立花響に救われた少女がヒーローを目指すお話   作:月夜 のかに

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プリクエル -いつかの時代、とある巫女の独白-

 

 

 ――助けて。

そんな声は何処にも届くこと無く闇の中にかき消された。

 少女は孤独であった。この世界の何処にも彼女を真の意味で理解する者は存在しなかった。「言葉を交わさずに心を通じ合える」という、所謂(いわゆる)テレパシーと呼ばれるチカラが存在していた世界でも、そんな魔法のようなものを(もっ)てしても、彼女の孤独の前には意味をなさなかった。

 他人では、結局のところ彼女の考えを知ることが出来ても、自らの事のように理解する事など不可能であったのだ。

 それは、人類というものが「意識」、つまり、「わたし」というものを持ち合わせた瞬間に生まれたヒトにかせられた呪いであった。

 空を自由に飛び回る鳥に、命はあっても「意識」は無い。彼らは全て、この世界の「自然」という大きな命の中の刹那(せつな)(またた)きだ。自然の輪廻(りんね)に組み込まれた生命は、誰に教えられた訳でもなく、親と同じようにその命を全うする。空を飛び回る鳥は、親と同じように空を駆り、巣を作り、子を育て、生命の輪廻を繋ぐ。そこに介在するのは意識ではなく本能である。「わたし」というものは介在せず、種を繋ぐという一つの使命に従ってその一生を終える。

 しかし、ヒトはいつの間にかその自然の枠組みから逸脱(いつだつ)した。

 そうして、いつしか「わたし」というものが生まれた。生命の輪廻から逸脱した、自然という大きな群体から独立してしまった生命。

 聖書になぞらえるなら、「迷える羊」と言うべき存在。群れることの出来ない羊。

 それは、神がヒトに与えた「個性」という名の唯一性である。言い換えれば、不完全性ともいえるそれと、「群体」「自然の一部」としての本来の人類の在り方は、(いびつ)な均衡を保っていた。

 ヒトという群体の生命がもしも完全で、完成された一つの生命であったならば、生まれるはずのない(ひず)みである。

 そんな歪みの中で生まれた感情を、いつしか人は孤独と呼んだ。

 

 「わたし」は「わたし」である事が、何より恨めしかったのだ。

 ――なぜ、わたしは私なのだろう。あの子では無く――何故(なぜ)

 そして彼女はそう呟くのだ。

 真っ暗な孤独の暗闇で、ただ眩しく輝く一筋の光へと、彼女はただ憧れを抱いていた。

 彼女は誰でも無く、そして誰でも有った。

 神の居なくなった現在を生きる少女であったかもしれないし、はるか太古、神の巫女であった少女であったかもしれない。迷える羊はその各々の心の中に孤独を飼い慣らしていた。

 

――――

 

「わたしは、あの子になりたい。どうしたらいい?」

 ――どうすれば、あの子のように。

 誰に問うた訳でもない。そして、少女自身、自由などという物は手に入らないのだと理解もしていた。あの子――自分が見つめていた名前も知らぬ無邪気な少女と、自らが全く異なった立場であるという自覚が、少女にはあった。

 少女は巫女であった。はるか昔にこの星の外側からやって来て、この地に居着いたという、(アヌンナキ)という御方に唯一仕えるニンゲンであった。祭壇に神への供物を捧げると、少女は「神」へと跪き、ただ彼女の言葉を待った。

「羨望しているのであるか? ヒトの子よ」

 少女の眼前に坐す、(アヌンナキ)達の一柱たる彼女、名をシェム・ハ・メフォラスと言う。彼女は少女へと問うた。

 少女は跪いたまま、彼女の問いに瞳を揺らした。

 羨望――何に。問うまでもない。只人にである。祭壇から目に入る、なんの責務も無い無垢な少女に対しての羨望だ。

「滅相もございません。わたしは、貴方様の巫女として、この心も貴方様の物にございますれば」

 これもまた、少女にとっては本心からくる言葉だった。生まれた瞬間から神の巫女であり、その命は少女のものでは無い。自由になれるなど、初めから思ってもいなかった。

 外側の世界を生きるただの少女に、彼女はただ憧れの眼差しを向け続けていた。だが、自分には無い自由というものを持った民達に、羨望していても、それが自分には手に入らないものであると彼女は知っている。

貪婪(どんらん)であるな、ヒトの子よ」

 神はそんな彼女の心の内を見透かすように、ただ一言呟いた。その心中は巫女として余りにも不遜なものに違いないというのに、欲深い、と窘めながらも、その口調の中に怒りや不愉快といった感情は含まれていなかった。むしろ、どこか慈しむような視線を向けているようにすら少女には感じられた気がした。

「申し訳ございません」

「謝辞など不要である。不如意であるな、生命というものは」

「左様にございますね……真に、ままならないものでございます」

 

 ――――

 

 ふと、少女は以前にあったやり取りを思い出していた。少女がかつて敬虔(けいけん)な神の巫女であった時に、己が主と交わした、とりとめもない会話であった。

 神を祀る為の神殿も、何もかもが燃え盛っていた。その様相はさながら地獄そのものである。それは全て、少女の手で作り上げたものであった。

「不如意であるな、生命というものは」

 眼前のシェム・ハは以前と同じ言葉を呟いた。しかしその瞳は、以前のような慈悲や哀れみでは無く、失望に染まっていた。

 少女の手には幾つもの聖遺物があった。神が人々に恩寵として与えた、奇跡を体現する道具たち。自然さえも支配する強大な力を、一個人が勝手に用いる事は当然認められたことでは無い。

 それが明確に神を害するという意志の下であれば尚更である。

 

 そう、少女はその日、最も敬愛する神へと背反した。

 彼女の孤独の中に巣食っていた黒い何かが、その日彼女の心を黒く染めた。

愚挙(ぐきょ)である」

 とてつもなく強大な力を前にしても、神はただ一言呆れたように呟くと、右手を翳す。神の手の一振りで、彼女へと向けられていた攻撃の全てが、「銀」へと変わった。稲妻も、嵐も、灼熱の火炎でさえ、全て銀の柱となり、眼前の神へと振り下ろされた聖剣は、彼女の指に触れた瞬間に銀で出来た(なまく)らに変質させられている。

 神の前では、全ての害意が無力であった。

「あ……」

 サクリ、と少女の胸を光の刃が貫いていた。心臓を一突き。傷口からドロドロと血液が流れ出すのを見ながら、少女は己の死を悟る。

「真に遺憾である。コトバで繋がっていても、矢張りヒトは誤謬(ごびゅう)を犯してしまうものなのであるか」

 

 ――神は困惑していた。

 自分の巫女である少女の背反。それそのものに困惑していた訳では無い。彼女の中に燻っていたものを、シェム・ハ自身勘づいていた。

 シェム・ハが困惑していたのは、ヒトという種の、創造主であるシェム・ハ自身が把握していなかった事にあった。

 彼女は言葉(ロゴス)の神とでも言うべき存在である。

 この星に降り立った神々の中で、彼女は「執刀医」としての役目を負っていた。それは、この星に原生していた猿を、自分達のような新たな知的生命へと進化させるという役目であった。その為に、彼女は人類の祖先となる種の脳に処置を施し、ヒトに彼女らアヌンナキとも意思を交わすことの出来る言葉、統一言語を与えた。

 その時に、彼女は独断でその言葉の中に自らの意識を潜り込ませたのだ。その瞬間に彼女は、いち生命体というよりも、もはや言葉によって感染する不滅のウイルスに近しい存在となっていた。

 それは本来の使命を逸脱した、神々の中で定められたルールでは認められない行為である。実際、統一言語がある限りほぼ不滅と言っていい存在となってしまったシェム・ハが、神々から危険分子であると判断されるであろう事は彼女自身も理解していた。

 しかし、それでも彼女は自らが生み出したと言ってもいいこの「ルル・アメル(人類)」という種に対して、本来の使命以上の庇護欲を持ってしまっていたのである。

 言葉となった彼女は、統一言語そのものの中に存在しており、そのネットワークの中にいる限り、それを用いるヒトもまた、シェム・ハの揺籃(ゆりかご)の中に収まっている筈であった。

 認識の齟齬などなく、コトバで全て通じ合う事が出来る。

 人類は統一言語によって皆の心が通じ合い、シェム・ハは言葉となって永遠に人類と共にある。そんな永遠の箱庭をシェム・ハは夢想していた。彼女の揺籃の中に居る限り、ヒトは誰も傷つくことも、少しのすれ違いから生まれる悲劇など起こるはずがないと、少なくともこの瞬間まで彼女は信じて止まなかったのである。

 だというのに、その永遠は誰よりも彼女に近しいたった一人の巫女によって亀裂が走っていた。

 人の心が繋がれば、ヒトは過ちを犯すことがないはずであったのに。

 ――何故であるか、ヒトの子よ。何に隔たれる訳でもなく、繋がっているというのに、何故お前は……

 

「――私は、ただあの子に」

 少女は朦朧とする意識の中で、黒い喇叭(ラッパ)へと手を掛けた。それは巫女である彼女が神に抗う切札として強奪していた、本来神すらも気安く触れてはならぬ禁忌の遺物。世界の在り方すら脅かすその聖遺物は、神が人類に与える恩寵としての聖遺物とは全く異なる存在であった。

 神が、人に触れることを禁じていた七つの聖遺物、××××××に、彼女は呪いを施した。

 それは、世界への呪い。彼女の意志を後世に託す願い(のろい)であった。

 ――あの御方には永遠に理解出来ない感情でございましょう。

 私の孤独が、私にしか理解できないように。

 例えヒトがどれだけ深く繋がっていても、どれだけヒトが他人を理解出来ようとも、神殿の外で笑っていたあの少女の名前すら、私は知らないのです。

 ヒトは心が繋がっていても、その全てが同じ存在ではないように。

 私はきっと、あの子が――羨ましかった。

 

 

 彼女の願い。それは、神という忌まわしき支配者への意趣返し。

 その呪いの中には、神の作り上げたこの世界に対する憎悪が渦巻いている。彼女の望まぬ生まれと、彼女にそうあれと願った世界への絶望。

 たとえ少女の身体が朽ちようとも、何千年後になろうとも、いつか、どこかで彼女と同じ心の在り方をした、そんな人間がこの思いに巡り会ったならば。きっとその子は私の想いを理解してくれるだろう、と。

 それはとある少女の「怨念」とでも形容すべきもの。もう数千年も前に死んでしまった、名も無き少女の残り香のようなものである。

 しかし、そんな思念が「人が誰しも持つ孤独」という概念の積層と共に、哲学の呪いの箱となり、数千年もの時間を経てある少女のもとへとたどり着いたのである。

 

「ヒトは、たとえ全てが繋がっていても同じになんてなれやしない。ワタシは、ワタシの孤独をあの子と共有したかったんじゃない……ただ、あの子が好きだったんだ」

 

 全てが終わり崩れゆく黙示録の龍を眺めながら、符坂詩織は呟いた。

それは彼女の中に残った少女の残り香が零した言葉であった。

 詩織には「あの子」が誰であったのか分からない。しかし、目の前の世界よりも大切な人を見ながら思う。いつかの時代を生きていた、私に似た少女にとって、あの子はきっと眩しく煌めいていたのだろうと。

 

 

 

 

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