呪術転生 〜とりあえず死にたくないです〜 作:匿名中
人殺しを見た。
平和に生きていた家族らに、他人を思う良き人々に理不尽が襲うのを見た。
死体の山を見た。
悪意を持つたった一人が建物に火を点け、数十人という人々が焼け死んでいる光景を見た。
怨念が呪いに転ずる瞬間を見た。
胸に抱えた思いが、明日を生きようと希望が、明日生きる者達への絶望に変わるのを見た。
───それを見て笑う、呪術師を見た。
俺は、それを、決して許してはならないと決意した。
♦︎ ♦︎ ♦︎
呪いは人類の傲慢を裁く存在、あるいは神の定めた人類浄化システムであると謳う組織がある。
名を『呪いたる器の教会』。
呪いという存在が確認される地域に必ず存在し、世界規模で拡散している組織。
自他ともに呪い殺されることが至高とされ、呪霊を崇める頭のおかしい組織ではあるが、所属する人数が馬鹿みたいに多い。
どれほどかというと、日本に百に及ぶ組織があるレベルだ。
呪術高専にいた時も『呪いたる器の教会』の名は音に聞こえ、特級呪物をいくつも抱えているのが判明しているために危険なテロ組織として日本の呪術界隈の危険組織に名を連ねる。
一時には特級呪物を回収するための作戦が行われたこともある。
しかし、構成員の全員が全員、呪術を扱える訳ではない。
呪いを信仰するかのように振舞っているため、構成員は呪いを見ることが出来るものばかりではあるが、むしろその人数の割には呪術師の数は少ない。
それ故に呪術師は幹部などの上役に置かれることが常であるため、表だって呪術高専等の関係者と大きな戦闘になったことはほとんどない。
『呪いたる器の教会』の面々は迂闊に呪術高専やアイヌの呪術連、御三家らを相手取ることは出来ないのだ。
では、どうするのかというと、当然潜伏。
博物館や美術館、何かしらの怪しい宗教の建物であったり、果ては暴力団を装って、奴らは潜伏している。
もちろん、資金を稼ぐためもあるだろうが、世界に展開するためか変にノウハウがあるために情報を得るのも一苦労。
そんな奴らの支部の中を、俺は歩いていた。
「…………」
カツンカツンと廊下の奥へ歩を進めていると、時折後ろの遠くの方で、悲鳴が聞こえた。
おそらくムラマサが俺の言いつけ通り、構成員を斬殺して回っているのだろう。
俺が学生時代に特級呪物『妖刀村正』から生み出した、最初の特級呪霊であるムラマサは、その性質上呪霊よりも人を殺すことに特化している呪霊だ。
加えて、限定的に範囲を狭めることで強化した帳も降りている。
彼が一人も逃すことはないだろう。
一際大きな悲鳴が上がった。
それに対して、俺は特に何も反応もないまま奥へ進む。
数分ほど歩いただろうか。
ご丁寧に鎖や錠でガチガチに固められた扉の前に辿り着いた。
それら施錠品は比較的新しく、絶対にここを開けまいという意思がヒシヒシと伝わる。
だが、それ以上に、隙間から漏れてくる異臭に、俺は思わず顔をしかめた。
「…………」
ソッと懐から取り出したナイフで、鎖と錠を斬りつける。
すると、それらはまるで豆腐のように刃を通し、金属音を立てながらあっけなく地面へ落ちた。
再度ナイフを懐に戻し、ドアノブに手を掛ける。
そして───
「……くそったれがッ」
部屋に居た、いや、在ったのは六人の遺体。
ご老体や成人の姿は勿論、子供、果ては赤ん坊のものまであった。
だが、それ以上に特筆すべきは遺体の状態。
頭部から顔にかけての皮は剥がされ、両目は潰されている。歯ですら残っているものの方が少なく、頭部から下は全裸のまま血で真っ赤に染まり、四肢は全て斬り落とされ、腹から臓物が溢れていた。
血は地面や壁、天井にこびりつき、腹の底に溜まるかのような異臭は既に部屋全体に充満、染み付いているようだった。
俺は小さく呼吸を重ねた上、呪力で強化した両目で辺りの安全を確認した後、部屋に踏み入る。
三歩目に踏み出した足の下からガチャリと音がした。
それに反応して視線を下にやると、明らかに指を切断するための形状をした特殊な拷問器具があった。
無意識ながら、それを乱暴に部屋の端に蹴り飛ばす。
そして、遺体の数々に十分に近づくと、そっと触れる。
彼らは呪いとは無関係の、ただの一般人だった筈だ。
だというのに、近くで見れば見る程、彼らに降り掛かった理不尽が見て取れる。
こうなっている、と分かっていた。
不自然な行方不明者が出たという耳にした時点で、手遅れだということも気づいていた。
それでも。
「ふざ、けんな……っ!」
この、腹の底から煮えたつような感情を感じずにはいられない。
彼らが一体何をしたというのか。
たとえ彼らが罪を犯していたとしても、ここまでいたぶられるような覚えはなかったはずだ。
「ふざけるなッ!!」
考えれば考える程膨れ上がる憤怒が腹から喉へと昇り、果ては口からついて出た。
そして、荒く呼吸を繰り返しながら、改めて思い知る。
これが、『
どれほど深く憎んだのだろうか。
どれほど強く恨んだのだろうか。
恐らく、考えられる限界までいたぶられたのだろう。
そうすることで、この人らは
「終わったぞ、マスター」
不意に後ろから聞き慣れた声がした。
俺は視線を変えないまま、口を開く。
「終わったのか?」
「……あぁ、皆斬り捨てた」
「呪術師は?」
「いなかった。ここも外れだ」
「……そうか」
俺は静かに目を閉じた。
そうしていると、ムラマサが横にやってきて、遺体へと目を向けた。
「マスター」
「分かってる」
食い気味に言い放った俺の言葉に、ムラマサは小さく続けた。
「もう、始まりかけている」
そんな彼の言葉に、俺は静かに目を開ける。
彼らの体からわずかに呪力が漏れ出し、渇いて茶色をしていた血が少しずつ黒ずんでいっているのが見て取れた。
何度も見てきた光景、呪いへと転化する前兆だ。
俺はそれを見て取ると、遺体の内の一体に手を触れた。
「ごめん……ごめんな。苦しかったろう。悔しかったろう。呪わずにはいられなかったんだろう。救えなくて、ごめん」
そう言いながら、遺体に触れていた手を地面に下ろす。
「せめて、健やかに」
次の瞬間、地面に触れていた俺の手から六人の遺体を囲うように黒い線が伸びた。
地面にこびり付いた血痕を弾き、まるで世界から切り取るようにして円を描いたそれは、続いて円の内部に存在する遺体らを宙に浮かせた。
「招霊儀法・眠りの儀『
そう唱えると、地面に描かれた円は球へと変化して爆縮。
球の内部に存在していた遺体や血液などを一片も余すことなく封じ込め、ビー玉サイズの黒い球となった。
招霊儀法・眠りの儀『
対象は生物の死体と限定され、直接的な害などは一切ない儀式の一つだ。
その効果は至ってシンプル。
呪いへと転化しそうな存在を保護し、健やかに成仏できるように時間をかけて呪力を抜き取る、といったものだ。
古代の日本で実際行われた葬儀法を、俺の呪力で再現したものでもある。
俺はコツンと地面に落ちたそれを拾うと、次いで懐にしまった。
「……今のままじゃ、ダメだな」
誰に言うのでもなく、ポツリと呟く。
ムラマサもそれに反応はなかったが、どことなく同意しているように見えた。
「情報を提供してくれる奴がいる」
「当てはあるのか?」
ムラマサの言う当てというのは、呪詛師として悪名が知れてしまった俺に手を貸す人物、加えて信憑性がある人物はいるのかというものであった。
俺は呪術高時代に面識があった人物を思い浮かべ、告げた。
「一人だけ、いる」
♦︎ ♦︎ ♦︎
「か弱い女性一人をこんな山奥に呼び出すなんて、今から私は乱暴されてしまうのかな?」
長野の山奥のログハウス。
辺りは森林で囲まれ、人気のないそこは密談には適した環境であった。
俺とムラマサと向かい合うように腕を組んでいるのは金色に染まった長髪をまとめ、それを前に流した美しい女性。
名を冥冥、一級呪術師である。
俺を見るや否やからかうようにそう言う彼女だが、俺はため息を一つついた。
「そう言うのはいい。本題に入るぞ」
「つれないね」
肩をすくめる冥冥だが、すぐに雰囲気が切り替わる。
うん、取引の時間だ。
「君が私に求めるのは、呪術を扱う危険組織の位置情報、またその内情、おまけに呪術界隈の調査といったところかな?」
「話が早くて助かる。此方が情報の対価として出すのは勿論金だ。一千万出す。あんたの判断で、情報の対価として釣り合わないと思ったら遠慮なく言ってくれ。追加でいくらでも払おう」
俺が言い終えると同時、ムラマサが懐からキャッシュカードと通帳、そのパスワードが書かれたメモを取り出し、彼女に手渡す。
彼女は中身を見ることなくそれらを仕舞うと、怪しげな微笑を浮かべて続けた。
「情報、と言う意味では、今私は君との連絡手段を得てしまったわけだが、それを私が他人に金で売ってしまうのは、アリかい?」
瞬間、ログハウス内の空気が爆発したかのように張り詰めた。
原因は俺の横にいるムラマサ。
巫山戯たことを、と言外に伝えるように殺気とも言える威圧感を冥冥に向ける。
だが、当の本人は頰に汗を滲ませながらも一向に引く気配はなく、笑みも健在であった。
まぁ、そりゃそうだよな。
「ムラマサ、もういい」
張り詰めた空気が霧散する。
それに次いで、冥冥は安心したかのようにホッと胸を撫で下ろした。
「殺されるかと思ったよ」
そんな彼女の言葉に、俺は白々しいな、と内心苦笑いを浮かべる。
今回の取引の大前提として、情報という武器で優位に立っているのは彼女。加えて、俺たちはそれが欲しいがためこの場を用意したのだ。
呪術界隈の中心に近く、それでいてある意味信頼できる人物は彼女しかいない、と。
俺たちがそうと考えているのが分かって、冥冥はあんなことを告げたのだ。
情報が漏れるかもしれないからといって、彼女を殺しては意味がない。
それに彼女のあの確認は、脅しではなく、俺たちに保険を掛けておくべきだよという警告の意味を兼ねていた。
「さて、どうしてくれるのかな?」
「分かってるよ。さっきの通帳に一千万の他に五千万入れてる。口止め料だ。それでいいか?」
「まいど〜」
満足気に笑みを浮かべながら、ヒラヒラと右手を振る。
取引、完了だ。
「けど、よくこれだけの金を集められたものだね」
「いろんな組織を潰して回った。金はその時の戦利品だ。まぁ、ろくに使ってないけどな」
「ふ〜ん……私に横流ししてくれても構わないよ?」
「嫌だよ。一応、使い道はあるからな。持っておいて損はない」
例えば、この取引もそうだ。
彼女は自身の中の価値の最上位に金を置いている。金で物事を指し測ってくれるため、こういう関係においてとても信用できる人ではある。
だが、それと同時につかみ所もない人物でもある。
「そうだ。せっかく再会したんだ。君が失踪した後の話でもしようか? 悟の怒り具合とか、面白いものだったけど」
「……そういう余計な話はいらない。じゃあな。また連絡する」
一応俺は指名手配されている特級呪詛師。
利害関係になったとはいえ、通常なら長く一緒にいたくない相手だろうに、何故彼女は言葉を掛けてくるのだろう。
俺はぶっきらぼうに言い放つと、踵を返して玄関へと向かう。
その後をムラマサが続き、外に出ようとドアノブに手をかけ───
「真依が、泣いていたよ」
身体が震えた。
「……ムラマサッ!」
予想外の言葉に反応が遅れ、咄嗟にムラマサの名前を呼びながら後ろに振り返る。
そこには呪力を纏いながらも観念したかのように両手を挙げる冥冥と、そんな彼女の首元、薄皮一枚ほどでギリギリ止まった刀を添えるムラマサの姿があった。
冥冥は先ほどの笑みを消して緊張した表情を浮かべ、ムラマサはいつでも首を切れるよう態勢を構えながら、横目に俺を見ていた。
「ムラマサ、よせ」
そう言うと、ようやくムラマサが刀を引く。
命を握られた状態から解放された冥冥は力なく両手を垂らし、強がるように笑みを浮かべた。
「……怖いね」
「悪いな。彼は俺の機微に反応しただけなんだ。それと」
一つため息をついて。
「もう一度言う。余計なことは言うな」
それだけ言い放ち、今度こそ扉を開けて外に出る。
ムラマサは一度横目に冥冥を見ると刀をゆっくりと納め、すぐにその後を追っていった。
残った冥冥は大きく息をついて、呟く。
「なんだ、ちゃんと人の心は残っているじゃないか」
そんな言葉は誰かに聞かれることもなく、部屋の中で小さく響いて消えた。
とある都心の地下四百メートルほどの地点。
窓もなければ扉もない、密閉された謎の空間がそこにあった。
内部にあるのは円形のテーブルに、それを囲うように置かれた五人分の席。
唯一の灯として、テーブルの真ん中にろうそくが一本だけ置かれていた。
本来であれば、誰一人としては入れ込まない部屋だが、今そこには四人の人物がいた。
どの人物もローブに身を包み、部屋自体が暗いこともあってその表情すら窺い知れないものだった。
「……また、一つ、支部が、落ちた」
ふと、一人が若い声でポツリと呟いた。
それに対し、あ〜ぁと大きな声を立ててテーブルに足を乗せる人物が一人。
「だぁ〜から、言ったぞ。おらぁ、言ったぞ。対策しとかねぇとまた何処かやられるって、言ったぞ」
「対策しようにも、同一犯であること以外敵の姿が見えない。加えて落とされたのは、小銭集めの支部ばかり。私たちの中核に入り込むことはないわ。焦る必要はない」
行儀の悪い、恐らく男性を忌むような視線を向けながら、女性のような高い声が部屋に響く。
「あ〜、そうかい。そうかよ。そうだってんなら、このまま放置すんのか? 俺は反対だ。反対だぞ、俺は」
「じゃあ、どうするっていうの? 残り百二の支部の内、何処かで襲われるのを待つの?」
「そりゃぁ、あれだ。そうは言わねぇけどよ」
女性の指摘に、困ったように上を仰ぎ見る男性。
そこから数秒沈黙があったが、新たな人物がそれを破った。
「……敵は、呪術高専から追放された特級呪術師だ」
特級呪術師という単語に、残り三人がピクリと反応した。
「おぃおぃ、そりゃあ、おい。確かなんだろうな、それは」
「へぇ……特級呪術師、ねぇ」
「…………」
三者三様の反応を見せるローブ姿の人物達。
それらに対して、小さく答える。
「……うん、間違いない。ボスも同意した」
「そういえば、ボスは、何処? 来て、ないの?」
ふと、自らの疑問を吐露する若い声。
途切れ途切れの言葉に、ゆっくりと頷き返す。
「……ボスは取り込み中だ。当分は来れない」
「そうかぃ。じゃあよ、それを知ってるっつーことはアンタ、なんか言伝でもあんじゃねぇのか、じゃあよ」
そんな彼の指摘に、ため息を一つ挟んで返した。
「……特級呪術師は、放置だ。『計画』を優先する」
「……そうかぃ。分かったよ、分かった」
先ほどまで件の敵の排除を優先しようとしていた男は、少し考えるようなそぶりを見せると、了解の意を述べた。
すると、懐から一つの小さな壷のようなものを取り出し、ある人物の前に送る。
「……とりあえず
「何、ですか、これ?」
若い声の主、阿聞と呼ばれた人物はその壺を手に取って尋ねる。
壺を送った張本人は、小さく答えた。
「特級呪物『
その言葉を聞いた阿聞は、一拍遅れて悍ましい笑みを浮かべた。
読んでもらって分かったと思いますが、当小説はオリジナル展開へと移行していきます。
原作ファンの方々に不快な思いがないよう努めますので、よろしくおねがいします。