呪術転生 〜とりあえず死にたくないです〜   作:匿名中

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第五話

 

 

 パチパチ、と。

 血濡れた空気の中、乾いた拍手が響く。

 拍手の主である夏油は口元を緩めて、視線の先にいる者祓に称賛の是を送っていた。

 

「いやはや、見事見事」

 

 聞くものが聞けば何処か皮肉めいたように聞こえる言葉だ。拍手の音も相まって、その様子に拍車をかける。

 しかし、だ。

 未登録の特級呪霊、三体。

 一級呪霊、十一体。

 準一級呪霊、二十三体。

 二級以下の呪霊、およそ百数十体。

 これらの呪霊を全て同時というわけではないが、祓ってみせた者祓に対しての素直な称賛もないわけではないだろう。

 しかし、者祓自身にそれに応える余力はなかった。

 

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」

 

 肩で大きく息をする者祓の姿は、夏油と対照的であるが故に良く映える。

 自身の得物である刀を杖のように地へ突き刺し、右腕で体を支え、左腕は大きな切り傷とそこからの出血のせいか力なく垂れている。

 傷は左腕だけではなく、額から流れる血流で右目が赤く染まり、身に付けていた衣服は荒み、血に濡れ、ボロボロだ。

 そんな彼を視界に捉えながら。

 

「『忌み数字』というものを知っているかな?」

 

 夏油は口を開いた。

 

「日本、漢数字を扱う文化圏では『死』に音が似ている『四』という数字を忌み数字として忌避している。住宅の枝番、病室やマンション、アパートといった部屋の番号。その歴史は平安時代からとされ、それらは呪術的にもいくつか意味を持つ」

 

 夏油はそこまで言うと、少しおどけたように笑みを浮かべた。

 

「まぁ、それらの忌み嫌われたイメージ、呪力の流れの行先に確固たるものがないため呪力は散らばる。各所墓地や廃病院などに流れ行き、それ故に大きく力を持つことはほとんどない」

 

 困ったように小さく笑う夏油。

 呪霊操術を扱う彼にとって、呪霊の力量とそれら呪力の関係については明るく、また呪霊の収集にはそういう知識が重要になってくるのだろう。

 故に、あまり呪霊の力量に繋がらない忌み数字関連は彼にとって困った要素なのかもしれない。

 

「───だが、それにも一部例外はある」

 

 不意に、夏油は視線を鋭くしてそう告げた。

 顎を持ち上げてどこか上の空、虚空を見つめる夏油は続ける。

 

「呪いの共通イメージとして、『四』という数字に関する呪力の流れが聚合する『器』があるのであれば話は変わる。大地の恐慌は大地へ、森の畏怖は森へ、海の憂虞は海へ集うように。呪力の帰属を考えればそういった流れを予想するのは容易いことさ」

 

 虚空を見つめていた夏油が、ゆっくりと両の目を閉じた。

 かの瞼の裏、暗闇に写るのは現在夏油に加担している特級呪霊たちだ。

 大地の呪霊、漏瑚。

 森の呪霊、花御。

 海の呪霊、陀艮。

 そして、人の呪霊、真人。

 いずれも特級区分の呪霊の中では上位に位置する。

 

「そういった器、確固たる共通イメージからいずれ現れるであろう呪霊を、呪術界隈では『特級仮想怨霊』として登録しているわけだが……話が逸れたね、忌み数字の話だ」

「さっきから、ぺらぺらぺらぺら……なんのつもりだ」

 

 夏油がここまで話したところで、ようやく息が落ち着いてきた者祓が鋭い視線とともに言葉を投げかける。

 すると、夏油は困ったような笑みを浮かべて視線を戻す。

 

「ふふっ、すまないすまない。説明口調で言い回しが遠くなってしまうのは術師柄でね。つい最近も怒られたばかりなんだけども」

 

 大袈裟に額に右手をやり、わざと相手に見せつけるような所作を行う夏油。

 不快、不快だ。

 これが油断ではなく、余裕から来ているということを感じてしまってるからこそ、心底な不快感を者祓は胸に曇らす。

 

 そんな彼の心情をよそに、夏油はピッと指を者祓へ向けて告げた。

 

「忌み数字たる『四』。そして、君の持つ特級呪物の階番。()()()()()()()()()()()()()()()(それ)』は、呪力量としては初番と変わりないぐらい溜め込んでるはずなんだよね」

 

 したり顔でそう言う夏油に、者祓は大きく呼吸を重ねて息を整え、そして自らの懐に手を差し込んだ。

 

 そうして取り出した『それ』。

 特級呪物・呪胎九相図『四番』。

 カプセル越しに禍々しい邪気を放つそれは、夏油のお眼鏡に叶うものであった。

 

「ようやく譲ってくれる決心をつけてくれたのかい?」

 

 者祓の行動に対して、目を細める夏油。

 だが、当然ながら者祓の答えは異なり、彼の問いに鼻で笑ってみせた。

 

「んなわけあるか、ボケが。コイツの価値を再認識したっつー話なだけだっつの」

「もうそろそろ降参した方が身のためだと思うんだけどねぇ」

 

 粗暴な物言いに対し、やれやれとまたも大袈裟に身振りで応える夏油。

 あぁ、煩わしい。うざったい。

 

 もう、これっきりだ。

 

 不意に、者祓の雰囲気が変わった。

 

「俺が、俺の術式がどんなもんか、一式から九式全部テメェにはあらかた見せたな」

 

 言葉を紡ぐ。

 杖にしていた刀を放り捨て、疲労や傷で不安定になっていた者祓の立ち姿に突然力が戻る。

 そこから更に続けようとして──

 

「一式・凸影戎(とつえいじゅう)、二式・影送り、三式・踏歩投影、四式・影縛り、五式・陰り吼蜘(かげりくぐも)、六式・衣香襟影(いこうきんえい)、七式・幻影法師(げんえいほうし)、八式・蛇蝎蘊(だかつ)、そして、九式・蛟龍影廊(みずちかげろう)

 

 夏油が話を乗っ取る。

 あくまで主導権は自分だと、そう告げるかのように。

 

「九まで区分した術式効果、さらには発動と同時に技名を言い放つという縛りで威力を底上げ。加えて、呪具使用回数の縛りを重ねることで特級含めた複数呪霊の相手を成し遂げた、といった具合かな。素晴らしいよ。単独でここまで抗えた術師はそういない」

「……あぁ、そうかよ」

 

 この時だ。

 夏油が者祓へ向ける、この視線。

 最初から今にかけてまで夏油が投げる賛辞だけは、本心だった。者祓自身、それを感じ取ってしまってるからこそ気味が悪い。

 

「私は君を評価しているよ。それはここに来る前からそうだ。私自身、いくつか君たちの組織の支部を見てきたが、その中で頭抜けてる」

 

 見てきた、という夏油の言葉に者祓は遅れて視線を鋭くさせる。

 

「やっぱ、テメェもか。単独犯にしちゃぁ場所も時間も辻褄が合わねぇと思ってたんだ」

「はっはっはっ、こっちにもこっちの都合があってね。両の指の数ほど潰させてもらったよ」

 

 者祓の怨嗟混じる声に、夏油は袈裟の両裾に両手を入れつつ、大きく笑ってみせる。

 

「紛い者じゃない呪術師。合格さ。私たちも人手不足でね。第一の目的はその呪物の回収だが、可能なら君をスカウトしたいのだけども」

 

 これ以上痛い目を見るのも嫌だろう、と。

 夏油は片目を閉じて遠回しにそう告げる。

 それに対して、先ほどまで弱々しい様を見せていた者祓は大きくため息をついた。

 答えは決まっている。

 

「お断りだボケ。大勢仲間を殺したテメェについてくわけねぇだろうがボケが」

「そうか、残念」

 

 者祓の答えに、夏油は僅かながら視線を伏せると、次いで夏油の背後に呪霊が次々と出現し始め、混ざり、渦巻いていく。

 

「選別代わりだ。今私の中に残していた呪霊を全て集めて君に送る」

 

 ──呪霊操術・極の番『うずまき』。

 

 術式の奥義である極の番。

 これは、自身の持つ呪霊をまとめることでそれらの持つ呪力を圧縮し、相手にそのままぶつける。

 言葉にすると単純だが、夏油の持つ呪霊の等級の高さと数を一つにまとめるとなると、その威力は特級を軽く屠れる威力となる。

 先の戦闘で消費した分、威力は半減しているが、その分を餞別代わりと表向きに取り繕いつつ、手持ちの全てを捧げたと宣言することでの縛りで威力を底上げしてる。

 疲労困憊だった者祓に力が戻ったのは見てわかる。だが、それもほとんど痩せ我慢なものだろうと夏油は判断したが、それでも賞賛を含めて全霊でのトドメ。

 

「それじゃ──さよならだ」

 

 衝撃が、走った。

 

 

 

 ♦︎  ♦︎  ♦︎

 

 

 

 一人だった。

 一人、だった。

 俺は、ずっと一人だった。

 あの時から、ずっと。

 

 生まれた時の記憶はない。

 だが、その瞬間からあの時にかけてまでは、その産まれは望まれていて、かつ歓迎されたものだったはずだ。

 その全てがひっくり返ったのはあの時、およそ十五年前に俺の術式が判明した時。

 

 望まれたものではなかった。

 それどころか、返って家にとっては有害なものだということが周知された。

 

『お前は……必要ない』

 

 俺の術式の全てを知った上で、そう告げた父。

 その身に宿しているだけで、呪いを寄せる術式らしい。

 俺が産まれてからまともだった母が狂い始めたのも、俺が持つ術式が望んだものではなかったのもあるだろうが、それの影響だろう。歳を取る中で周りに厄事が渦巻いていったのもそれの影響なのだろう。

 

『なぜ、お前なんかが、生まれてきた』

 

 俺の存在を無かったことにしようとしたのか、父方の人間は姿を消した中で母は一人、俺にそう言った。

 炎が渦巻いた家の中で、狂って言葉もまともに話せなくなった母が、最後に俺へそう言った。

 

 母以外の人間は、俺の術式が判明すると離れていった。

 俺が持っていた繋がりは虚影だと知った。

 望まれてない存在なのだと、思い知った。

 

 ならば──

 

「なぜ、俺は、産まれた」

 

 血みどろに伏す母を目の前に、小さくつぶやく。

 

「俺は……誰なんだ」

 

 名前すら意味を成さなくなった。

 

「俺は……何なんだ」

 

 自己の定義すら、分からない。

 

 燃え盛る炎に弾ける木の音、遠くから聞こえる崩れる瓦礫の音も耳に届かず、皮膚に伝わる灼熱すら感じない。

 全ての情報を失った中──

 ここが地獄なのだと知った中──

 

『見つけましたよ、器の子』

 

 ひどく、落ち着いた声が脳内の無音を弾くように響いた。

 

『やれやれ。裏を回しているとは言え、ここまで強引に行動しますか。流石は御三家の一角ですね。暗謀のわりには最後は力技。おかげでやりやすい』

 

「……誰?」

 

『私ですか? そうですね……貴方を拐いに、いや、貴方を救いに……う〜ん……なんて言えばいいんでしょうか?』

 

 物心ついてからずっと人の悪意を見てきた中で、彼の様子は穏やかでとても場違いに感じた。

 子供である自分の問いに対して、困ったように首を傾げる彼からは邪な気配はなく、またその反対もない。

 ただ、そこに在るだけのような感覚。

 

『……はい、まとまりました。もう一度、問いかけていただけますか?』

 

「……」

 

『あぁ、そういう目で見ないで。こういうのは手順が大切なのですよ。大切なことですから、慎重に事を進めるのです。大事なことなのですから、大切に慎重に、です』

 

 今まで見たことないタイプの人間。

 柔らかい物言いに加えて、相手にしていると不思議な感覚に襲われるが、もうどうでもいい。

 どうでもいいのだ。

 この失意を抱えて生きるのは無理なのだ。

 

 俺を助けにきたのなら放っておいてくれ。

 拐いに来たのなら自刃させてもらう。

 説得というなら聞く耳は持たない。

 

 もう、生きてても、意味がない。

 最初から、この生に意味がなかったのだ。

 

 だから──

 

「貴方は、誰?」

 

 興味もなく、感情もなく、ただ言われるがままに繰り返した。

 そして、ゆっくりと、その女は答える。

 

 

「私は、君に助けを求めにきました」

 

 

 

 ♦︎  ♦︎  ♦︎

 

 

 

「おや?」

 

 うずまきの衝撃が駆けた後。

 呪力の薄黒い風が空間の内に渦巻いた。

 砂塵を巻き込んで嵐をも思わせる暴風に夏油は身をかがめる。

 これらを起こした張本人は嵐の中心にて更に濃い暗黒の風に包まれ、姿を見せない。

 

「お前の言っていた『器』の話だ」

 

 暴風の音圧を割いて、者祓の言葉が夏油の耳に届いた。

 

「非呪術師の共通イメージが、生じた呪力の流れに指向性を持たせて『器』に集積していき、強力な呪いとして顕現する。だが、これは呪いに限った話じゃねぇんだ」

 

 ふと、渦巻いていた黒い風がある形を成していく。

 二重三重と巻かれた黒風が、まるで影をも思わせる深い黒へ変容しながら、輪郭を浮かばせていく。

 その形はまるで、とぐろを巻く『蛇』だ。

 

「これが何だが見りゃ分かるよな? 『(コイツ)』は呪術において特に重要な意味合いを持っちゃぁいない。だがよ、知ってるか?」

 

 人間の負の感情。

 術師、非術師ともに呪力の源となる感情。

 それらの感情を、人間が持つに至った切っ掛け。

 

 旧約聖書『創世記』の原初の人間。

 アダムとイブが、禁断の果実を食すよう唆した生物は呪術界隈の外では大地が呪われた原因、サタンとも揶揄された。

 

 これらの物語を知る人々はその『(せいぶつ)』を忌み嫌い、負の象徴ともした。

 

 謂わば、世界共通の呪いの象徴。

 

「その余りに強大に膨らんだ呪力の一端が、なんの因果か俺の術式に宿ったっつーだけ。その呪力が俺の肉体からも零れ落ちて、周囲に呪いを撒き散らして呼び寄せちまう」

 

 だから、縛った。

 本来の術式から機能を絞り拡張術式・祓法九式を編み出して、あたかもそれが自身の術式のように扱って。

 本来の術式を、今後一切使わないことを条件に呪力の制限を行なって。

 そして、それらの方法は自分で思案したわけではなかった。

 

『私が知恵を貸すから、君は私に力を貸してくれないか?』

 

 不意に、者祓は自身を救い出してくれた人物の言葉を思い出して、小さく笑みを浮かべた。

 

「(私を助けてくれとか、言葉巧みに惑わされて、なんやかんやで助けてもらっちまったな……)」

 

 一つ息をついて、再度夏油へ視線を戻す。

 

「柄にもねぇが、ボスへの恩義だ。テメェはボスにとって確実に障害になる。今、ここで、確実に殺す。文字通り、身を削ってでもな」

 

 他の幹部たちのことは知らない。

 だが、俺はこの恩を返すために生きていくと決めた。

 もちろん、伝えるには小っ恥ずかしくてまともに言葉にしたこともないが。

 そのためにも、名前も捨てたのだ。

 

 

天蛇影法術(あまばみのかげほうじゅつ)

 それが、本当の俺の術式だ。邪の道は蛇っつってな」

 

 

 本来の術式名の開示。

 それだけで、呪力の奔流がさらに一段階激しさを増した。

 そんな暴走とも取れる歪で強力な呪力にあてられた夏油は体を小さく震わせながら。

 

「……素晴らしい」

 

 そう呟いた。

 

「本当に、素晴らしいよ。この身体でなければ、是非とも頂きたい資質だ」

「……あン?」

 

 一人でそう呟く夏油の言葉に、者祓は違和感を覚えて眉をひそめる。

 しかし、それも数瞬のことですぐさま意識を切り替えて改めて呪力を練り始める。

 

「生涯で三度目かそこらの、本気の本気。俺ァ、組織の中じゃァ席次は三番目だが、実力的にゃボスに次いだ二番目だ。そういう立場上、ここまですりゃぁ、もうおいそれと負けるわけにゃいかねぇ。だからよ──」

 

 瞬間、練り上げた呪力を術式を通して開放。

 まるで衝撃波の如く空間を弾いて揺らぐと、次いで荒れ狂う呪力の嵐が消失。それによる突然の静寂の中、続けた。

 

「悪ぃな。ここからは、もう力だけのゴリ押しだ」

 

 その言葉に呼応するかのように、とぐろを巻いていた大蛇が動き出す。

 深い黒に全身が染まっている大蛇には両目がなく、かろうじて口の境界線が見当たる程度。まるで影が空間に浮かび上がったかのようなその姿は生き物らしさというものが皆無だが、その様子はあまりに蛇らしい。

 まるで獲物を品定めするかのようにシュルシュルと舌をなめずる音は、自然のものと比較するにはあまりに規模が違う。

 静かなのに、大きく、空間内に響く不快な音。

 者祓自身、自らの術式による式神と分かっていても怖気が立ってしまうのだから、それを直に受けている夏油はいかほどなのか。

 

 ──大蛇が、動いた。

 

「ッ!」

 

 まるで弾かれたようにトップスピードまで加速して夏油へと向かった大蛇。その速度は見てからでは避けようがないものであった。

 しかし、夏油は蛇のほんの気の起こりから素早く回避行動を取っていたため紙一重に避けることに成功。

 獲物を逃した蛇はその勢いのまま、夏油の背後にあった分厚い扉へ激突し、派手に破壊してみせた。

 

 次の瞬間、閉じた扉の先で待機していた呪霊群が蛇へ襲いかかる。

 

「チッ、やっぱし上に待機させてやがったか」

「そりゃあ、手持ちの呪霊は使い切ったと言ったけど、あくまで使い切ったのは手持ちだよ。まだまだ上の階や地上で展開させていた呪霊(ストック)は沢山ある」

 

 そんなやりとりを他所に、虫を思わせる呪霊の群に蛇が埋もれてゆき、呪霊によりその姿を見せなくなる。

 

「君が質なら、こちらは量だ。呪霊操術。こと数に関してはこの術式の右に出るものはいない……ん?」

 

 いつもの調子で言葉を紡いでいた中、術式により使役している呪霊の反応に違和感を覚え、ふと大蛇へと視線をやる。

 そこで、夏油は彼奴の大蛇に群れていた呪霊が少なくなっていってることに気づいた。

 何の音もなく、少しずつ数を減らしていく呪霊に何故と眉をひそめるが、その理由は簡単なものだった。

 

 蛇の体表に触れていた呪霊らが、まるで沼に沈み込むようにして大蛇へと取り込まれていっていた。

 

「ッ!」

 

 不意に、大半の呪霊を取り込んだ大蛇の尾が夏油へと振られる。

 惚けた一瞬を狙うかのような一撃だったが、反射的に身を屈むことで避けてみせる夏油は、空ぶった尾が壁に激突し、かつ大きくヒビを入れたことにわずかに驚愕する。

 

「(保管庫だけあって、一級術師レベルの一撃でも耐えてみせる強度の壁に広くヒビを入れるほどの威力。そして、その巨体からは想像つかない俊敏性と、触れたものを取り込む能力──)」

 

「──厄介だね」

 

 思考の狭間に、今度は上から下へ叩き込んでくる尾の一撃に夏油は大きく後退して回避しつつ、少しばかり真剣な表情でそう呟く。

 十分な距離を取ったつもりだが、ゆっくりと此方へ首を向ける大蛇を見るとまるで足りない気しかしない。

 

「ふぅ、困った」

 

 大きくため息をついて、姿勢を正す夏油。

 対して、動いてもないのに息を荒げる者祓だが、それでも初めて見えた夏油の焦燥の気配に笑みを浮かべる。

 

「余裕ぶっこいた笑みも、ようやく引っ込みやがったなァ……溜飲が下がるぜ」

「性格が悪いことだね」

「テメェが言うな、テメェが」

 

 まさかの返しに心底呆れたように眉を下げる者祓は、ちゃっかり息を整えて続けた。

 

「テメェの呪霊操術、数も質も上等っちゃ上等だが、天蛇(コイツ)を相手取るには力不足極まるぜ。そこらの半端な特級の呪い程度じゃ出来て足止めだ。数も特に驚異でもねぇしよォ」

「……そうかい」

 

 者祓は優位の立場に立った故か、どこか余裕を感じさせる口調で淡々と告げる。

 目に見えて調子ついていく様子。先の戦いで随分と夏油にしてやられたための仕返しも兼ねてか、饒舌だ。

 天蛇と呼ばれる式神に注意を払いつつ、夏油はそんな者祓の言葉に短く言葉を返して──

 

「……なんだテメェ、その笑みはよ」

 

 含みのある笑みを表情に浮かべた。

 

「いやなに、まさか君からそんな発言が出てくるとは思わなかった。数が特別驚異じゃないと、まさか呪霊操術相手にそう告げる術師がいるなんてね」

「……負け惜しみか?」

「まさか。単純に……いや、そうだね。君はまだ知らないようだ。教えてあげよう。数の力は勿論──」

 

 夏油は左腕を持ち上げて、まざまざと人差し指を者祓へと向ける。

 

「余裕を保つには、まだ早いことも、ね」

 

 その一言と同時。

 突如、天蛇の位置が大きく爆ぜた。

 呪力による衝撃ではなく、焦熱を象った火力による爆発だった。

 

「なン……ッ!?」

 

 体の奥底にまで響く衝撃音と、撒き散る砂塵と熱。

 火山の噴火を思わせるその光景が突然生じたことに言葉を失う者祓だが、無意識的にそれが自然現象ではないと判断した。

 

 呪力を感じた。

 

「ヒャアォ!」

 

 爆発の中から人型の何かが飛び出してきたと思うと、それは自身の右腕を振るって手のひらから炎弾を者祓へ撃ち出す。

 放たれたそれは、見るからに小ぶりだが込められた呪力量が馬鹿にならない。

 

「天蛇!」

 

 者祓がそう唱えると爆発の中からぬるりと天蛇が現れ、者祓に届くより先に者祓の前へ身を乗り出す。

 そうして着弾とともに眩い発光、爆発。

 先の爆発よりも一段と威力が高くなってるのが見て取れた。

 

「悪いね、漏瑚」

 

 突然現れ、一仕事終えたかのように身を翻す呪霊、漏瑚に夏油が声をかける。

 すると、明らかに嫌そうな顔を浮かべて夏油を睨みつけた。

 

「待ちかねたわ。危うく帰るところだったぞ」

「元々、念のためだったからね。備えあれば憂いなし。現に出番があったじゃないか」

「ったく、初めから儂を呼んでおれば良いものを……無駄話をしおってからに」

「無駄話じゃないさ、スカウトだよスカウト。君がいたら勢い余って殺しかねないだろう?」

「フンッ! 不満ならば儂ではなく花御でも連れてこれば良かったろうが!」

「勿論、花御にも声をかけたさ。別件で此処にはいないけどね」

「ならば、早くそちらへ向かうぞ。ここは人間の血生臭くて構わん」

 

 既に勝負をつけたつもりの漏瑚。

 それに困ったような笑みを浮かべる夏油は、ふと告げた。

 

「漏瑚、危ないよ」

「なにが──」

 

 夏油の言葉に「なにがだ?」と言葉を続けるより先に、漏瑚へ蛇の尾が振るわれて直撃し、壁へ吹き飛ばされる。

 続けて、天蛇の頭が壁に背をつける漏瑚へ突撃。

 先の爆発にも負けない衝撃に空気が震えた。

 

「あらら……お〜い、漏瑚〜。大丈夫か〜い?」

 

 気の抜けた呼びかけ。

 尋ねる前から答えがわかってるかのような口調だ。

 そこらの術師ならば即死の二連撃だが、夏油に心配の二文字はなかった。

 

「こそばゆいわぁ!!!」

 

 当然、漏瑚がやられているわけなく、逆に元気に声を荒げて炎熱を解き放つ。

 漏瑚を中心に赤い衝撃が広がり、天蛇が押しのけられる。その流れのまま天蛇はシュルシュルと滑らかに後退し、自らの主人である者祓の元に戻っていく。

 当の者祓は先の爆発あってなお全くの無傷だが、突然の強力な呪霊の登場に焦りがうかがえる。

 対して、漏瑚は荒くなった息を整えつつ、視線を鋭くして者祓を見据えていた。

 夏油はからかうように笑って、漏瑚の元へ歩み寄る。

 

「油断したね。私が呼んだくらいなんだから、甘く見ない方が身のためだよ」

「皆まで言うな貴様。油断するに足る威力を放ったつもりだったのだがな……」

 

 苛立つ漏瑚を横目に、夏油は改めて者祓へ視線をやる。

 先ほど者祓自身が告げた、半端な特級とはかけ離れた呪霊の登場は者祓に危機感を持たせるに、余裕を捨てさせるには十分。

 加えて、者祓の術式による式神の天蛇。強力な分、呪力の常時消費が激しいことを既に見抜いていた。

 

「私の術式下にない呪霊だけど、私の仲間さ。これで質は十分。さて、次は何だったかな……あ、そうそう、数の力だ」

 

 少しばかり悩んだ素振りを行い、思いついたかのようにそう言うと、突然遠くからいくつもの叫びが混じった音が聞こえてきた。

 扉の先、地上にて者祓以外の構成員を呪い殺して回っていた呪霊が全て此方にやってこようとしている。

 

「クッソがぁ……!」

 

 憎々しげに顔を歪める者祓に、夏油は求めていたものを見られたという満足げな表情を浮かべる。

 

「凡庸な質で数を揃えても意味がない。下限から上限まで目一杯の差をつけた上での数の力こそ、暴力たりえる。それに聞くだけじゃわからないもんさ。怪我して学んでみるといい」

 

 振動が大きくなっていく。

 呪霊たちの鳴音が重なり、不快感がさらに増していく。

 

「さて、と。そういえば、君は組織内での強さで、二番目と言っていたね。それはそれは強いはずだ。納得も納得。君の上は君たちのリーダーしかいないわけだ。なるほどなるほど」

 

 夏油の人をおちょくるかのような物言いは既に慣れた。

 者祓も一々それらに青筋を浮かべることも既にない。

 だが、遠回しに何か言いたげなこの男に、者祓は嫌な予感がした。

 

「何が言いてぇんだよ、てめぇ」

「ん? ん〜……安直に伝えよう。残念なお知らせだ」

 

 

 ここで、夏油はこれまでで最悪な笑みを浮かべた。

 

 

「君たちのボスは、既に殺したよ」

 

 

 耳を疑った。

 者祓は、呼吸も忘れて、惚けた表情で。

 

「さぁ、君よりも強いリーダーが覆せなかった戦力だ。思う存分抗ってみるといい」

 

 者祓の様子を見て心底楽しそうに語る夏油は、大きく両手を広げてみせる。

 同時、扉の先から先程の比にならない量の呪霊が殺到し、保管庫内を埋め尽くさんと蠢く。

 その中で、夏油は短く告げた。

 

「第二ラウンド、開始だ」

 

 




 大変お待たせしました、本当に申し訳ありません……!
 呪術のアニメが始まって投稿しようと考えておきながら、もう交流会も終わった頃になってしまいました……。

 呪術本誌が進み、設定集などが出て、さまざまな呪術二次がランキングにも出てきて、正直ウハウハですが、当作は変わらずオリジナル展開やオリジナルキャラが出てきます。
 設定が曖昧な時にオリジナルで補完しようと、およそ二年前に考えたものを、しっかり最後まで進めていく所存です。

 もちろん、ちゃんと設定矛盾が起きないよう気をつけながら、しっかりオリジナルを進めていこうと思いますので、もし何かおかしい点がございましたら構わず指摘ください。

 それでは、久しぶりの投稿となりましたが、読んだいただきありがとうございました!
 アニメが始まり、お気に入り・評価をいくつもいただいて、本当に嬉しく思っております!
 もし新規の方も当作を読んで面白いなと思ってくだされば、応援していただければ幸いです!
 今後とも当作をよろしくお願いします!



 あ、次回は明日の21時更新です。
 皆さんも気になる、東堂ら京都校との戦闘になります。
 お楽しみに!

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