ブラック・ブレット・オリジナル   作:水天 道中

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少々早いですが、メリー・クリスマス!
今回もなんとか個人的目標を達成し、こうして年明けまでに新作の投稿に漕ぎつけることができました。

そういえば前回の後書きで、読者の皆さんの反応を気にし過ぎるあまり、割と重要な補足を忘れていたので報告です。

本作における未織(みおり)枠の少女・鬼灯(ほおずき)佳澄(かすみ)の口調ですが、英語が混じる際は例外なく、完全なネイティブ発音になります。
俗にいう『ルー語』ではなく『(かん)これの金剛(こんごう)の語尾を標準語調にしたような感じ』だと思っていただけると理解が早いと思います。

また、これまでの内容に関する訂正をひとつ。
明理(あかり)のトレードマークである(つば)付き(ぼう)のマークの表記を『(いかり)マーク』から『(いかり)マーク』に変更しました。
改めてよく調べてみたところ、この二つの漢字の使い方が微妙に違うらしく、『錨』の方が自分のイメージに合っていると判断した結果の変更です。

さて、それでは第五章、スタートです!


第五章 帰還、そして人類(ヒト)が追われた地へ

 蓮太郎(れんたろう)が運び込まれた病院を後にした勇磨(ゆうま)たちは、彩花(あやか)への報告を済ませたあと、その足で清華(せいか)大学附属病院へと向かった。

 これから行く予定の施設について、佳澄(かすみ)には『とり急ぎ空きを確保してほしい』と伝えたが、その彼女とて施設の管理者権限を持っているわけではない。勇磨たちが予約を入れようと思ったら、まず佳澄を介して彼女の親友経由で交渉する必要があるのだ。

 さらにその施設は自衛隊(じえいたい)や特殊警察、民警(みんけい)、金持ちの趣味人に至るまで頻繁に利用しており、予約は一年先まで埋まっているとか。いかに緊急事態といえど、おいそれと借りることはできないのである。

 (ゆえ)に勇磨は予約手続きの完了を待つ間、空いた時間でセルシアにある相談をしに行こうとしていた。

 道中、ラクシオペアと合流すると、そのまま四人で大学病院の敷地(しきち)内へ。受付を顔パスで通過し、急な階段をゆっくり下っていくと、(とびら)を押し開けながら声を掛ける。

「先生ー、いるかー?」

 その声に、正面の(つくえ)でカルテかなにかを書いていた少女が顔を上げた。勇磨達を視認すると、(つか)の間その身体が硬直する。次の瞬間(しゅんかん)椅子(いす)()ね飛ばし、こちらに向かって猛然(もうぜん)と走り込んできた。

「おわぁッ」

 それを見た勇磨は(あわ)てて()ける。直後、走ってきた勢いそのままに(はな)たれたセルシアの飛び()りが、背後に立っていたラクシオに命中した。

 階段に倒れ込んだラクシオに馬乗りになると、セルシアは怒鳴(どな)りながら両の(こぶし)(なぐ)りつける。

「いままでどこほっつき歩いてたんですかこンのクソ兄貴(あにき)いいぃぁあァッ。毎度毎度、よく(わたし)に何も言わず何週間も出かけられますねぇえ!? 兄ってのはねぇ、弟妹(ていまい)の面倒をみるのも仕事のうちなんですよおォッ。それでも私の兄さんやってる自覚あんのか堕落(ダラク)シオォコラアアァッッ」

「お、おい先生ちょっと落ち着けッ。お前ら、止めるの手伝ってくれッ」

 明理(あかり)がセルシアを引き()がす間、勇磨(ゆうま)は彼らの間に割り込むと、愛香(よしか)と二人がかりでようやくラクシオの救出に成功した。

 羽交(はが)()めにしたセルシアのあまりの剣幕(けんまく)に、明理は引きつった笑みを浮かべているが、彼女と初対面になる愛香などは目を白黒させている。

 勇磨は久々に見るセルシアの荒れ(よう)に、(あき)れ返って盛大な()め息をひとつ吐いた。

 普段はお(しと)やかな雰囲気(ふんいき)をまとって、いかにも大人(おとな)しそうな顔をしているセルシアだが、どういうわけか兄・ラクシオのこととなると感情が制御できなくなるらしく、こうして顔を合わせるなり(つか)みかかっていくことも(めずら)しくない。

 ただひとつ誤算だったのは、ラクシオが東京エリアに帰ってきたことを彼女に知らせておらず、また勇磨も伝え忘れていたことで、彼女の怒りのボルテージが上がる理由を増やしてしまっていたことである。

 (ちな)みに、先ほどセルシアが怒鳴り散らしていた内容は一見(すじ)が通っているように聞こえるが、彼女の場合『妹の自分に心配をかけたこと』以前に『帰ったことを聞いていたら買い出しを(たの)めたのに』などといった勝手な言い分が含まれているため、残念ながら同情の余地はない。

 勇磨は後ろ頭を()きながら口を開く。

(わり)ぃな、愛香(よしか)。怖がらなくていいぞ……つっても、無理だよな……。この人はラクシオさんの妹で、ガストレア解剖医(かいぼうい)のセルシア・バルバトス教授だ」

 するとセルシアは、先ほどの剣幕など感じさせない(おだ)やかな微笑を浮かべて会釈(えしゃく)した。恐ろしいことに、この数秒で髪や衣服の乱れまで元通りになっている。

 愛香がカチコチに緊張した様子で一歩前に出た。

中原(なかはら)愛香、です。この度ラクシオさんのイニシエーターになりました。よろしくお願いします」

 礼儀正しく頭を下げる愛香に、セルシアは軽く目を見開いて応える。

「へぇ、そうなんですか。こちらこそ、兄をよろしくお願いしますね、愛香さん」

「あー、それから、さっきみたいに暴走するのはラクシオさんに対してだけだし、割とよくある事だから気にするな。難しいのはわかるが『慣れてくれ』としか言えない」

 勇磨の言葉に、愛香は目を丸くしてこちらを見た。

「よくある? いつもこんな調子ってこと……?」

 そこで立ちくらみがしたのか顔に手を当て数歩よろめくと、(なな)め後ろに立つポール型監視カメラの頭部にもう一方の手を()く。

 その時、ガコッという音がして、監視カメラの巨大な頭部がずれ動いた。愛香は転びそうになりながら、(あわ)ててカメラの位置を元に戻す。

 転落の危険が無いことを確認し、胸を()で下ろしたところで、勇磨たち四人分の視線を集めていることに気づいたらしい。(ほお)を染め、咳払(せきばら)いしてから居住まいを正す。

「油断したわ。コレ、下のポールと(つな)がってるものとばかり思ってたけど、普通に取れるのね」

 

 

 階段に(たた)きつけられたラクシオだったが、たいした怪我(けが)はなかったらしく、愛香に助け起こされるとすぐに勇磨たちの後をついてきた。

 全員でスツールに腰かけると、正面に座るセルシアが口を開く。

「さて。今日は、私と愛香さんの顔合わせ……だけってことはないですよね、クソ兄貴もいますし。なにかありましたか?」

 勇磨(ゆうま)はセルシアの物言いに(あき)れつつも、(さら)なる混迷を避けるべく、さっそく本題に入ることにする。

「そうなんだ。実は、相談したいことがあって」

 それから勇磨はモデル・スパイダーの能力の真相、聖天子(せいてんし)から依頼された任務の詳細と、その遂行の失敗までの経緯(いきさつ)。そして現在東京エリアに迫りつつある『大絶滅(だいぜつめつ)』のシナリオと、蓮太郎(れんたろう)昏睡(こんすい)状態にある事などを洗いざらい語った。

 セルシアは最初こそ「なるほど、ハンググライダーでしたか……」等と呑気(のんき)な反応を返していたが、聖天子からの任務失敗の段に至ると、流石(さすが)に沈痛な面持(おもも)ちになって(だま)り込んでしまう。

 少しの間をおいて、セルシアは視線を上げた。

「……それで、相談というのは……?」

 組んだ手に視線を落としていた勇磨は鼻からひとつ息を()くと、覚悟を決めてその(ひとみ)を見返す。

「あぁ。万が一に備えて、(おれ)達で影胤(かげたね)をぶっ飛ばせるように対策を立てようと思ってる。そのうえで聞いてほしい」

 一拍おいて、強張(こわば)る口をどうにか動かした。

 その言葉に、明理(あかり)愛香(よしか)が目を()いて勇磨(ゆうま)を見る。ただ独り、ラクシオの表情だけは静かで、内心を()し測ることができない。

 セルシアも軽く目を見開いたが、その双眸(そうぼう)はすぐに剣呑(けんのん)な輝きと共に細められた。

 

 

 結局この日、佳澄(かすみ)から(くだん)の訓練施設の都合がついたといった連絡は来なかった。

 しかし、それも仕方ないことだと明理(あかり)は思う。本来なら一年も先まで埋まっている予約を、一日やそこらで融通してくれという要求自体、土台無理な話だったのだ。

 また、民警(みんけい)機関のウェブサイトの不可解な表示についても続報は無い。こちらはさしもの明理も専門外であるため考察が難しいが、仮にも政府の失態を(あば)こうというのだ。いかに渚島(なぎしま)が優秀といえど、探れる情報にはどうしても限界があるのだろう。

 そして最も気がかりだった蓮太郎(れんたろう)の安否も、ついに連絡が来ることは無かった。

 かくして東國(とうごく)民間警備会社の面々は、何の手掛かりも安心材料も得ることができぬまま、決戦の時を待つこととなる。──と、思われたのだが。

 翌日。

 早朝から鳴り響くスマホに(たた)き起こされた勇磨の口から、衝撃(しょうげき)の情報が飛び出してきた。

 一体いかなる手段を用いたのか、佳澄が訓練施設の空きを確保できたというのだ。

 

 

      1

 

 

 勇磨(ゆうま)たちは先日と同様ラクシオに連絡を入れ、彼の車に乗り込むと目的地へ向けて出発した。

 彩花(あやか)たちにも電話で訓練の同行を提案したのだが、なんでも、今回の事件に(たずさ)わる民警(みんけい)の代表者に限り、政府から再びの召集が掛けられたらしい。

 よって現在、行動を共にしているのは、桐谷(きりがや)ペアとラクシオペアに、彩花と別れてこちらに加わった雛乃(ひなの)の五人ということになる。

 目的地は、天童(てんどう)民間警備会社にも装備品を提供している巨大兵器会社『司馬(しば)重工』。その本社ビルである。

 ラクシオがビルのエントランスに車を直付けすると、全員で下車。総ガラス張りの一階エントランスをくぐった。

 警備員にまったく声を掛けられないのは、(すで)に社内の人間には話が通っているからだろうか──などと漠然(ばくぜん)と考えていた勇磨は、そこで正面から歩いてきていた人物に気づいて軽い衝撃(しょうげき)見舞(みま)われる。

「ようこそ東國(とうごく)民間警備会社のみんな、司馬重工本社ビルへ。待っとったよ。しばらくぶりやねぇ」

 妖艶(ようえん)な笑みを浮かべてそう切り出したのは、スーツ姿の職員が行き交う社内には(はなは)だ似つかわしくない、明るい色の和服に(そで)を通した少女だった。

 彼女こそここ、司馬(しば)重工の社長令嬢(れいじょう)・司馬未織(みおり)だ。

 更につけ加えると、蓮太郎の通う勾田(まがた)高校の同級生であり、なおかつ生徒会長まで務めているらしい。

「おや、これは社長令嬢様(みずか)らご丁寧(ていねい)に……」

 律儀(りちぎ)に頭を下げようとしたラクシオに、未織は苦笑と共にかぶりを振る。

「んもう、イヤやわぁラクシオさん。司馬(しば)東國(とうごく)の仲やないの。ウチはみんなとちょっとでも()よ会いとうて出てきただけやで?」

 今度の未織の発言に社交辞令的なニュアンスが含まれていないのは、勇磨も理解していた。

 『司馬と東國の仲』といってしまうと少々語弊(ごへい)があるのだが、天童(てんどう)と東國、東國と鬼灯(ほおずき)、そして鬼灯と司馬(しば)の家や会社には、それぞれ昔から強い繋がりがある。よって勇磨たちは佳澄(かすみ)を仲介して、こうして司馬重工にも色々と世話になっているというわけだ。

 ちなみに、これほど回りくどい手を使ってまで司馬重工の支援を受ける理由は至極(しごく)単純で、鬼灯重工には彼らほど充実した設備がないのだ。これは決して勇磨(ゆうま)の主観による評価ではなく、佳澄(かすみ)も偶にこぼしているれっきとした実情である。

 力関係をざっくり表現するなら、日本の兵器産業界の頂点に君臨するのが司馬重工、その(わず)か数歩後ろを歩むのが鬼灯重工といったところか。

 だが鬼灯重工側にその残り数歩を(くつがえ)すつもりは──佳澄(いわ)く資金力的にも──全くないらしく、司馬重工とは商売(がたき)でありながら良好な関係を築いている。

「じゃ、案内するから、みんなついてきてな」

 (きびす)を返して歩き出す未織の後に続いてエレベーターに乗り込むと、地下五階のボタンを押した。

「あ、そうそう」

 やや窮屈(きゅうくつ)なケージの扉が閉まってから(ほど)なくして、未織(みおり)が再び口を開く。

「ウチ、この子のこと今日(きょう)初めて見たんやけど、もしかしてラクシオさんの……?」

「うん、僕の新しいイニシエーターだ。ペアを組んでからはしばらく()ってるんだけど、東京エリアに帰ってきたのが先週だから、たしかに未織さんとは今回が初対面になるね」

「初めまして。モデル・アント、中原(なかはら)愛香(よしか)よ」

 未織は愛香の挨拶(あいさつ)手短(てみじか)(こた)えた後、視線を上げて遠くを眺めるように目を細めた。

「にしても、アリの因子なぁ。どんな能力見せてもらえるんか、いまから楽しみやわー」

 楽しそうにクスクスと笑う彼女の言葉には、勇磨も同感だった。というのも、今朝(けさ)から気になってはいたのだ。愛香はその背中に()闘神(とうしん)伊熊(いくま)将監(しょうげん)得物(えもの)に勝るとも(おと)らぬ巨剣(きょけん)を差しているのである。

 到着の音と共にケージの扉が開くと、勇磨は眼前(がんぜん)に展開された思わぬ光景に片眉(かたまゆ)を上げた。

ハァイ(Hi)いらっしゃい(Welcome)みんな(everyone)

 休憩(きゅうけい)スペースの一角に置かれた、ひと組のテーブルセット。そこに腰掛(こしか)けていた金褐色の巻き毛の少女が振り返り、さも当然の(ごと)く明るい笑顔で、流暢(りゅうちょう)な英語と共に手を振ってきたのだ。

「……なんで、お前までここにいるんだよ」

 勇磨(ゆうま)呆然(ぼうぜん)(つぶや)くと、未織(みおり)がスタスタと少女の近くまで歩いていき、悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべてこちらに向き直る。

「ま、サプライズゲストってやつやね。今回の訓練には、観客として同席することになっとる。さっきまでここでウチと(しゃべ)っとってんけど、(おどろ)かせたかったから言わんかったんよ」

「別に観客(audience)が増えて困るようなモンじゃないんだし、いいよね〜。それとも(Or)……私が居ちゃ、ダメ(can't I sit here)?」

 未織に続き口を開いた佳澄(かすみ)が、両頬(りょうほお)に描いた三本のヒゲを(しお)れさせながら(うる)んだ(ひとみ)で見上げてくるので、勇磨は(あき)れ返りつつ首を横に振った。

「それじゃ始めよか。もし何か欲しい武器(ぶき)あったら、そこのロッカールームから好きに持っていってな」

 未織の言葉に、愛香(よしか)が意外そうな顔になる。

「何でも? 実弾(じつだん)まで使えるの?」

「実弾どころとちゃうよ? ここは世界でも特別高い性能を誇る仮想戦闘(せんとう)訓練施設。室内全体が特殊なゴムで出来とるから、各種爆薬(ばくやく)まで使用可能や」

 感嘆の吐息(といき)を漏らす愛香に、思わず口元を(ゆる)ませてから、勇磨は明るい声を出した。

「まず、順番決めようぜ。(だれ)からいく?」

 

 

 司馬(しば)重工本社ビル地下五階。『VR戦闘訓練施設』と呼ばれるこの施設は、縦横一キロにもおよぶ、広大なキューブ状空間だ。床と壁の境目すらわからない精白(せいはく)な室内にはチリひとつ無く、(はる)か頭上からの照明光が真っ白な空間に乱反射して、目を開けているのが(つら)いほど(まぶ)しい。だが、一度(ひとたび)システムが作動すれば、この非現実感(ただよ)う空間は即座にその姿を一変させ、様々な地形や仮想敵をシミュレートする模擬戦場となる。

 最初に名乗りを上げたのは、ラクシオだった。

 挑んだステージの名前は『アンシビライズド』。鬱蒼(うっそう)としたジャングルのなか、自動小銃で武装した民兵型エネミーが四方八方から襲い来る、対ゲリラ戦に特化したステージだ。

 しかし、普段から未踏査領域で仕事をこなす天童(てんどう)式戦闘術免許(めんきょ)皆伝(かいでん)の秀才にとっては、むしろ得手(えて)とするシチュエーションだったのだろう。三十体あまりいた仮想敵を十五分ほどで全滅させ戻ってきたラクシオが「ああいう環境で対人戦をやるというのも新鮮な感覚だね。ちょうどいい運動になったよ」と微笑(ほほえ)んだときには、勇磨(ゆうま)(ほお)を引きつらせて笑うしかなかった。

 続いて雛乃(ひなの)が『ウェイストランド』というステージで屋外戦闘(せんとう)力および明理(あかり)に指摘されていた、攻撃(こうげき)時に掛け声をかけてしまう(くせ)の改善。勇磨たちも(きた)るべき激戦に備えて、実戦訓練に打ち込んだ。

 明理が戻ってきたところで、ラクシオが口を開く。

「それじゃあ次は、いよいよ愛香(よしか)の番だね。この施設の使い方はだいたい(つか)めたかな?」

「えぇ、問題ないと思うわ」

 ひとつ(うなず)くと、愛香は横手にカードリーダーのある扉を押し開けた。途端(とたん)に視界に流し込まれたあまりの光量に(うで)を上げる。

 前後左右もわからない広大な空間を歩いていくと、不意に周囲の景色がぐにゃりと(ゆが)み、一瞬(いっしゅん)立ちくらみがした後に見た光景は一八〇度様変わりしていた。

 選んだステージの名前は『ルインズ』。見渡す限り廃墟(はいきょ)が立ち並ぶ、住宅街での戦闘(せんとう)に重点を置いた構成らしい。

 愛香は目を伏せ静かに能力を解放すると、背中からバスタードソードを下ろして前方を(にら)み据えた。

「──天童(てんどう)式戦闘術・三段。中原(なかはら)愛香──出るわ」

 

 

 各々(おのおの)がひと通りの訓練を終えたあと、聖天子(せいてんし)からの事前説明(ブリーフィング)があるということで、勇磨たちは再び防衛省へ。その後訓練の途中で合流していた彩花(あやか)の提案で、蓮太郎(れんたろう)見舞(みま)いに行くことになった。

 病院へと向かう車中で、勇磨(ゆうま)は助手席に座る愛香(よしか)にそっと視線を注ぐ。

 彼女の能力は、色んな意味で興味深いものだった。

 案の(じょう)というべきか、基本はバスタードソードから強烈な斬撃(ざんげき)を繰り出すのだが、そこに我流の格闘術を組み合わせることで、小回りが利かない大剣(たいけん)の弱点をカバーしているのである。

 ラクシオに確認してみたところ、やはり愛香に格闘術を仕込んだのは彼だった。天童(てんどう)流は免許(めんきょ)皆伝(かいでん)になると技の創出と伝授が許されるため、二人で過ごす間の修行も兼ねて手ほどきをしたらしい。それにしても、修行の開始から四半期余りで三段まで昇格したというのだから、その()み込みと上達の速度には目を見張るものがある。

 また、天童流は免許皆伝以外の者が技に独自のアレンジを加えることを禁じていたはずだが、それもラクシオに(たず)ねると「『愛香は『子供たち』だから、人間の枠には収まらない』といって助喜与(すけきよ)師範(しはん)を説き伏せたよ。勿論(もちろん)僕は愛香が人間と違うなんて、これっぽっちも思ってないけどね」という茶目(ちゃめ)っ気たっぷりの回答が返ってきた。

 イニシエーターが武術を習得するとこうも飛躍(ひやく)的な戦闘力の向上が望めるのか……などと考えつつ、(となり)の相棒を見やると不機嫌そうな半眼(はんがん)で「なんですか?」と(にら)み上げられてしまった。

 

 

      2

 

 

 病院に到着すると、正面玄関に歩いていく二人組が見えた。勇磨(ゆうま)(あわ)てて車を降り()け足で追い(すが)る。

「あッ、おーい、二人とも!」

 呼びかけに気付いた少女二人がこちらを振り返り、面食らったような顔になった。

桐谷(きりがや)くん? それに、あなた達まで……。わざわざ皆でお見舞(みま)いに来てくれたの?」

 微笑(ほほえ)みを繕う木更(きさら)の目元に涙の跡を見とがめて胸が痛む。どう説明したものかと悩んでいると、後ろから追いついてきた彩花(あやか)がすかさず助け舟を出した。

「うん、会社は違っても、蓮太郎(れんたろう)くんだって私たちの大切な仲間だもん。心配なのはみんな同じだよ」

 不甲斐(ふがい)なさに思わず苦い表情になりつつ視線で謝意を送ると、彩花も困り顔で笑みを返してくる。

「そう……そうよね。……ありがとう」

「それで、蓮太郎さんの容態は?」

 明理の質問に木更は口元に(かす)かな笑みを浮かべた。だがその(ひとみ)には、依然として痛みの色が見える。

「えぇ、あれから手術はなんとか成功したわ。でも、まだ目は覚ましてないみたい」

「そうですか……」

 明理が(うつむ)いてしまい、場に流れかけた暗いムードを払うように、ラクシオが口を開いた。

「ひとまず中に入って、様子を見にいってみようか」

 その言葉に(うなず)きあうと、全員で連れ立って蓮太郎(れんたろう)が眠る病室を目指す。ここまでのやり取りの間、いつも元気一杯だった延珠(えんじゅ)が一言も発していない点については、努めて考えないようにした。

 

 

 病院の廊下(ろうか)を半分ほどまで進んだ時、勇磨(ゆうま)たちの耳に届いた音が沈滞した空気を吹き払った。

「──ッてぇぇぇぇぇ!!!」

 フロア中に(ひび)き渡ったその絶叫に、全員でびくりとして立ち止まる。

里見(さとみ)……くん……?」

 先頭を歩いていた木更(きさら)呆然(ぼうぜん)(つぶや)いた直後、彼女と手を(つな)いでいた延珠が不意に駆け出した。

「あ、ちょっと延珠ちゃんッ」

 木更の制止も聞かず、絶叫の発生源である個室の(とびら)を開け(はな)つや、助走をつけて飛び込んでいく。

 直後──。

「れんたろぉぉぉぉぉッ!!!」

 という(おさ)(がた)い歓喜を(はら)んだ絶叫と、

「があああああッ!!!」

 という苦悶(くもん)の悲鳴がほぼ同時に響き渡り、廊下中を再度ビリビリと(ふる)わせた。

 勇磨は未だ(ほう)けた表情の木更と顔を見合わせると、思わず小走りになりながら個室の入口に近づく。

 そっと中を(のぞ)き込むと、ベッドの上で上体を起こし困惑の表情を浮かべている少年の横で、延珠が立ったまま布団に突っ伏していた。

 木更はふらりと一歩、よろめくように()み出す。

「里見くん。…………。──おかえりなさい」

 見上げると、ラクシオも笑って頷きを返した。

 勇磨は、病室に入っていく木更の後に続くと、少年を見据えて精一杯の笑みをつくる。歯を食いしばっていないと、いまにも涙が(こぼ)れそうだった。

(おれ)たちも居るぜ。ッたく、心配かけやがって」

 

 

 不足分の椅子(いす)を看護師に出してもらい、全員が腰を落ち着けたところで、木更(きさら)が持ってきていたリンゴを()き始める。

 蓮太郎(れんたろう)は手ごろなサイズに切り分けられたそれを爪楊枝(つまようじ)で口に運びながら、おもむろに問いかけた。

「俺はどれくらい寝てた?」

「丸一日と、三時間くらい。大手術だったわ。医者もさじを投げかけたそうよ。でも君は生きることを(あきら)めなかった。偉いわ」

 (よど)みなく木更がそう返すと、蓮太郎は(ほお)を染め視線を()らす。

 それから二、三言交わし、木更がリンゴのおかわりを用意し始めたところで、いままで不機嫌そうに黙々(もくもく)とリンゴを咀嚼(そしゃく)していた延珠(えんじゅ)のツインテールがピコンと跳ねた。

「そうだ蓮太郎! お(ぬし)に見せたい物があるのだ! ちょっと家まで取りに行ってくる!」

「と、取りに行くって、今からか?」

 蓮太郎は目を白黒させながら()くが、延珠は得意げにフフンと笑って(こた)える。

「心配するな、(わらわ)(あし)ならばあっという間だ! ──ではな!」

 延珠が(あらし)のような勢いで病室を飛び出していき、扉がバタンと閉められた。

「……そういうこと言ってるんじゃねぇよ……」

 蓮太郎が(あき)れ顔で(つぶや)くと、木更が口元に手をやってクスクス笑う。

「延珠ちゃん、さっきまでとはまるで別人だわ。君が寝てる間、あの子、食事も睡眠も取らなかったのよ? なのに突然(とつぜん)あんなに元気になるなんて……ちょっと可笑(おか)しくて……」

 そういって笑う木更の目元にも小さな陰影がついていることに、蓮太郎も気づいたのだろう。(きょ)()かれたような表情になって(かす)かに(くちびる)(ふる)わせると、()し目がちに口を開いた。

「……(おれ)は、どうやって助かったんだ……?」

 その問いに、勇磨(ゆうま)は表情を改めて切り出す。

「それは、俺から順を追って話すよ。実は俺と明理(あかり)もあの時、お前らの近くにいたんだ。けど感染源の死体を見つける(ころ)にはもう見失って、(さが)してる内にお前の銃が河の(そば)に落ちてるのを見つけた。だから、もしかしたらと思って下流に向かったんだ。そしたら途中で偶然木更(きさら)さんと出会って……」

 勇磨が説明する間、バッグを(あさ)っていた木更が一(ちょう)拳銃(けんじゅう)を取り出した。スライドストップが上がって弾を撃ち尽くした(ホールドオープン)状態のXDだ。

 彼女はそれをサイドテーブルに置くと、おもむろに語り出す。

「覚えてるかしら。伊熊(いくま)……伊熊将監(しょうげん)

「!?」

 蓮太郎がぎょっとして目を見開いた。

「あの時、延珠(えんじゅ)ちゃんが、ケース捜索(そうさく)に来ていた伊熊ペアと運よく遭遇(そうぐう)して協力してもらったらしいの。私たちが着いたときには、もう君の応急処置も済ませてあった」

 そこで一度言葉を切ると、木更は(うつむ)いて続ける。

「そして君が病院に運び込まれたとき、言われたわ。『結局足手まといのガキだったな』って」

 蓮太郎(れんたろう)は表情を(くも)らせて視線を()らす。と、そこで木更は意を決したように話題を切り替えた。

里見(さとみ)くん──蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)と遭遇したのね」

 その名前を聞いた瞬間(しゅんかん)、蓮太郎の(ひとみ)が裂けんばかりに見開かれる。冷や汗が(ほお)を伝って、布団を固く握りしめる彼の手に(したた)り落ちた。

 その様子を木更が気遣(きづか)わしげに(なが)めていると、いままで勇磨の(となり)でタイミングを見計らっていたらしい彩花(あやか)が語り始める。

「さっき、聖天子(せいてんし)側が彼らの情報を寄越(よこ)したわ。プロモーター蛭子影胤。彼は十年前、政府系の病院から関係者を殺して脱走。戦後の混乱期のどさくさで名前を変えて民警(みんけい)をやっていたみたい。

 彼の出す斥力(せきりょく)フィールドは、対戦車ライフルの弾丸を(はじ)いて、工事用クレーンの鉄球を止めるらしいわ。その要求スペックも、『ガストレアステージⅣの攻撃(こうげき)に耐えることが出来る絶対防御(ぼうぎょ)』。

 イニシエーター蛭子小比奈(こひな)。彼女はモデル・マンティス、つまりカマキリのガストレア因子をもつイニシエーターで、刃渡りがある程度ある刀剣を持たせると接近戦では無類(むるい)の強さを(ほこ)るそうよ」

 そこまでで木更が蓮太郎に視線を戻し、続きを引き取った。

「このペアは問題行動が多すぎてライセンス停止処分にされたけど、処分時のIP序列(じょれつ)は……」

 木更が言い(よど)むが、蓮太郎は動かず口を開く。

「……言ってくれ」

 (つか)の間、場の空気が張り詰める。勇磨たちも固唾(かたず)()んで続く言葉を待った。

「……。──百三十四位」

 勇磨の身体が強張(こわば)り、寒気がして胃が重くなるのを感じる。見ると、さすがのラクシオも顔色をなくしていた。

 二〇三一年現在、世界には二十四万組の民警の正規ペアが存在する。そして個人間の相性問題もあるが、IISOが与えたIP序列がほぼそのまま強さの基準と考えられている。(ゆえ)に序列二万番台の勇磨(ゆうま)たちでも上位一〇%の内の一ペア()()()()()、まだまだ中堅(ちゅうけん)の域を出ない。伊熊将監のように千番台、すなわち上位約〇.五%に食い込むペアになってようやく高位序列者と呼ばれ始めることになるのだ。

 そこにきて敵の序列が百番台。並み居る強豪(きょうごう)を押し退()け上位〇.〇五%に位置づける超々高位序列者。

 正気の沙汰(さた)ではない。

「そういやアンタ、会社に顔出さなかった間もずっと仕事してたんだよな? 序列は(いく)つ上がった?」

 勇磨は思わず、隣に座る金髪の青年に問いかける。今の彼の表情から返答はわかり切っているのに、眼前(がんぜん)の恐怖に当てられて思考が(とどこお)っていた。案の(じょう)というべきか、彼の向こう(どなり)に座る愛香(よしか)が自分を抱きながら(にら)みつけてくる。

馬鹿(ばか)いわないでッ。確かにウチの社内じゃ私たちが最強かもしれないけど、相手は百番台なのよ?」

 ラクシオも深く(うつむ)くと低く(しゃが)れた声を出した。そのかんばせは、深い絶望に(いろど)られている。

「僕と愛香の序列は九百五十位だ。ここにいる(みんな)の中では特に強いということにもなるだろう。それでも、敵がこれでは……。次元が違いすぎる」

「じゃあ、蓮太郎がこうして生きてるのも……?」

 呆然(ぼうぜん)(つぶや)いた勇磨の言葉に、ラクシオは力なく首を振り、小声で(こた)えた。

「あぁ、まず間違いなく、手加減されていた、ということだろうね……。もし影胤(かげたね)が本気だったら、蓮太郎くんは死んでいた」

 勇磨(ゆうま)が視線を戻すと、蓮太郎(れんたろう)は布団をいっそう固く握り込み、震えを(こら)えている。

 なおも木更(きさら)の話は続いた。

「なぜ今まで隠していたのか、なぜ野放(のばな)しにしていたのか聞いてみたわ。するとなんて言ったと思う?

 『『新人類創造計画』は存在しない計画。ゆえに存在しない兵士は脱走できない』ですって。笑えたわ」

 投げやりに言い(はな)ち席を立つと、蓮太郎に背を向けたまま説明を再開する。

蛭子(ひるこ)影胤達は現在『七星(ななほし)遺産(いさん)』を奪ってモノリスの外『未踏査領域』に逃走。いま、政府主導で大規模な追撃作戦が──」

 と、そこで木更の携帯が鳴った。着メロはラヴェルの『()き王女のためのパヴァーヌ』。

 木更は二言三言話した後、自分の椅子(いす)に置いていたスタンドにスマホを立てる。

里見(さとみ)くん、話があるそうよ」

 着信名は、なんと『聖天子(せいてんし)様』となっていた。ややもせず、思わず背筋が伸びるような(りん)とした声が聞こえてくる。

『もしもし里見さん、聞こえますか?』

「……ああ」

今日(きょう)の二十一時をもって、蛭子影胤(かげたね)追撃作戦が始まります。多数の民警(みんけい)が参加する史上最大の作戦です。()み上がりで申し訳ありませんが、あなたもこの作戦に──』

(おれ)が──俺がなんの役に立つ……ッ」

 蓮太郎の言葉に木更が目を()き、話を(さえぎ)られた聖天子が沈黙(ちんもく)した。

「……聞いてるんだろ、完敗だったんだ。手も足も出なかった。ましてや今回の作戦、蛭子ペアよりも上位の民警だって参加してるはずだ! だったら──!!」

『あなたがッ!!』

 不意に聖天子が声を荒らげ、場に静寂(せいじゃく)が満ちる。

『……あなたが必要な理由は……里見さん自身が一番よくわかっているはずです……!』

 蓮太郎は左手で頭を(かか)えて歯を食いしばると、押し殺した声を出した。

「……ッ。無理だ……ッ。俺には、できない……!!」

 聖天子は(つか)()無言でいたが、やがて先刻(せんこく)から微妙にトーンを変えた声が流れる。

『では、あなたの友人が、大好きな人が、東京エリアに住むすべての市民たちが死ぬとしても、あなたは戦わないのですね?』

「何……?」

 勇磨は雲行きが怪しくなっているのを悟り、手の(ひら)にかいた汗をズボンの生地(きじ)(ぬぐ)った。

『蛭子影胤を止めない限り、明日(あした)にはもうこの東京エリアは壊滅(かいめつ)します。天童(てんどう)社長から聞いていないのですか?』

「どういう……ことだ……!?」

 そこまでで勇磨はハッとして彩花(あやか)に視線を向ける。今朝(けさ)(がた)、彼女たち民警の代表者は再び政府から召集が掛けられたと言っていた。まだ勇磨たち社員には伏せられている情報を、彼女たちは持っている。

 勇磨の予想通り、彩花はなにかに耐えるように目を伏せていた。

『蛭子影胤は、奪い去った『七星の遺産』で呼び寄せるつもりなのです。世界を(ほろ)ぼした、あの災厄(さいやく)を』

 全員が息を詰めて聖天子の言葉に聞き()っていた──その時、突如(とつじょ)木更が動いた。まだ聖天子が話している最中だったにもかかわらず、断りもなくスマホをタップ、通話を終了させてしまう。

「木更……さん……?」

 わけもわからず勇磨たちが見上げるなか、戸惑(とまど)いの表情を浮かべる蓮太郎に力なく笑いかける。

「里見くん──ちょっと、風に当たらない?」

 

 

 蓮太郎は、木更の提案に応じて制服に着替えると、そのまま二人で病室を出ていってしまった。

 勇磨(ゆうま)はそれを見送った後、表情を引き締めて彩花に向き直る。

「社長、ちゃんと本当の事を教えてくれ。アンタら、政府から何を聞かされた……?」

 しばしの沈黙(ちんもく)の後、彩花は軽く(うなず)いた。

「うん、そうだよね。(みんな)に関係すること……だもんね。私から、ちゃんと、説明しないと……」

 すっと席を立つと、自分に言い聞かせるように弱々しく(つぶや)きながら窓際までゆっくり歩いていき、こちらに振り返る。

「……ッ。ステージⅤが来るわ」

 その場にいたほぼ全員が、愕然(がくぜん)と目を見開いた。

(うそ)……だろ……」

 (かす)れた声が漏れる。彩花は、ちらりと勇磨に視線を向け、続けた。

「ガストレアの完全体・ステージⅣを凌駕(りょうが)する、世界を滅ぼした十一体のガストレア、ステージⅤ。またの名を、ゾディアックガストレア。蛭子影胤の奪った『七星の遺産』は、そのうちの一体を呼び出せるなんらかの触媒(しょくばい)なの」

 そこで明理(あかり)(たま)らず声を上げる。

「そんな……。でも、あり得ませんッ。ステージⅤを人為的に呼び出すなんてこと、不可能です!」

「それが可能なの。私もその時初めて聞いたわ。この情報は蛭子影胤逃走時にマスコミ数社へリークされる寸前で報道管制が()かれたんだけどね」

「でも、それはおかしいわ。ステージⅤが襲ってくるようなことになれば、最悪東京エリアに大絶滅(だいぜつめつ)が訪れる可能性もある。そんな報道をしたら市民は大パニックになる(はず)なのに、それで得をする人間がいるの?」

 (あご)に手を当てて考え込んでいた愛香(よしか)の問いに、彩花も(うなず)きを返す。

「うん、政府内部に、混乱を引き起こそうとする不穏分子がいるのかもしれないね」

 勇磨はその言葉に、ハッとして顔を上げた。

「そうだ社長、それについては俺からも一つ、話しておきたい事がある。昨日(きのう)、アンタが俺に電話してくる前、佳澄(かすみ)(しゃべ)ってたって言ったの、覚えてるか?」

「え? あぁ、確かに、そんなこと言ってたよね」

「この間、渚島(なぎしま)さんから聞いたんだが、民警サイトのガストレアの目撃情報がおかしいんだ」

「えッ?」

 彩花が(あわ)ててポケットからスマホを取り出し操作すると、(まゆ)(ひそ)め「ホントだ、何これ……」と(つぶや)く。

「佳澄とは、主にその件について議論してたんだよ。そしてひとつの仮説に行き着いた。この事件、かなり複雑な裏があるかもしれねぇ。

 俺たちが倒したガストレアとは別にもう一人、感染者が出てる。そのうえ、サイトにはその感染者の情報しか表示されていない。つまり──政府側が意図的に感染爆発(パンデミック)の危機を隠蔽(いんぺい)してた可能性があるんだ」

 ラクシオが目を丸くした。

「そんな馬鹿(ばか)な……ッ。いや、でも確かに、そう考えると辻褄(つじつま)が合うか……。ガストレアの討伐件数が一件だけなら、政府はIISOや各種メディアに対し『被害の拡大を未然に防いだ』という説明だけで押し通せる。実際の情報との食い違いが(あば)かれても、問題のガストレアがすでに倒されている以上、情報を改竄(かいざん)した責任を蛭子(ひるこ)ペアに(なす)りつけてしまえばいい。そういうことだね?」

 (となり)に立つ青年の翠色(すいしょく)(ひとみ)を見上げると、勇磨は重々しく頷く。

「あぁ。そしていま社長が言った不穏分子。そいつがサイトの改竄にも関わってる可能性は高い。まったく別の奴ってことも考えられるけど、エリア中を大混乱に(おとしい)れるような計画にそう何人も無関係の奴が関わってるなんて、それこそ洒落(シャレ)にならねぇしな」

 正面に向き直ると、彩花も表情を引き締めた。

「わかった。じつはこの話、今朝(けさ)民警の代表者だけで集まった時に木更(きさら)とも(しゃべ)ったの。また後で私から伝えておくわ」

 その時、遠くからドタドタと大きな足音がして乱暴に病室の扉が開け(はな)たれる。ウサギそっくりのツインテールを揺らせて飛び込んできたのは延珠(えんじゅ)だ。その背には赤いランドセルが背負われていた。

蓮太郎(れんたろう)、いま戻ったぞ! ──む?」

 そう言って、延珠は室内をきょろきょろ見回した。そういえば何か見せたいものがあるといって、家まで取りに帰っていたのだったか。

「あー、おかえり、延珠」

 勇磨が軽く手を挙げて挨拶(あいさつ)を寄越すと、延珠は垂直にびしっと挙手する。

「うむ、ただいまだ、東國(とうごく)民間警備会社の皆。ところで、蓮太郎を知らぬか? ──あぁッ、木更もおらぬではないか! あの二人、(わらわ)の居ない間に(かく)れて何かいかがわしいことでもするつもりだな!? えぇい、こうしてはおれぬ。では皆、また今度なのだ!」

 とても十歳の女児とは思えない言葉を一方的に(まく)し立てたあと、勇磨たちの話も聞かずに元来た道をドタバタと()け戻っていった。

 勇磨は思わず苦笑する。

「何だったんだよ、いまの……。──あッ、おぉい! 廊下(ろうか)は走るなよーッ」

「勇磨さん無理です、遅すぎます。それでは延珠さんには聞こえていません」

 病室の入口から顔を出して叫ぶ勇磨に、明理が(あき)れ顔で(こた)えたところで、彩花がクスクスと笑い出した。

「延珠ちゃん、いつも元気一杯だよね。だから、そこにいるだけで周りの雰囲気(ふんいき)を明るくしてくれて……。本当に、蓮太郎くんが助かってよかった……」

 そこで彩花(あやか)は居住まいを正し、いつになくしかつめらしい顔で全員を見渡す。

「今回の戦いは、これまで以上に厳しいものになるでしょう。ですが、東京エリア存亡(そんぼう)の危機である以上、退()くわけにはいきません。今回は社員の安全を(あず)かる者として、私も前線に参加します。──社長として命令します。影胤(かげたね)小比奈(こひな)ペアを撃破してガストレア・ステージⅤの召還を止めなさい」

 その言葉に、全員が力強く(うなず)いた。

 

 

      3

 

 

 午後八時三十分。

 出発の前、勇磨(ゆうま)たち東國民間警備会社の面々はセルシアのいる大学病院に立ち寄っていた。

 こちらの顔を見るなり、セルシアは大判の買い物袋を次々と投げ渡してきた。勇磨と明理(あかり)、彩花がたたらを踏みつつ受け取る。中を(のぞ)き込んでいると、視界の端で満面の笑みを浮かべるセルシアが(うで)を大きく振りかぶるのが見えたので、上体を(かたむ)けた。直後にゴシャッという音がして、ラクシオの顔面に買い物袋が(たた)きつけられる。

「皆さんのパトロンからです。おそらく必要なものは全部入っていると言っていました。あと兄さんには私から追加で各種抗生物質とその携帯注射器(シレット)。それだけあれば足りますか?」

 ラクシオに向けた言葉の部分だけテンションを落とした早口で告げるセルシアを尻目に、改めて袋の中身を確認してみる。

「すごいな……十分以上だ」

 心の中で生徒会長に感謝しつつ、ベルトに装着するタイプのウェストポーチとホルスターをつけてポーチに必要な道具を詰め、ワルサーの銃身(バレル)消音器(サイレンサー)が取り付けできるものに換装(かんそう)。軽く()んでみるが、そこまで重量の変化を感じない。

「装備重量の増加も必要最低限に抑えてありますね。これなら、近接戦の動作や機動力に支障が出る心配もなさそうです」

 明理の言葉に顔を上げると、彩花も雛乃(ひなの)と顔を見合わせて笑いあっていた。どうやら内容物は各々(おのおの)で微妙に異なっているらしい。

 鬼灯(ほおずき)重工社長令嬢(れいじょう)、鬼灯佳澄(かすみ)。本当に、自分たちのことをよくわかっている。

 と、不意に勇磨(ゆうま)の胸元になにかが差し出され、咄嗟(とっさ)に手を出して受け取った。中に()()な薬液が入った小型の注射器が五本、鈴なりに連結されており、先端の針にはキャップがはめてある。

「これは勇磨さんへのプレゼントです。よければ受け取ってください」

「なんだこれ?」

「AGV試験薬、と言ったら伝わります?」

 勇磨は瞠目(どうもく)して薬液を(のぞ)き込んだ。

「使えるのか!? ていうかアンタ、そもそもどうやって作ったんだよ?」

 セルシアは、前髪を指先でくるくると巻きながら、肩をすくめて答える。

「まぁ、基礎的な調製方法は(すみれ)さんに研究資料を見せて頂いたことがあるので、そこから。もちろん完成には至っていませんが、同じものを作る程度なら私にもできます」

 勇磨はその言葉に納得しつつ、改めて手元の薬液をまじまじと見つめた。

 AGV試験薬。室戸(むろと)菫が開発したこの薬品──正式名称アンチ・ガストレアウィルス試験薬は本来、ガストレアウィルスの増殖を停止させるはずだった。イニシエーターが注射を義務づけられている浸食抑制剤も近い効果をもつが、あくまで『抑制』であり『抑止』ではない。そこに目をつけた菫の努力の結晶、というところだろう。

 だがその試みは失敗に終わり、代わりにガストレア遺伝子を利用して、超人的な回復力を生み出すという効果を得ることになった。

 二〇%という超高確率で使用者がガストレア化する副作用さえ無ければ、菫は今頃(いまごろ)、教科書に名前が載るほどの有名人になっていただろう。

 その菫のノウハウを記憶力のみでコピーしてみせたと(のたま)った目の前の幼き天才解剖医(かいぼうい)は、しかし(ほこ)るでもなく(さび)しげな笑みを浮かべる。

「わかっているとは思いますが、それはあくまで最終手段ですからね? AGV試験薬は諸刃(もろは)(つるぎ)。この薬を使えば、勇磨(ゆうま)さんはヒトとしての生を終えることになるかもしれない。いくら勇磨さんが死の危険と(とな)り合わせの民警だといっても、そんなお別れは私も御免(ごめん)です」

 勇磨は、決意を込めた(ひとみ)でセルシアをまっすぐ見据えると、大きく一つ(うなず)いた。

「ああ、きっと生きて帰ってみせるよ。約束する」

 

 

 午後八時五十分。

 指定された仮設空港に勇磨達が向かうと、そこには(すで)に数十ペアもの民警(みんけい)たちが行き()い、ひっきりなしにヘリが着陸と離陸を繰り返して戦場に(おもむ)く人間たちを送り出していた。

 何気なく勇磨が視線を(めぐ)らせていると、人混みの中に黒服の少年とウサギ耳に似たツインテールの少女の二人組を見とがめる。声をかけようと息を吸い込んだその時、彼らの正面からズカズカと歩いてきた巨漢(きょかん)の厚い胸板が立ち(ふさ)がった。

「よう、役立たずの足手まといが。いまさらなにしに来やがった」

 少年に声を掛けたのは、(だれ)あろう伊熊(いくま)将監(しょうげん)だ。

 ()しくも防衛省で目撃(もくげき)した一幕と酷似(こくじ)した状況に、勇磨がハラハラしつつ見守っていると、やがて黒服の少年──蓮太郎(れんたろう)が口を開く。

「……アンタ──(おれ)を助けてくれたんだってな。ありがとう、借りができたな」

 思いがけない言葉に、将監は(つか)の間毒気(どっけ)を抜かれたように(まばた)きした。しかしすぐ眉間(みけん)にシワを寄せると、少年の鼻先に頭突きせんばかりに顔を近づける。

「足手まといってわかってんなら、さっさと帰り──ッ!!」

「──それはできねえ」

 肉迫(にくはく)する三白眼(さんぱくがん)の威圧にも(おく)することなく「それはできねぇんだ、悪い」と続ける蓮太郎に、将監の後ろにいた長袖(ながそで)のワンピースにスパッツの少女が呆然(ぼうぜん)と目を見開いた。延珠(えんじゅ)(ほこ)らしげにおすまししている。

「くッ、てッめ……ッ」

「将監さん」

 (ひたい)に青筋を立てて激発寸前のドクロスカーフの男を引き止めたのは、夏世(かよ)だった。

「ああ!?」

「そろそろ出発の時間です」

 夏世はそういって、(いま)だ怒り心頭の将監の手を取ると、半ば強制的に引っ張っていく。

「チッ! おいテメェッ! 今度足引っ張りやがったらテメェから殺すからな、覚悟しとけよ! ぜってぇ逃がさねぇからな!! 聞いてんのか!!」

 蓮太郎に指先を突きつけ将監が(わめ)き散らす中、夏世はちらりと蓮太郎を振り返り、微笑(ほほえ)みかけた。蓮太郎の方もそれに気づき、笑みを返す。

 なおも(やかま)しく「この役立たずのクソガキがあぁ!!」と捨て台詞(ゼリフ)()いていた将監の巨躯(きょく)も、ほどなく雑踏(ざっとう)(まぎ)れて見えなくなった。

「なんだあの女、蓮太郎に色目を使いおって!」

 いきり立つ延珠(えんじゅ)に蓮太郎が苦笑していると、そこで延珠がこちらに気づいた。(つな)いだ手を引き、蓮太郎に合図を送る。

 蓮太郎はハッとした表情になると、バツが悪そうに視線を()らし、(ほお)をぽりぽりと()いた。

 そこで、ふとあることを思いつき、勇磨はにやりと笑う。すぐに笑みを引っ込め真面目(まじめ)な表情をつくり、勢いよく右腕(みぎうで)を振り上げると、蓮太郎がぎょっとして視線をこちらに戻した。

 なにをするつもりかと眺める仲間の視線を尻目に、高々と(かか)げた右手の親指を立てると、目線の高さまで降ろしてから、歯を見せてニッと笑う。

 ここまでの一連のジェスチャーで、蓮太郎も勇磨の意図を()んだようだった。照れくさそうに笑うと、彼も親指を立て返してくる。

 桐谷(きりがや)勇磨と里見(さとみ)蓮太郎は、お互いに民間警備会社に所属するプロモーターであり高校生。死と(とな)り合わせの職業に()いた以上、いつどんな状況で死神(しにがみ)の長い腕に捕まるかわからない。それならば、下手(へた)な言葉掛けで未練が増すリスクを(おか)すより、手振りによってその想いを示す方が無難(ぶなん)

 (ゆえ)に勇磨は立てた親指に激励(げきれい)のメッセージを込めて()き出した。『死ぬんじゃないぞ』と。

 そしてメッセージを受け取ったのであろう蓮太郎も似通った仕草(しぐさ)でそれに応える。『そっちこそな』と。

 奇妙な運命の導きで幾多(いくた)の共通点をもって同じ戦場に立つ、無二(むに)戦友(ライバル)へ告げる一時の別れは、それだけで事足りた。

 そこで勇磨は、隣の少女がダンスにもみえる珍妙(ちんみょう)な動きをしていることに気づく。

「なにやってんだ、明理(あかり)?」

 すると明理は、(いかり)マークが付いた(つば)付き(ぼう)の下から困り顔を(のぞ)かせた。

「あ、いえ。勇磨さんたちを見習って、私からも延珠さんになにか激励を……と思ったんですが、清々(すがすが)しいくらいに伝わりませんでした」

 肩を落とす相棒(あいぼう)に、思わず()き出す。

「あはは、そりゃ延珠にはこういうのはまだ早かったってことだよ。そうがっかりすんな」

 彼女の頭を帽子の上からポンポンと(たた)く勇磨の言葉に、彩花(あやか)も笑みこぼれた。

「そうだよ、明理ちゃん。大切なのは、みんなで無事に、生きてこの戦いを乗り切ることなんだから。一緒に頑張(がんば)ろ」




読者の皆さんは、年末いかがお過ごしになる予定でしょうか。実家に帰省される方もいらっしゃるのではと思います。
自分の住む地域は割と田舎で雪も降るのですが、去年降らないと言われたところに積もった挙げ句、今年はかなり降ると言われているらしいので、電車が止まったりしないか今から心配です汗

さて、今回の執筆も難航しましたが、膨れ上がるプロットに対して『盛り込みたかったシーンひとつを丸々カット』という大胆な戦法で挑み、久々に満足のいく作品に仕上げることができました。
自分はかなり(こだわ)りが強く、完璧主義も相まって『一度思いついて書き始めてしまった場面を丸々捨てる』ということがなかなか出来ない面倒な性分なので、最近の自作品に色々と詰め込み過ぎてしまっていることで少々悩んでいたのです。その点で、今回の経験は個人的に大きな収穫になったと思います。
読者の皆さんには毎度のように数ヶ月単位でお預けを食らわせるかたちになってしまい、本当に申し訳ない限りですが、ひとまず成功は成功。今後は自分のメンタルを維持するためにも、できるだけ必要以上にネガティブにならないよう気をつけていきたいです。

ちなみに本作の一話ごとの文章量ですが、そもそものコンセプトが『原作のストーリーを主人公と別視点で描く』という都合上、原作の描写の合間にオリキャラ達の描写を()じ込む羽目になり、必然的に総量が(かさ)んでしまうということに今更ながら気づきました。
というのも、今回のお話の該当箇所は原作の第三章の冒頭から三割ほど。ページ数にして恐らく最短記録を叩き出してしまったわけですが、一方で作品自体のボリュームは最長記録という奇妙な現象が発生し、ようやく前述の点に思い至ったのです。我ながら、文字数のみに注目して一喜一憂していたのが恥ずかしくなりますね笑

今回はこうしてなんとか目標通りの投稿ができましたが、今年ももう残すところあと一週間あまり。次回はどれだけ執筆作業が捗ろうとも、正月には間に合わせられそうにないので、この場で年末の挨拶(あいさつ)も済ませてしまうことにしましょう。
読者の皆さん、来年もまた良いお年を!

それでわ、しーゆーねくすといやー!
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