立花響に救われた少女がヒーローを目指すお話 作:月夜 のかに
「敵は何処に? 近くにいるはずなのに!」
聖遺物の反応から近くである事は確かではあったが、凪咲は敵を未だ発見出来ずにいた。
今回発生したノイズは、前回の量を遥かに超えており、凪咲はノイズに対応せざるを得ない。
「くっ……数が多い!」
再び聖遺物が発する〝音〟が響いた。ノイズが再び大量発生し、凪咲の行く手を阻む。
凪咲は完全に四方をノイズに囲まれてしまった。
「このままじゃキリがありません!」
拳銃を構えた両手を広げ、【時雨】を放つ。
四方から回転して同時に飛びかかる小型の哺乳類のようなノイズに銃弾を雨のように浴びせた。
『あの日の「大好きだよ」が――耳から離れないのッ!』
凪咲は逆立ちした後、片手を軸に脚を広げコマのように回転させる。
そして脚部のミサイルポッドを解放、全方位にミサイルを発射した。
【逆羅刹・爆雨】
煙の尾を引きながら、何発ものミサイルがノイズを追う。先ず凪咲の周囲のノイズに着弾、爆発した。そして発生した煙の中から更なるミサイルが顔を出す。
ミサイルは、残っているノイズへと向かって一直線に
「ちょっと待ってこんなの避けるの無理だよおおお」
当然ながらミサイルの雨は、ノイズと戦闘している天音にも降り注いだ。
天音はミサイルを蹴り飛ばし、なんとか直撃を避けようと試みるが、爆風はどうしようも無い。
「このままじゃ私まで死んじゃうよーー!」
戦線離脱するしかない。ノイズと一緒に居ると、天音までノイズ諸共爆発の餌食だ。天音は周囲に起こる爆発を掻い潜りながら戦場を駆ける。そして、命からがら凪咲の下に辿り着いた。
「シンフォギアを纏っていれば爆風くらい平気です」
「そういう問題じゃ無いんだってばぁ!」
「そんな事よりも早く敵を見つけて叩かないと……!」
◇
――ノイズと戦う二人のシンフォギア装者の姿を、白髪の少女はリディアンの屋根から傍観する。
「すごーい!まるで花火ね!まさかこんなにも直ぐに倒し切っちゃうなんて」
白髪の少女は、呼び出したノイズが次々に倒されていく事を意に介すことも無く、寧ろ彼女らに感心するような素振りを見せた。
「――殺すのが楽しみだわ」
少女は心を踊らせる。
彼女にはヴィーデと交わした〝約束〟があった。だから今この瞬間、衝動のままに殺す事は許されない。
S.O.N.G.の連中も、そしてあのシンフォギアの装者も、ヴィーデの〝計画〟が果たされてから嬲り殺しにすればいい。それまではヴィーデの指示通りに動く事が、少女の唯一の望みを叶える為の最良の選択だった。
「そろそろ退こうかな。――ッ?!」
――その瞬間だった。目が合った。青髪のシンフォギア装者と。
「遂に……見つけたっ!」
凪咲はアームドギアをライフルに変形させ、狙撃体制をとる。
「しまっ――」
発砲音が轟く。そして一発の弾丸が空を裂いた。
しかし、その弾丸は白髪の少女の髪を虚しく掠めただけだった。
腰ほどまで伸びた長髪が、銃弾によって乱れた空気の流れに流されて揺れた。
「……あははっ……外したわ!」
安堵と、そして可笑しさが入り混じったような、そんな笑いを少女は零した。
彼女自身、まさか相手から狙撃されるなど予期していなかった。
しかし、奇襲が失敗に終わった以上、少女にとって射線が見えきった狙撃など恐れるに足らぬものだった。
そう、〝狙撃〟であれば、である。
少女はある事に気がつく。
――もう一人は何処に行った?
狙撃されるまで確かに傍らに居たはずのもう一人の姿が消えた。
「いないッ……!もう一人は何処ッ!」
確かにもう一人いたはずだった。青緑色のシンフォギアを纏った少女が。
――上空。リディアンの校舎を軽く飛び越えた高度、少女から直線距離数メートルという至近距離。そこには拳を振りかぶる天音の姿があった。
「なっ……二段構えの奇襲――!」
「うぉおりゃあ!」
振りかざされた天音の拳を少女は紙一重で躱す。拳はそのままリディアンの棟の屋根を粉砕した。爆発のような轟音と共に大量の粉塵が舞う。
そして、砕かれた屋根の瓦礫がバラバラと崩れ落ち、二人の少女は瓦礫と共に地面に落下した。
「げほっ、ゲホッ……ごめん凪咲ちゃん!しくじった!」
「いいえ、ナイスです。敵をこちらに引き摺り出せましたから。しかし、敵の正体がこんな少女だったなんて」
凪咲の目に映るのは、綺麗な白髪をした凪咲と同じ年、もしくはもう少し下のようにも見える少女だった。
少女は体に付いた砂埃を手ではたき落とすと、ゆっくりと立ち上がった。
「引き摺り出せた? こっちはせっかく退いて〝あげよう〟っていうのに」
少女は
「だから、お望み通り潰してあげる」
そして、少女の周囲にノイズが現れる。
「ノイズを呼び出していたのはそのラッパという訳ですね」
凪咲は手に抱えるアームドギアをライフルから拳銃へ変形させると、少女へと構えた。
「そうよ。素敵でしょ?」
「……私には悪魔の道具に見えます」
凪咲は忌まわしい物を見るような瞳を喇叭と、持ち主の少女に向けていた。
「目的の為なら悪魔とだって相乗りするわ。アナタもそうなんじゃないの?」
「あなたに何が分かるって言うんですか!」
「分かるわ。だってアナタ、私と同じ目をしてるもの」
少女は嘲るような笑みを向け、一言付け加えた。
「私と同じ。復讐の為に生きているヒトの目」
その言葉を聞いた途端、凪咲は我を忘れて怒りのままに少女に銃を向けた。
「私はあなたみたいな人殺しとは違う! S.O.N.G.のシンフォギア装者としてあなたを拘束します。抵抗すると言うのなら、命の保証は出来ません」
「やれるものならね!」
少女はノイズを凪咲へと差し向けた。
「いくら来たって今更ノイズです!」
凪咲は二丁のハンドガンを前面に構えそれを迎え撃つ。ノイズは次々と銃弾を受けて粉々の塵となった。しかしノイズを倒し切ったその時、凪咲はノイズが目眩しだという事に気づいた。
「凪咲ちゃん避けて!なんかヤバイ気がする!」
別角度から戦いを見ていた天音には、白髪の少女が何をしたのかハッキリと見えていた。塵が晴れ、凪咲もそれを視認する。
少女の手にあったのは先程までとは異なる喇叭。
先程まで吹いていた喇叭は下ろした左手に持ち、右手で二本目の喇叭を構えていた。凪咲が視界を奪われていたのはほんの一瞬の事だったが、こと
「完全聖遺物がもう一つ!?」
少女は構えた二本目の喇叭を鳴らした。辺りに一本目の喇叭とは異なった音が響く。それと同時に、喇叭から正面へと広がるような衝撃波が発生した。
地面をえぐり取りながら迫り来る破壊の波によって、凪咲はなす術なく薙ぎ払われた。
「――凪咲ちゃん!」
「うぅっ……これが完全聖遺物の破壊力という訳ですか……」
「私だって!うぉりゃああッ――う、うそッ止められた」
天音はすかさず攻撃を仕掛けるが、ノイズに攻撃を阻まれてしまった。
そして、先程の衝撃波が正面から天音を襲った。
「うわぁあああッーー」
「……ッ!よくもォォッ!」
激昂した凪咲が少女へと銃を乱射する。
「そんな弾当たらないわ」
少女はノイズを盾にして銃弾を防ぐ。
先程と同じ、塵の煙幕が少女を包んだ。
「同じ手は食いません!見えなかろうと、持ってけフルバーストですッ!」
凪咲は塵の煙幕の中へ向かって火力を集中させた。
――これ以上二本目の喇叭を吹かせる訳にはいかない。
手応えはあった。塵の煙が晴れて、中から人影が姿を晒す。
「凪咲……ちゃ……ん」
姿を顕したのは白髪の少女ではない。銃弾を浴び、ボロボロになった天音だった。
少女は忽然と姿を晦まし、まるで空蝉のように、そこには天音がいた。
天音は一言凪咲の名前を呼ぶと、地に膝をつき、崩れ落ちるように倒れた。流れ出る鮮血が天音の周りを紅く染めていく。
凪咲は一瞬、何が起こったか分からないといった様子で呆然と放心していたが、やがて目の前の現実が絶望と共に凪咲へと一気に襲い掛かって来た。
「なんで……? あぁっ……ああああ!」
凪咲は天音に駆け寄る。そして、うつ伏せに倒れた天音を抱き抱えた。
「目を開けて下さい!お願いします! ……お願いですから……かっ……神代さん……」
凪咲は天音の身体を揺するが、何の反応も無い。
凪咲の掌は天音の血で真っ赤に染まっていた。凪咲は紅色に染まった自らの手を虚ろに見つめる。
その光景に、かつての記憶がフラッシュバックした。
「あの日」と同じだ。真っ赤に染まった――私の掌。
鼓動が早まり、呼吸が乱れる。
「……私が……やったの……?」
「そう、アナタがやったの」
凪咲の背後で少女が囁いた。
凪咲は驚きの声を呑んだ。振り返るとそこには少女が立っていた。
「味方を撃っちゃうなんて、アナタ、ヒトと殺し合うの初めてなんじゃない?」
少女は嘲笑うように凪咲を煽り立てる。確かに、勝負を急いだ凪咲にとって、それは致命的な死角であった。天音の現在位置すらも把握出来ていなかったのだ。
少女は凪咲がだき抱える天音へと目を向けた。
「もしかして壊れちゃったかしら。……ああ、ヴィーデに怒られちゃうかも」
「うわあああぁあーーッ!」
凪咲はハンドガンを拾うと、悲痛な叫びを上げながら白髪の少女へとその銃口を向けた。
しかし、凪咲は引鉄を引くことが出来なかった。ギアからはバチりと火花が上がり、シンフォギアはその機能を停止した。
「ッ……! LiNKER切れのバックファイア……? そんな……こんな時に!」
「残念。アナタもそこで仲良く寝ていなさいな」
蓄積していたダメージがリンカー切れと同時に一気に襲ってきた。
凪咲の身体も、とうにボロボロであり限界を迎えていた。
凪咲の意識は段々と遠のいていく。視界も暗くなっていった。
そして、そこで凪咲の意識は完全に途絶えたのだった。
◇◆
――あぁ、またこの夢だ。
私の中で、消えない血のシミのように染み付いた記憶。
忘れられない、あの日の記憶。
「――大好きだよ」
耳に残り続けるこの言葉。
私も大好きだった。でも、もうこの言葉の主と会うことは叶わない。大好きだったあの子の言葉は、永遠に私を苦しめるのだろう。
私の――音無凪咲の時間は、五年前のあの日からずっと止まったままだった。
「お姉ちゃん」
私の事をそう呼ぶのは世界にたった一人。彼女はベットで眠っていた私の身体を揺すった。
「
音無沙波。私より一つ年下の妹だ。
一見すると容姿も言動も、私より子供っぽい印象を受ける彼女だったが、沙波は年下ながら私などより遥かにしっかりとした人間だった。
「何言ってるのお姉ちゃん。今日はみんなでハイキングいく日でしょ? 早く起きてー!」
沙波は更に強く私の体を揺すった。
「ハイキング……? そうでした……」
「そうだよ!」
今日は家族総出でハイキングに行く予定だった。沙波は既に支度を終わらせ、鞄を抱えて目を輝かせていた。
「分かったら早く起きて支度済ませてよね!」
私は沙波に急かされながら支度を済ませた。見ての通り沙波はアウトドア派だ。対照的にインドア派の私は、このハイキングにそこまで乗り気では無かった。
目的地は茨城県にある筑波山。
凪咲達の自宅がある東京都港区からは車でおよそ一時間三十分といった所だ。これといった交通渋滞に巻き込まれることも無く、凪咲達は筑波山の麓に到着した。
「うぅ、ケーブルカーを使いたい……」
「登るからハイキングなんでしょお姉ちゃん……それに神社まではどちらにしろ登らなきゃいけないんだからね」
ひとまず私たちが目指すのは山の中腹、標高二百七十メートルにある筑波山神社だ。
中腹の筑波山神社でお参りを済ませた後、神社から登山ルートに入り山頂を目指すという手順だった。
山頂までロープウェイも通っているが、今日使うのは初心者向けの登頂コースだ。私としては山頂でお弁当を食べる事だけが最後のモチベーションだった。
筑波山神社までの道のりは山の斜面ではあるが、コンクリートの道路で舗装された坂道だった。道路沿いには所々に古い建物が見られる普通の坂道だ。
しかし山を登っているのだから当然、疲労は脚に確実に溜まっていっている。
「う〜……既に思ったより疲れる……」
凪咲は膝に手をつきながら、いかにも疲れてますといった様子で父の後ろを歩いていた。
「おいおい、まだ登山道にすら入ってないぞ?なんならお父さんがおぶってやろうか」
父が小馬鹿にしたような口調で茶化す。
「自分で歩けますー!」
「冗談だよ、冗談」
そうこう言っているうちにコンクリートの道路は石段に変わり、神社が見えてきた。
目の前の神門をくぐって、一直線に延びる石段を登り切れば拝殿に着く。
「この階段、地味に長い……」
「お姉ちゃんファイト!」
妹がこんなにも元気だというのにこれだけでへばっている自分が嫌になってくる。
「にしても、人少ないんだね」
「人が少ない時間にしたんだよ。ほら、そろそろ神社だ」
階段を登りきった時、初めに飛び込んできた光景は火の手が上がっている拝殿だった。そこには人影のような、しかし人では無いシルエットがあった。その影はこちらに気づいて近づいてくる。
「なに……これ……」
「ン〜? まだヒトがいるとは思わなかったゾ」
赤髪の少女のような姿をした、しかし明らかにヒトでは無いなにか。
その化け物の周りにはノイズが現れた。
「下手に取り逃して装者どもに計画を感づかれたら面倒だし、とりあえず死んでもらうゾ」
「凪咲、沙波!逃げろッ——」
ノイズが両親へと飛びかかり、目の前で父と母は赤い塵となって崩れ去った。
「お父さん!お母さんッッ!」
「あとはお前たちだけだゾ〜♪」
赤髪の怪物は私たちにもノイズを差し向けた。呆然と立ち尽くす私の手を沙波が引いた。
「お姉ちゃん!早くッ!」
「でも……」
「私たちだけででも逃げないと!」
「あたしは要石を探すから後のことはオマエ達に任せるゾ〜」
沙波は私の腕を引いて階段を駆け下りた。ノイズが私たちを追って迫ってくる。
赤髪の異形は何故か私達を追って来ていないようだった。
しかし、ノイズに追われている以上、絶体絶命の危機であることに違いは無い。
「はぁ……はぁ……ノイズって確か……時間が経てば消えるんだよね」
「……うん。そのはず……」
そうはいうものの、ノイズがどれ位経てば消えるのかも私達は知らない。逃げ切れるのかどうかさえ……。
「リュックサック邪魔ッ」
沙波はノイズにリュックサックを投げつけた。投げつけたリュックサックをノイズは白く光った腕の先でなぎ払い、リュックサックは塵になって砕けた。
「ヒッ……やっぱり足止めにもならない!」
「痛っ……!」
階段を降り終わるという所で、私は足をくじいて転けてしまった。
「――お姉ちゃん!」
沙波が転けた私の下に駆け寄った。
「大丈夫?」
「沙波、私はいいから逃げて……!」
「……ダメだよお姉ちゃん」
「お願いだから行って!」
「ごめん……お姉ちゃん」
沙波は立ち上がり、私のもとを離れた。
動けない自分が身代わりになって沙波が助かればいい。そう思っていたけど、いざ迫るノイズを見ると体がガタガタと震えた。
自分があと少しで死ぬというのが分かっているというのがこんなにも恐ろしいものだなんて。
「あぁ、せめて最後の晩餐に沙波の手作り弁当食べたかったなぁ……なぁんて」
その時、目の前に誰かが立っている事に気づく。顔を上げるとそこには先程私を置いて逃がしたはずの沙波の姿があった。
「ごめん、お姉ちゃん。やっぱりさっきのお願いは聞けない」
沙波は腕を広げ、私を庇うようにノイズを正面に据えていた。
「沙波、なんで」
「私、やっぱりお姉ちゃんを置いてなんて行けないからさ」
「沙波!何を?!私なんていいッ——だから!」
私の言葉を遮り、沙波は言葉を続けた。
「お姉ちゃん――」
沙波はこちらへ振り向いて、笑顔を向けると一言
「……大好きだよ」
そう私に告げると、沙波は赤い塵となって崩れ去った。
「沙波――ッ!沙波!さなみ! ……なんでッッ! ……うぅ……うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
失ってしまった。たった一人の妹さえも。
目の前に撒き散らされた〝先程まで沙波だったモノ〟を私は必死でかき集めた。
手のひらの上にあるのは真っ赤な塵。
――そう、まるで血のような紅い色をした塵だった。
この後、私はアルカノイズの反応を追って駆けつけた若き日の風鳴司令に命を救われた。
しかし私は思うのだ。何故私だけが助かってしまったのかと。
私はあの日、司令に酷いことを言ってしまった。
「何故私を助けたんですか」だなんて。
死にたかった訳では無い。ただ、大切な人が塵になってしまった現実を受け入れたくなかったのだ。
これが子供の我儘だと言うことは自分でも分かっていた。
風鳴司令は何も言わず、泣き続ける私を抱きしめていた。
私は……また失ってしまうのだろうか。
倒れた神代さんを抱えた時、手のひらを真っ赤に染めた彼女の鮮血が、あの日の記憶と重なった。
もう二度と失いたくない。
失うものかと……あの日誓ったのに。
◇
「うっ……ここは……」
凪咲は目を覚ますと、目に映ったのは白い天井。辺りを見渡し、ここがS.O.N.G.のメディカルルームのベッドだということに気づいた。
「目が覚めたんですね」
様子を見に来たエルフナインが凪咲に笑顔で語りかけた。
「……私は……負けたんですね」
エルフナインは何も答えなかった。一瞬の静寂が部屋の中に訪れる。
「凪咲さんは二日間眠っていたんですよ」
「二日も……あの白髪の少女は?」
「例の襲撃犯ですか。彼女は凪咲さんが倒れた後行方を晦ませました。ボク達も必死で追跡を試みたのですが……」
「そうですか……」
エルフナインは暗い表情をしている。その理由は、例の少女を逃してしまったことだけではない事は凪咲にも容易に推察できる。
その事について先に触れたのは凪咲だった。
「あの……か、神代さんは」
その名前を聞いた時、俯いていたエルフナインは一瞬だけ凪咲へと視線を向けると、また俯いてしまった。
エルフナインは浮かない表情で口を開いた。
「天音さんは……付いてきてください」
凪咲は別の入院室へと連れられた。
天音は身体のあちこちを包帯で巻かれた状態でベッドに眠っていた。
その痛々しさに、凪咲は咄嗟に目を逸らした。しかしこの傷を付けてしまったのは他でもない凪咲自身だ。目を背ける事など許されないことを彼女自身分かっていた。
そして凪咲は自分がしてしまった事がどれだけ取り返しがつかない事か、改めて実感する。
「命に別状は無いのですが、未だ意識は不明。シンフォギアを纏っていたとはいえ、これ程の銃弾を受けて助かったのは奇跡です。あと数ミリずれて急所に当たっていればどうなっていたことか……」
エルフナインはそう言って天音の点滴を取り替える。
「ボクはもう出ますけど、凪咲さんはどうしますか」
「……もう少しここにいさせてください」
「そうですか」
エルフナインは部屋を後にした。
病室の中は凪咲と天音の二人きり。静寂と、心電計が鳴らす規則的な電子音だけが電気が消えた薄暗い病室を満たしていた。
そして暫くしての事だった。扉が開き、一人の少女が病室に入ってきた。
「あなたは確か……神代さんの」
「符坂詩織」
「あの……」
「何?」
詩織は苛立ちのようなものを含んだ口調で答えた。
「本当にすみませんでした!私が」
「聞いた。あなたが撃った銃弾に当たったって」
凪咲は言葉を返すことが出来なかった。病室は再び静まり返り、二人の間には何とも言えない空気が流れていた。
「恨んで……ますよね」
「恨んでるよ」
詩織は凪咲の胸倉を掴むと、ぐいっと力強く引き寄せた。
「今も、あなたのことを殴ってしまいたくなる」
「……いいですよ。私なんて殴られて当然です……」
「でもしない。それはただ私の怒りをぶつけてるだけだから」
詩織は凪咲から手を離した。凪咲はその場にへたり込んだ。
「……シロウトなのは私の方だったんです」
凪咲は俯いたまま、胸の内を零した。
「自分一人で出来ると自分の力を過信して、驕って、挙句彼女を傷つけた……ッ!」
凪咲は詩織に、涙をぼろぼろと流しながら懇願するように頭を下げた。
「ごめんなさい……! 本当にごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
凪咲は掠れそうな声でひたすらに、ごめんなさいと、懺悔するように繰り返していた。
詩織は、そんな凪咲を見て「私にじゃ無いでしょ」と呟くと、そのまま部屋を去った。
◇
それから程なくして、凪咲は翼の下へと呼び出された。
その場にいたのは翼とクリス。二人は神妙な面持ちで、部屋に入ってきた凪咲へと視線を向けていた。
「何故呼び出されたか、分かっているな?」
「……はい」
「アタシはお前にそんな戦い方を教えた覚えは無いぞ!」
バン、とクリスは机に手を叩きつけ、凪咲を怒鳴りつけた。
そんなクリスを見兼ねた翼がクリスに語りかける。
「雪音の怒りは尤もだが、逸る気持ちに周りが見えなくなる、それを知らぬ雪音では無いだろう?」
「そ、それは、先輩の言う通りですけど……」
確かに翼の言う通り、クリスにもそのような経験があった。
クリスはかつて装者三人での作戦行動中、月読調に銃口を向けたことがある。あの時、同伴していたもう一人の装者である暁切歌がクリスを止めなければ、調はクリスの銃撃に巻き込まれて傷を負っていたかもしれなかった。
「叱りつけるだけでなく、時に若輩に正しい道を指し示すのが私達先達の務めでは無いか?」
「そ、そうだな……アタシは先輩だってのに」
翼は凪咲に語りかけた。
「先ず、音無の処遇についてだ。音無には私が許可をするまでの謹慎処分。シンフォギアはこちらで預からせてもらう」
「そんなっ! ……いえ、分かりました」
凪咲は翼にギアのペンダントを手渡した。凪咲の謹慎処分は極めて妥当な判断だ。初めての実戦から二日目でこれだけの過誤を犯したのだから当然である。
翼は凪咲に続けて言葉を投げかけた。
「これだけは心しておけ、音無。この天羽々矢は、多くの命を護る事が出来る力を秘めている。しかし同時に、使い方を誤れば人の命を簡単に奪うことも出来る諸刃の剣。だからこそ、私達は力の使い方を誤らぬよう、日々鍛練を積むということを」
「でもッ……私は必死で訓練をしてきました! 雪音補佐だって私の事を認めてくれてたじゃないですか!」
凪咲は翼に激しい口調で言葉を返した。凪咲にはノイズを殺す為に誰にも負けない程の努力をしたという自負があった。
しかし、翼の言葉に今までの自分を、努力を否定されたような気がしたからだ。
「ああ、お前の才能だけなら、な」
「別に私とて音無の実力を軽んじているつもりは無い。だが戦士にとって、技だけでなく心もまた戦士を戦士たらしめる大切なものだ」
「心……?」
「あぁ、心だ。感情のままに振るった剣は自分の目を眩ませる。かつて私も仲間に切っ先を向けたことがあった」
「風鳴司令でも、ですか?」
凪咲は少し驚いた。目の前の風鳴翼という人間は、いつだって冷静で、理性的で、そういう事から一番縁遠い人物という印象を凪咲は抱いていた。
「人間誰しも初めは未熟なものだ。剣としての生き方しか知らなかった私が奏や立花、それに今の仲間たちと出会って変われたように、音無も神代と共に高め合っていけると私は信じている」
「私には……分かりません」
「音無にもいずれ分かる」
「……そんなものなのですか」
「そんなものだ」
――それからの会話は、凪咲が謹慎している間のノイズへの対応などの話だった。
翼は凪咲たちが眠っている間にS.O.N.G.S.の部隊を召集し、凪咲たちの抜けた穴を埋め合わせる準備をしていた。シンフォギアまでとはいかないが、歩兵部隊の展開は被害を抑えるだけなら充分だろう。
「今日はもう帰っていいぞ。音無」
「帰る、ですか?」
「シンフォギア装者でない今、別に本部に泊まる理由もないだろう?」
「……そうですね」
凪咲は二人に一言、「失礼しました」と告げ、踵を返すと部屋を後にした。
廊下を進み本部を出ようとした、その時だった。
「ひゃっ!?」
突如、凪咲は背後から首筋にピタリと温かい何かを当てられた。
凪咲が振り返ると、そこにいたのはオペレーターの友里あおいだった。手には缶のホットコーヒーを持っている。
「あったかいもの、どうぞ」
「あったかいものどうも。今日は缶なんですね」
「凪咲ちゃん、もう帰るって聞いたから。もう晩いから外は冷えるわよ」
「お気遣いどうもです」
凪咲は本部を出ると、缶コーヒーの栓に指を掛けた。
◇
凪咲は自宅の鍵を開ける。
「ただいま」と言っても返事など当然帰ってこない。
S.O.N.G.に入ってからというもの、凪咲は本部に泊まりきりで、この家には数え切れる程しか帰っていなかった。
「もう随分久しぶりな感じ……」
沙波の部屋の扉を開いた。
五年前から変わらない沙波の部屋。
凪咲は目に付く範囲の、部屋中のモノに積もった埃を一通り払うと、沙波の勉強机に座った。
「沙波、私はどうすれば……」
――何故、自分だけが生き残ってしまったのだろう。
あの日から凪咲の中には、この思いがずっと消えないでいた。仲間を傷つけ、シンフォギア装者ですら無くなった。そんな自分に、本当に沙波が命を
「逢いたいです……お母さん……お父さん……沙波」
勉強机に飾られていた写真立てを手に取った。薄らと埃を被ったそれには、かつて家族全員で撮った写真が入れられていた。
親指で沙波を撫でる。明るい笑顔を向ける沙波の隣には、遠出であからさまに不機嫌そうな凪咲が写っていた。
「私はいつも写真写り悪いですねぇ」
――あの日、最期の瞬間もいつもの様に微笑みを向けた沙波は、果たして何を思っていたのだろう。
凪咲にはもう知る術も無い。いつの間にか、もう寝るような時間になっていた。明日も学校がある。凪咲は、部屋の電気を消すと、就寝の用意に移るのだった。
◇
「凪咲ちゃん久しぶり! 聞いたよ、校舎の倒壊事故! 巻き込まれて怪我して入院してたんだって? ほんとにノイズに襲われてなくて安心したよ〜」
翌朝、凪咲が学校に着いた途端に、彼女は歌恋に声をかけられた。編入した次の日から入院して休学していたのだから当然クラスでは悪い意味で目立ってしまっていた。
「でも天音ちゃん、まだ入院中なんでしょ?心配だなぁ……何処に入院したかも聞いてないし。お見舞いに行きたいんだけど……」
「わ、私とは違う病院みたいです。私より重体だったらしいですし……」
凪咲は天音のことを誤魔化した。
「それって詩織ちゃんから聞いた話?詩織ちゃんってば天音ちゃんの入院先知ってるっぽいのに教えてくれないの」
「あ、はい……昨日話す機会があったので」
二人が会話する後ろを詩織が横切ると、
振り返って歌恋に声をかけた。
「一限、先に移動しとくから」
それだけ言うと、詩織はピシャリと扉を閉めた。
「最近、詩織ちゃんって機嫌が悪かったけど、今日はいつも以上かも」
「それはきっと私のせい……」
凪咲は小声で呟く。
「なんで凪咲ちゃんのせいになるの?」
「いえ、すいません。なんでもありません」
「凪咲ちゃんが天音ちゃん連れていって、詩織ちゃんから天音ちゃんが寝取られちゃって嫉妬したから〜とか……な訳無いよね」
歌恋は机の上に一限の用意を整えた。
「ほら、行こ凪咲ちゃん。転入早々に休んじゃったからまだ教室の場所、分からないでしょ。連れてってあげる」
「……ありがとうございます」
「じゃあ、行こっか」
一限は音楽室でピアノレッスン。コース選択の指標、ピアノコースの体験版といった内容である。初めから専門的な授業ではなく、初めは初歩的な事から教わっていくカリキュラムだった。
音階さえ分かっていれば弾くことはそう難くない曲。しかし、凪咲はピアノが苦手だった。
「ぎ、ぎこちない……」
歌恋もこれには顔を強ばらせた。
浮かない顔をして凪咲は前から戻って来た。
「だ、大丈夫!一年はコース分かれてないからそんなに難しいことしないし、練習すれば上達するよ!」
「お気遣い感謝です……」
凪咲の次にピアノの前に立ったのは詩織だった。
「すごい上手です……!同じ曲なのに」
「そっか、凪咲ちゃんは知らないんだっけ。詩織ちゃんは皆から天才って言われるくらいなんでもできちゃうの」
「知らなかったです……」
一時間が過ぎ去り、授業が終わった。
凪咲はふと、携帯に着信があった事に気づいた。凪咲は折り返し電話をかける。
要件を聴き終わった時、凪咲は携帯を切ると同時に走り出していた。
「ごめんなさい、大原さん! 私、すこし用事が出来ました!」
教室を抜け、廊下を駆けた。そして、授業が終わったと同時に教室を後にしていた詩織の背中を見つける。
「あの!」
息を切らしながら凪咲は話しかけた。
「なんの用? 話しかけないでよ」
詩織は昨日よりも冷たい態度で、振り返ると凪咲に言葉を返した。
「あの……ですね」
◇
S.O.N.G.本部前。
仮設本部として潜水艦を使っていたのはもう遥かに昔の話だ。今のS.O.N.G.本部は東京の某所に新しく再建されている。
そんなS.O.N.G.本部の入口前に、見慣れないバイクが一台止まっていた。
「いやー、やっぱり免許は取っておくもんデスね」
二人乗りしているそのバイクの操縦者は呟いた。
「にしても、やっぱり慣れない」
「二人乗りデスか? 仲良く手を繋いで行くのもいいデスけど、やっぱりこれはあった方が」
「そうじゃなくて、本部」
「あぁ、アタシ達はあの潜水艦がS.O.N.G.って感じデスからね」
「にしても、翼さんは私たちを呼び出してどうしたんだろう」
「そりゃあ、アレじゃないデスか?やっぱり」
バイクの操縦者はメットを取ると、不敵な笑みを浮かべる。サラリとした金髪は、かつてよりも少しロングヘアになり、高校生だった頃よりも大人びた印象になった。
しかしながら、今でもバツ印のヘアピンは、変わらず彼女のトレードマークだった。
「アタシ達が先輩として、クチバシが黄色い後輩達に、装者とは何たるかを教えてやる為デス!」
……To be continued
後書き。遂に次回はあの二人の登場デース!
SENPAIになった二人の活躍をお楽しみに。
ではまた次回、お会いしましょう。
次回は来週投稿デス
他人を盾に――仮面ライダー龍騎で見たようなシチュエーションですね。朝倉みを感じる。