立花響に救われた少女がヒーローを目指すお話   作:月夜 のかに

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EPISODE5 「KIZUNA」

 

 

『いつまでウソをつき続けるつもり?』

 

以前に夢の中で出会った少女が天音に語りかけた。

 

「何のこと……?」

天音の返答に、少女は一瞬呆気にとられたような様子を見せた。

「天音はヒーローにはなれない」

少女ははっきりとそう言い放った。

 

「なんでそう言い切れるのさ」

「天音が嘘つきだからだよ」

「……訳わかんない」

 

全てを見透かしているような瞳で、少女は天音の瞳の奥を覗いた。

 

「そのウソはいつか〝あなた〟を殺すよ」

 

 

◇◆◇

 

 

「おはよう」

 

凪咲が病室の扉を開くと、彼女――神代天音はまるで何事も無かったかのような様子で、凪咲に話しかけた。

「神代さんの容態に回復の兆しがある」そんな連絡を凪咲が受けたのが、その前日の事だった。

 

その日、凪咲は詩織を連れて病室へと向かった。

前日まで昏睡状態だった天音の容態は外部の刺激に反応を見せるようになり、エルフナイン曰く、いつ意識が回復してもおかしくないとの事だった。

安堵する凪咲の隣では、詩織が「良かった……良かった」と繰り返し呟いていた。

 

そして今日。

前日まで意識不明の重体だったとは思えない程に、天音は屈託の無い顔つきで凪咲達に話しかけた。

 

「ごめんね。私が足引っ張っちゃったから」

「何……言ってるんですか」

 

「天音ぇっ!」

 

凪咲と一緒に来ていた詩織が天音に抱きつき、顔を(うず)めた。

 

「ちょっ……重たいよ詩織」

「……もう少しこうさせて」

 

そう呟いた詩織を見て、天音は少しの沈黙の後「うん、いいよ」と答える。

 

「嘘つき」

 

詩織がぼそりと呟いた。

「先週、私が言ったこと覚えてる?」

 

「『私にこんな気持ちにさせるような事しないで』でしょ?

私からすると昨日の事だからね」

 

天音は抱きついたままの詩織の頭を撫でる。

 

「分かってるなら心配させないでよ。いっつも天音は無鉄砲で、いつか本当に手の届かない所に行っちゃいそうで……」

 

天音は、私は何処にも行かないよ。とでも言うように、詩織を優しく抱き返した。

 

そんな二人のやり取りを尻目に見ていた凪咲は、ふと思った。

――符坂さんって実は可愛い人なのでは? と。

天音はそんな凪咲の視線に気付いたのか、凪咲の方を向いて笑ってみせる。

 

「うちの詩織、可愛いでしょ」

 

凪咲は心の内を見透かされたようで、驚きと恥ずかしさが混ざったような表情を浮かべると目を逸らした。

 

「かっ……可愛いというか、私が知ってる符坂さんとギャップが凄いといいますか……符坂さんってもっと怖い人かと思ってました」

 

それを聞いた詩織は先程までのしおらしさなど嘘のように顔を上げると、横目で凪咲をひと睨みしてみせた。

 

「吹っ飛ばすよ? それに、あんたにだけは言われたくない」

 

詩織は噛み付くような視線で、そう言い返す。

 

「なに? 二人共喧嘩でもした?」

 

凪咲に外方(そっぽ)を向けた詩織を見て、天音は詩織の方へ尋ねた。

凪咲が詩織に〝怖い人〟という印象を抱いていた事が意外だったからだ。

符坂詩織という人物は、他人の目に映る自分というものを極端に意識する人間だった。故に天音は、詩織が他者に敵意を向けているという今の状況にとても驚いていた。

 

「そんなところ」

 

詩織は再び天音に顔を埋めると、籠った声で返す。

 

「八方美人の詩織が珍しいね」

 

「私だって好きで八方美人なんてしてる訳じゃ無いし。……そもそも他人にいい顔なんてするもんじゃ無いわよ」

「私みたいに友達少ないのよりいいじゃん。詩織は皆からも好かれてるし、詩織が羨ましいよ」

 

天音がそう言った時、一瞬詩織は少し寂しそうな顔を浮かべた。

 

「私の友達なんて……そんなの天音くらいなもんよ」

 

――昔の天音はそんな事言わなかった。

詩織は喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。

 

「私帰る」

詩織は少し翳りを含んだトーンでそう呟いて立ち上がると、扉のノブに手を掛けた。

「待って!」

天音の声に詩織は足を止めた。

 

「私、何か詩織を傷つけるような事言っちゃった……?」

 

恐るおそる問いかける天音。詩織はその問に答える事はなく、ただ「また明日、来るから」とだけ言い残して部屋を去った。

 

「神代さん」

「何?」

 

扉を尻目に、凪咲はぽつりと呟くようなトーンで天音に語りかけた。

 

「八方美人って、あまり良い意味で使う言葉じゃないですよ」

「――そうなの?」

「そうですよ」

 

凪咲がそう返した後、部屋はしんと静かになる。

お互い黙して目を逸らした。

この空気を作り出しているのが凪咲な事は明白だった。符坂詩織という緩衝材が居なくなったこの病室にあったのは、一昨日の詩織と凪咲との間に流れていたのと同様の気まずさだけだった。

この静寂は時間としてはものの十数秒足らずの事だったが、凪咲には数分間のように感じられた。

 

「あっ……あの!」

 

静けさの中、声を上げたのは凪咲だった。

 

――神代さんが目を覚ましたら、言わなくちゃならない。

凪咲がここにいるのは、天音に対して謝らなければならないからだ。否、もしかすると凪咲はあの日の過失を懺悔する事で、凪咲自身が救われたかったのかもしれない。

 

彼女は俯き天音に視線を合わせないまま、たどたどしい口調で話し始める。

 

「私のせいで……本当にごめんなさいッ……!神代さんだけじゃない。符坂さんを傷付けた事も……」

 

――私にじゃ無いでしょ。

昨日に符坂詩織から言われた言葉。

しかし凪咲にとって詩織もまた、凪咲が傷つけてしまった人間の一人だった。

 

「本当に……ごめんなさい!」

「……謝らないでよ、凪咲ちゃん。そもそも私がもっと強かったら、こんな事にもならなかった訳だし」

 

一瞬の間の後、天音は一言付け加えた。

 

「戦うって決めた時から覚悟の上だから」

 

その一言を聞いて凪咲は面を食らった。

目の前にいる少女は、凪咲のように鍛錬を積んできた訳ではない。数日前まで何の変哲もない日常を送ってきた、そんな少女だ。彼女にとっての戦いとは所詮ヒーローの真似事なのだろう、そう凪咲が考える程には、彼女は戦場とは縁遠い人間である。

 

「ずっと……覚悟無く戦場に立っているのだと、あなたの事をそう思ってました。でも……私の方がよっぽどシロウトだったみたいです」

 

自分が握っているものは、他人の命を奪う事も出来る物――弾丸を放つという事の重みすらをも理解していなかった自分自身の未熟さが、凪咲は恥ずかしかった。

そんな項垂れる凪咲の姿を見て、天音は慌てる。

 

「そっ!そんな事ないよ!凪咲ちゃん強いし、カッコイイし!」

 

凪咲は何も答えなかった。

 

「ごめん……馴れ合いとか、そういうの嫌いだったよね」

「別に……嫌いという訳では……神代さんのことも」

 

意外な返答に天音は驚く。

天音は自分が凪咲に嫌われていると思っていたし、何より凪咲の今までの言動からしても、凪咲は他人と馴れ合いたくないタイプだと思い込んでいた。しかし、天音が一番驚いていたのはそこではない。

 

「名前!」

 

「へ?」

 

突然の事に凪咲は素っ頓狂な声を漏らした。

 

「名前!名前ではじめて呼んでくれた!」

「あぁ、そういえばそうでしたね」

 

いつからそう呼んでいたのか凪咲は気にも留めていなかったが、言われてみれば確かに天音の事を名前で呼ぶようになっていた。

 

「うれしいなぁ! あ、どうせだったら皆みたいに下の名前で呼んでよ! 名字で呼ばれることないから、なんか慣れなくて」

「それは……恥ずかしいので今のままでいいです」

 

そんなやり取りの中で天音は、ふふっと笑みをこぼした。

 

「な、何ですか」

「いや、凪咲ちゃんとこんなふうに話すの初めてだったからさ。凪咲ちゃんって案外可愛いね」

「なっ……何言ってるんですか!」

 

凪咲は恥ずかしがって顔を紅潮させると、オロオロと目を泳がせている。

 

「そういうところ~! アハハ、普段は私がこういう風に遊ばれる側だから新鮮!」

 

どんよりと暗く重たかった病室の空気がいつの間にか明るくなっていた。

 

「……なんだかこういうの、友達同士みたいです」

 

凪咲がそう呟くと、天音は凪咲の手を取った。凪咲は驚いたような様子で天音の方へと視線を向ける。

 

「名前を呼び合ったらそれはもう友達なんだよ?」

 

その言葉を聞いた時、凪咲は思った。そうだ、こんなに簡単な事だったのだ、と。

 

「まぁ、これアニメの受け売りなんだけどね」

 

天音は凪咲の顔を見て言葉を止めた。固まった表情の凪咲の頬には、一筋の涙が流れていたからだ。

 

「あれ……おかしいな……目にゴミでも入ったんですかね……」

 

凪咲は涙を拭うと天音に背を向ける。

 

「凪咲ちゃん?」

「わっ、私ッ……これで失礼しますね! 」

 

凪咲はそう言って、動転しながら部屋を後にした。

 

 

――友達なんて要らない。凪咲は、ついこの間までそう思っていた。こんなに同世代の女の子とおしゃべりしたのはいつ以来なのだろうか。

 

妹と両親を失ったあの日から、凪咲は独りだった。それこそ友達の作り方などとうに忘れてしまう程には。

だが神代天音という人間は、どれだけ冷たく遇っても退くことは無かった。

凪咲は確かに天音に対して悪感情を抱いていた筈だった。しかし彼女から友達だと言われた時、空っぽの凪咲の心を何かが満たしたような感覚を覚えた。

それは長い時の中で忘れてしまっていた、かつての温もりに似ていた。

 

「友達……」

 

かつては居た。とは言うものの、もう小学生の頃の話であり、記憶は定かでは無い。というのも凪咲は遥か昔から独りで居ることが多かったからだ。特別、自らは動こうとはしない小学生時代だった。

 

「案外悪くないですね」

 

凪咲はくすりと笑う。それは無自覚に溢れたものであった。

 

「明日、いきなり出ていったこと謝らないといけませんね」

――それと、友達と言われて嬉しかった、と。そう伝えよう。

 

「明日だって、彼女とは会えるんですから」

 

その日、沙波を失ったあの日から止まっていた音無凪咲の時間が少しずつ動き始めた。少なくとも凪咲にはそう感じられたのだ。

 

 

それから二週間が過ぎた。

初めは、昏睡の影響で何かに掴まらなければ立つことすらままならなかった天音も必死のリハビリの末、学校に復帰するまでに回復した。

まだ凪咲との関係はぎこちないが、それでも少しずつ凪咲も心を許してくれてきているように天音は感じている。

凪咲も初めは嫌がっていたが、最近は一緒に昼食を取るまでには打ち解けていた。それでもやはり一人で居ることが多いのは相変わらずではあったが。

 

「ほら、やっぱり凪咲ちゃん、なんだかんだ言って天音ちゃんの事満更でもないみたいだよ?」

 

歌恋は、仲良く昼食を取る天音と凪咲を見ながら詩織に語りかけた。

 

「だからって妄想癖は程々にしてよ? 大体暴走するんだから」

「分かってるって~。ていうかなんであっち行かないのさ。大好きな天音ちゃんとご飯食べればいいじゃん。わざわざこっちのグループ来るなんて詩織ちゃんやっぱり最近変でしょ」

 

歌恋はアンパンを咥えながら詩織の方へとあからさまに不思議そうな視線を遣った。

 

「いや別に、変じゃ無いでしょ」

「妬いてるんでしょ? 今まで一度もライバルいなかったもんね〜天音ちゃんの周りに」

「だから、そんなんじゃないってば!そういうの止めてって言ってるじゃん」

 

煽るような言い方ではあったが、これは歌恋の妄想などではなく、歌恋が感じた率直な印象だった。

 

「にしてもだよ。あの二人。一緒に下校とかさ、危機感覚えた方がいいんじゃな・い・ん・で・す・か?」

 

「別に。そもそもただの病院の付き添いでしょ? 天音が誰と仲良くするのも天音の勝手だもの」

「……ふーん」

 

歌恋は紙パックの牛乳をストローで飲みながら、釈然としないといった様子で返事を返すのだった。

 

 

「リハビリ、お疲れ様でした。筋力も完全に元通りとはいきませんが、もう日常生活に支障が無いレベルまで回復していますよ」

 

医務室で診察を終えたエルフナインが天音に告げた。

放課後、天音と凪咲はいつもと同じようにS.O.N.G.へと訪れていた。

診察も終わり、天音はリハビリから解放された訳だが、今日はそのまま終わりという訳では無かった。

 

翼からの呼び出しがあったからだ。凪咲だけでなく、天音を含めた二人共にである。

 

「今日ここに二人を集めたのは今後について話さなければならない事があるからだ」

 

神妙な面持ちで翼は二人に語った。

 

「先ず知っての通り、先の襲撃から敵は行方を眩ませている」

「S.O.N.G.S.を防衛に就かせたのが牽制になっているのでしょうか?」

 

凪咲は翼に問いかける。

 

「かもしれない。しかしS.O.N.G.S.を以てしてもあの完全聖遺物の前には無力だ。今の間に策を練らねばならないのは確かだろう」

 

翼は懐から、預かっていた凪咲のシンフォギアを取り出した。

 

「それに伴い、音無凪咲の謹慎を解く」

「本当ですか!」

 

クリスが凪咲の背中をポンポンと軽く二回叩いて告げた。

 

「気づいてないかもしれねぇが、いい顔をするようになった」

「神代のおかげだな。実際、音無は最近よく笑うようになった」

「今回は先輩の読みが当たったって訳だ」

 

「……そういえばあのラッパのような形状をした聖遺物については」

 

凪咲は恥ずかしさを誤魔化す為か、翼に問いかけて話題をすり替える。

 

「あぁ、二つ目の聖遺物についても前回と同じくアウフヴァッヘンはいくら照合しても照合結果はアンノウン――未だ正体は掴めず、だ。それと、あの少女が語っていた名……」

 

「ヴィーデ……」

 

凪咲が呟いた。戦いの最中、白髪の少女は「ヴィーデに怒られちゃう」と言った。

彼女の背後にいる支援者であることは間違いない。

 

「一体何を企んでいるのか……。意図的に装者を殺さなかったように見えた」

 

かつてルナ・アタック事件を引き起こした人物フィーネを想起させる、自らを音楽記号である「ヴィーデ」と名乗る謎の人物。何を目論んでいるのか分からないその様は不気味という他無かった。

 

「という訳でだ。音無達にはこの二人を指導役として連携の特訓をして貰う事にした」

 

翼がそう言い終わると同時に、凪咲達の背後の扉が開く。

 

「やらいでかああッ!デース!」

 

勢い良く現れたのは大学生程の背格好の金髪の女性。と、彼女を宥める黒髪の女性だった。

二人共S.O.N.G.の制服を着用しているが、S.O.N.G.の職員は粗方把握している凪咲も知らない顔だった。

 

「アタシの名前は暁切歌デス」

「月読調です」

 

「この人たちが……ですか?」

 

凪咲が翼に問いかけた。

 

「あぁ、そういえば音無も初対面だったな。月読と暁。お前達の先輩で、元シンフォギア装者だ」

 

「風鳴司令や雪音補佐と同じ……」

 

かつて幾度となく脅威から世界を救ってきた六人の内の二人。風鳴翼や雪音クリスと肩を並べた実力者だ。

しかし、凪咲は翼がこの二人をわざわざ指導役に宛がったのか、その真意を量りあぐねていた。事実、凪咲の教育係でもある雪音クリスにかかれば、凪咲と天音の二人を同時に相手取る事など容易かろう。

つまり、この人選には何かしらの意図がある意図があるという事を意味していた。

 

 

凪咲達はシミュレーションルームに移動した。

ここは特訓やホログラムによる擬似的な戦闘を行う事が出来る空間である。天音達は〝十分後に特訓を開始し、内容については開始直前に伝える〟とだけ知らされていた。

天音は凪咲の肩をつんつんと突いた。

 

「凪咲ちゃん、雪音補佐ってやっぱり強いの?」

 

「はい……とても。何度も手合わせしましたが、同じ人類とは思えない程には」

 

同じ人類とは思えない、とは天音を怯えさせようという訳でなく額面通りの意味である。

もっとも、それはクリスに限った話ではなく翼や緒川といった凪咲に戦い方を教えた人物全員に言える事であったが。

 

そろそろ十分が経とうという時、切歌と調そしてエルフナインが部屋に入ってきた。エルフナインは白衣のポケットから拳銃を二丁取り出して凪咲に手渡す。

 

「凪咲さんはこれを使ってください。訓練用のペイント弾が入っています」

 

エルフナインは切歌には木製の薙刀、調にはヨーヨーを手渡した。

「流石にシュルシャガナの再現は出来ませんでしたが、調さんに合わせて作ったものです」

 

「ありがとう。エルフナイン」

「あれ……これ私だけ徒手空拳の流れ……?」

 

天音が嫌な予感に青ざめる。

 

「そうですね。天音さんは実戦でも基本格闘戦をする事になりそうですし」

「イヤイヤイヤイヤ無理無理無理無理」

 

天音は凄い勢いで首と手を左右に振り回した。

 

「安心してください。そもそもこの訓練は天音さんと凪咲さんにはシンフォギアを使ってもらいます」

「ぐらいじゃないとフェアじゃないデスからね」

 

この言葉が凪咲の琴線に触れる。完全にカチンときた様子だった。

 

「私達も舐められたものですね……! 先輩方に目にもの見せてやります!」

 

二人の視線がバチバチと火花を散らしている中、エルフナインがルールの説明を始めた。

 

特訓は模擬戦形式で行い、勝利条件は切歌達は相手を拘束、もしくは戦闘不能にする事。凪咲達は一発有効打を与えた時点で終了というルールだ。

 

その説明を聞いた凪咲はエルフナインに質問を投げかけた。

 

「ちょっと待ってください!幾ら何でもそれ、私達に有利過ぎませんか?! つまり私はこのペイント弾を一発当てたら終わりって事ですよね?」

 

「そうなりますね。でもこれが翼さんの指示ですので……」

 

しかし切歌と調余裕の表情を浮かべている。

 

 

「まぁまぁ、凪咲さん……だっけ? 楽勝かどうかは」

「やってみたら分かることデス」

 

 

――かくして、二対二の模擬戦の火蓋が切られた。

シミュレーションルームの装置が作動し、たちまち部屋は街中のホログラム映像へと切り替わる。

 

「何処からでも掛かってくるデス!」

 

切歌は薙刀を構えた。

切歌自身に薙刀の経験は無かったが、イガリマの大鎌を操っていた経験から薙刀術に近しい心得があった。

むしろ刃が正面に向いている分、取り回しは鎌よりいいのだ。鎌と比較して短いリーチの感覚さえ掴んでしまえば扱うのはそう難しい事ではない。

 

「――なら遠慮なくいかせてもらいますッ!」

 

凪咲がペイント弾を連射した。

 

第一射で正面に弾幕を張り、外側に向けて弾幕を広げる。

避ける事まで計算に入れた全弾狙いを定めた正確な射撃。

それは常人ならまず躱すことなど出来ない上に、仮に躱されても牽制として機能する筈だった。

 

「単調に撃つだけじゃ」

「私達は止められないデスよ?」

 

切歌と調は弾丸の雨を避けることなく、正面へと自ら突っ込んで来る。そして最小限の動きで弾丸を躱した。正にそれは紙一重の回避というべきものだった。

切歌と調はスピードを落とす事なく凪咲へと接近する。

 

「正面の弾幕を避けることを見越した第二射は悪くない。でも」

「だからこそ、一見回避不可に見える第一射を避けられた時に隙が生じるデス!」

 

リカバリーしようと凪咲は銃を構えるが、至近距離で突然調と切歌が左右へと散開した。

 

「なッ」

 

咄嗟に調を目で追った凪咲の視界から切歌が消えた。

 

「こっちデスよ!」

 

背後から切歌が薙刀を振りかぶる。

 

「しまッ――」

 

薙刀が振り下ろされ、衝撃音が響いた。

 

「……なかなかやるデスね」

 

天音が振り下ろされた薙刀を凪咲の背後で、両腕を使って受け止めている。

切歌は一度後ろへと距離を取った。

 

「……ありがとうございます」

「で、私はどうすればいい?」

 

凪咲と天音は互いに背を合わせると、天音は凪咲に指示を仰いだ。

 

「神代さんは暁さんを抑えててください。ルール上私たちの方が圧倒的に有利なんですから、一対一に持ち込めば勝てるはずです」

「任された!」

 

天音は距離を取ってきた切歌に向かって、バーニアの加速を使って一気に距離を詰める。そして、加速の勢いを利用した拳を繰り出した。

切歌はそれを横へ躱す。

 

「うおっ!これは武器で受け止めたら武器ごとお陀仏デスね」

「まだまだぁッ!」

 

勢いが死ぬ前に、天音は身体を捻って後ろ回し蹴りへと派生させる。

切歌は咄嗟に薙刀で蹴りを受け止めた。薙刀がミシミシと軋む音を立てる。

 

「二回の実戦経験しかないって聞いてたデスけど、これはなかなか気が抜けないデスね」

 

 

 

――その頃、凪咲の方はというと、完全に調に翻弄されていた。

 

「戦力的優位を理解して、私と切ちゃんを分断したのはいい判断。でもそれじゃ今回の訓練、満点はあげられない」

 

調はインラインスケートを使って軽やかに弾丸を避けていく。

そもそも天音が切歌を脱落させるまで切歌と合流させない事が狙いな以上、凪咲の目的は調に近寄らせないようにする事だ。気を抜けば先程のように一気に距離を詰められてしまう。

凪咲は残りの弾数を気にしながら、弾幕を張り調を後退させる。

 

「弾数が有限なのがもどかしいッ!」

 

弾切れになった瞬間に空になったマガジンを落とし、直ぐに予備のマガジンを装填する。

 

「隙ッ!」

 

凪咲が再び銃を構えた瞬間、ヨーヨーで銃を弾かれた。

拾う隙などは無い。凪咲は残された拳銃一丁で対応せざるを得なくなる。

 

「それでも、私だって体術の心得はありますッ! 」

 

凪咲は拳銃で牽制射撃をしながら、調に接近する。凪咲の運動神経は特にいいわけでは無かったが、伊達にシンフォギア装者として修練を積んできた訳ではない。

何より、素人同然の天音に負けてなどいられないという対抗意識がそうさせた。

凪咲は一気に調に近づくと、飛び蹴りを放った。

 

「なッ」

 

凪咲の足にヨーヨーの紐が幾重にも絡みつき、糸に引っ張られた凪咲は体勢を崩した。

 

「あの人達にしごかれたのは、あなただけじゃ無いッ」

「がはッ――」

 

調の蹴りが凪咲の腹部へ、ずしりとめり込んだ。凪咲は後方へと飛ばされ、地面に倒れ伏す。

 

「くっ……まだ……まだッ!」

 

 

 

――天音は未だ切歌に有効打を当てられずにいた。

 

互いに近距離戦に長けており、勝利条件が天音に圧倒的に有利な事もあって、天音は攻めやすく切歌は深追いしにくいという戦闘であった筈だった。

 

「一発……当てるだけなのに……なんで」

 

切歌は天音の攻撃を既に全て見切っているかのように避けていく。しかし、後退するばかりで反撃をほぼ行わない。

 

「私のスタミナ切れ狙い……? なら一気に!」

 

天音はバーニアを全開に吹かせて跳躍。避けようとした切歌の足元の地面を粉砕した。

 

「デデデデスッ?!」

 

この一瞬、衝撃音と飛び散ったコンクリートの破片に切歌の集中が解け、秒数にしてたったコンマ数秒ではあるが切歌に隙が生まれる。

 

「これでええええッ!!」

 

天音が下方から二発目の拳を放った。

 

「調」

「分かってる」

 

天音は突然身体を引かれる感覚を覚えた。調のヨーヨーに足を取られたのだ。

 

「なッ――何でここに」

 

そのままバランスを崩して天音は地に膝を付けた。そして天音は紐で拘束されてしまった。

 

「はい、これで天音さんは脱落です」

 

調を追っていた凪咲が現場に到着し、その光景を見て愕然とする。

 

「まさか……誘導されていたのは私達の方だったという訳ですか……」

 

分断したという認識すら調と切歌によって予め仕組まれたもの。終始あの二人の掌の上を転がされていたという事実に、凪咲はようやく気が付いた。

 

「そういうこと」

「確かに個々の能力は悪くないデスが、コンビネーションがまだまだデスね」

 

「……参りました」

 

凪咲からギブアップの申し出により訓練は終了した。

 

「もうダメー!身体痛い」

 

天音は仰向けに倒れた。

 

「無茶するからです!神代さん、二週間前に負った怪我自体はまだ完治してないんですからね?」

「アハハ、必死すぎて忘れてた」

「そんな所で寝てないで起きてください。ほら」

 

凪咲が天音に手を差し伸べる。天音は凪咲の手を取って「面目ない」と笑いながら起き上がった。

 

「事前に聞いてたよりも、悪くないコンビみたいデスね」

「そうだね」

 

少し離れた場所で二人の様子を眺めながら切歌と調は談笑する。そして、頃合を見計らって二人の方へと足を進めた。

 

「お疲れ様デス!」

「あったかいもの、どうぞ」

 

調と切歌は二人に紙コップに容れられたコーヒーを手渡す。

 

「あっ、ありがとうございます」

「あったかいもの、どうもです」

 

天音が申し訳なさそうな顔をしながら、遠慮気味に手を上げた。

 

「あのぉ……ミルクとスティックシュガー頂いてもいいですか……?」

 

 

音無凪咲は困惑していた。

 

「どうしてこんな事に……」

 

凪咲は呟く。今日の特訓が終わり、彼女はそのまま帰路につく筈だった。

しかし凪咲の目に映っているのは、ニコニコとしている神代天音。そして彼女の自宅の玄関であった。

 

 

―― 事の発端は特訓の後。

コーヒーを飲んで一息ついている時のことであった。

凪咲は切歌と調に一つ質問を投げかけた。

それは「どうやったら先輩方のように息が合ったコンビネーションが出来るんですか」というものだ。

 

彼女達の答えは至ってシンプルで、「ずっと一緒にいたから」であった。

それを聞いた天音は何かを思いついたような顔をすると、凪咲に話を持ち掛けた。

 

「ならさ、うちに泊まらない? お泊まり!凪咲ちゃん一人で暮らしてるんでしょ?」

 

この提案に凪咲は乗り気では無かったが切歌と調はこれに賛同し、そのままの流れで天音の家に泊まる事になってしまっていたのだ。

 

「大丈夫、大丈夫! この間も詩織泊めたし、お父さんそういうの気にしないから」

 

天音は家の前で立ち止まっている凪咲の手を引いた。

 

「気にしてるのは私です!」

 

凪咲は天音の手を振りほどく。

 

「そんな事言いながらここまで着いてきたじゃーん」

「そっ……それは神代さんが無理やり」

「じゃあ無理やり家の中まで連れ込むね!」

 

天音は再び凪咲の手を掴むと、凪咲を家へと引き込んだ。

 

「さぁさぁ上がって!」

 

天音は靴を飛ばすように脱ぎ捨てると、どうぞと言わんばかりの視線を向けていた。

凪咲の視線の先はというと脱ぎ散らかされた天音の靴。こういう所に性格というものが滲み出るものである。

 

「じゃあ……お邪魔します」

 

凪咲は自分の靴のついでに天音の靴も揃えてから、天音に連れられリビングへと向かった。

 

「へぇ、案外綺麗なんですね。もっと取り散らかってるものかと」

「私をなんだと思ってるのさ」

 

白を基調とした清潔感のあるリビングルーム。床に脱ぎ捨てた下着が転がっているくらいの覚悟をしていた凪咲は少し驚いてしまった。

天音はというと、随分とご立腹のようである。

凪咲は落ち着かない様子で辺りを見渡しながら、リビングの周りをふらふら一周していた。

 

「ここは神代さんの部屋ですか」

 

凪咲はドアの前で立ち止まる。ドアには、あまねの部屋と書かれたプレートがピンで掛けられていた。

それは殆ど一人暮らしに近い生活を送っている天音には必要の無いプレートである。アニメの影響だろうなという事は容易に想像出来た。

ほんの出来心で、凪咲はその扉の中を覗いてしまった。

 

「これは……」

 

開いたドアの先に広がっていた光景に凪咲は二歩後ずさりする。

 

「開けちゃったか……」

 

背後からおどろおどろしい雰囲気で天音が顔を出した。

 

凪咲が目にした光景とは、踏み場の無いほどに物で埋め尽くされた床。そして壁には大量のタペストリーとポスター。当然の様に床には物が散乱し、極めつけは脱ぎ散らかされた下着。

 

まさしく先程まで凪咲が想像していた通りの部屋が彼女の目の前に広がっていた。荷物はとりあえず押入れに詰め込むタイプ、という訳だ。

 

「ここは詩織の掃除の対象外だからなぁ……」

 

天音は頭を搔いて呟く。

 

「ここに『避難』させてたって訳ですか」

「ここの事は忘れてあっちの方でくつろいでて。夕飯準備するから」

 

天音はそう言ってキッチンに向かい、凪咲はリビングに置いてある真っ白なソファへと腰を下ろした。

凪咲がキッチンの方へと視線を向けると、視線に気づいた天音も凪咲の方へと目を向けて微笑んでみせた。凪咲はなんだか恥ずかしくなって目を逸らす。

 

「ホントに私は手伝わないでいいんですか」

「凪咲ちゃんはお客様なんだから」

 

そんなやり取りを交わしながら、凪咲がリビングに置いてあった漫画雑誌を読んでいる間に料理は出来上がった。天音が卓に皿を並べる。

 

「冷蔵庫に残ってた有り合わせでごめんね。凪咲ちゃんの口に合うといいんだけど」

「大丈夫です。私、好き嫌いは無いですから。……いただきます」

 

食事は賑やかな談笑が飛び交う昼食とは違って物静かであった。凪咲は何か話題を切り出そうとしたが、その話題が思いつかない。食器が皿に触れるカチャカチャという音がやけに耳に残った。

天音の「美味しい?」という問いかけに、凪咲は小さな声で「はい」と答え、頷く。

 

食事が終わると、凪咲は浴室に連れられた。

 

「あったかいもの、どうぞ〜」

「あったかいものどうも……」

 

普段S.O.N.G.のシャワールームで済ませていた凪咲にとって、浴槽がある風呂というのは久しぶりであった。そして、今日初めて一人になれる時間でもある。

 

「湯加減はいかがですかぁ?」

 

天音がひょっこりと扉から顔を覗かせた。

 

「まだ入ったばかりなんですけど……って覗かないでくださいよッ!ていうかなんで脱いでるんですか!」

「なんでって一緒に入るからだよ」

 

天音が当然の様に入ってきた事に凪咲は困惑する。目のやり場に困って咄嗟に背を向けた。

 

「ハダカの付き合いってやつだよ〜」

「意味が違いますーッ!」

「細かい事はいいんだよぉ。はい、洗いっこしよ」

 

凪咲は有無を言わせず天音にタオルを握らされてしまった。

 

「凪咲ちゃん肌綺麗だね」

 

天音が凪咲の背中を流しながら言った。その言葉は自然と出てきたものだったが、天音を傷付けてしまった凪咲は素直に喜ぶ事など出来なかった。

天音がシャワーで髪を洗っている時、彼女の額の傷跡が凪咲の目に映った。まだ治りきっていない、凪咲の銃弾が掠めた傷跡である。

 

「……神代さん。やっぱり装者辞めてください」

「……なんでそんな事言うの?」

「私怖いんです……。神代さんを傷つけてしまうかもしれないのが」

 

震える凪咲の手を天音が握った。

 

「今の凪咲ちゃんなら大丈夫だよ。だって、そう感じるくらいに私を大事に思ってくれてるって事でしょう?」

「それは……そう、なんでしょうか……」

 

風呂から上がった凪咲はヘアドライヤーを使って髪を梳かしていた。

ドライヤーが風を送り出すこの騒々しい音が鳴っているこの時間が、凪咲には今日一番静かに感じられた。

それ程までに心休まる時間が無かったのだ。凪咲が一人きりになれたのは今日この瞬間が初めてである。

 

「はぁ……疲れた。……まさかあの子に言いくるめられるなんて」

 

凪咲はドライヤーの電源を切ると溜息をこぼした。

 

「呼んだ? 」

 

天音がひょっくら顔を出す。凪咲は天音へとドライヤーを向けると、スイッチをオンにする。

 

「呼んでません! 一々絡んで来ないでください! 悪霊退散!」

 

「うわッ!前がッ……熱っつ!」

「ソファ借りますね。私そこで寝るので」

 

 

「んん〜、今日も平和だねぇ」

 

ズゾゾゾと音を立てて紙パックの牛乳を飲み干すと、歌恋は噛まれて潰れてしまったストローから口を離した。

 

「実に『普通』って感じ。最近色々物騒だし」

 

ホームルームが終わるこの時間に未だ天音の席が空席なのも含めてがこの教室の普通の日常風景である。

 

「親友なら起こしてあげればいいんじゃないの? そこら辺ちょっと薄情だよね」

 

歌恋は詩織に問いかける。詩織は重たい溜息をついた。

 

「一々あの子の面倒みてたら私の身が持たないよ。天音なかなか起きないから」

「あー、それは確かに。いっつも寝てるもんね」

 

しかしながら、このまま放っておいて一年遅刻を続けていると天音は出席日数の不足で留年する事になる。このままでは不味いなという意識はあるものの、親友を自称する詩織が見放すような案件を歌恋が引き受ける義理も余裕も有りはしない。何より遅刻など天音本人の問題である。

 

「ねぇねぇ」

 

歌恋が身を乗り出して詩織の肩を叩いた。

 

「何? もうすぐ一限始まるけど」

 

「天音ちゃんがいつ来るか賭けない? 昼ご飯で。あ、私が勝ったら自販機の牛乳も付けてね」

 

「またぁ?」

「私二限の始め辺り」

 

歌恋は有無を言わせず机の上にチップ代わりの五百円玉を置いた。

 

「……はぁ。じゃあ一限滑り込みセーフ」

「やる気ないでしょ。天音ちゃんが一限に間に合う訳無いじゃん」

「真剣真剣」

 

詩織は振り返らず正面を向いたまま、手を振るジェスチャーをして半ば脱力気味に返事をした。

 

扉が開いて教師が入って来た。そして、あと数分もしない内にチャイムが鳴るという時だった。扉が壊れるかと思う位の音を立てて開いた。

 

「やった! 間に合った!」

 

滑り込むように天音が教室に飛び込んだ。それと同時に一限のチャイムが鳴る。

 

「うそぉ……」

「ホントに間に合うとはね〜。適当に言ったんだけど。あ、じゃあ昼にパン買ってきといて」

「はいはい。というかやっぱり適当だったんじゃん」

 

歌恋は少しムスッとした表情を浮かべている。

 

「……最悪。神代さん全然起きないし。神代さんが間に合ったんじゃなくて私が間に合わせただけですから」

 

少し遅れて凪咲がボヤきながら入ってきた。凪咲はとぼとぼと机に座ると呻き声をあげて顔を附した。

 

「は? え? なんで天音ちゃんと凪咲ちゃんが一緒に登校して来てるの? そういう事なの?」

 

歌恋は動揺する。

 

「神代さんがなかなか寝させてくれなくてですね……」

 

歌恋は思わず吹き出してしまった。正面の詩織の顔を伺うことは出来ないが、何やら手元からミシミシと軋む音が微かに聞こえてくる。

 

「ふぇっマジ? 寝たの? 一緒に?」

 

「私はソファでいいって言ったんですけど」

 

「ん゛ん゛ん゛ん゛んッッ!」

 

悶える歌恋を先生がぎろりと睨みつける。歌恋は小さく「すんませぇん」と呟くと頭を下げた。

歌恋が顔を上げると、詩織が振り返って天音の方へと顔を向けていた。

 

「ふーん、寝たんだ。私以外の女と」

 

詩織は鼻先で笑いながら天音に問いかける。

 

「えッ私?!いや待って確かに一緒に寝たけど、寝てない寝てない!」

 

混乱しながら天音は手をぶんぶん振り回して否定する。

このタイミングでやっと凪咲がこの会話の意味を理解した。凪咲の顔は真っ赤になっている。

 

「ちっ違います! 私神代さんとやましい事なんてしてませんから! ただ神代さんにアニメ見せられただけです! 」

 

凪咲が焦りながら天音の言葉に補足を添えた。

すると、詩織はぷっと笑う。

 

「そんなの知ってるよ。冗談冗談」

「……うん? というかその意味合いだと神代さんと符坂さんは『寝た』事あるってことですよね? 」

 

凪咲は疑問を口にした。「私以外と寝た」とはつまりそういうことである。

 

「有るけど? 音無さんは知らないだろうけどさ、天音ってスベスベで柔らかいんだよ」

 

「息吐くように嘘つかないでくれない? 」

「添い寝ならこの間だってしたじゃない」

 

詩織は澄ました顔でしらばくれてみせた。こう返されては天音は何も言い返せない。

 

「やましい事……やましい事なんて私は……」

 

凪咲は小声でくり返していた。

 

――アレは神代さんが持ち掛けて来たことであって、断じて自分には非が無い。あれはやましい事では無い。と凪咲は自分に言い聞かせた。

 

 

あの日から毎日、天音と凪咲は学校が終わるとS.O.N.G.に足を運び切歌と調による特訓に勤しんでいた。

しかしながら、未だ天音たちはただ一度の白星も上げられていない。

 

「勝てない……というかお二方共、底が見えないです……」

 

凪咲は完全に燃え尽きた様子で呟いた。

 

「深淵を覗けばなんとやらデス。アタシ達なんてまだまだデスからね」

 

「響さんや弦十郎さんは発勁で銃弾を止める」

「それ……ホントに人間ですか?」

 

凪咲はドン引きながらも、そこまでの驚きは無かった。〝そういう〟該当者を凪咲は数人知っているからだ。

超人じみた身体能力と、至近距離で放った弾丸を真剣で切り裂く剣技を持つ風鳴翼という人間がトップを務めるS.O.N.G.にはそういったハイスペックヒューマンがゴロゴロ所属している。

あの一見ぱっとしない藤尭でさえ計算能力に関しては超人と言って差し支えない。

 

「あの雪音補佐の後輩なんですから確かに普通な訳無かったですね……」

「それは何だ? アタシは普通の人間じゃねえとでも言いたいのか」

 

凪咲の背後(うしろ)でクリスが睨みつけた。

 

「げっ雪音補佐……。何故シミュレーションルームにいるんですか?」

「それはこの特訓が今日で終わりだからだ」

「アタシ達はこれで御役御免というわけデスね」

「この特訓って私達が勝つまで終わらないんじゃ」

 

天音がクリスに問いかける。クリスは呆れ顔を浮かべた。

 

「最初からそんな期待してないからな。アタシ達全員その気になれば腕一本あればお前らの相手くらい出来る」

 

「なんですかそれ……つまりはずっと手加減してたと?」

 

凪咲が少し不服な顔をする。

 

「気付いてたか? こいつら二人共少しづつギアを上げてたんだぞ」

「それってつまり……」

 

「お前らはお前らが思ってる以上に強くなってるって事だ」

 

「全然実感湧かないんですが……」

「何なら後でこの間のノイズのデータとやり合えばいいだろ」

 

クリスは凪咲にそう言ったが、この特訓の本質は個々のスキルアップでは無い。

 

部屋に戻ったクリスに翼が話し掛けた。

 

「どうやら成果は出たようだな」

「まぁ一週間もアタシらのユニゾン特訓並のハードスケジュールを組んだからな。これで収穫が無けりゃアタシらには勝ちの目も見えなくなる」

「後は敵の情報が欲しい所だが……。なかなか尻尾は掴ませてくれないらしい」

 

「それは真面目に国連のエージェントしてるアイツに期待するしかねぇだろ」

 

 

天音は完全に限界だった。

一週間の疲労が溜まり続けていた結果である。気づいた時には玄関で寝ていた。放っておけば恐らく朝になるまで寝たままだっただろう。

完全に寝落ちる前に天音の意識を現実へと呼び戻したのは、インターホンを連打し、ドアをバンバン叩く音だった。

 

「凪咲ちゃん何か忘れたのかな……」

 

初めは嫌々な雰囲気を出しながらも凪咲は一週間天音の家に泊まっていた。遅くに訓練を終えてご飯を食べて、朝に叩き起されるのくり返しという短調な一週間。

凪咲の方はというと私物をいくらか持ち込む位にはその生活に馴染んでいた。

 

「はいはいごめんごめん。今開けるから」

 

天音が扉を開くと、そこ立っていたのは凪咲では無く詩織だった。

 

「詩織……どうしたの?こんな時間に」

「今日は独りなんだ?」

「ずっと泊めるわけにもいかないし、あれも特訓みたいなものっていうか……。ほら、アニメでよくあるじゃんコンビネーションの為に共同生活するやつ!」

「ふぅん、まぁ別にどうでもいいけど。今日泊まってもいい?」

「うちはいつから宿になったんだろう……いいけど」

 

天音は詩織を家に招き入れると、夕飯を二人分用意する。夕食というより夜食と表現するべき時間であったが、どうやら詩織も夕食を取っていなかったらしい。

二人は特に会話を交わすことなく時間が過ぎていった。詩織は浮かない顔をしていた。

 

――そういえばこうして二人きりで詩織と面と向かうのは久しぶりかもしれない。と、天音はふと思った。

 

「詩織……寂しかったりとか……?」

「……別に?」

「……そっか」

 

こんな空気を引きずったまま、天音はベッドで横になった。背中に詩織の息遣いを感じる。

詩織が天音と同じベッドに寝るのはいつもの事であったが、今日の詩織は何かが少し違うように天音は感じた。

詩織が天音の腰に手を回し、抱きついた。

 

「……いつにも増して甘えん坊なんじゃない?」

 

振り返らずに天音がそう呟くと背中に顔を当てた詩織が

「そうかもしれない」と返す。

 

「……天音はさ」

 

詩織がそう呟いた時、天音の電話が鳴った。画面には翼さんと書かれている。

この時間だ。緊急の用事に違いなかった。どうやらかなり切迫しているようで、特に説明も無いまま迎えの車を寄越したので詳しい説明は後でするとだけ伝えられた。

 

「ごめん詩織……私行かなきゃ……できるだけ早く帰るから」

 

そう言ってベッドを出ようとするが、詩織はその手を退かすこと無く、むしろ天音を強く抱き締めていた。

 

「……いかないで。私を置いていかないで。一緒に居てよ」

 

詩織が呟いた。その顔は天音には見えないが、悲しい顔をしているのだろう。

――でも、それは出来ない。

 

「ごめん……詩織」

 

天音は詩織の腕をゆっくりと解いた。

 

「私は……正義の味方だからさ」

 

 

黒塗りの車に乗せられて、天音はS.O.N.G.の本部へと到着した。そこにいる誰もが切り詰めた表情を浮かべている。

 

「研究所が襲撃された」

 

翼はそう言うと、天音と凪咲に事態の説明を始めた。

研究所とは松代にある聖遺物研究所の事だ。アダムに破壊された風鳴の所有する研究施設跡地に新しく建設された研究施設である。

 

「防衛設備は整っているが相手は無数のノイズと完全聖遺物だ。一刻の猶予もない」

「何よりあそこにはエルフナインと研究中のアレがあるからな」

「ヘリじゃ間に合わないんですか」

 

凪咲がクリスに問いかける。

 

「生憎クソッタレな事に天候の関係でヘリが出せないと来たもんだ」

「そんな……」

 

万事休すかという様な顔をする凪咲だが、他の面々の目は違った。

 

「しかし万策は尽きてはいない」

「おいお前ら!」

 

クリスが天音と凪咲に問いかけた。

 

「サーフィンの経験はあるか?」

 

 

to be continued

 

 

おまけ

 

(追記)用語集

『キャラクター』

 

大原 歌恋 オオハラ カレン

 

――天音のクラスメイト。BLやGLなどの同性愛モノが大好きらしい。かと思えばNLや特殊なものまで嗜んでおり、本人曰く「エモかったらなんでもいい」とのこと。

過度の妄想癖があり、三次元だろうとお構いなく「そういう仲」に仕立て上げる。

希望コースは吹奏楽。大雑把な性格をしているが、吹奏楽器は基本なんでも吹ける程には成績優秀である。

好きな楽器はトランペット。好物なのか牛乳をよく飲んでいる。別に胸が小さいのを気にしている訳では無い。断じてない(本人談)

音楽家の家の出な訳ではなく、両親は考古学者。現在はリディアンの近くのマンションを借りて一人暮らしをしている。

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