S09地区 B基地の日常と非日常   作:通りすがる傭兵

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E.L.I.D、正式名称を広域性低放射感染症。
崩壊液(コーラップス)に被爆した生命体が発病するものであり、さまざまな形態の変化を引き起こす。
主なものとしては表皮の硬化が挙げられ、旧来の実弾兵器では対処が難しい。

もし戦術人形が対峙することになった場合、危険の回避、もしくは速やかな撤退を推奨する。
大規模な戦闘が避けられない場合は軍の応援を要請、あらゆる損害を度外視し遅滞戦闘を行うこと。

G&K社指揮官手引書 より抜粋


憧れを追いかけて 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦況は!」

「見ての通りだ、芳しくない」

 

『第12小隊損害50%を超えました!』

『第6小隊、弾が足りないよ〜』

『第3小隊です、補給まだですか?』

『第1小隊まだまだいけるよ!』

「補給急げ! 1秒でも長く足止めしろ!」

「市民の避難率7%、完了までの予測時間はあと4時間は......」

「練度が足りない10小隊を避難に回せ! 少しでも早く避難させるんだよ!」

『こちら第10小隊それどころじゃないんですケド!』

 

いつもは物静かで埃を被っている大規模作戦指令室。有事の際くらいしか使われないこの部屋に慌ただしく人が出入りしているということは、つまりそういう事なのだ。

前線にいる戦術人形の報告と怒号が飛び交うなか、常連ことS08基地戦術司令部所属、情報処理班班長のこの男は戦況をものの数秒で把握した。

 

「部隊の損耗率は3割越えに敵の総数は未だ知れず。

予備戦力も無いとはいよいよ不味いですね。偵察は」

「スカウト班の第4小隊は避難にあたらせている。市民の避難が最優先だ、そんな暇ねえよ」

「で、これからどうしますか」

「マニュアルに従えば軍が来るまで遅滞戦闘、矢折れ力つきるまで......って奴だ。もちろんそんなことはやらんがな、誰だって死にたかないだろ、お前ら」

 

腕を組む青年指揮官のらしくない物言いに思わず周囲から笑みがこぼれる。気の利いた通信手が回線開きますねーと無線の電源を入れ、指揮官に投げ渡した。それを掴むと軽く息を吐きニヒルに口角を上げながら指揮官は告げる。

 

「人形ども!コイツが終わったら飯おごってやる、だから死ぬ気で生き残れよ!」

『『『『了解っ!』』』』

「お前ら! あいつら飯が食いたいとさ! だったら、その願い叶えてやらんとな!」

「「「「了解!!」」」」

「戦術指揮官! 作戦指示! 通信班は情報を集約してはっきりした数字を出させろ! 情報班は通信班のサポートに回れ! 補給班はアイツらを少しでも早く戦場に戻せ!」

「了解、4、7、9小隊は自警団と協力して避難を急がせるんだ!6小隊は3小隊と交代急げ! 12小隊は現在拠点を放棄し第2次防衛ラインまで後退! 11小隊は撤退を援護!」

「第1、2、5、8、10小隊、残弾と損耗報告! 」

「倉庫前にトラック回せ! 前線に弾を運ぶんだ!」

「こちら情報班、敵分布の報告を願います。余裕があればHG戦術人形は映像データ投げてください」

 

インカムを掴み今までに纏められた情報を目で追いながら指示を出し、部下に命令してマップデータに紐付けしていく。二、三のマルチタスク程度出来なくて情報処理班が務まるかと言わんばかりに凄まじい速さで情報を消化、整理し洗練してゆく。

 

「現状配置出ました! L-2、S-5、S-8にELID多数、K-7にて特異個体を確認。Kラインに徹甲弾装備の13小隊を対応に回してください。12小隊担当のSラインは放棄、5、11小隊に合流を。

第1小隊、Kラインの8小隊と交代は可能ですか?」

『こちら第1小隊ART556ー、こっちにも特異個体を確認、私としては撤退したいかも。戦術さんはなんて?』

「確認しました、こちら戦術班班長です。第1小隊のJラインを放棄した場合戦場が分断される可能性が高い。3小隊を補充が終わり次第向かわせます、どうにしかして下さい」

『どうにかって言っても......ってうぇえええ?!』

「どうしましたか?」

『鉄血人形の反応を探知! どさくさにまぎれて来たみたい!』

「鉄血人形だとう?!」

『こちら第2小隊、現在鉄血兵と交戦開始!』

『第6小隊鉄血兵見つけちゃいました、しかも装甲持ち!』

『10小隊ちょっと不味いかも、なんか鉄血兵らしいのが見えた!』

 

鉄血の言葉に皆が殺気立つ、それと時を同じくして鉄血の発見報告がどの部隊からも飛び込んでくる。

 

「主に北西方面を中心に鉄血部隊を確認。総数は不明ですが、100を大きく超えます!」

「嵌められた......!」

「鉄血がELIDを操作できるとか反則じゃ無いですか! インチキも大概にしろってんですよ!」

『えーこちら第2小隊ガリル、アチラさんもELIDに噛みつかれてるから操作できてるんとは違うと思うで。

多分たまたまちゃうかなぁ』

「それはそれとして問題だよこんちくしょう!」

『立て込んでるところ悪いけど悪い知らせ、J-2にてデストロイヤーモデルも確認!現在の残弾では対応困難、私としては撤退したいところ! 指揮官、どうする?』

「どうもこうも戦うしか道は無い! 4小隊を戦場に出して援護に回す、対応可能か!」

『せめてRFかMG付けてよ! ARメインじゃ抑え込めないってば』

「第3小隊のM14は回せます、それでどうにかなりませんか」

『そんな豆鉄砲じゃなくてデカイのちょうだい! 7小隊のTAC-50は?』

「TAC-50、どうか?」

『こちら第7小隊TAC-50、ごめんなさい避難指示で手が離せないの!』

「......だそうだ。現状戦力でどうにか耐えてくれ」

『ああもう帰ったらパフェご馳走してよね指揮官! 1番高いやつ!』

「無事に帰って来たらパフェでもなんでも奢ってやるから死ぬなよ!」

『言質は取ったんだからね〜』

 

慌ただしい戦場に少しだけホンワカとした空気が流れる。本人たちは隠しているつもりなのだが、指揮官とART556がベッタベタに付き合っているのは暗黙ではあるがこの基地周知の事実。

 

「いやぁ、お熱いですねぇ」

「結婚した方がいいんじゃないか」

「さっさと押し倒せばイイのに」

「ヤることヤッてるくせに......」

「お前らはさっさと仕事に戻れぇ!」

『ところで指揮官、さっきなんでも奢るって言ったよね、じゃあ2人っきりでーーー』

茶化しすぎて頭を叩かれているとバツッ、と嫌な音を立てて通信が途切れる。それと時を同じくして通信班から全部隊の通信途絶の報告。しかしレーダー上の戦術人形の反応自体は途切れているわけではない、となれば理由はひとつ。

 

「通信班! 解析!」

「......Jライン前方にて妨害電波の発信を確認!レーダーに害はありませんが通信不可能!」

「通信妨害とは洒落た真似を......!」

「こちらから指示が出せなきゃ指揮系統が崩壊します、戦線が崩壊しますよ!」

「通信班は復旧を急ぎます! 補給班は作業を継続、指示あればこちらで集約します!」

「......おいお前、私物で衛星通信装置あったよな」

「ありますけどそれが? まさか」

「最大出力なら通信妨害を無理やり上書きして通信通せるだろ、アレ」

「でも近距離じゃないと厳しいとは思いますが、てことは」

 

指揮官がさせようとすることを想像して思わず血の気が失せる。

 

「指揮官としての命令だ。今すぐ通信を復帰させろ、いいな?」

「戦場に出ろってことですか?! しかもよりにもよって激戦区のJラインに!

嫌ですよ死にたくありません正気ですか!」

「正気だったらこんな仕事やっとらん!

いいか! 俺は死んでこいとは言っているが死ねとは一言も言っとらん! どうにかして通信を通して生きて帰ってこい! いいな!」

「んな無茶苦茶な! だいたい確証なんてこれっぽっちも無いんですよね! 勝算は、勝算はあるんですか!」

「思いつきを数字で語れれば苦労しない!」

「ああもう最悪!通信班! ボクの衛星通信のチャンネルはいつものです、今のうちに繋いどいでください!

あとせめて3小隊と同時に出してくれるくらいの温情はありますよね?」

「1秒が惜しいんださっさと走れこのヘタレ!」

「あんまりでしょそれは!」

 

指揮官から半ば叩き出されるように司令室を飛び出し向かう先は車両格納庫。

戦場にはおおよそ不釣り合いなボックスバンに飛び乗るやいなアクセルベタ踏みフルスロットルで走り出す。

 

「おい待った! せっかくだから弾薬つませろこのおっちょこちょい!」

「......あ、戻ってきた、律儀だねぇ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「まったく今日は厄日ですね!」

 

弾切れになったマガジンを投げつけながらぼやくと同時、レーザービームがドアガラスを突き破り助手席を焼く。

それに目をくれる暇もなくフロントガラスにへばりつくE.L.I.Dをハンドル操作で振り落とし、ドアに取り付くものは護身用のMPXの銃床で殴りつけてひっぺがす。

 

9mmパラベラムを片手でばら撒いて牽制しながらギアチェンジし、時折飛んでくる迫撃砲弾をハンドルさばきと緩急をつけて躱す。

 

割れた窓ガラスの破片が頬を掠め、冷や汗が額をつたう。

 

有り体に言って、絶体絶命のピンチだった。

 

通信が遮断されている以上本部からの情報は期待できず、出立直前の敵配置から予想して敵の少ないルートを組み立てるしかない状況。武器らしいものは護身用の私物サブマシンガンと支給品の手榴弾数個のみ。

 

さらに戦場とは目まぐるしく変化するもの、運が悪いのか必然と言うべきか彼はよりにもよってELID鉄血兵が入り混じる激戦区の市街地跡に飛び込んでしまったのだ。

人間であれば見境なく襲いかかる感染者にグリフィンのエンブレムがデカデカとペイントされたボックスバンが狙われないはずもなく、かろうじて攻撃をかわし続けていた。

 

「せめて第1小隊と合流すればなんとかなるでしょうか。追加弾薬も詰め込まれた事ですし設営までの時間は稼げるでしょう」

 

ただ問題は、と後部座席の代わりに詰め込まれた荷物を一瞥する。

彼がツテで手に入れたWW3時期の旧式衛星通信装置。ハッキングから通信なんでもござれの便利品だが今回のような事態は想定なんてしていない。

防弾装備を三重にした後部座席がそうそう破られることもないであろうが、不測の事態がある以上わからない。しかも防弾設備が電波を阻害するせいで今回は装置を車の外に出さなければならないのだ。

 

「いよいよ年貢の納めどきと言うやつですかね......っとおおおお?!」

 

目の前のビルを派手に壊しながら現れたのは5mサイズはあるだろう大型ミュータント。頭頂部あたりに見えるライムグリーンは文字通り噛み付いているART556の髪か、なんて事を思う前に、

 

(あ、死んだなコレ)

 

脳内を駆け巡る走馬灯、そしてついでに映るのは愛しの先輩とのあれやこれやら。

 

「短い人生でしたね......」

「いいえ、まだまだ先は長いですよ、常連さん」

 

今にも振り下ろされる拳が前兆もなくバラバラに崩れ落ち、飛び散る血飛沫と舞う肉片がフロントガラスを赤に染め上げる。

急ブレーキをかけ車外におりたこの男の目に入ってきたのは、ボンネットから彼を見下ろす灰色の目の持ち主。こんな場所にいるはずのない彼女に彼は見覚えがあった。

 

「こんな形で出会いたくは無かったのですが、お久しぶり、いやさっきぶりですね、常連さん」

 

苦笑いしながら恥ずかしそうに頬をかいているらしい、あの雑貨屋の店主(マスター)だった。

 

「少し待ってくださいね、今に終わらせますから」

「待ってください、それはどういう」

『死とは終わりであり、救済である』

 

予備動作もなく幻出する大鎌と足先まで丈がある長い黒コート。いつのまにか解けた包帯が風になびき、その下にあるマスターの素肌が露わになる。

それは乾いてひび割れ、血の気の失せた灰色とくすんだ赤が主張していた。ある日本の都市伝説に語られるような口裂け女のように人間とは思えないほど裂けた口が聞き覚えのある声を発する。

 

「......縁あってこのように人間らしく過ごさせてもらっていますが、私も彼らと同じ死体。ただ魔術を使ってなんとか死体のまま生きているんですよ」

「言っている意味が理解できないんですが!」

「私は魔法使いなんです、さっき言ったでしょう?」

 

腕を斬り飛ばされ、それでも襲いかかってくる大型ミュータント。彼女はそれに向き直ると、無造作に鎌を振り上げた。

 

「さて、何か手伝える事はありますか?」

 

胴体を細切れにされながら崩れ落ちる死体を背景に店主は言う。

もっちろん、と彼は笑顔で返した。

 

「今ちょっと厄介ごとを抱えてまして。護衛をお願いしたいですね」

「承りました。他ならぬ常連さんの頼みですから」

「なんかぐわって、ぐわって! いつのまに超能力になったのさちんちくりーん!」

「ちんちくりんとはなんですか!」

 

立ってるならばなんでも使う、それが戦場での流儀。

こちらに駆け寄るライムグリーン色の戦術人形を見ながら、彼はいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「んじゃさっさと乗ってください! 目的地まではもう少しかかります、状況は中でお話ししますよ!」

「わかりました、ナーちゃんは......うん、わかった。

それではお願いします」

「ARTはJラインポイント6-3-4に皆を集めてください、そこにコイツを設置します」

「了解っ! でも護衛はその死体もどきに任せていいの?」

「彼女は信頼できますよ、現地で会いましょう!」

「わかったよ、でも遅れないでね?」

「それはこっちのセリフですっ」

 

乗った乗ったと手招きし、しっかりと助手席でシートベルトを締めたところを確認してアクセルを踏み込む。法定速度を軽視した速度で景色が流れる中口早に現状を説明していく。

 

「現在このS08地区にE.L.I.Dの大群、数は不明ですが1000は軽く超えているのが来ています。

現状ボクらでは対処はできず、正規軍に応援を頼んでいるところですが、間が悪いことに鉄血まで襲いかかってきた始末。

戦況を五分に戻すためには鉄血の通信妨害をいち早く解消することが不可欠です。それがボクの任務って訳ですよ」

「......難しいですねぇ」

「難しいですか?! 難しい言葉は省きましたよ!」

「冗談です、要はそのお手伝いをしてほしいって事ですね?」

「E.L.I.Dはボクでは倒せませんからね、頼みますよ」

 

それでは行きますよ、とポイント6-3-4、廃棄されたデパートの正面玄関に車ごと飛び込む。

目指すは屋上、この廃市街地で1番高い建物だ。

 

(思うんだけど、相手も同じこと考えてたりして)

 

この襲撃に長い時間をかけたとは考えにくい。E.L.I.D襲撃の前後に合わせて行動しているなら行動時間も短く、それでいて妨害電波の効果が高い場所、要は高所で電波を広く届かせることができるこの場所は押さえておきたいはずだ。

そう考える彼も多少は戦略に通じているとはいえ情報班所属のため戦術に詳しいわけでもない。

なんとかなるさ、と考えを放棄して前を向く。

(護衛も居なかったし、行けるでしょ!)

 

「口閉じといてください、ちょっと揺れますよっ!」

「もっとひゃきにいってくらさい!」

 

ボロボロのエスカレーターめがけアクセルを踏み込むる。そんじょそこらのヤワな乗用車ではなくこちらの車は4輪駆動の軍用ジープの改造品、馬力もタフネスも段違い。片側のタイヤを壁に引っ掛け半ば無理やりながらも苦もなく上階へ登りつけた。

舌を噛んでひーひー言っている店主を他所に3階、4階と順調にエスカレーターを駆け登る。

「ところで店員さんは? 人形でしたし何も知らないんですか?」

「彼女には全部話しています。元戦術人形、と言っていましたね。彼女には私と同じようにE.L.I.Dに対抗する力を持たせてますので問題はありません。

連絡は入れてますから近いうちに合流出来るはずです。返事がないのは少しだけ不安ですが」

「連絡? 通信妨害を受けてるいまにです?」

「魔法使いですので」

 

きゅい、とタイヤがリノリウムの床を噛む音が響く。

2人が外に出れば踏みしめた場所からふわりと埃が舞い上がった。

最上階、イベント用に作られたらしいこの大型のスペースには当時の喧騒の面影はなく長い年月放置されていたことを示す薄埃が一面に積もっていた。

 

「ぶえっくし! 埃まみれで思わずくしゃみが......早いとこ設置して帰りましょう」

「あなたは本当にマイペースな人です」

「全くだ。戦場だというのに随分と呑気なものだ」

 

舞い上げてしまった埃を吸い込んでむせる男に気を使うマスターの間に流れる弛緩した空気を硬質な靴音が上書きする。

 

「それとも、ここの戦術的価値を我々が理解していないとでも思ったか?」

「ハイエンド・モデルですか......!」

「シーカーだ。まだ試作段階ではあるが」

 

白髪長身、正体不明の武装を携える鉄血戦術人形が2人の前に立ちふさり、空いた左手でこちら側に何かを投げつけた。同時に店主が鎌を幻出させ振りかぶり、男は肩にかけるMPXの引き金に指をかけようとして、

 

「戦術人形を解体することなど、造作もない」

「ナーちゃん?!」

「て、店員さん......!」

 

彼女がこちら側に無造作に放ったものは。

 

かつて店主と働いていた店員、戦術人形『AR70』ことナーちゃんの右肩から左脇に向けて袈裟に切り裂かれ右腕と下半身を失った彼女の成れの果てであった。

 

「そんな......」

「この程度で動揺するか、未熟者がっ!」

「くうっ!」

 

動揺する男に襲いかかる剣閃に割り込むように鍔迫り合わせる店主。

プラズマの刀身を避け発振装置に持ち手を滑らせることでなんとか均衡を保つ。

 

「ほう、そんな曲芸がいつまで続くか!」

「対人戦闘は苦手なのですがっ......」

 

挑発的な掛け声と同時にプラズマブレードの赤い光と鎌の灰色の軌跡が舞い踊る。

 

「ちょっと! 魔法使いなんですよね! 魔法でどうにかならないんですか!」

「どうにもなりませんよ......」

「ぎぇあああ喋ったぁぁぁ!?」

「喋りますよ、人形ですので。しかも元戦術人形ですし」

「ああああ、あ、そうなんですか」

「下半身なくなったくらいじゃ死にませんよ。では話を戻しますが、マスターには彼女に干渉することは難しいですね。こればかりは領分が異なりますので」

「領分?」

「貴方達の得手不得手のようなものです。マスターは死者......E.L.I.Dをはじめとする者には強いですが、人形をはじめとする『生命ではないもの』に干渉する力は大きくありません。

そもそもマスターの魔術の系譜は墓守の霊を鎮めるための魔術に端を発するものです。ノベルのように相手に干渉、攻撃できるものは無いに等しい」

「それじゃあ......」

「残念ながら」

 

ざしゅ、と浅く皮膚を裂く鈍い音が何度も聞こえる。それがどちらなのか、もうわからない。

 

「せいぜいもって5分。そこが限界でしょう」

 

悲観した表情を見せ歯噛みするAR70。

「私が、もう少し頑張れていれば何か変わったのかもしれませんが......」

 

 

 

 

 

 

「いいえ、3分、いや1分で十分です!」

 

後部ドアを蹴り開け、コード類を繋ぎ合わせ、装置からキーボードを引っ張り出し、キーに指を叩きつける!

 

「このチャンスを逃さずして男張れませんてば!

ボクを見誤りましたね鉄血のハイエンド、これでも士官学校主席で軍の就職蹴飛ばして今の仕事やってんですよ!

超一流とは言えませんがこれでも腕は一流との自負があるんでね、そりゃもう妨害電波上書きと言わずハッキングしてそっちの戦略も上書きしてやりますよ!」

「そんな大言、よくも叩けたもの!」

「大言? ボクは出来ないことが言わない主義ですっ!」

 

目まぐるしく動く数字のられつを追いかけながら、勝利を宣言するかのように男は止まらない。

 

「無線が飛ばせればウチの精鋭が駆けつけますよ、市井に降りた戦術人形1人倒したところで試作ごときがイキってんじゃないってんですよ!」

「サラッとディスられてません私?」

「50%掌握っ! おやおや記録更新ですかぁ? それとも鉄血のセキュリティがよわよわなだけですかぁ?」

「......その物言い、頼もしい限りです!」

 

斬撃が床を抉り、熱波が髪と肌を焼く。互いの服を切り裂き、血液が染み出し血溜まりをつくる。

それでも手は止まらない、いや止められない!

 

「掌握率80パーセントォ! あと10秒で終いです!」

「人間ごときがやってくれる......!」

「隙を見せましたねっ!」

「なにーーー」

「疾っーーー」

 

一閃。

鎌の石突きがシーカーの鳩尾を捉えた。

 

「これで、終わりです」

「こいつで、終いです!」

 

硬質の物体が砕けると同時に、躯体が力を失い倒れ臥す。

エンターキーを叩くと同時に、液晶画面に100%の文字が踊る。

 

ここに戦いは決したのだ。

 

 

 

 

 

「イェスイェスイェース! ボクらの完膚なきまでの勝利! 見たかあのクソ上司! 無線開通全通しどころか鉄血兵もぜーんぶシャットダウンしてくれたわザマーミロ! これがボクの本気ですってんよ!」

「勝った......の......?」

「我々の勝利です、マスター」

「文句なくボクらのの勝ちですよ! みーたか暫定黒幕! 人間舐めんな! こっからボクらの反撃ターンです! 今までの鬱憤晴らしてくれる!」

 

腕を大きく振り上げガッツポーズを掲げながら高らかに勝利を宣言する。

それと正反対に肩で息をする店主。羽織っていた黒い外套も、中に着ていた店の制服もズタボロだ。

無線が鳴る。

『繋がったっ! てことはやってくれたなこの野郎! 今夜は祝勝会だ!』

「あったりまえですってよ! しこたま飲むぞー!」

『程々にしとけよ......と、真面目な話だな。まだ無線が繋がったばかりで正確には掴めてはいないが、今んところ2次ラインまで防衛できている。

穴が開いた所は新米人形どもの自己判断でなんとか埋められたらしい、なかなかやってくれる。

さて追加の任務だ。

状況終了まで無線装置を護衛しろ、こいつが終わったら打ち上げだ!』

「了解っ! ところで2人ぐらい追加で招待しても構いませんね?」

『ああ? 別に構わんが』

「そんだけ聞ければ満足です、それでは」

 

無線の電源を切るや否やAR70を小脇に抱え満面の笑みでこう宣言した。

「というわけなので、一緒に祝勝会にいきましょうお二方!」

「いや、どういうわけなんですか」

「どうもこうも、ボクはお2人がいなければそれはもうとっくの昔にくたばってましたんでね。

命の恩人、借りを返したいだけですよ。

あー、お酒飲めませんか? だったら別にご飯だけでも奢らせてくださいよう!」

「いえ、私は......」

「魔術師がどうのこうの? ですか? 安心してくださいフリーランスの傭兵にしときゃいいんですよ今時生身でミュータントなぎ倒す人間1人や2人いるでしょう?」

 

にこにこと笑みを浮かべたまま詰め寄る男に、店主は指をモジモジとさせながらそっぽを向いた。

 

「わ、私は、ただ......」

「マスターをあんまりいじめないでください。生まれてこのかた友達なんて出来た試しないんですから」

「おや心外な。少なくともボクはあなたのこと好きですよ」

 

「えっ? それって......」

 

「アレですよアレ。ともかくこれからもよろしくお願いしますよ、ーーーー」

「いま、名前で......」

「ええ、まあ、なんとなくですけどー」

 

その理由を、知ることは出来なかった。

 

乾いた声がへんに響く。

どさ、と彼の小柄な身体が倒れ伏す。

 

「......任務は果たせなくとも、仕事は果たさせてもらおう」

 

倒れたアレの手から立ち昇るものはなんだ。

何故彼の胸に穴が開いている。

どうして彼は......死んでいる?

 

「人間と、刺し違えたのが初戦果か。まったく、試作と名打つだけあって私はつくづく、不良......だ......」

満足そうな表情を浮かべて目の光を消したシーカー。

彼女も理由を答える事なく機能を停止した。

 

血溜まりが広がってゆく。命の灯火が消えてゆく。

それは魔術師であった彼女だからこそ明確に分かることであり、

 

 

 

 

 

彼が完全に死んでいる事を理解させてしまった。

 

「マスター? どうかされましたか、マスター?」

「......え、ええ。なんでもないですよ」

「死んでしまいましたね。良い人だったのに」

「そうだね」

 

生者と死人を同一視はできない。そのように彼女は育てられている。

だからこそ彼女はいつものように振る舞うのだ。

死者の未練は断ち切らねばならない。

 

鎌を両手に構え、死体の前に立つ。

呼吸を整え、魔力を回す。

死してすぐの魂は不安定なもの、それ故に魔術で少しだけではあるが干渉が可能なのである。

そのままではさまよえることになってしまうものを、正しき導き手のもと、ここではないどこかへと還す。

それが彼女『墓守』が伝えてきた魔術。

 

『土は土に、塵は塵に、灰は灰に。

 

あるべきものをあるべき場所へ。

 

我は死神、死を告げるもの。

 

死とは救済でもなく、救いでも......っ!』

 

 

「マスター? 詠唱はまだ終わりでは」

「ふっ......!」

 

彼女は、鎌で自分の腹を切り裂き、己の腑を掴んで引きづり出した。

 

「マスター、何をっ!?」

「常連さんの身体を私の身体で修復する。

まだ魂が不安定な内に押し込めば、まだ常連さんは引き返せる」

「魂を身体に完全な状態で戻すなんて、そんな魔力マスターだけでは到底足りません! そんな伝手がどこにあるんですか!」

()()使()()()()()!」

 

AR70は押し黙った。

彼女は彼女の言葉が意味するところを、その代償を知っている。それ知っての上で彼女がそう発言するワケが理解(わかっ)たのだ。

 

「......良いのですか、それで」

「いい。常連さんだから」

「それで、いいんですね?」

「うん」

 

 

 

 

「良き旅路を、マスター。あなたの道行きが幸せなものでありますように」

 

 

 

 

 

 

 

S08地区の防衛は成功した。

 

戦術人形数体の損失はあれど人間の死者は0。

近年稀に見る大規模E.L.I.D襲撃でありながら死者を出さなかった手腕を評価され、S08基地の面々には表彰状が送られた。

またその手腕を評価された情報処理班班長は昇格が決定、かねてより希望していたS09地区B基地に指揮官として配属されることが決定した。

 

 

「誰かの死を覆すことが出来る禁呪。

その代償は、自分に関わる記憶が他人全てから消失すること。

 

......こんなもの、一体誰が使うんですかね」

「お邪魔しまーす! 今日もお話に来ましたよー!」

「っと、いらっしゃいませ」

おや、今日は珍しく正装ですね、どうされました?」

「なんと明日かねてより希望していた転属届けが受理されたんですよ! やっと先輩と働けます!」

「明日、ですか? ではなぜ制服姿を?」

「ちょいと訳ありで。

今夜のうちに先輩にあだなす不届きものをブチ殺してー、じゃなかった、半殺しにしないといけないので、着替える暇もないと思ってこんな格好に」

「大変ですね、頑張ってください」

「転属すればここにも来なくなるでしょうし......いつものください!」

「かしこまりました」

 

ぺこりと頭を下げて、いつものようにハーブティーをいれる準備をするAR70。

もう来なくなるからと考えているのかあたりを見回す常連の男が不意にポツリと。

 

「そうだ、マスターさんにもお礼を言わなきゃ」

「マスター、ですか? 店主は私ですが」

「いやそうじゃなくて、もっとこう、別の人が居たような......」

「後にも先にも、この店は私1人ですよ。間違えててませんか?」

「そうでしたっけ......?」

 

うーんと考え込む常連を尻目にハーブティーを手元に置き、腕を組むAR70。

「確かにうちはよくある雑貨屋で喫茶店ですが、間違えるなんて酷いじゃないですか」

「そう......ですよね。

ごちそうさまでした。無理言って寄ってるので、あんまり長く居られないんですよね」

「そうですか。また来てくださいね」

「はい、今度は先輩と来ますよ!」

 

『「ではまたのご来店をお待ちしております」』

 

戸口で腰を折るAR70に誰かの幻が重なる。

見たこともない赤の他人だ。でもきっと。

 

「ありがとうございます、ーーーーさん」

 

もう一度、名前を呼んであげるべきだと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




なんかすごい字数になってますね。

長編描いてみたかっただけなんですよね。どしてこうなった。

というわけで後輩ちゃんのあったかもしれない過去話でした。


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