ブラック・ブレット・オリジナル   作:水天 道中

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あけましておめでとうございます!
……といっても、一月も既に半分は過ぎてしまったわけですが笑
今回は久々の本編更新ということで、初心に返り、文の構成を考えるコツを掴み直すところからのリスタートになりました。正月辺りに投稿できないかなーなどと甘い考えでいましたが、こんなに遅くなってしまって申し訳ありません。
前回までの流れを忘れてしまったという方は是非、第一章から気持ちを新たに読み返してみて下さい。初回投稿時にはなかった描写を加筆修正でかなり盛り込んだ部分もあるので、何度読み直して頂いてもその度に新たな楽しみをお届けできることかと思います。
それでは第三章、どうぞ!


第三章 消えたガストレアの(なぞ)を追え

 雲間から朝の光が帯状に差し込み、(すずめ)たちがチュンチュン鳴きながら街路樹の枝の上で(たわむ)れていた。

 勇磨(ゆうま)明理(あかり)にひと言出かける(むね)を告げ、徒歩で駅まで向かうと、()えた汗のにおいがする満員電車に乗り込む。

 折角(せっかく)の休日の朝っぱらから何故(なぜ)こんなことをしているかというと、事は先ほど掛かってきた一本の電話に(たん)を発する。

 昨日(きのう)の会議室の一件の後、彩花(あやか)がこれまでに起こった一連の出来事をとある人物に伝えたところ、先方が自分と会って詳しい話を聞きたいといってきたらしい。だからといって、どうして待ち合わせの時間や場所を勇磨の許可なく勝手に決めてしまったのか抗議したが、そこはそれ。

 彩花(いわ)く、『勇磨くんは休日ダラダラしてばっかりなんだから、(たま)には空き時間を有効活用して民警(みんけい)らしいことをしてみたらいいんじゃない?』とのこと。

 アンタが勝手に決めたんだから自分の頑張りにカウントできないだろとか、(いく)ら何でも休日の早朝に予定を入れるのは配慮(はいりょ)に欠けるだろとか、言いたいことは山ほどあったが、決まってしまったものはもうどうしようもない。

 彩花に不満を訴えたところで、先方の都合がこの時間しかつかなかった以上、彼女の意見が(ひるがえ)ることはない。そんなわけで、勇磨は仕方なく自分の楽しみを(あきら)めてワンマン社長の指示に従っているのだ。

 勇磨は電車を降りると、重い足を引きずって商店街の雑踏(ざっとう)を横切り、一軒の店の前に立つ。場所は東京エリア第三区、高級感(あふ)れる巨大な喫茶店(きっさてん)の前だった。

 ──それにしても、あの人もこんな所を指定されてよくOK(オーケー)出したな……。

 よくよく考えてみればウチの社長も元は財閥のお(じょう)様だったということを今さらながらに思い出す。一般市民の自分を平気で送り出してくれた彼女への軽い憎悪(ぞうお)を覚えながら、勇磨はがっくりと肩を落として、入り口の(とびら)を押し開けた。

 

 

      1

 

 

「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」

 慇懃(いんぎん)に頭を下げつつ(たず)ねてくるウェイターに、待ち合わせです、と答えて勇磨(ゆうま)が広い喫茶店内を見渡していると、すぐに奥まった窓際の席から無遠慮(ぶえんりょ)な大声が掛けられた。

「おーい桐谷(きりがや)くん、こっちこっち!」

 上品なクラシック音楽の流れる空間に低くさざめいていた談笑が一瞬(いっしゅん)ピタリと()み、非難めいた視線が集中する。勇磨は首を縮め、足早に声の主に近づいた。着古(きふる)したブルゾンにジーンズという出で立ちの勇磨は、上流階級マダムが八割を占める店内ではひどく場違(ばちが)いで、こんな所に呼び出した相手に対する怒りが改めて(つの)ってくる。

 これで相手が妙齢(みょうれい)の美女というならまだ我慢(がまん)できただろうが、生憎(あいにく)こちらにいま手を振っているのはスーツ姿の男だった。勇磨は苛立(いらだ)ちに任せてどすんと椅子(いす)に腰を落とす。

 即座に横合いからウェイターがお冷やとお(しぼ)り、それにメニューを差し出した。本革張りと見えるそれを受け取ると、テーブルの向かいから陽気な声が飛ぶ。

「ここは(ぼく)が持つから、好きに選んでよ」

「言われなくてもそのつもりだよ」

 ぶっきらぼうに答えてメニューに視線を落とすと、恐ろしいことに最も廉価(れんか)なものでも千二百円と、勇磨の月の生活費の二〇%近くが消し飛ぶ価格設定になっていた。

 背筋に悪寒(おかん)が走り、反射的にコーヒー一杯(いっぱい)で済ませそうになるが、そこではたと気づく。目の前の男は超高給取りの官僚(かんりょう)であり、支払いも交際費、つまり国民の血税によって行われるのだ。そこまで考えたところで馬鹿(ばか)らしくなり、勇磨は平静を(よそお)って次々とオーダーしていった。

 どうにか()まずに言えたメニューの合計額は実に四千百円。(もう)からなかった月の勇磨ならこれだけで生活費をほぼ全額使い果たしてしまう計算になる。

「かしこまりました」

 ウェイターが(なめ)らかに退場し、勇磨はようやく一息ついて顔を上げた。

 山盛りの生クリームの上にふんだんに金箔(きんぱく)をまぶした巨大プリンをパクつく男の名は、渚島(なぎしま)誠通(あきみち)。太い黒縁(くろぶち)眼鏡(めがね)(かざ)()のない髪型、国語の教師然とした生真面目(きまじめ)そうな線の細い顔立ちは、とてもそうは見えないがこれで国家公務員のキャリア組なのだ。所属するのは総務省東京エリア行政評価局特別感染症対策課第二別室。通称『(ガストレア)(ウィルス)対策課』。

 つまりこの男は、人類を(おびや)かす世界最強のウィルス・ガストレアウィルスに立ち向かい、またその保菌者たる『呪われた子供たち』の監理を()り行う国側のエージェント……あるいはスケープゴートというわけだ。本人は事あるごとにトバされたと我が身を嘆いている。

 その不遇(ふぐう)な渚島氏はプリンの最後の一片を幸せそうに口に運ぶと、ようやく顔を上げて無邪気な笑顔をみせた。

「いやあ、ご足労(そくろう)願って悪かったね、勇磨くん」

「そう思うなら聖居の間近なんかに呼び出すなよ」

「君のところの社長さんには、しっかり許可を(いただ)いたんだけどなぁ」

「あの人は仮にも財閥の元令嬢(れいじょう)なんだぞ。俺みたいな一般市民なんかとは本来住む世界が違うことぐらい、ちょっと考えればわかるだろ」

「この店の生クリーム、絶品なんだよねぇ……。シュークリームも頼もうかな……」

 メニューを見ながら真剣に悩んでいる渚島にうんざりしつつ眺めていると、彼が不意に視線をこちらに戻す。

「そうだ、明理(あかり)ちゃんの体の調子はどうだい? 授業中は相変わらず退屈そうにしているけど、普段は元気にやってるかな?」

 勇磨は柑橘(かんきつ)系の芳香(ほうこう)漂うお絞りで手を(ぬぐ)いながら、ため息混じりに返した。

「そりゃ、あいつの頭なら普通の小学生が習うことでわからないことは無いはずだからな。他の生徒と同じように授業受けたところで、つまらないのも無理ないだろ。それで、何だっけ? あー、元気だよ、おかげさまで。体内浸食率もたった六.二%で、先生も完全に安全域だって言ってた」

 そう、この男は実は、IISOの職員としてイニシエーターのスカウトや民警(みんけい)志願者の受付、民警ペアの仲介を担当しており、そしてなにより、勇磨と明理、彩花と雛乃(ひなの)をそれぞれ引き会わせた張本人でもある。

 よって勇磨が民警許可証(ライセンス)を取ってからは、こうして会って話すことも少なくない。また、明理たちが通う青空教室の担任をボランティアで引き受けていることもあり、なにかと世話になっているのも事実である。

 当初は勿論(もちろん)こちらは敬語を使っていたが、そのうちこの男が純粋な善意のみで自分に接触しているわけではないと悟るに及んで、自然とぞんざいな口の()き方になっている。

「先生……ね」

「……なんだよ?」

「いやね、勇磨くんの周りには素晴らしい女性が多いな、ということを改めて思っただけさ。明理ちゃんはシャチの因子の影響で(すさ)まじい知能指数(IQ)をもっているし、彩花くんは才色兼備の敏腕(びんわん)社長。さらにセルシアくんはあの可憐(かれん)な容姿で世界でも指折りの天才というじゃないか。どうして君の周りには、あんなに素敵な女性ばかり集まっていくのかな? やっぱりなにか、仲良くなるコツでも知ってるのかい?」

 気持ち前のめりになって()いてくる渚島に、勇磨は顔の前で手を払って答える。

「集まるとかそんなんじゃなくて、ただの()()きだよ。彩花さんは幼馴染(おさななじ)みだからって一緒に仕事始めただけだし、明理や先生なんて、今でこそ打ち解けてるけど、最初は仕事上での付き合いだけだった。あと、なにか勘違(かんちが)いしてるらしいから言っとくが、(おれ)たちは別に(だれ)一人としてそういう関係じゃねぇからな?」

「なるほどなるほど。そうか、やはりもってる人間は、取り立てて努力しなくても自然に得をするものなんだね。死ぬほど勉強したのに東大には不合格だった僕なんかとは大違いだ」

 何ひとつ理解していないらしいキャリア官僚殿(どの)は、何故(なぜ)か勝手に納得したように(うで)を組んでうんうんと(うなず)いていた。

 勇磨はそんな渚島を見ながら、この男のペースに乗せられてはならないと内心で自戒(じかい)しつつ口を開く。

「それで、アンタは俺たちと違って相当(もう)かってんだろ? シュークリーム一個ぐらいで悩むなよ」

「あぁ、そうだね。……うーん、いや、やっぱりここは()めておくとしよう、国家予算のために」

 そういってパタリとメニューを閉じた官僚(かんりょう)に、勇磨は再びこれみよがしな()め息をついてやる。

「じゃあそろそろ本題に入って(もら)えませんかね。社長から話はある程度聞いたんだろ? 何が知りたい?」

 すると渚島は(となり)椅子(いす)に置いたアタッシュケースに手を伸ばし、極薄(ごくうす)のタブレット型端末を取り出しながら答える。

「いや、彩花くんから聞いたのは、昨日までに何があったかという大雑把(おおざっぱ)な情報だけだ。君の方からも改めて、どんな事を見聞きしたのか聞かせてほしい」

 その時、ウェイターが再び音もなく現れ、勇磨の前に注文された品を並べていく。

「以上でお揃いでしょうか」

 勇磨が頷くと、ウェイターは恐ろしい金額が記載されているだろう伝票をテーブルの端に置いて消えた。

 勇磨は鼻からひとつ息を()くと、とりあえずコーヒーに口をつける。それから、先日倒したガストレアについて、その感染源がまだ見つかっていないこと、更に防衛省に呼び出され、そこに謎の仮面の男が出現したこと等、順を追って一つひとつ説明していった。

 渚島はタブレットを眺めながら、(あご)をさすって(うな)る。

「なるほど、そんなことがねぇ……。ひとつずつ確認していこう。君は一昨日(おととい)、ステージⅠのガストレアと交戦しこれを排除。しかしそれは感染者で、感染源の方はまだ見つかっていない。更にいうと、その感染源は少なくとももう一人以上は感染者を出していると考えられる……。ここまでは間違いないね?」

「あぁ。もう一人の感染者については昨日、防衛省に来てた民警の一人が『この間倒されたガストレア』って言ってた。

 でも、一昨日の時点で民警サイトに()ってたガストレアの目撃報告は一件だけ。それが、俺たちが倒したガストレアのことだろうし、大方(おおかた)まだ倒されたガストレアが別にいたけど、サイトの公開状況が更新されてなかったってことだろ」

「そうか。……おや? しかし、そうすると変だな。勇磨くん、ガストレアとどこで交戦したか、もう一度言ってくれるかい?」

「……第二十三区だけど……?」

「ふむ、やっぱりおかしいね。これを見てくれ」

 そういって、渚島は端末の画面を一八〇度回転させてテーブルに置く。見ると、たったいま話していた民警機関のウェブサイトが開かれていた。そこには、ガストレアとの交戦があった場所、目撃報告が出た場所を最大九十日間にわたって(さかのぼ)ることができる地図が……。

「…………え?」

 勇磨は(まゆ)(ひそ)めた。確かにそこにはガストレアとの交戦があったことを示すアイコンがひとつ表示されている。しかし、第二十三区がある位置から離れ過ぎているのだ。

「どうだい? アイコンの位置は第十八区。君がガストレアを倒した二十三区からは三キロ以上もの距離がある。そして、二十三区内のガストレアの目撃報告は無し。これは明らかに、表示ミスや報告漏れでは説明がつかないはずだ」

「どう、なってる……? こんな重大なミスを放置しておいて、政府の役人どもはなんで周囲一帯に警告のひとつも出してないんだよ!?」

 思わず声を荒げそうになるのを必死に自制して()め寄ると、渚島は(あわ)てて両手を顔の前に上げ首を振る。

「いやいや、それを僕に言われても。僕は行政に直接口を出せる立場じゃないし、こう言っちゃなんだが、そもそも政府は避難警報なんかの強制手段はほとんど取ることがないから、僕らが声を上げたところでどうにかなる問題じゃない」

 勇磨はどっかと椅子(いす)に座り直すと、(ゆる)くかぶりを振る。これだから権力者は嫌いなんだ。

「まぁいい、わかった。それに関してはなにか新しい情報が入ったら教えてくれ。──で? 他に気になることは?」

 渚島はひとつ頷くと、タブレットを手許(てもと)に引き戻し、続ける。

「うん、次に気になるのは、やはり防衛省に突然現れたという仮面の男についてだね。名前は蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)。君の話が確かなら、彼は防衛省にいた人間の中で、君の友人である蓮太郎(れんたろう)くんとだけ面識があった、と」

「間違いないよ。蓮太郎は、(やつ)を見た瞬間(しゅんかん)から様子が変だったし、影胤の方も蓮太郎にだけはやけに()れ馴れしい口調だった。あいつが仕事中にどこかで影胤と出くわしてるのはほぼ確定してる」

「そして、影胤はこう言ったそうだね? 『追っていた肝心の奴(感染源)はどこかに消えているし』と」

「あぁ、奴は蓮太郎と出会う前から、俺たちが探してる感染源を追っていたらしい。そのガストレアに、奴が求める何か重要な手がかりがあるはずだ」

 それから、と勇磨は心の中で付け加える。影胤が口にした『七星(ななほし)遺産(いさん)』という単語。その実態は不明だが、感染源ガストレアの体内に巻き込まれているというそれが今回のキーアイテムであることを疑う余地はない。

「ところで勇磨くん、君は最近『ガストレア新法』という単語を耳にしたことがあるかな?」

 渚島の問いかけに、勇磨はこの喫茶店(きっさてん)までの道中で見かけた、街頭テレビのパネルに映し出されていた聖天子(せいてんし)の厳しい表情を思い出しながら答える。

「あぁ、知ってるよ。『呪われた子供たち』の基本的人権の尊重を確約するって法律だろ?」

「その通り。一昔前まで彼女たちは、人知れず川で産んで目も開かない状態のまま水につけて殺すのが一般的だったし、なまじ再生能力なんてものがあるせいで、親からの過激な虐待(ぎゃくたい)の対象になりやすい。

 ガストレアショック、なんて言葉もあるね。赤い()を見るとショック症状を起こす戦争後後遺症だ。これを起こす親は、自分の子供の目もまともに見られないらしい」

 こほん、という咳払(せきばら)いの音に(となり)を見ると、上流階級の初老の夫婦が物凄(ものすご)い目つきでこちらを(にら)んでいた。だが渚島は意外な豪胆(ごうたん)さを発揮し、ぺこりと会釈(えしゃく)しただけで話を続ける。

「そして『呪われた子供たち』は、遺伝型がガストレアウィルスに汚染されたせいで親子鑑定(かんてい)をしても肉親との血の(つな)がりを立証できない。そこから飛躍(ひやく)して、法的に人間か否かを問う声まであるんだ。大戦を経験した『奪われた世代』のほぼすべてが潜在的な『呪われた子供たち』差別主義者であるとも言えるこの状況下で、彼女たちの味方は非常に少ない。『ガストレア新法』とは、そんな彼女たちの境遇に理解ある聖天子様が、なんとかして救いの手を差し()べようと、(おん)(みずか)ら発案された法案なんだよ。

 これは本当に素晴らしいことだと僕は思う。ガストレアが行った人類への侵略(しんりゃく)と、不幸にも胎内(たいない)でそのウィルスに(おか)された子供たち。本来この二つは分けて考えられなければならない。戦争を知らない彼女たち『無垢(むく)の世代』は、(まぎ)れもない被害者なんだから」

 熱弁を振るっていた渚島は、しかしそこで急に声のトーンを落とした。

「しかしね、やはりそれを良しとしない者が大勢いるんだ。中でもその代表者的な立ち位置にいるのが、聖天子付補佐官、天童(てんどう)菊之丞(きくのじょう)閣下(かっか)世襲(せしゅう)制である聖天子の補佐官という、実質政治家の最高権力的ポストにつき、聖天子様に忠誠を(ちか)う彼は、同時に極端な『呪われた子供たち』差別主義者でもある。

 彼とはほとんど関わりのない部署に勤めている僕の耳にも、彼の良くない(うわさ)は嫌でも入ってくるぐらいだよ。なんでも聞いた話によれば、『呪われた子供たち』はおろか、その戦闘力(せんとうりょく)の高さを有効活用するべく()み出された民警(みんけい)システムにでさえ、好意的な感情を(いだ)いていないらしい」

「…………。……そんな話を(おれ)にして、なんの意味があるっていうんだ?」

「いやなに、この辺りの話も一応、勇磨くんの耳に入れておけば、また新たな観点からも今回の一件を見直せるんじゃないかな、と思ってさ」

 まったく悪びれることなくそう(こた)えた渚島の無邪気な笑顔に、勇磨は遂に頭を(かか)えたくなった。

「結局、一番重要な部分を探るのは俺かよ。何か有力な考察でも聞けるのかと思ってわざわざ朝早くから出てきたってのに。俺はアンタのくだらない探偵(たんてい)ごっこに付き合うためにここに居るわけじゃないんだぞ」

「そこを解決することこそ、勇磨くんの仕事の一環じゃないか。勿論(もちろん)、後の事はタダでやってくれ、なんて甘えたことは言わないよ? さっき話に()がった民警サイトの不自然な表示の件。あれについては、こちらで可能な限り原因究明した上で結果を報告させてもらおう。その代わり、君は感染源ガストレアの探索(たんさく)や、蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)(たくら)みを阻止(そし)するために、引き続き頑張ってくれ」

 

 

      2

 

 

 喫茶店を後にした勇磨は、朝方とは別種の疲労を抱えながら清華(せいか)大学附属病院の受付をパス。()き清められた清潔な廊下をしばらく行くと、馴染(なじ)みの地下への薄暗(うすぐら)い階段を慎重に下っていった。

 何を考えているのかイマイチ読めない高給官僚(かんりょう)寄越(よこ)した情報によって新たに浮上した問題を解決するには、やはり専門家からの意見も仕入(しい)れておく必要がある。

 やがて勇磨の靴の裏が緑色の陶製タイルを(たた)くカツンという音が響いた。ともすればインテリアにもみえる巨大な頭部をもったポール型監視カメラの間をすり抜けると、ドアの取っ手に手を掛ける。

 (とびら)を押し開け、顔を上げた──次の瞬間(しゅんかん)、室内にいた人物が(はじ)かれたようにこちらを向いた。残像の顔の辺りに残る、(ほの)かな赤い光。

 同時に相手が向けてきたものの正体が銃口(じゅうこう)であることを直感で悟り、勇磨は咄嗟(とっさ)に扉の陰に飛び込む。続けて(こし)のワルサー拳銃(けんじゅう)を抜くと、遊底(スライド)を引き発砲(はっぽう)可能にして構えた。

(だれ)だテメェッ」

 地下室内に向けて叫ぶ。しかし、そこで勇磨は相手が一切(いっさい)発砲してきていないことに気づいた。不審(ふしん)に思って耳を()ませると、部屋の中から聞こえるのは何者かがバタバタと(あわ)ただしく動き回る衣擦(きぬず)れの音。

 最初に手だけを出して振ってみるが、反応なし。

 次に首を伸ばしてそっと中を(のぞ)き込むと、先ほどの人物が右を向き、腰溜(こしだ)めにしたアサルトライフルのようなものを激しく左右に振っていた。

 しかし、やはり発砲している様子はない。代わりに、(かす)かに()れ聞こえてくるのは──断続的な射撃(しゃげき)(サウンド)(エフェクト)

 ようやく状況がなんとなく(つか)めてきた勇磨が一歩進み出ると、(なぞ)の人物は再びこちらを向き、銃を構えて引き金を引いた。それと同時に、銃口からではなく、相手の頭の方から再びの微かな射撃音。

 落ち着いてよく観察してみると、謎の人物は清楚(せいそ)な印象を与えるパステルカラーのスカートとシャツの上に引きずるほど長い白衣という、見覚えしかない出で立ちをしていた。先ほど赤い光の尾を引いていた光源も、どうやらフルフェイスゴーグルのレンズが光っていただけらしい。

「…………。──先生?」

 勇磨が気持ち大きめの声で呼びかけると、少しして相手の動きが止まり、目を()らすように首を()き出す。というかその前にまずゴーグルを(はず)せ。

「……あ、勇磨さん?」

 案の(じょう)というべきか、聞き慣れた少女の声が自分を呼び、白衣の人物が頭に手をかけてゴーグルを外す。

「どうりで、さっきからやけに倒れにくくて(さわ)がしい敵がいると思いましたよ」

 その中から金髪ポニーテールの美少女の笑顔が覗いたところで、勇磨は改めて胸を()で下ろした。

「ッたく、(おど)かすなよ。いきなり銃なんか向けられるもんだから、てっきり強盗(ごうとう)にでも入られたかと……。──待て、いま(なん)つった?」

「え? 勇磨さんをゲームの敵キャラと間違えて必死に()ってました」

「撃つな。ていうか、そもそもゲームしてても敵と(おれ)間違うかフツー?」

「間違いますよ。だって勇磨さん、あんまり敵と変わらないんですもん」

「は? どういう意味だよ?」

「だって勇磨じゃないですか、()()()

「…………」

「──ユーエムエー」

「誰が未確認動物(UMA)だ」

 セルシアは心底楽しそうにケラケラと笑いながら、持っていたライフル型のコントローラーを(つくえ)に置くと、傍らのゲーム機類を片付け始める。

 見ると、壁には普段彼女が映画鑑賞に使っているスクリーンが掛けられ、そこにプロジェクターでゲームのタイトルがでかでかと(うつ)し出されていた。状況から察するに、どうやらガンシューティング系のゲームで遊んでいる最中だったらしい。

 セルシアが(わき)(かか)える、ただのフルフェイスゴーグルにしてはゴツいマスクも、恐らくVRモードを搭載(とうさい)したゲームのハードの一部だろう。まったく、人騒がせな医者がいたものだ。

 勇磨はスツールに腰かけると(あき)れ返りながら、部屋の左側を埋める大判の本棚を見た。かつて世界最高の頭脳の右腕(みぎうで)として働き、日本最高の頭脳である室戸(むろと)(すみれ)教授とも問題なく議論を戦わせられる頭脳は、いまや映画と各種ゲーム漬けになって見る影もない。

 室戸教授と親交がある蓮太郎(れんたろう)の話では、彼女も『大変な変人なんていう言葉で片付くほど生やさしいもんじゃねー』らしいが、その彼女を知らない勇磨がこうしてセルシアを見ていると、比べようによっては下手をすればこちらの方が重症度合いが(ひど)いのではないかという気さえしてくる。少なくとも普段の言動を見ている限りでは、それほどにIQが高いふうには絶対にみえない。

 ちなみに、勇磨はセルシアから『四賢人(よんけんじん)』に関する概略の説明を一応受けてはいるが、細かい事情まで知っているわけではない。

 セルシアと彼らが旧知の仲であること、中でも室戸教授と親しくしていたこと、そしてセルシアがグリューネワルト教授の右腕だったこと以上の情報は、話をもち出す度に上手(うま)くはぐらかされてしまい、聞けずにいるのだ。

 なんでも、セルシア(いわ)く、『まだ教える時じゃない』らしいが、そう言われると余計に知りたくなるというもの。

 しかし勇磨もある程度は察しがついている。

 すべての民警(みんけい)ペアにはIP序列──倒したガストレアの数や挙げた戦果によりIISOが規定、発行するランク付け──が必ず与えられるが、序列が上がっていけばそれに応じたレベルの機密情報アクセスキーも(あわ)せて与えられることになっているのだ。

 セルシアがそうまでしてひた隠しにするということは、恐らく勇磨がもつ最低位のアクセスキーではまだ閲覧できない領域に、その『四賢人』という存在が多少なりとも関わっているのだろう。

 それならば、勇磨がやるべき事はひとつ。いまよりもっと鍛錬(たんれん)を積んで序列の階梯(かいてい)を駆け上がり、真実に辿(たど)り着くための切符(きっぷ)をこの手で(つか)み取るだけだ。

 そこでセルシアがリモコンを操作するとスクリーンがするすると巻き取られていく。その後ろから現れた光景を見て、勇磨は思わず感嘆(かんたん)の声を上げた。黒板をはみ出して、壁にまでびっしりと難解な数式が並んでいる。

「先生、なんだそれ」

 勇磨が問いかけると、セルシアはヘアゴムを外して頭を振り、髪を払いのけながら答える。

今朝(けさ)観てたドラマ映画が推理小説を原作にしてるんですが、主人公がクライマックスで、長い数式を勢いよく描いて事件の謎を解き明かすパフォーマンスをするんです。そこで描かれてる数式が気になったので、自分で再現してみたら、割と滅茶苦茶(めちゃくちゃ)なところが多々あって……。これってもしかして番組制作会社に問い合わせたら、私の意見を参考に改良して(もら)えちゃったりしますかね?」

 あくまでもまったく悪気なく(ひとみ)(かがや)かせているセルシアに、勇磨は苦笑した。

「いや、止めてやれよ……。ただでさえ細かく注目しないことを前提に作ってる部分だろうに、そんなとこにアンタがガチ意見なんか投げたら、クレーム対応係の胃に穴が空くぞ」

 セルシアはクスクスと悪戯(いたずら)っぽく笑うと、ひと通りの片付けを終えたらしく自分の席に座る。

「さて、お待たせしました勇磨さん。今日(きょう)はどうしましたか?」

「実は、俺達が一昨日(おととい)倒してここに運び込まれてたガストレアについて相談がある。今朝、渚島(なぎしま)さんに呼び出されて話してきたんだけど、そしたら(いく)らかヤバい事がわかったんだ」

 勇磨が一旦(いったん)言葉を切ると、セルシアは無言で先を促した。

「まず、あれは感染者だった。そして肝心の感染源──多分、同じくモデル・スパイダーの単因子だと思うけど、いまもまだ、どこからも殲滅(せんめつ)報告どころか目撃報告すら出てないんだ。確認できるだけで(すで)にもう一人は感染者が出てしまってるし、このままじゃ犠牲(ぎせい)(しゃ)が増える一方だ。一刻も早く殲滅したい。隠れてるとしたらどんな場所だと思う?」

「そーですねー」

 セルシアは座っている椅子(いす)ごと回って遊び始める。

「勇磨さんはハエトリグモの特徴って知ってます?」

「特徴……まず、あの体色だろ? そしてジャンプして獲物(えもの)を捕るのは有名だよな。徘徊(はいかい)性、だっけか」

「その通りです。でも、そのスケールが人間大になったからといって、元の通り何十倍もの跳躍力(ちょうやくりょく)を示すものではありません。ノミのジャンプ力が人間換算で東京タワーほどもあるとかいいますが、そんなにノミの体が巨大になれば自分の体を支え切れませんし、皮膚(ひふ)呼吸すら満足にできなくなります。それが現実です。しかし──ガストレアウィルスはすべてを(くつがえ)す。

 生物がガストレアに変化する際、大きさに応じてまず、皮膚の硬度や体機能が向上します。だからガストレアはでかければでかいほど硬いし筋力も強靭(きょうじん)です。しかも、ただ自分のコピーを作り出すのではなく、宿主(やどぬし)の遺伝子特性を解析(かいせき)したうえで最適な形状に作り替えていきます。そして問題なのは、その速度(スピード)

 ガストレアウィルスの浸食(しんしょく)スピードは、地球上のあらゆる生物に比して規格外といえます。そして体内浸食率が五〇%を超えると人間の姿を保てなくなり、形象崩壊というプロセスを()て宿主はガストレアになります。また、その過程で本来得るはずのないオリジナルの能力を生み出す個体もあります。それが突然変異による()()()()()という奴なわけです。

 随分と話が長くなってしまいましたが、見つかっていない感染源もなにかオリジナルの能力を得ているのかもしれませんね」

「……なんだろ……光学迷彩とか?」

「ん〜、もっと単純に、カメレオンみたいな擬態(ぎたい)カムフラージュがありますね。花弁(かべん)に擬態して獲物を捕るハナカマキリとか、海藻を集めて(かぶ)るカニなんてのもいますし。

 あーでも、さっきの話だと、政府側が感染者の数を正確に把握(はあく)できてないんですよね? だったら、考えにくいですが最悪、光学迷彩の線も捨て切れなくなりますね。あくまで、その問題までガストレアの能力に起因すると仮定した場合の話ですが……」

 勇磨が見ると、セルシアはいつしか(あご)に手を当てて思考の海に沈んでいる。普段は軽い口調で巫山戯(ふざけ)てばかりいる彼女だが、こうして話したお(かげ)で思考が大分まとまってきていた。やはりなんだかんだいって、この人は(すご)い。

「なるほど、擬態カムフラージュね……。マジの光学迷彩の可能性も考えとくとして、とりあえずその線で探ってみようと思う。じゃあ(おれ)は行くよ、ありがとう先生」

 セルシアはまだ何か言いたそうにしているが、マトモに付き合い始めると幾らでも話が()れていきそうだということで勇磨が別れを告げると、当の少女は一拍(いっぱく)遅れて顔を上げる。

「え? あぁ。また、いつでも来て下さいね」

「今度から、ドッキリ要素はナシでお願いしとくよ」

 

 

 

 




改めまして、お久しぶりです。(みな)さんは年末いかがお過ごしでしたでしょうか?
自分は特別話せることもなく、普段通りの年越しでしたが、普段通りというのが一番良いことなのかもしれません。

さて、今回のお話を書くにあたって、自分は約一年強という長い長い休載期間を頂き、お陰様で自分の活動方針などを改めて考え直すことができました。
自分の考えでは最初、原作B・Bの高揚感を残したまま、章の区切りも変えずに内容を圧縮したような感じで書き進めたいと思っていました。しかし、その事に(こだわ)り過ぎるあまり、文を如何(いか)に短く簡潔にまとめるかということばかりに意識がいってしまい、手が止まっていることに気づきました。
加えて、そもそも第一章を投稿した時点で(すで)にそんな計画が実行できなくなっていたことを思い出すに至り、ようやく執筆に乗り出すことができた次第です。

とまあ、反省はこのくらいにしておいて、そろそろ本題に移りたいと思います。
まずは今回のお話の該当箇所について。内容は原作一巻の第一章前半、菫の初登場シーンを意識して作りましたが、時系列としては同巻第二章の冒頭から四割ほどまで。蓮太郎が延珠に(たた)き起こされた流れでショッピングに行ったあの日の出来事となっています。
新しい登場人物も、一人だけですがしっかり出てきているので紹介しておきましょう。
渚島(なぎしま)の容姿モデルは、SAOの菊岡(きくおか)
彼は第二章でもチラッと登場していますが、キャラクター性を深く掘り下げられたのは今回が初めてということで、このタイミングで紹介させて頂きました。

それでわ、しーゆーあげいん!

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