ブラック・ブレット・オリジナル   作:水天 道中

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前回登場した東國民間警備会社の皆さんについて、
勇磨の容姿モデルは漫画B・Bの蓮太郎、性格はSAOのキリトと七つの大罪のメリオダスのMIX。
明理の容姿モデルは(かん)これの(あかつき)、性格のモデルは夏世。
彩花の容姿モデルはSAOのアスナ。
雛乃の容姿モデルはSAOのユウキと延珠のMIX。
バルバトス兄妹は完全オリキャラ。
愛香の容姿モデルは火垂と東方ProjectのリグルのMIXです。
以上、長くなってしまいましたが、悪しからず。
それでは激動の第二章、スタートです!


第二章 終焉(おわり)の始まり〜黒赤(こくせき)(わざわい)

 少女、浪川(なみかわ)明理(あかり)の一日は、まず横で眠っている勇磨(ゆうま)()()()()()ところから始まる。

 生来規則正しい生活を送ることが得意だった明理は、本来一般的な小学生が目覚めなければいけない時間よりも大幅に早く目が覚めてしまうのだ。

 昨日も遅くまでアクションゲーム三昧(ざんまい)だった勇磨は、当然のようにまだぐっすりと寝こけている。

 まずはしばし勇磨のどこか線の細い中性的な顔を眺め、ゆっくりと身体を起こす。そして彼の(つくえ)の引き出しから圧力式の注射器を取り出してきて、またそれをしばし眺める。

 十秒ほどで覚悟を決め、薬品の入った注射器を自分の左(うで)に突き立てると、気が変わらないうちにぐっとピストンを押し込む。

 チクリと(わず)かな痛みが神経を刺し、()んだ青い薬液は明理の腕に吸い込まれていった。

 やはり、自分で注射をするという恐怖にはなかなか慣れるものではないな、と思いながら、明理は詰めていた息をそっと吐いた。

 自分たちイニシエーターには一日一回の浸食抑制剤の注射が義務づけられている。(おこた)るとパーセンテージで示される体内浸食率が上昇し、最後にはガストレア化してしまうのだ。

 なんとか日課を終えると、今度はベッドを立って朝のコーヒーを()れに行く。

 ひと通り身支度を済ませてコーヒーをひと口(すす)り、その苦味に顔をしかめたところでようやく勇磨が起き出してきた。これが平日の朝の桐谷(きりがや)家の日常である。

「ん、あぁ……。相変わらず早ぇなお前は……」

「勇磨さんが遅いというのもあると思いますよ。私が早起きなのは認めますが、貴方(あなた)夜更(よふ)かしもいささか目に余ります」

 勇磨はまだ頭が完全に覚醒(かくせい)していないらしく、ボーッとした顔のまま(つぶや)く。

「いや、だってお前、いま何時だと……」

 目覚まし時計を見て一度固まった勇磨は、顔を上げてしばらく考え込んだ後、再び布団(ふとん)に潜っていく。

「──二度寝するなあッ!」

 やや大きめの声で怒鳴(どな)った明理の声と、目覚し時計のベル、そして笛吹(ふえふ)きケトルが一斉(いっせい)に鳴り(ひび)き、勇磨の意識を強制的に覚醒させた。

 

 

 明理の日課が浸食抑制剤のセルフ投与なのに対し、桐谷(きりがや)家の日課はここからが本番と言える。

 それはズバリ、VRMMORPG内における肩慣らしだ。

 何でも勇磨(いわ)く、『VR(仮想現実)空間での動作は脳に直接ほど良い負荷がかかるため、現実世界での準備運動よりも効率よく身体をほぐせる』らしい。

 まぁ確かに彼の言う理論もあながち間違ってはいないと思うが、正直なところ明理はまだ身体が未熟なため、寝起き早々に仮想空間にダイブするのは出来れば勘弁(かんべん)して欲しい。

 そんな明理の心中などいざ知らず、勇磨は独り元気に準備運動をしていた。効果があるのか(いな)かは不明だが、そこは気分の問題ということだろう。

 今日明理たちがダイブしているのは、フィールド名『草原』。

 その名の通り、広い草原が三百メートル四方ほどの範囲でシステム的に区切られた戦闘(せんとう)訓練用フィールドで、敵モンスターのPOP率もいまだけ〇%に設定している為、朝のこの時間が限られている時に雑魚(ざこ)モンスターが出てきて試合を邪魔される、ということは──バグが起こらない限り──有り得ない。

「よーし、こんなところで良いか。明理ー、んじゃ始めるぞー」

「勇磨さんは何故(なぜ)そんなに元気にしていられるんですか……。今朝だって二度寝しかけたクセに……」

 すると、勇磨は(めずら)しく真剣な表情になって(あご)に手を当て考え込む。

「んー……そりゃあやっぱり慣れだな、慣れ。明理もあと何回かダイブを経験すりゃあそのうち慣れるさ」

「はぁ……」

「そんじゃ、準備は良いか?」

 勇磨の言葉に仕方なく(うなず)くと、明理は一度目を伏せて構えた。

 勇磨はもしかすると『仮想空間だと、明理が能力を使えないためフェアに戦える』ぐらいに思っているのかもしれないが、明理はこれまでの経験則から、ある仮説を立てていた。

 それは『身体はあくまで現実世界に存在するわけなのだから、能力は()()()使()()()のではないか』というもの。

 実際、明理はこれまでの数十回にも及ぶダイブの中で、力を解放している時と同じような感覚に襲われたことが何度かある。あれは実は『現実世界の明理の身体は能力を解放している状態』なのではないか。

 そんなことを考えながら、明理はバチッと音がするほどの勢いで刮眼(かつがん)した。気のせいか現実か、視界が一瞬(いっしゅん)だけ暗くなり、再び明るさを増すと同時に、五感が拡張するような全能感。明理の推論が仮に正しければ、いまの『現実世界の自分の眼』は赤い。

 きっかり三秒後、明理と勇磨は同時に足元の下草を(えぐ)る勢いで駆け出した。

 

 

 三十秒後。

 明理は、首筋に見事に一撃(いちげき)を食らって倒れ伏す勇磨の目の前で、そっと息を吐いた。同時に、時間の流れが元に戻る。恐らく、これが『能力を一時停止した』状態なのだろう。

「大丈夫ですか、勇磨さん」

「あ、あぁ……大丈夫、だい、じょう……?」

 勇磨は言いながら、明理の足下で顔だけもち上げた姿勢で硬直する。

「……?」

「あッ、いやッ、なんでもねぇ、大丈夫だ……ッ」

 突然(あせ)り出した勇磨が、勢いよく地面に手を突いて起き上がった。

「ふぅ……。いやぁ、明理は強いなぁ!」

 何故か視線を合わせようとしない勇磨を見ていると、不意に頭の中にある考えが浮かぶ。

 直後、明理は無意識に勇磨の(すね)を強打していた。

「あ、ちょッ。ごめッ、わる……悪かった、悪かったって! 明理さん()らないで……ッ」

「いまの反応、さては見ましたね?」

「だから悪かったって言ってんだろッ。いい加減スネはヤメロォ……ッ」

 しばらく子供じみた小競り合いを続けていると、不意に笑いが込み上げてくる。気づけば勇磨も笑みこぼれていた。

「まぁ勇磨さんですから、許してあげます」

「え? それってどういう──痛いッ。だから蹴るなって、おい……ッ。蹴る場所を変えれば良いってもんじゃねぇぞコノヤロッ」

 

 

 現実世界に戻ってきた明理は、ヘッドギアを外すと再び笑いの波をぶり返す。

「フフッ、さっきのは面白すぎますよ勇磨さんッ」

「へぇ……。こっちは足が部位欠損するかと思ったっての……」

 明理は部屋の隅に置かれた姿見を首を伸ばして見る。当然、能力を解放したかどうかが見てわかる訳はないので、いまの明理の(ひとみ)は限りなく黒かった。

「さて、それじゃあ今度は、本格的に()りますか?」

「おう、後で庭に集合な」

 勇磨もそういって、いつも通りにやりと笑った。

 

 

 自宅の庭に移動すると、そこには(すで)に先客がいた。

「──ハアッ」

「──アハハッ、まだまだぁッ」

「あれは……どう見ても……」

「……ですね……」

 勇磨と二人で呆然(ぼうぜん)(つぶや)いていると、威勢よく木刀を振るっていた栗色のロングヘアーの少女がこちらに気づく。

「あ、勇磨くんおはよー。遊びに来ちゃった♪」

「いや、『遊びに来ちゃった♪』ってアンタ学校……あ、まだ時間あるか……」

 少女、東國(とうごく)彩花(あやか)社長は可愛らしい笑みを作って勇磨を見る。

「……とりあえず、住居不法侵入で通報して良いですか──うおッ、ちょッ、木刀投げるのはナシ!」

 一転、笑みを張りつけたまま勇磨と中庭で追い駆けっこし始めた彩花に、呆れてものも言えない明理だった。

「あ、それ楽しそう! ボクも混ぜてー」

「あのですね雛乃(ひなの)さん、これは(まぎ)れもなく余裕(よゆう)で犯罪行為ですからね? 勇磨さんは何も間違っていませんよ?」

 しかし当の茶髪ツインテールの少女も悪びれもなく応える。

「でもボクたち仕事仲間じゃん。合鍵(あいかぎ)も持ってるのに庭入っただけで通報はおかしくない?」

「あくまでも、これは常識的範囲内での話です……。もっと常識を(わきまえ)た行動をですね……」

「じゃあ良いじゃん! ボクたちは仕事仲間、そして仕事仲間の家に仕事の訓練をするために来た。ね?」

「はぁ……」

 知能指数(IQ)では明らかに明理の方が(まさ)っているはずのツインテールの少女の言葉に、言い知れぬ敗北感と悔しさを感じずにはいられない明理だった。

 

 

      1

 

 

 結局、朝の訓練は桐谷ペアと東國ペアのタッグマッチという形で行われることとなった。

 場所は、東國民間警備会社事務所からほど近い市民体育館。早朝ということもあって人は少なく、彩花が交渉役となって穏便に貸し切らせて頂く。

 勇磨と明理、彩花と雛乃は距離を取って対峙(たいじ)。相手の装備を見る。

 彩花は先ほど手にしていた木刀一振り。だが雛乃の方は両手の周りを比較的がっしりした漆黒(しっこく)のクローで固めている。彩花とウチの後援者(パトロン)が共同で開発、特注した雛乃専用武器(ぶき)、バラニウム製可動式(クロー)『リザードファング』だ。

 対してこちらの装備は一貫して簡素なもので、なんの変哲(へんてつ)もない木刀をひとりひと振りずつ。ただし勇磨はワルサー拳銃(けんじゅう)の代わりとして、その背にさらにもうひと振りの木刀を差している。

 互いの手の内その他は知っているので早速始めようとしたが、そういうところは生真面目(きまじめ)なウチの社長が口を開く。

「改めて名乗るね、勇磨くん。私は序列三千七百位、東國彩花」

「ボクも同じく序列三千七百位、モデル・ゲッコー、守宮(もりみや)雛乃ッ」

 彼女はゲッコー、つまり守宮(ヤモリ)の因子を宿したイニシエーターだ。

 そこそこの高位序列者が場にいることを知り、体育館入り口にいた数人のギャラリーが、背後でわずかに沸く気配。

 明理も(すで)にして戦闘態勢に入っており、目を伏せて木刀を帯刀(たいとう)しながら口を開く。

「それでは私も名乗ります。序列二万四千六百八十位、モデル・キラーホエール、浪川明理」

 勇磨はちらりと(となり)の明理を見る。彼女の能力は確かに高い。当然ながら本気を出されると、この中の三人全員でかかっていっても返り()ちに遭うだろう。

 しかしいま、彼女は恐らくまったく本気ではない。加えて、明理の因子は(シャチ)。どの能力も均等に発達したオールラウンダーであるが(ゆえ)に、実は『〜特化型』のイニシエーターとは相性が悪いのだ。

 そんな勇磨の懸念(けねん)(はだ)で察したのか、明理は静かに口を開く。

「大丈夫ですよ、勇磨さん。社長達が相手である以上本気は出しませんが、その代わり手加減もしません。やるからには必ず勝ちにいきましょう」

 勇磨もその言葉で、完全に気持ちを切り替えた。

 周囲に闘気(とうき)が充満し、体育館を覆う空気の温度が低下。あちらも戦闘態勢に入り、雛乃(ひなの)がピョンピョンと飛び跳ねる独自の予備動作を開始する。

 明理、雛乃の(ひとみ)が同時に真っ赤に赤熱、力を解放。

「さぁ、いっくよーッ!」

 雛乃の元気な掛け声を合図に、二人が同時に突っ込んできた。

 勇磨は目を見開いて彩花の木刀の動きに集中。彼女の基本スタイルは突き技だ。一瞬(いっしゅん)でも油断すればたちまち怒涛(どとう)(ごと)き連続技を食らう羽目(はめ)になる。

 まずは挨拶(あいさつ)代わりといこう。勇磨はその場で一回転しながら背中の木刀を抜き放った。

 VRMMORPGで使う剣技のひとつ、『ブラッド・サーキュラー』。内側の剣が相手の攻撃(こうげき)、または防御を(はじ)き、体勢が(くず)れたところにもう一撃を(たた)き込む連続重攻撃技だ。

 彩花の木刀を弾いたところで、攻撃のヒットを確信するが、そうは問屋(とんや)(おろ)さない。彼女は瞬時に攻撃を読み、バックステップで退いた。

 今度はこちらからだ。勇磨は右手を引き戻し、単発突き込みの『スラスト』から四連続技『スクエア』へ。更に左の剣で二連続技『ジ・アーク』、合計七連撃を放つ。

 勇磨は基本的に『持ち前の高い記憶力と運動神経でアクションゲームの動きを再現する』という、明理に言わせると『剣道の達人が使う戦法の十倍おかしい』戦法をとる。

 だがそれは彩花も無論知るところ。勇磨の木刀の動きをしっかりと捉え、着実に弾き、また(かわ)していく。

 勇磨は今度はあえて距離を取り、彩花の攻撃を誘う作戦に出た。彼女は勇磨の思惑通り防御を捨てて突っ込んでくる。勇磨は彼女の攻撃を数発かわしたあと、反撃に左の木刀を振りかぶる──フリをしてそのまま投げ捨てた。

 仕事仲間にして友人──蓮太郎(れんたろう)の言葉を脳裏で再生する。

 ──『天童(てんどう)戦闘(せんとう)(じゅつ)ってのは、基本的に剄力(けいりょく)を用いて相手を打倒・無力化することを目的としてる』

 ならばいまここで、その力、存分に試させて(もら)おうではないか。

 ──天童式戦闘術一の型八番──。

「『(ほむら)火扇(かせん)』ッ」

「えッ、ちょッ」

 彩花が目を見開いた直後、彼女の腹に(こぶし)がクリーンヒット。彩花はその威力に、靴跡(くつあと)を引きながら後退。

「ケホ……ッ。ちょっと勇磨くん? 女のコを(なぐ)るのは良くないんじゃない?」

「いや、仕方ないだろ勝負なんだから……。──ホラホラいくぜぇッ」

 勇磨が殴りかかるのと同時に、彩花の(ひとみ)(するど)く光った。彼女も、ようやく全力で応じてくれることにしたらしい。

 ──二の型十六番──ッ。

「『隠禅(いんぜん)黒天風(こくてんふう)』ッ」

 彩花は、勇磨の回し()りを木刀で(はじ)き返すと、そのまま美しい動作で連続突きに(つな)げる。

「くおッ」

 勇磨はバックステップを()みながらぎりぎりでそれらを弾くと、咄嗟(とっさ)に義眼の能力を発動させた。

 勇磨の右眼の黒目内部に、幾何学(きかがく)的な模様が浮かび上がり、時間の流れが低速化する。

 足元に転がった木刀をつま先で弾き上げると、そのまま二刀を本能のままに振るう。

 二刀流上位剣技、『サターンズ・ギア』。十六連撃。

 土星(サターン)の輪を(かたど)るような高速の連環攻撃が、彩花の全身を強打した。

 勇磨は静かに残心すると、そこで我に返り、(あわ)てて振り返る。

「……。……あッ、(わり)ぃ彩花さん、大丈夫かッ?」

 左(うで)を押さえてうずくまっていた彩花は、ふらふらと立ち上がると(うら)めしそうに勇磨を(にら)んだ。

「いったたた……。もー勇磨くん、流石(さすが)義眼(それ)は反則だよぉ……」

「ごめんごめん、ついアツくなっちまった」

「じゃあこの勝負は引き分けだね」

「え、なんで、(おれ)の勝ち……」

「勇磨くんは反則減点だから、私と同点なのッ」

「えー、謝ったじゃんかよぉ……」

 そんなことを言っている間にも、もう一つの勝負も決着がつきそうだった。

 (こし)を落として目を伏せ、抜刀術の構えを取る明理(あかり)の周りを、イニシエーター特有の高速機動で縦横(じゅうおう)無尽(むじん)に飛び回る雛乃(ひなの)の動きは、(まご)うことなきスピード特化型イニシエーターのそれ。

 しかし、勇磨はそれでも相棒に対する絶対的な信頼感から、頭の後ろで手を組むと口を開く。

「勝ったな」

「雛ちゃんがね」

「へッ、明理が、だよ」

「えぇ? だってあの状態だよ?」

「彩花さんこそ、明理の(すご)さをまだまだ知らねぇな」

 苛立(いらだ)ち紛れの彩花の踏みつけを、勇磨は視線を明理たちに向けたままかわした。

 雛乃は、フェイントを交えながら突進を繰り返しているが、明理はそれらには目もくれず、時折襲い来る攻撃だけを確実に(かわ)していく。勇磨はそのカラクリにすぐに気づいた。彼女は一見静かに構えているだけに見えるが、よく見るとカチカチと小さく歯を鳴らして逐一(ちくいち)雛乃の動きを捉えていた。

 あれでは三六〇度あらゆる方向に目があるのと同じことだ。さすがは彩花に見初(みそ)められるだけはある。

 雛乃は苛立たしげに大きく跳び上がると(はる)か上空、体育館の天井(てんじょう)に張りつく。彼女は、その手足から強い分子間力を発生させてあらゆる接地面にくっつくことが出来るのだ。

 ちなみに、彼女愛用の靴もウチの後援者(パトロン)が開発したもので、底部にバラニウム製の磁気増幅器を内蔵した戦闘用シューズである。そのため、雛乃の足から発生する分子間力が増幅され、靴を装着した状態でも問題なく因子の特性を発揮できるようになっている。

「明理ちゃーん、降参してくれても良いよー」

 しかし、明理は動かない。雛乃はそのまま明るい声を出す。

「そっかぁ、じゃあ仕方ないね。ちょっと痛いよ?」

 雛乃は足をたわめると思い切りバネの力を貯める。

「リザードファング、モード『開花(フラワリング)』ッ」

 雛乃が腕を後ろに持っていくと、彼女の装備する(クロー)がガシャン、と音を立てて開く。

 あれが彼女の武器、リザードファングの特徴。その時々に応じて、通常形態を含めて三つのモードに変形出来るのだ。

 次の瞬間、イニシエーターの膂力(りょりょく)に重力加速度をプラスアルファした急降下爆撃の如き一撃が襲い来る。

 と、思いきや、雛乃が着地したのは明理のわずか一メートル手前だった。雛乃はあえて決着の一撃を浴びせると見せかけて、フェイントをかけたのだ。

 そのまま彼女は地面と平行に跳ぶと、体育館の横壁に張りつく。そして再び猛然(もうぜん)と明理に跳びかかった。

「モード『弾丸(ブレット)』ッ」

 転瞬(てんしゅん)、明理が刮眼(かつがん)。右手を(ひらめ)かせる。

 図らずも義眼を発動していた勇磨には、その決定的な瞬間を見ることができた。

 明理が雛乃と激突する寸前、彼女の腕が振り抜かれる。そして二人が交錯(こうさく)した瞬間、ギロチンの速度で木刀が振り降ろされた。

「グエッ」

 雛乃の奇声とほぼ同時に床面が爆裂。白煙が吹き上がる。

 それが晴れた後に見た光景を、果たして勇磨以外の(だれ)が予想できただろうか。

 雛乃はイニシエーターの膂力によって振り降ろされた木刀の一撃により、その全身を体育館の床にめり込ませていた。

 決着、である。

 明理は、もう大分前から勝敗の帰趨(きすう)を計算し切っていたらしく、再び伏せていた目を静かに開ける。

「雛乃さん、大丈夫ですか?」

「…………」

 沈黙していた雛乃だったが、すぐに床に手を突くと跳ね上がって四つん這いのまま明理から距離を取る。

「まったく、明理ちゃんは強いなぁ。全然(かな)わないや」

 床を突き(はな)して立ち上がった雛乃がえへへ、と笑ったところで、彩花も胸を()で下ろした。

 明理は微笑を浮かべて雛乃を見る。

「一つだけアドバイスです、雛乃さん。攻撃する時にいちいち掛け声をかけているようでは、どんなフェイントも私を含め、私以上強いイニシエーターには効きませんよ」

「うーん、でもこうしないと締まらないっていうか、いまいち力が湧いてこないんだよねー」

「例えば、それを心の中で言うだけに(とど)めてみるんです。そうするだけで相手に与える情報量が格段に減り、相手に多大なプレッシャーを与えられますよ」

「そっかぁ。……うん、練習してみる」

 勇磨はふと、先ほど思ったことを指摘してやる。

「そういや雛、さっき天井(てんじょう)にくっついた時、思い切りパンツ見えてたぞ?」

 雛乃ははにかみながらスカートを押さえる。

「もう、勇磨ったらどこ見てんのさッ」

 明理が(やり)のような視線を向けてきた。

「勇磨さん、そういうことをデリカシーがないと言うんですよ?」

 そこで隣の彩花がパンパン、と手を打ち鳴らす。

「さぁ、試合も終わったことだし、学校行かないと(みんな)遅刻(ちこく)しちゃうよ?」

 その言葉に、勇磨もハッとして腕時計を確認する。

 途中から朝練であることを忘れて没頭していたが、もう始業時刻の四十分前に(せま)っていた。

 

 

      2

 

 

 明理(あかり)たちイニシエーターは体育館の外で愛香(よしか)と合流すると、一度自宅に荷物を取りに帰ってから駅に向かい、電車に乗り込んで終点で降りる。向かう先は東京エリアの外周区(がいしゅうく)にある第三十九区第二仮設小学校だ。

 青空教室には今日も沢山の『子供たち』が集まっており、楽しそうにお(しゃべ)りをしながら授業が始まるのをいまや遅しと待ち望んでいる。

 しばらくするとスーツを着込んだ黒(ぶち)メガネの男性が荷物を持って歩いてきた。彼の名は渚島(なぎしま)誠通(あきみち)。明理達の担任にして、国際イニシエーター監督機構(IISO)の職員を本職としている青年だ。

 早速授業が始まったが、クラスでもずば抜けた頭脳をもつ明理にとってこれほど退屈な時間はない。

 国語の授業は空を飛ぶ(カラス)達を眺めて過ごし、算数の授業で居眠りしていると渚島が当ててきたので、起きざまに即答してやると、彼は苦笑とともにもう構ってこなくなった。

 昼休みとなり、皆で元気よく走り回っていたとき、明理のスマホが鳴った。

 立ち止まり、応答ボタンに触れる。

「もしもし、どうしました?」

『こっちだ、明理』

 思いの(ほか)近くで聞こえた声に視線を向けると、勇磨を始め東國民間警備会社のプロモーターたち三人が、並んでこちらに手を振っていた。

 

 

 用件は実に簡潔なものだった。

 なんでも政府からの呼び出しで、重要な用件があるので防衛省まで来い、ということらしい。

 どうやら、先日戦ったモデル・スパイダーの一件が(から)んでいるらしいが、詳しい話は勇磨達も聞かされていない、とのこと。

 しかしおかしな話だ。何故いつも勇磨(ゆうま)が面倒臭がっている報告書だけでは駄目なのか。そしてガストレア一匹、それも幼体(ステージⅠ)ごときについて何を言いたいというのか。

 考えれば考えるほどわからなくなっていく疑問を放擲(ほうてき)し、明理(あかり)は目の前のことに集中することにした。何しろ相手は天下の国防省。さらに他にも複数の民警に声がかかっていると予想されるわけだ。警戒して損があるはずがない。

 昼下がりの庁舎は閑散(かんさん)としていた。

 勇磨達が入り口で名前を告げると中に通され、第一会議室と書かれた部屋の前まで案内される。

 勇磨が彩花に代わって扉を開けると、中を見て思わず声を上げる。小さな扉からは想像できないほど中は広く、中央には細長い楕円形(だえんけい)の卓。奥の壁には巨大なELパネルが埋め込まれていた。

 そして案の(じょう)というべきか、中には何人もの同業者達。ちらほらと民警システムの公式サイトで見かけた顔も混じっている。

 仕立ての良いスーツに(そで)を通した恐らく社長格の者たちは指定の席にすでに座っており、彼らの後ろには見るからに荒事(あらごと)専門という(いか)つい連中が控えていた。さらにその(そば)には、明理たちと同年齢くらいのイニシエーターも幾人(いくにん)か見える。

 一体、これからここでなにが始まるってんだ?

 勇磨達が部屋に足を踏み入れると、中に詰めていた人間たちの雑談がわずかに収まる。そのまま、部屋の中ほどまで来ると、近くにいたプロモーターやイニシエーターの会話が耳に飛び込んできた。

「これからなにするって?」

「なんかこの間倒されたガストレアの事で聴取だと。なんでこんな回りくどい方法取るかね」

「なんでも、『感染源』が見つかってないらしいぞ」

「えー? それチョーヤバいじゃん」

 勇磨は正面を向いたまま黙考する。

 彼らの話が本当ならば、勇磨達が倒したガストレアは『感染者』であり、『感染源』の方は見つかっていない。となると、更にもう一人以上の『感染者』を出したガストレアがまだこの東京エリア近辺をうろついているということになる。確かにそれは一大事だ。もっとも、政府が『バイオハザード警報』を出していないこの状況自体、異常なのだが。

 しかし、どういうことだ? ここ最近で見つかった獲物は勇磨達が倒したあの一体だけではないのか?

 そこで勇磨は、視界の端に奇妙なものを捉える。

 恐らくイニシエーターなのだろうが、眼鏡(メガネ)をかけた少女が一人、天井の隙間に両足を引っ掛けて逆さまにぶら下がっていた。

 ──なんだアレ?

 勇磨が思わず顔をひねって彼女と視線を合わせようとしていると、プロモーターらしき青年がなにごとか合図を送り、少女はすぐに降りてしまう。

 逆さまになっていた、ということはそのような生態をもつ生物のガストレア因子が発現した()なのだろうが、実に不思議な光景だった。

 と、その時、部屋の扉が外側から開かれ、民警達のお喋りが止む。

 入ってきたのは、勇磨と同年齢くらいの黒服の少年と、彩花と同じデザインの黒セーラーの美少女の二人組だった。少年は遠目にもわかるほどぎょっとした顔をした後、少女と何事か言葉を交わす。

 その時「アァー?」というガラの悪い声がして勇磨はそちらを見る。そしてぎょっとした。

 燃え上がるように逆立(さかだ)った頭髪に口元を(おお)うドクロパターンのフェイススカーフ。

 見間違いようがない。あの特徴、伊熊(いくま)将監(しょうげん)だ。

 民警業界では言わずと知れた大手企業『三ヶ島(みかじま)ロイヤルガーダー』所属、序列千五百八十四位の高位序列者、通称『闘神(とうしん)』。

 闘神は聞こえよがしにがなりながら、ズカズカと先ほど入ってきた少年達の元に歩いていく。

「おいおい、最近の民警の質はどうなってんだよ。お前等みてぇなのが民警だと? ガキが」

 勇磨が固唾(かたず)を飲んで見守っていると、少年が少女を(かば)うように進み出る。

「あぁ?」

「アンタどこのプロモーターだ。用があるならまず名乗(なの)──」

 ──直後、将監がいきなり少年に向かって頭突きを食らわせた。他の民警たちが「ヒョー、痛そーっ!!」といって(はや)し立てる。

里見(さとみ)くん!!」

 少女が叫んだが、同時に少年は右手を床に突くと、高速で一度バック宙をして靴跡(くつあと)を引きながら後退。

 将監は「ほぉー……」と意外そうに(つぶや)くと、左手の骨をバキバキと鳴らして威嚇(いかく)した。

「テメェ、ムカツクやつだな」

「アンタほどじゃねーよ」

 少年が、(こし)に差した拳銃(けんじゅう)らしき得物に手を伸ばす。同時に、将監も背に差したバラニウム製のバスタードソードに手をやる。と、将監が「ケッ」といって少年に語りかけ始めた。

 不穏な空気を感じ取った勇磨はひとり、スタスタとその只中(ただなか)に歩いていく。

「おいガキ、テメェ、プロモーターなら道具はどうした。そんな(おもちゃ)で仕事できるつもりか、カスが」

「道具……?」

「ああ? 決まってんだろ──イニシエーターだよ」

「なッ。イニシエーターは……ッ」

「──おー! もしかして蓮太郎(れんたろう)か? しばらくぶりだなぁ!」

「あ?」

 将監に負けじと声を張り上げながら勇磨が近づいていくと、言うまでもなく対峙(たいじ)していた二人は不審そうな顔を向けてくる。しかし少年の方は、すぐに驚愕(きょうがく)と理解を同居させた表情に変わった。

「お前は……ッ。桐谷(きりがや)、勇磨か」

「よッ」

 勇磨が片手を上げて挨拶(あいさつ)寄越(よこ)すと、すかさず将監の厚い胸板が割り込んでくる。

「おい、なんだガキ、テメェも民警か? 挨拶の邪魔(じゃま)するんならテメェから先にぶった()ってやろうか」

 その言葉にも勇磨は一切(いっさい)(ひる)まない。それどころか、無謀にも将監の行動をトレースするように背に差した剣の(つか)に手をかけた。

「なんなら、試してみるかい?」

 全力のドヤ顔を見せつけられた将監の怒りは、どれほどのものだっただろうか。やがて何を思ったのか、無言で(きびす)を返す。勇磨はその背中を、少しばかり空虚な気分と共に見送った。

 民警の中には、キチンと自分の哲学をもって戦う者もいる。しかし、ただ暴れる場所が欲しい者や、逃げ込むための隠れ(みの)として利用する犯罪者等、ならず者も多く含まれるのは動かし難い現実なのである。

 ただ、その中でもよりによって、高位序列者に目を付けられてしまうとは、こちらの彼も引きが悪かったらしい。

 勇磨は気持ち肩をすくめて気分を切り替えたあと、図らずもハズレクジを引いてしまった目の前の少年に向き直る。

「危ないとこだったな。頭はどうもなってないか?」

「大丈夫だ。あぁその……助かったよ、ありがとう」

「なに、当然のことをしたまでさ」

 あくまでもキザな態度を取り(つくろ)い続けながら元いた位置まで帰ると、彩花と明理の(あき)れ顔が出迎えた。(となり)まで歩いていくと、明理が目を伏せたまま口を開く。

「まったく、なに格上相手に喧嘩(けんか)売ってるんですか、勇磨さん」

「いや、だってよ、あのまま()っとくと将監(アイツ)、マジで剣抜きそうだったしさ。それに、旧友がやられる所を指くわえて見てられるほど、(おれ)脳天気(のうてんき)じゃねぇ」

「はぁ……」

 どちらからともなく嘆息(たんそく)する二人を見ながら、ラクシオと顔を見合わせて苦笑する。

 

 

      3

 

 

 その時、再び会議室の扉が開かれ、制服を着た禿頭(とくとう)の男が歩いてきた。遠くて階級章が見えないが、恐らく幕僚(ばくりょう)クラスの自衛官だ。

「ふむ、空席一、か」

 見れば確かに、勇磨たちの正面一つ(となり)、『大瀬(おおせ)フューチャーコーポレーション様』という三角プレートの席だけが(から)だ。どうしたのだろう。

「本日集まって(もら)ったのは他でもない。諸君ら民警に政府関係者からの依頼がある。ただし──本件の依頼内容を聞いた場合、その依頼を断ることはできないことを先に言っておく。依頼を辞退するものは(すみ)やかに退席願いたい」

 勇磨は鼻から小さく一つ息を吐く。さしずめ、御上(おかみ)からの任務というところか。

 周りを見渡すが、当然(だれ)一人として立ち上がることはなかった。

「よろしい。では辞退はなしということで進行する。続いて依頼の説明だが──この方に行って貰う」

 次の瞬間(しゅんかん)、奥の特大パネルに一人の少女が大写しになる。

『ごきげんよう、(みな)さん』

 彩花がカッと目を見開き、同時にその場にいた社長格の人間たち全員が泡を食ったように立ち上がる。

 勇磨も信じられないという表情でパネルを見つめていた。

 ウェディングドレスに似た純白の礼装に雪を被ったような白髪──見(まご)うことなき東京エリアのトップ、聖天子(せいてんし)

 その隣には、つかず離れずの距離で影のように天童(てんどう)菊之丞(きくのじょう)の姿もある。(よわい)七十にもなるのに格闘家のようにがっしりした体格と厳つい顔。そのしゃんと背筋の伸びた長身と(はかま)姿、ガタイだけ見るなら護衛官(シークレットサービス)でも通りそうだ。

 (うつ)し出されているのは、聖天子の私室だろう。

『それでは(わたくし)から説明します。今回民警の皆さんにする依頼は二つ。一つ目は先日東京エリアに侵入して感染者を一人出した感染源ガストレアの探索及び排除。

 そして二つ目。このガストレアに取り込まれていると思われる()()()ケースを、無傷で回収して下さい。ケースはガストレアが飲み込んだか、形象崩壊する際に体内に巻き込まれたものと思われます』

 最後の言葉と同時に、ELパネルに別ウィンドウが開かれ、ジュラルミンシルバーのスーツケースの写真がポップアップ。さらにその下に成功報酬(ほうしゅう)が現れる。それを見て今度こそ空気に困惑が混じった。

「おい、あの報酬本気か……?」「なんて額だ……」「一匹のガストレアにこれほどとは……」

 その時、民警の中から一人、挙手する者が現れた。

「そのケースの中身、聞かせていただいてもよろしいですか?」

『あなたは……?』

天童(てんどう)木更(きさら)と申します」

 ()()木更。彩花から、名前とその経歴だけは聞いていた。彼女は、聖天子付補佐官・天童菊之丞の孫娘に当たる天童家の末の娘にして、彩花の通う美和(みわ)女学院の同級生。そして蓮太郎(れんたろう)が勤める天童民間警備会社の社長でもある。

 聖天子(せいてんし)が少し(おどろ)いたような顔をした。

『……お(うわさ)は聞いております。それにしても妙な質問をなさいますね、天童社長。それは依頼人のプライバシーに当たるので、当然お答えでき──』

納得(なっとく)できません。感染源ガストレアが感染者と同じ遺伝型を持っているという常識に照らすなら、感染源ガストレアも蜘蛛型(モデル・スパイダー)でしょう。その程度の敵なら、ウチのプロモーターひとりでも倒せます。

 問題は──なぜそんな簡単な依頼を、破格の依頼料で、しかも民警トップクラスの人間達に依頼するのか()に落ちないということです。ならば値段に見合った危険がそのケースの中にあると邪推(じゃすい)してしまうのは、当然ではないでしょうか?」

 聖天子の(ひとみ)剣呑(けんのん)な輝きと共に細められる。

『……それは知る必要のないことでは?』

「かもしれません。しかし、あくまでそちらが手札を伏せたままならば──ウチはこの件から手を引かせていただきます」

 木更が両腕(りょううで)(かか)えて、退出する素振(そぶ)りをみせると、聖天子が引き止めた。

『……ここで席を立つと、ペナルティがありますよ』

「覚悟の上です。そんな不確かな説明で、ウチの社員を危険に(さら)すわけには参りませんので」

 木更は立ち止まると半分だけ振り返り、(するど)い眼光を返す。

 なんと上手(うま)い弁を使うのだろう。常々勇磨たち社員の身の安全を第一に考える彩花ですら口にできなかった言葉を次々と並べてしまうその姿には、不覚にも見とれてしまうものがあった。

 しかし次の瞬間、突如(とつじょ)部屋中にけたたましい笑い声が響き渡った。

(だれ)です』

「私だ」

 勇磨を始め、全員の視線が声の主に集まる。そこでぎょっとした。

 たったいままで確かに空席だったはずの大瀬社長の席に仮面、シルクハット、燕尾服(えんびふく)の怪人が、卓に両足を投げ出して座っていた。

「なッ、なんだこいつは!?」「いきなり現れたぞ!!」

 その時、蓮太郎が目を見開く。

「お……お前は……ッ」

「いよっと」と掛け声を上げて男は体を()らせて跳ね起きると、卓の上に土足で踏み上がる。民警の社長達は唖然(あぜん)としながらそれを見守っていた。

「お初にお目にかかるね、無能な国家元首(げんしゅ)殿。私は蛭子(ひるこ)、蛭子影胤(かげたね)という」

 男は言いながら、シルクハットを取って体を二つに折り畳み、芝居(しばい)がかった調子で礼をする。

「端的に言うと──キミたちの敵だ」

「お前ッ……!」

 蓮太郎が恐怖に駆られて拳銃(けんじゅう)を抜くと、影胤と名乗った男はそちらを向く。

「おお、元気だったかい里見くん」

「どっから入ってきやがった!」

 勇磨を始めとした列席者達は訳がわからなくなっていた。蓮太郎とだけ面識がある? どういう事だ?

「フフフ、ちゃんと正門からお邪魔(じゃま)したよ。もっとも──寄ってくるハエみたいなのはすべて()()()()けどね」

 ──殺……させた?

「おおそうだ。この機会に私の(むすめ)も紹介しておこう。──おいで、小比奈(こひな)

「──はいパパ」

 そこで、蓮太郎の影がゆらりとブレたかと思うと、彼が振り返るよりも早く、彼と木更の間を少女が歩き過ぎてきた。

 勇磨の首筋の毛がゾッと逆立つ。いつからあそこにいた?

 ウェーブ状の短い黒髪、フリル付きの黒いワンピース。腰の後ろに交差して差された二本の(さや)は、長さからいっておそらく小太刀(こだち)

「うんしょっ」といって手を突き足を上げ、難儀(なんぎ)しながら卓の上にのぼると、少女は影胤の横に来てスカートをつまんで辞儀をする。

「蛭子小比奈、十歳」

「私の娘にして──イニシエーターだ」

 ──イニシエーター!? この男、民警なのか!?

 小比奈は眠たげな顔でゆっくりと首を巡らせると、やがて控えめに影胤(かげたね)の服の(すそ)を引っ張った。

「ねぇパパ、あいつテッポウこっち向けてるよ、斬っていい?」

「よしよし、だがまだ駄目だ。我慢なさい」

「うぅー……」

 そこで勇磨は、彼女の腰の小太刀の鞘口から小さく血が(したた)って卓の上に染みを作っていることに気付き、ぞっとした。

 蓮太郎は銃を構えたまま、空いた手で木更(きさら)を後ろに下がらせる。

「ここに何の用だ……ッ」

「ああ、挨拶だよ。私もこのレースにエントリーすることを伝えておきたくてね」

「エントリー……?」

「そう──『七星(ななほし)遺産(いさん)』は我らがいただくと言っているんだ」

 その単語を聞いた瞬間、聖天子(せいてんし)が観念したように一瞬(いっしゅん)ぎゅっと目をつぶった。

「『七星の遺産』? なんだよ、それ」

「おやおや、君たちは本当に何も知らされないまま、依頼を受けさせられようとしていたんだね、可哀想(かわいそう)に。キミらが言うジュラルミンケースの中身だよ」

「ならあの日、お前があの部屋にいたのは──」

「ご明察。だが追っていた肝心の奴(感染源)はどこかに消えているし、ぐずぐずしてたら窓を割って警官隊が入ってくるしね。ビックリしたから殺してしまったよ。ヒッ、ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ」

貴様(きさま)……ッ」

 影胤は両手を大きく広げて卓の上で回転した。

「諸君ッ、ルールを確認しようじゃないか! ()()()()()()、どちらが先に感染源ガストレアを見つけて『七星の遺産』を手に入れられるかの勝負といこう!

 『七星の遺産』はガストレアの体内に取り込まれているだろうから、手に入れるには感染源ガストレアを殺せばいい。掛け金(ベット)はそうだな……。──キミたちの、()でいかがか?」

 ──その時、あさっての方向からギィン、という金属音がして、将監(しょうげん)の姿が消える。

「黙って聞いてりゃあごちゃごちゃと──うるせぇんだよ!!」

 次の瞬間、影胤の(ふところ)に潜り込んでいた──速い!!

「ぶった()れろや」

 逆巻(さかま)く突風をまとって巨剣が竜巻の(ごと)く振り回される。角度タイミング共に最適、逃れようのない必殺の間合い。

 だがバシィッという雷鳴音(らいめいおん)(はじ)け、次の瞬間(しゅんかん)将監の剣があさっての方向に弾き飛ばされる。

「なッ──」

 何が起こった!?

 一瞬のことだったが、将監の剣と影胤の間に青白い燐光(りんこう)を見た。

 ──あれは、まさか……?

 そうこうしている間にも、反動で下がった闘神が、背後に絶叫。

夏世(かよ)ォッ!!」

 直後、すさまじい勢いで壁面を駆け上っていく少女に気づいた。

怒鳴(どな)らないで下さい──わかっています」

 少女──夏世の瞳が赤い残像を残して(きらめ)く。

 夏世が将監の剣を()り返すと、勢いを殺すことなく将監がその(つか)を握り込み、影胤のマスクを(ねら)って突き入れる。

 逆巻く衝撃波が、将監のドクロスカーフをなびかせた。

 勇磨はゴクリと固いツバを飲み込む。

 なんて連携だ……! これが、千番台か……!!

「……──ヒッ、ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ。いやいや、さすが大口をたたくだけのことはある。ちょっとだけ見直したよ。だが残念ながら……」

 白煙が徐々に晴れ、怪人の姿が明らかになる。それを見て、将監は愕然(がくぜん)と目を見開いた。

「なんだよ……そりゃあ……」

「──キミでは及ばなかったようだ」

 影胤の仮面から二十センチほどのところで、将監の剣は不可視の壁に(はば)まれていた。

「下がれ将監!」

 そこで三ヶ島(みかじま)一喝(いっかつ)。彼の意図を()んだ将監が舌打ちと共に後退する。

 その時を見計らっていたかのように、集まっていたすべての社長とプロモーター、そして一部のイニシエーターたちが自衛用のピストルを抜いて一斉に引き金を引きまくった。勇磨も撃つ。隣の彩花も撃つ。ラクシオも撃つ。

 耳を(つんざ)く発砲音と共に、三六〇度あらゆる方向からの銃撃。再びの雷鳴音と共に、今度はよりはっきりと青白い燐光が見える。

 それはドーム状のバリアだった。

 拳銃弾がバリアに当たると、けたたましい音と共にあさっての方向に跳ね返る。勇磨達の所に飛んできた跳弾(ちょうだん)を明理が洋刀(サーベル)で、雛乃が(クロー)で叩き落とした。

 勇磨も()かれたようにワルサー拳銃を撃ちまくったが、やがて弾薬を撃ち尽くして、スライドストップが上がり、その場にいる全員がすべての弾丸を吐き出し尽くした。

 硝煙(しょうえん)のきついにおいが(ただよ)う、奇妙な静けさのなか、運悪く跳弾が当たった人間のうめき声が、あちこちで聞こえていた。

「そん……な……」

 蓮太郎が忘我の表情で声を(しぼ)り出す。

 一方で勇磨は先ほどの奇妙な既視感(デジャヴ)の正体を確信し、人知れず(まなじり)(するど)くした。

 やっぱりか、こいつの能力は……ッ。

「どうだい? 斥力(せきりょく)フィールド、私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでいる」

「……バリア、だと? お前、本当に人間なのか……!?」

「人間だとも。ただこれを発生させるために、内臓のほとんどをバラニウムの機械に詰め替えているがね」

「機械……ッ!?」

「そう! 私は選ばれた人間、人の上を行く人!

 改めて名乗ろう! 里見くん! 私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 三ヶ島が(おどろ)きに目を見開いた。

「ガ……ガストレア戦争が生んだ対ガストレア用特殊部隊ッ? 実在するわけが……」

「信じる信じないはキミの勝手だよ。まぁ何かね里見くん? つまり私はあの時まったく本気ではなかったのだよ、悪いね。まあそんなお詫びの気持ちも含め、キミにプレゼントだ」

 影胤は音もなく蓮太郎の目の前までやってくると、マジックショーさながらに白い布を自分の(てのひら)に被せ、三つ数えて取り去る。するとそこには、赤いリボンがあしらわれた箱が現れた。影胤が卓の上にそれを置くと、愕然としている蓮太郎の肩に手が置かれる。

「絶望したまえ民警の諸君。滅亡の日は近い。行くよ小比奈」

「はい、パパ」

「それでは──ごきげんよう」

 二人は悠然(ゆうぜん)と割れ飛んだ窓まで歩いていくと、ごくごく自然な動作で飛び降りた。

 勇磨を含め、室内にいた人間はしばらくの間、動けなかった。(だれ)も彼らを追いかけようなどとは言い出さなかった。

 勇磨も(うつむ)くと、嘔吐(おうと)だけはすまいと胃の奥からせり上がってくるむかつきを懸命に(こら)える。

 その時、蓮太郎の肩に手が置かれ、ビクリとなる。木更が厳しい表情で(たたず)んでいた。

「里見くん、説明なさい。あの男とどこで出会ったの?」

「それは……」

 蓮太郎が言い(よど)んでいると、三ヶ島が怒りに任せて卓に(こぶし)(たた)きつける。

「天童閣下(かっか)ッ! 新人類創造計画はッ──あの男が言っていたことは本当なのですか!?」

「答える必要はない」

 (いわお)のような菊之丞(きくのじょう)はこゆるぎもせずに即答する。

 重い沈黙が下りかけたその時、突然半狂乱の(てい)で男が会議室に飛び込んできた。

「たッ、大変だぁぁッ。しゃッ、社長が……ッ、社長があああッ」

「おい! どうした!?」「何があった!」と社長格の人間達が口々に呼びかける中、彩花が冷静に口を開く。

「欠席した大瀬(おおせ)社長の秘書ね」

「様子がおかしいぞ」

 勇磨がそう返した直後、男が続けて叫ぶ。

「社長が……自宅で殺された……! ──死体の首がッ、どこにもないんだァッ」

 全員の視線が、蓮太郎の目の前に置かれた箱に向けられた。

 箱の一辺は三十センチほどある。蓮太郎は(ふる)える手でゆっくりリボンを解き、(ふた)を持ち上げた。どこからか、ひッという息を飲む音がする。

 

 

 ──しばらくそれと対面した後、蓮太郎はゆっくりと蓋を下ろす。

 

 

 拳を握る手が震え、蓮太郎は震える声を(しぼ)り出した。

「……ぁ……の……野郎ぉッ!」

静粛(せいしゅく)にッ!』

 聖天子(せいてんし)の澄んだ声に、勇磨はゆっくりと顔を上げる。

『事態は尋常(じんじょう)ならざる方向に向かっています。皆さん、(わたくし)から新たにこの依頼の達成条件を付け加えさせていただきます。

 ケース奪取を(たくら)むあの男より先にケースを回収して下さい。でなければ、大変なことが起こります』

「──聖天子様」

 彩花だ。彼女はヘイゼルの瞳に見たこともないほど厳しい色を浮かべ、続ける。

「今度こそケースの中身、教えていただけますね?」

 聖天子は目をつぶり、小さく(くちびる)()んだ。

『ケースの中に入っているのは『七星の遺産』。邪悪な人間が悪用すれば、モノリスの結界を破壊し──東京エリアに『大絶滅(だいぜつめつ)』を引き起こす、封印指定物です』




はい、ここまでお付き合い下さりありがとうございます。というのも今回、原作や漫画B・Bのネタをふんだんに盛り込んだ結果なんとFT二次創作を含めても最長の一万八千字超えを記録してしまったからです汗
因みに今回のお話は、原作の第一章後半が丁度終わったところですね。前回より該当箇所の総合ページ数が少ないのにボリュームが増すとはこれ如何(いか)に……。

まぁ自分としては原作のストーリーは基本的に変えずに蓮太郎達とは別の視点から物語を描きたいと思っているのですが、ここまで原作等のネタを使っていて、アカバンされないかちょっと心配だったりします笑
しかし! 自分も原作第八巻を熱望し、漫画B・Bの作風をこよなく愛するファンの端くれ。このまま自分の道を突き進んでいきたいと思います!
それでわ、しーゆーあげいん!

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