空気は焼け焦げており、息を吸うごとに肺が熱くなるのを感じる。
(((カルデア・・・じゃないな。看板が日本語で書かれている・・・)))
「日本・・・なのか・・・?一体、どうして日本に・・・・・・」
その時、高い電子音と共にロマンの声が右腕に装着された機械から聞こえ始めた。
『もしもし!こちらカルデア管制室だ、聞こえるか!?』
「!もしもし!もしもし、ドクターですか!?」
『その声は・・・藤丸立香君か!?ボクの声が聞こえるかい!?
聞こえるなら今すぐに__逃げろ!!』
___ぞくっ、と全身の毛が逆立つような怖気が体を包んだ。
逃げろ。離れろ。さもなくば死ぬ。人が生物として存在する以上、生まれた時から備えている直感。危機管理能力。
その直感が、藤丸の命の危機を大声で叫んだ。
藤丸は背後からの殺気に目を向けることなく駆け出した。
その場から三歩、四歩ほど離れたその時、
藤丸のすぐ後ろで地面が爆ぜた。
飛び散る破片と砂塵を背中で受けつつ、藤丸は走り出した。
「・・・・・・っ!ドクター、一体何が起きてる!?説明を、どうか!」
藤丸が駆けながら叫ぶと、右腕の装置からまたもや電子音が響いた。
藤丸は腕時計を見るように装置を見ると、その画面に地図が現れ赤い点と赤い線が表示された。
『今、安全な逃走ルートを表示させた。赤い点が君、線がルートだ。この通り進めば君は安全に逃げられるはずだ』
藤丸は全力でその赤い線を辿った。背後を気にする余裕などない。
折れて倒れた標識や、既に電気の通っていない電線に躓きそうになるが、どうにかして転ばぬように最高のスピードを保って駆けた。
・・・それから、細い路地や大きなビルの影などに身を隠しながら、藤丸はロマンからの状況説明を聞いた。
カルデアの目的。「魔術」の存在。今現在いる街の名前、冬木。
そしてそれが、10年以上前の過去の冬木市であることも説明された。
▽△▽
それから逃走と短い休憩を挟みつつ、藤丸は大きな日本家屋の中に身を隠すことにした。
見たところ、大きな損害も見当たらず、しばらくはここで体を休めることにした。
その場でも、ロマンから「何故藤丸が過去の冬木市にいるのか?」。
その疑問についての説明がされていた。
その最中、突如として巨大な物音が辺りを包み、藤丸とロマンを沈黙させた。
ロマンは藤丸にすぐに逃げるように指示をしたが、通信が何故か切れてしまい、加えて藤丸を攻撃した敵性生物・・・エネミーがすぐそばまで接近していた。
「・・・・・・・・・!」
藤丸はその場から逃げるかどうか判断に迷ったが、息を止めて気配を殺し、エネミーが過ぎ去ることを待つことにした。
キシ、キシ、と足音を立てながら、影が近づいてくる。
鼓動が早まり、死がゆっくりと歩み寄る気配に、藤丸は軽く吐きそうになっていた。
それから、足音は家屋内を歩き回り、やがて藤丸のいる部屋の前にたどり着く。
そこで、足音が止まった。
藤丸は転がるようにしてその場を離れる。
次の瞬間、藤丸が元居た場所が破砕する。
その時、藤丸は初めてそのエネミーの姿を見た。
髑髏の仮面。隆起した屈強な肉体。殺意が可視化されたような黒い霧。
藤丸には、その姿が見まごうことなき死神のそれに見えた。
藤丸はフォウ君を抱えてエネミーの脇を通り抜け、大きく息を吐いた。
(((逃げろ・・・。逃げろ逃げろ!ここを逃げ切れば)))
そこで、藤丸の思考は停止した。
突如として、藤丸の上方__屋根の上からもう一体、髑髏面のエネミーが現れ、藤丸を蹴り飛ばしたからだ。新たに表れた髑髏面のエネミーは、藤丸とほとんど身長が変わらない・・・いや、少しではあるが藤丸の方が大きいと言えるほどに小柄であった。
だがその蹴りの勢いと威力はすさまじく、藤丸はボールのように吹きとばされ、半壊した蔵の扉を破壊した。
「フォウ!フォーウ!・・・!?」
フォウ君が藤丸を案ずるように鳴き声を上げると、その小さく白い前足に赤い液体がかかった。
藤丸が、大きく咳き込み吐血したからだ。
床を赤く染めながら、脇腹と内臓に熱と痛みを感じ、藤丸は立ち上がれなくなった。
(((痛い。指先が痺れる。体の奥底が燃えるように熱い。なのに、末端から熱が抜け落ちていくのを感じる・・・)))
藤丸はこの時、もう自分が助からないことを半ば確信していた。
このまま、出血性ショックによる死か。もしくは、内臓の損傷による衰弱死か。
先程のエネミーにより、呆気なく殺されるか。
いずれにしても、彼にとって死は避けられない物となっていた。
次の瞬間、藤丸の脳内に彼女の・・・マシュの、ある言葉がよみがえっていた。
▽△▽
それは、レフ教授と共に、マシュに「何故自分を先輩と呼ぶのか」について尋ねた時の答えだった。
「そうですね・・・。藤丸さんは、今まで出会った人間の中で、一番人間らしいです。
なので、まったく脅威に感じません。ですので、敵対する理由が皆無です」
彼女は、にこやかにそう語った。
▽△▽
変な理由だ。正直言って、簡単に理解できるものじゃない。
(((あの後も、少し考えてみたけど、最期まで答えは出ない・・・か)))
藤丸を大きな影が覆う。苦心して顔を上げると、筋骨隆々のエネミーがそこに立っていた。岩のような拳骨が高く振り上げられている。
藤丸は自嘲気味に笑った。
(((理解はできなかったけれど、正しかった・・・。
だって、こんなにも無力だ。脅威に感じるはずがないよな・・・)))
死が、振り下ろされた。時間が鈍化する。瞼が閉じられる。
故に、藤丸はその瞬間を夢半ばで見ていた。
上空から矢のように降り立ち、盾を振るう彼女の姿を。
可笑しいほどに軽々と吹き飛ばされる、偉丈夫のエネミーの姿を。
鞠のように叩き飛ばされる、もう一体のエネミーの姿を。
藤丸は、微かに香る花に似た香りと、影の中で鮮烈に輝く薄紫色の髪により目が覚めた。
そこには、巨大な盾を構えた、彼女が立っていた。
「ご無事ですか?」
炎の中で、瀕死だった彼女が。
「__今なら、印象的な自己紹介ができると思います」
二度と目を開けることはないと、そう感じた彼女が。
「
マシュ・キリエライトが、そこにはいた。
▽△▽
長い銀髪が、歩みを進めるごとに微かに揺れる。
とぼとぼと歩む華奢な影が、物音がする度ビクッと震える。
自分で自分を抱きしめながら、闇夜と破壊の痕跡に怯えながら、彼女は歩みを進めていた。
彼女の名は、「オルガマリー・アニムスフィア」。
カルデアの現所長にして、前所長のマリスビリー・アニムスフィアの娘。
優れた魔術の才を持ち、それを正しく活かせる知恵と意志がある、聡明な人物。
・・・であるのだが、その性格はお世辞にも良いとは言えない。
加えて、超一級品の魔術回路を持ちながら、一切のマスター適正を持ち合わせていない。
つまり、英霊・・・サーヴァントと契約を交わせないのだ。
故に彼女は、たった一人で、自身の魔力だけが唯一の武器という状況の中。
怯えながらも臆することなく、ゆっくりとではあるが行動を開始していた。
「ああっ、暗いし煙臭いし・・・カルデアは今どうなっているの?ここは、おおよそ2004年の冬木市であることは間違いないけど・・・」
周囲を警戒しつつ、震えを堪えながらいつでも魔術を放てる状態を維持する。
ちゃんと拠点となる場所にたどり着くまでは、安心なんてできるわけがない。
「大丈夫、大丈夫よ私。サーヴァントがいなくたって、私には魔術がある。
どんな敵が出てこようと、私にかかればちょちょいの」
カラン、と空き缶が瓦礫の山から落下し、大きな音を立てた。
彼女は反射的にその空き缶に向かって人差し指を突き出し、そこから赤く輝く魔力の弾丸を撃ちだした。魔術は正確に空き缶を貫通し、灰色の壁面に拳大の穴を穿った。
「お、お、お、おおおどろかさないでよ!」
プルプルと震えながら、彼女は大きな声で空き缶に向けて怒鳴った。
当然、空き缶はもちろんのこと、周囲の瓦礫や壊れたぬいぐるみ等の残骸が彼女の声に返答することはない。
彼女は、辺りに反響する自身の声とそれを際立たせる静寂に、さらに不安をあおられたような気持になった。
しかしながら、彼女の声に返答する者はいないが、聞き届けた者はいた。
その者は、髑髏の面を張り付けた、若干太めの肉体の敵性生物であった。
そのエネミーは、彼女の姿を視認すると、朽ちたビルの上から跳んだ。
狙いは彼女。気配は遮断され、彼女は気づかない。
と、その時。近くにあった街灯に奇跡的に電力が一瞬だけ戻り、辺りをほのかに照らした。
彼女は、自分の影と宙から来る何者かの影を電灯の灯りで目撃すると、電撃的な速度で振り返り人差し指を構えた。間近に迫る髑髏の面。戦士でもなければ、戦闘の天才でもない彼女は、その姿に恐れながらも魔術を射出した。
しかし、敵は人外。あっけなく躱され、その刃が喉元に迫る。
だが、この時。両名は、もう一人。
彼女の声を聞き届けた者がいることに気が付いていなかった。
彼女は、迫る敵の背後に、純白の鎧を見た。
なびく金髪。紺色のジーンズ。手には青白く光る、弓上の刃。
空気を切り裂く音に反応して、エネミーが背後を振り返るがもう遅い。
一刀両断。上半身と下半身を真一文字に切り裂かれたエネミーは、刃と同じ青白い光に包まれると、煙のように消えてしまった。
その光景を見た彼女は、一瞬何が起こったのか理解できず、思わず構えていたその腕を下げた。
地面に手をついて着地した人影は、彼女に振り返ると手を差し伸べた。
「お怪我はないですか?」
彼女に向けて、穏やかに語りかける鎧の人影は、ちょうどその顔がビルと夜の薄影に包まれて窺うことができない。だが、まるで彼女に彼の素顔を見せるように、再び電灯に明かりが点く。
宝石のような瞳。その目つきは穏やかであるが、その奥には並々ならぬ決心と覚悟が燃えていた。
「・・・あなたは・・・」
彼女は、オルガマリーは、半ば呆然としてその人物に名を訪ねた。
「・・・私の名は、イーノックという。
今一度、この地上を浄化するために遣わされた者だ」
・所長がガンドを使えてるワケ
⇒作者お得意のオリジナル設定(妄想)。
キャスニキに「魔術回路の量も質も一流」と言われてる。
⇒ならば、ガンドも弾丸並みの威力の物を撃てるだろうということ。
きっと、マシンガンとかじゃなくてライフルみたいに一撃が重いタイプじゃないかな(適当)。