立花響に救われた少女がヒーローを目指すお話   作:月夜 のかに

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EPISODE12 WiND

 

 ――黙示録の喇叭(ラッパ)起動、その三時間前。長野県、松代某所に存在する聖遺物研究施設にて。

 

 エルフナインは卓上に無造作にばら撒かれていたメロディア・ロア・フエンテへと行われた聴取の報告書へと目を向けた。

 それらは、一ヶ月ほど前に彼女がS.O.N.G.へと保護されるにあたって、彼女から聞き出すことが出来た情報の全てが記されている。勿論、エルフナイン含め職員達は、擦り切れるまでこれらを熟読しているが、彼女から得られた情報はそれ程多くない。彼女の知りうる情報は、聖遺物、黒いラッパを「黙示録の喇叭(ラッパ)」と呼び、メロディアにそれの起動を命じていたという事。

 そして、ヴィーデこと、符坂詩織がそのラッパを使って世界を終わらせようとしているという事だった。

 

「……黙示録」

 

 エルフナインは調書に記された記述を指でなぞりながら、聞き馴染んだその言葉を口にする。それは、エルフナインにとっても縁深い言葉。かつてエルフナインにその身体を預けた、彼女の口にしていた言葉である。

 万象黙示録。キャロル・マールス・ディーンハイムが成そうとした究極の錬金術式。様々な聖遺物の複合装置である世界解体の為のメガストラクチャ、チフォージュ・シャトーを用いて行われたそれと、その聖遺物に付けられた名前は奇しくも同じものであった。

 

 黙示録――神話の世界で語られる黙示録とは、それは世界の終わりそのものである。ラッパが吹かれ、災厄がこの世を襲う。キャロルが名付けた万象黙示録も、元を辿れば世界の終末という、この黙示録に、ワールドデストラクターによる世界解体を(なぞら)えたものだろう。

 

『そんなにそれが気掛かりか?』

 

「……いえ、はい、そうですね。あなたはどうですか? ()()()()

 

 室内に設置されたスピーカーから、エルフナインへと語りかける声は、少し機嫌悪そうな口調でエルフナインへと問いかける。

 キャロルと呼ばれた彼女は、分かっている癖に無駄な事を聞くなとでも言うように、エルフナインの質問の答えをスピーカーから発した。

 

『――どうと言われても、オレは何も答えることは出来ない。そもそも、かつてのオレが何を思っていたのかなんて、オレには分からないんだからな』

 

 キャロル。エルフナインがそう呼ぶ彼女は、かつてエルフナインの中で蘇ったキャロル・マールス・ディーンハイムとは本質的に全く異なる存在である。その声は、音声データを元に作られた彼女に似せた合成音声。そして、その知能は、以前にエルフナインが行ったエルフナイン自身に転写されたキャロルの記憶のサルベージによるものではなく、エルフナインによって造られたものだ。

 かつてのキャロルの記憶は、五年前に全て錬金術によって欠片も残らず焼却されてしまった。初めは、例え可能性がゼロでもと、記憶の奥底まで潜って彼女の記憶の欠片をサルベージ出来ないかと試みたが、エルフナインの中にもう彼女は存在しなかった。

 そして、エルフナインが次に行ったアプローチこそ、「複数の他者が観測した同一人物をD(ダイレクト)F(フィードバック)によって抽出し、擬似的な人格の多面性を再現する」というものであった。

 エルフナインや立花響といった、キャロルと関わった人物によって多面的に人格の表層を再現する事により、それは「限りなくキャロルに近い人工知能」として完成した。

 しかし、彼女は学習する事は出来るが、エルフナインが知り得る以上の知識を持ち合わせることは無い。故に、彼女はエルフナインの質問に答える事は出来なかった。

 

「分かってますよキャロル」

 

『それは……聖書か』

 

 部屋に設置されたカメラがエルフナインの手元へとピントを合わせ、キャロルは彼女が開いていた本の内容から彼女の蔵書と照合する。彼女が開いていたのは新約聖書である。

 

「はい。何かヒントになるものが有ればと思ったのですが」

 

『確かに聖典や物語には聖遺物由来の逸話が遺されている事も多いが……。だとしても、その記述は後世の創作が殆どだ』

 

 キャロルの指摘は(もっと)もなものである。事実、今開かれている新約聖書の俗に言う「ヨハネの黙示録」と呼ばれる事象が記された頁は、やれ星が堕ちる、イナゴの軍勢が溢れる、人が灼熱に焼かれると、滅茶苦茶な事が書かれている。しかしその全てを創作と切って捨てることは出来ない。

 

「――新しいエルサレムが神の元を出て、天より下ってくるのを見た」

 

『黙示録の二十一章の一節だな』

 

「神の元……まるで神出(かみいづ)る門、かつてアダムが用いたあの神の力の源を思い出すような記述です……だとすれば、そこから現れるというエルサレムとは一体何なのでしょう」

 

 神門から現れると記された「天の都」。聖書の記述によれば一万二千スタディオン、つまりは二千二百キロメートルの巨大な構造物とされている。つまりその大きさは丁度日本列島の大きさとほぼ同じ程にもなる、途方もない直径を持つ正六面体という事だ。

 人間を死と苦しみから解放し、新しい世界へと導くもの。黙示録の喇叭が人間に滅びと苦しみだけを与えるものだとすると、それとは真逆の祝福のようなものであった。

 

「破壊と再生……」

 

 そうぽつりと呟くと、エルフナインは文章に指を添えたまま、ただ思案を続ける。

 

『まるで錬金術の考え方そのものだな』

 

「分解と再構築……ですね」

 

『だとすれば、それの本質はそこじゃないのか?』

 

「まさか……それそのものが巨大なワールドデストラクタ……チフォージュシャトーと同じものだと?」

 

『可能性はある』

 

「神の力によって起動するディバインウェポンにして完全聖遺物……」

 

 だとすれば、キャロルがチフォージュシャトー建造にあたって作り上げようとしていたのは、これなのではないか。いわばシャトーのオリジナル。万象黙示録にて再現しようとしていた本来の黙示録における世界解体装置。

 

「だとすれば、打てる手は全て打たないと……」

 

 時間が惜しい。早急に問題を解決しなくては被害はノイズだけでは収まらなくなる。

 

「精査や試験をしている時間は有りませんね……」

 

 シンフォギア開発とは別に、エルフナインが個人で進めていたある計画。シンフォギア開発プロジェクトを足掛かりとして立案した開発計画の第二フェーズにして、名を

 

「プロジェクトアナゲンネーシス(αναγεννησις)

 

 それはエルフナインが密かに企てていた最後の切り札にして、一筋の活路であった。

 

『ふん、結局のところ世界の命運を、少女が起こす奇跡などに委ねるなど……理解出来んな』

 

 

 

「――()さんっ! 天音さん!」

 

 凪咲は天音の肩を揺すりながら、彼女の名前を呼びかける。

 しかし、彼女は先程から上の空といった様子で、凪咲の声など全く耳に入っていないようであった。戦意喪失した彼女のシンフォギアが解除されていないのが現状唯一の救いだが、それでも大量のノイズに囲まれた状況では彼女を庇いながら戦うのは大きなハンディである事に変わりは無い。

 四方、そして直上からも無尽蔵に襲い掛かるノイズへと弾丸を撃ち込んで、天音を連れてこの場を抜け出す為の隙を伺っていた。このままノイズの勢いが弱まらなければ、いずれ体力の限界を迎える事は明らかである。

 

「このおおおォッ!」

 

 ノイズの集団へと全力の【爆雨】を放つ。発射された無数のミサイルがノイズを次々と爆破し、凪咲の周囲は更地となっていた。本来、市街地では推奨されない無差別空間爆撃であるが、もう人の気配の微塵も存在しないこの地獄のようなこの場所では最早意味の無いものだ。辺りの建造物はあちこち火の手が上がり、人の気配など最早感じられない。

 

「天音さんッ!‎」

 

 天音へと呼びかけるも、彼女に反応はない。シンフォギアが解除されていないということは気を失っている訳では無さそうだが、それでも今の彼女に思考があるのか甚だ疑問であった。

 そうして彼女に気を取られていた隙にノイズが凪咲の手元の銃をはじき飛ばした。

 

「――しまったッ」

 

 凪咲の弾幕が収まったのを好機とばかりに、ノイズ達は身動きを取らない天音へとその矛先を変えた。

 

「こんのおおおおォッ!」

 

 空から体当たりを繰り出す鳥型のノイズに飛び蹴りで応戦し、そのままの勢いで空中から周囲のノイズへとマイクロミサイルを振り撒く。

 着地した瞬間、凪咲のギアに火花が走り、身体が重くなったような感覚が彼女を襲った。

 それは本日二度目のLiNKER切れの症状。本来LiNKER三本の連続投与はエルフナインから固く禁じられていたが、この場で動けなくなった後に待っているのが確実な死である以上、凪咲に選択肢は残されていなかった。ギアに忍ばせていた三本目のLiNKERを首筋から注射すると、本来想定されていなかった彼女の限界を超えた負荷が身体を内部から破壊する。内臓に大きな負荷が掛かっているのか、嘔吐感に襲われて思わず吐きでたのは大量の血であった。ぐらぐらと目眩がするのはそんな光景に当てられてしまったのか、血が足りないのかすら最早区別がつかない有様だった。

 凪咲は天音の肩を使って身体を起こすと、天音へと空元気(からげんき)を振り絞って笑顔を作る。

 

「天音さんは、絶対私が守りますから……だから立ってください……立って、戦ってください天音さん。……あ、血が……ついちゃいました。今拭いますね」

 

 天音の顔に手を触れた際に付いてしまった血を、凪咲は手の甲で拭った。すると、先程まで虚空を見つめていた天音の視線が凪咲の指先へと焦点を合わせ、そのまま凪咲の顔へとその視線を移した。少しの沈黙の後、ようやく再び現実を直視した天音の顔がみるみる青褪(あおざ)めていく。

 

「……あ、ああ、凪咲ちゃんッ……凪咲ちゃんッ! ううっ……」

 

 泣きながら名前を繰り返す天音をあやすように、凪咲は軽く頭を撫でる。

 

「天音さん……大丈夫、私は大丈夫です」

 

「でもッ……血が……私のせいだッ! 私のせいで……あの人だって、私が殺したようなものだよッ……助けてって言われたのに、私は」

 

「天音さんのせいじゃありませんッ! ほら、私なら大丈夫ですから。天音さんと一緒なら、どれだけでも歌えます。だから、どうか、天音さんも諦めないで」

 

「でも、無理だよ。もう私、歌えない。……ごめんね凪咲ちゃん。本当に……ごめんね。私の為に、そんなになってまで戦ってくれたのに」

 

 お互い、満身創痍の状況で、しかし天音の存在が心の支えであった凪咲は、その言葉を聞いて身体の力が一気に抜けていくような感覚を覚えた。しかし、そんな現実への絶望よりも凪咲の中で膨らんでいたのは、目の前の天音に対する怒りであった。ふつふつと煮え滾るそれは、彼女に対する失望とも言える感情が入り混じり、凪咲の中で爆発した。

 

 パシン。

 

 弾けるような音を立てて、天音の頬へと直撃したのは凪咲の平手であった。当の天音は何が起きたか分からないといった様子で、混乱しながらも、凪咲の方へと視線を上げる。

 

「――惚けるなッ!」

 

 天音へと飛ばされた怒号は、普段の凪咲からは想像がつかない程に激しい口調で、その迫力に天音は思わず肩を竦める。

 凪咲は、胸の内に湧き出る言葉をそのまま天音にぶつけていた。独りになってから今まで、他人に対して常に保ち続けていた距離感の象徴であった、どこか余所余所(よそよそ)しい言葉使いも忘れて、凪咲は天音へと憤りを(あらわ)にする。

 

「アナタの所為でこんなになった? ふざけないでッ! 私は、私が守りたいものの為に、自分の意思で戦ってるッ! アナタは、覚悟は出来てると私に言ったでしょう。誰かの為に戦いたいのだと。私も、そうなりたいと思えたッ! 復讐以外の、今、私の銃を握る理由をくれたのはッ――他でもない天音さん、アナタなんだから」

 

「でもッ……私は……」

 

「だからッ!――立ちなさいッ! 立って戦いなさいッ! 神代天音ッ!」

 

 天音の目の前へと、凪咲は手を差し出す。彼女を鼓舞するように、言葉を続けながら。かつて彼女が与えてくれた勇気を、彼女へと返す為に、凪咲は言葉を紡いでいく。

 

「――私たちには、最後の防人として戦う責務がある。覚悟があると言ったその言葉、それを示して見せなさいッ!」

 

「――私は」

 

 天音が恐る恐る、ゆっくりと伸ばした手を、凪咲がしっかり掴み取る。天音はそれに驚いてびくりと肩を竦めると、恐る恐るその視線を上げた。

 もう片方の手をその上に添えて、凪咲は天音へと笑い掛ける。そんな凪咲の様子を見て、それに釣られるように天音も笑みを零した。地獄の渦中だというのに、いつもと変わらないような雰囲気を纏う天音は、あるいは今の彼女の方が異常とも言えるものであった。

 しかし、凪咲はそんな彼女をこそ愛おしいと思える。

 天音はふふと笑うと、添えられた凪咲の手に自分の手を重ねると、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ふふ、凪咲ちゃん、風鳴司令みたい」

 

「当然です。私は司令の一番弟子なんですから」

 

「心配……かけてごめん。私も、もう少し頑張ってみるよ」

 

「天音さん。(うた)いましょう。二人なら、きっといつまでだって歌えます」

 

 手を取り合った二人は、目の前のノイズの大群を見据える。武器を手に取り、果てが見えない程に群がった怪物へと、その得物を構えると、二人のシンフォギアがそれに呼応するように同じ旋律を奏で始めた。

 二人の心が一つに合わさって生まれた、希望の二重奏。心象を映すシンフォギアの音楽が二人の心を繋ぎ、一つに束ねたユニゾンであった。

 

『立ち上がれ声の続く限り』

『立ち向かえ胸に歌を灯して』

『『心に描いて映し出す 一筋の光』』

 

 胸の内から溢れてくるような、ほんのりと暖かい感覚が、ギアを通して身体を巡り、ボロボロだったはずの凪咲の身体を軽くしていく。錘のように重かったギアが、まるで体の一部のように軽くなっていた。それこそ、LiNKERによって適合係数をドーピングしている時よりも遥かに身体が軽い。

 これは、彼女の歌のおかげなのだろうか。強がりで言った、二人ならいつまでだって歌えるという言葉も、本当に出来るかもしれないとさえ思えた。

 

「司令の最後の命令ですッ! 私達が目指すべきは東京番外地、特別封鎖区域ッ!」

 

「私が拓けばいいんでしょッ!」

 

 天音は槍を構えると、その穂先へと周囲の空気が集まって渦を巻いていく。

 

『こんな私に君を守れる?』

『そんな貴女がいいんです』

 

 天音が凪咲へと目配せすれば、天音へと近づくノイズを払い除けている凪咲もまた天音へと目線を合わせ、優しく言葉を返す。

 歌詞(フレーズ)に乗せて互いの心を曝け出し、二人は歌で繋がっているのだと確信できた。

 

『ボルテージ』

『限界』

『放つ』

『神威の』

 

『『――雄叫びをッ!』』

 

 槍に収束したエネルギーを一気に解放し、圧縮された空気と一緒に撃ち放つ。

 

【Zephyros Blaster】

 

 熱と光の奔流が、竜巻を纏って前方のノイズを呑み込んだ。嵐の渦の中でプラズマが(ほとばし)り、圧倒的な熱量と旋風がノイズの群れを箒で薙ぎ払うように一掃する。

 一定時間、無防備を晒すことによって溜め込んだエネルギーを一気に放出する、天音の持つ一撃必殺の技。その威力はシンフォギアが生み出す物理的なエネルギーを全て破壊力へと変換し、絶唱に差し迫るものへと昇華させる。クリスによるアームドギアの扱いの教導の中で、彼女が天音たちに教えた「二人だからこそ出来る戦い方」の一つこそが、片方が敵に無防備を晒すリスクを負いながら、もう片方がその間敵の全てを請け負って時間を稼ぐという戦術であった。

 

『『Radiance 心に描いた二人だけの真実を』』

 

『消えぬように』

『無くさないように』

『夜の帳を照らし出して』

 

 天音が切り拓いた一筋の道を突き進み、同時に周囲に残る残敵を二人で残らず掃討していく。ユニゾンによってお互いのギアの出力を相互に引き上げた今の二人の前ではノイズなど恐るるに足らぬ相手であった。

 

「このまま突き進みますよ、天音さんッ!」

「当然ッ!」

 

 そんな中、突然凪咲がその足を止めた。それに気づいた天音もその足を止めると、彼女へと視線を向ける。凪咲は、呆然と立ち尽くして、その目を空へと向けていた。問いかけても彼女から返事は無く、ただ空の何かに吸い込まれたように意識を飛ばしていた。口を開いたまま、黙り込んで、光景に圧倒されていたのだ。

 天音も同じように空を見上げて、目に飛び込んだソレに、全く同じ反応をしていた。言葉を失うしか無かった。

 彼女達が見たそれは、彼女達の理解を大きく超えていたのだ。

 一言で言い表すなら、そう、それは突然空に現れた「天井」であった。

 ガラスのように空を砕いて、突如として空を覆い尽くしたのは、あまりにも巨大な白く輝く四角い壁。どうやら立体的な構造物らしく、底面の形からすると立方体だと思われる。距離感が麻痺してしまって、どれくらいの高さに存在しているのかすら把握出来ないが、もしもそれが大気圏の外側に浮遊している物体だとすれば、途方も無い大きさだということが推察された。

 

「何、あれ。宇宙人の侵略……じゃないよね、ハハ」

 

「分かりません……でも、あれは多分……とても良くないものな気がします」

 

 

 傷口からドロドロと血が流れ続けている。

 鳩尾の板を穿った剣を引き抜こうと両刃剣に手を掛けるが、手の平の腹に刃がくい込んで自らの手を傷付けるだけだった。それでも構わずに手に力を込めて、自分の手に刃が深くくい込んでいくのも厭わずに、詩織はゆっくりと剣を引き抜いていく。

 ズルズルと、血と油が泥濘(‬⁩ ぬかる)んだ音を立てながら、剣は詩織の腹部からだんだんと引き抜かれていき、その切先が体内から離れた瞬間、完全に開き切った傷口から大量の血液が流れ出始めた。

 それは致命傷であった。包丁よりも更に大きな刃で腹を貫かれたのだ。放っておけば生命活動が不可能になる傷であるのは誰が見ても明らかなものだった。

 しかし、符坂詩織はそんな事すらどうでもいいと言わんばかりに、空を見上げていた。

 虚ろな目で、最早生気も無く、光の灯っていない目で天を仰ぎ、手を伸ばす。空に浮かぶエルサレムを彼女はただ見つめていた。

 

「……聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて……神のもとを出て、天から下って来るのを見た」

 

 新約聖書の一文。ヨハネの黙示録の一節を、ぽつりと彼女は呟いた。

 ヨハネの黙示録。それは、聖書の中で唯一未来の事を書き記した一節。世界に数ある聖典が、過去の――先史文明のアヌンナキに纏わる神話、遺物の記録だとすれば、この一節は過去の歴史ではなく、未来の予言書に他ならない。

 聖遺物が、かつて神達が人にもたらした数々の奇跡の具現ならば、黙示録に記されたそれらは、人に持たせるには過ぎたる力である。世界を終わらせてしまう奇跡など、そんなもの、もはや神の御業に他ならないのだから。

 それは本来人が持つものでは無かったのだ。創造主が箱庭の中身をすげ替える為の物。

 神が、創造主が、被造物である人類――全ての生命を終わらせる為に使うモノであった。

 神がこの世界を実験場として作り上げた時にプログラムした値のようなもの、それを変動させる事ができる装置。この世界の近似値を持つ限りなく近しい世界から、全くの別世界まで変動させることすら可能だろう。

 言うなればこの世界のデバックモード。

 

 世界の修正装置。

 

 生命も、文明も全て再構築する、世界という名の箱庭のリセットボタンとでも言うべきものである。

 

「ははは……もう少しで。もう少しで私の箱庭が手に入る」

 

 虚ろな目はただ天の箱を映す。

 まるで福音のように降り注ぐ光を見た。空の七つの星はやがて一つの輝きに集約し、彼女へと目掛けてそれは落ちた。

 先程まで七つの喇叭の形をしていた「鍵」は、一つとなって禍々しい本来の黙示録の喇叭という聖遺物の真の姿を形取る。神の力と呼ばれる星の力に接続した、エルサレムとエネルギーのパスが通った、それは正真正銘、神の宿った異物であった。

 そしてそれを手にした少女は全てを見て、知って、触れたのである。それこそ、全能にでもなったかのような錯覚を覚える感覚を覚えていた。

 ヤハウェの言葉を借りるならば、彼女は「アルファであり、オメガ」であった。始まりであり、終わりであった。彼女は、常世の摂理そのものと相成ったのである。

 それはもはや、神が作り上げた被造物(ヒト)の領分を逸脱した何かであった。

 

 

「――詩織ッ!」

 

「待って天音さんッ」

 

 凪咲の静止を振り切って、天音は変身さえ解き去って彼女へと駆け寄った。そうして、血の海に沈む彼女の姿を見て天音はがくりと膝を落とした。

 

「そんなッ……詩織」

 

 彼女の腹部の大きな傷口にそっと手を触れると、天音はぼろぼろと涙を流していた。

 

「天音さんッ! 早く彼女から離れてッ」

 

「どうしてさッ! 詩織がっ……詩織が」

 

「分かってますッ! いいから早くッ」

 

 凪咲がどうしてそこまで言うのか理解出来ない天音は、その場を動かなかった。凪咲が見ていた光景とは、符坂詩織が手に持っていた喇叭らしき物体を強くにぎりしめる所であった。

 

 動転する天音の首元をピタリと冷たい感覚が触れると、そちらへ視線を移せば、そこには詩織の手があった。

 

「……えへへぇ。まさかそっちから来てくれるなんて。逢いたかったよ、天音ぇ……」

 

「……しおり? 傷は大丈夫なの」

 

「そんなのッ――」

 

 その瞬間、一発の銃声と共に彼女の額は吹き飛んだ。

 

「は……? なんで」

 

 ゆっくりと振り返れば、凪咲が真っ青な顔で銃口を向けていた。

 天音は絶望と懐疑の目で凪咲へと視線を()っていた。ただ、ことごとくの言葉を失い尽くしていた。目の前で親友を撃ち殺された事に、憤りすら感じていた。何故、どうしてと繰り言のように呟いても、凪咲は何も答えようとはしない。

 

「どうして……ねぇ、答えてよ凪咲ちゃん」

 

「……人である事すら辞めましたか?」

 

 凪咲がそう問いかけた相手は、ゆっくりと起き上がると不気味な笑みを浮かべていた。先程の傷口はすっかり無くなり、腹の傷も塞がっていた。まるで何もなかったかのように、彼女の身体には外傷が消え去っていた。眉間の銃創も、腹部の大きな穴も、尽く消え去って彼女はケラケラと笑っていたのである。

 

「詩織……?」

 

「……あは、人、ヒトかぁ。なら、ヒトじゃなくていいや」

 

 天音が詩織へと向ける視線は、先程までとは全く違ったものへと変わっていて、そんな困惑の視線に眉をひそめた詩織は、天音の心を解きほぐすように優しく囁きかけた。

 

「怖がらないで? みんな殺して天音を救ってあげるから」

 

「……殺す? 何言ってるの詩織」

 

「そう。みぃんな殺す。天音がまた昔の天音に戻ってくれるように、天音の大切な人は皆。あ、そうそう、メロディアがね、天音の友達だって言うの。おかしいよねぇ?」

 

「ッ――狂ってる」

 

 凪咲は蔑むような視線を向ける。しかし詩織は彼女の視線の理由を理解できないと言った表情で首を傾げていた。

 

「狂ってる? いいえ私は正気よ。だって私は天音の為に正しいことをしているんだもの」

 

「どこがッ!」

 

「……メロディアちゃんはどうなったの」

 

「さぁ? その辺で野垂れ死にしてるんじゃない? 私と刺し違えようなんて、どこまでも愚か者ね」

 

 どこかでは理解していた事であった。しかし明確な言葉として突きつけられた現実は、理解していても認めたくなかった事実をつまびらかにし、天音の心へと深く抉り込んでいく。

 嗚咽し、か細い声が漏れだしていた。今にも吐いてしまいそうな、苦しげな浅い呼吸を繰り返して、天音は(うずくま)ってしまっていた。そして、そんな天音を見て詩織は満足そうに笑いながら、天音の背中を摩る。

 

「泣かないで、天音。私が居るじゃない。私だけを見て? 昔の天音みたいに。昔みたいに、二人の世界の中で永遠に溺れていようよ」

 

「詩織……」

 

 詩織の声が、まるで心の中にするりと潜り込んでいくかのように浸透していく。彼女の言葉は、どれもどこか狂っているのに、しかしそんな彼女の狂気に段々と呑み込まれていた。

 

 ――昔の、私。

 風音を失い、母からの愛情も自分へは向けられる事など無かった、孤独なわたし。独りぼっちの真っ暗な押し入れの中の世界を、ひたすら嘘と虚像で塗り固めていたあの頃のわたし。

 

「違うっ……私はもうあの頃の私じゃ無いッ」

 

「そうですッ! 天音さん、だから惑わされないでッ」

 

「……煩いなぁ。そうやって(たぶら)かすから、天音が変な気を起こすんだ」

 

 詩織は手を翳すと、ハニカム状の模様が描かれた魔法陣を展開し、稲妻が凪咲を襲った。四大元素(アリストテレス)、風の元素から派生した雷の錬成陣から放たれた稲妻は、シンフォギアの防御を容易く貫通して凪咲の身体を焼く程のものであった。ギアは焼け付き、所々煙を上げて、凪咲もまた、意識朦朧としてその場に倒れ伏した。消え入りそうな声で天音の名前を呼びながら、彼女は天音へと手を伸ばすも、その手はしばらくしてパタリと力無く地面へと落ちる。

 

「嫌あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 天音は凪咲へと駆け寄ろうとするが、詩織はそれを引き留める。

 

「離してッ!」

 

「天音……どうして、どうして私じゃ駄目なの?」

 

「詩織だからとか、凪咲ちゃんだからとか関係無いッ! 自分のエゴの為に誰かを傷付けるなんて間違ってるッ!」

 

 天音の直諫に詩織は一瞬黙り込み、呆れた様な顔をして重々しく口を開いた。

 

「あの子も、メロディアも、それに今どこかで死んでいく誰かも、結局全員他人じゃない。蟻を踏み潰して泣く人間が居ないように、感傷する事が有り得ないんだよ。天音は私と同じだもんね? 同じなんだもん、理解してくれるよね」

 

「わからない……分かりたくないよ」

 

「天音は今、病気なの。適当に見繕(みつくろ)った可哀想な子に手を伸ばして、救った気になって、心の隙間を埋めた気になってる。それね、メサイア症候群って言うらしいよ。でも、私達はそんな事じゃ救われない」

 

 耳を塞ぎ、否定した。しかし、詩織は尚も天音へと言葉を掛け続けた。するりと手がうなじの方へと伸び、ブリューナクのペンダントが外される。

 天音は目の前に掲げられたペンダントへと手を伸ばすが、詩織はそれを放り投げ、そのままペンダントは倒れた凪咲の近くへと落ちて転がった。

 

「……天音は、ヒーローじゃないんだよ?」

 

 ペンダントへと向いた視線を遮るように、詩織は天音の視線を自らの方へと向き直させる。詩織から言い放たれた、ヒーローじゃないという言葉は、今の天音の否定に他ならなかった。

 それは天音がかつて救われたのと同じように、天音自身が彼女にとっての救いになりたいという願いの否定であった。符坂詩織という少女は、(はな)から世界に絶望しきっていたのだ。『なんで今更』というあの日の言葉は、そんな彼女の絶望そのものだったのだろう。

 遅すぎた。何もかも全て終わってしまっていたのだ。だとすれば、彼女の狂気の引き金を引いたのは、紛れも無く天音自身だった。

 

「誰も私達を救ってくれなんてくれないし、天音も誰も救えない。ここにヒーローなんて居ないんだよ。あの子も、メロディアも、誰にも救われる事無く死んでいく。天音が必死で守ろうとした人達も、みんな」

 

「……だから殺すの?」

 

「いや、」

 

 詩織は天音の問いに首を振る。彼女の否定に驚いた次の瞬間、天音の腹部を冷たい感覚が穿った。

 詩織が、鋭利な喇叭の唄口を天音の腹部へと突き立てていたのだ。ひたひたと喇叭に血が伝い、天音は何が起こったのか全く理解できなかった。

 

「天音が殺すんだよ?」

 

 

 ――慟哭が聴こえる。激しく、苦しく、物悲しそうな、引き裂かれそうなほどの嘆きの慟哭が聴こえる。それはまるで獣の呻き声のような叫びだった。

 どれだけ経った? 

 状況を確認する為に、重たい瞼をこじ開けて朧気な視界を開く。音無凪咲が飛んでいた意識を呼び戻したのは、誰かの――いや、何かの、叫び声、否、悲鳴であった。凪咲がその声の主が誰なのかを理解した時には、全ては終わってしまっていて、目の前の彼女も、もはや凪咲の事など目には入っていなかった。

 彼女の視線は誰にも向けられてはいなかった。絶望の叫びを上げる彼女の瞳はどこまでも深淵のように深く暗く、そう、まるで符坂詩織という少女を初めて見た時に感じたそれと同じだったのだ。

 天音と詩織に引き付けられるように、周囲の無数のノイズが二人を呑み込んでいく。彼女達、というよりも、喇叭によって貫かれた天音がノイズを取り込んでいた。本来人が触れられない筈のノイズを、逆に自らの身に纏うようにして、周囲のノイズ達が集まったその塊はやがて巨大な竜のような姿を形作っていく。

 黙示録に描かれる終末の獣の一つ。かつてフィーネという人物がソロモンの杖を用いてその姿を模した、黙示録の赤き竜である。

 それはもう、凪咲一人に手が負える相手では無い事は明白だった。かつての風鳴翼を筆頭にした三人のシンフォギア装者がエクスドライブを用いて尚も倒すには至らなかった化け物である事を、凪咲は知っている。

 竜は首の付け根に生えた翼を大きく広げると、頭部へとエネルギーを集中させて熱線を街へと発射した。衝撃波が押し寄せ、次の瞬間に巨大な爆煙と、火柱がそそり立っていた。おそらく数キロ先の街が、一瞬にして焦土と化したのだと、はっきりと理解出来てしまった。それはノイズなど比較にもならない、破壊と蹂躙の徒であった。

 

『――あははははははッ』

 

 竜――それに取り込まれている符坂詩織の笑い声が轟く。燃え盛る街を見下ろして、まるで愉快な喜劇でも見るかのように、彼女は笑っていた。

 

「なんで……アナタは笑えるんですかッ……命を踏みにじるのがそんなに楽しいんですかッ」

 

『なんでって……そりゃあ楽しいよ。だって天音が私を選んでくれたんだもん。要らないもの全部清算して。過去のしがらみぜーんぶ捨てて、ね』

 

 まるで竜が天音の意思で動いているとでも言うように、彼女は笑って凪咲の問いに答えてみせた。

 選んだ? 選ばせたの間違いだろう。選択肢も、未来も、夢も、理想も、憧れも、全て否定して、踏みにじって得たものだろう。それは。

 符坂詩織であった筈の狂人には、もはや天音の慟哭の中に込められた嘆きの声すらも届いていないとでもいうのだろうか。

 

『天音はやっとヒーローなんて馬鹿なこと止めて、私だけを選んでくれたんだよ? 相思相愛だもん、当然だよね。ほら、天音、私達の邪魔をする目の前のあの子を吹き飛ばして、終わりにしましょう? あは、初めての共同作業だね。素敵』

 

 竜は直下の凪咲の方へと向けて、エネルギーを集中させていた。明確に凪咲を木っ端微塵に吹き飛ばすだけの一撃がもう今にも放たれようとしている。しかし、今の凪咲にそれを弾き返すだけの力など残ってはいない。仮に万全の状態でも、街一つを吹き飛ばせるエネルギーを持った熱線などシンフォギアの防御膜では到底防ぎきれないだろう。

 何が共同作業だ。何が相思相愛だ。

 

「――こんな事ッ……趣味が悪いにも程があるッ! それを私は――愛とは認めないッ! 呼ばせてこそ、なるものかッ!」

 

 せめてもの強がりであった。彼女の言葉を否定する。例え無意味と分かっていようと、彼女に対して最後まで抵抗を賭すという、凪咲の意志の現れ。アームドギアを構え、最後の砲撃を放った。

 

 眩い閃光と共に、熱線が凪咲へと放たれる。

 

 圧倒的熱量の塊は一瞬で凪咲の一撃を呑み込み、凪咲へと襲いかかった。

 一秒が永遠へと変わる。思考の加速が体感速度を鈍化させ、一瞬を数十倍に引き伸ばしていた。死を覚悟するには充分な時間だった。風鳴司令から教わった念仏でも心の中で唱えようか、などと諦観し、瞳を閉じかけた時、何かが弾ける音と共に凪咲の瞳は開かれた。

 

 

 

「――なんだ、結局諦めてしまうの? でもね、私もそう思うわ。愛はもっと、――キラキラしてて、愛おしいものだものッ!」

 

 

 目の前に、純白の衣を纏った彼女の背中を見た。

 星の様な煌めきを放ちながら、光の粒を撒き散らして、その二本の剣で熱エネルギーの塊である熱線を文字通り、両断していた。

 二刀両断とでも言えばいいのだろうか。Y字に分かたれた熱線は、凪咲と彼女の周囲を見事に焼け野原、もとい地面ごと溶かし、抉りとっていた。

 

「どうして……」

 

「変身のバリアフィールド。強固なあのエネルギーの防壁に、ギアの全力を同時に重ねただけよ。当然これっきりの取っておき」

 

「そうじゃなくて……」

 

 凪咲を救ったのは、紛れも無く詩織に敗れた筈のメロディアであった。彼女は満身創痍ながらも、剣を杖替わりに地面に突き立てながら凪咲の前に立っていた。

 

「何よ、死んだとでも思った訳? ご生憎様、私、生き汚さだけは誰にも負ける気は無いの。あのイカレ女には神様仏様、私様が直々に掣肘(せいちゅう)を加えてやるってね」

 

 目の前のメロディアは最早顔色が真っ青になりながらも、気合いだけは十分といった様子で啖呵を切る。その口ぶりは雪音補佐を彷彿とさせた。子は親に似ると言うが、日が浅い養子でこうも性格が移るのかと凪咲は心の中で笑う。

 しかしそれが息抜きにもなった。張り詰めていた糸のようなものが切れて、ある意味振り切れていた。

 

「で、どうするんです? 私はLiNKER切れのガス欠装者、アナタはアナタで止められていたシンフォギアまで纏って、しかも全身ズタボロ、余命も幾許(いくばく)かなんですよね?」

 

 事実、直上の竜の頭は二人の姿を視認するやいなや、二撃目を放とうとしていた。

 

「余命幾許って言われるとなんか()ね。まぁ、実際、多分数分も無い命よ。だけど、こんなカップラーメン以下の命でも要は使い用。ナギサ、私と絶唱を重ねなさい」

 

 絶唱。彼女はそう言った。絶唱は装者に大きな負担を掛ける大技。当然ながらLiNKERが切れてガス欠状態であり、適合係数が本来ギアを纏うのに必要な数値すら達していない凪咲がそれを口にすれば、その負担は途方も無いものだ。それは死と同義と言っていい。

 

「それはッ……無理ですッ!」

 

「私を信じなさい。私はアマネの友達として、彼女に報いたい。この思い、アナタも変わらないのなら、アナタの命を私に頂戴」

 

 彼女の瞳は真剣だった。ふざけている訳でも、ましてや自暴自棄になっている訳でも無い。ひと月と少し、彼女と過ごして彼女の事は少しは分かったつもりである。彼女は普段こそふざけたり、冗談を言って人を茶化したりするが、嘘をつくような人間では無い。

 

「……ええ、信じますとも。天音さんが信じたんです。ここで私が疑ったら、天音さんを疑ったのと同じですから」

 

「ほんっと、ベタ惚れじゃない」

 

 メロディアが呆れながら右手を差し出し、凪咲もまたそれに応えてその手を握る。もう片方の手も同じように取り合うと、二人は祈るように額を重ねた。

 

『『――Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl……』』

 

 絶唱を全て口にし、凪咲は大きなバックファイアを覚悟して瞳を閉じるが、身体を大きなダメージが襲うことは無かった。

 瞳を開けると、飛び込んできたのは目の前のメロディアが苦悶の表情を浮かべながら歯を食いしばっている光景。胸を穿っている結晶が大きく育ってはひび割れて砕け、更に周囲の柔肌からも段々と結晶が姿を見せる。吐血をしたのは、恐らく内蔵も凪咲と比べ物にならない程に結晶によって傷付けられているのだろう。

 

「――手を離さないでッ!」

 

「……これは一体」

 

 凪咲は不安げにメロディアへと問いかける。彼女の口ぶりからして、今起こっている現象は全てメロディアが起こしているのだろう。絶唱の負担だけをメロディアが肩代わりしているとしか考えられない。

 確かに、絶唱の負担を一人で抱え込むことが出来る装者は存在した。かつてのガングニール装者、立花響がそうであったと、凪咲は聞き及んでいた。S2CAという戦術にまで昇華されたそれは、しかし彼女に由来する特殊な能力あってのものだ。

 

「私のシンフォギア、クレイブソリシュ。あの小さな研究者さんによると、そっくりなんですって。アガートラーム、とかいうギアと。容姿だけじゃなくて、その性質まで」

 

 ――アガートラーム。かつてマリア・カデンツァヴナ・イヴが纏っていたシンフォギアの名前である。その力は確か、エネルギーの再配置。触れた対象のエネルギーの流れを自由に移し替えるものだった筈だ。S2CAで響に集中する絶唱のエネルギーを分配するなど、絶唱のエネルギー、負荷を操作したという記録は確かに残っている。

 

「私の絶唱のエネルギーをアナタへ、負担を私に全て回した。アナタがピンピンしてるって事は、ぶっつけ本番は……ひとまず成功って事じゃ無いかしら?」

 

「だとしてもッ――それじゃあアナタは今二人分の苦しみを一人で背負う事にッ!」

 

「……言ったでしょう。私の命の使い用は、私が決める。生憎苦しみには慣れてるから、掣肘の代金とでも思っておくわよ」

 

『死に損ない二人が何をした所でッ!』

 

 詩織の叫びと共に、竜は二人へと熱線を撃ち放った。

 

「うおおおおあああああああッ!」

 

 地面が爆ぜ、爆炎が立ち上る。先程の初撃より、更に圧縮されたエネルギーが熱と爆風へと変わり、周囲を全て吹き飛ばすだけの破壊力に置換されていた。

 詩織は、爆煙と更地になった目下を見下ろしながら、高笑いを上げていた。自分を阻む障害を全て排除したのだ、と。

 煙を引き裂いて、一筋の光が一直線に竜の頭を穿った。それは窮鼠の牙が、初めて竜の首に至った一撃であった。しかし竜は即座にその傷を修復する。

 

「――ふふ……やれば……出来るじゃない。もう、何も見えないけど……感じるわ。そこに居るんでしょう……? ……暖かいもの」

 

 メロディアは、光の灯っていない虚ろな瞳を、彼女へと向ける。何も映ってなどいなかったが、彼女は確かにそれを感じていた。それは一人の少女が灯した希望の灯火であった。

 絶唱で生み出され、爆発する二人のフォニックゲイン。しかし、まだ足りない。――まだ、あの空に届かせるには至らなかった。

 もっと――もっと、彼女へと手が届くまで、燃やせ。足りないならば、その命すら燃やせ。

 

『ヒカリ……だとッ?! 何故ッ――何だ! それはッ! 有り得ないッ! 私達の前には何もかも無力のはずなのにッ! どうしてまだ私達の邪魔をするッ! 立ちはだかるッ!』

 

 ――焔が揺らめいた。青い髪が、風に靡き、彼女から溢れる力が彼女の髪先を炎のように変えていた。それは、彼女がその命を燃やして生み出したフォニックゲインが、炎の形に具象化した姿であった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 二枚の羽を広げたその姿は、まさしくシンフォギアの最終決戦形態。己の命すらも炉にくべて、手繰り寄せたキセキのカタチ。

 バーニングエクスドライブモード。

 凪咲の炎のように揺らめく髪と同じ青い色の羽根に、まるで天女の羽衣のような披帛(ひはく)がひらひらと舞う、漆黒と純白のギア。

 

 

「これは、メロディアさんが残してくれたウタ。そして、天音さんが私にくれたウタッ! 皆が託してくれたッ――私のシンフォギアだッ!」

 

 

 

 

EPISODE12 WiND

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 

[chapter:用語集 その七]

 

「キャロル」

 

正式名称を、 Cloned A.I Rebuild from Lost memories(失われた記憶によるクローンAIの再構築)、略してCAROL(キャロル)。当然、命名者はエルフナインであり、この呼称有りきで付けられた名前である。

「複数の他者が観測した同一人物をD(ダイレクト)F(フィードバック)によって抽出し、擬似的な人格の多面性を再現する」事により、エルフナインや立花響といった、キャロルと関わった人物の記憶から多面的に人格の表層を再現したもの。かくして、それは「限りなくキャロルに近い人工知能」として完成した。

 

 

「エルサレム」

 

 新約聖書、ヨハネの黙示録二十一節に記された、人類の前に現れる救済の地。全ての罪は許され、人は天の聖地へと導かれる。

 それは星の力によって起動する巨大な聖遺物、世界改編のメガストラクチャー。チフォージュ・シャトーすら越える埒外の分解、解析装置であった。

 

 

アルファであり、オメガである

 

 キリスト教、ヨハネの黙示録にて、三度繰り返される、ヤハウェが自らを指して言った言葉。言い換えると、最初であり、最後である。「全て」「永遠」を指す言葉。それは転じて、「神」そのものを指す言葉である。神の力の根源と接続した符坂詩織もまた、全てを知り、永遠を得た、正しく神であった。

同じ意味としてAtoZ等がある。錬金術における、サンジェルマンが手にした賢者の石。全にして一、一にして全であるそれもまた、この概念と照応する。

 

 

メサイア症候群

 

 別名、メサイアコンプレックス。救世主妄想とも言う。メサイアとは、救世主の事。他人を救う救世主になる運命なのだと思い込む精神疾患。また、広義では他人を救う事で低い自己肯定感を補完する行為もまた、メサイアコンプレックスとされている。

 

 

 

掣肘

 

 せいちゅう。要するに、肘を引っ張る行為の事。呂氏春秋具備から引用した言葉。脇から干渉して、人の邪魔をする行為のことを指す。掣肘を加える、という言い回しをして用いる。メロディアの趣味でもある。

 

 

バーニングエクスドライブモード

 

 音無凪咲が、絶唱の二重奏、そして自らの命さえもフォニックゲインへと変えて引き出したシンフォギアの決戦形態。青髪が炎のように燃えているのは、自らの命を絶えず燃やし続けている事の証明。青い羽に、天女の羽衣のような黒い布のショールの羽織。黒い外装に、白の面積が増えたインナーが白と黒のコントラストを作り出している。四張の弓のアームドギアを周囲に浮かせており、凪咲の意思に呼応して攻撃を行う。

 

 

[chapter:楽曲]

 

Envision Radiance(voc:神代天音 音無凪咲)

作詞:筆者

 

立ち上がれ 声の続く限り

立ち向かえ 胸に歌を灯して

心に描いて映し出す 一筋の光

 

誰かの為に傷ついていく君を何も出来ずに見つめていた

誰かの為に戦う意味は貴女が教えてくれたもの

 

「こんな私に君を守れる?」

「そんな貴女がいいんです」

 

重なり合ってレゾナンス 

ボルテージ(限界)放つ(神威の)

雄叫びを 轟かせて

 

Radiance 心に描いた二人だけの真実を

消えぬように(無くさないように)

夜の帳を照らし出して

Envision 二人のメロディは崩れかけた世界に

芽吹いていく(咲き誇っていく)

絶望の暗闇の先に咲かせる歌

 

 

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