ダンジョンで人に尽くすのは間違っているだろうか?   作:存在Y

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エンディング→プロローグ

 それはあまりにも唐突に起こった。

 

 宙に浮かぶ感覚。すべてがスローモーションに過ぎ去っていき、体感で数秒かかってやっと、俺は自分が突き落とされたのだという事を理解した。

 

 そこはどこにでもある橋の上だった。ただし歴史は古く、俺の親の世代が子どもだったころから川を繋ぎ人を渡らせてきた古橋だ。そして、だからだろうか、俺にとって運の悪い事に、橋の左右に架けられた手摺は低くて、頼りのないソレだった。

 

 俺はそんな手摺から身を自由にして、宙に投げ出されていた。徐々に重力が俺の身体に巻き付いてくるのを感じつつ、後ろを見てみると、そこには酔っ払ったサラリーマン風の男が唖然とこちらを見つめている姿があった。

 

(…うわー、マジかよ…)

 

 俺は突き落とされたというのに、不思議と頭は冷静だった。下は川だが浅瀬で、石がゴロゴロしているというのにだ。高さは優に10mはある。普通は正気を失って叫んでいてもおかしくない状況なのだ。

 

 しかし冷静なのと死ぬかもしれない危機をそのまま放置するのとでは話は違う。どうにかしなければ。そんな使命感が脳内を支配する。

 

 まだこんな若さで死にたくないし―――何より、今俺と一緒に宙を飛んでいる袋―――そこからはみ出た漫画やラノベ、薄い本を読まないまま死ぬのは嫌だ。

 

 酔っ払いがふら付いたのに巻き込まれて突き落とされて死亡、とかありえない。とりあえず足か手、どちらを犠牲にして衝撃を殺すか考えようか――――

 

『全く、最近の若者は神に頼らんから行かん。何故こんな状況に置かれてでも神に祈らんのだ、貴様らは!』

 

 それは、唐突に聞こえた。そして聞こえたと同時に、俺の感覚がおかしくなければ、世界がその動きを止めた。

 

 遠くからか、それとも耳のすぐ横からか分からない。男か女かも、子どもか老人かもわからない。しかし知性と頑固な老人特有の固さを感じさせる調子で、謎の声は怒っていた。

 

(…だ、誰だ?一体何なんだ、あんた?)

 

『ふん、いい加減にしてもらいたいものだ。最近の人間は信仰心が足りないどころか物を知らないと見える。このような状況を作り出せる存在を何故創造主であると理解できないのか』

 

(…創造主?え?神様?)

 

『その通りだ』

 

 声は肯定した。

 

 いやいや、そんな事ある訳がないだろう。神様だなんてそんなのいる筈がない。

 

 というか、そもそもこれは本当に現実か?死ぬ直前に見る夢か?それとも、そもそも本を買いに本屋に出かけたことすら夢だったのではないか?

 

『何故貴様は神などいるはずがないと心の底から思えるのだ。我が言葉を聞いて尚、何故』

 

(いやいやいや、だって神様なんている訳ないだろ?もしいるとしたら、世界がこんなに不完全な訳ないじゃないか)

 

 以前、友人と一緒に『もし神がこの世界にいるとしたら?』という話題で盛り上がったことがある。これはその時の結論だ。もし完璧で完全な神がいるのだとしたら、人間はここまで間違いだらけの存在として生まれる筈がない、というモノである。

 

 その一番の証拠に、ほら、この状況だ。神様なら俺が落ちた後に姿を見せるのではなく、事前に助けてくれてもいい物ではないか?

 

『それについてはすでに遥か昔に戦争・闘争をはじめとした原罪を禁じた筈だ。それが、この現代では何故か貴様のように性欲にまみれ、闘争心に燃える人間が多く蔓延っている』

 

(それは人間についての理解があまりにも貧弱過ぎたからでは?そもそも人間だって生物で、俺は立派な男の子だ。そりゃ性欲とか性欲とか性欲だって持っていてしかるべきだし、闘争心に至っては誰かに負けたくないって気持ちは現代では尊い物と考えられてるし)

 

 そもそもこの現代社会において、神などに頼る人間は少ないのではないだろうか。今では神に頼らずとも空のご機嫌だって知れるし、食料だって手に入る。

 

 つまりそもそも神に祈る必要性が無ければ、その下地すら失われている訳で。それなのに、死に際にいきなり現れて『何故祈らない!』など言われてもとてもじゃないが応えられるわけが―――。

 

『つまり貴様に信仰心が欠片も無い原因は、貴様が男で、他人に尽くす気持ちを知らず、加えて現代科学にあふれた世界で生きてきたからなのだな?』

 

 その言葉を聞いて、俺はさっと顔から血の気を下げた。

 

(いやいやいや、全然違う!俺が言いたかったのはそんな事じゃ…っていうかその考えかなり極論っていうか投げやりっていうか―――!)

 

『ならばその状況下に置かれれば、貴様も少しは信仰心に目覚めるのだな!?』

 

(待て、落ち着け!話し合えばわか―――)

 

 次の瞬間、動きを止めていた世界が急に動き出し―――俺は、不自然なまでに勢いよく頭から落下し、その命に幕を下ろしたのだった。

 

 

―――――――――――

 

 

 久しぶりに嫌な夢を見た。

 

 俺が死ぬ時の夢。あまりの理不尽に今も思い出す度に青筋が浮かぶレベルで激情が湧いてくるが、最近ではその激情もすぐに引いていくようになったので、そこそこ今の生活に慣れてきているらしい。

 

 神…と呼ぶのも嫌なので存在Xと呼んでいるが、その存在Xにより理不尽に転生させられた俺は、異世界に放り込まれた末浮浪児として生を受けた。

 

 というのも赤ちゃんからスタートってわけじゃなく、5,6歳からスタートだったが。

 

 奴の言う通り、俺が生まれた場所は現代科学が一つも存在しないスラム街で、加えて俺の性別は女となってしまった。今はまだ他人に尽くす気持ちというモノを味わっていないが、それもすぐに現実のものとされてしまうであろうことは明らかだ。

 

 そして、こんな世界で浮浪児の女が他人に尽くす気持ちを味わうにはどうするのか…少し考えただけで分かる。想像すらしたくない、醜悪な未来が大口を開けて俺の事を待ち受けているのだと気が付いた時から、俺はとにかくそれを避けるために努力をしなければいけなくなった。

 

 ただ生きていくだけならゴミを漁ったり物乞いしたりすればいいが、それだと俺はいつまでたってもこの社会的弱者状態から抜け出せない。それに今は子どもだからまだいいが、成長すれば俺は嫌でも女の部分を売らなければならなくなる。それは絶対に嫌だ。何があっても避けなければいけなかった。

 

 という訳で俺は、まず俺でも何とか生きていけそうな場所がないか情報を収集した。

 

 そうして分かった事は、この世界には『迷宮都市オラリオ』と呼ばれる場所があり、そこでは冒険者が日々ダンジョン探索をして生きているらしいという事だった。ファミリアに入ることが出来ればすぐに冒険者になることが出来、そしてダンジョンに入れば最低限稼ぐことが出来るようになるらしい。

 

 そして運がいいのか悪いのか、このスラム街からオラリオはそこそこ近い場所にあるようだった。山を越えなければならないらしいが、そこに行けなければどうせこのスラムで野垂れ死ぬ。それが分かっていれば、俺がオラリオへの決死行を決意するのにそう時間はかからなかった。

 

 11歳になるまで、俺は延々と身体を鍛え続けた。飯を何とか手に入れた後は筋トレとダッシュ。そして大人たちの会話に耳を傾けて知識を得て、ナイフやバックパックと言った必要品を搔き集める。

 

 そして12歳の誕生日を迎えたその日。俺はスラム街を飛び出した。

 

 山越えは苦難を極めた。高所故酸素が少なく、道なき道は歩くだけで俺のなけなしの体力を奪っていく。また気候も移り変わりが激しく、雨は体温を奪い、風は俺の足を卑しく取った。

 

 しかし、幸いにも魔物に出会う事もなく山越えを終え、俺は何とかオラリオにたどり着くことが出来た。スラムから飛び出して、20日目の事だった。

 

 オラリオにたどり着いた俺は、正直仰天した。何せそこにはスラムとは全く違う世界が広がっていたのだ。飢えるものは見当たらず、誰もが種族の垣根を超えて酒を酌み交わし、仕事に追われてあわただしく日々を送っている。ここにきて俺は初めて、この世界で心の底から安堵をした。

 

 だが、本当の苦難はここからだった。

 

 ファミリアに入れない。どこに行っても『小汚いガキは帰れ!』と突き飛ばされた。どうやらファミリアに入るには事前からある程度鍛えておかなかければならなかったらしく、また見た目に関しても何度も罵倒された。確かに俺の恰好はぶっちゃけ汚いし、スラム育ちもあって顔もあまり良くないだろう。身体に関してはそこそこ鍛えたつもりだったのだが…それでも、まだまだ華奢だったらしい。

 

 だったらと冒険者ファミリアを諦め他の生産系ファミリアに出向いたが―――どれも、似たような結果を突き付けられた。

 

 どうしようもない…つまり、詰みの状況に、俺はオラリオに来たというのに陥っていた。

 

 金もなく宿泊施設を使う事も出来ない。また食料の調達もスラムのようには上手くいかない。どうすればいいのか…正直、途方に暮れていた。

 

「君。君、大丈夫かい?」

 

 そんな時だった。

 

 路地裏に座り込む俺に手を差し出す小さな女神。その端正な見目とどこか神々しくも儚い美しさに、俺はすぐに彼女が神であると理解した。

 

「…別に」

 

「別に、なんてことないだろう。こんな場所でうずくまっているんだ、何かあったんだろう?」

 

 どこか気遣うようにかがみ、視線を合わせてくる女神。俺はそれを見て、どうするか逡巡した。素直にファミリアを探していることを言うのか否かという事だ。

 

 だが、もしかしたらこの神も俺の事を突き放すのではないかと訝しんでいたし、そうじゃなくても、もしかしたら心優しい女神を困らせる事になるのではないかという気持ちが言葉を重くした。

 

「?」

 

 だが、その女神の優しさの感じられる微笑みと、言葉を待って首をかしげるしぐさを見て、何故か唇が勝手に動いていた。

 

「…ファミリアを探してるんです。どこも雇ってくれなくて…」

 

「ほうほう、ファミリアを…なるほどなるほど…って、ええ!?マジで!?」

 

 予想外の反応だった。驚きに満ちた目はすぐに怪しく光り、口元が得意げにくいっと持ち上がる。

 

「だったらいいところがあるんだけど、君、これから時間あるかい?」

 

 そういって女神は立ち上がり、俺に手を差し出した。

 

 ここでも俺の身体は勝手に動いた。その事を不思議に思いつつ、女神の柔らかくたおやかな指の感触を感じて抵抗する気力すら失せ、空腹にぼんやりとしながらも手を引かれて歩き出した。

 

 それが、俺の運命が本当に動き出した瞬間とも知らずーーー。




ヘスティアファミリアに 新たな仲間が 加わった!

主人公設定
名前:ミレア
年齢:12歳
種族:ハーフエルフ
レベル:なし(ステイタス非付与)
所属:ヘスティア・ファミリア
銀髪緑眼の少女。スラム育ちとは思えないほどの美貌を持っているものの、何故かその事に無自覚。前世の経験で家事・料理は全般得意。身体は鍛えているもののそもそも運動音痴なので、あまり筋肉はついていない。むしろ華奢な方。


妄想してたのを形にしてみました。ちょくちょく投稿するつもりなのでよろしくお願いします。

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