虹の彼方に、フェアリーテールの祝福を   作:在田

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 かん、かん、と音を立てて、キオは階段を登る。

 立坑の階段は巨大な円筒の内壁に貼りついているため、見下ろすことは簡単にできるし、薄い鉄板と拳ぐらいの太さしかない鉄骨で構成されているから、とても頼りなく見える。手すりの高さもちょうどアオバの腰あたり――ベルトぐらいの高さで、寄りかかろうとするには低いと思えてしまう。

 それこそ数年前からこの階段を昇降してきたアオバはもう慣れたものだけど、この階段どころか立坑に入ったことすら初めてなキオは、すっかり怯えて腰が抜けていた。

 

「ほら、大丈夫だから」

 

 がん! がん! と音を響かせて、アオバは強く足踏みする。

 

「ゆっ、ゆゆゆ揺らさないで!」

「いや、全然揺れてないと言うか……」

 

 しかしアオバの意図とは違って、キオはまた手すりにしがみつこうとしては景色を見下ろして顔を強張らせてしまう。

 ……確かに、ずっと地下空間にしかいなかったキオにとって、下を見下ろせるほど高い場所へ行くこと自体が初めてなのかもしれない。

 すっかり足が止まってしまったキオに、アオバは一度階段を降りて、手を伸ばす。

 

「ほら、行こう」

 

 両手を巻きつけるように手すりへへばりついていたキオが、アオバの手を見て、おそるおそるといった様子で手を伸ばして、掴んだ。

 

 アオバの脳裏に、一年前のことが甦る。

 あの時のアオバは前しか……その向こうにあるであろうキオの笑顔だけばかりしか見ていなくて、その時に手を握っていたキオのことなんて、全く見ていなかった。

 後悔と自責が、胸の奥から暗いどこかへとアオバを引きずりこもうとしてくる。

 また同じ過ちを繰り返してしまうんじゃないか……繰り返す根拠もなければ繰り返さない確証もないのに、暗い思いだけが先行する。

 でもアオバは、その柔らかくて細い手を握り返した。強く、でも痛くならないように握り締めて、キオも応えるようにしっかりと握り返してくれる。

 

「大丈夫だから」

 

 アオバの口から出てきたその言葉は、キオのために言ったのか、それとも自分に言い聞かせたのか……わからなくなっていたが、それでいいと開き直る。

 キオがようやく足を動かして、アオバもそれに合わせてゆっくりと登る。

 一年前とは違う。アオバが一方的に引っ張るようなものではない。

 

 だから進みは遅かったけれども、しかし歩みはちゃんと一つ一つの段を丁寧に登っていて、そのことをアオバは嫌だとは思わなかった。

 キオもそうであったらいいと思いながら、アオバは前や上じゃなくて、後ろで下にいるキオばっかりを見て、階段を登った。

 

 

 蓋を開けて半開きの状態に固定し、通信機の電源を入れて回線のケーブルに繋げ、双眼鏡を二人分取り出して片方はキオに渡し、アオバはまず、蓋のすぐ近くに異常がないことを確認した。

 

「第二立坑見張り、準備完了。開始します」

『了解』

 

 返ってきた声がアリスのものでアオバとキオは驚いたが、通信機の向こうにいるアリスはそんなことお構いなしに言葉を続ける。

 

『今回の見張りに交代はいない。故にそこは一日中君たちのスペースだ。仕事だけこなしてくれればそれで構わない』

 

 そこで、ブツッと回線が断たれる音が聞こえた。

 

「まさかアリスが答えるなんて……」

 

 アオバは腕時計を確認する。定時報告と、異常があった際の有事報告。この二つさえやっていれば見張りの仕事は終わってしまう。

 ……どちらにせよ、もう見張りに関してならアオバは一人でできるほどには慣れている。実質暇になったようなものだった。

 だから早速アオバは、半開きになっている蓋を全開にして、その縁に座ることにした。

 本来ならあまり目立たないように、半開きの隙間から外を覗きこむのが立坑の見張りの仕事だが、ある程度慣れてしまえば、少し体を乗り出すぐらいなら別に問題ないだろうと判断した。

 

 いきなり外の眩しい光が入ってきたからか、キオは驚いて目を瞑ってしまったけど、アオバに催促されてキオも同じく縁に腰かけて、青空の下にある地平線を、驚いたように見渡している。

 透き通るような青い空を、ぎらぎらと太陽の光が貫いていた。

 地平線ぎりぎりの空にはうっすらと白い月が剥がれ落ちそうになっている。

 すぐ手前の第十八号水路。その向こうでちらほら見える農作班が耕している田畑。さらに向こうある、そこまで高くないビル群――全てが、初めて見る新鮮なものとしてキオの瞳には映っているのだろう。

 見上げれば突き刺すように眩しい太陽の光。その周囲で弧を描いて飛んでいる、鳶だか鷲だか鷹だか。

 そして今、ふわりと柔らかく、しかし爽やかに風が地平を滑って、キオの髪を巻き上げて、頬を撫でる。

 

 初めてのことにキオは驚き、くすぐったさで身を捩じらせたけど、心地良さそうな表情には一切の曇りも陰りもなかった。

 風を感じることすら、キオは初めてだったのかもしれないとも思えてしまう。

 

「すごい。外の世界って、こんなに気持ち良いんだね」

「気持ち良いよ。地下は風も通らないし、じめじめしてるし、暗いし、何より狭いからね」

 

 アオバは大きく伸びをして、寝転がる。真っ直ぐ見上げた先にある青は、その深さなど微塵も思わせないほどに蒼々と広がっている。

 透き通った空は、今も飛んでいる鳥のように飛べるかもしれないと、吸いこまれそうで溶けてしまいそうな錯覚をしてしまう。

 見てみれば、キオは両手を空へ向けて思いっきり伸ばしていた。好奇に満ちた表情でそうするキオの腕はやはり虚空だけを彷徨って……。

 

「えっ」

 

 突然のことに驚いたキオが、振り返る。

 アオバも、自分で何をしたのかよくわからなかった。

 

「ご、ごめん」

 

 思わず、掴んでいたキオの手首から手を離して、いつの間にか起き上がっていた自分の体を再び寝転がらせる。

 でもその手を取らないといけないと……そうしなければ、今にも大切なものを失ってしまいかねないような切ない思いが、ふと湧き上がってきた。

 双眼鏡を目元に食いこませて、アオバはキオとは違う方向を向く。

 ……杞憂どころか思い込みが激しいだけだと、アオバは思った。目で見てないからといって、いないわけではないのだと。目を離した隙にいなくなることなんて、実際そこまで頻繁に起こるようなことではないのだと。

 

「空、綺麗だね」

「……うん」

 

 ふとキオが漏らした言葉に、ありきたりな返答しかできなかった。

 

「外って、広いんだね」

「そうだよ。広い。とっても広い。僕たちじゃ、一生かけて歩き回っても、その全部なんて辿りつけないし、見ることもできないほど、世界は広い」

 

 言いながら、いつもの見張りの姿勢に戻る。穴から顔だけを出して、双眼鏡で周囲を見渡す。

 なぜだかアオバは、キオの方を見ることができなくなった。下手に会話を広げることもなく、ただぽつりぽつりとキオが嬉しさを滲ませた言葉を漏らして、アオバが一言だけ答えて……その言葉の全てが頭に残ることなく青空の彼方に消えてしまい、ただただ、不思議な軽やかさと爽やかさだけに満たされた静寂が、大気と一緒に二人を包んでいた。

 

 そうしている内に、アオバが双眼鏡を通した向こうにとある影を見る。

 空を飛ぶ鋼鉄の塊だと確認してすぐ、「隠れて!」と大きくなくとも叫びかけるような声で、キオの裾を掴んで引っ張った。

 あまりに突然のことだったからか、キオも驚きに声をあげる間もなく、アオバに引っ張られるままバランスを崩して背中から真っ逆さまに……。

 二人はそのまま、アオバを下敷きに穴の底に落ちてしまった。

 

「痛てて……」

 

 元々そこまで深くない穴だからこそ、軽く背中を打ったぐらいで済んだが、しかしぶつけてしまった後頭部をさすって、アオバは目を開く。

 

「……」

 

 ちょうど同じタイミングで目を開いたキオの顔が、すぐそこにあった。

 キオが息を吸いこむ音ですら聞こえる。青空よりも明るく、そして水面のように煌びやかさを内側に抱いた碧眼の奥で、驚いている自分の顔が鏡のように写る。

 

 キオのまばたき。

 遅れてようやく、アオバは自分の上にキオの体が乗っていることを認識した。

 お互いに何も言わず、何も考えず、何も思わず――そもそも何かをしようという発想すらも持ち合わせていないかのように、ただただ、お互いの瞳を――その中に居る自分を、覗きこんでいた。

 数瞬遅れて、キオが思い出したように慌てて動き始めた。

 

「ご、ごめんね。すぐどくから」

「い、いいいいやいや! 大丈夫だから」

 

 その言葉で、ようやくアオバも瞳の奥に吸いこまれていた意識を取り戻して、取り繕う。

 穴の底でなんとかキオが体勢を戻して、アオバもようやく起き上がって、穴から少しだけ頭を出す。

 全身を出さないよう、器用に手だけで蓋を再び半開きで固定させて、通信機を取り出し、腕時計を見つめながら語りかける。

 

「ヘリ確認。いつものコース」

『了解』

 

 たったそれだけの短い連絡を終わらせて、アオバはホッと一息ついた。

 そして振り返り、キオに語りかける。

 

「それにしても、大丈夫だった? 怪我とかはしてない?」

「わたしなら大丈夫。うん。受け止めてくれて、ありがとう」

「いや、受け止めたってわけじゃ……」

 

 蓋を閉めたせいか、急に穴の中が暗い場所のように見えて、キオの顔もあまりはっきりと見えない。

 でも、二人揃って言葉を選ぶのにまごついて、声に出したらしどろもどろで……お互いに、ついさっきのことで恥ずかしがっていたのが丸わかりだった。

 それを二人して同じタイミングに理解して、理解したお互いを揃って把握して、それすらもまた一緒にわかってしまったことが面白くて、恥ずかしがっていた相手と自分を含めて、くすくすと笑いあった。

 

 

 今度は二人して双眼鏡を目にくっつけて、穴の外を見やっていた。

 

「そういえば、わたしね」

「ん?」

 

 キオの言葉に、アオバもそちらを見ないままに声だけで続きを催促する。

 

「今日……というか、朝に訓練があったんだけど。その時に、誕生日が来たの」

 

 誕生日が来た。

 聞けば聞くほどアオバたちにとっては不思議な語彙だけど、キオだけは当たり前として言うことができる。そのズレがまた不思議だけど、思う以上には考えないようにする。

 

「そっか、おめでとう……ということはじゃあ、もしかしてキオは」

「そう」

 

 キオはそこで、双眼鏡を目元から外してアオバを見る。

 でもアオバはちょうど反対側を向いていて、見られていることには気づいていない様子だった。

 

「アオバと同じ、十八歳」

「……そっか。おめでとう」

 

 アオバの背中から、先ほどと同じ言葉だけど、全く違う声音が返ってくる。

 どこか優しい温かみがあって、キオはその声に胸のどこかで安堵できて、落ち着いた。

 

「ありがとう」

 

 アオバもキオに気づかれないようにしながら、そのしとやかな声に全身の力を抜いて、心のどこかでようやく、昔の続きが返ってきたと思っていた。

 

「でも、ごめん。それ知らなかったから、プレゼントを用意できなかった」

「うん。アオバが手ぶらだったから、知っていた」

「明日にでも渡すよ」

「じゃ、私も明日渡すね」

「え?」

 

 ふと振り向いて、キオと目が合う。

 顔の半分だけを日の光に明るく染めたキオが、しとやかにはにかんでいた。

 

「もう昨日のことだけど。でも今日はこの景色で充分楽しいから。明日にね」

「……わかった。ありがとう」

 

 喜びのあまり大声を出さないよう気をつけながら、アオバは双眼鏡の向こうへ視線を戻す。

 ……すっかり頬をほころばせて、安穏とした空気をお互いが作っていることだけは、お互いの顔を確認したわけでもないのに、自然とわかってしまった。

 

 その中で、アオバはふと思い出す。

 さっきキオが青空へ手を伸ばしていたこと。そしてアオバはどうしてだか、そんなキオが消えてしまうのではないかと思ったこと。

 だからこそ、今この場で、それこそ見ていなくても話しかけてくれて、お互いがここに居るのだと思わせてくれるこの瞬間とこの空間が、たまらなく好きになっていて……だからこそ、終わってほしくない時間だとも思った。

 

 昔の続き……今ここに居るキオは、昔のキオが記憶だけをなくしたものなのか、それとも三年前のあの瞬間に新しく目覚めた誰かがキオの体でキオという名前を持っているだけなのか、確かめる手段はない。

 それでも今この場に漂う空気も、アオバがキオへ抱いているこの気持ちも、そしてキオがアオバに抱いているであろうものがどんなものであっても……その気持ちだけには、嘘偽りなんてないだろうから。

 どちらかだったらということですらない。もはやアオバにとっては、そのどちらでも良かった。

 確かにどちらかだったら嬉しさもあるかもしれない。そして悲しさもあるかもしれないけど、だからと言って、そのどちらかになったからこの気持ちが潰える、なんてわけではない。だからどっちかであることに執着する必要が、もうアオバにはなかった。

 

 ただ、ここに居れば、そこに在れば……それだけで良かった。

 でもそれをしっかり言葉にできるほど明瞭な気持ちではなかったし、例え言葉にできたとしても、敢えて言葉に変換しようとは思わないだろう。

 ましてや口に出すなんてことは、キオがすぐ近くにいる今でも、一人の時でも、しない。

 してしまったらきっと、声と一緒にその気持ちも空へ吸い込まれてしまうような気がした。

 

 遠くにある〈クレイドル〉を見上げながら、ふと呟く。

 

「僕さ……」

 

 この気持ちと直面したくないからこそ、はぐらかすために、でも永遠に続いてほしいという願望だけはそのままに、曖昧であやふやなこの気持ちだけは胸の奥に抱きながら、言葉を紡ぐ。

 

「なんで、こんな穴の中で人が暮らしているんだろうって思っちゃうんだよね」

 

 唐突に聞こえるだろう言葉に、キオは声も返さない。

 アオバは双眼鏡を目元にくっつけたままで、キオがこちらを向いているかどうかも、そして話を聞いているのかもわからない。

 でも聞いてくれているのだろうと思い、あるいは願いながら、アオバは言葉を続ける。

 

「前はあっちの方にある町で、こんな日の光を毎日浴びながら暮らしていたのに。

 元々はインターネットとか、あそこに浮かんでいる〈クレイドル〉も、あの町も、ヘリも、もちろん立坑もそうだけど、全部人が暮らすために作ったのに、全部あんな事件とか、今はあのヘリも誰が乗っているのかもわからないし、もしかしたら乗っていないのかもしれないけど、それを操っている〝何か〟に持って行かれて。

 〝それ〟って、なんだろうね。それを作った人がいたのかな。そうでなかったら、〝それ〟はどうして、人のものだった色んなものを奪って、あんなことをしたんだろう……って」

 

 言葉の途中で、アオバは双眼鏡を目元から外していた。

 喋っているうちに記憶は昔のことへ遡行していき、一つの記憶へ辿りつく。

 あんなこと……と言っても、今のキオは覚えていないのだろう。むしろわざわざ語り聞かせるようなことではない。

 それでも、あんなことさえ――花火の夜さえなければ、そしてミサイルだとか兵器だとかが世界を破壊しなければ、世界はこんなことにはなっていないし、そして今アオバと目を合わせてくれているキオも、そんな体にはなっていなかっただろうし、記憶がなくなるなんてこともなかったはずなのに。

 

 本音を言えばアオバは、この世界が好きではなかった。恨んでいるとさえ言えるだろう。

 こんなに気持ちの良い青空の下ではなく、鬱々としたコンクリートの中で人が暮らして、キオはそういう体になって。

 世界中の誰とでも、いつでもどこでも話すことができて……そして様々な情報がすぐに手に入るという非常に便利なインターネットというツールを手放すことになって……。

 

 アオバの記憶にある場所――昔のキオと一緒にいたその場所も、思い出も、その全ては兵器の炎に燃やし尽くされてしまった。今となっては写真の中にしか存在しない。

 そして、合計して八年になる長い時間の中でアオバは、写真に写っていない場所を忘れてしまっているのだろう。もちろん写真に写っているものを見れば思い出せるし、写真に写っていないものも覚えているものはある。

 

 でもそれはアオバが覚えている範囲のことでしかない。アオバ自身もきっと、その記憶を忘れてしまったことそのものを忘れている。

 持っている写真ですらも、実際にそれを見なければ何が写っていたかなんて思い出せないし、キオが目覚めてからの三年弱の時間――もちろんなるべく覚えていようとはしていても、どうしても、大切であるはずのキオとの記憶すらも、きっと忘れてしまっている。

 

 一年前に長々とアリスから聞かされたあの言葉だって、その端から端までを暗唱などできない。

 ……だからこそ、せめて写真には残っていなくとも、記憶のものと同じ姿のまま世界が残っていたら、その場所に行けば、気がつかないうちに忘れてしまっているはずの記憶だって思い出せるはずなのだ。

 大切な様々なものを、どこかにあるはずの記憶や思いを――それが在るはずで、それが在ることもわかっているはずなのに、手元に手繰り寄せる手段を失ってしまったんだと、アオバは思っていた。

 

 それがとてももどかしく、悔しく、悲しいことだとも。

 またアオバは、キオの碧い瞳の中にいる自分を見つめていた。いや、その目に捕らわれていた。

 きっとこのことは忘れない。今話している内容も、この気持ちも二度と忘れてやるものかと思っていても、きっと明日には覚えていても、それから先――その翌日も、翌週も、翌月も、翌年も、覚えていられるとは限らない。気持ちだけは本物でも、根拠はなかった。

 

 だから、アオバはこの世界が嫌いだった。

 きっとその感情にどこまでも従ってしまえば、もしその犯人が居たとしたら、そして目の前に現れたのなら……そいつを殺してやろうとさえ思ってしまうのかもしれないし、その気持ちを一度でも出してしまったら、自制できる自信なんてない。

 

 アオバの顔には、どれほどひどい感情が表れていたことだろう。

 隠しきれない憎しみを、あろうことか大切な人の前で、危うく曝け出すところだった。その全てではなくとも、キオには見られてしまっただろう。

 キオから視線を逸らして、俯く。

 ひどいことをしてしまったと後悔する。

 

「ごめん。キオ。今の話、聞かなかったことに……」

「わたしね」

 

 キオの手が、アオバの顔に添えられていた。

 そのままキオが両手でアオバの頬を持って、顔をゆっくりと上げる。とても振り払おうなんて気持ちにはなれなくて、やがてキオと目を合わせる。

 ――どうしてだか、アオバにはわからない。わからなくとも確かにキオは微笑みを浮かべて、声をかけてくれていた。悲しそうでも辛そうでもない、ただ純粋に嬉しそうな微笑を浮かべていた。

 蓋の外に見える蒼穹を向いたキオの碧い瞳に、青い空がとても輝かしく映りこむ。

 

「たぶん。深い理由なんてないんじゃないかな、って思うの」

「どうして、そう言えるの?」

 

 考えるよりも先に、その言葉が出た。

 

「わかんないけど、なんとなく? 寂しいんじゃないかな」

 

 いつの間にかキオの手は離れていたけど、それでもアオバは、その瞳から目を逸らすことができなかった。

 

「いや、わたしが勝手に、寂しそうって思っているだけなのかも」

 

 瞳に映りこむ青空の向こう側に、キオは何を見ているのか。アオバには想像もつかない。

 

「こんな寂しい世界に、独りぼっち、って」

 

 最後の言葉を、キオはとても悲しそうに告げた。

 何が悲しいのか――キオ自身もその悲しみを共有しているかのようで、ただ単に言っているだけとはとても思えなかった。

 ……しかしキオが何を考えているのかなんて、アオバにはわからない。何を思っているのかも、知る手段なんてありはしない。

 

 いや、聞けば良かったのかもしれない。けれどできなかった。

 聞いてもアオバにはわからない答えが返ってくるのではないのか――そんな懸念が的中してしまったら、アオバにとってキオは、とても遠い場所へ飛んで行ってしまう。

 そんな気がして、怖くて、できなかった。

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