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透き通るような青い空を、ぎらぎらと太陽の光が貫いている。
空の地平線ぎりぎりにはうっすらと白い月が剥がれ落ちそうで、その地平線の隙間から一つ、鉄の塊がぬっと姿を見せた。
「ヘリ確認。いつもどおりのコース」
アオバの隣で、アオバよりも年上のお兄さんが双眼鏡を覗きながら気の抜けた声を出す。
『了解した。あと数時間で交代だ。気を抜くなよ』
手に持つ通信装置から、ケーブルを通じて声が届く。
「気ぃ抜いてなんかいねえよ。なあ?」
「だね」
縁に頭をつけて力を抜いた姿勢を取るお兄さんに、アオバは気楽に返事する。
アオバは西の方へと向かっていくヘリにばれないように、今いる陰った蓋の裏から顔を出した。
「あんま顔出すなよー」
「わかってるよ」
からかう声へ反発するように返す。
すぐ手前には第十八号水路が見えた。その向こうには田畑が、さらに向こうには、そこまで高くないビル群も見えた。
見上げれば突き刺すように眩しい太陽の光。その周囲を、弧を描いて飛んでいる、鳶だか鷲だか鷹だか。
そして月の隣に、ホクロみたいな小さな黒点が見えた。
〈クレイドル〉だ。
風が熱気を吹きつけてくる。暑さはあったけど、何より風が気持ちよかったから、アオバもお兄さんも良い顔をして浸る。
『アオバ。いるか。アオバ・シラギシ』
「はいはい。いるよ」
いつもは滅多にないはずの、向こうからの連絡にお兄さんが顔をしかめたけど、声がそこまで緊張しきっているものではないとわかったら、また双眼鏡を目元から遠ざけて、だらだらとヘリを眺めていた。
『お前は今すぐ降りてこい。交代をそっちに送る。今すぐ操作室に来い』
「操作室? 遠いな……後じゃダメ?」
『今回は良い方の連絡だぞ』
「そうとわかれば!」
アオバは勢いをつけて、蓋の下にある階段へそそくさと降りてしまう。
「それじゃ、お先に」
「うるせー。とっとと行けガキんちょ」
「ガキでけっこー」
いつにも増して上機嫌なアオバの背中を見送って、お兄さんも肩をすくめた。
かんかんかん、と響くのはアオバの足音だった。
第二立坑。巨大な円筒上のトンネルが縦長に伸びていて、内側に取りついているサビだらけの階段を、アオバは勢いよく降りていく。
降りる度、夏の熱気が遠ざかっていく代わりに、じめじめした湿気と一緒に、無造作に積み上げられた仮設住居群が近づいてくる。少しだけ鼻に入りこんでくる生ゴミみたいな臭いを、外から降りる度に実感してしまうことが好きじゃなかったけど、今は気にしている場合じゃなかった。
なにせ、まだ細かいことは聞いていないけれど、でも確かに良いことがあるらしいのだ。期待せずにはいられない!
すぐさま底までたどり着いたアオバは、今度は横に延びるトンネルへと足を運んだ。
真ん中にはレールが走っていて、ちょうど来ていたトロッコにアオバも乗りこんで、トロッコは走り出す。
すぐ横でおばさんたちが「飛び乗るなんて」とアオバへ軽く諭すように叱りつけたけど、でもアオバは「はーい」と答えるだけ答えて、言われた中身はもう頭から捨てていた。
トンネルから開けた場所へ出る。とても広い空間だけど、青空の下ほど開けた場所じゃない。コンクリートの天井がとんでもなく高くにあって、同じ間隔で並べられた図太い柱の隙間へひっかけるようにハリボテみたいな住居がちらほらと見える。そこから何人か人が行き交っている姿もあった。
さらにトロッコを乗り継いで巨大空間の反対側についたら、今度は長く真っ直ぐな階段が見える。
アオバはひょいひょいと登っていく。ここに来ると人の数はぐっと減って、階段は一気に静かになる。
たったったっ、とコンクリートの階段を登りきって、アオバはさらに横にある螺旋階段を登った。
てっぺんは少しだけまっすぐな廊下があって、奥にあるドアの前で一人の男が佇んでいた。
「来たか。ずいぶん早いじゃないか」
先ほど通信で聞こえてきた声と同じ声。
「まあね」
ニッと笑顔を浮かべながら両手を頭の後ろで組んで、アオバは誇らしく伸びをした。
「それで、良い連絡って何さ?」
アオバよりも大きな男……ケンジは少しだけ屈んで「ゆっくりと入れ。音を立てるなよ」と囁きながら、ドアを開けた。
言われるがまま中に入って、ちょうどその部屋の奥にいる白衣を見つけたと同時……。
大きな泣き声が部屋中に広がった。
あまりにも大きくてびくりと体をこわばらせる。でもゆっくりと白衣はそれへ向かっているし、何よりアオバの知っている白衣の人物はこんな風に泣くはずがないから、アオバは白衣の背中に近づきながら、白衣に隠れて見えないものを覗こうと前屈みになった。
泣きやみそうになく、むしろだんだん大きくなっている泣き声が響いている。
アオバがそれを見つけた瞬間に、それこそ時間が止まってしまうかのような驚きが、さっきの泣き声なんかよりも何倍も激しい勢いで迫ってくるのを感じた。
泣き声をあげているのは女の子だった。
まだ子供のアオバよりも、さらに小さな女の子。
アオバが今より小さかったころと寸分違わない、記憶と全く同じ女の子。
ずいぶんと長く……アオバが生きてきた人生の三分の一という膨大な時間もの間、ずっと、ずっとアオバは、この瞬間を待ちこがれていた。
動かなかったあの子が――止まっていた時間が、ようやく動き出したんだと実感できて、涙が溢れてきそうだった。
タオルケットをかけられているだけだからか、ちょっとでもその子が動くとすぐに肌が見える。
女の子がやがて、両手を伸ばして白衣を掴んだ。泣き声が洋服にくぐもったからか、少しだけ静かに感じる。
それからの時間は、長かったのか短かったのかわからない。だんだんと泣き声が小さくなって、その度に白衣をくしゃくしゃにしていくのを、アオバも白衣の人物もただただ黙って見つめていた。
やがて静かになった時に、白衣を着た人――アリスがその子の背中をさすって、ゆっくりと起こしてあげた。
瞼から滲んでいる涙を拭って、その子は自分を見下ろすアリスを見上げて、自分の周りを見渡して、その奥にいるアオバを見つけて、最後に自分の両手を見つめて、ふと言葉を漏らした。
「わたしは、誰?」
※基本的な誤字脱字だけは直していますが、それ以外は2014年執筆当時のままとなっています。