シャダイサイドの説明パートとなっております。
粗い所や雑な箇所もだいぶあるとは思いますが、どうかご容赦を。
それでは、今回のお話もどうぞ。
その日、天界はかつてない混乱に見舞われていた。
天使長、ミカエルの負傷。そして、七人の堕天使の脱獄。
実質天界を代表する彼が退場したことにより、指揮系統は混乱。堕天を試みる天使も数名現れたほどだ。
そこをなんとか私と他のアークエンジェルの手により抑え、少し天界の秩序も安定した来たところに、彼に電話をかけた。
「ミカエル、大丈夫か?」
私は彼との通話中、苦しそうに呻くミカエルの傍らに立っていた。ミカエルは今、ラファエルの看護と治療のためにベッドの上に寝かされている。基本、我々天使には睡眠など必要が無いのだが、負傷した者を動かないように縛り付けるという意味ならば、ベッドは最適な道具だった。
何せ、右腕が破砕された瞬間に、たった一人で地上に赴こうとした奴だ。あと少し私がミカエルに追いついていなかったならば、彼は地上に着くまでに崩れ去っていたことだろう。
だから、こうしてミカエルは「完全安静」の状態で呻いているわけだ。ちなみに痛みで呻いているわけではない。自分がこの状況下で動けないことが、何より悔しいと考えているからだ。
「うぅ、ごめんよ兄さん・・・私が不甲斐ないばかりに、こんな・・・」
「体を動かさないで。崩れてしまう・・・」
ラファエルが数人の天使と共にミカエルの右腕に治癒の力を与えているが、一向に癒える気配がない。それどころか、少しでも体や腕を動かせば、瞬く間にひび割れが走る。しかも、ひび割れた箇所は石膏のように白くなり、ボロボロと崩れているのだ。
(((無意味ではない。ラファエルが全力を傾けて、あれなのだ。・・・どうするべきか)))
そう考えていると、向こうの彼に名前を呼ばれてハッと我に返った。
「ああ、すまない。考え事さ。何、君には大して関係のないことさ。そんなことよりも、だ」
私は軽く指を鳴らすと、一つの扉の前に移動した。
白く滑らかな扉の表面はツルツルで、そこに私の姿が鏡のように映った。
黒く整えた髪。白い肌。そしてファイアパターンのロゴが入った、シースルーの黒いシャツ。すらりと長い足を包むのは、お気に入りの黒いジーンズだ。私の存在はほとんど、黒と白で構成されていると言ってもいいだろう。ただ一つ、この赤い眼を除いて。
ルシフェル。それが私の名前だ。
少し前まで、私は「名前なんて個人個人を特定するための値札にすぎない」と思っていたのだが、ある男との旅の途中。名前の重要さに気づかされた。何せ、名前を一回変えるだけで一年は敵に襲われなかったのだから。
その、私と共に旅をした男が、この扉の向こうにいる。
「・・・とりあえず、あいつが今必要だってことは分かったよ。でも、君が言う通り、あいつらが魔術王の手により過去・・・それもややこしいことに隔絶された空間にいるとなると、もう介入どころか探すこともできないんじゃないのか?」
私は彼に質問をしつつ、扉を開けて中へと入った。
そこは、本が山のように積まれた空間だった。広さはそれなりにあり、天井はしっかり首を真上に向けなければ確認できないほどに高い。その天井の半分ほどの高さまで、本が積まれている。
この本は全て、ある一人の男が書き上げたものだ。つまり、空白のページが存在しない分厚い本が何千冊とあるわけだが、それについてはまた気が向いたときに話そう。
「何?南極?・・・あそこは氷と雪しかないところのハズだが、人がいるのか?そこに、アイツらを探し出す鍵があると?」
私は本の山を回りこみ、その裏側にたどり着いた。
そこには、片眼鏡をかけた男が机に向かっていた。
ミカエルの生糸のような滑らかな金髪と違い、どこか羊の毛を思わせるようなフワッとした蜂蜜色の髪を持つこの男こそ、神に召し上げられた男。生きたまま天界を訪れた初めての人間。天界の書記官。
私の友、義人「イーノック」。
「イーノック、話をしたい。いいか?」
「・・・ルシフェル。ああ、いいが・・・少し待ってくれ」
彼は慌てたように細い鎖で繋がったペンダントの蓋を閉じた。私はそのペンダントに何が入っているかを知っている。彼の妻と子供の写真だ。無論、彼の生まれた時代に写真なんてものは無かったが、私からの贈り物として、何枚か彼と彼の家族を写真に収めたんだ。
本来ならば、ヒトとして妻と子と共に地上で暮らせていたわけだが、ミカエルの退場を理由に現場復帰してもらったんだ。
「それで、話とは?」
「ああ、彼・・・『神』からの頼みだよ」
そう言ってやると、イーノックは何も言わずに私の方を見ていた。動揺も驚きも感じられない。恐らく、彼らが脱獄したときから覚悟は決まっていたのだろう。
「イーノック、再び地上界に逃れた彼ら堕天使に、罪を償わせろ」
イーノックは私の言葉にコクリと頷くと、ペンダントを机の上に置いて立ち上がった。迷いを感じさせない、力強い瞳で私の目を見る。
(((最初に会った時とはえらい違いだ・・・あれからもう300、いや400近く経ったのか)))
そう言えば、最初にイーノックが地上へ行くとき、こんなやり取りを行っていたな。
「イーノック、今度の旅はより苛烈な物になりそうだが、そんな装備で大丈夫か?」
イーノックもまた、このやり取りを思いだしてくれたらしい。少し笑うと、
「一番いいのを頼む」
そう言った。
▽△▽
天界における時間と、地上界の時間は違う。地上界の時間は一本のピンと張った線だが、天界ではその線はグネグネと歪んでいるからだ。天界での数か月が、地上では数百年に相当する。
故に、彼ら堕天使を捕らえた後、地上にいる人間は皆、大いなる進化を遂げていた。中には愚かしい発明もあったが、特に近代に入ってからの人々の発明は目を見張るものがあった。
具体的に言うならば、私が愛用している携帯電話やジーンズ。雨の中、雰囲気と言うものを出すためにピッタリな傘なんてものも、私の目を惹かせた素晴らしいものだ。
イーノックは、地上での人間の急増と自分がいた時代とのギャップに、かなり面食らったことだろう。何せ、皆が私のような服を身につけ、国によって言語はバラバラだが、ある程度統一されている。
地上でしばらく暮らしていたとはいえ、それまでは天界に戻り一年弱は留まっていたんだ。彼が暮らしていた場所も、地上というよりは「天界寄りの大地」と言えるような場所だったことも、彼の中の地上のイメージと実際の地上のギャップを高めていたのだろう。
それでも、数分後には自分の目的を思いだしたようで、その表情にはいつもの決意と覚悟が漲っていた。
まず、私は目的地・・・「南極」に向かうために、偽りではあるが戸籍を用意した。服装も白いローブや鎧ではなく、バックパッカーのように見える物を着せた。名前を「ハドラニエル」と変え、国籍も偽る。だが、あらゆる天使の加護が、彼を後押しした。彼の前に障害など無いも同然であり、最終的にロマニ・アーキマンという人物を頼りに氷の大地・・・南極へと足を踏み入れた。
それからは、ロマニの紹介により国連承認組織「カルデア」に潜入。
事務員兼スタッフとして業務をこなしつつ、レイシフトが行われるその時までじっと待った。
そしてレイシフトの当日。私も予期していない爆発が起こった。
何故それを察知できなかったのかは未だ分からないが、そのおかげでイーノックは特異点にやってこれたわけだ。
▽△▽
そして今現在、あいつはカルデアの所長であるオルガマリーという娘を助けてやったところだ。
彼の装備は前の堕天使捕縛の時と変わらず、歪な白い鎧と紺色のジーンズに身を包んでいた。
「イーノックって・・・いや、あなたは確か、カルデアのスタッフの、えと」
「事情ありまして、偽名を名乗っていました・・・本名はイーノックと言うのです」
所長はどうやら腰を抜かすほど驚いたらしい。一歩、二歩後ずさりし、背中から倒れそうなのをイーノックが腕を掴んで止めた。そしてそのまま引っ張り、所長のことを立たせてやった。
「待って。待って待って待って!少し時間を頂戴!考えを整理したいわ・・・」
所長は頭を抱え、その場をうろうろと歩き回ったり親指を噛んでみたりして、何とか自分を落ち着かせているようだった。イーノックはそんな彼女にどう接すればいいか分からず、その場で立ち尽くしている。
私は彼女が現状理解に勤しんでいる間に、イーノックにいくつかのことを聞いてみることにした。
「イーノック・・・初めて特異点というものに来てみて、どうだ?何か感じるか?」
私がそう問いかけると、イーノックは顎に手を当てて、
「いや・・・。ただ、酷い有様だと、そう思う。それに・・・」
「ここまで荒廃してるのなら、堕天使がいるはずもない」
イーノックは黙ってうなずいた。
そう、アイツらの行動原理は人への愛や進化への興味だ。こんなに燃えて朽ちてしまった場所には、堕天使がいるとは思えない。
と、そこでどうやら所長が考えを整理しきったようで、イーノックの方を向いた。私は念のため、自分の姿を消しておくことにした。
「事情は何とか理解できました。貴方の名はイーノック。そしてここは2004年の冬木市。原因はレイシフトによる事故。そして・・・危険な敵性生物が徘徊していることも」
毅然とした態度で、イーノックと向かう。その心の中には、まだ迷いや恐怖が沈殿しているが、そんなことはどうでもいいという風に表には出さない。
(((思ったよりも芯の強い人物のようだな)))
そう思っていると、所長はイーノックに歩み寄り、その鼻先に指を指した。
「先ほど私を助けてくれたこと、まず感謝します。ありがとう。でも、貴方は装いも名前も変えていようと、カルデアの一員であることには変わりません。ですから、私の指示に従っていただきます」
そう一息に言うと、しばらくイーノックの表情を窺った。イーノックの善性を理解しているが、その戦闘力を恐れているようだ。まぁ、仕方のないことだろう。
そんな所長の言動に、イーノックは一瞬どう答えたものか逡巡したが、
「貴女の指示に完全に従うことはできないかもしれませんが、この特異点の中で貴女の身を安全な場所へ導くまでは、私は貴女の部下として行動しましょう」
そう言うと、所長は軽く頷き、自分の身の護衛を命じると、また歩みだした。イーノックは彼女の隣を歩き、彼女の腕が微かに震えていることに気づくと、それを握ってやろうとして、手をはたかれて拒否された。
「私の身を守ることに集中なさい!」
そう厳しめに言うと、少し歩くスピードを速めた。やれやれ、イーノックも彼女のこの言動には呆れているんじゃないか。そう思ったが、特に気にしている様子も無く、辺りを見回して敵影が無いかを確認している。
(((全く、そのお人好しは相も変わらずか)))
しばらくは大丈夫だろうと判断し、私はまだ形が残っている鉄塔の上に移動し、冬木の町並み見てみることにした。
ここに訪れたことは、かつてあっただろうか。
2004年の、日本の地方都市。どうだっただろう。
私は何とかここについての記憶を思い起こそうとしてみるが、どうにも覚えていない。もしくは、着たことなど一度も無かったのかもしれない。
「ん?・・・あれは・・・」
その時、私は興味深いものを発見した。
鎧をまとった少女が、白い服の少年を抱きかかえ、敵対する生物を吹き飛ばしながらこちらに向かってきているのだ。
私は直感的に、その二名がイーノックの助けになることを感じ取った。戦力的な意味でもそうだが、この際助っ人を求めるのもいいだろう。あいつは嫌がるだろうが、彼らの方はどうにも助けを求めているようだ。
(((であれば、彼らを助けておけば後々カルデアに戻った後も動きやすいだろう。一応、イーノックに伝えて・・・おっと、その必要はないか)))
二人はどうやら所長とイーノックを発見したらしく、目にもとまらぬスピードで近づいて行った。
「ふん・・・まぁ、まだ何が起きているかははっきりしないが、今のところいい流れじゃないかな?」
私はまた指を鳴らして、イーノックの元へと戻った。