ブラック・ブレット・オリジナル   作:水天 道中

2 / 8
「FAIRY TAIL The Travelogues of Phantasm」に続く第二作。
相変わらずの不定期投稿、加筆修正の多さですが、それでもいいという方は楽しんでいって下さい。


第一章 東國民間警備会社

 春先。

 少年、桐谷(きりがや)勇磨(ゆうま)は独り、古代ローマ調の石柱が並ぶ神殿の中を歩いていた。

 勿論(もちろん)言うまでもないが、ここは東京エリアではない。いや、正確には東京エリア内ではあるのだが、勇磨がいるこの神殿自体がそもそも現実のものではないのだ。

 VRMMORPG仮想大規模オンラインロールプレイングゲーム──いわゆる仮想現実空間におけるフィールドの一つ、その名も『古代宮殿』。勇磨はその中にダイブ──つまり自宅に体はありながら、精神だけを移動させて活動していた。

 その時、勇磨の洗練された聴覚が、ヒタヒタという足音を捉える。獲物のお出ましだ。まぁ実を言うと、先ほどからずっと複数の足音に追われているのは気づいていたのだが。

 勇磨は振り返ると、背に差した愛剣を抜いて中段に構えた。

「来いよ、化け物ども」

 不敵な笑みを浮かべつつ勇磨が口を開くと立ち並ぶ石柱の林の陰から、するすると複数の影が姿を現す。その数、三体。

 姿は現実世界に存在するイヌ科の野生動物に酷似(こくじ)していたが、その毛並みは見事なもので狩人(かりゅうど)なら一も二もなく()ち殺して毛皮にしたいと望むだろう。だが、連中はそんな甘い奴らではない。

 ──低レベルモンスターの一種、〈ユーロピアン・ウルフ〉。

 まぁこいつ()唯一(ゆいいつ)の長所を挙げるとすれば大きさが(たい)したことない為、現実世界を跋扈(ばっこ)する『奴ら』と比べればまだ可愛げがある、といったところか。

 勇磨はそんなことを考えながら、ゆっくりと右足を浮かせると着地と同時に正面の狼に斬りかかった。

 連中はもたもたしていると複数でプレイヤーを取り囲み、たちまち()み殺してしまう。無論、現実に死をもたらすわけではないが、勇磨の中のゲーマー魂が、そんな死に様は許さなかった。

 まずは真ん中の一体に(ねら)いをつけ剣を振り降ろす。回避(かいひ)位置を予測してさらに横なぎに一撃(いちげき)

 攻撃(こうげき)がヒットしたところで、背後に回った右の一体が飛びかかってくるのを気配で察知。体勢を低くしてくぐると、左の一体に目標を切り替え剣を振り抜く。

 勇磨の水際立った動きに、狼たちは距離(きょり)を取ろうと下がり始めた。しかし、そこを逃す勇磨ではない。

 即座に左手が条件反射的に(ひらめ)き、愛銃(あいじゅう)・ワルサーP99を抜き撃ち(クイックドロウ)。左右に連続でロックオン・カーソルを切り替えながら容赦(ようしゃ)なく銃弾の雨を浴びせかける。

 二体はHPバーを削り切られてガラス(かい)を割り砕くような大音響(だいおんきょう)と共に微細なポリゴンの欠片(かけら)となって爆散(ばくさん)

 これが、この世界における『死』だ。瞬時(しゅんじ)、そして簡潔。

 しかし、残る一体、最初に飛びかかってきた狼は、仲間の死など意に介することなく──そもそもこんな低レベルのモンスターにそんな感情はプログラミングされていないだろうが──爆散する無数のポリゴンを目眩(めくら)ましにするように再び飛びかかってきた。

 銃を取り出した勇磨には咄嗟(とっさ)迎撃(げいげき)する(すべ)がない。やむなく左(うで)を上げたその時、『それ』はやってきた。

 高速で思考する勇磨の知覚に反比例して、あたりの時間の流れが一瞬(いっしゅん)遅くなる。

 飛びかかってくる狼のその眉間(みけん)に、勇磨の(はる)か後方から一本の赤いレーザー状のラインが伸び、次の瞬間(しゅんかん)銃弾が命中。狼はクリティカルポイントを撃ち抜かれ、イヌ科の動物特有の甲高(かんだか)断末魔(だんまつま)を上げながら、空中で硬直、爆散した。

 勇磨は一拍(いっぱく)遅れて脳内の情報を整理し、左(こし)にワルサー拳銃(けんじゅう)を、背に愛剣を差すと振り返って拍手した。

 この空間には実はもう一人、心強い相棒がいる。

 その相棒は、自身の愛銃・MP7を右手に下げたまま、(いかり)マークの付いた(つば)付き(ぼう)の下から冷たい視線を寄越(よこ)す。

「まったく、相手のレベルが低いからって油断し過ぎですよ、勇磨さん」

(わり)ぃ悪ぃ。助かったよ、明理(あかり)

 身長は勇磨の胸元までしかないのに、やけに冷徹な十歳児、浪川(なみかわ)明理は、そのままスタスタ歩いてくると顔を上げて目を細める。

「さ、(ねぎら)って下さい」

「いつも思うが、何なんだ、この儀式は?」

 彼女の頭に手を置いて、ストレートの黒髪を頭ごと()でる。

「この過程がないと私は勇磨さんを守り切れません。実力は五割減です」

 すると明理は目を伏せてされるがままになりつつ、どこぞの漫画(マンガ)の名探偵(たんてい)(ごと)く冷静に返す。

「これがないとわかっていたら、さっきも自分だけ、安全域まで逃げるところでした」

「そりゃ勘弁(かんべん)だなぁ」

 苦笑しながら手を降ろすと、明理は一歩下がり、目の前にメニューを呼び出す。と、彼女の(ひとみ)がわずかに見開かれた。

「勇磨さん、社長から速報です。第二十三区にて『ガストレア』が出現。他の民警(みんけい)も動き出してるので早く行け、とのことです」

「そっか、りょーかい。んじゃ今日の攻略はここまでだな」

 勇磨も応えると、目の前にホログラムのメニューを呼び出し、ログアウトボタンに触れる。

 たちまち二人の周りを青白い光の円柱が取り囲み、視界が(まばゆ)い光に包まれた。

 

 

 現実世界──東京エリアの自宅に帰ってきた勇磨は、目を開けると頭に被っていたヘッドギアを外しながら身体を起こす。(となり)の明理もそれにならうと、ベッドから飛び降りて部屋の片隅(かたすみ)に置かれていた洋刀(サーベル)と鍔付き帽を手に取る。

 勇磨は至極(しごく)のんびりベッドを降りると、同じく愛剣を背に差してにやりと笑った。

「さてさてさーて、っと」

 今日もまた、(もう)からない仕事の始まりだ。

 

 

 西暦二〇三一年、人類が『ガストレア』との大戦に負けた十年後の春。勇磨達、民間警備会社──略して民警──は、石版モノリスの結界の向こうから度々迷い込んでくる『ガストレア』を狩る仕事をしている。

 しかしそんな非日常の中でも、勇磨はゲーム等の娯楽(ごらく)に興じる精神を忘れなかった。

 剣と銃の織りなす戦闘(せんとう)の世界。ひと昔前なら映画やゲームの中でしか有り得なかった世界が、いまは現実化してしまっている。

 それならば、ゲームの中の世界もまた一つの現実と(とら)えればいいだけのこと。

 『MMORPGはゲームであっても仮想(バーチャル)ではない』。

 それが(おれ)──桐谷勇磨の(かか)げる信条だ。

 

 

      1

 

 

 勇磨は外に出ると、ベランダに立った相棒を見上げる。

「どうだ? ()()()()か?」

 トレードマークの錨マーク付きの鍔付き帽を被って目を伏せ、歯を小さくカチカチと鳴らしていた少女はすぐに答える。

「はい、近いです。ここより約三百メートル先、一体のガストレアと民警が交戦しています。獲物は十中八九単因子(ステージⅠ)ですが……苦戦しているところをみると、新米(ニューフェイス)のようですね」

 浪川明理。モデル・キラーホエール──つまり(シャチ)の因子を体内に宿すイニシエーターだ。彼女には、(かす)かな音から半径数キロメートルの範囲内の詳細な状況を把握(はあく)する特殊能力、反響定位(エコーロケーション)がある。

 勇磨はそれを聞いて、苦笑と期待を等分に含む笑みを浮かべた。

「そりゃまたなんともベタな状況で。──そんじゃ、プランAなー」

「言ってる意味がわかりませんが、いつも通りということは理解しました」

 勇磨は自転車にまたがると、ギアを一番重い六まで上げてこぎ出した。

 明理が見ていた方向から察するに、獲物は勇磨たちから見て北北東の方角にいる。住宅地が並ぶやや危険な状況だ。

 やがて一人の青年が巨大なクモ型の怪物に向かって銃を乱射している現場に行き当たる。

 勇磨はその場で自転車を乗り捨てると、背中の剣の(つか)に手をかけながら駆け出した。

「ガストレア、モデル・スパイダーを確認。これより交戦に入るッ! ──勝ちはもらってくぜぇ新米さんよぉッ」

 ぎょっとして振り返るベレー(ぼう)の青年の脇を(かす)めると、うずくまっている標的目がけて大ジャンプ。空中で前転しつつ全力の一撃をお見舞いする。

「ッし、まずは一発……ッと、近過ぎたッ」

 その攻撃がスパイダーを刺激したのか、前脚(まえあし)を振り上げる怪物から(あわ)てて距離を取ると、戦況をいま一度確認。

 青年の相棒らしい少女はクモ糸に(から)め取られてもがいている。あれでは確かに、この雑魚(ざこ)一匹に苦戦するのもわかるな、と独りごちった。

 素早(すばや)く視線を周囲に巡らせると立ち並ぶビルの隙間(すきま)を見つけ、すかさず走り込む。ここからが勇磨の(うで)の見せどころである。

 勇磨は思い切り飛び上がると、ビルの壁面を()りつけ、反対の壁をさらに蹴る。そのままパルクールの要領でビルを駆け上がると、やがて屋上によじ登った。

「さて、こっからが本番だ」

 フェンスを伝って横に移動すると眼下(がんか)、巨大グモに視線を向け、一度目を伏せる。

 そして目を開けると、()()を解放した。

 勇磨の右眼の黒目内部に幾何学(きかがく)的な模様が浮かび上がり、口の中にピリリと極彩色(ごくさいしき)の味が広がる。

 勇磨がビルから飛び降りると、スパイダーがすかさず上を向き、ばっちり眼が合う。直後、勇磨に向けて網状のクモ糸を()きかけてきた。

「あ、ヤベ……ッ。──なんつって」

 その行動を読んでいた勇磨は、(ふところ)から(こぶし)大の物体を(つか)み出し、歯で点火ピンを抜き真下に投下する。

 民警御用達(ごようたし)の武器の一つ、焼夷(しょうい)手榴弾(しゅりゅうだん)だ。

 昔、仕事仲間の友人から授かった知識が脳裏をよぎる。

『クモの糸ってのは、フィブロインっていって、タンパク質の一種なんだ。だから可燃性で、それもよく燃える』

 次の瞬間(しゅんかん)、手榴弾が炸裂(さくれつ)し、クモの(ネット)に引火。煉獄(れんごく)火焔(かえん)が顕現する。

 勇磨はその中から焼け焦げたクモを見つけると、両手で振り上げた剣に全体重を乗せて突き下ろした。

 決着の予感に勇磨はほくそ笑むが、その感慨(かんがい)はすぐに(あせ)りに変じる。

「あッ、チクショウ抜けないッ」

 勇磨がもたもたしているとすぐにクモが暴れ始め、やむなく剣を(ほう)って距離を取る。

 靴跡(くつあと)を引きながら後退した勇磨の元に、明理が追いついてきた。

「勇磨さん、無事ですかッ?」

「おー、無事無事。けど参ったなぁ……」

「?」

「ほら見てくれよ。アイツに剣、ぶっ刺しちまった」

 ガストレアを一瞥(いちべつ)した明理は、やれやれというように顔を押さえて首を振る。

「だからいつも武器は大切にしろとあれほど言っているのに……」

「まぁやっちまったもんはしょうがねぇ」

「開き直らないで下さい」

 勇磨が手を差し出すと、明理が仕方なく自分の洋刀(サーベル)(にぎ)らせてくる。

「今回で最後ですよ?」

「はいはい、善処しますよっと」

 勇磨は二、三度剣を振ってみて(うな)る。

「しかしいつ持っても、お前の剣は軽いなぁ……」

「勇磨さんのが重過ぎるんですよ。そんなことより、早く終わらせて下さい。調子に乗った(ばつ)として、私はここから一歩も動きませんからね」

「へぇーい」

 冷たい一瞥をくれながらも、どうせ心の中では信頼してくれているのだろう少女の言葉に気のない返事をすると、勇磨は先ほどの再演の如く洋刀を中段に構えた。

「そんじゃ、いっちょやりますか!」

 

 

 数分後。

 これでもかとばかりに斬りつけ続けられたクモ型の怪物が完全に息絶えたのを確認してから、勇磨はガストレアの体に足をかけて愛剣を回収。続いて振り返ると、いままで棒立ちになっていたベレー帽の青年に、明るい声と共に手を差し出す。

「よっ、大丈夫か? お疲れさん」

 しかし青年は勇磨に敵意丸出しの視線をくれると、吐き捨てるように(つぶや)いた。

「フン、(だれ)が泥棒のガキに礼なんかするかよ」

 勇磨はその当然の、しかし心ない言葉に肩をすくめる。続いて青年の脇を歩いていき、今度は彼のイニシエーターに声をかけた。

「おい、立てるか?」

 すると、少女ははにかみながら「助けて下さい」といって素直(すなお)に両手を差し出してきた。勇磨はその行動に笑って応じる。

 ハーフアップにした茶髪ロングヘアーの少女は、勇磨が助け起こすと折り目正しく一礼する。

「ふぅ……。危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」

「いやいや、いいってことよ。それに、礼ならあっちの、ウチの相棒にしてくれ。アイツが君たちのこと、見つけてくれたんだからな」

 親指で勇磨が指し示すと腕組みしてそっぽを向いていた明理は一転して微笑と共に軽く会釈(えしゃく)を返す。

「おい和穏(かのん)、さっさと帰るぞ」

 ぶっきらぼうに言い放って、和穏と呼ばれた少女を置いていく青年に、和穏は慌てて追いすがる。

 その二人の背中を眺めながら、勇磨は一つ呟いた。

「……ま、悪い奴らじゃあなさそうだな」

「そうですね」

 微笑を浮かべていた明理は、そこで唐突に(ひじ)打ちを入れてくる。

 その行動を半ば予想していた勇磨は、すかさず身をよじると彼女の肘をかわした。

「おっとッ。なんだよいきなりッ?」

 明理はこちらを半眼(はんがん)(にら)むと、ゆっくりと手を差し出してきた。

「……早く私の剣、返して下さい」

「あ、ハイ……」

 

 

      2

 

 

 勇磨たちが勤める『東國(とうごく)民間警備会社』のテナントは、紆余曲折(うよきょくせつ)あって『先生』の別荘(べっそう)を貸し切りにしてもらうことになっている。彼女との親密な関係が功を(そう)し、敷金(しききん)や礼金はなんと(おどろ)きの無課金である。

 勇磨と明理がガストレアを倒し、事後処理を済ませたその(あし)で向かったのは、東京エリア第八区の一等地に建つ豪邸(ごうてい)だった。

 西洋建築なのだが中途半端に和風な為土足を脱いで脚を()み入れると、すぐに違和感に気づく。

 (くつ)が多い。それも成人男性用のものと少女用のものが一足ずつ。

 客人でも来ているのかと(いぶか)りながら歩いていくと、すぐにリビングを兼ねた巨大な執務室に行きつく。

 意を決して戸を引くと、そこにはソファーに座って読書をする金髪の青年と、隣にはアリの触角に似た二本のアホ毛がある焦げ茶色のボブカットの少女がこちらを見ていた。

 見知った顔に、勇磨は明るい声を出す。

「おぉ、ラクシオさんじゃねぇか! いつ帰ってたんだよ!?」

 極端に病弱なためいつもマスクを着けている青年、ラクシオ・バルバトスは伊達(だて)メガネの奥で翠色(すいしょく)の両眼を細めて笑う。

「やぁ、数ヶ月ぶりだね勇磨くん。僕はちょっと大阪エリアに逃げたガストレアを捕まえに行ってて、ね。しばらく前から東京エリア(こっち)に帰ってはいたんだけど、ここに顔を出すのは今日が初めてかな。元気にしてたかい?」

「おー勿論(もちろん)、おかげさまで。……で、その隣の子は、もしかして……」

「あぁ、僕たちの新たな仲間だ」

中原(なかはら)愛香(よしか)。モデル・アントの、ラクシオさんのイニシエーターよ。よろしく」

 静かな声でラクシオのセリフを引き取った少女に、軽く自己紹介を返す。

「それで、社長は?」

 勇磨が言うと、今度は手前のソファーに座っていた少女が伸びをするように両腕を突き上げる。

「向こうで事務整理中だよー」

 茶髪ツインテールの少女──守宮(もりみや)雛乃(ひなの)が突き上げた手で「あっち」と指差した方向には、パソコンのキーボードを苛立(いらだ)たしげに乱打する黒セーラーの少女が肘掛(ひじか)椅子(いす)に腰かけている。

 どうやら、例によって相当ご立腹(りっぷく)らしい。

 歩いていくと、できるだけ平静を(よそお)い事務的に切り出す。

「あー、コホン。──プロモーター桐谷(きりがや)勇磨(ゆうま)、イニシエーター浪川(なみかわ)明理(あかり)只今(ただいま)帰社致しました」

 形式通りに敬礼すると、栗色のロングヘアーの少女は一拍おいて「ご苦労」とそっけなく返す。

「あのー……彩花(あやか)さ──」

「──私が怒ってる理由、わかるよね?」

 さらに一拍おいて、彼女は大きなはしばみ色の(ひとみ)をこちらに向けてきた。

「えっと……あ! 連絡から解決までが遅かった?」

「それは別の話」

「あ、ハイ……。えと、取り分が少ないから……?」

「わかってるじゃないのッ!」

 せまいリビングに大喝(だいかつ)(ひび)き渡り、ガタリと椅子を鳴らして少女が立ち上がる。

「いっつもいっつも、勇磨くんが他の民警に追いつけずにそのまま獲物を横取りするせいで、ウチにくる報酬(ほうしゅう)は毎回半分近く天引きされるのよッ!」

「ま、まぁまぁ、落ちついて聞いてくれよ社長。(おれ)だって何も好きこのんで遅れて行ってるわけじゃねぇ。タイミングが毎回(わり)ぃんだよ」

「キミがゲームしてない時に限ってガストレアが来ないのがおかしいと。へーそーですか、そんなこと言いますか」

 半眼でこちらを見返してくる社長に手をこまねいていると、(かたわ)らに立つ相棒が口を開いた。

「勇磨さん、東國(とうごく)社長はいま、私達の序列についても不満があるものと思います」

 明理の言葉で、ようやく少女の言い分を理解する。

「あー、つまり、俺がいつもガストレアを横取りしてたせいで、俺達の序列が思うように伸びていない、と」

 腕組みしてどっかと椅子に座り直したウチの社長は、そのまま不満そうな声を出す。

「キミには明理ちゃんっていうとっても優秀な相棒がいるにもかかわらず、キミの序列は未だにウチのなかでも最弱の二万四千六百八十位。明理ちゃんが優秀なプロモーターと組めば『千番越え』も楽にできる(はず)なのに、これができない理由がキミにはわかってるの!?」

「……。──俺が弱いからだろ?」

「──キミが! いつも! 他人(ひと)の獲物しか! それも一人だけで(ねら)おうとしかしないから、よ! もっと明理ちゃんと協力して、名実ともに強くなりたいとは思わないのッ!?」

 ひとこと発するごとに机を(たた)く手に徐々(じょじょ)に力を込めつつ再び立ち上がった少女にも、勇磨はのらりくらりと笑って応じる。

「まぁ、俺達民警の目標は世界中のガストレアを駆逐(くちく)する事なんだし、序列ばっかり気にしててもしょうがねぇだろ? それに──なんだかんだ言って、おかげでいままで生き残ってこれたんじゃねぇか」

 するとそこで、ラクシオが本から顔を上げ、マスクを下ろして口を開いた。

「まぁ勇磨くんの意見にも一理あると僕は思いますよ、東國社長」

「あぁ〜もう、ラクシオさんまで……」

 少女は腰砕けになって椅子に座る。

「そんなのわかってるよ……。私だって社長として、勇磨くんに危ない橋を渡らせるわけにはいかないし……」

 その言葉に勇磨はラクシオと目(くば)せして苦笑する。

 東國彩花(あやか)。十年前、勇磨が引き取られた名門・東國家の末の娘であり、学生の身ながらこの東國民間警備会社を経営している社長でもある。

「……おやつ」

「はい?」

「おやつ何か一つ(おご)って。それで許す」

「あの、社長、俺のいまの所持金──」

「──ちゃんと、(もう)け分から払ってよね」

「……はーい」

 そこで、ラクシオがなにか思い出したように「あ」といって脇に置いてある(かばん)からひとつの袋を取り出す。中身は言うまでもない。彼が世界各地──この場合は日本の五エリアだろう──を回って集めてきた報酬の山だ。

「社長、これを」

「はいはーいッ」

 へたり込んでいた彩花はその声がスイッチになったように元気に応えると、こちらに「キミもこれからも頑張るように」と可愛らしい笑みをくれながら、袋を受け取る。

「ふ〜! 見てよ勇磨くん、この報酬の山! どこかの甲斐性(かいしょう)なしクンとは大違いだねッ」

「へいへい、わかりましたよ……ってうお」

 勇磨も彼女のテンションに(あき)れ返りつつ袋を(のぞ)き込んで、その内容物を見て仰天(ぎょうてん)する。大方予想してはいたが、やはり(すさ)まじい数の札束が詰め込まれていた。

 ラクシオ・バルバトス。彼はこの会社の書類上の経営者にして『先生』の兄であり、天童(てんどう)戦闘(せんとう)術という武術その他の格闘術を修めた達人なのだ。

 また、その放浪癖(ほうろうへき)も規模が大きく、こうして会社で顔を合わせない限り、普段の彼の所在を特定するのは勇磨たちでも難しい。

 そこまで考えて、勇磨は先ほどのラクシオの言葉が意味するところを悟り、改めて驚嘆した。

 彼は『大阪エリアに逃げたガストレアを捕まえに行っていた』と説明した。しかし、たったいま愛香(よしか)と名乗った新しいイニシエーターとはいつ知り合った? 少なくともその仕事を済ませる過程か達成後のどこかだろう。

 二〇三一年現在、日本は巨大な石版モノリス群によって、東京を含む五つのエリアに分断されている。

 モノリスの正体は、バラニウム製の金属塊。ガストレアはこの金属を極端に嫌う。バラニウムの出す特殊な磁場が天然の結界の役割を果たし、その内地だけは大規模なガストレアの襲撃(しゅうげき)を免れているのだ。

 逆にいえば、日本に残る五エリア以外のすべての地域に人外(じんがい)の怪物と()()()()()()()()()()()()()(あふ)れかえっているということでもある。

 (ひるがえ)って、目の前の金髪の青年はどうだろうか。その人外の怪物で溢れかえる危険極まりない世界──通称『未踏査領域』を、イニシエーターの同伴すら無しに平然と渡り歩いては仕事をこなし、当然のごとく無事に帰ってきているのだ。

 それはつまり、彼がそれだけのことをやってのける実力をもっているということに他ならない。もし彼が虚弱体質でさえなければ、どれほどの実力になっていただろうか。

 勇磨はそんなことを考えつつ、人知れず畏敬(いけい)の念を込めた眼差(まなざ)しをラクシオに向けていた。

「よーし、今日はこれを皆で山分けね! 勇磨くんはこれ、明理ちゃんはこれ、ラクシオさん達にはこれッ」

「おいニセお(じょう)様、これ配分おかし──ッ」

 勇磨が口を開いた途端、発言権は与えないとばかりに冷たい視線がこちらを貫いた。

(ひな)ちゃん、今日はこれで焼き肉パーティーしましょ!」

「やったぁッ、ボク焼き肉大好きぃッ」

 両手を突き上げて喜ぶ雛乃(ひなの)を見ながら、苦笑を漏らすしかない勇磨だった。

 ──ラクシオさんと社長が三割ずつとして、明理が残り三割の俺一割なわけは(なん)スか?

 その時、彩花が「んッ」といって伸びをする。ポキポキと小気味のいい骨の鳴る音が聞こえた。

「じゃあ今日はこれで解散か? 途中まで送るぞ?」

「そう、ありがと」

 ノートパソコンを閉じた彩花に声をかけると、そこで本日の業務は終了となった。

 

 

      3

 

 

 勇磨と明理が次に向かったのは、清華(せいか)公立大学がある敷地の本校舎の隣──というにはやや距離がある、三百メートルほど先の大学附属病院だった。

 受付を顔パスで通過し、消毒液の臭いの(ただよ)廊下(ろうか)を歩いていくと、やがて落とし穴の如くぽっかりと空いた穴に行き当たる。

 無論これは落とし穴などではなく、このさらに下、地下に住む『先生』の部屋へと続く階段がよく見ればわかるほどの急角度で付いていた。

 足を滑らせないようゆっくり降りていくと、やがて巨大な両開きの(とびら)に突き当たる。

 なんだか手術室のようで不気味だが、ちゃんと住人がいることを示すように、巨大な頭部をもった二本のポール型監視カメラが両脇に並んでいる。

 いくらなんでも監視カメラまで増設してしまうのは度がすぎていまいかと思いつつ、扉を押し開けた。

「先生ぇー。先生? どこだよ?」

「──ここです」

「うおッと、いきなり真横に立つのは止めろ、心臓に悪い!」

 暗がりから声がして、ややもせずその奥からサイズの合わない白衣をまとった金髪ロングヘアーの少女がにっこりと可愛(かわい)らしい笑みを浮かべて現れる。

 彼女の名前はセルシア・バルバトス。ラクシオの妹であり、またこの地下室の女王にして、知る人ぞ知る天才美少女外科医だ。

 彼女には、十五歳という若さで有名大学に入学した挙げ句飛び級で卒業した元国際警察の五つ星。更には世界最高クラスの頭脳達『四賢人(よんけんじん)』の中でもトップの実力を持つドイツの医師、アルブレヒト・グリューネワルト教授の下で彼の右腕(みぎうで)として働いていた元看護師というなんとも華々しい遍歴(へんれき)がある。

 彼女を知る勇磨の数少ない知人たちは、口を(そろ)えて彼女のことをこう呼ぶ。

 『知られざる五人目の賢人』、あるいは『もう一人のグリューネワルト』と。

 彼女について語り出すと、このようにキリがないので、それはまたの機会に説明していくとしよう。

「で、どうですか、調子は?」

 お(しと)やかな雰囲気をまとうセルシアの言葉に、勇磨は勝手に見つけたスツールに明理と共に腰かけながら答える。

「ま、おかげさまでぼちぼちってところかね」

「そうですか、それはなによりですね。今後も全力でイジらせてもらいます」

「最後の一言が思い切り余計だよ……」

 あくまで屈託(くったく)ない笑みを浮かべる一つ年下の少女に呆れ返りながら、勇磨は努めて冷静に話題を切り替える。

「そんで、だ。『奴』はもう届いてっか?」

「あぁあれですか。はい、いま持ってきますね」

「おい待てフザケんな、いらねぇよッ」

「ハハハ、冗談(じょうだん)ですよ。私があんなもの、好んで触る訳ないじゃないですか」

「それこそ冗談キツいぜ……」

 彼女にはもう一つ、現在の肩書きがある。それは──勝手にこの地下室、もとい霊安室を増設して──ここ、清華大学附属病院に客員教授として勤務ないし居住して、政府からガストレアの解剖(かいぼう)・研究を任されている法医学教室の室長というものだ。

今更(いまさら)ですが、お久しぶりです、明理さん。あれ? 前にお会いした時より胸大きくなってませんか?」

 その言葉に、明理は顔を真っ赤にしながらも自分の胸元を鷲掴(わしづか)みにし、そしてがっかりする。そりゃあ前回彼女がこの人と出会ったのは今年の始めだ。成長期の子供とはいえそう簡単に大きくなられては、一緒に生活しているこちらがびっくりするというものだ。

「先生、そのネタはよしてくれ。明理の心の傷が無駄に増える」

 クスクスと笑うセルシアにうんざりしながら、なんとか話題の方向を修正しようと努める。

「で、どうだったよ? こっちの情報を先に言っとくと、ソイツは俺達と戦う前にすでに別の奴らと戦ってた」

「あぁ、それでですか。ようやくあの謎に合点(がてん)がいきました」

「あの謎?」

「あのガストレア、何発も鉛弾(なまりだま)が体内に癒着(ゆちゃく)していたんですよ」

 その言葉に勇磨は愕然(がくぜん)とすると同時に、いますぐにでもあのベレー(ぼう)野郎を探し出して(なぐ)り飛ばしたい衝動(しょうどう)に駆られた。まさか民警をやっていてまだ鉛弾を使い続けている馬鹿(バカ)がこの三千世界にいようとは。

 ガストレアはその驚異的な回復能力により、普通の銃弾、つまり鉛弾では効果が薄い。というより完全に与えるダメージと反撃(はんげき)されるリスクの比率が破綻(はたん)していると言っていい。

 ガストレアには、基本的かつ簡単な対処法が大きく一つ存在する。それは、バラニウムと呼ばれる特殊な磁場を発する金属を使った武器で攻撃(こうげき)することだ。

 ガストレアはこの金属にどういうわけかもの(すご)忌避性(きひせい)を示し、バラニウムを()き詰めた部屋に監禁すると、たとえ完全体(ステージⅣ)であろうと、ものの数日で衰弱(すいじゃく)死してしまうのだ。

 民警の間では、このバラニウムを使った武器を使うことが原則であり、不文律となっている。

 勇磨は自分のワルサー拳銃(けんじゅう)と剣を抜き、テーブルに広げてみる。

 重量感のあるブラッククロームの(つるぎ)が放つ金属光沢は、紛れもなくバラニウムを素材としている証。一方ワルサー拳銃の方は一見すると普通の拳銃だが、こちらも銃弾がバラニウム仕様の特注品となっている。

 横に座る明理を見る。彼女の洋刀(サーベル)の刀身も、言うまでもなく漆黒(しっこく)の輝きを放つバラニウム製。そして彼女の愛銃、ヘッケラー&コッホ社製短機関銃(サブマシンガン)MP7も銃弾がバラニウム製だ。

 更に、彼女にはもう一つ武器がある。それは、身の内に宿したガストレア因子によって人並み外れた身体能力や回復能力を発現し、更にどんな病気にもかからない耐性をもつこと。ただしこの能力(ちから)には大いなる自然の怖さとでも言うべきか、決定的な弱点が二つほど存在する。

 まず、ガストレアと同じようにバラニウムの攻撃を受けると傷の再生が(とどこお)ってしまうということ。そしてわけても恐ろしいのが二つ目、体内浸食率だ。

 彼女たちの出自は実に特殊だ。母親の胎内(たいない)にいる時に母親が何かしらの要因でガストレアウィルスを飲み込んでしまい、その毒性が胎児だった彼女たちの特性として発現して生まれてくるのである。

「明理の体内浸食率、いまどのくらいだっけか?」

 勇磨が疑問を投げかけると、セルシアが即答する。

「六.二%、完全に安全域です」

「そっか……」

 そう。この体内浸食率には、臨界点というものが存在する。

 ──五〇%。その数値を超えるとたちまちヒトの姿を(とど)めていられなくなり、形象崩壊というプロセスを経てガストレア化してしまうのだ。その数字は二〇三一年現在の世界中の医学をもってしても引き延ばすことも押しとどめることもできていない。

 これはガストレアウィルスに後天的に血液感染した者にも同じことが言える。彼らは、先天的に感染したガストレアウィルス保菌者(キャリア)──通称『呪われた子供たち』──よりも何十倍も早くその体内を汚染、浸食され、たちどころにガストレア化してしまう。そんな『感染者』達をいち早く排除し、『感染爆発(パンデミック)』を防ぐ事も、対ガストレアのスペシャリストである俺たち民警の役目の一つなのである。

 そこでひとつの疑問に行き当たり、正面に座る幼き天才解剖医を見やる。

「そういえば、アンタこそどうなんだよ、最近の身体の調子は?」

「勇磨さんに心配をかけるほど大変ではありませんよ。こちらもぼちぼち、というところです」

「なら良かった」

 彼女──セルシアにも実は勇磨たち近しい人間のみが知る、ある秘密がある。

 それは、彼女が人間のアルビノであるということ。彼女は本来、生まれつき身体の色素が欠如(けつじょ)しており、頭髪は金髪ではなく雪のような純白、目の色も青ではなく血の赤色である。

 そしてなんとも奇遇なことに、ガストレアや『子供たち』は生まれつき、そして能力を解放したときだけ(ひとみ)が真っ赤に赤熱するという特徴をもつ。ゆえに彼女は、幼い頃からいじめや差別に()い、『子供たち』にも人一倍複雑な感情を抱いている。

 そんな経緯(いきさつ)をもってなおガストレア解剖医という道を選択した彼女の心境とは如何(いか)なるものなのか。彼女を散々差別してきた世界を許せないと思うのは、果たして間違った考え方なのだろうか?

 そんなことを考えていると、勇磨の視線を読んだセルシアが静かにはにかむ。

「そんなに悩まないで下さい。いまはこうして細々ながら暮らしていけてますし、なんならいっそ、ここにずっといる方が快適ですよ? あ、そーだ! 今度、良かったらウチに引っ越すというのは──」

「あー! そうだ明理、今日の夕食当番は俺だったよな。またご指導願っとくぜ」

 無理やり話をねじ曲げた勇磨の判断を責めるような者はいなかった。明理の顔にも『重要な話がないなら早くこの薄暗い地下室と目の前のイジり魔の手から脱したい』と書いてあったのだ。

「わかりました。では今日は新しいメニューに挑戦しましょう」

「う……ッ。押忍(オス)、よろしくお願いします……ッ」




また会えましたね。初めての方は初めまして、水天(みそら)道中(どうちゅう)です。
今回のお話は、時系列としては原作の第一巻の序章プラス第一章の五割ちょっと過ぎまで、というところです。結構最初から、ブラック・ブレットを初めて読む人向けの解説を色々盛り込んだらあら不思議、一瞬で一万字越えを達成してしまいました。今後も字数はどうなるかわかりませんが、クオリティはなるべく下がらぬよう頑張っていく所存です。
ちなみに今作ですが、メインのキャラクター達はほぼ皆オリキャラです。またキャラクター解説は追ってやっていくつもりですから、今後ともよろしくです〜。
それでわ、しーゆーあげいん!

〈加筆修正一覧〉
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。