立花響に救われた少女がヒーローを目指すお話 作:月夜 のかに
気がつくと天音は海の底のような空間を独り漂っていた。
その光景は海中を思わせるが、不思議と息苦しさは感じられない。
それだけでは無い。今の天音には五感を奪われたかのように、熱さも、冷たさも、身体に触れているはずの水の感覚さえ感じられなかった。
恐らく夢を見ているのだろう。
しかし、意識だけははっきりしていて体も自由に動かすことが出来た。
これは俗に言う明晰夢――夢という自覚がある夢というものだ。それにしても、目の前に無限に広がっているかのようなこの空間は、酷く殺風景で、そして何処か物悲しい。そこには、そんな静寂だけが存在していた。
「どうせならもっと楽しい夢なら良かったのにー……」
アニメのキャラクターが夢を見ている描写のように、念じれば思い浮かべた物が出てくるなどというような事も無い。ただただ天音は夢の中の水底に浮かび、悪戯に時間だけが過ぎていた。
「今日は変な事ばっかりだ」
今日天音の身に起こった事は、全て夢よりも非現実的なものだったなと天音は思い返していた。ノイズが突然現れて、おじさんを助けようとしたらシンフォギアと出会った。そしてこの変な夢。
くるりと向きを変え水底の方を覗いてみると、天音は自分以外は何も無いと思っていたこの空間に一つの人影を見つけた。
「誰かいる……」
その影は少しずつ天音に近づいて来る。その人影は天音と同じくらいの少女のような姿をしていた。
白いローブに身を包んでいて、顔を見ることは出来ない。
時折フードの隙間から覗かせる眼光が、天音を一点に捉えていた。
「あなたは誰?」
天音はローブの少女に語りかける。
『初めまして。ではないんだけどな』
少女はそう語るが、天音はこんな少女と友達になった覚えも知り合った記憶もない。
しかし、確かに初めて出会った気はしない不思議な気分だった。
その時、ふと思い出す。
――胸の歌に耳を傾けて。
諦めそうになった時、ブリューナクのシンフォギアを纏うきっかけをくれたあの声。
あの時は幻聴か何かだと思っていた。
「あの声はあなたなの……?」
水底の暗闇を背に少女は静かに笑う。
「あなたは一体……誰?」
少女はフードに手をかける。
綺麗な薄いベージュの髪の毛がさらりと姿を見せた。
「っ?!」
天音は驚きを露わにする。
「わた……し……?」
目の前に自分がいた。
深く被っていたフードを外したその少女は、紛れもなく天音と瓜二つの姿をしていた。だが完全な鏡写しという訳ではない。
天音の瞳の色は暗いシアン――青緑色だ。
しかし、笑みを浮かべながら天音を見つめるその少女の瞳は、まるで宝石のシトリンのような、透き通った美しい黄金色をしていた。
何もかも見通されているかのように天音に向けられる、その透き通った瞳に惹き込まれるような感覚。
そして天音にはその瞳に、何故か懐かしさのようなものを感じるのだった。
◇◆
「天音! もう起きな! 今日は休みじゃないよ! 」
天音の部屋に近所迷惑になるのではないかというくらいの騒々しい声が響いた。
「んみゅ……ふぁあ……」
「ほんっとあんたは朝弱いんだから」
普段から詩織が天音を起こしているという訳では無い。
今日、詩織が天音の部屋に居る理由は、詩織が遅くまで外で天音を待っていた為、それを見かねた天音が風邪を引かないようにとシャワーを貸し、そしてそのままの流れで詩織が居座ったからである。
「も〜天音はいっつも遅刻してるんだから、今日は私が責任をもって起こすからね! 」
「同じ顔……」
「何? まだ寝惚けてるの? 私の顔分かる? 可愛い可愛い
詩織ちゃんだよ」
ペシペシと詩織は天音の頬を軽くビンタする。
「ごめん寝惚けてた。おはよう……詩織」
詩織が最後に言った言葉の意図はよく分からないが、詩織はメイドがしていそうな、あざといスマイルを向けながら天音を見下ろしていた。
「私渾身のギャグをスルーされた……」
「それギャグのつもりだったの……? 」
詩織は美人で優等生だが、たまにふざけて変なことを言う時がある。
学校では勝手に付いてしまった「真面目な優等生」のイメージのせいであまり人前で出すことは無いが、詩織は元々こういう女の子だった。
「そんな風にふざけて言っても詩織はホントに可愛いからムカつく……」
「まぁ? 私は黒髪ロングの美少女だからねぇ~?
モテモテだからねぇ〜」
ウザイ語り口で自画自賛しながら、詩織は髪の毛をさらりと手でなびかせる。
「あ〜ウザイウザイ。そんなこと言って彼氏作らない癖に」
「まぁ私には天音チャンっていう彼女がいますし? それに大好きな天音が妬いちゃいますからね」
「や、妬かないし! 彼女でもないし! 」
詩織は天音の頬をプニプニとつつきながら、ニヤニヤと笑っている。
詩織は「冗談だって〜」と笑い飛ばすが、天音は詩織の言葉が時折冗談に聞こえない時がある。
「天音も可愛いと思うけどな〜。ワンコみたいでさっ」
詩織はダイブするような勢いで天音のベッドに座り、ベッドはギシリとひずんだ音をたてる。
「まぁ、最近はすこーしお転婆なワンちゃんだけどね〜?」
「うぅ……やっぱり怒ってる……?」
天音は恐る恐る問いかけた。
◇◆
『……詩織に少し話があるの』
――昨晩。
S.O.N.G.から戻った天音は、その日あった出来事を全て詩織に打ち明ける決断をした。
詩織をあれだけ泣かせておいて事情を説明しないなどという事は天音には出来なかった。
ノイズに襲われたこと。おじさんを助けようとしたこと。
そして、シンフォギアを託されたこと――
天音はこの日の出来事を事細かに詩織に語った。
「私さ……自分でも何か人の役にたてるって、そう思ってた。でも違った。誰かを助けるどころか、あの時助けようとしたおじさん一人でさえも、私だけの力じゃ助けられなかった」
「天音……」
「でもね。初めて〝私〟が必要だって言われたの。あの人と同じシンフォギア装者として。これって運命だと思わない?」
詩織を見つめる天音の瞳はまるで幼い子供のように純真で輝いていた。
そんな天音の話を真剣な眼差しで聞いていた詩織は、天音の肩を両腕で掴んだ。
「私だって天音が必要だよ! だから天音が危険な目に遭うのは耐えられない!」
詩織は心の奥に溜め込んでいた言葉が溢れ出て止まらなかった。
「でも天音は私が止めても止まらないでしょ?ずっと一緒だったから分かるよ。だから私は止めない」
「……一つだけ約束して。もう二度と私をこんな気持ちにさせるような事はしないで」
天音は「分かった」と頷き、詩織が差し出した右手の小指に自分の小指を絡ませた。
「ハイ、湿っぽい話はここまで! ……くしゅん。風邪ひいたかな」
「こんな時間まで薄着でこんな所にいるからだよ。シャワー使う?」
そう天音が問うと詩織は「お借りします」と即答するのだった。
◇
「天音ちゃんが……! 天音ちゃんがもう学校に来ている! 」
天音のクラスメイト、
もう四月も終わりが近づき、入学して一ヶ月が経とうとしているが、歌恋は一限目が始まる前に天音が登校しているという光景を見た覚えが無い。
それほどまでに天音は遅刻常習犯であった。
「まぁ〝ただ来てる〟だけで、既におやすみモードだけどね……」
詩織は机にベタりと頬を付けて眠る天音の頬をツンツンとつつきながら、やれやれといった表情で呆れていた。
ガラリと扉が開き担任の教師が教室に入ってきた。
「ハイ、皆さん席について。今から出欠を取ります」
担任が教壇に立つと、そのまま出欠確認を始めた。
五十音順に次々と名前を読み上げては生徒はそれに返事を返す。
それは、いつもと何ら変わらない授業風景だった。
「……さん 大原歌恋さん」
「ハイ」
「神代天音さん……はまぁ遅刻ですよね」
担任が天音を読み飛ばそうとした時、奥の机から手が上がった。
「上松先生!」
「何ですか?」
手を上げた主は歌恋だった。歌恋は左隣りの席を指さす。
「前の人で隠れちゃってますけど、天音ちゃんここで寝てます」
担任は教壇の前から体をずらしてみると、確かに普段この時間は空席になっている机に天音が眠っていた。
「あ、本当だ。居眠りは駄目ですが遅刻していないのは素晴らしい」
その後も出欠確認は続き、全ての生徒の名前を読み上げた。しかし、今日は出欠確認が終わったというのに授業が始まる様子は無い。そして生徒達は担任の様子がいつもと違う事に気づいた。
担任はふふふと、いかにも怪しげな笑いを零す。
「では、今日からこの学校に通う事になった編入生を紹介したいと思います」
クラスが
編入生という言葉の響きにクラスの誰もが胸を高鳴らせた。
「なんだかアニメみたい」などという言葉が飛び交い、ザワザワとした話し声が教室を満たしている。
扉が開く。
編入生の少女は教室に入ると、コツコツと靴音を鳴らし教壇に立った。
そして、一本のチョークを取り上げるとカツカツと音を立てながら、黙々と自らの名前を黒板に書き上げた。
「音無凪咲です。宜しくお願いします」
「なぎさちゃん!?」
ガタッと椅子が倒れる音。先程まで寝ていた天音がその聞き覚えのある声に目を覚ました。
周囲の視線が凪咲から変わって天音に集中する。
「あははは……失礼しました……」
天音は倒れた椅子を元に戻すと、ゆっくりと着席し直した。
「天音ちゃん、あの編入生の子と知り合い?」
小声で隣に座る歌恋が問いかける。
「う、うん。昨日ちょっとお世話になったというか……へへ……」
「お世話……?」
「隣、座ってもいいですか」
教壇から降り、机に向かった凪咲が天音の前に近寄ると、天音から見て左側の空席を指さして問いかけた。
別にその席しか残っていなかった訳では無いが、断る理由も無いので「どうぞ」と答える。
凪咲が座ると、歌恋が問いを投げかけた。
「凪咲ちゃん……だっけ?なんでこんなタイミングで編入を?」
「元々、進学する気無かったんですよ。働き口も見つかっていましたし。でも、上司からやっぱり学校は行った方がいいと言われまして」
――昨晩の事。
音無凪咲は突然、司令室の風鳴翼の元に呼び出された。
「いきなり呼び出してすまない。
突然だが、音無には明日からリディアン高等科に通ってもらう」
「はい?」
翼からの突然の指示に凪咲は困惑の色を示した。
「案ずるな。もう手続きはこちらで済ませてある」
「案ずるどころか寧ろ困惑してるんですが」
あからさまに不機嫌そうな態度を示す凪咲の言葉など構わず翼は話を続けた。
要するに「天音と友達になれ」という事のようだ。
「これからは二人で任務に赴いてもらう事も増えるだろうからな。装者同士、絆を育むことは大切なことだ」
「はぁ……なるほど」
もやもやとした心境が返事にまで出てしまっている。
これまで凪咲は散々未熟だという理由から実戦に出してもらえなかったのだ。
凪咲からすれば、あのシロウトと組まされる?冗談じゃない。といった思いだった。
この時、この編入に込められた〝これで少しは音無も人を頼るという事を学んでくれればいいのだが〟という翼の意図など凪咲が知る筈も無い。
司令室から出ると、凪咲は大きく溜息をついた。
それは、とんでもない事を抱え込んでしまったかもしれないという予感。否、実感である。
「うぅ……どうすれば……そもそも友達ってどうやって作るんでしたっけ……」
当の本人の前であれだけシロウトだの邪魔だの言ってしまっているのに、どの面を下げて友達になってくださいなどと言えばいいのだろうか。無論、言える訳がなかった。
自室のベッドで悶える彼女の視線は翼から(半ば強引に)渡されたリディアンの制服に移る。
音楽院。凪咲は別に音楽が特別好きな訳では無い。
彼女にとってそれは戦いのための手段に過ぎない。復讐の為の道具に過ぎない。
学校など、いい思い出の一つも無いような場所だった。
しかし、不思議と少しだけ心臓が高鳴っている様に凪咲は感じた。
――授業の終わりを告げるチャイムの音が校舎に響き渡る。
このチャイムは天音にとって目覚ましのようなものである。
「ふあぁよく寝た〜」
「あんたは授業をなんだと思ってるのよ……」
「私たちは音楽勉強しに来てるんだから数学の時間は睡眠時間なのでは……?」
天音の机の前に立って天音を
天音の隣では凪咲が「うわぁ……」という声が今にも漏れ出そうな、可哀想な子を見る目で天音を見つめていた。
「そんな目で見ないでよ凪咲ちゃん……」
「なっ……馴れ馴れしく名前で呼ばないでくださいよ」
凪咲は目を逸らした。天音と友達関係を築かなくてはならない凪咲にとって、これは友達になるどころか逆効果である。
一瞬の沈黙の後、口を開いたのは詩織だった。
「そういえば二人って知り合いみたいだけどいつの間に?もしかして音無さんってS.O.N.G.の……むぐっ」
凪咲は机から斜め右手に身を乗り出すと、天音の机の正面に立っている詩織の口を慌てて塞いだ。そして天音の腕を掴むと、教室の隅まで手を引いた。
壁際に天音は追い詰められる。凪咲は天音の夏服のネクタイを掴み、グイッと引っ張った。
互いの顔と顔との距離が一気に近づく。凪咲はできる限り小さな声で、しかし小さいながらも高圧的に問い詰めた。
「言ったんですか?!昨日のこと」
「はい、言いました……」
凪咲は、はぁぁ……と大きな溜息を零す。
「新型シンフォギアは機密事項ですし、何よりこれは貴方たちの身の安全を守る為でもあるんですからね?」
「ごめん……凪咲ちゃん」
「分かったならこれ以上は口外禁止です。あと馴れ馴れしく名前で呼ばないでください」
凪咲は天音のネクタイを離した。
その姿を見ていた歌恋は詩織に向かってぽつりと呟くように語り掛けた。
「あれ、私には恐喝にしか見えなかったんだけど……。あの二人の関係って何なの……?」
「さぁ……」
詩織は、凪咲に口を塞がれて口止めをされた事で大体の事情を察していたが、歌恋に説明する訳にもいかないので、すっとぼけて誤魔化した。
それにしても音無さん。素振りは天音のこと嫌ってる様に見えるのに天音の隣に座ったり、よく分からない子だな――と詩織は首を傾げる。
天音は無気力に両腕をぷらぷらと揺らし、覚束無い足取りで机に戻ってきた。先程のやり取りで酷く落ち込んだ様子だった。
「やっぱり私、凪咲ちゃんに嫌われてるかも……」
「何か嫌われることでもしたんじゃないの?そもそもまだ昨日今日の関係なんでしょ?」
歌恋はそう言うが、天音には全くその覚えが無い。というよりも、そもそも天音と凪咲が交わした言葉は思い返してみれば数え切れる程しかない。
初めに出会った時から彼女が天音に向けて放つ言葉は厳しいものだった。
「こ、これは生理的に無理というやつなのでは……」
「天音ちゃんは変な子だし有り得る」
「天音だからね。だから友達少ない訳だし」
歌恋と詩織はうんうんと頷く。
「二人共酷くない……?辛辣過ぎない?」
手厳しい二人の発言が天音の心にグサグサと刺さる。予期せぬ追い討ちに、目からは涙までもが零れ出してきた。
「それに関しては事実だし……」
「ヒーローの変身ポーズを真似したりする女子高生なんて天音ちゃんくらいしか……」
「しちゃダメって訳でも無いでしょ……?」
「小学生の男子じゃあるまいし……」
確かに歌恋の言う通り、この広い世界を探してもこれ程小学生男児のような精神性をした女子高生はなかなか見つけられないだろう。
「ヒーローっていうのは年齢も性別も関係なく永遠の憧れなんだよ!」
少し呆れ気味の歌恋の返答に、天音は先程までの落ち込みが吹き飛んだようにヒーローについて熱弁し始めた。
「ねえ、詩織ちゃん。天音ちゃんって昔から〝こう〟なの?」
天音の熱弁を他所に、歌恋は耳打ちで詩織に問いかけた。
「いや、五、六年前からかな。小学校高学年の時に天音がノイズに襲われた事があってね、その時かっこいいお姉さんに助けてもらったんだって」
「ヒーローオタクはそこからかぁ……」
「それまでは超が付くほど内気で、静かな子だったんだよ?」
歌恋は詩織のその言葉を信じられないと言った様子で「嘘ぉ……」と呟き、目の前に居る内気な性格とは程遠いヒーローについて熱く語る少女に目を向ける。
「ていうか私の話聞いてないでしょー!」
天音はむすっとした顔で、歌恋の顔を覗き返した。
「天音ちゃんほんとに昔は内気だったの? 今と真逆じゃない」
「それが本当なんだよ。いつも私の
詩織は笑いながら語った。
「何?何の話?」
ヒーローについて熱弁していた天音が詩織に聞き返す。
「昔の天音が可愛かったって話」
「何それー!恥ずかしいんですけど!」
天音は照れくさそうにしながら、手を右往左往させている。
「別に恥ずかしがることでも無いでしょう。あの頃の天音は今とは別方向に可愛かったけど、今の天音も可愛いよ?」
「ありがと……う?いや、そうじゃなくて、私は格好良くなりたいんだよ~!」
〝詩織からの〟可愛いは、天音にとって余りにも言われ慣れ過ぎた言葉だった。
容姿端麗な詩織が可愛いと言われているのは度々耳にするが、平均値的な容姿(そして残念な性格)の天音には、そんな経験は全くと言っていいほど無い。
詩織の言う可愛いは、巷の女子高生が(天音も詩織も同じく女子高生なのだが)よく使う、ある種の社交辞令的な〝可愛い〟と同種のものとして、天音は認識していた。
そもそも、天音は恰好いい女になりたい訳で、今のように可愛いと茶化されるのは天音にとって不本意なのだ。
詩織が天音に対して言う〝可愛い〟は天音を茶化す、無分別な言葉では無く、本心からそう思っているのだが。
「そろそろ次の授業の準備しないと」と歌恋が切り出した時だ。
先程教室を出た凪咲が戻ってきた。
彼女は急いで走ってきたといった様子だった。
息を切らしながらも呼吸を整え、絞り出した声で一言「来て!」と言うと、天音の手首を掴むと、手を引いて教室の外へ天音を連れ出していった。
「おやおや?どうしたんでしょう。これはアレですかね?冷たく当たってたけど本心では……ってやつかな?百合の波動を感じますね?」
凪咲が天音の手を引く始終を見ていた歌恋がニヤニヤしながら、何故かテンションが上がっている。
「歌恋、妄想癖もそこまでいくと病気だよ?」
「いやー、天音ちゃんも罪作りな女だねぇ。二人もたらし込んじゃって」
「歌恋、多分そういうアレではないと思う」
◇
凪咲に手を引かれ、廊下を駆け抜け、天音は校舎の外に連れ出される。凪咲は終始何も口にすることなく全速力で駆け続け、正門を出た。
「凪咲ちゃん、何処に行くの?学校出ちゃったよ」
凪咲はようやく立ち止まった。立ち止まった場所は校門を抜けた先にある大通りだった。
「あれは……ノイズ!」
大通りの先には、先日と同じ白いノイズの姿があった。人が少ない時間帯というのもあって、被害者はいないらしい。
「昨日と同じ聖遺物の反応です。恐らく、まだ呼び出している何者かが近くに居るはず」
――瞬間、轟音が鳴り渡る。
辺りの空気が揺さぶられたように一気に振動し、それは彼女達の身体に伝わる。
この音を神代天音は知っている。昨日、街中で鳴り響いた不協和音。この音が鳴り止んだ時、ノイズが現れた。
この〝音色〟は、まるで地獄が始まる事を知らせるプレリュードのように天音には聞こえてくる。
「なっ……何ですかこの音っ!」
凪咲自身はこの聖遺物が発生させる音を聞くのはこれが初めてだった。
凪咲は反射的に自分の耳を塞いだ。
「こんなに大きな音なのに昨日は聞こえなかった……。なるほど、聖遺物の周辺でしか聞こえないんですね…… そこのシロウトさんはギアを纏って待機してください」
「し、シロウト言わないでよ!私には神代天音って名前があるんだからさあ! ――feerale en feel brionac tron!」
天音はシンフォギアを纏い、戦闘の準備をする。頼られた以上、もう昨日のような失敗はしないという決意を胸に、拳を握る。
「私はノイズを倒しながら、呼び出した首謀者を探します。あなたは私が撃ち漏らしたノイズを」
「任された!」
程なくして音が鳴り止むと、昨日と同じように白いノイズが現れた。
その数は道路を塞いでしまう程だ。
更にノイズは道路だけでなく、リディアンの近くまで発生していた。
「不味いっ……リディアンに近い!」
「私が!」
リディアンの校門付近に現れたノイズに向かい、天音が跳躍する。
――届け!いや、ワタシは届く!
天音のギアのブーツに遇われていた羽根の装飾が緑に輝き、光の羽を形成した。
「届いたぁあッ!」
全身全霊、全てを込めた一撃。
上空から拳をノイズ諸共、地面に叩きつける。重力加速度の乗った拳がアスファルトを粉砕すると、周囲のノイズを巻き込んで消滅させた。
かつて見た〝あの人〟の物真似だが、上手くいった。
「いける!戦える!」
◇
『ノイズが発生しました。生徒の皆さんは焦らず、教員の指示に従って校内のシェルターに避難してください。繰り返します。ノイズが発生しました――』
街中に特異災害の発生を知らせるサイレンが鳴り渡り、学院内では校内放送が流れ、軽いパニックが起こっていた。
しかし凪咲が天音を連れ出した時、悪い予感を感じた詩織は、歌恋を連れ先に教室を出ていた為、パニックにはそれ程巻き込まれずに済んでいた。
「詩織ちゃん、天音ちゃん達を置いてきて良かったの?それに詩織ちゃんまるでこうなること分かってたみたいな……」
「そんなの勘よ。あと、こんなパニックの中逆走なんて出来るわけ無いでしょう!多分、天音なら大丈夫だから」
◇
「――装者、ノイズとの交戦を開始」
モニタリングをしている藤尭が二人の状況を確認し、本部スクリーンに映像を投影する。
「敵の位置特定は」
「中心部から推察するに、リディアン周辺というのは分かるんですが、聖遺物の反応が予想以上に広範囲に広がっており、未だ特定出来ていません!」
翼が友里に位置特定を急がせるが、聖遺物の反応は音域全てに広がっている。友里は音の中心部のカメラ映像をチェックする作業に移っていた。
「カメラにはそれらしい人影は今のところ見受けられません」
「やはり現場の音無に任せる他無いか……」
正面モニターには跳躍し、ノイズを撃破した天音の姿が映る。
「天音ちゃん、ノイズと交戦状態に突入。彼女凄いぞ!」
「ちょっと待ってください!今」
モニターを見ていたエルフナインが何かに反応する。反応したのは天音が跳躍した瞬間。翼もエルフナインが驚いた理由を理解していた。
「ああ、一瞬ではあったが、あれは限定解除だ」
「はい、それも通常ギアでの飛行能力の行使……!」
限定解除。それはシンフォギアに施されている三億超にも及ぶロックの解除である。
心象の変化や、莫大なフォニックゲインなど様々な要因によって一段階、または数段階重ねて解除されるこのロックは、そう易々と意図的に解除できるものでは無い。
それこそマイナーチェンジと言って差し支えないシンフォギアのリビルド、一段階の解除さえ、それ相応の修練による心象の変化を必要とするのだ。
神代天音が行使した力は飛行能力。一瞬だったとはいえ、それは本来エクスドライブモードの発動によって、数段階のロックが解除された時に発現が確認された能力だった。
「神代、お前は一体何者だ……?」
◇
――予想していた以上の天音の戦いぶりに、凪咲は少し驚いていた。昨日装者になったばかりの、ただの少女だと思っていたが、凪咲には彼女が早くも戦い方を理解しているように見えた。
「し、シロウトの癖にやるじゃないですか。でも私だって!――
天音に続いて凪咲もギアを纏った。それに伴ってギアは音楽を奏で始める。
『全てを失った いつかの私は 塵となった思い出を強く握りしめていた』
「吹っ飛べ!」
凪咲はギアの脚部にある、同型のギアである天羽々斬にも見られるブレード部分から、小型のミサイルを発射する技【
側面ハッチが開き正面に飛んだ小型ミサイルが様々な起動に分かれて広範囲を爆撃した。小型ではあるが、市街地への被害を最小限にしつつ、広範囲のノイズを殲滅するのなら、この大きさのミサイルでも充分である。
「うわ!危なッ!」
天音の至近距離に飛んできたミサイルが着弾した。当たりこそしなかったものの、天音は爆風に煽られ、煙を吸い込んで噎せ込む。
「あなたは私のサポートなんだから私に合わせて避けてくださいよ」
「そんな無茶な!」
「残ったノイズはお願いします」
「勝手言うんだからぁ……!」
連携どころか、お互いに意思の疎通すら全く出来ていない単独行動による戦闘。これには本部でモニタリングする翼も「何をやっているんだ……」と声を漏らす。
凪咲は広範囲爆撃によってノイズを纏めて吹き飛ばし、道を拓くと聖遺物の使用者を探し始めた。
「敵は……何処に?近くに居るはずなのに!」
◇
――私立リディアン音楽院。
その校舎は、アール・ヌーヴォー期のヨーロッパ建築を模した建築様式だ。
校舎の屋根は、一棟一棟まるで宮殿を思わせるようなドーム状の意匠が施されている。
そんなリディアンの屋根の上に、戦闘する二人の装者を見つめる一人の少女の姿があった。
純白の髪を靡かせながら、彼女は
――こんな世界など終わってしまえばいい。
そんな空虚な思いを胸に抱きながら、白髪の少女は虚ろに眼下を見下ろす。
「シンフォギア、聞いていた程でも無いね。――ヴィーデ」
〝ヴィーデ〟
又の名をコーダマーク。
それは、音楽における反復を表す符号。
それは、この神の居なくなった世界を終わらせる者の名。
……To be continued
おまけ
用語集2
「覇弓 天羽々矢」
歌詞
全て失った いつかの私は
塵となった思い出を 強く握りしめていた
雨は止むこと無く 私の心を濡らし続ける
もう 何も失いたくは無い
遠き日の温もり 遠き日の愛しさ
あの日の ――「大好きだよ」が
耳から 離れないの!
BAN!引き金を強く引け あの声を振り払い
目の前に立ちはだかる 敵(かべ)を粉砕せよ
BAN!後悔はもうしたくない あの時誓ったから
降り止まぬ雨音を 掻き消すこの唄で
残弾残さず解き放て 私の激情